楔を喰らう炎獣~新年は山脈焔との戦いから

    作者:飛翔優

    ●大分県別府市・鶴見岳
     何体ものイフリート達が、続々と鶴見岳に集結している。
     イフリート達の体毛によって、燃えるように煌々と輝く鶴見岳。

     頂上には、一体のイフリートが存在した。
     他のイフリートを圧するほどに大きく、威厳に溢れたその姿。
     イフリートの首魁は、配下の前でゆっくりと力を練り、人間の姿へと変貌する……。

     ……人の形へと転じたイフリートの首魁。
     少女のようなその姿は、居並ぶ配下の幻獣達に向かい、唸り声の如き少女の声で命じる。

    「ガイオウガノメザメハチカイ。ケダカキゲンジュウシュヨ、コノクニノクサビヲクライクダキチカラタクワエタノチ、ソノチトニクヲ、ガイオウガニササゲヨ! サスレバ、ガイオウガハゼンナルイチノゲンジュウトナリテ、ナンジラトトモニクンリンスルデアロウ !」

    ●説明開始
     初詣のバイトのせいか寝ぼけ眼な倉科・葉月(高校生エクスブレイン・dn0020)は、新年早々集まった灼滅者たちを招き入れるとともに気合を入れなおし、口を開いた。。
    「小鳥遊・優雨(優しい雨・d05156)さんから話を聞いている方もいるかも知れませんが、別府温泉のイフリート事件で新たな動きがあったようです」
     灼滅者の皆が別府温泉でイフリートを灼滅してくれたおかげで強力な敵の復活は防げた。しかし、敵は新たな一手を打ってきた。
    「別府温泉の鶴見岳に出現した多数のイフリートが日本全国に散り、各地の眷属や都市伝説をその牙に掛けようとしているのです」
     目的は恐らく、鶴見岳に封じられた強大な存在を呼び起こす事。
     全国に散ったイフリート達は、これまでに現れたイフリートに比べて強力な力を持つ危険な存在だ。
     しかし、このまま放置してしまえば更に危険な状況を招いてしまうだろう。
    「なので、皆さんにはこのイフリートの灼滅をお願いしたいんです」
     幸い、サイキックアブソーバーにより、イフリートが何処でどんな敵を倒そうとしているかは分かっている。
     葉月は意気揚々と地図を広げ、最寄り駅からの道筋を書き記した。
    「皆さんに向かってもらうのは奥多摩北東部。この山中で、イフリートははぐれ眷属である鎌鼬を襲っています」
     イフリートは一体のみ。しかし、鎌鼬よりも遙かに上の力量を持ち、それを覆せるほどの数の差もない。イフリートはさしたる苦戦もせずに鎌鼬を倒してしまうだろう。
    「なので、イフリートが鎌鼬を倒すのを見届けた上で、戦いを仕掛けて下さい」
     イフリートの力量は、先に説明した通りかなり高い。八人でも苦戦を免れないほどに。
     また、特に攻撃面に優れているようだ。
     攻撃方法は、爪に炎を宿し敵を切り裂く技。炎を噴出させ一列を薙ぎ払う技の二種。前者は受けたものを炎で蝕み、後者は加護を砕くという。
     その他に、炎の翼を纏うことによって自らを癒し、毒などに耐性を得る力を用いてくる。
    「以上がイフリートに関する説明ですね。後は……先ほども言いましたが、戦闘はイフリートが襲撃した敵を倒した直後から行うようにして下さい」
     それよりも前に攻撃しようとすると、バベルの鎖により察知され襲撃自体が発生しないかもしれないのである。
    「それでは皆さん……新年早々強敵が相手ですが、きっと大丈夫。皆さんならやってのけると信じてます。ですから……どうか無事に帰ってきて下さいね? 約束ですよ?」


    参加者
    鏡宮・来栖(気まぐれチェシャ・d00015)
    無堂・理央(中学生ストリートファイター・d01858)
    鴻上・巧(灰塵と化した夢と欲望・d02823)
    御神・白焔(黎明の残月・d03806)
    大業物・断(一刀両断・d03902)
    武神・勇也(ストームヴァンガード・d04222)
    紅林・美波(茜色のプラクティカス・d11171)
    鏡崎・有貴(覚醒の炎・d11944)

    ■リプレイ

    ●焔の化身は刃の獣を蹂躙し
     ――それは戦いと呼ぶには程遠い、虐殺だった。
     木漏れ日もまばゆい奥多摩北東部の山脈地帯。冬の色に染まる木々の合間で煌めくは、赤く激しい焔の色。
     イフリートが世界を撫でる度、鎌鼬がくぐもった悲鳴を上げて焼失する。残る鎌鼬が負けじと体をぶつけて行くけれど、熱に怯えるか刃で肉を裂くことすら叶わない。……逃れた所で、焔の主が炎を噴出させ鎌鼬を飲み込んでいくだけなのに。
    「……」
     鎌鼬が灰になっていく光景を、無堂・理央(中学生ストリートファイター・d01858)は眺めていた。
     仲間たちとともに風下で、気取られぬよう木々の合間に身を隠し。いつ戦いが終わってもいいように、心の準備を整えながら……。
    「……全く、エグい攻撃しやがって……!」
     鋭い爪が鎌鼬の肉体を貫き、内側から両断した時、鏡崎・有貴(覚醒の炎・d11944)がそう呟いた。
     拳を握り、これより戦う相手であるという事も深く心に刻みつけていく。
     キツい相手なのは間違いない、しかし勝てないわけじゃない。
     終わらせてもらう……と。
    「……」
     そうしている内に、鎌鼬の残数は一体となった。
     御神・白焔(黎明の残月・d03806)が仲間に準備を行うようハンドサインで伝達した。
     自身も盾を握りしめ、腰を深く落としていく。
     一矢でも報わんというのか、鎌鼬の刃がイフリートの肉体に食い込んだ。が、噴出する炎に飲み込まれ、成果を確認することもなく消滅する。
     敵を滅ぼしたイフリートは咆哮し、ゆっくりと踵を返していく。険しい瞳が見据える先には、恐らく……。
    「鶴見岳の方角か。はてさて何があるのか……」
     静かな息を吐き出して、鏡宮・来栖(気まぐれチェシャ・d00015)が駆け出した。
     仲間とともに、イフリートを逃さぬため。
    「いずれにせよ、僕達にとって良いものでないことは確か。だから、ここで潰そう」
     僕達にできる事を、少しずつ。
     今はこのイフリートを討伐しよう。
     険しい瞳が灼滅者たちの姿を捉えた時、両者の間に火花が散る。
     今、ここに、虐殺とはならない戦いが……!

    ●灼熱色の死闘
     焔は包む。無慈悲に、平等に。
     盾を前面へと押し出して、理央は襲い来る炎を受け止めた。
     持ち手側が焼け髪もちりちり言っているけれど、致命傷には程遠い。
     同様に焼かれた前衛陣含め治療は専任の者だけでも十分と判断し、彼女は攻勢へと打って出る。
     盾を構えたまま突撃し、左前足へとぶちかました。
     イフリートは揺るがない。ただ、鬱陶しそうに理央を睨みつける。
    「……そう、こっちだよ」
     嘲るように微笑んで、軽い調子で手招きした。
     苛立たしげな唸り声を上げ、イフリートが左前足を振り上げる。
     受け止めるため盾を構えたなら、予想通り爪を突き立ててきた。
    「っ!」
     刃は通らない。
     盾で防ぎきったが故。
     衝撃は殺しきれない。灼滅者たちの数倍はあろうかという体躯が、体重が、無傷でいられる可能性を否定する。
    「私が支えます。癒し切れるといいのですが……」
     骨の軋む音を聞き、紅林・美波(茜色のプラクティカス・d11171)は瞳を細めながらも矢を放つ。理央へと到達するなり癒しの力で包み込み、痛みを和らげていく。
     全治とは行かずとも十全と判断し、鴻上・巧(灰塵と化した夢と欲望・d02823)が欠片も迷わず切りかかった。
    「炎を喰らい、焼き尽くせ」
     刃に宿すは己の炎。
     出力は異なれど、イフリートのものと同質な。
     赤い軌跡を描く勢い任せの斬撃は、吹き上がる焔に惑わされ肉体へと届くことは叶わず……。
    「そこだ!」
     炎と炎がぶつかった果てに生じた僅かな綻びを見逃さず、来栖が弾丸を発射した。
     誤ることなく綻びへと到達させ、消しがたい毒も与えイフリートが苦悶の咆哮を上げさせる。
     刹那、再び炎が噴出した。 
     前衛陣の頭上を飛び越え中衛陣を飲み込んだ。
     恐らく、理央は守りに優れるから耐え切れたのだろう。
     振り払おうと刃を振るうも飲み込まれ、来栖は顔をしかめていく。剣を握り、唇を噛み締めて、声を漏らさぬよう務めていく。
     程なくして炎は去った。
     熱に慣らされた体には寒いほどの風が吹き付けた。
     消されたスペードを刻むため、来栖は再び闇へと埋没する。
     自然と痛みも和らいで、十全といった状態へと回帰した。
     刹那、白焔が盾を構えての突撃を左前足へとぶちかます。
     体が揺るがぬとも骨までは伝わるであろう一撃が、イフリートの注意を引きつけた。
    「……」
     険しい瞳を冷たく睨み返し、一歩だけ後ろに下がっていく。盾を掲げていくとともに、体中を走るオーラに力を込める。
     今できる最善の準備を整えた上で、爪による斬撃を受け止めた。やはり刃は通さず、されど足を地面に沈ませて、骨を激しく軋ませる。
    「多くは必要ない」
     跳ねのけるさなかに短く伝え、白焔は新たな盾を身に宿した。更に重ねられていく癒しの矢による援護も受けながら、状態を十全へと持っていく。
     度々意識を向けてくるイフリートを睨みつけ、粛々と己を、或いは理央を狙うよう誘って行く。
     故に、武神・勇也(ストームヴァンガード・d04222)は今、このひと時のみ防御を捨てた。
     大きな剣に熱き焔を纏わせて、イフリートの背後から斬りかかる。
     炎と炎がぶつかり合い、灼熱周囲を染めていく。
     大気は汗ばむほどに熱せられ、世界を更なる煌きで飾っていた。

     イフリートの攻撃は激しく、重い。直撃を受けたのなら本人と治療役だけの力ではとても癒しきれないほどに。
     かと言って攻撃の手を過度に緩めることもできず、結果、攻防を重ねる内に治療が追いつかなくなっていた。
     対照的に刻んでも叩いても揺らぐことのなかった焔纏いし肉体。炎と炎の境目に、来栖の弾丸が再び埋め込まれた。
     新たな毒が回ったのか、イフリートが僅かに姿勢を崩してく。
     だからだろう。イフリートが高らかな咆哮を響かせ炎の翼を纏ったのは。
     翼は浄化の力を持つ。長く纏わせたままならば今まで積み重ねてきた毒が、呪縛が消えてしまう恐れがある。
     させぬと、巧が火傷の痛みに耐えながら光の刃を煌めかせた。
    「その護り、焼き払う」
     切りつけた勢いのまま後方へと退いて、燃え盛る体躯を仰ぎ見る。
     赤き翼は未だ煌き、炎の羽毛をばらまいていく。羽毛が肌を撫でるたび、毒に染まる肉体が正常な色に回帰した。
     更に炎が噴出し、巧ら中衛陣へと襲いかかる。
     避けず、刃を振るう。
     自らへと向かい来る炎を両断し、再びイフリートに肉薄した。
    「もう一度……!」
     今度は足を薙ぐように剣を振るい、深く肉を裂いていく。
     炎の翼もまた、風に抱かれ消滅した。
    「よし……これで……!」
     再び呪縛で満たさんと力の質を切り替え始めた時、イフリートが超訳した。
     焔の巨躯が向かった先は、漆黒の弾丸を打ち込んだばかりの来栖。
     未だ、治療は間に合わず――!
    「っ!」
     子供がおもちゃを弾くかのごとく、無造作に振るわれた右前足。来栖の持つ光の剣では抑えきれず、大樹の幹に叩きつけられた。
     それきり彼は動かない。動けない。
    「はっ!」
     刹那、大業物・断(一刀両断・d03902)の刃が背中を捉えた。
     深い傷跡を刻み込んだ。
     呪縛も、毒も、攻撃も重ねてきた分だけ効果が出てきているのだろうと、美波は治療が間に合わなかった事に対する後悔を振り切って、改めて現状把握に務めていく。
    「もう少しで……」
     イフリートに意識を割いたまま攻撃を惹きつけ続けている理央めがけ、癒しの力を持つ矢を解き放った。
     矢が彼女を癒した刹那、凶爪が盾へと突き立てられる。受け止めてなお貫くような衝撃を耐え切れたのは、ひとえに支え続けてきたからだろう。
    「……なるほど、分かりました」
     治療だけではなく言葉でも。
     美波は咆哮に負けぬよう、精一杯声を張り上げた。
    「爪を振るう際、振るう側の筋肉が盛り上がる癖があるみたいです。また、炎を放つ際には姿勢を低くする癖があるみたいです……こちらはまだ、仮説の段階ですが……!」
     さなかに理央に向け放った矢を飲み込むがの如き勢いで、逆巻く炎が噴出した。
     頭は、伏せられ――。
    「それに注意していけば……だな」
     仮説は証明された。
     従うままに炎をかわした有貴が素早く引き金を引いていく。
     炎を放ったばかりのイフリートに鋭きビームを避ける余裕はなく、右前足を貫いた。
     苦悶混じりの咆哮が、山脈中に響き渡る!

    ●決着は風の訪れと共に
    「さて……」
     ライフルからハンマーに持ち替えて、有貴は前線へと駆けていく。
     イフリートに攻め筋を見切らせないために、この一瞬のみ思いっきり振り回す。
    「そこだ!」
     震えはじめた後ろ足を強打して、瞳で捉える隙も与えぬまま後方へと退いた。
     入れ替わるように、理央が同じ位置へと移動する。
     血走った視線を受け止めながらも、雷を込めた拳で殴りかかった。
     開戦時はまるで鉄のように硬かった皮膚が、雷に焼かれて裂けて行く。大きな顎からは苦悶の音色が漏れ、動きにも苛立ちが混じっていく。
     八つ当たりの矛先も、予定通り理央へと向けられた。
     毎度のごとく盾を掲げ、突き出された爪を受け止めて……。
    「っ!」
     治療を間に合わせ切れなかった対価として、貫くような衝撃を前に膝をつく。意識を失わんと抗うも、体中の力が抜けていき……。
    「大丈夫か、無堂!?」
    「……ごめん、後を……」
     任せた、とまで紡げず倒れた理央。静かな瞳で見据えた後、有貴は静かな息を吐き出した。
    「ああ、分かった。それと、サンキュ。おかげで……」
     託された思いを込めて、放つは鋭く重い光。
     右前足を貫き膝をつかせながら、即座に次弾を込め始める。
    「ここまで耐えることができたんだぜ。なあ!」
     さなかに紡いだ言の葉は、灼滅者たち全員の心情だ。
     託された思いを無駄にはしないと、更に攻め手を強めていく。ある程度は治療に意識を裂きながらも、概ね攻め続けていく。
     幾重もの呪縛に囚われたイフリートに、もはや全盛期の力はないのだから……。
     ……弾かれていた刃は通り、拳は骨を砕いていく。弾丸は奥深くまで潜り込み、さらなる毒で侵していく。
     一人となった守り手、白焔もまた、今一度爪を受け止めた。
    「……私も限界、か」
     白焔は爪を跳ね退けるなり首を振り、仰向けに倒れていく。
     されど表情の薄い顔色に暗い影は落ちていない。
    「行くぞ、勝利を掴みに」
     またひとつ増えた思いを刃に載せ、優也は焔を纏わせ斬りかかる。
     もはや熱で負けることはない。
     やすやすと左前足を切り裂いて、灼滅の炎で染めていく。
     イフリートが苦悶の声を響かせた。
     悲鳴すらも許さぬと言うかのように、有貴の放つ光線がイフリートの口を縫いつける。
    「っと」
     お返しとばかりに破れかぶれに放たれた炎の波を、優也は大きな刃で両断した。
     勢いのまま背後へと回り込み、思いっきり切り上げる!
    「俺達の……勝ちだ」
     後ろ足を断ち切られ、イフリートは大地へと見を沈めた。満足に動かぬ唇から苦悶の音色をを響かせながら、己の炎に焼かれ消えていく。
     優也は静かに視線を逸らし、早足で仲間の元へと戻っていった。
     勝利の喜びも、その他のことも、三人の状態を確認した後に。今はただ、涼しげに吹き抜ける風に抱かれながら……。

     理央と白焔は特に大きな問題はなく、来栖も数日休めば回復する。概ね問題のない状態と判明し、灼滅者たちはほっと胸をなでおろした。
     続いて戦いの余波を調べ、延焼の可能性はないと巧が安堵の息とともに結論付ける。
     己らにも、山脈にも大事ないとわかった所で、ようやく休息の時間が訪れた。
    「……」
     優也が改めてイフリートの消えた場所を前にして、一人静かに黙祷を捧げていく。
     終わる頃には周囲を探索していた美波たちが、ほのかに肩を落として戻って来た。
    「手がかりになりそうなものはありませんでした」
     もともとダメ元、仕方がない。後は次の報告を待とうと、灼滅者たちはため息一つで意識を切り替える。
     各々の消耗具合を勘案し、早々の帰還が決定した。
     けが人には肩を貸し合って、灼滅者たちは下山を開始する。
     見送りを行うかのように、木々が風に吹かれてざわめいた。
     ……ざわめきが聞こえるほどに、山脈は静けさを取り戻していた。
     平和が訪れた証として。眠りに付いている動物たちがやって来る春に備え、力を蓄える事ができるようになった証として。
     成し遂げた者たちを、青空もまた祝福した。これから彼らが進むであろう道を、明るく照らしていくために……。

    作者:飛翔優 重傷:鏡宮・来栖(気まぐれチェシャ・d00015) 
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年1月16日
    難度:やや難
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 6/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 3
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