楔を喰らう炎獣~狙われた時期遅れ

    作者:聖山葵

    ●大分県別府市・鶴見岳
     何体ものイフリート達が、続々と鶴見岳に集結している。
     イフリート達の体毛によって、燃えるように煌々と輝く鶴見岳。

     頂上には、一体のイフリートが存在した。
     他のイフリートを圧するほどに大きく、威厳に溢れたその姿。
     イフリートの首魁は、配下の前でゆっくりと力を練り、人間の姿へと変貌する……。

     ……人の形へと転じたイフリートの首魁。
     少女のようなその姿は、居並ぶ配下の幻獣達に向かい、唸り声の如き少女の声で命じる。

    「ガイオウガノメザメハチカイ。ケダカキゲンジュウシュヨ、コノクニノクサビヲクライクダキチカラタクワエタノチ、ソノチトニクヲ、ガイオウガニササゲヨ! サスレバ、ガイオウガハゼンナルイチノゲンジュウトナリテ、ナンジラトトモニクンリンスルデアロウ !」
    「小鳥遊・優雨(優しい雨・d05156)から話は聞いているか?」
     投げかけた問は確認のようでもあったが、エクスブレインの少女は答を待たずして再び口を開く。
    「別府温泉にイフリートが次々出現していた一件だ。どうやら、新たな動きがあったようだな」
     灼滅者達の活躍により別府温泉でイフリートが灼滅され、強力な敵の復活は避けられた。だが、イフリートもそのままで済ませるつもりはなかったらしい。
    「イフリート達は、新たな一手を売ってきた」
     鶴見岳に出現した多数のイフリートが全国各地に散り、各地の眷属や都市伝説などをその牙にかけようとしている。
    「目的はおそらく、鶴見岳に封じられた強大な存在を呼び起こすことだろう」
     全国に散ったイフリート達は、これまでに現れた個体と比べ強力な力を持っている。
    「全く、厄介で危険な存在だな――だが、このまま放置すれば奴らの目論見通りに事が運んでしまうのは、想像に難くない」
    「うん」
     それは避けなくてはならないのだ、と続けた少女の声に頷いたのは、鳥井・和馬(小学生ファイアブラッド・dn0046)だった。
    「あの協調と縁遠い感じのイフリートが一致した行動をとってたってことは、それなりの理由があるってことだよね」
    「少年……」 
     少女が振り返り驚いた顔をしたのは、一瞬だった。
    「少年の様なまだ幼い女の子に頼むことに、私は良心の呵責を感じずには、いられない」
    「え゛っ?」
     やるせない表情をしつつ少女の口から漏れた言葉に、和馬が引きつった顔をしたのは、和馬にとってスルー出来ない何かが含まれていたからだろう。
    「……こんな小さくてこうすっぽりと腕の中に収まってしまう抱き心地の良さ。こんな女の子を戦いに」
    「や、おかしいよね? 少年って呼んでおきつつ女の子っておかしいよね? って言うか何抱きついてるのさ?」
     速射砲の如く和馬は指摘するが、少女は動じない。
    「安心するがいい、『少年』とは年若い者を指す言葉。特に男の子を指すが女の子に使っても何ら問題はない」
    「えーと、そう言う意味じゃ……」
     若干弱々しくなりつつも和馬は抗議しようとするが少女は聞いちゃ居なかった。
    「しかし、何という抱き心地の良さ。一晩中頬ずりしながら隣で寝たいぞ、少年よ」
    「変態だーっ!」
    「そうではない、これは私の心から滲み出る想いが行動となったもの。言うならば『母性愛』だ!」
     和馬が口を開いた辺りから少女のキャラが崩壊しているような気もするが、それはそれ。
    「失礼、醜態を見せた。後悔はしないが反省は……いや、説明が先だな」
    「その反省の先、しないって言葉で終わらないよね?」
     などと和馬がツッコまなかったのは、脱線で時間を使ってしまっていたからか、精神的な疲労によるものか。
    「今回君達が相手をすることになるイフリートは動物で言うなら山猫に近い形状をしている。使ってくる攻撃手段もファイアブラッドのサイキックを強化したようなものだ」
     問題は威力の方が灼滅者達の使うものを大きく上回っていることぐらいで、効果や範囲はかわらない。
    「このイフリートが狙っているのは、都市伝説『下着を袋からはみ出したサンタ的な何か』だ!」
    「や、それ下着泥棒だよね? そもそもクリスマス終わってるよね?」
    「そうだな、シーズンを終わっても活動するとはその勤勉さ、敬意を抱かざるをえない」
    「抱くなーっ!」
    「はっはっはっは」
     和馬に肩を掴まれがっくんがっくん揺さぶられつつも少女は笑っていた。揺すられるたびに少女の豊かな胸が弾むも抗議で必死な和馬には気にならないようで。
    「まぁ、私の感想は兎も角、その都市伝説は夜中、住宅街の屋根を飛び回り、最後に街外れの廃屋へと姿を消す」
     移動ルートはランダムで、確実に立ち寄るのは最後の廃屋のみ。
    「件のイフリートはこの廃屋前で都市伝説を待ち伏せし、襲いかかろうとするようだ」
     まぁ、闇雲に探すよりは確実に立ち寄る場所がわかっているならそこで待ち伏せるのが楽なのは言うまでもないことで。
    「廃屋の建つ敷地内はそれなりに広く、隠れる場所はない」
     強いて言うなら大きく穴の空いた廃屋の中だが、ここは都市伝説がやって来るまでイフリートがスタンバっている。

    「もっとも、イフリートが都市伝説をしとめるより前に君達がしかけては、バベルの鎖によって君達の存在がイフリートに悟られかねない」
     この場合、襲撃自体が発生せずイフリートを取り逃がしてしまう可能性がある。
    「わかったよ。オイラ達は都市伝説が倒されてから――」
     挑めばいい。それがイフリートの裏をかく唯一の方法なのだから。
    「危険な任務だが、よろしく頼むぞ」
    「うん」
     少女は首を縦に振った和馬に頷き返すと、歩み寄って腕を伸ばす。
    「少年、君のような幼い女の子を送り出さねばならないのは心苦しいが」
    「や、いいから。それは……」
     学習したのか、和馬は少女の腕からさっと身をかわすと仲間達の方を振り返る。
    「じゃあ、行こっ」
     促し、教室を後にする足が若干早足気味だったことに意味はないと信じたい。
      


    参加者
    柊・棗(ファイアキティ・d00119)
    龍海・光理(きんいろこねこ・d00500)
    緋島・霞(緋の巫女・d00967)
    大神・月吼(戦狼・d01320)
    水島・ユーキ(ゲイルスライダー・d01566)
    鷹合・湯里(鷹甘の青龍・d03864)
    宮村・和巳(傷付けたくない殺人鬼・d03908)
    神楽・雄介(壊れた心の歯車・d04467)

    ■リプレイ

    ●時を待ち
    「何やら大変な物を呼び覚まそうとしているようですが……」
    「強大な存在……ってなんなんスかね」
     鷹合・湯里(鷹甘の青龍・d03864)の後を受けるようにして、宮村・和巳(傷付けたくない殺人鬼・d03908)は疑問を口にする。
    「都市伝説はまだ来てねーみてーだな」
     神楽・雄介(壊れた心の歯車・d04467)が耳にしたのは、戦闘音でも物音でもなく仲間の呟きぐらいで、今のところそれらしい気配はない。
    「ふむ」
     視界に入ってくるのは、不気味なほどに静まりかえった廃屋のみ。
    「いよいよですね」
    「そうだな。近寄りすぎて感づかれないか、少々心配だが」
     そして、ここからは何人かの仲間と別行動だった。頷いた柊・棗(ファイアキティ・d00119)はこのまま他の前衛メンバーと表側を見張り、龍海・光理(きんいろこねこ・d00500)達――中・後衛メンバーは廃屋の裏側に回って、遠巻きに敷地を包囲する布陣を形成する。
    「あとはあちらの方々ですね」
     もっとも、この布陣を形成したのは九名ではなかったのだが。
    「……メインで戦えないのはちょっと残念ですが、せめてお手伝いします!」
     そう言って鳥井・和馬(小学生ファイアブラッド・dn0046)の前に残った灼滅者まで含め、援護する為にやって来た人員は十名。和馬を含めた面々より普通に多い。
    「イフリートが相手でも真冬の寒さは厳しいだろうしね」
     と、カイロなどを提供してくれた者も居たり。
    「周囲の警戒については、殺界形成を使用して万全でございます。どうか戦いに専念なさってくださいませ」
    「そちらが撤退する場合は撤退支援を行うつもりだ。イフリートが退いてくるなら鋼糸で――」
     何というか至れり尽くせりな感じがしてしまうのは、気のせいか。
    「控えてたほうがいい感じ?」
    「あ、うん」
    「じゃあ、私達は見つからないように、遠方にいるわ」
     過剰戦力がどの程度を差すか解らないと口にした者も居はした。ただ、流石に本来の倍以上の人数はひいき目に見ても過剰戦力と見なされて文句は言えないと思う。
    「こちらの話を聞いて下さって良かったです」
     だからこそ全員が参戦する訳ではないと聞いて、緋島・霞(緋の巫女・d00967)は胸をなで下ろしていた。内何名かは最初から直接戦闘外のサポートに回るつもりであったようだが、過剰戦力は敵に悟られる恐れがあると釘を刺されている手前、ありがたい。
    「全然関係ないですけど、なんでまたこんな都市伝説が出来たんでしょうね……」
     独り言なのか誰かに問うたのか、足を止めポツリと零した光理の言葉を聞きながら、大神・月吼(戦狼・d01320)は茂みから突き出した鏡越しに周囲の様子を窺う。
    (「要は他の勢力ぶっ倒してサイキックエナジーを奪おうってこったろ?」)
     ツッコミどころだらけな都市伝説の存在はさておき、この場に足を運んだ灼滅者達がすべきは、もうすぐ事を起こすであろうイフリートを討つことなのだ。
     ツッコミどころだらけな都市伝説の存在はさておき、この場に足を運んだ灼滅者達がすべきは、もうすぐ事を起こすであろうイフリートを討つことなのだ。
    (「ハッ、面白え事になりそうじゃねえか!」)
     姿を隠しているからこそ月吼は笑みを作るに止め、声を出さずに待った。
    「ヒャッホォォォ! 今夜モ大量ォ、メリクリスマ――」
    「できれば都市伝説にある程度善戦してもらいたいですけど……期待薄ですね」
     そう、思わず霞がチラ見して嘆息した都市伝説がイフリートに屠られるのを。
    「……纏え、緋霞」
    「青・龍・召・喚!」
     都市伝説の出現に合わせて灼滅者達は一斉にカードの封印を解き。
    「アギャァァァァッ」
     割とあっさり都市伝説の断末魔が周囲に響く。
    「……下着、泥棒、を、成敗、して、くれる、のは、良い、けど……後、が、迷惑……」
     水島・ユーキ(ゲイルスライダー・d01566)の見えるところで行われた一方的と言っても差し支えのない虐殺。あっさり都市伝説を屠る辺り、かなりの強敵なのだろう。存在がギャグだったせいで緊張感は皆無だが。
    「さぁー、かかって来い、俺が全部防いでやるッス!」
     飛び出したのは、和巳だった。足がガクガク震えているように見えるのは、きっと気のせい。
    「青龍の名を継ぎし者として、参ります!」
     湯里も隠れていた場所から姿を見せ。
    「ニ゛ャ?!」
     イフリートは悟る、自分がいつの間にか包囲されていたことを。
    「ほらメインの連中に後れを取んなよ?」
     和馬がそんな声を知覚した時、物干し竿を回転させつつ突撃した和巳の一撃がイフリートの眉間に突き刺さっていた。

    ●敵、強大なれば
    「ただでさえ強いイフリートより更に強い親玉がいるってことッスか……あんまり想像したくないッスね、絶望的ッス」
     そう言いつつも、いやだからこそ負ける訳にはいかないと、和巳は突っ込んでいった。
    「さぁ、か弱い少女な和馬君は下がって欲しいッス。俺が前に出て敵を食い止める!」
     実に男前な台詞だったとは思う。何というか……足の震えが継続中でなければ。
    「フシャァァァァ!」
     戦いは最初から激戦となった。都市伝説が倒されてギャグパートは終了したと言わんがばかりに。
    「なっ」
     湯里の歌声に惑わされることなく。
    「とりあえず、一発殴るか……って、」
    「ニ゛ャウッ」
     棗がまずは小手調べにと繰り出した一撃をあっさりかわし。
    「……速い」
     撃ち出された魔法の光線を飛んで避けた炎の獣は、宙返りまで見せて着地する。まるで初撃を受けたのは、不意をつかれたからだったのか。
    「フゥゥゥゥッ!」
    「うくっ」
     眉間を刺された怒りを隠さず、威嚇してみせたイフリートは次の瞬間、再び地面を蹴っていた。狙う相手が誰かは言うまでもない。
    「ミャッ?!」
    「へぇ、今のも避けれるのか」
     右前足の爪に炎を宿し振り下ろそうとする直前、自分から標的を外すように炎の獣が身を捩らなければ、出現したオーラの逆十字が身体を引き裂いていたことだろう。
    「いやー『さすがに親玉とか出てこられるとどーしようもなさそうだし、ここはいっちょしっかり片づけて難を切り抜けましょうか』って思ってたんだけどな」
     お前も充分厄介そうじゃん、と言いつつも雄介が笑ったのは、己の攻撃でイフリートの気が逸れたことに気づいた故で。
    「今です」
     鋼糸で作り出した結界に獲物を捕らえた霞は、横目で月吼を見る。
    「よっしゃ、任せろ!」
     応じた月吼の影が鎖状の触手と化してイフリートの四肢を絡め取り。
    「そちらが炎なら、こちらは――」
     光理が魔法を発動させる。
    「フギャァァァッ」
     身体から急速に体温を奪い、凍てつかせる死の魔法を。
    「イフリートと殺り合うのは初めてなんだが、炎が凍るってのも妙な光いだな」
     棗が微妙に台詞を噛んだ様な気もするが、それはこの際良い。確かに炎の獣は縛めを受けた上に四肢を凍らされた。鎖状になった触手はイフリートの動きを阻害することだろう。
    「フゥゥシャァァァ!」
     だが、イフリートはまだ灼滅された訳ではないのだ。咆吼と共に飛び上がった身体は今度こそ憎き相手目掛け飛びかかった。
    「がっ……」
     鋼の糸が生じた結界に突っ込み、振り上げた前足の勢いが幾分殺されるも叩き付けた爪は和巳に届いていた。
    「っ!」
     和馬によって招かれた優しい風や支援すべく戦場に残った者の分け与えた盾、小光輪と共に癒すが、仲間の傷は全快には至らない。それ程に一撃が重かったのだ。
    「大丈夫ッスよ。炎が消えただけでもありがたいッス」
     膝から崩れ落ちかけた和巳は、物干し竿にすがるようにして立ち上がると、味方に笑みを見せた。
    (「何度ボコボコにされてもくじけない、倒れない――」)
     武器を杖にしてでも立つし、相手に食らい付いていく。
    (「これがちっぽけな俺にできる最大限の抵抗ッス!」)
     足が震えるのは、恐怖ではなく痛みのせいだと和巳は自分を誤魔化して。
    「小学生にそこまで頑張らたら、あたしらとしてもね」
     身体を張る後輩の献身に応えたのは、棗だった。
    「当たりにくいようなら、これで――」
     集う面々の中でも最高学年の一人、棗が水平に振るうようにして撃ち出した弾丸は、まるで意思があるかのように炎の獣を追尾し。
    「フギャァァッ」
     その脇腹に突き刺さる。
    「おし、下手な攻撃よりは当たるだろ」
    「流石ですね。今なら攻撃もあたるかもしれません」
     笑みを浮かべた棗に相づちを打つのは、湯里。
    「……影、縛り、の、おかげ、かも。けど」
    「でしたら、尚のこと。好機ですよ」
     ユーキへ同意する湯里の顔も顔を合わせた時から変わらない、常に浮かべている笑顔だった。
    「光の中へ、お還り下さい……!」
    「ギニャァァァ」
     次の瞬間、鬼屠の薙刃を構成する光が爆発し、消え終わらぬ光の中へ、イフリートの悲鳴を頼りにユーキは飛び込んだ。

    ●されど彼らは
    「ハッ、その足で避けられるモンなら――」
     雄介の斬撃に足の腱を傷つけられていた炎の獣は、月吼が撃ち込んだ魔法弾をかわせなかった。
    「ミギャァッ」
     悲鳴を上げてイフリートは地面を転がり。
    「鳥居さん、回復行きますよ!」
    「うん」
     敵の怯んだ隙に霞が優しい風を招き、呼応した和馬もこれに倣う。天使を思わせる歌声は支援してくれる灼滅者のものかもしれない。
    「わたしが立っている間は誰も倒れさせませんよ!」
    「悪いッスね」
     光理も加わることで、攻撃の矢面に立たされる仲間を支える。逆に言うなら数人係で癒さないと厳しいほどに目の前のイフリートが繰り出す一撃が重いと言うことだ。
    「長、引かせる、のは、危険……」
     影を宿した拳で殴りつけたユーキは反動で大きく飛び退き、そのままバスターライフルを構えつつ呟いた。
    「フギャッ」
     魔法の光線が砲口より迸り、殴られた衝撃でバランスを崩していた炎の獣へと突き刺さる。
    「大、丈夫……?」
     直撃を確認しつつユーキが和巳を見たのは、自分も同じ仲間の盾になる役割を選んだからだろう。
    「大丈夫ッスよ。痛いのは苦手ッスけど他人が痛がってるのはもっと嫌ッス」
    「そっか」
    「だったら、さっさと終わらせねーとな」
     ただ、問いかけに返された言葉に反応したのは、ユーキではなく他の面々で。
    「逃走経路は封鎖済みだ」
    「倒された人が出たら、こっちにまわしてくれればあとの手当てくらいわするわ」
     更に外野から聞こえる声が、灼滅者達を勇気づける。
    「仕上げと行こうぜ、そろそろっ!」
    「ッ、ギミャァァァァ」
     雄介が繰り出す妖の槍に捻りをくわえて突きを放ち、炎の奔流から逃れようとしたイフリートの身体へ深く突き刺さる。
    「ええ」
     串刺しにされたまま、炎の獣が動きを止められたことを予期したかのようなタイミングで、生み出された風の刃は激しく渦巻き、傷だらけのイフリートを切り刻む。
    「だな、喰らぇよ!」
     更に鉄の処女のような形に変わった月吼の影に飲み込まれ、影の中から漏れるのは獣の絶叫。
    「これで終わってくれると良いのですけど――」
     獲物を中に捉えているか蠢く影に向けて、光理が七つに分裂させたリングスラッシャーを放つ。
    「グムォガァァァ」
     影の中から聞こえるくぐもった悲鳴は、リングスラッシャーが命中した証。
    「フゥゥシャァァァッ!」
     だが、これで終わるほど弱くはなかった。
    「っ! 中、間、は……倒させ、ない」
    「おっと」
     影を突き抜けてきた炎の爪からユーキが和巳を庇い、ゆっくりと傾いで行くユーキを横にいた棗が支える。
    「無茶、は、良く、ない……」
    「それはお二人ともですよ」
     いくらサイキックで傷を癒してもダメージの一部は蓄積して行く、だからといって運が悪ければ一撃でかなりの深手を負うこともあり得る。
    「ですので、そろそろ退場頂きましょう」
     笑顔で振り上げる湯里の腕が変化して行く、人のものとは思えない形と大きさに。
    「これが、私の眠る力……!」
     異形化した腕は地面ごと粉砕すると言わんがばかりに地面へ叩き付けられ。
    「ッグ……フゥゥッ!」
     それでも拳の下から漏れた咆吼に、棗は確信する。
    「結構タフだったけどな、想定以上か?」
     イフリートがまだ力尽きては居ないことを。
    「まあ、生半可な気概でどうこうできるような相手じゃないとは思っていたけどな」
     幾人かの支援を得、集中攻撃をしたにもかかわらず一方的な展開にならなかった敵の力量を鑑みれば、侮って良い相手ではなかった。チラチラと揺れる炎を瞳に踊らせながら、棗は己に絶対不敗の暗示をかけると無敵斬艦刀を構えて地を蹴る。
    「今度こそ」
    「おし、タイミング合わせるぜ」
     決着の時と見たのか、月吼は死角に回り込もうとするように走り出し、雄介も獣の槍を握って駆け出した。
    「ギャッ……グゥゥフゥゥゥ」
     どこかから撃ち出された光の刃が頬をかすめ、ワンテンポ遅れながらも炎の獣は己に向かってくる灼滅者達に気付き、威嚇する。
    「シャァァァ」
    「おおおおっ!」
     いつでも飛びかかれるように身体を屈み込ませた直後に集中攻撃の第一陣が到達する。爪が胸板に深い数本分の傷を刻み、振るわれた刃の一つに腱を切断されたイフリートが血をまき散らしながら派手に横転する。
    「フゥゥ、ガァァァ……」
     獣は、必至に起きあがろうとするも、身体に刻まれた傷が深すぎた。
    「お還りなさい……貴方の在るべき場所へ!」
     何もない場所を引っ掻くかの様な動作で身体の向きを変えようとしていた炎の獣に向けられたのは、一つの言葉と集中攻撃の第二陣。
     もはや起きあがることさえ出来ない炎の獣に耐えうることなど出来なかった。
     
    ●戦い終わって
    「皆さん大丈夫ですか……?」
    「何とか、な」
     最後に一撃を貰った雄介は胸を押さえつつ、霞に応じた。
    「今私達に出来る事全てをこめて……」
     次の命ではダークネスに囚われる事のないように、と湯が灼滅したイフリートに祈りを奉げる。
    「和馬様は今年男性としてしっかりとご成長なさる事をお祈り申し上げます」
    「あ、うん。ありがとう?」
     和馬の連絡で敵の灼滅を知った支援者達は一行との合流を果たしていた。
    「そうそう、成長ホルモンを注射なさいますと、背が高くなるとか?」
    「背の問題なのかなぁ?」
     一人悩むところのある者も居たようだが、それはそれ。目的は果たしたのだから。
    「じゃ、帰るか」
     こうして、勝利した灼滅者達は帰路へつき、廃屋は静けさを取り戻す。何故あんな都市伝説が生じたのかという謎を残したままに。
     

    作者:聖山葵 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年1月16日
    難度:やや難
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 12/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 3
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