楔を喰らう炎獣~白雪と焔の獣

    作者:水上ケイ

    ●大分県別府市・鶴見岳
     何体ものイフリート達が、続々と鶴見岳に集結している。
     イフリート達の体毛によって、燃えるように煌々と輝く鶴見岳。

     頂上には、一体のイフリートが存在した。
     他のイフリートを圧するほどに大きく、威厳に溢れたその姿。
     イフリートの首魁は、配下の前でゆっくりと力を練り、人間の姿へと変貌する……。


     ……人の形へと転じたイフリートの首魁。
     少女のようなその姿は、居並ぶ配下の幻獣達に向かい、唸り声の如き少女の声で命じる。

    「ガイオウガノメザメハチカイ。ケダカキゲンジュウシュヨ、コノクニノクサビヲクライクダキチカラタクワエタノチ、ソノチトニクヲ、ガイオウガニササゲヨ! サスレバ、ガイオウガハゼンナルイチノゲンジュウトナリテ、ナンジラトトモニクンリンスルデアロウ !」
     

    「みんな、あけましておめでとう!」
     鞠夜・杏菜(中学生エクスブレイン・dn0031)は今年も宜しくとぺこりと頭を下げた。そしていきなり本題にはいる。
     こんな年始に呼び出したそのわけを。
    「この間別府にいってもらった小鳥遊・優雨(優しい雨・d05156)さんの話し、みんなももう聞いたかな?」
     別府温泉のイフリート事件に新たな展開があった。 
    「灼滅者のみんなが、別府温泉でイフリートを灼滅してくれたおかげで、強力な敵の復活は防げたみたい。でも、敵は新たな一手を打ってきたのね」
     別府温泉の鶴見岳に出現した多数のイフリートが日本全国に散り、各地の眷属や都市伝説をその牙に掛けようとしているのだ。
     その目的は、おそらく、鶴見岳に封じられた強大な存在を呼び起こす事。
    「今回、全国に散ったイフリート達は強力なの。前に出現した個体と比べてより危険な存在なのよ」
     だが、このまま放置する事は、更に危険な状況を招いてしまうだろう。
    「年明け早々なのだけど、何とかこのイフリートの灼滅を、お願いしたいの」
     杏菜は灼滅者達にぺこりお辞儀をし、説明を続ける。
     「今回、ここに集まってもらった皆にはね、久住山に出現するイフリートを担当して欲しいの」
     久住山の登山口までは別府から車で1時間ほど。そこからは登山になるが、灼滅者さんならたいしたこともないでしょうと杏菜は言った。
    「久住山の山頂手前、大自然の中に登山者のための山小屋があるの」
     素晴らしい景色が広がる久住山登山道。 
     山頂を間近にのぞむ、まさに大自然の懐という地である。
     ところがこの山小屋付近に、どこから現れたのかはぐれ眷属のバスターピッグが3、4体うろついているという。冬山登山者を狙おうという魂胆なのだろうが……。
    「でも大丈夫、って言っていいのかわからないけど。すぐに、イフリートにやられてしまうわ」
     
     そこで杏菜は、必ずイフリートがバスターピッグ共を倒した直後に、戦いを仕掛けてほしいと念を押した。
    「バベルの鎖があるからなのね。もしその前に手出ししようとすると、イフリートは逃げたり、いっそ現れないことだってあるかもしれないの」
     それだけ注意して、付け加える。
     戦場となるはずの山小屋の前には平坦で十分な戦闘スペースがある。問題になる障害物等はない。
    「今回はどうぞ全力でお願いします。くれぐれも油断だけはしないでね……」
     無事に帰ってきてねと、杏菜は皆を送り出した。


    参加者
    光・歌穂(歌は世界を救う・d00074)
    千布里・采(夜藍空・d00110)
    巨勢・冬崖(蠁蛆・d01647)
    安曇・陵華(暁降ち・d02041)
    中島九十三式・銀都(シーヴァナタラージャ・d03248)
    嶌森・イコ(セイリオスの眸・d05432)
    下総・文月(フラジャイル・d06566)
    フランキスカ・ハルベルト(フラムシュヴァリエ・d07509)

    ■リプレイ

    ●『楔』を食らうモノ
     視界は良好だった。
     最後の斜面を吹き降ろす風にまぎれて、下総・文月(フラジャイル・d06566)は仲間と共に岩陰から予言された光景を目にする。白コートの袖が小さくはためいた。
    (「ただでさえ強いイフリートだってのに、封印されるほど強大な奴なんかに復活されたら洒落にならん。今回は特に気を引き締めてかかるとするかね……」)
     黄金色の炎が噴き上がって雪原を染め、巨大な神話の幻獣がバスターピッグに襲いかかる。
     突き抜ける様な冬の蒼空の下、疾駆する醜怪な豚の足元から雪が舞い上がった。神獣は火炎流を吐き、抵抗をものともせずに燃える前肢で容赦なく獲物を踏み砕いた。
     残ったバスターピッグも身体に幾つも炎を燈されて、狂ったように暴れる。
     見るからに勝負は明らかだった。
    (「……とにかくまずはこのイフリートを灼滅しないとね。気合入れて頑張りますか!」)
     光・歌穂(歌は世界を救う・d00074)も白く凍てついた樹木の陰から戦いを見守っていた。登山道は銀色の斜面となって山小屋の建つ開けた地に続き、その先には久住の白銀の峰が聳えている。
     雪景色の中、安曇・陵華(暁降ち・d02041)も待機していた雪穴から出て、こそりと戦闘配置を確認する。
    (「この季節は一面の雪か……もともと髪は白いからその辺は気楽だな」)
     陵華は衣装も白く風景に溶け込んでいる。
     嶌森・イコ(セイリオスの眸・d05432)も雪色フードで、白く凍る潅木の茂みから様子を伺った。
     千布里・采(夜藍空・d00110)は仲間とつかず離れず。敵の戦闘を観察し、仕掛ける好機を狙っていた。着ているものはやはり、風景になじむ色である。
    (「豚さん一方的にやられとるな……。うまく背向いたとこ強襲できたらえぇんやけど」)
     采の心情は多くの者が共有するものでもあっただろう。
     八人は突入のタイミングを図りながら、敵の戦闘を見守った。
    (「イフリートが眷属を撃破後、一瞬の隙を見計らって急襲」)
     作戦を反芻しつつも、強敵との闘いに内なる闘志を燃やすのは巨勢・冬崖(蠁蛆・d01647)である。
    (「だが、仮に気取られたとしても正面からぶつかってやろうじゃねぇの」)
     中島九十三式・銀都(シーヴァナタラージャ・d03248)も遠眼鏡でこの戦いを観察していた。やはりカモフラージュのために白のコートを着用している。
    (「イフリートも本格的に活動を開始したっぽいな。別府で懲りたとばかり思ったが甘かったぜ……どこか攻めどころが見つかるといいんだが」)
     彼等はエクスブレインの未来予測に細心の注意を払っていた。おかげで敵は武蔵坂学園側を感知する気配をみせず、イフリートは目の前の敵に専念していた。
    (「この状態ならば、背後から奇襲も可能ですね」)
     フランキスカ・ハルベルト(フラムシュヴァリエ・d07509)も白い上着で佇み、吼え猛る獣をじっと見つめた。
    (「知性無き獣には為し得ない、統率された行動。只事ではない様ですが、今できるのはその根を一つ一つ確実に絶つ事のみ……いざ、参ります!」)
     イフリートが最後のバスターピッグを屠り、勝利の咆哮をあげる。
     フランキスカや、皆の視線が采に流れた。
     采はイフリートが『楔』を喰らう瞬間を確りと見ていた。バスターピッグが潰えた瞬間、彼は右手を振り上げ、振り下ろす――。

    ●奇襲
     采の合図と共に武蔵坂学園側は一斉に攻撃を放ち、イフリートは漸く新たな敵に気づいた。
     采のスレイヤーカードから、鬼火を纏う霊犬がピンと耳を立てて飛び出した。
    (「とりあえず毒でも喰らっとき」)
     采は先陣を切り、暗い想念を弾丸にしてイフリートに射出した。スナイパーの射撃は狙い違わず、強烈な初撃となって幻獣にヒットした。
     イフリートが怒りの咆哮を上げる。
     それに負けまいと、銀都はずずいと中衛から声を張り上げた。
    「こーいうのは好きじゃないんだけどな。だが、名乗らせてもらおう。平和は乱すが正義は守るものっ! 中島九十三式・銀都参上! これ以上の破壊活動は遠慮願おう」
     静寂の雪野原に銀都の声はよく通った。
     イフリートもつい黙って聞いてしまったようだが、多分理解はしていない。銀都はレーヴァテインでひっぱたいておいた……神薙刃があったら良かったんだけどな!
     灼滅者達はチャンスを逃さず連携で攻めたてる。
    「貫けェ!!」
     畳み掛けるように文月が妖の槍でイフリートを穿つ。
     そしてフランキスカの身体から炎が噴出する。
     殲滅道具が炎を纏う。
     白の上着から一転、疾駆するフランキスカの赤いコートが雪原に映えた。
    「獣が集って策を弄するか、断じて看過出来ぬ。……祓魔の騎士・ハルベルトの名に於いて、汝を討つ」
     気合と共に武器が一閃し、炎が炎を散らす。
     巨大な幻獣が吼え、身を震わせた。

     メディック達も序盤は攻撃に連なる。
    「Get on stage!」
     歌穂の元気な演奏が響き渡り、
    「皆揃って学園に『帰る』ぞ!」
     陵華は『帰る』という言葉に思いを込めて自らの力を解放し、手刀を横に薙いだ。
    「切り裂け!」
     忽ち寒風に混ざる神の刃が炎の獣に襲い掛かる。
     そしてイコは鋼糸を放ってイフリートを絡め取ろうとした。
     ……イフリートがカッと顎を開く。
     焔が踊る。黄金灼熱の視界を通して雪山が燃える。
     冬崖は身を灼く衝撃に耐え、心に嘯いた。
    (「……強敵との戦いは望むところ」)
     雷に変えた闘気を拳に集め、イフリートに激しい一発を見舞う。
     戦いは一気に加熱する。炎の幻獣を相手に武蔵坂学園の灼滅者達は地を蹴った。

    ●炎の獣を討て!
    「回復はまかせろ。攻撃に集中してくれ」
     陵華が声をかけ、天星弓を振り絞って癒しをもたらす矢を放つ。
    「この曲で元気出して!」
     歌穂がギターをかき鳴らす。『歌は世界を救う!』、それは歌穂のモットーであるけれど、まずは今日、仲間を救う。
     癒しを与え炎を祓い、メディックは戦線維持に活躍した。
     バニシングフレアにレーヴァテイン。学園でも見慣れたその技は、ダークネスが使えば確かに強力だった。
     だが回復手はメデッィクだけではなかった。
     一体のみのイフリートに対して、武蔵坂学園は8人。そのうち回復を優先する者が5名、攻撃が3名と一匹。
     必然戦闘は長引いたが、灼滅者達は立ち続けた。イフリートの炎さえ、そう長くは灼滅者達を苦しめることができなかった。
     例えば銀都は清めの風を優先した。
     山の冬風とは違う、仲間の風を身に受けて、文月が影を操る。
    「削り取れ!!」
     文月の言葉どおりに影は伸び、サーベルを持った少女となってイフリートを斬り裂く。
     イコも討手の一人だった。冷気の氷柱をイフリートめがけて撃ち込むと、炎の体躯に煌めく氷の華が咲く。
     しかし戦闘が長引くにつれ、傷は少しずつ灼滅者達を蝕んでゆく。
    (「回復したくても、できないダメージもあるんだよね……」)
     歌穂は心に呟く。
     また、采は敵のレーヴァテインの威力を見るにつけ、正直思った。
    (「敵さんの近単攻撃だけは見極めたいわ。あんなん近づきとうない……」)
     以心伝心。采の気持ちに応えるかのように、彼のサーヴァントの霊犬はクラッシャーで懸命にイフリートの気を引いた。いつもは愛嬌のある霊犬だが、今日は緊張の為か雑種の白系わんこの両耳はピンと立っていた。
     采のサーヴァントは頑張ったが、最後まで立っている事はできなかった。
    (「傷が深まるのを少しでも押さえなければ……」)
     フランキスカの背に炎の翼が羽ばたく。揺らめく不死鳥の炎が前衛を癒した。
     そしてイフリートの背にも赤々と翼が顕現した。

    ●熱戦最終章
    (「……まだ粘るか。さすが強敵、もし撤退も叶わず、こちらに死が迫ったならば」)
     陵華の心に一瞬、嫌な予感が掠める。命の危険が迫るならば堕ちるもやむなしと、陵華は密かに認める。撤退すればイフリートが見逃がしてくれるのか、この時点で彼等には不明だった。
     一方で歌穂は別の考えを持っていた。
    (「生贄に追加されちゃったら本末転倒だからね……」)
     撤退条件を考えている者もいて、歌穂もその一人であった。
     またファイアブラッドのイコは、自分の出自ゆえの考えを持っていた。
    (「わたしの一族では闇堕ちを『赫降ち』……かかやきくたちと呼ぶの。闇還り、とも」)
     イコは赤赤と燃える獣をみつめる。
    (「わたしは赫きに降ちません。仲間を闇にも環さない。それでは同じ事だもの」)
     復活に捧ぐというならば、堕として仲間を増やすのも敵の策の内とイコには思えた。
     イコはディフェンダーとして前衛の一画を埋めていたが、その身で仲間を庇おうと動いた。
    (「わたしたちは鏡映し。狩り、狩られるのが宿命と、そう育てられたから……」)
     炎に撃たれて、イコは雪上に倒れる。熱が身を灼き衝撃が貫いたが、魂は昏きを抜けてこの山懐に還ってくる。仲間が並び立つ戦場へと……。
     再び立ち上がれば、ひゅうと風を切って陵華が放つ癒しの矢がイコをとらえた。
     冬崖が白雪を蹴る。
    「任せろ」
     渾身の力を込めて拳に握った雷を幻獣に叩きつける。
     炎の巨体が揺れてイフリートはたたらを踏んだ。
     もうきっと終わりは近い――武蔵坂学園の誰もが予感する。
    (「……絶対不敗……」)
     強く己にかけた暗示が効いている。無敵斬艦刀に炎を宿し、銀都は攻撃に転じた。
    「俺の正義が真っ赤に燃える! 正義を示せと無駄に叫ぶっ! 食らえ、必殺! 中島九十三式ミサイルっ」
     フランキスカもオスト=ブリッツを手に渾身のレーヴァテインを放った。
    「灼火の獣よ……雪華に凍て付き、煉獄へと還れ!」
     炎を纏った無敵斬艦刀の切っ先で、雪花が熱に消えた。
     炎獣はあがき、気力の一撃を撃ってきた。
    (「折角の広い戦場だ、不恰好でもみっともなくても避けれそうなら必死で避けるぞ……」)
     そんな戦法を確かに文月は考えていて、この時するりと身体が動いた。敵の炎の前肢はただ雪原を踏み抜いた。
     機を逃さず、采が後衛から漆黒の弾丸を放つ。
    「私のステージはまだ終わらないよっ!」
     歌穂の歌声が神秘に満ちて響く。
     武蔵坂学園の灼滅者達が鮮やかに連携を決めてゆく。文月もタイミングを合わせて幻獣の懐に飛び込んだ。
     拳にオーラが集束する。凄まじい勢いでイフリートを撃ちながら彼は叫んだ。
    「いい加減にくたばりやがれえぇぇぇぇッ!!」

    ●新春は白星で
     一瞬、閃光が視界を白く染めて灼滅者達は瞬きした。
     冬風が思い出した様に山野を吹き抜ける。久住の山頂から薄雲が湧いて青空に駆け上がった。
     もう、ダークネスの影も形も、どこにもなかった。
     灼滅者達の誰も闇に堕ちることなく、誰も倒れ伏すこともなく。
     戦いは終わって自然は平和な姿を取り戻していた。
     帰り道を辿りつつ、イコは人の姿を取れるイフリート達の首魁の事を考える。この戦いでは情報は得られなかったけど、彼等は役目を果たした。今は勝利を喜んでも良いだろう。
     とりあえず、2013年、新春の大事な一戦は白星で飾ったのだから。
     それにしても、今年はどんな年になるのか……。
     歌穂は思案気に呟いたものだ。
    「さて、次はどんな展開が待ってるのかな」

    作者:水上ケイ 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年1月16日
    難度:やや難
    参加:8人
    結果:成功!
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