楔を喰らう炎獣～焔祓濯

■リプレイ

　彩りの消えた山は、寂しさからか余計に寒々としている。そのせいか、獣の息衝く気配も感じられない。
　詩夜・沙月（紅華の守護者・d03124）と今井・紅葉（蜜色金糸雀・d01605）は、窪地からこっそりと、仲良く首を出し、周囲を見回した。
　かなり離れた場所に、群れだって行動している鎌鼬の姿が見える。
「なんとか間に合ったようね」
　と、沙月が言い終わるか否かで、木が炎の中で割れる様な音が響き渡った。
　咄嗟に首を引っ込める紅葉。
　咆哮と共に鎌鼬の群れへと突っ込んでゆく炎の塊。いきなりのレーヴァテインで、不意をつかれた鎌鼬は、イフリートの顎の中へと収まった。
　ごしゃりという背筋が凍るような音。噛み砕かれ、内臓一つで支えるその下半身。イフリートは憐憫一つ滲ませることなく太い幹へと叩き付けると、次々と自慢の鎌を突きたててくる彼らに、バニシングフレアをお見舞いする。
「にしても強えぇ……」
　迎撃ポイントに移動したあと、できる限り相手の戦い方のクセを知ろうと、無言でイフリートを観察していた梓潼・鷹次（旋天鷹翼・d03605）がようやく漏らした一言はそれだった。
　数の利などまったく意味のないほどに、強い個体だった。灼熱の足に踏みつぶされもがく鎌鼬、影喰らいに飲まれてゆく鎌鼬――次々と倒されてゆく様を見ながら、高町・勘志郎（黒薔薇の覇者・d00499）は息を飲む。
「派手にやるわねぇ……エッグいし……」
　同時に武者震いも。明らかな強敵と分かるからこそ、自身に流れるストリートファイターの血も刺激されているようだ。
「相手にとって不足無しです」
　勘志郎へと視線を合わせ、頷いて見せる領史・洵哉（一陽来復・d02690）。
（「今回はこの妖の槍と仲間達に自分の生命を託しましょうか。困難な依頼ですが負けられません」）
　ぐっと槍を握りしめる洵哉。宿敵相手に、内に流れる血も滾る。
　程なくして、鎌鼬は壊滅した。目的を終えたイフリートは、休む間もなくすぐに身を翻す。
　マーテルーニェ・ミリアンジェ（青空に誓って・d00577）は天星弓で癒しの矢を打てるよう準備し、わざわざ自身の側の木に身を潜めてくれた天上・花之介（残影・d00664）へと声を掛ける。
「天上。……無事に戻りますわよ」
「……無論です。勝ちにいきましょう」
　接近20m、なんて身構えている余裕もないほどの速さで向かってくるイフリート。
「さ～てと、頑張るぞ～っ♪」
「わん、わんっ！」
　海野・歩（ちびっこ拳士・d00124）はサーヴァントのぽちの背中を叩いて、カードの封印を解除すると、犬の形を模るバトルオーラを全開にして、イフリートの眼前に躍り出る。
　イフリートは灼滅者の存在をみとめるなり、その足をさらに速めて突っ込んできた。
「わっ？」
　いきなりのレーヴァテイン。戦いの後で気が昂ぶったままのイフリートは、容赦なく得意技をぶつけてくる。
　かわしきれず炎に巻かれる歩だけれど、むしろその性質故直に浴びた威力にわくわくしたものを覚えたらしい。炎も吹き飛ばすような笑顔で、ワイドガードを展開。
「さ～、皆、バステなんかに負けないで頑張ろ～ねっ！」
「まずは防御を固めさせて頂きますかねっと」
　勘志郎も歩の勢いに引っ張られながら、イフリートの背に回り込むとワイドガードを。
　解き放つ光を分散させて、一部を浄化の暈とする。ただし人数が多くなれば全員に等しく分配されづらいのが苦しいところ。確率的に一回のワイドガードで一人といった具合だ。
「なんかえらいもの復活させようとしてるみたいだが、そうはいかないぜ？」
「絶対に倒してみせますよ」
　花之介の打ち込みに続き、鷹次と洵哉、クラッシャー同士うまく連携して、破壊力のある一撃を確実にたたき込んで。
「治癒は任せて頂きましょう」
　歩は明るくふるまっているけれど、今の一撃に五割近くの体力を持っていかれたのだから攻撃が重なれば危険である。重なりゆく炎全て払うつもりの勢いで弦を張り、マーテルーニェは沙月に攻撃の後押しを。
　これほどの強敵が相手とならば。各所に向かった妹やクラスメイトを案じながらも、まずは自身の討伐成功に助力しなければと、沙月は巫女が厳かに舞う様なパッショネイトダンスを。
　そこへ紅葉が制約の弾丸を重ねに掛かる。契約の指輪に口づけを落とせば、誓いは力となってイフリートを穿つ。
　痺れは確実にイフリートとの体を蝕む。しかしそれを押しのけるほどの生命力を以て、イフリートは自らの影を伸ばして。
　狙った先は、マーテルーニェだ。しかし咄嗟にぽちがその身を呈して攻撃をせき止める。
　傷は浅くない。ディフェンダーといえど、体力は灼滅者の半分だ。歩はワイドガードでマーテルーニェの癒しの矢の補佐を。
「一気に押し込んでいこうぜ！」
　鷹次はイフリートの気を引くように、視線の先を遮るように動きながら斬影刃。地の上を旋回しながら、イフリートの死角を狙う。
　下から斬り上げる一撃。イフリートの後ろ足から血が飛んだ。
　散りゆく紅の脇をすり抜けながら、解放された龍因子の力を纏う洵哉が、旋風輪で突っ込んで。
　花之介は胸に抱く誓いをその刀に込めながら、イフリートへと肉薄する。
　マーテルーニェに向いた攻撃。先程はぽちが身を呈して庇ってくれたけれど、次もディフェンダーの力が及ぶかどうかもわからない。いや、ディフェンダーの彼らばかりを頼るわけにもいかない。
　自分が護るべきものだから。
「――そいつに手ぇ出すんじゃねえ！」
　気合いと共に叩きこまれる、徒花之鞘の打撃。鞘の先端が肩にめり込み、続く拳にぐねりと身をゆがませるイフリートだが、まだまだ余裕があるのか立ち直りも早い。足元を斬りつけてきたぽちへとレーヴアテイン。手負いを攻めないほど馬鹿でもない。まだトラウマが残るサーヴァントなら、捻り潰すのも簡単だと踏んだのか。
「ダメージの大きいコを狙おうったってそうはいかないわよ」
　咄嗟にかばう。炎に巻かれ、その破壊力に防具の一部が吹っ飛んだが、まだまだ余裕よと勘志郎はワイドガードを展開する。
　イフリートが、少しでも傷ついたもの、炎みまかれているものを狙ってきても、三枚のディフンダーの壁は、ほとんどの攻撃を後ろへ向かうのを阻止した。一人ならなかなかうまくいかなくても、数がいれば成功率も高まるうえ、集中打の危険性が低くなる。
　だが、この戦法に欠点がないわけでもない。
　思うように狙いをつけられず、イフリートは忌々しそうに唸ると、戦法を変え確実に落とすためバニシングフレアを打ち放つ。
「よっと」
　前衛陣を縫いつけるかの如く走る炎。鷹次はサイドエアリアルで軽やかにかわすと、
「しっかり見ねぇと、夜鷹に喰われんぞ！」
　着地した瞬間の鷹次の影が大地に翼を広げると、二次元の世界を飛びながらイフリートへと飛びかかる。
（「封印されたものは、封印されるだけの理由がある筈です……」）
　少なくても、それは目の前にいるイフリートよりも更に強大だろう。復活させてしまえばどんな恐怖が待ち構えているのか、火を見るより明らかだ。
「絶対に阻止してみせます」
　沙月は護符揃えの中から導眠符を選び取ると、そこに更に念を込めて投げ放つ。
　勘志郎の抗雷撃に顎を打ち抜かれ身震いしているその体に、がっちりと符が張り付いた。
「あっちあちなんかに負けずに、ガンガン行こ～ねっ！」
　歩はソーサルガーダーでイフリートへと果敢に向かうぽちを応援。ぽちは斬魔刀をしっかりと口に携えると、遥かに大きなイフリートへと突撃。肉をかすめ取る一撃もイフリートは気にせぬまま、目の前にちらちら動く鷹次をお返しの影喰らいで薙ぎ払う。
　落とす口付けに並々ならぬ強さを秘めて。紅葉の制約の弾丸がその背に弾痕を残せば、洵哉の妖の槍がそこへ狙いを定めるように矛先を向けた。
　多彩な技で攻める洵哉が次に繰り出したのは螺穿槍。鮮やかな螺旋を描き、隆盛の如き煌めきを秘め真っ直ぐと。
「その自慢の翼、落として見せます！」
　燃え盛る翼へとねじる様に押しこめば、綻ぶ花弁のように飛び散る炎。
　ねじ切られ、だらしなくぶら下がる翼。やや無様になってしまった光の翼に憤怒を燃やし、洵哉の至近距離でバニシングフレアを放った。
　前衛陣に走り抜けた波動。施された力をことごとく破壊されてしまったが、花之介のその目に輝く闘志までは壊すことはできない。
　柄を逆手で握る構えを見て、またそれかと、咄嗟に反応するイフリートだが、飛んできたのは抜身の刀。完全に間合いを計り損ねたイフリート。
　鋭利な三日月の弧。
　続くは細き花弁の様な血の放射。
　呻くイフリートは、花之介をレーヴァテインで叩き潰そうとするけれど。
　ビキィっと硬直させると、やや身を反らせたまま、痙攣するイフリート。
「やった……！」
　すきをついては放つ、紅葉の制約の弾丸の力が、とうとうイフリートの動きを止めたのだ。
「次は動き出すかもしれないの！」
　正直何度も止まってくれると思えない。今のうちに集中打だよと紅葉。すかさず指輪に願いを込めて、デッドブラスターを打ち放つ。
「毛刈りしてやるわ！」
「行きますわよ」
　つるっつるになるの覚悟しなさいよと、軽やかに死角へと回りこんだ勘志郎がティアーズリッパー。ざっくり肉ごと抉られた肩から噴出する血。鮮血を分断するマーテルーニェの斬影刃が、炎を伴うその角を斬り落とす。
『ぐがあぁぁぁぁ！！』
　耳を覆いたくなるほどの怒声が上がった。
　紅葉の予想通り、いつまでも痺れてくれなかった。怒声と共にバッドステータスの殆んどを弾き飛ばす。
　途端に荒々しく駆け回り始めるイフリート。突き刺さる攻撃に身を振り乱し、忌々しさを発散させるかのようにセブンスハイロウをばらまく。
「きゃん！」
　軽いぽちの体が遠くまで転がる。
「ぽちっ！」
　衝撃に消えゆくぽちの体を見て叫ぶ歩も、刃の一つに腹を裂かれていて。
「無理しちゃだめなのよ！」
「下がって！」
　今の感じから、かなりの瀕死状態だと紅葉は思った。デッドブラスターを打ち込み牽制しながら、もう一度毒の付与を狙う紅葉。決して、決して誰も倒れさせまいと必死に防護符をつくり、その力を解放させる沙月。
　けれど、その力に無情な制約が襲いかかる。
「くっ……」
「これ以上は……」
　はあはあと息を上げる歩。腹に流れる血と、背中の熱傷が痛々しい。こちらも、今はどう繕っても回復し難い傷だった。マーテルーニェと沙月は、自身のサイキックの限界に歯噛みする。
　強者との戦いで気をつけなければならないのが、殺傷ダメージである。
　サイキックによるダメージは、サイキック治療を持ってしても限度がある。衝撃ダメージは回復できても、殺傷ダメージの蓄積したぽちの体は、もう一撃に耐えられるかどうかの瀬戸際。
　基本単発エフェクトである炎とトラウマの解除はメディックに任せて、殺傷ダメージ軽減も含めもう少し盾による防御力を上げとくべきだったかと勘志郎と歩は思ったけれど、今はもうそれを言っている場合じゃない。
「強いわねー」
　勘志郎切れた唇から血を流し、感心したようにイフリートを見上げていた。
「強いわぁー……」
　複雑に折れ曲がった左手は、今どうにもできそうにない。もう彼も、あと一撃も厳しい状態だろう。
　だが、こんなにも危険と思える状況でも、まだ何とかなると信じられるのは、相手もかなり切羽詰まっている状態であること、そして仲間たちのおかげでもあるのだと。
　イフリートをここまで追いつめたのは、ディフェンダーがクラッシャーの純粋な破壊力を維持するよう努め、メディックとキャスターのサポートが的確だったからだと思われた。
　けれど沙月はその姿に酷く胸を締めつけられた。相手が強敵だから、何もかも無事に終わるなんて思ってはいなかったけれど、それでも仲間がこんなにも傷ついている姿を見るのは嫌で。
　もっと、強くなりたいと願うから。
　そして全員で帰還すると願うから。
　沙月はぐっと護符揃えを握りしめ、洵哉は槍の先をイフリートへと定める。
『ぐるるる……』
　相手の破壊力と命中力が上回り、次々と崩されてゆくのが先か。
「そろそろ、勝負をつけましょう」
　それとも疲弊激しくもこちらが勝利をもぎ取るのが先か。
　勘志郎は渾身のティアーズリッパー。鎧とも言うべき、燃え盛る体毛を更に削ぎ、続く鷹次の影喰らいが深淵の中へ左後ろ脚を綺麗にかっさらってゆく。
　バランスを崩しながらも、イフリートはその顎を勘志郎へと伸ばしてきた。さすがに確実性を狙った一撃は、易々とかわせない。
「っ、ふっ……」
　吐血し、崩れゆく勘志郎。
　悔しいけれど、今まで他のメンバーを守り切ったという自負と、この戦いの勝利は確信し、意識を手放した。
「勘志郎兄ちゃん！」
　悔しさに涙が出そうになるけれど、歩は今出来る事を全力で。
　イフリートの太い足を掴むと、犬の様なバトルオーラを最大値まで揺らめかせ、その巨体を持ちあげるほどの怪力を生み出す。
「でやぁーっ！」
　地獄投げで大きな弧を描くイフリートの体。洵哉の螺穿槍が地面に叩かれたばかりのイフリートに風穴を開けて。
　だが目をぎらつかせ、歩へととどめの影喰らいを放つイフリート。
「こいつ……！」
　鷹次が咄嗟に斬影刃で攻撃を反らさせようと努力するも、闇が引いて行ったあとに残るのは、地に伏す歩の体。
「……お兄ちゃん、お姉ちゃん……」
　あとは任せるね。と、ゆくっり目を閉じてゆく歩を、沙月は守る様に立ち位置を変えながら、
「皆さんが体を張ってくれた事、決して無駄にはしませんから」
　勝利をもたらすため、祈る様に掲げた手から放たれる神薙刃が、起き上り切れないイフリートの体をきりきりと裂いてゆく。
「天上」
　マーテルーニェが花之介に目配せするより早く、彼女の心を感じ取った花之介が動く。
　彼女の伸びる影の上を走りながら、花之介もその剣に漆黒を纏わせる。
　マーテルーニェは斬影刃、花之介の黒死斬。鮮烈な炎の赤を裂く闇の連なりが、紅蓮の獣の前足を一瞬で斬り落とす。
『ぐ……がががっっ……！！』
　残ったたった一本の後ろ足で、空をつかもうと必死に悶えるイフリート。
「裁きの光に消えるといいよ」
　紅葉の契約の指輪が激しく輝き、そして。
　天より振り落ちる、純白の光。
　血よりも赤き紅蓮の炎すら、一瞬でかき消すほどの浄化の矢。
　終息してゆくジャッジメントレイの光のあとには、焦げた大地が横たわるだけ。
「大丈夫ですか？」
「手当しますね」
　洵哉と沙月は、すぐさま勘志郎と歩の介抱を手伝って。
「他の戦況も気になるところですわね」
　近い未来、更なる強敵との戦いを予感しながら、マーテルーニェは鶴見岳がある方角を見つめる。
　けれど今は、相手が強力故厳しい戦いだったが、強敵を灼滅したとことに安堵して――。

作者：那珂川未来	重傷：海野・歩（ちびっこ拳士・d00124） 高町・勘志郎（黒薔薇の覇者・d00499）  死亡：なし 闇堕ち：なし
種類： 公開：2013年1月16日 難度：やや難 参加：8人 結果：成功！
得票：格好よかった 9／感動した 0／素敵だった 0／キャラが大事にされていた 4
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