楔を喰らう炎獣～紅蓮猖獗

■リプレイ

●灼の化身
　煉獄が顕現さる。
　洋館に集う悪魔の信奉者達は、足元から沸き上がる豪炎にそう錯覚し、朗々とした歓喜と痛みの悲鳴をあげた。急速に焼け付き、水分を失っていく澱んだ瞳が最後に見たのは、逆巻く炎の中心に存在する、獰悪な獣の姿だった。
　――炎は。
　全て悉くを喰らう、悪食暴食の化身である。それを一つの生物として見立てるならば、食物連鎖の頂点に立ち、比類なき捕食者の王となっていた事だろう。
　ソロモンの悪魔の手足を灼き、悠然と炎の渦の中心で吼え猛るイフリートは、それを本能として良く知っていた。自らは生ける炎であり、炎そのものである事を自覚していた。
　止める事など出来はしない。自分は思うがままに、何もかもを喰らい、燃やし、灰塵に帰する事の出来る絶対者なのだ。その本能は概ねに於いて間違ってはいない。
　だが、炎獣はまだ知らない。
　灼（ほのお）すらをも滅する事の出来る者達が存在する事を――。

●炎の中へ
　地下室の中、咽返る様な熱気が立ち込めている。肉と木材の焼け焦げた匂いが渦を巻いて、その中心に佇む炎獣のたてがみに纏わりついていた。
　暴虐の獣は、白く煙った熱気を口元から吐き出す。脈動する強かな獣皮は、強靭なそれの下で炎が躍っているようにも思えた。
「グシュフゥ――ッ」
　ふいに、獣が戦慄く。
　いや、戦慄いたのは獣では無い。イフリートのバベルの鎖が、何かの気配を察知し、震えるようにその存在を炎獣に告げたのだ。
　それと同時に、焼け焦げた扉が弾け跳ぶ――獣の支配下にある熱気圏に数人の若者達が雪崩れ込んできた。
「熱ッ……これではまるで、蒸し風呂かサウナのようですよ。こんな所で闘っても大丈夫なのでしょうか？」
　現れたのは川原・咲夜（ニアデビル・d04950）を初めとした、灼滅者達だ。
「……問題はないわ。バベルの鎖の影響下では、この程度の熱気など意味を持たない――」
　額の汗を拭う仕草の咲夜とは裏腹に、ライラ・ドットハック（サイレントロックシューター・d04068）は汗一つ見せず、水面の佇まいを見せた。
「しかし、惨状って奴だな。これは」
　イフリートの挙動を気にかけながらも、部屋内を見渡す炎導・淼（炎の韋駄天・d04945）は、それでも不敵に笑う。視線の先には、奇妙に折れ曲がった黒い物体――悪魔の信奉者であったもの――が『数個』転がっている。
　悪魔に魅入られたとはいえ、元は一般の人間。灼滅者一様に、思うところが無いわけでもない。あるものは静かな決意を抱き、あるものはやりきれない気持ちでいる。
「彼らを利用したみたいで、何か複雑だよね……でもそれ以上の酷い事を、見過ごすわけには行かないもんね。ヒーローとして、負けられないッ！」
　やや複雑な胸中を零す如月・陽菜（蒼穹を照らす太陽娘・d07083）は、自らを奮い立たせる決意に燃える。四童子・斎（ペイルジョーカー・d02240）もその言葉に頷き、言葉を続けた。
「ま、奴等に憐れみを感じないでもないが、こういうのは自己責任さ。今、オレ達の問題は――」
　斎のが見つめる先には、静かな熱を放出している炎の獣。獣もまた、灼滅者達を見つめている――悠然と、されど苛烈に。その視線すらも熱を伴って、一行を焼き貫いているかのようだ。
「クハッ――」
　誰かが嗤った。
　それは一橋・智巳（強き『魂』を求めし者・d01340）の哄笑だった。
「クハハ、問題なんぞ何もねェ。あのバケモンは強ぇんだろ？――いいねェ、強ければ強いほどいいぜ。楽しみ甲斐があるってモンだろッ！　なぁッ！？」
　智巳は力強い歩みで、イフリートに一歩近づいた。
「――グゥゥゥ――ッ」
　突如として獣から発せられるは、低い唸り声。ただ灼滅者を見つめていた炎の化身からの、明確な意思表示だ。これ以上近づけば容赦はしないという、炎の意思。
「ふん――」
　威嚇の様子に、詩夜・華月（白花護る紅影・d03148）が鼻を鳴らした。
「一橋、少し違うわ」
「あァ？」
　華月の言葉に、眉間に皺寄せた智巳が振り返る。
「相手がどれだけ強かろうが、知ったことじゃない。あの獣は此処で死ぬ――それだけの事よ」
「……クハッ、まァ、最終的にはそうなるけどよッ！」
　哄笑を湛えたまま、智巳は敵に向けて走り出した。獣もまた灼滅者達を敵と認識し、身体からあらぶる炎を噴き出す。それを断ち切るかの如く――。
「──紅に染まれ、月華」
　華月は自らのスレイヤーカードを解放させた。

●覚悟の炎
　イフリートの扱う炎は、不思議な性質を持っていた。
　自らの周りを螺旋のように渦巻き、灼熱と共に灼滅者達へと襲い掛かってくる。その様は貫き穿ち、そして焼き抜く槍のようでもあった。更に、渦巻く炎の螺旋は内部に高熱を閉じ込め、高まる熱量が新たなる炎を呼ぶ――その姿はまるで、全てを喰らい成長する炎そのものだった。
　炎獄の機関と化したイフリートは、辺りの光景を炎一色に染め上げる。全てが灰塵へと変貌していく――それが一行がエクスブレインから聞いた、このイフリートの性質だ。
　だが実際の獣を前に、ロザリア・マギス（死少女・d07653）は小さな棘のような恐怖を禁じえなかった。
「（想像していたよりも、炎の広がりが早いですね。それに――）」
　智巳と華月の攻撃を受けても揺らぐ事の無い、イフリートの螺旋の炎槍がロザリアを貫く。想定よりも強力な威力と、腹部の焼け付くような衝撃に、ロザリアは地に膝をつく。
　炎の獣は、手負いの隙を見逃す事はしない。更なる追撃を加えロザリアに止めをささんとする。
「ッ――テクノ」
　ロザリアは咄嗟に、自らが従えるビハインド『テクノ・クラート』を護りに回す。その判断が功を奏し事なきを得るが、ロザリアは主従共に二度目は耐えられない事を悟る。
　尚、炎は渦巻いて、槍の先がロザリアへと向けられようとする。
「おっと、ならこちらにも注意を向けてもらおうかな！」
　ロザリアに向けていた殺意の切先、その死角から斎が放つ紅蓮の斬撃が獣の炎躯を捉えた。唸りをあげる獣は、斎へと意識を向ける。
　その間にライラと陽菜はロザリアの回復に回り、淼と咲夜は相手の撹乱に立ち回る。
「……回復は任せて。炎導先輩達は攻撃に集中して」
「今回も背中おわせて悪いが……後ろは頼むぜ、ライラ！」
　言葉と共に炎が巻き起こる。それは獣の邪炎ではなく、炎導の淼（ほのお）だ。
「炎と、淼。その質の違いを見せてやるぜッ――！」
　淼の一撃は、獣を縦横無尽に打ちのめした。淼が攻撃の立役者となったのは、咲夜の援護が的確に機能した故にでもあった。
「ナイスアシストだぜ、白雪！」
「言われなくとも、ですよ。……しかし、いい加減覚えて下さいよ。今は川原ですって！」　
　知己とも言うべき二人の掛け合いの最中、ロザリアは無事に傷を癒されテクノ・クラートと共に再び立ち上がる。その様子を陽菜が心配そうに伺った。
「もう大丈夫？」
「大……丈夫です。私もテクノもまだ戦える。非力でも、力及ばなくとも、この身を削る事も厭わない、覚悟で――！」
　奮い立つロザリア。僅かに疼く、恐怖の感傷を捻じ伏せる。だがそんな彼女を陽菜は自らの理で静かに答えた。
「ううん。必要なのは、きっと身を削る覚悟じゃなくて、悪い奴をぶっ飛ばす覚悟！　それでこそ『正義のヒーロー』ここにありっていうものだよ！」
「ヒーロー……ですか？」
「そう！　ヒーローは誰かの犠牲の上に成り立つ勝利なんて、求めちゃいけないんだよ！――だから、一緒に戦おう！」
　陽菜はロザリアに手を差し伸べる。
　ロザリアはその手を取る事に、僅かな躊躇いを見せたが――瞳に強い力と覚悟の炎を宿し、頷いて見せた。

●怒れる炎
　灼滅者達と、イフリートの戦いは続いている。一進一退。勝利と敗北の天秤は、未だどちらに傾くか解らない。灼滅者達は、咆哮する炎の獣に対し、決定打を与える事が出来ず疲弊の一途である。しかし同時に獣も得体の知れない『戦い難さ』を本能として感じていた。
「グ、ウウウウッ――！」
　自らの動きを制限されるような、耐えがたきストレスに獣は唸り声をあげる。炎は際限なく自身に力を与えてくれてはいるが、それを思うように扱う事が出来ずにいた。
「さあ、どうした。来いよバケモンッ！　暴れ足りねェんだろ？　手前ェの炎と俺の魂、どっちが激しく燃えるか勝負と行こうぜッ！」
　殴り合いのような炎の応酬。智巳の炎剣がイフリートの身体を捉える。
「グアアアアッ！」
「クハッ、吼えるねぇ！　だが遠吠えばかりじゃ、俺は倒せねェんだよッ！」
　挑発めいた言葉を放つ智巳と入れ替わるように、淼が踊り出る。
「淼比べなら俺も混ぜてもらうぜ、一橋ィッ！」
　躍る二対の炎は、獣の螺旋とは違うもう一つの螺旋となって、獣の身を焼きつかせる。
　その直後、炎を振り解くように暴れるイフリートの背後で影が揺らめいた。
「面倒だわ、この一撃で――死ね」
　背後から華月がすれ違い様の一撃を放つ。黒死の一閃は、獣の皮膚を切り裂き、血の華ならぬ炎の華を咲かせた。
「グッ……オァァッ！」
　巨躯に多少の揺らぎを見せたが、獣の放つ螺旋の炎は衰える事無く華月の身に襲い掛かった。
「――ッ、手緩い一撃を繰り出している心算は無いのに……随分と頑丈な、狗獣ね」
「だが不死身って訳じゃねぇ！　何度でも繰り出すまでだッ！」
　豪力を以って暴れる獣は、確かに苦しんでいるようにも見えた。しかし、それと共に部屋内の温度が急激に上昇していく。
「とはいえ、そろそろ頃合です。私達の先見が確かならば――」
　手元の時計を確認しながら、咲夜はライラに目配せを行う。
「……解っているわ」
　ライラは静かに頷いた。狙うべきタイミングは唯の一点。
　辺りに渦巻く、螺穿の炎。それがイフリートに集うような動きを見せる。炎は一つに纏り始め、巨大な翼のように紅蓮の揺らめきが部屋中に猖獗していく。
　そう、この瞬間だ。
「……魔弾の射手は、決して勝機を逃がさない」　
　ライラの銃口から、閃光が放たれる。それは一条の光の帯となって、今正に力を解き放とうとしていたイフリートの頭を射貫いた。
「グッ、ゴエエエエエエエエエ――ッ！」
　断末魔に似た悲鳴をあげるイフリート。そしてその身体が紅に染まり、膨張していく。口と瞳から炎を湧き上がらせ細動をし始める紅蓮の化身。
　だがすぐさま身体を走る紅蓮は、飛散する事無く獣の腕に集う。赤熱化した巨腕を獣は怒りのままに振り下ろす。
「さ、て。……聞いた話の通りなら、これからが本番って奴かな？……あんまり楽しんでいる余裕はなさそうだ、ね」
　身体に圧し掛かる疲労感に苦笑しつつ、斎は飄々と肩を竦めた。

●燃え尽きぬもの
　先ほどまで渦巻いていた螺旋の炎は、何時の間にかその姿を消していた。だが獣の紅き腕から放たれる大熱波は、先ほどまでの比では無いほどに灼滅者達に戦慄を覚えさせるに充分足るものだった。まるで意思持つ溶岩流と対峙しているかのような、この熱気。深呼吸を行っただけでも、喉と肺が焼け付いてしまいそうだ。
「面白ェ――そうでなきゃ、ヤり甲斐が無いってモンだぜェッ！」
　だがそんな状況でも不敵に嗤う智巳は、怒れる獣に悠然と立ち向かう。放たれる一撃は深々と獣の体内に沈みこんだ。だが――。
「うッ、ぉ……なにィ……ッ！？」
　それによって動きを制限された智巳はイフリートの炎椀に掴まれ、床に叩きつけられる。そして、一度、二度。そして三度。無造作な炎の鉄槌が下され、炎に包まれた。
「一橋――ッ！」
　すぐさま淼が智巳の援護に向かう。獣の眼光は、怒りの色に染まりつつもその状況を冷徹に判断していた。淼の一撃をいなし、そのまま紅の腕で殴り、弾き飛ばす。淼は炎に包まれ、床に跳ねた。
「――淼さん！？」
　咄嗟に咲夜は炎獣の動きを止める為の一撃を放つ。その表情は真剣そのものだ。
「――グッ、淼って呼ぶな……つったろ……マセ、ガキィッ……！」
　淼はイフリートの一撃に対し、辛うじて行った防御が間に合い、致命傷にならずにはすんだようだ。だがその傷は深い。それでも、無用な心配を避けるべく出た言葉が口をつく。
「……お互い様なんですから、怒らないで下さいよ」
「るっせぇ……殴る、絶対、はった……おす」
「無事、帰ることが出来たら考えておきますよ――でも、まだです！」
　完全に仕留め損ねたイフリートは、止めをささんと淼に襲い掛かる。その一撃を喰らえば、もう立ち上がる事は出来ない――そう判断した斎は自らの身を挺して淼を護る。
「つうぅっ……これは、何度も受けられないな……早いところ、決めてしまってくれよ！」
　斎の要請に呼応して、テクノ・クラートがイフリートの動きに牽制を行い始める。その動きで僅かに翻弄された獣は巨椀の振り下ろし先に迷いを見せた。
「ヒーローさん、今ですよ――！」
「任せて！」
　ロザリアの合図と共に、陽菜が構えを取る。自らの愛するご当地のパワーが光線として放たれる。
「正義の心は燃え尽きないッ！　必殺！　アサクサ――ビィィィィィィムッ！！」
「ガアアアッ！？」
　意識外からの攻撃に、イフリートは驚愕する。目晦ましのような閃光を受け、我武者羅に赤熱の腕を振り回すが、それはテクノ・クラートを吹き飛ばす程度の、苦し紛れに過ぎなかった。
　しかし、真に炎獣が驚愕したのは、この後の出来事だった。
「――！？」
　必殺のアサクサビームに眩んだ視界が回復した獣が見たものは、自らに纏わりつく炎の姿だった。
「よォ――」
　それは、自分が叩き潰したはずの智巳だった。
「クハッ、クハハハハ！　オイ、どうしたバケモン様よォ！　随分と炎が温い、温過ぎるッ！　俺の魂を燃やし尽くすには全然足りねェぞ、ッラァァァッ！」
　――危険だ。
　獣の本能が告げていた。この炎は危険だ。今すぐ離れなければ己を焼き尽くされる。この魂の炎は、自分の炎よりも強力だ――。
　遁走――生存本能を働かせる獣。だがそれは、自らが『喰らうもの』から『喰われるもの』に変わった事に他ならない。ならば――。
「――それを狩るのは、容易い」
　華月の放つ螺穿の槍が、逐電を過らせるイフリートの眉間を貫いた。
「ガッ……アアア……」
　イフリートは数度痙攣を行い、熱気と共にその巨躯を倒れこませた。事切れると同時に、その身は獄炎に包まれる。
　灼（ほのお）を滅する者達は、紅蓮の炎を見事に調伏する事に成功した。しかし、この炎の獣が尖兵の一頭に過ぎない事を思えば、心に僅かな燻りを感じるのだった。

作者：遊悠	重傷：なし 死亡：なし 闇堕ち：なし
種類： 公開：2013年1月19日 難度：やや難 参加：8人 結果：成功！
得票：格好よかった 12／感動した 0／素敵だった 0／キャラが大事にされていた 1
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