楔を喰らう炎獣~雪山の襲撃

    作者:天風あきら

    ●大分県別府市・鶴見岳
     何体ものイフリート達が、続々と鶴見岳に集結している。
     イフリート達の体毛によって、燃えるように煌々と輝く鶴見岳。

     頂上には、一体のイフリートが存在した。
     他のイフリートを圧するほどに大きく、威厳に溢れたその姿。
     イフリートの首魁は、配下の前でゆっくりと力を練り、人間の姿へと変貌する……。

     ……人の形へと転じたイフリートの首魁。
     少女のようなその姿は、居並ぶ配下の幻獣達に向かい、唸り声の如き少女の声で命じる。

    「ガイオウガノメザメハチカイ。ケダカキゲンジュウシュヨ、コノクニノクサビヲクライクダキチカラタクワエタノチ、ソノチトニクヲ、ガイオウガニササゲヨ! サスレバ、ガイオウガハゼンナルイチノゲンジュウトナリテ、ナンジラトトモニクンリンスルデアロウ!」
     
    ●火急の知らせ
    「皆、集まったようだね」
     いつものまったりとした雰囲気は掻き消えて、厳しい表情の篠崎・閃(中学生エクスブレイン・dn0021)。その顔が、事態の深刻さを伝える。
    「小鳥遊・優雨(優しい雨・d05156)さんの話は知っているかい?」
     頷く灼滅者が数名。曰く、『大量のイフリートを生贄に、強大なイフリートが復活する』──と。
    「別府温泉のイフリート事件で新たな動きがあった。灼滅者の皆が別府温泉でイフリートを灼滅してくれた成果が上がって、強力な敵の復活は防げたようなんだけど……敵は、新たな手段を講じてきた」
     閃は赤い瞳を細める。
    「別府温泉の鶴見岳に出現した多くのイフリートが日本全国に散って、各地の眷属や都市伝説を倒そうとしている。目的はおそらく……鶴見岳に封じられた、強大な存在を呼び起こすこと」
     両の手を大きく広げる閃。敵は、その手には到底収まり切らない強大な幻獣だろう。
    「全国各地に散ったイフリート達は、これまでに現れたイフリートに比べて強力な力を持つ、危険な存在。だけど、このまま放置すれば更に危険な状況を招いてしまうだろうね」
     閃の声が危機感を煽る。しかし、その危機は決して小さなことではない。煽られても足りないくらいに。
    「皆に、このイフリートの灼滅を、頼みたい」
     力を溜めた閃の呼びかけに、集った灼滅者達は力強く頷いて見せた。
     それにほっとした閃は、敵についての説明に移る。
    「今回のイフリートは、長野県の山中に現れる。そこに棲みついた狐型のはぐれ眷属数体をイフリートが倒したところで、皆と遭遇することだろうね」
     はぐれ眷属は四体。彼等は、瞬く間にイフリートによって滅されることだろう。
    「そこには……一面の森が見える。木々の隙間から、雪が結構深く積もっているね。一メートルくらいかな。それを炎の体毛で融かしながら、イフリートは侵攻してくる訳だ。戦いには影響はないだろうけど、水蒸気が物凄いから、気を付けて」
     閃は瞳を閉じて、サイキックアブソーバーから解析された情報の記憶を手繰っていく。
    「攻撃方法は普通のイフリートと同じ。牙での噛み付きや、鉤爪の薙ぎ払いだね。前者は近接単体に対して、後者は近接一列に攻撃が及ぶだろう。後、どちらにも炎の追加効果が付く。注意してほしい」
     そして閃は、話の最後に付け足した。
    「戦闘はイフリートが、襲撃したはぐれ眷属を倒した直後を狙って。それより前に攻撃しようとすると、バベルの鎖によって計画が知られて、襲撃自体が発生しない可能性がある」
     説明が終わると、閃は細目で皆を……そしてその未来を見据えながら、灼滅者達を送り出した。
    「新しい年になっていきなり、皆の手を借りることになってすまない。だけど今回も、皆が無事に戻って来ると……信じてるよ」


    参加者
    桜埜・由衣(桜幻ラプソディア・d00094)
    レナ・フォルトゥス(森羅万象爆裂魔人・d01124)
    クラリーベル・ローゼン(青き血と薔薇・d02377)
    結島・静菜(高校生神薙使い・d02781)
    天羽・桔平(悠閑神風・d03549)
    新堂・辰人(夜闇の魔法戦士・d07100)
    椎名・亮(イノセントフレイム・d08779)
    森沢・心太(隠れ里の寵児・d10363)

    ■リプレイ

    ●襲撃、そして奇襲
     雪の上を、獣が走る。他の地で捕らえられ、歪な改造を施されて筋肉が異常な発達をし、そしてその主に見捨てられた狐型のはぐれ眷属達。それらが、皆その極限まで高められたスピードを最大限に発揮し、一目散に逃げている。
     それらを追いかけるのは巨大な水蒸気の塊──いや、その中心にいる、狐眷属などよりもずっと強大な神話級の幻獣種。それは降り積もった雪を融かし、木々を避けながら狐眷属達を追いかける。
     そして幻獣種……イフリートは、ついにはぐれ眷属を捉えた。その牙で狐の脇腹に噛みつき、肉を引き千切る。
    「ギャンっ……!」
     狐眷属は炎に包まれながら、肉を、骨を咀嚼されてあっという間に死へとl追いやられていった。
     一体。
     思わず足を止め、それを見ていた狐眷属達が思い出したように再び逃げ去る。しかしイフリートがその前脚を振るうと、その内の二体が炎と血を飛び散らせて、雪の上に熱い蒸気と体温を刻んだ。
     二体、三体。
     残る一体のはぐれ眷属は、脇目も振らず雪に足跡を刻みながら逃げて行った。それを水蒸気を纏ったイフリートが追いかける。そんなに速度は早くないはずなのに、狐眷属は逃げ切れない。足跡が逃げ道を教えているのと、イフリートの一歩一歩が大きいのが主な要因だろう。
     そして。炎牙にかかり、狐がその命を散らした瞬間だった。
     ぼっ、ひゅぅっ。
     形容するならば、そんな擬音だろうか。突如、その場を覆っていた水蒸気が渦を巻き、風穴を開けた。その先にいたのは、桜埜・由衣(桜幻ラプソディア・d00094)だった。彼女はその技を持って、イフリートの起こした水蒸気を隠れ蓑とし、死角から突如現れて日本刀でイフリートの後ろ脚の腱を断った。
    「ガっ……!?」
     突然の出来事に、イフリートは驚愕する。この場に、自分に仇なす存在が現れたというのか……!?
     ぼっ、ぼっ。
     更に水蒸気を裂き、結島・静菜(高校生神薙使い・d02781)と椎名・亮(イノセントフレイム・d08779)が現れる。静菜は炎の体毛を裂き、亮はイフリートの正面から囮になるように突っ込んでイフリートの前脚を斬った。
    「ゥガァァ……!」
     イフリートは、怒りの咆哮を上げる。
    「俺は獣には負けない!」
     炎と闘った過去を思い起こしながら、亮は守るための戦いへと身を投じる。
    「まだだ!」
     木々の隙間から、残った水蒸気の中から、三つの影がイフリートに襲い掛かる。クラリーベル・ローゼン(青き血と薔薇・d02377)はイフリートの側面から、獣と同じ炎を日本刀に宿し叩きつける。
    「次は僕らが相手だよ、イフリートさん!」
     天羽・桔平(悠閑神風・d03549)はガトリングガンを振り上げ、大量の弾丸を撒き散らす。その炎はイフリートの体毛に燃え移った。
    「……ガゥ……ッ!?」
     そんなことがあるのか。炎の幻獣種たる自分を侵す炎があるなど……!?
    「ニコニコ笑顔の長野県のご当地ヒーロー、ポレポレ☆きっぺー」
     地元のご当地ヒーローである桔平が決めて見せる。
    「長野県で暴れるって聞いて、参上! だよ」
     更に新堂・辰人(夜闇の魔法戦士・d07100)が由衣とは反対側の死角から、解体ナイフの刃を歪な形状へと変化させ、一撃を加える。敵だろうと炎だろうとたたっ斬っていくのが、己のスタイルだと自負する辰人。
    「お前を、切り裂いてやる!」
     解体ナイフを構え直した。
     そして続くのは森沢・心太(隠れ里の寵児・d10363)。水蒸気で咽ない様に、口元を覆った彼は、さながら忍者のように水蒸気に紛れ、素早く獣に迫る。
    (「獲物を狩った瞬間が、一番油断する時だべ」)
     亮と同じように正面から他の者の囮となって、走る。しかし先に亮がいた為か、その動きはイフリートに察知された。紙一重で躱され、体勢を崩す心太。
    「……!?」
     しかし彼はそのまま跳躍し抜けて、
    「今です」
     と呟き、木の幹に着地する。そして石化の呪いをイフリートの後ろ脚に飛ばした。
    「この布石が効いてくれればいいのですが」
    「今から、行動を開始するわ」
     最後に、レナ・フォルトゥス(森羅万象爆裂魔人・d01124)が動く。自己暗示によって己の肉体を活性化させ、己が魂を燃え上がらせる。
     彼女が現れた時、イフリートは自分が置かれた状況を自覚した。即ち、未知の脅威である人間達が自分を包囲していること。
     しかし怖れることはない。ダークネスたる自分に、たった八人の人間が何だというのだ。
    「ガァァァ……っ!」
     イフリートが雄叫びを上げる。それは勝利宣言。まさか、自分が彼らに討伐されるなどとは微塵も思っていない。
     前脚を振り上げて、横薙ぎに払う。
    「うわっ……!」
    「……!?」
    「うっ……!」
     亮が、桔平が、心太がそれに吹き飛ばされ、熱き炎を受ける。
     そう、自分は誇り高きイフリート! こんな脆弱な存在が、何だと言うのだ……!!
     理性を失った獣が知らなかった……そしてそれこそが最も重要なことが一つ。
     それは、彼らが闇に抗う灼滅者であること。彼らの力は、ダークネスをも上回る可能性を秘めているということだった。

    ●そして戦いは終局へと誘われる
     戦いは激しいものだった。足元にイフリートが融かす雪はとうに無くなり、乾いた地面が顔を出している。そして、それだけの時間が経過しても両者一歩も引かぬ戦いが続いている。
     しかし、それも終わりを迎えようとしていた。自己回復手段を持たぬイフリートと、他者回復手が若干足りていないように見える灼滅者達。双方体力と血肉を削り合いながら、ギリギリの攻防を続ける。
     そんな中で、クラリーベルはふと思うのだ。
    (「血が踊る。ここまで強い敵と戦うのは初めてだ」)
     その強大さに、かつて相対した両親が頭をよぎる。気を取られた一瞬、彼女に隙が生まれた。
    「ガァッ!」
    「!?」
    「危ねぇべ!」
     彼女を突き飛ばしたのは心太。イフリートの牙が心太の障壁を突き破り、腕を噛み砕く。
    「ぐっ……!」
     膝をつく心太。
    「おのれ……っ!」
     仲間を傷つけられた怒りに任せ、クラリーベルは日本刀を薙いだ。その一撃は、イフリートの前脚を斬りおとす。
    「大丈夫か!?」
    「ぐっ……まだ、おらには体と言う盾があるべ!」
     限界を凌駕し、立ち上がる心太。その姿に、クラリーベルはほっと息を吐いた。しかし障壁を展開することもできない彼の体力は、予断を許さない。
    「負けるわけにはいきませんね」
     由衣の瞳に殺気が宿った。彼女もまた、仲間が傷ついたことに静かに怒りを感じていた。
     彼女の足元から伸びる影の先端が刃と変じ、イフリートの体毛を削ぎ落とす。
    「ガァァ……」
    「もう少しです、頑張りましょう」
     イフリートの鳴き声に弱々しさを感じた由衣は、仲間達に声をかけ奮起させた。
    「そんなにお強いのに自分から生贄になりに行くなんて……そんなに強大なイフリートさんのことが好きなんですか?」
     静菜が半ば呆れながら、イフリートを睨みつける。その言葉に理性持たぬイフリートから返事があるわけではなく、また静菜自身それを期待してはいなかった。すぐさま、心太の回復に向かう。分裂した小光輪は、心太の盾となってこの後の守りとなってくれることだろう。
    「結島先輩、ありがとうございます……背中はお願いします」
    「ええ。頑張りましょうね」
     笑みを交わしあう二人。
    「人は人なりに抗ってみせるぜ! 同じ獣の力でさ!」
     それを見て一安心した亮は、ガトリングガンを再びイフリートへ向ける。炎を宿した弾丸は、しかしイフリートの炎でかき消されてしまった。
    「!?」
     だが彼は息を切らしながらも、まだ諦めることなど知らない。
    「く……っ、ダメだ、こんな炎じゃ、届かない!」
     もっと、もっと高く強く純粋な炎を求めて。不純な物ではない、イフリートの炎すら燃やしてしまう程に純粋な力を──。
    「燃え、尽きろッ!」
     一瞬だけ閃いた限界以上の炎は、朱金色に煌めいていた。
    「ガッ!?」
     その炎を体毛に延焼させ、イフリートは驚愕の声を上げる。
    「……もう、ちょっと……だな」
     そう呟いて、亮はふらりと揺らいだ。限界を突き破った代償に、体力を奪われて。巨大なガトリングガンを地に突き立て、それに縋るように立つも、そのままずるずると地に座り込む。
    「亮!」
     悲痛な誰かの叫びは、気を失った彼の耳に届いていなかった。
    「くっ……イフリートさん、こっちだよ!」
     桔平は声を張り上げてイフリートの気を引きながら、納刀していた日本刀を一瞬、閃かせる。イフリートの残った前脚が、血の代わりに炎を噴いた。
    「これでも喰らえ!」
     続け様に辰人が契約の指輪から閃光を放つ。放たれた魔法弾はイフリートの巨躯に痺れを残した。
    「グゥルルル……!」
     身体の異常をわずらわしがってか、イフリートは身震いする。
    「これで……っ!」
     その隙を突き、心太はイフリートの真下から雷を纏った拳を突き上げ、飛び上がった。その拳がイフリートの顎を捉え、牙を砕く。
    「グゥゥ……!」
    「どうだべ!?」
    「まだのようですわね。続くわ!」
     間髪入れずレナが石化の呪いを飛ばす。これでイフリートの両後足が石化した。ダメージと呪いは、着実にイフリートを蝕んでいる。
    「終わらせるまでですわ」
     それでもレナは自分の攻撃に確かな手応えを感じていた。
     しかしその直後、イフリートが動かない後足を意に介さず、残った前脚を振るう。
    「わ……っ」
    「ぐっ」
    「うぁ……!」
     桔平が、心太が、クラリーベルがその爪の一撃を受け、地に伏せまたは樹に叩きつけられる。桔平と心太は動かない。クラリーベルは辛うじて立ち上がった。
    「おのれ……!」
     クラリーベルの怒りの眼差しが、イフリートの瞳を射抜いた。その先に感じたものもまた……怒り。
     何故だ、脆弱な者どもめ。何故この自分をここまで苛む……!
    「これで……終わりです」
     呟いた由衣が、己の影を膨張させ、イフリートを包み込む。
     影の中で苛まれたイフリートは、影が由衣の足元に戻った後、消え去っていた。

    ●傷だらけの勝利
    「あいたたた……」
    「やられちゃったねー……ま、結果オーライ?」
    「……何とか、勝てましたか」
     亮、桔平、心太。三人の回復を待って、彼らは下山を始めた。重傷者は撤退ラインのぎりぎりだった。
    「いよいよダークネスの攻勢が始まる、か……」
     厳しい現実を見据える辰人。その眼差しは厳しく、しかしそれを悲観するものでもなく。
    「理性を失ったイフリートをここまで指揮させるなんて……封印されている方は、よっぽどのカリスマ性をお持ちなんですね」
     今回の事件の規模に、静菜は冷静な分析を加える。
    「でも……力弱くとも、私達はもう従属されるだけの存在になんて、なりませんからね」
     頷く仲間は多く。それを見て、クラリーベルも想うのだ。
     如何なる困難があろうとも、仲間と共に新たな勝利を重ねるのだ。……また例え今、勝利できなくとも何時かは必ず勝つのだ──その礎となる覚悟も。
     様々な思いを胸に、灼滅者達は道を辿って行った。

    作者:天風あきら 重傷:天羽・桔平(黄昏に香る信州の悠閑神風・d03549) 椎名・亮(イノセントフレイム・d08779) 森沢・心太(二代目天魁星・d10363) 
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年1月16日
    難度:やや難
    参加:8人
    結果:成功!
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