楔を喰らう炎獣~壱月の雨は燃えているか

    作者:日暮ひかり

    ●大分県別府市・鶴見岳
     何体ものイフリート達が、続々と鶴見岳に集結している。
     イフリート達の体毛によって、燃えるように煌々と輝く鶴見岳。

     頂上には、一体のイフリートが存在した。
     他のイフリートを圧するほどに大きく、威厳に溢れたその姿。
     イフリートの首魁は、配下の前でゆっくりと力を練り、人間の姿へと変貌する……。

     ……人の形へと転じたイフリートの首魁。
     少女のようなその姿は、居並ぶ配下の幻獣達に向かい、唸り声の如き少女の声で命じる。

    「ガイオウガノメザメハチカイ。ケダカキゲンジュウシュヨ、コノクニノクサビヲクライクダキチカラタクワエタノチ、ソノチトニクヲ、ガイオウガニササゲヨ! サスレバ、ガイオウガハゼンナルイチノゲンジュウトナリテ、ナンジラトトモニクンリンスルデアロウ !」
     
    ●warning!!!
    『緊急指令。緊急指令。灼滅者達に告ぐ、直ちにエクスブレインの元へ急行せよ。繰り返す、緊急事態だ。年始だから活動休止するほどダークネスは、いや、むしろ我々は甘くはないのだ!』
     鬼気迫る主張の出所を探すと、拡声器を片手に校内を回っていた鷹神・豊(中学生エクスブレイン・dn0052)と目が合った。
    「ん――ああ、明けましておめでとう。君達も正月早々登校御苦労。その上で凶報を聞かせるのはお気の毒だが、別府のイフリートの件がどうにもめでたくない事態に発展しやがった」
     鷹神は額に手をやり、一旦咳払いをする。
    「小鳥遊・優雨(優しい雨・d05156)君から報告を聞いたかもしれんが……君達にイフリートを討伐して頂いた甲斐あり、一先ず例の敵の復活を阻止する事は出来た。しかし、奴らが次の手を打ってきた」
     鶴見岳周辺に出現したイフリート達が、日本全国に散り各地の眷属や都市伝説、他のダークネス配下の虐殺を行うという予知が出たらしい。
    「まさか、気紛れに腹が減ったとか可愛らしい理由でもあるまい。恐らくこの殺戮は必然。『鶴見岳に封じられた強大な何か』を復活させる為に!」
     格下とはいえ力を持つものを蹂躙するというのだから、当然、今回遭遇するのは、今まで出現したイフリートよりもずっと高い戦闘力を持つ個体だ。
     だが、と鷹神は言う。
    「学園としては、このまま訳のわからん危険物の復活を容認するわけにはいかん。…………灼滅する。教室へ行こう。俺の話を聞いて頂けるか」
     灼滅者たちが頷けば、彼は恩に着ると一礼した。
     
    「俺の担当する個体だが、出現場所は東京奥多摩の山中で、遭遇時間帯は夕方。はぐれ眷属の鎌鼬が狙いのようだ。幸いすぐ傍に人が住んでいる様子は無いし、変な地形でも無いが……少し木が多いかな」
     難しい事は無い。ただ。
    「敵は強い」
     鷹神は黒板にチョークで絵を描き始めた。
     炎の毛並みにユニコーンのような一本の長い角を持った、しなやかな体躯の獅子。
     それは、あえて言うならば霊獣の麒麟に似ていた。
    「こいつは、神秘の力を使った範囲攻撃を得意とする。今の君達を遥かに凌駕する火力だ。一体だからといってけして侮れん」
     赤や黄のチョークを寝かせ、雑に色を塗る。
     一番得意とするのは、敵陣に炎の雨を降らせる攻撃。
     炎の奔流で敵を焼き払う攻撃は、ファイアブラッドの技として馴染み深いだろう。
     他に炎の結界で周囲を屠ったり、角で敵を打ち体内から燃やすといった行動を取る。回復は炎の翼で行うようだ。
    「バベルの鎖による予知回避の為、敵が鎌鼬を焼き尽くすまでは隠れて待て」
     もしもそれ以前に攻撃を行えば、良い結果は出ない。鎌鼬たちに見つかったとしても、当然厄介なことになる。
    「古来、殺生を行うことで神聖な存在になれると説いた馬鹿は、地獄に落ち己の邪心より生じる炎で身を焼かれたという。こいつにも引導を叩きつけてやらねェとな……」
     獣の上に射線を引く。
     ぱきん、とチョークが欠けた。
     
    「大変な、危険な仕事を頼んでいるとは、理解しているつもりだ」
     だからこそ、特別心配はしていないと彼は言う。
    「俺が弱気になっていたら君達に失礼だろう」
     エクスブレインはそのまま、おもむろに黒板の絵を消し始めた。

    「やる事はいつも通り。たった一つだ。――灼滅せよ!」


    参加者
    浅葱・カイ(高校生ダンピール・d01956)
    九条・真人(火炎魔人・d02880)
    司城・銀河(タイニーミルキーウェイ・d02950)
    日野森・翠(緩瀬の守り巫女・d03366)
    四月一日・いろは(剣豪将軍・d03805)
    峨峨崎・非(終焉リンネ・d06993)
    モーガン・イードナー(灰炎・d09370)
    近衛・一樹(紅血氷晶・d10268)

    ■リプレイ

    ●1
     雨が降る。
     それは長き冬に耐え忍ぶ木々を癒すものではなく、森に恵みをもたらすものでもなく、ましてや血を洗い流すための清き水などではありえない。
     そう。たわい無い命ならば、一滴の血すら遺さず消し飛ばす悪魔の雨。
     彼らが目にしたのは、つまりはそういう光景だった。

     たいした知性は持たないはぐれ眷属だ。
     全員が姿を隠すに足る装備に気を配りあい、隠密行動に注力すれば、鎌鼬たちに気づかれぬよう移動し、風下に潜伏するのは難しくはなかった。
     空気はまだ冷たい。先程までの灼滅者たちはじっと身を潜め、灯りを消し、無警戒に徘徊する鎌鼬を追いながら、静かに真の敵を待っていた。
     民家の窓灯りにしては不自然な程明るい光が遠くに見えたのが最初だ。やがて『それ』の気配は、僅かな地鳴りを伴って恐るべき跫音と共に迫ってきた。
     近衛・一樹(紅血氷晶・d10268)が、静かに眼鏡を外す。
     凍てる冬の海の色をした彼の瞳には、灼熱の獣が映りこんでいた。
    (「イフリートたちの行動、『鶴見岳に封じられた強大な何か』についてはとても気になりますが……今はこの敵に集中しましょう」)
     一樹は鋭く対象を見やる。
     麒麟と称されたそれは、鷹神豊の絵などよりずっと神々しく、ひどく禍々しい。金の炎を吹き上げる一角獣は軽やかに跳ねながら木々の間を駆け、獲物の前へ舞い降りる。

     浅葱・カイ(高校生ダンピール・d01956)が。
     日野森・翠(緩瀬の守り巫女・d03366)が。
     四月一日・いろは(剣豪将軍・d03805)が、目を見開いた。

     獣が角を天に掲げ呼んだ炎の雨は、まさに噴火の威を思わせる圧倒的な熱をもって、鎌鼬の群れを跡形も無く溶かした。
     3人とて、敵の行動パターンを観察出来る余裕が必ずあると踏んでいたわけではない。
     が、鎌鼬が悶え苦しむ姿すら見れないとは流石に予想外だった。
     あまりに迅速かつ、大胆な殲滅。仕掛けるタイミングを見計らっていれば逃がしてしまうのは、その場にいた誰もが瞬時に理解した。
     灼滅者たちは、めいめいが出来る精一杯の速さで、早々に去ろうとするイフリートに食らいつこうと木陰から飛び出す。
     獣の金の瞳は、襲撃者の姿を捉えきれてはいなかったはずだ。
     だが。
     ――峨峨崎・非(終焉リンネ・d06993)が、浅く唇を噛む。
    「すまない。酷い傷を」
    「いろはは大丈夫。どうなるかと思ったけど、傷で済むみたいだし」
     さっきの鎌鼬は、予想よりかなり凄い燃え方だったからねと、いろはは右肩の火傷に目をやり一人ごちた。
     心眼、というべきか。炎の雨は、味方前衛に対して比類なき速さと正確さで降り注ぎ、中でも非には一際大きな炎の塊が追突しようとしていた。咄嗟にいろはが突き飛ばして代わりに受けたものの、日頃のポーカーフェイスを貫く彼女の顔には今、暑さとも苦悶ともつかぬ汗が滲んでいた。
    「本物の麒麟は草や虫を踏まない程、殺生を嫌うんだけど、ね」
     偽りの神獣に慈愛を求めても無駄なようだ。もっとも、武士たる彼女にはなから期待する気などないのかもしれない。動じず魂を闇に傾け、破壊の力と生命力を高めていく。
    「灰すら遺さない、か。面白ぇ!」
     こっちもそのつもりだぜと、九条・真人(火炎魔人・d02880)はにやりと笑う。この場に炎を力の根源とする者は彼含め3人いたが、誰もが闇堕ちを拒んだ――万一にも鶴見の炎獣の仲間となる事を危惧したのだ。
     過去に負った傷が、今更炎を吹いたわけでもない。モーガン・イードナー(灰炎・d09370)はそれでも無意識に首に触れていた事に気づくと、思わずサーヴァントの無事を確認し、僅かに安堵の息を吐く。
     灼滅者4名に、モーガンの相棒たるライドキャリバーのミーシャ。5名の前衛を全てディフェンダーに据える思い切った布陣が、吉凶どちらに転ぶかはまだ判らない。
    (「ひょっとすると、恐ろしく格の違う敵と対峙しているのかもしれんな……俺たちは」)
     だが、防御を固めなければ少なくとも自分は長く戦えなかったろう。身を持って知ったモーガンは、鋭い双眸を更に細めた。
     あの夏より、ずっと熱い冬が来る。
     カイと共に武蔵坂での初陣を飾ったあの頃の司城・銀河(タイニーミルキーウェイ・d02950)は、まだそんな事を知らなかった。あれから互いに場数を踏んできたが、それゆえ感じる。敵の強さを。
     護符に癒しの力を籠めながら、銀河は何か考えているようだった。強い覚悟を宿す彼女のまなざしを見れば、カイの顔にも不思議といつもの緩い笑みが帰る。
    「大丈夫、何とかなるよ。……いや、」
     自分は固くなるなんて柄じゃない。
     けれど何を思い、何を見ても、ここに立つ者の答えはひとつと知っている。
    「何とかしてみせる、かな」

    ●2
     ただでさえ敵との実力差は明白。
     そのうえ、彼らは作戦上意味をもっていた幾つかの技を使うことが出来なかった。活性化に失敗していたのだ。
    「まずはその足を止めさせてもらうぜ! 行け、晴明印!」
     しかし退く事など出来ないし、勝機が無くなるまでするつもりもない。真人は腰に吊るした霊符を数枚取って印を切り、五芒星の結界で獣の動きを制限する。
     その隙を見逃さず、一樹が前に出た。彼の槍は敵の急所を貫き、回転を与えることで周りの肉を抉り取る。氷の冷たさと鋭さを備えた、炎を穿つ一撃。
     戦力差と火力不足を埋める策は、自己強化と相手の弱体化。問題は、それまでの時間を耐えきることが出来るかどうか。
     闇の深さを増しつつある森に、獣の角が輝く。前衛達の強化を打ち砕くべく、炎の奔流が場に放たれた。
    (「まずい」)
     モーガンが自身に付与した盾が砕かれようとしている。その瞬間、見慣れた桔梗色が彼の眼前に滑り込んだ。――ミーシャ。
    「……やってくれる」
     同じ名の、かつての相棒の姿が重なる。サーヴァントの身代わりによって盾は護られ、いろはと一樹も構えた攻勢を崩さぬよう炎の渦に耐え忍ぶ。
     恐ろしい命中精度を誇る敵に対しては、殲術道具の回避属性もまさに焼け石に水と識る。まだ届かない。圧倒的に。
     燻り続ける火の波間より、燃え盛ったままの人影が跳躍した。今は気弱な少女の面影を完全に封じた、誇り高き紅の剣士。
    「峨峨崎あらずだ。覚えておけ」
     彩一文字を振りぬいて、獣の脳天に斬撃を打ち下ろす。一瞬、花が散るように舞った血飛沫は、獣自身の纏う炎で瞬く間に蒸発した。
    「これだけの力を持った敵さえ下位の一端とはな。一体何を甦らせるつもりだろうか」
     着地した非は再度距離をとりながら呟く。
     後方から戦況を窺っていても、その炎の凄まじさはわかる。『ガイオウガ』と呼ばれるものが果たして何かは、まだ解らない。だがそれが危険な『何か』には違いないと翠は改めて感じる。
     たった一人の、大切な家族の元へ帰れなくなるかもしれない。いざとなればそれでも仲間を護る覚悟で、翠はここに居た。妹だって、今同じように恐ろしい宿敵に立ち向かっているはず。姉として、絶対に背は向けられない。
    「わたしは四月一日さんを回復しますです。――護りをっ」
    「わかった、私は他の人を!」
     同じく回復を担う銀河に声をかけ、翠は祈る。護りの巫女の一途な願いを乗せた符が、いろはの傷を塞いだ。
     物怖じしない眼で獣を見すえる銀河の心を支えているのは、奇しくもやはり、今日違う場所で宿敵と戦っているだろう大切な人への想い。
     彼が二度までも、命懸けで鶴見の獣の凶行を止めるというのなら。そうでなくても、銀河自身の気質が立ち止まる事を許しはしない。護符にありったけの活力を集め、ミーシャ目がけて思い切り投げた。天の川を映すスカーフが風にはためく。
    (「彼のため、そして自分のためにも、負けるわけにも闇堕ちするわけにもいかない!」)
    (「止めるのは、わたしたちの役目ですっ」)
     帰る場所がある。信じる者がいる。皆もそうだろう。
     だから支えることで、彼女たちは闇に抗う。
     実力差ゆえに攻撃は当たり難がったが、スナイパーの真人が真っ先に足止めを狙った事は幸いした。どれ程強い攻撃も、まず当たらねば意味がない。一行はその点をよく理解していた。
     高速演算モードに突入したカイの頭脳が、最も有効な弾道を炎の海の中から導き出す。攻略の鍵は敵の命中と回避を落とすこと。プレッシャーを与えるバスタービームは外すことが出来ない。
    (「一対一の力量差は圧倒的、集団で挑んだとしても侮れない、か……そりゃあ、怖くないって言ったら嘘になる」)
     ライフルを構えた柔和な表情の下に、緊張が走りかける。
    (「――でも、心配は身の毒って言うし?」)
     油断は出来ないし、する心算も更々無い。それでも気負わず、前向きに進むのがカイのいつものやり方だ。
     すっと照準を定める。高いとはいえぬ確率だった。放たれた魔法光線は、それでも敵の喉元を痛烈にとらえた。獣の口からちらりと炎が溢れる。
    「良かった。思いのほか上手くいったよ」
     味方からあがる歓声に、カイは笑みをこぼす。
     たたみかけるように真人が結界を重ねがけ、モーガンと一樹がほぼ同時に地を蹴った。

    ●3
     黒炎と蒼氷の威を漂わせる2人の戦士達は、武器を構え獣へと突進した。
     獣は素早く飛び退こうとしたが、真人の創った結界に足をとられる。一瞬の隙をついて、一樹は冷気を纏った槍をその身にねじ込もうと――。
    「なんてなァ。喰らえやッ!」
     彼の顔つきは、戦闘前とは明らかに違っていた。秀麗な顔ににやりと冷たく挑発的な笑みを浮かべ、振るうのは、槍を握る手の反対側の腕。一樹にシールドで殴りつけられたその矢先、更にモーガンも同様の技で獣の横っ面を力強くぶん殴った。左右からの攻撃の仕上げに、ミーシャが正面から獣へ追突する。
    「お前はここで仕留めねばなるまい。これ以上の炎が待っているというのならば」
     彼らの担う役割は、囮。怒りの矛先をこちらに向かせ、ほかに攻撃が行かないようにすることだ。
     続けざまオーラの拳を叩きこんだ非が、皆に注意を促す。
     灼熱の雨が再び、前衛全体に降り注ぐ。
     鞘に収めたままのいろはの愛刀が、獣の胸元にずぐりと埋まる。引き抜けば血の代わりに黒い影が溢れた。
     まだ体力に若干余裕を残すいろはは、横目で仲間の様子を窺う。このまま暫く戦いが続けば、体力の低い者から順に倒れる。そうなれば分が悪い。
    「そろそろ、仕掛けたほうがよさそうかもね」
    「合点だ。いくぜ『カグツチ』!」
     火の神の名を冠する、炎によく似たサイキックソードを構え、あらぬ熱を持った北風に抗うように真人は駆けた。彼の手の中でカグツチの光が弾け、腕全体を覆うほどの炎が溢れる。
    「あ、危ないのですよーっ」
     翠が驚いて目を丸くしたのは、彼が獣の口めがけて跳んだからだ。
    「いくら表面が堅かろうが内部からは効くだろ? 古来からのお約束だぜ!」
     これが無謀ともいえる特攻の答え――真人は敵の口内に自ら腕を突っ込むと、武器に宿した炎を一気に爆発させた。母神すら焼いたと言われる迦具土の火は、偽りの神獣にも裁きの炎を点す。
     攻撃の手も休めることが出来ず、幾度も荒れ狂う炎を浴びながらも、灼滅者たちはけして獣を逃がさぬよう決死で敵を囲んだ。
     ――間に合わない。
     汗ばむ掌で護符をくしゃくしゃに握りしめ、銀河が悔しげに歯を食いしばった。
     与えた怒りが招いたのは、2人を同時に巻き込む列攻撃が前衛に集中する、という事態。
     いろはや非にも攻撃は及び、結果的に中後衛を直接狙われるより敵の攻撃回数を増やしてしまった。
     胸を焼くような熱さが走る。その痛みの名は、絶望。
    「ミーシャ!!」
     回復の手が足りず、限界を迎えた友が炎の中へ消える。モーガンは一瞬茫然とし――静かな怒りとやるせなさを宿した眼で、獣を強く睨み付けた。
     武骨なチェーンソー剣の刃が、慟哭するような高く激しい唸りを上げ、獣の傷を深く深く切り裂いた。
     こんな所で屈するわけにはいかない。闇の炎は今日も、誰かの愛する者を奪うだろう。一時的にであれミーシャが消えた事が、モーガンの闘志を奮い立たせた。
     獣の怒りがモーガンへ向く。角を突きだし、獣は神速で突進した。単体攻撃は列攻撃よりも痛い――やられる。
     滑り込んだのは、非だ。
     鋭い角は少女の柔らかい腹を無情に突き破り、傷口を激しく炎上させた。蒸気と化した血が傷口から、口から溢れて、天に昇る。その一瞬を、誰もが絶望的な眼で捉えた。
    「……。この場に集まった中で、私は一番、弱い」
     崩れ落ちそうな身体を彩一文字で支え、それでも非は微かに笑った。
     最後の最後まで、流れる血が一滴残らず燃え尽きるまで、『あらず』が燃え尽きるまで、皆の為に戦うと決めた。
     傷から上げた炎で闇が遠のくなら。僅かでも勝つ可能性が高まるなら。この身など喜んで投げ打ってくれる。抑えていた怒りと歓喜が、溢れだす。最後の力で非は叫ぶ。
    「――諦めるな!!」
     もしこれで決まらなければ崩れ出す。
     だが残る者全員で総攻撃を仕掛ければ、或いは。
     そんな際どいタイミングだった。
    「麒麟。キミに知性が在るかは判らないけど……此処でお仕舞いだよ」
     同じ剣豪の誇りは無駄にしない。決死の思いで剣士が切り開いた道を繋ぐのは、将軍たる少女の矜持。
     いろはの姿が消えた。
     いや、消えたように見えた。一瞬で獣までの距離を詰めた彼女は、跳躍しながら空中で抜刀する。化生を滅する銀の刀は炎の橙に耀き、刹那、獣の角をかすめて額を割った。
     着地したいろはの刀が既に鞘に収まっていることを認める余裕もなく、皆がいろはに続けと最後の猛攻をかける。
     賭けだった。誰かが攻撃を外せば、立て直せるかわからない。

    「皆さんを、守ってくださいっ。つむじかぜっ!」
     翠が笑顔を忘れて夢中で印を結ぶ。
    「終わらせてみせるよ。絶対にだ」
     カイがはやる思いを抑え、死角から獣を貫く。
    「こんな不愉快な雨は、もう終いにせねばな」
     モーガンの怒りの剣が傷口をなぞる。
    「てめぇ、いい加減に燃え尽きやがれ!」
     真人の熱い思いが炎となり燃え上がる。
    「俺の氷は、お前の炎では溶けん」
     一樹は最後まで不敵に笑むと、氷の槍で獣の命を削り取った。

     これが最後だ。銀河は深く息を吸い込み、白い銃を担ぎ上げる。
     これが、皆で繋いできた希望のゆくえ。
     放たれた蒼い光が流星のように森を滑るのを、皆は各々の思いをかかえて見送った。
     一月の無情の雨を切り裂いて、星は炎獣に追突する。
     一際大きな獣の咆哮と共に、太陽のように眩い光と、熱が弾ける。
     ――こんな私でも、少しでも役に立てただろうか。
     目のくらむ光を浴びながらも、銀河は前を向き続ける。最後の仕事を果たすために。
     冷たい冬の風が、灼滅者たちの上気した頬を撫でる。
     恐るべき偽りの神獣は、普通のイフリートとなんら変わりなくその姿を闇に散らして、果てた。

    作者:日暮ひかり 重傷:峨峨崎・非(終焉リンネ・d06993) 
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年1月16日
    難度:やや難
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 11/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 4
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