楔を喰らう炎獣～萌えを燃やして燃え上がる

■リプレイ

●萌え、燃える！
　灼滅者たちが現場に到着したのと、紅蓮の炎の輝きが現われるのとがほぼ同時だった。
　イフリートが、轟音と共に玄関を破り、古い屋敷に突入してゆく。灼滅者たちも続いて門に飛び込み、物陰に隠れて玄関の中を覗き込んだ。
「『敵を知り、己を知れば、百戦危うからず。』と言うしな」
「少しかわいそうだが……」
　九条・文織（言霊遣い・d08057）に、赤月・句穏（捕縛師・d08056）が頷いた、視線の先にはメイド服姿の少女。
「お帰りなさいませ、ご主人様！」
　広々とした玄関ホールで、少女はイフリートに向かってお辞儀をする。何者かが屋敷に入ってくること、という条件をイフリートが満たしたために現れた都市伝説だ。
「そりゃ萌え系メイドも嫌いではありませんが、廃墟とはいえお屋敷を拠点としているならもう少し違う衣装もあったでしょうに……」
　痣峰・詩歌（自宅駐在員・d06476）はフリフリ可愛いけれどけして実用的ではないメイド服が好みではないらしく、ぶつぶつと小声で呟きつつ物陰から観察している。
「あーあ……都市伝説とはいえ、メイドさん可哀想になぁ……」
　白藤・樂（壊音ラプソディ・d04514）はイフリートを前に恐れを抱くことさえなくにこにこしている少女をに哀れみの視線を向けた。
　しかし、それも一瞬。
　じゅっ！
　イフリートの炎が都市伝説を襲うと、限界まで熱した鉄板に水滴を落としたような音が聞こえたような気がして――それで終わりだった。
「ふおおおお……！　メイドさんがあんな事やこんな事を……される間もなく！！」
　じっくり戦闘を鑑賞する心積もりでいた雲母・夢美（夢幻の錬金術師・d00062）のサンバイザーに動揺と悲しみとが表現される。夢美の趣味的にも残念だが、戦闘に向けて攻撃動作を見切ろうと考えていたのに、何を見る暇もなかった。
「女の子がひどい目にあうトコは見なくて済んだアルが……」
　シャンロン・チョンチュ（今はげしく燃やして・d04246）がゴクリと息を呑み。
「一撃、でしたね……」
　笙野・響（青闇薄刃・d05985）が重々しく頷く。
　都市伝説も確かに弱かったのだろうが。しかし、それ以上に、イフリートが強いのだ。
　あれが、今回の相手。
　しかし、怖気づくわけにはいかない。
「相手がどんなに強くても絶対に負けません！」
　皇樹・桜夜（家族を守る死神・d06155）が皆の心を代弁するように言って、カードを手に屋敷の玄関を見る。
「そうアル。強者との闘いは望むところ！　積み重ねてきた功夫を見せる時アル！」
　封印を解除し、凛々しい拳法着をまとったシャンロンの瞳に、赤々と燃え盛るイフリートの炎が映り込んだ。
「だよな。気ィ抜かずに行くぜ」
　樂は右手に握った愛用の槍を、調子を確認するように軽く弄んだ後、ぐっと握った。今その瞳は、本来の色である緑。　
「死の境界、さあ狩りの時間だ！」
　桜夜も封印を解き、黒い振袖をぱっと翻した。
　頷きあい、タイミングを合わせて。
　若者たちは業火へ向かって飛び出していく。

●猛る炎
「成敗ですよ！」
「アチョー！」
　ローラーダッシュで突っ込んでいった夢美が、初撃を叩き込む。抗雷撃。次に飛び込んだシャンロンも一緒に、闘気から変換した雷を宿した拳を、炎に負けじとイフリートの身に撃ち込んだ。
「ワタシたちはそう簡単に倒せないアルよ！」
　ヒットアンドアウェイで、ばっ、と引いて距離を取り構えるシャンロン。鞭のようにしなった長い三つ編みが、炎を払った。
「楽しませてもらいましょう」
　桜夜は戦闘開始前の清楚さとは打って変わって好戦的に微笑み、居合いで一閃。純白色の野太刀が、黎明の名に相応しく輝いた。
「こいつが強ぇのはわかってんだ。やりようは……あるよな！」
　樂の螺穿槍が続き、槍は螺旋の風で炎を散らしながら獣の体を穿つ。
「ＢＳを積み重ねて、有利に戦っていく戦法ですね！」
　煤竹の柄を握り、小刀の刃を炎の光に煌めかせながら、響が後衛から夜霧隠れの「夜霧」を展開した。体を虚ろにし妨害能力を高める霧だ。
「必ずくいとめてみせよう？」
　中衛からは句穏が、隣にいる恋人の存在を心強く思いながら鏖殺領域を展開し、自らのジャマー能力を高める。
　グオウ……？
　背後から奇襲された形になり、灼滅者たちに背を向けていたイフリートが、のそりと振り向いた。まるで獅子が、尻尾にじゃれかかってきた仔獅子を振り向く時のように、ゆったりと余裕を持ったその動き。
　ここまでの攻撃を、このイフリートは深刻なダメージとは思っていないのだ。これだけでもわかる。
「つ、強いです、ね」
　詩歌は物陰からピャっと出ると、炎に向けて鋼糸を放った。封縛糸！　細く堅い糸がキリキリと巨体に巻きつき、動きを封じる。
　そう、強い。メイド都市伝説を一瞬で葬った攻撃力と、そして体力も、強さにあわせて高いのだろう。しかし引くわけにはいかない！
「お前にはここで消えて貰う。都市伝説の後を追うといい」
　文織は恋人の名前のついた刀を構えると、煌々と燃え上がる獣の瞳から視線を逸らさず、鋭く言葉を放つ。その唇から放たれるのは、ディーヴァズメロディ。
　神秘的な歌声に対抗するかのように、イフリートが吠えた。
　ウオォ……ウ！
　炎が奔流となって灼滅者たちに襲い掛かってくる。炎に包まれたのは前衛だった。
「殺しがいのある敵だ」
　桜夜の声が炎の中から。そしてクロノスケイルの回転する動きが炎を割き、割いた炎を桜の花びらの舞う黒い袖が散らした。黒死斬！　死角からの攻撃は深々とイフリートを切り裂く。
「ハイヤー！」
　苛烈な炎の中から、シャンロンの小柄な身体が飛び出してきて、その勢いのままに拳を突き出す。閃光百裂拳の、強烈な連打と、そして。
「まだまだ、ですよ！」
　夢美の、赤きオーラの逆十字がイフリートを引き裂く。ギルティクロスの催眠で、イフリートが自分で自分の炎に焼かれることがあれば大ダメージを食らわせられるだろう。夜霧の効果があれば、追加でもう１つつけてやれたかもしれなかったが、それはもう叶わない。
　折角のエンチャントは、先ほどのイフリートの炎でブレイクされてしまっていた。
　そして、それ以上に、炎を喰らった３人のダメージが大きい。
「回復します！」
　響が、エンジェリックボイスの歌声を響かせる。炎の戦場に不似合いなほどの、透明な声。披露するときはいつも赤くなってしまう響だけれど、人前で歌っていることなど忘れて、無心に歌わずにはいられないほど、仲間たちのダメージが激しい。
「那由多、回復に専念しろ」
　句穏の命を受け、メディックの位置にいた霊犬の那由多が懸命に癒しの技を繰り返してゆく。
「纏まりすぎねぇように注意な！　しかし、キッツ……ディフェンダーであれかよ！　やるしかねえけど！」
　樂は仲間たちに声をかけると、ディーヴァズメロディを歌い上げた。
「危険な戦いになることは覚悟してきたんだ……！」
　句穏は眦を決し、イフリートへと影業の触手を伸ばす。影縛りによる捕縛。
「ああ、句穏……！」
　文織が大きく頷いて、デッドブラスターを、敵を蝕む漆黒の弾丸を撃ち出した。
「もう、２つ以上、ですね。えい！」
　イフリートにバッドステータスが重なってきたのを見計らって、詩歌が消え入るような声ながら手の動きは素早く、鋼糸を繰り斬弦糸で切り裂く。
　グオウ……！
　イフリートの呻きに、やっと苦鳴が混じったように思える。
「死を刻んで差し上げます」
　桜夜は影業【煉獄】で、炎もろともイフリートの身を切り裂いたが、飛び込んで来たイフリートが報復とばかりに、炎を纏った爪を振り下ろす。無視はできないダメージの上に、桜夜の漆黒の振袖が炎に燃え上がった。
「ハイイイヤア！」
　シャンロンが、イフリートに地獄投げを仕掛けている間に、響の歌が桜夜を癒し炎を鎮める。
「次は見切ります、ですよ！」
　夢美が妖の槍に緋色のオーラを纏わせながら、靴に付けた駆動型ローラーでダッシュして肉迫した。炎を割くは紅蓮斬。先ほどの受けて回復しきれていないダメージ分をドレインで補う。
　獣の纏った炎は、煌々と。
　それなりにダメージを与えられては入るが、炎の猛烈な勢いは削がれていない。
　バッドステータスで弱体化させる作戦自体は良かった。しかし、具体的にどう行動するかのところで、今一歩、詰めが足りなかった。
　最初に、夜霧隠れでバッドステータスを与える効率を上げようとしたのは良かったが、ブレイクされてその効果はあまり発揮できなかった。
　文織と句穏は、この作戦におけるジャマーとしての役割を自覚して的確に動いてはいた。
　皆のつけたバッドステータスを増やしてゆく、詩歌の斬弦糸が、大きな意味を持ちはじめてきていた。
　だが。
　……間に合わなかったのだ。
　イフリートの攻撃が、強力だった。
　オォン！
　――咆哮。
「くそ、ぼちぼち、作戦が効いてきて、欲しいんだけど！？」
　樂が炎の中、肩で息をしながら妖冷弾を放った。それとすれ違うようにして、炎！！
「くっ、ヤバ……！」
　すぐに那由多が回復したが、殺傷ダメージが嵩んで回復しきれない。あと一撃喰らえば、樂は立ち上がれなくなるだろう。
「危ないアル！！」
　集気法での回復は今の場合焼け石に水と判断し、シャンロンは樂を庇うことを選んだ。白い道着に輝いていた双龍が、炎に包まれる。
「は……っ！」
　桜夜が、壁を蹴りイフリートの前に立ち、自分のほうへと気を引いた。日本刀と大鎌を２刀で構えた、その彼女とて癒え切らないダメージを負っている。
　フウ、フウ、とイフリートの唸り声も荒い。桜夜を攻撃しようとして、失敗したようだ。
　バッドステータスの効果はどれも「稀」だったり「ときどき」だったりする。だから、幾重にも重ねて陥らせた時にこそ、効果が実感できる――今がその時だろう。
　しかし、この今、攻撃できる態勢が崩されてしまっているのが痛い。
　前衛の４人中３人がディフェンダーのポジションを選んでいたのは正解で、持ち堪えられたのはそのおかげだった。
　けれど。
　攻勢に転じるには、一歩、及ばなかったのだ。
　シャウトによる自己回復で補っても、回復が追いつかない。
　まず樂が、次にシャンロンが、そして桜夜が、立ち上がれなくなり。
「ふおあああ、ごめん、限界……！」
　ついに、紅蓮斬で耐えていた夢美も倒れた。
　パラライズや武器封じや催眠のような、相手の行動を失敗させたり攻撃を弱くさせたり攻撃の対象を変えたりするものを、いち早く、たくさん重ねられるよう作戦を考えていれば、前衛が崩されることなく、勝機が見えていたのかもしれなかった。
　そう。
　いくら服破りでダメージを与えやすくしていても、毒やトラウマで少しずつダメージを与えていても――攻撃しなければ、できなければ、倒せない！
「文織っ！」
　美しい銀の髪が炎に包まれたのを見て、句穏が取り乱した声を上げる。
「まだやれる。これしきの事でやられはしない」
　文織は恋人に向かって頭を振ると、ブラックフォームで回復する。
「でも、もう……！」
　詩歌の胸元にも、ブラックフォームでダイヤのマークが浮かび上がっていた。前衛が倒れた今、イフリートの爪も牙も、後衛にまで届くのだ。
「勝ち目が……ありません！」
　響の悲痛な悲鳴が上がる。
　残された者たちも自身の回復に手一杯にならざるを得なくなってしまった今、灼滅者たちの敗色は濃厚だった。
　危機に陥ることがあれば、闇墜ちしてでも、仲間を助けたい。
　今回の事件には、ほとんどの者がその覚悟で臨んでいる。
　イフリートが、倒れた灼滅者たちに更にとどめを刺そうとするようなら、絶望がこの場を支配し、ダークネスの力の闇へと墜ちる者が出たかもしれない。
　しかし。
　……フン。
　灼滅者たちに攻撃する余裕がないのを見て取ると、イフリートは興味をなくしたように鼻を鳴らした。　
　そして、のし、のし、と、悠々と灼滅者たちの間を通り抜けて屋敷の外に出ると――その場を駆け去ったのだった。
　煌々と禍々しかった、炎の残影だけが、残った。

●そして静寂が戻る
「行っちゃっ……たですよ」
　夢美の呆けたような呟きが、やけに大きく玄関ホールに響く。　
　イフリートは現場を去ることさえできればよく、灼滅者たちを撃破する事に拘りはなかったようだ。
「皆、動けそうか？　……っていう俺が一番動けそうにない感じだな……」
「歌います、ね」
　タハハと苦笑した樂を、少しでも、と響が癒す。
　ドアが壊れ、あちこち焼け焦げだらけの、荒れ果てた廃屋の中に響く透き通った美しい歌声。
「強かった、です……」
　壁際に隠れるようにしながら、詩歌が呟く。
「次は……絶対に負けません」
　傷んだ武器と防具を見詰めながら、桜夜は、ぽつりと呟いた。
「回復したら、また更なる功夫を積むアル……」
　汚れた道着を撫でながら言った、シャンロンの表情は弱々しいながらも笑顔だ。
　敗北した。
　傷ついた。
　けれど、明日はある。
「御疲れ様……」
　生きていて、よかった。そんな思いを込めて、句穏は仲間たちにねぎらいの言葉をかけた。　
「帰ってご飯にしようか。文織」
「ああ、帰ろう、句穏」
　そして句穏は文織と、互いに支えあうようにしながら立ち上がる。
　外は晴れ。
　冬の太陽が淡く照らす中、灼滅者たちはそれぞれの思いを胸に、帰還するのだった。

作者：階アトリ	重傷：なし 死亡：なし 闇堕ち：なし
種類： 公開：2013年1月16日 難度：やや難 参加：8人 結果：失敗…
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