楔を喰らう炎獣～白き地に、その赤が

■リプレイ

●現れ
　ザクザクザク。真新しい雪を踏みしめる音が響く。暗い公園の中で、ゾンビ達が徘徊していた。
　さて、公園近くの雪の山の影に灼滅者達は潜んでいる。
「今回の標的は暴走イフリート……炎獣ですね」
　月見里・无凱（深淵ノ奇術師・d03837）がつぶやいた。
「イフリートの同時襲撃かぁ。こんだけ統率されてたら群れのボスが居そうな感じだよな」
　答えるように上代・椿（焔血・d02387）が返す。
　目的はダークネスの捕食か倒す事で力を蓄える事と言う感じだろうか。それとも、この行動自体に意味があるのだろうか？
　椿の疑問に、无凱が言葉を重ねる。
「炎獣共は何を呼び起こそうとしてるんだ？」
　公園に変化はない。
「イフリート……何を企んでるか知らないけど絶対阻止しないとね……」
　被害が出る前になんとかして灼滅しちゃわないと、と廿楽・燈（すろーらいふがーる・d08173）は言う。
「何にせよ逃がしたら被害が広がるのは目に見えてるからな」
　椿の言葉に、皆が頷いた。
　吐く息は白いが、身体が冷え込むほどではない。カイロや暖かい上着などで適度に防寒対策をしているおかげだ。
　その場所から少し離れた木の影に、二匹の犬の影が見える。
　胡麻本・愛（ラジオっ娘・d11864）と薬袋・えん（一縷の紅蝶・d00210）だ。二人共、寒さ対策と身を潜める事を兼ねて犬に変身していた。
　『強大な存在』とは、詳しいことはよくわからないが、まずいことになったと思う。
　愛はそっと公園の様子をうかがった。
　まだ動きはない。ゾンビ達はどこを目指すわけでもなく、ただグルグルと公園内を徘徊しているようだ。
　えんも同じように公園を見ていた。
「やれやれ、いふりーと殿には早々にご退場願いたいのじゃが……」
　皆、やらなければならない、と、力みすぎて無ければよいのう。と、えんは静かに、誰にも聞こえないような声でつぶやいた。
　更に公園近くには近江谷・由衛（朧燈籠・d02564）と吉沢・昴（ダブルフェイス・d09361）の姿がある。
「……」
　由衛は静かに公園を見ていた。ともすれば、どこかぼんやりしている印象を与える。それは、緊張からそれとも別の感情か。
　気遣うように昴が声をかけた。
「終わったら、美味い飯でも食って帰ろうぜ」
　気軽な話題で、すこしでも緊張がほぐれたらと思う。
　由衛は昴の思いに気が付いたのか、微かにうなずきを返した。
「それと、コレ、サンキューな」
　昴が手にしているのは、由衛から手渡された靴下用の使い捨てカイロだ。
「……。足元から、冷えが来るから」
　一応念のためにと全員分用意したのだ。
　昴は寒さ対策に白金触媒式カイロを携帯しているが、もらったカイロもありがたく使わせてもらう。仲間の思いやりが嬉しいと思った。
　そのすぐそばで、緒方・宗一郎（月影の魔術師・d00117）が箒の準備をしていた。
　箒にライトを付けて飛べば、光源になるだろう。
　公園の外灯では、やはり心もとない。
　ゾンビ達に気付かれぬよう、静かに最終チェックを行う。
　と、その時。
　周辺の空気が凍りついた。
　いや、潜んでいる灼滅者達が一斉に静まり返ったのだ。
　轟音が、降ってくる。
「オオオオオオオォォォォォッ」
　一瞬だった。
　炎の塊が、徘徊していた一体のゾンビを踏み砕いた。ゾンビは音もなく崩れ去る。
　塊、いや、獣の形をしたソレは、止まらない。
　着地したかと思うと、すぐさま近くのゾンビに襲いかかった。
「……ァ……」
　首に噛み付かれ、ゾンビが不気味に震える。
　炎の獣……イフリートは、なんの躊躇もなくゾンビを噛み砕いた。
　瞬間の嫌な音が耳に残る。
　だが蹂躙は終わらない。
「オォォォォ、アアアアアア」
　イフリートが吠え、炎がゾンビを捉えた。
　ゾンビが燃える。
　瞬きをしていたら見逃していただろう。息を吸えば聞き逃していたのかもしれない。
　イフリートは、現れたと思った時にはゾンビを三体撃破していた。
「あれがイフリートですか……。厄介そうですが同時に浪漫がありそうですねぇ」
　宗一郎が、たまった息を吐き出すように呟いた。

●輝き
　ゾンビが消え、イフリートだけが残った。
　それを確認し灼滅者達が公園の広場に飛び出す。
「夕飯は食べたかい？　……それじゃ、二回戦だよ」
　愛がするりと変身を解き、ギターを構えメディックの位置についた。
　イフリートは動かない。
　値踏みするように、現れた灼滅者達をちらりと見ただけだ。
　そこに、パチンと音が響く。无凱が眼鏡を外し虚空に投げ、指を鳴らしたのだ。
　无凱は両手にオーラを集中させ、イフリートめがけて放出した。
　合わせるように、椿が冷気のつららを撃ち出す。
　无凱はクラッシャー、椿はディフェンダーの配置につく。
「ゥゥゥゥゥ……」
　イフリートが唸り声を上げた。それと同時に、イフリートが纏う炎が勢いを増す。
「さてと、イフリートさん……覚悟！」
　広場に出た燈は武器を構えクラッシャーの位置に急ぐ。
　防寒のために着ていたロングジャケットを脱ぎ捨て、同じく昴もクラッシャーの位置についた。
　しかし、イフリートはまだ一番広い場所には来ない。
「……行くよ」
　それを見た由衛が、黒い波動をイフリートに向ける。ぐっと大鎌を握りしめ、ジャマーを位置取った。
「アァ……グアァァァァァァァ」
　三度攻撃を受け、突如イフリートが吠えた。
　前足に力を込め、身体を低くする。
「流石に、気合いを入れぬわけにはいかぬのう」
　その時、えんが変身を解きこおりさん（霊犬）を伴い広場に現れた。こおりさんはディフェンダー、自身はスナイパーの位置だ。
「グアアアアッ」
　イフリートが跳躍する。
　それと同時に、ふわりと、広場に明かりが降り注いだ。
「戦場への灯りは私が灯しましょう。皆さんは前を！」
　宗一郎が箒に乗って飛ぶ。その先端には、器用にライトが取り付けられていた。
　光源を反射させたのか、それとも炎の輝きか。
　イフリートの瞳がらんらんと光った。
「アァァァァァァァッ」
　一気に間合いを詰め広場に躍り出たイフリートは、間をおかず前足を振り下ろす。
　灼滅者達をなぎ払うように、炎が勢い良く踊った。
　椿の腕に无凱の足に、燈と昴の身体に、炎が叩きつけられる。焼かれるというより、強烈な何かでかち割られるというような感触。受け流すことも回避することもできなかった。
「でも、どんなに強敵でも……！」
　倒れるわけにも、引くわけにも行かない。まだ戦いは始まったばかりだ。
　高鳴る胸の鼓動を抑え込み、燈は怯むことなく薙刀を突き出す。
　螺旋の如き捻りを加え、イフリートを穿った。
「ッ……グァアアア」
　体の側面を突かれ、すぐさまイフリートが距離を取る。
　しかし、それを昴が許さない。
　雪面を駆け跳ね上がり、更にもう一度空中を蹴りイフリートを飛び越える。
　すれ違いざま、刀で急所を狙った。
　その顔には、戦い前の明るい表情はどこにもない。ただ冷たくイフリートを見据え、刀を向ける。
　次いで、由衛の鋼糸がイフリートに絡みつく。由衛の足元は雪が踏み固められていた。仲間の攻撃を見ながら、タイミングを見計らい足場を整えたのだ。他の仲間も滑り止めの靴を履いているので雪を踏み固めても滑ることはないはずだ。深い雪に足を取られるより安心できる。
　少しでも戦いを有利に。その思いは愛も同じだ。巧みなギターテクニックでイフリートを殴りつけ、イフリートの回復を妨害する。
　仲間が攻撃を重ねる一方で、宗一郎は傷ついた无凱を回復していた。
　えんは椿に向けて護符を飛ばし、守りを固めている。
「オオオォォォォォッ」
　灼滅者達の攻撃をうけても、イフリートの咆哮は衰えない。
　イフリートの身体から吹き出す炎が、勢いを増して愛に迫った。
「……っ！」
　避け切れない。
　直撃を覚悟したが、炎を受けたのは間に割って入った椿だった。叩きつけられる炎が、椿の体力を抉り取る。
「……ありがとう。助かったよ」
　愛はすぐさま、盾となるよう光輪を小さく分裂させ椿の傷を癒した。
「どういたしまして。引き続き、回復よろしくな」
　椿の言葉に愛が頷く。
　あの炎を自分がまともに食らっていたら、立ち上がることが出来なかったかもしれない。愛は改めて目の前のイフリートの力を感じた。

●唸って
「グォォォッ」
　イフリートが吠え、炎が踊る。その度、激しい炎が灼滅者達に襲いかかった。
　灼滅者とイフリートの攻防は続く。
　炎を避けるように走りながら、无凱が影を膨らませる。伸びた影はイフリートを捕食するように飲み込んだ。
　しかし、それも一瞬。
「流石に、一筋縄ではいきませんか」
　无凱の言葉と同時に、影の内側が爆ぜる。
「グォォォォォ」
　影を振り払うようにイフリートが跳躍した。
　イフリートの前足に再び炎が集約し、激しい炎の奔流が前衛の四人に襲いかかる。
「……う」
　まだ倒れるわけにはいかない。だが、蓄積した痛みが昴を蝕んでいく。それは无凱や燈も同じで、気を抜けば膝をついてしまいそうだ。
　そこへ、優しい風が降り注いだ。
「皆さんを倒させはしませんよ！　我が魔の力に賭けて！」
　宗一郎が上空から皆を癒す。
　幸い、イフリートは宗一郎を標的にはしていない。
　敵との距離を保ちながら、宗一郎は戦場を照らし皆を癒し続けた。
　だが、イフリートの炎は凄まじく、一度の回復ではすべてをカバーしきれない。
　癒されどうにか一人で立っていられるが、攻撃に転じる力が足りない気がする。
　无凱は後で控えている愛へ合図を送った。
「しっかり……、まだ行けるわよねぇ？」
　すでに把握していたのか、愛の小光輪が无凱を囲み、守るように傷を癒していく。
「やれやれ、しぶといのう」
　えんが呟き、符を構えた。
　味方の回復の間、イフリートの注意を逸らしたい。
　えんの放った符がイフリートを惑わせるように舞う。
　一瞬立ち止まった敵に向けて、こおりさんが斬魔刀を振り下ろした。
　ふらりと、イフリートの身体が傾ぐ。
　目に見えて衰退しているわけではないが、イフリートも傷を負っているのだろう。
「そこ……！」
　由衛は鎌を振り下ろした。
　イフリートの炎が少し鈍った気がする。
「グァアアアアアアアアアア」
　だが、イフリートは倒れない。
　自身を鼓舞するように吠え、その背中から炎の翼が現出した。
　炎の翼に抱かれ、イフリートが身体を起こす。
　その光景を見ても、燈の心が折れることはなかった。
「まだ、まだ行けるよ……！」
　燈の瞳が妖しく光る。
　傷を癒しながら、しっかりと薙刀をイフリートへ向ける。
「だよな、もうひと踏ん張り、行けるか」
　椿が霧を展開させ、仲間の傷を回復させる。
　イフリートは回復手段を取ってきた。ということは、それだけ敵も傷ついているのだと思う。

●消えていく
　イフリートが再び炎を集め始めた。
　次の攻撃を待ってはいけないと思う。
　燈は勢い良く薙刀から出た冷気のつららをイフリートに叩きつけた。
　たたみかけるように、椿が炎を纏った武器を振り下ろす。
「……グァ……アァァ」
　まとわり付く氷に触れイフリートが苦しげに悶えた。
　それを見逃すはずがない。
　昴がすぐに判断し、イフリートの間合いに飛び込む。
　柄に収まった刀の感触を確かめ、一気に抜刀した。
　しっかりと、身体を断ち切る感触。それが致命傷になったのだと、分かった。
「……もう沈め」
　昴の言葉を最後に、イフリートの炎は消えて行った。
　少しずつ、その躯も消失していく。
「…………ァ……」
　後はすべて無くなるだけ。
　最後に一つ、イフリートの呻きが聞こえた気がした。
　気づけば降り積もっていた雪は踏み固められ、溶け出し、辺りは泥にまみれた雪で濁っている。
　最後の瞬間は誰も声を発しなかった。
　公園に、静けさが戻る。
　さくさくと、雪を踏み分け由衛が歩きはじめた。
　公園の隅に設置されている遊具を確認する。激しい戦闘だったが、傷付いた物はないようだ。由衛はそれを確認しほんの僅かに安堵の表情を浮かべた。
「これで終わり、かねぇ？」
　愛は消えて行ったイフリートの居た場所を確認し、独りごちる。
「それはそれとして、北海道か……ホタテ食べたいねぇ……」
　次に、振り向きながら皆の様子を見た。
「ソレ、いいな。行こうぜ」
　昴が片手を上げる。
　脱ぎ捨てたジャケットは回収したが、しばらく歩けそうにない。
　回りも同じような有様だった。
　負った傷は、もうじき元に戻るだろう。
　だがしかし……。
　辛くも撃破はしたが、この度のイフリートは思った以上に強敵だった。
　灼滅者達は複雑な思いを胸に、帰路へついた。

作者：陵かなめ	重傷：なし 死亡：なし 闇堕ち：なし
種類： 公開：2013年1月16日 難度：やや難 参加：8人 結果：成功！
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