楔を喰らう炎獣~災禍繚乱

    作者:赤間洋

    ●大分県別府市・鶴見岳
     何体ものイフリート達が、続々と鶴見岳に集結している。
     イフリート達の体毛によって、燃えるように煌々と輝く鶴見岳。

     頂上には、一体のイフリートが存在した。
     他のイフリートを圧するほどに大きく、威厳に溢れたその姿。
     イフリートの首魁は、配下の前でゆっくりと力を練り、人間の姿へと変貌する……。

     ……人の形へと転じたイフリートの首魁。
     少女のようなその姿は、居並ぶ配下の幻獣達に向かい、唸り声の如き少女の声で命じる。

    「ガイオウガノメザメハチカイ。ケダカキゲンジュウシュヨ、コノクニノクサビヲクライクダキチカラタクワエタノチ、ソノチトニクヲ、ガイオウガニササゲヨ! サスレバ、ガイオウガハゼンナルイチノゲンジュウトナリテ、ナンジラトトモニクンリンスルデアロウ !」

    「皆さん、もうお話は聞きましたか?」
     園川・槙奈(高校生エクスブレイン・dn0053)の声に、教室に集まった灼滅者たちはそれぞれに頷いた。即ち、別府で起こっていたイフリート事件が新たな動きを迎えたことである。
    「皆さんのおかげで、強力な敵の復活は防げたようです。ですが、敵は新たな手を打ってきました」
     別府温泉は鶴見岳に出現したイフリートたちが日本全国に散り、各地の眷属や都市伝説をその爪牙で引き裂こうとしているのだという。
    「彼らの目的は、おそらく、鶴見岳に封じられた『巨大な存在』を復活させることです。そしてそのために各地に散ったイフリートたちは、これまでに現れたイフリートに比べて強力な力を持っています」
     だからといって放置しておけば、より一層の災禍を招くことになると槙奈は軽く下唇を噛む。
    「皆さんを、危険にさらすことになるのは、分かっています。けれどお願いです、どうかこのイフリートたちを灼滅してください!」
     一度、すがるように胸の前で拳を作り、槙奈はさらに言葉を紡ぐ。
    「そのイフリートが現れるのは、廃工場になります。そこに居を構えていた数匹のチェインキャタピラーを八つ裂きにしています」
     ほぼ一方的な虐殺であるという。
    「イフリートがチェインキャタピラーを倒したところを見計らって、攻撃を開始して下さい。工場内は薄暗いですが、昼間の戦いになりますので、灯りなどは不要です。
     イフリートですが、先ほども言った通り、普段皆さんが灼滅しているイフリートとは一線を画した強さになります。特に皆さんに相手をしてもらうイフリートは、攻撃力に特化しています。巨大な刃に勝るとも劣らない爪撃は脅威の一言です」
     有り余る体力で痛痒などまるでないように暴れ回り、一撃必殺の爪であらゆるものを薙ぎ倒す、暴虐の獣。
    「長期戦になるでしょう。けれど、あまり回復に重きを置きすぎても、じりじりと押されてしまうでしょう」
     見極めねば勝利は難しいと暗に言い、さらに、と槙奈。
    「このイフリートは『跳び』ます」
    「……跳ぶ?」
    「はい。跳躍し、その爪を振り下ろしてきます」
     前衛一人を軽々と薙ぎ払う威力の一撃は、直撃すればひとたまりもないという。生半可な防具では、立っていられるかも危ういのだと。
    「そして繰り返しますが、イフリートがチェインキャタピラーを全滅させた直後に戦いを挑んで下さい。それ以外のタイミングで仕掛けると、バベルの鎖で察知されてしまいます」
     最悪、イフリートによる襲撃さえ発生しなくなるかも知れない。
    「それだけは、避けて下さい」
     一度目を閉じ、槙奈はゆっくりと息を吐く。
    「皆さん、どうか……どうか、ご無事で」
     祈るように、願うように。


    参加者
    秋篠・誠士郎(流青・d00236)
    陽瀬・瑛多(中学生ファイアブラッド・d00760)
    辻堂・璃耶(エイルの啓示・d01096)
    裏方・クロエ(魔装者・d02109)
    森本・煉夜(斜光の運び手・d02292)
    神楽・美沙(妖雪の黒瑪瑙・d02612)
    藤堂・朱美(冥土送りの奉仕者・d03640)
    淳・周(赤き暴風・d05550)

    ■リプレイ

    ●獣は吠ゆる
     廃工場の天井をぶち破って出現するや、イフリートのその爪が、チェインキャタピラーを易々と引き裂いた。
     真っ二つに千切れた胴体が宙を舞う。それが地に落ち消えるより早く、身体を翻し、二度、三度とイフリートは爪を打ち振るう。あまりに無造作、あまりに暴虐。床を踏み砕き、壁も引き裂き、全てのチェインキャタピラーを掃討するのにいくらもかからない。死臭が満ちる。獣は吠えた。空気が、震える。
     巨体。
     その二文字で事足りた。
     空いた大穴から差し込む冬の陽光が、いっそ場違いですらあった。いかんともしがたい獣臭と、炎の爆ぜる音。
     それを引き裂くように、駆ける影は8つ。イフリートが、チェインキャタピラーを掃討したのを見計らっての突入。
    「ぬたぬたにしてやるのです!」
     天才魔法使いの戦い方をとくと見よと、にっと八重歯、裏方・クロエ(魔装者・d02109)の構えたバスターライフルが光条を打ち出した。きゅぱっと空気を裂き、その一撃がイフリートに着弾する。爆風。
    (「見るのは二度目、か」)
     その戦塵を駆けるは秋篠・誠士郎(流青・d00236)であった。いかな名を冠せど、理性なき獣であれば狩るのが自分たちだと、縛霊手を構える。
     光が散る。懐に潜り込んで縛霊撃を振るえば、散った光はたちまち網となってイフリートの右脚を絡め取った。きゃん、と勇敢に吠え、霊犬の花がさらに斬撃を加える。
     新手など想像だにしていなかったのか、イフリートが低く唸る。
     網を振り払うようにイフリートが右脚を振り下ろした。誠士郎が合わせて弾く。その横を疾風の如く駆けるは陽瀬・瑛多(中学生ファイアブラッド・d00760)。
    「ここで食い止めないとね!」
     弾かれた右脚を踏みつけて一直線に跳ぶ。空中で器用に身を捻りやはり縛霊撃を叩き込む。ぱっ、と、光が咲くのを見届けて着地し、
    「どれだけ暴れているかは知らないが、数を削るには絶好の機会だ」
     せいぜい無駄にしないように利用させてもらうさと言い切り、森本・煉夜(斜光の運び手・d02292)も地を駆ける。死角に入って黒死斬を振るうが、生憎と当たり所が悪く弾かれた。
    「皆と一緒なら、絶対負けない!!」
     されど雷迅、藤堂・朱美(冥土送りの奉仕者・d03640)がさらに続く。ロケットハンマーに纏わせた雷が痛烈にイフリートの横っ面を引っぱたく。
    「精神こそが強さの所以! 魂のこもってねえ爪じゃあ!!」
     さらには爆炎。走り込んだ淳・周(赤き暴風・d05550)の両拳に炎が噴き上がり、
    「出せねえ強さ、見せてやる!」
     フック気味に殴り飛ばす。重い、重い衝撃に、イフリートの炎が一瞬千切れるように揺れる。

     ――――!!

     刹那、廃工場を揺らすような吠声。
     どうと紅炎、イフリートを覆う炎がその勢いを増した。一瞬言葉をなくすほどの熱気が、たちまち充満する。床に薄く積もった埃や塵芥が呆気なく燃え上がった。獣の双眸がそこで初めて8人を真っ向から捕らえる。吐息と共に、炎が洩れた。
    (「強力なイフリートが全国で一斉に暴れ出すなど、ああ、何と恐ろしい……必ず、殲滅しなくては」)
     その威容に怯むことなく決意を新たにし、辻堂・璃耶(エイルの啓示・d01096)は殲術道具を構え直す。バサリと銀の髪を掻き上げ、後方からイフリートを睨め付けて、神楽・美沙(妖雪の黒瑪瑙・d02612)は言い放つ。
    「見るからに化け物といった風体じゃな。じゃが、心してかからねばならぬは覚悟の上。貴様らの企みなぞ、必ず阻止して見せよう!」

    ●災禍繚乱
     心胆寒からしめる咆吼が轟いた。
     巨体からは想像もつかぬ速度でイフリートが動く。高さと重さの乗った一撃は、クロエに落ちる。
    (「恐れるな!」)
     寸前、誠士郎がさらに早く動く。カット。噴炎。爪撃の重さに、縛霊手が持って行かれそうになる。大きくバランスを崩しながらも踏みとどまった誠士郎を後押しするように花が吠えた。六文銭が立て続けにイフリートに突き刺さる。
    「ぬたぬたにしてやると言ったのですよ」
     鋼糸が炎の照り返しで煌々と燃える。クロエの指先から放たれた結界糸が、縛霊撃の絡みついた右脚にさらに絡まった。凄まじいばかりの重圧に、だが獣は怯まない。
     されどそれは灼滅者達とて同じであった。
    「もう一丁!!」
     瑛多の再びの縛霊撃がイフリートの顔を強襲する。絡みつく霊力に気を取られた間隙を縫い、別の死角、後肢に回り込んだ煉夜が、恐るべき精度で今度こそ黒死斬を突き立てる。手応えに、ぎろりと獣が振り向いた。振り下ろされた腕を紙一重でかわし、煉夜は床を蹴って下がる。
     勢い背を向けたイフリートの側面に素早く駆け込み、朱美が固く拳を作る。
    「はあああああっ!」
     気合。近付いてぶん殴る、を戦闘スタイルとする少女の背後に、その闘気を模したうさたんが見えたのは果たして気のせいか否か。
     超硬度の一打、鋼鉄拳ががら空きの腹部に突き刺さる。衝撃。イフリートの身体を激しく覆う炎は、それでも吹き飛ばない。
     不利は感じたか飛び退る巨獣を、逃さないと張り付いたのは周だ。赤く尾を引く炎の拳が、飛び退った際に僅かに頭を下げたイフリートの鼻っ面を思い切りぶん殴った。あるいは右脚に霊力がこうも絡みついていなければ避けられたかも知れぬ一撃に、イフリートが唸りを上げる。
     他方、誠士郎の眼前に光が溢れた。璃耶のジャッジメントレイが傷を癒し、さらに美沙の投じたシールドリングがその身体を守る。焼け付く痛みも炎も、ふすふすと消えた。
     と、風圧。
     炎が、咲いた。
     業火が前列を包み込む。黒煙。激痛に声もない。咆吼。意趣返しと言わんばかりに、イフリートが炎を招いたのだ。被害は広範囲であったが、甚大ではない。
    「攻撃してダメージを稼ぐだけが能ではないのですよ、ケダモノ」
     光芒が、炎を縫う。クロエの斬弦糸がイフリートをとらえた。どこと言わずズタズタに引き裂き、絡まった霊力と重圧をさらに根深いものにする。
     怒号。空気をびりびりと震わせる声と共に繰り出された横薙ぎの爪をとんぼを切って躱し、足が地面につくや瑛多は一息に踏み込んだ。三角飛びの要領でイフリートの前肢と肩を踏みつけ縛霊手を振り回す。軌跡は深紅、紅蓮斬がイフリートを切り裂いた。赤光がイフリートの咽頭を掻き斬り生命力をすすり、瑛多自身の傷を癒す。
     同時、癒し手の二人もまたぴたりと息を揃えて動いている。
    「等しく、光を」
     祈りにも似た璃耶の声は光を呼び、清しい美沙の歌声もまた確かな癒しをもたらしていく。体内にたまった嫌な熱を排出するように一度深く息を吐き、朱美がイフリートに猛ラッシュを仕掛ける。
    「負けないって、言った!」
     連打連打、連打。閃光百裂拳が抉り込むように打ち込まれる。巨体が、たまらずよろけた。その鼻っ面に再度拳を叩き込んだのは周だ。
    「その通りだ、負けるわけにはいかない!」
     抗うように振るわれた爪をぶん殴って弾くと、朱美に比肩する猛ラッシュをさらに叩き込む。肉を打つ音に、イフリートが舌を吐き出す。再びよろけたが、炎の勢いはまだ弱まっては居ない。
    「あんたも潰して本命も潰す。それだけだ」
     上段から雲耀剣を振り下ろして、煉夜が呟く。攻防は激しく、拮抗しているが、明らかにこちらが押している。
     それでもイフリートのその目に、膨れあがる憎悪と破壊衝動を見るのは、決して難しくなかった。
     イフリートを絡め取っていた霊力のいくつかがバチンと断ち切れた。巨体が、大きく下がる。だがそれは後退でも、ましてや逃亡でもない。
     助走。
     察したのは、美沙。
    「避けよ!!」
     跳ぶ。
     凄まじい音がした。コンクリートの地面を容赦なく蹴りつけたイフリートの巨体が、天上すれすれまで跳ねる。悪夢じみた動きであった。長く感じる滞空時間の後、目視すら危うい落下速度でイフリートが爪を振るう。
     狙いは。

    ●攻防の果て
     そこが脆いと、イフリートは本能で察したのかも知れない。
     花の悲鳴が戦場に鋭くこだました。
    「……っ!!」
     だが食らったのは誠士郎ではない。みしみしと骨の軋む音を聞きながら、落ちかかってきた巨体、その爪を押し返そうとするのは、今一人の護り手であった。
    「……瑛多っ」
     とっさに身体が動いたとしか言えない。だが、がくんと勝手に膝から力が抜ける。ごぼり、と口から血が溢れるのを、ひどく場違いな気分で見遣る瑛多に、イフリートが喉の奥で唸る。嗤笑か、あるいは感嘆か。
    「諦めない……絶対に、諦めな、いっ……!!」
     喉に血の絡む、かすれるような声であった。だが最早意志の力だけで支えるには傷が深すぎた。糸の切れた人形のようにその場に崩れたところを、前肢の爪でひっかけられて吹っ飛ばされる。
     同時、イフリートが『裂けた』。
     否、誠士郎のギルティクロスであった。ぞふりと逆十字の傷がイフリートに開く。血の代わりに炎をこぼし、イフリートが身を捩る。苦悶の声が廃工場をぐらぐらと揺らす。
     遮二無二振り回される爪を回避し、打ち返し、イフリートの顎の下を思い切り蹴り上げた朱美が、それを軸足にイフリートの顔の前に跳ぶ。再度固めた鋼の拳を叩き込めば、ぴしりと細かく、イフリートの角に亀裂が入る。
    「禊って何!? ここ以外にもあるみたいだけど何なの、それは!!」
     自身がファイアブラッドであることに僅かな望みを託し、情報を得ようと朱美は声を張る。ぐあ、と大きくイフリートが口を開けた。無論、応じるためではない。ぞろりと生えた牙が食い千切ろうとするのは、クロエ。
     鋼糸が、煌めく。
     器用に強靱に幾重にも張り巡らされた鋼糸が、イフリートの突進を止める。煤と炎で汚れた顔で、自称天才魔法使いは不敵に笑う。防御に使った鋼糸をそのまま指の繰り一つで攻撃へと転じさせた。結界糸が、イフリートを締め上げる。
    「殲滅させて、いただきます」
     璃耶の唇が、終焉を告げる。正しき光が迸り、理性なき獣を灼き祓う。
    「人を下に見て、家畜か何かと思うておるのであれば、今ここに我らの力を思い知るがよい!」
     ぞろりと美沙の足下から影が伸びた。伸びた影はそのまま触手の形となり、幾重にもイフリートに絡みつく。
     炎が、奔る。
    「教えてやるよ」
     泥臭くても血塗れでも、最後の最後にそこに立ち、勝利を誇ればそれが十全と、周が牙を剥いて笑う。そして何より、その女はヒーローであった。
    「これがヒーローの拳だああああああああっ!!」
     ずどんっ!!
     渾身の一撃であった。激しい炎に包まれたイフリートの巨体が、一瞬浮き上がる。
    「――どうやら機会を無駄にせずに済みそうだな」
     果たしてイフリートに、煉夜の姿は見えていただろうか。
     ぞん、と斬り払った日本刀の一撃が、イフリートを半ばまで両断する。ぼうと、炎が獣のみを包んだのはその時だ。見る間に巨大な炎の塊となったイフリートが、力なく地に落ちる。
    「……こんな、ものか」
     こびりついた血液をぐいと拭って煉夜が呟く。疲労困憊していたが、それよりもこのイフリート共の『本命』が何であるのかの方が気に掛かった。
    (「できればそちらも潰しておきたいところだが……」)
     ぱちりと最後の火が爆ぜて、イフリートの死体は完全に消滅する。
     細い煙は陽光に解けて消えた。

    作者:赤間洋 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年1月16日
    難度:やや難
    参加:8人
    結果:成功!
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