楔を喰らう炎獣～白銀に燃える

■リプレイ

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「寒さって、痛いんだな……」
　大條・修太郎（紅鳶インドレンス・d06271）が呟く。
　エクスブレインから指定された場所は、まさしく『何もない』と表現して良いような、一面の銀世界だった。
　ここまで来る道も長かった。空港からバスを乗り継ぎ、その後は農道らしき雪深い道なき道を膝まで埋まりながら歩き、ようやくにして着いたのがその土地だった。
「……間違ってないよな」
　携帯電話のＧＰＳ機能で位置を割り出し持たされた地図と比べてみても、目印が無さすぎてよく分からない。時渡・竜雅（ドラゴンブレス・d01753）は首を傾げる。
　全員がしっかりと防寒具に身を固めてはいたが、歩けば汗をかき立ち止まれば風に体温を奪われるという悪循環。空は雲が鈍色に低くのしかかり、大粒の雪まで降り出した。
「戦う前に死んじゃいそう……」
　宮廻・絢矢（ポゼッション・d01017）が途方に暮れたように、身を隠す防風林を眺める。最も手近な防風林まで、目測であと５０ｍ。勿論、除雪された道など存在しない。
　そっと、夕永・緋織（風晶琳・d02007）は海保・眞白（真白色の猟犬・d03845）に携帯カイロを手渡した。これから起きるのがどんな戦いであろうとも、共にいられるなら心強いと。
「あともう少しだ、移動しよう」
　白い息を吐き、鈴木・総一郎（鈴木さん家の・d03568）が促し、一同はやっと目的の防風林に辿り着いた。息が落ち着く頃には、再びじわじわと寒さがしみてくる。
「うー……めっさ寒ぃーッ！」
　かじかんだ手袋の中の手を揉むようにしながら、四季・銃儀（玄武蛇双・d00261）が足踏みするが、どこまでも沈むパウダースノーに足を取られ、頭から新雪にぼすりと突っ込んだ。
「それにしても、気になるわ」
　真剣な顔をして周囲を見渡すのは葉月・玲（高校生シャドウハンター・d00588）。寒冷適応を発動しているので、寒さは問題ないようだ。
「イフリートの行動ですか？」
「ううん、ミスターマイナス４１度」
　緋織の言葉に、即答でご当地怪人の名を出す。確かに気になると何人かが頷いた。
　それから、どれほどの時が過ぎたのか。
　舞い落ちる雪は激しさを増し、ここまで来た時の足跡が半ば消えかけた頃。
『ーーーーー！！』
　灼滅者たちの耳に、声にならない悲鳴が聞こえた。
　身を潜める防風林から見える場所に、小高い丘があった。その向こう側から散り散りになって、勢いよく駆け下りてくる影がある。
　ダークネスの気配に、灼滅者たちはいっそう息を潜める。
　銀世界に目立つのは、黒い全身タイツに身を包み、頭部に『－４１』と赤文字で大きく描かれた仮面をかぶった男。マントを翻し、この深い雪にも足を取られず走ることができるのは、北のご当地怪人ゆえの力か。
　配下のミニ雪像たちもまた、転がるように斜面を滑り降りてきた。
「あれが……」
　ミスターマイナス４１度、なんというわかりやすさと、灼滅者達は別の意味で戦いた。
『観測史上最低気温ノ恐怖ヲ武器ニ、人間タチヲ震エアガラセ、コノ土地カラ世界ヲ征服スルマデハ！』
　吹雪の中、走りながら怪人が叫ぶ。
『消エルワケニハイカナイノダアァア！！』
　ごう、と風が逆巻き唸りを上げる。
　白銀の丘の向こう側から飛翔した影。放たれた天を紅く彩る帯が、ミニ雪像三体を一薙ぎしたように見えた。瞬時に蒸発する雪像。高く積もっていた雪も、その部分だけ帯のように溶けて消える。茶色く土が抉られていた。
『ア……』
　怪人の目の前に降り立ったのは、炎の塊だった。
　例えるなら、炎のたてがみを持つ獅子。圧倒的な威厳をもって足元の怪人を見下ろす様は、美しくもあり滑稽でもあった。
　イフリート、炎の魔獣。
　魔獣を中心にして、周囲の雪が円を描いて消えてゆく。
　それからは猫が獲物で遊ぶような、軽く前足を上げ振るう、それだけの動作。
『ガアアァアァ！！』
　灼熱の爪に胴を真横に引き裂かれ、何が起こったのかわからないような叫びも途中で歪みかき消え。
　最初からそこにいなかったかの如く、ご当地怪人ミスターマイナス４１度は存在を跡形もなく抹消された。
　高く吠える炎の魔獣の牙を炎が彩る。轟々とたてがみの炎が猛る。
　――そこに、漆黒の弾丸が空を切り裂いて迸り、魔獣の肩を撃ち貫いた。
「ここからは俺たちの相手をしてもらうよ」
　それは総一郎が攻撃開始の合図として放った、デッドブラスターだった。同時にライドキャリバーが機銃掃射し、魔獣の意識を引きつける。
　一瞬で魔獣の周囲を囲むように布陣した灼滅者たちが、各々の武器を解放する。
　その様子を、炎纏う魔獣は気分を害されたように、低く唸りを上げて睨み付けていた。
　
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　低く唸り、灼滅者達を睨めつける炎の魔獣、イフリート。
　灼滅者の中には、別の場所でイフリートと対峙したことがある者もいた。その記憶を思い出してみても、目の前の魔獣は猛々しく強烈な威圧感を持っている。
「……桁違いだぜ」
　最もイフリートとの交戦経験が多い竜雅が、苦々しく呟いた。
　ダークネスが他種を襲うなどという事態は、誰もが見たことも聞いたことも無かった。
　灼滅者が束になり連携してやっと倒すことのできるダークネスを、一撃で消滅させる高い攻撃力も脅威だった。
「だからこそ、戦りごたえがありそうじゃねえか！」
　身の丈ほどもある斬艦刀を腕の延長のように扱い、己に絶対不敗の暗示をかける。
「ダークネス同士、協力って発想は無いんだろうね」
　協力されても困るがと笑って、修太郎はWOKシールドを展開。足元の雪を蹴って魔獣の身体を足がかりに高く跳躍すると、落下の勢いを付けて強く殴打した。
　魔獣が煩わしげに身体を震わせ、前足を振り上げる。着地して態勢の整っていない修太郎は、盾をかざすも勢いを殺せず、衝撃をまともに受けて転がった。
「いけない」
　一人でも倒れたら、堰を切ったように押し切られる。玲は天星弓を限界まで強く引き絞り、癒しの矢を修太郎へ放った。
　前衛が安心して戦うために、回復の手は惜しまず使う。後方を守る位置に着いた己の役目と、炎の魔獣を目にし改めて心に誓ったのだ。
「続きますね！」
　緋織もまた、風乙女の翼を模した弓を引く。癒しの矢は修太郎へと優雅な弧を描いて飛翔した。
　魔獣の灼滅を遂げ、皆で帰るという志は同じ。そのためにも今の自分にできることをと、夜霧を呼んで仲間を隠す。
「はは、熱いなあ。冬は一家に一匹イフリート置いておくといいかもねえ！」
　子供のように笑いながら、絢矢が掌に集めたオーラから目映いビームを発した。
「なーんて、冗談！　誰があんたなんか必要とするものか！」
　振り回される炎の爪を避け、吐き捨てるように叫ぶ。空振りした爪は大地に突き刺さり、雪を溶かしてもうもうとした水蒸気を上げる。
　いつしか戦場の地面の雪は溶け、水を含んだぐずぐずの土が露出していた。吹きすさぶ吹雪すら、炎の魔獣の発する熱で溶けてしまう。視界の邪魔にならないのは好都合だった。
「真剣中の真剣勝負……逃がしゃしねぇよ、絶対に！」
　バスターライフルを構えた眞白が、魔法光線を乱射した。魔獣の動きに未だ変化の兆しは見られない。ならばと声を限りに叫ぶ歌声が、わずかに獣をとらえた気がした。
「カカッ！　遊び相手になってやるぜ――子犬ちゃんよぉッ！！」
　胸にスートを浮かべた銃儀が、二匹の影蛇を纏い疾走する。
「喰らい尽くせッ！　Nachzehrer！！」
　奔流のように、蛇が炎の身体に絡みつき牙を立てる。苦痛であるのか、魔獣が高く咆吼した。
　息を深く吸うように、魔獣の胸が膨らむ。口から炎があふれ出る。
「炎の帯が来る！」
　修太郎が叫ぶが防御態勢は整わない。
　咆吼、そして熱気。
　炎のたてがみが猛るように燃え上がり、周囲は炎に包まれた。

●
　巨体に似合わぬ俊敏さで、魔獣はしなやかに地を駆け爪を振るい、時には竜巻の如き炎を巻き起こし灼滅者たちを疲弊させていく。
　時折身震いして己の身体が自由にならぬことに憤る様子はあっても、爪の鋭さは鈍ることなく前衛を襲った。
「気味の悪い化け物、死んじゃえ！」
　解体ナイフの柄を口にくわえ、絢矢がガトリングガンを乱射する。
　上下する魔獣の背に炸裂した銃弾が地面をも弾けさせた。
「諦めてたまるか！」
　ぼろぼろになりながらも自らに戦神の力を降ろした竜雅は、正面から高く跳躍すると斬艦刀を下段の構えから大上段に振り上げた。
　魔獣が視線でそれを追った隙に、銃儀が反対側に躍り出る。高速で繰り出した鋼糸の網が魔獣を包み込んだ。
「カカッ！　余所見してンなよぉ！！」
　頭蓋を正面から真っ二つにする勢いで振り下ろされた斬艦刀と、体をめちゃくちゃに切り刻む鋼糸のダメージに、初めて魔獣が大きな苦痛の声を上げた。
　轟々と燃える炎を纏う姿は、ダメージが無視できなくなった証拠だろう。
「いける、このまま畳みかければ」
　マテリアルロッドを閃かせ、修太郎のマジックミサイルが巨体に次々と穴を穿つ。
「紫明の光芒に虚無と消えよッ！　バスタービームッ、発射ェーィッ！！」
　魔法光線を発射するバスターライフルを支え、眞白が叫んだ。
　じりじりと灼けるように全身が悲鳴を上げているけれど、後方から吹き込んでくる清めの風が、焦燥までも吹き飛ばしてくれるようだ。
「癒すよ。何度でも……何度でも！」
　緋織の祈りと共に吹く風が戦場に充ちる。地に膝を着きかけていた者も、深く呼吸し己を取り戻す。
「これ以上、傷つけさせない」
　玲は凛と弓を引き絞り、放った矢が傷深い者の胸に吸い込まれ癒しを与える。迷うことも惜しむこともなく。
「強い……流石に他種を襲うだけある……」
　総一郎は苦しげに息を吐いた。癒し手の二人は前衛達の状態から目を離せず、重なる状態異常を己でも解除することができない。
　目の前で破裂する何度目かの炎の帯に、機銃を掃射していたライドキャリバーが遂に火花を上げ沈黙した。総一郎も浅くない傷を受け、胸元にスートを浮かばせる。じわり身を灼く炎に構わず、鋼糸を編み上げ魔獣に放った。
「これぐらいで倒れるかってんだ、終わりにしてやる！」
　体制を立て直し、修太郎がシールドを最大に展開して地面を蹴った。流れるように斬艦刀を背負い、拳を握りしめた竜雅が地面すれすれを走る。
　上下から繰り出された連続攻撃に、今度こそ魔獣は苦悶した。
「チャチャッと片付けてやるぜェ！」
　勢いを増して唸りを上げる銃儀の二匹の影蛇と、
「畜生に引けを取るほど、僕たちは弱くないと思ってるよ」
　ぎらついたナイフを逆手にした絢矢が弾丸のように、魔獣の胴を切り裂き貫く。
　支える前脚が折れ、苦しげな呻きが地響きとなって地を揺るがすが、魔獣の瞳は光を失っていない。その瞳めがけ、これが最後と玲が指輪を向けた。
「終わらせる！」
　放たれた魔法弾が、魔獣の片目を穿つ。
　高く高く魔獣が吠えた。ただの苦痛のためか、それとも遠くの同胞に何かを伝えるためか、言葉を持たぬ魔獣の意思は読み取ることができない。
　膨れあがった炎が、最後とばかりに爆発的な尾を引いて灼滅者達を押し包む
　同時に炎から飛び出した影があった。無骨な龍砕斧を握った総一郎が、重い一撃を魔獣の首に叩き込むのが見えた。
　それきり、力を失ったかのように地に伏して動かなくなった。
「総一郎君っ！」
　緋織が悲鳴のように叫び、癒しの矢を撃つが反応しない。
「イフリートは……」
　全身から吹き出していた炎は、徐々に小さく細くなってゆく。
　ぐらりと傾いだ体が横倒しになり、残った片目の光が消えた。
　耳が痛くなるような沈黙が、辺りを支配したようだった。

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「……俺さ。アイツの思考探ってみようとしたんだけど、何も分からなかった」
　眞白が大の字になって空を見上げながら、ぽつりと呟いた。復活させようとするモノが何なのか分かれば、少しは役に立ったかも知れないと思いながら。
　倒れた炎の魔獣は己の炎で全身を灼き尽くし、消し炭のようになった後、端から風に流れて完全に消滅した。
「大丈夫、命に別状はないみたい。よかった……」
　倒れた総一郎の傷は深かったが、しばらくすれば元の調子を取り戻せることだろう。玲は安堵して周囲を見渡す。
「それにしても、酷い格好ね、みんな」
　腰近くまであったはずの美しい雪原は、今や雪と泥が混ざり合った荒れ地と化している。この惨状はしばらくは近隣住民の噂となるのだろうが、数日もすればあっけなく忘れ去られるだろう。バベルの鎖の効果によって。
　ぬかるんだ地面を走り回っていた灼滅者達の姿も、散々なものだった。
「生きてるだけで、良しとしよう」
　精根尽き果てた表情の修太郎が空を仰ぐ。
　戦闘の熱も少しずつ冷め、雪が再び灼滅者達の体を冷やしていく。
「……ふぇ、ぶぇっくしょおんッ！！」
　盛大なくしゃみをする銃儀。
「さっさとどっか暖かいところに行こうぜ。俺腹減った、うまい飯、そんで風呂！！」
　だだをこねる子供のような台詞に、ようやく灼滅者達に笑顔が戻る。
　
　いつの間にか雲は切れ、視線をずらせばどこまでも白銀の世界が広がっている。
　雲間から差す光に、雪原は陰影を深くしてまるで絵画のように思えた。
「帰ろう」
　灼滅者達は、雪を分けて再び歩き出した。

作者：高遠しゅん	重傷：鈴木・総一郎（鈴木さん家の・d03568）  死亡：なし 闇堕ち：なし
種類： 公開：2013年1月16日 難度：やや難 参加：8人 結果：成功！
得票：格好よかった 9／感動した 0／素敵だった 0／キャラが大事にされていた 0
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