楔を喰らう炎獣～赤と黒

■リプレイ

●スタンバイ
「イフリートか、相手にとって不足はない。熱さでは負けへんで」
　気炎を上げているのは、東当・悟（紅蓮の翼・d00662）だ。ファイアブラッドのルーツを持つ彼にとって、イフリートは宿敵。気合も入ろうというものだろう。
「放っておいたらどんな被害が出るかわからない。絶対にここで止めてやらないとね」
　姫城・しずく（アニマルキングダム・d00121）が言った。足元にはすでに霊犬のジンが控えている。いつターゲットが出てきてもいいよう、灼滅者たちは最初から戦闘態勢で準備していた。
「一般人にも被害が出るなら、動かないわけにはいかないわね」
「ええ。強大な存在とやらには、ずっと眠っていてもらうのよ」
　神薙・弥影（月喰み・d00714）が続けると、オデット・ロレーヌ（スワンブレイク・d02232）がきっぱりと口にした。静野・奈津姫（金髪隻眼の暗殺者・d10424）も、うなずいて同意を示す。
「ああ。今回は辛い戦いになるかもしれないが、一番大事なのは、全員が無事に帰ることだ。誰も欠けずに、皆で帰ろう」
　そうまとめたのはベル・リッチモンド（マクガフィン・d10631）。彼と弥影、オデットの三人は、事前に下見を行い、隠れ場所やいざというときの退路を確保している。素早く全員で情報を共有した。
　グループに分かれて隠れ場所に向かう間際、奈津姫はベルにぎゅっと抱き着いた。大好きな恋人に少しだけ元気を分けてもらうために。
　一瞬だけ抱擁を交わした後、すばやく身をひるがえして奈津姫は走り去る。同じ隠れ場所を割り当てられたリュシール・オーギュスト（お姉ちゃんだから！・d04213）と、遠野・守（我がままにワガママを・d03853）がそれに続いた。
　全員が身を隠してさほど経たないうちに、曇った冬の夜空から、ぼったりとした大粒の雪が降り始めた。

●イグニッション
（「あぁ、素になれるのも久々だぜ」）
　戦っているときだけは昔のままに振る舞える。山型に積み上げた建材の後ろに腰かけて待ちながら、守は戦いの予感に高揚していた。
（「それに知り合いが持ってきた情報だ。有効活用しねぇとな」）
　クラブ仲間である情報提供者を思い浮かべる守。
　その横では、リュシールがじっと耳を澄ませている。音楽家の卵としての聴覚を尽くして、ゾンビの出現を待っているのだった。
　雪はさほどひどくないものの、少しずつ地面を白く染めていく。吐く息の白さで自分たちの存在が知れないよう、灼滅者たちはそれぞれに気を遣いながら息をひそめた。

　さく、さく……
　ずっと続くかと思った沈黙を、ごく小さな足音が破る。ゾンビが出てきたのだ。
（「これは……一体目」）
　リュシールは全身を耳にしてじっと聞き入る。
（「……二体目」）
　リュシール、そして彼女に教えらえた奈津姫はそっと建材の陰から顔をのぞかせる。まりんの言った通り、主人から見放されたかはぐれたかしたゾンビのようだった。何をするでもなく、うろうろと足跡を残して歩き回っている。
　三体目が現れた。と、思った途端、そこに濃い影が落ちた。思わず上を確認しようとして思い出す。今は夜だ。
　影ではない。一瞬にして雪が解けたのだ。
　――――ドン！！
　理解した瞬間に、地面が揺れるように響いた。フェンスを飛び越えて現れた『それ』が着地した衝撃だった。
　イフリート。炎の魔物。
　獅子を思わせるその身体は見上げるような巨体だった。四肢は丸太のように太く、それでいて漆黒の毛皮の下にはしなやかな筋肉の存在を感じさせる。
　火でできたたてがみに縁どられた顔。両の眼はまさに燃える瞳だった。ゾンビたちはうろたえたように身を寄せ合う。イフリートはそれを一瞥すると、びっしりと牙の生えた口を開く。火を吐いた。
　次の瞬間には、ゾンビは跡形もなく消えていた。
（「すごい……」）
　灼滅者たちは息をのむしかない。強い個体だとまりんが言っていたその意味がよくわかる。ゾンビたちは一瞬にして焼き尽くされ、肉体は灼滅によって消滅したのだ。
『グゥル……』
　イフリートは満足げな唸り声を上げる。首魁に命じられた役目を果たすために立ち去ろうとした。しかし。
　急激に周囲が白く凍りついた。いち早く驚きから立ち直った奈津姫が放った、冷気の一撃だ。堰を切ったように、呼応した灼滅者たちが一気に飛び出した。
　走りながらベルが引き金を引いた。衝撃は軽かったが、イフリートが驚きひるんだ隙にWOKシールドをかざした弥影が身体ごとぶつかる。一声吠えて、イフリートは彼女を押し戻した。
　その時にはすでに灼滅者たちはイフリートを包囲する陣形を組んでいる。
「アラビアンナイトの時代から、イフリートは悪事を働いていたわね。でもこれ以上は許さないわ」
　オデットが宣言する。獣の眼に、苛立ちのようなものが浮かんだ。
「キミを鶴見岳には帰らせないよ。ここで倒す」
　しずくが向けた銃口から、影を固めたように黒い銃弾が打ち出される。イフリートの肩に命中し、毒をまき散らして弾けた。同時にリュシールとオデットの繰り出す激しい音波と、守の炎が炸裂する。
『ガアッ！』
　怒って吠える巨獣が、首を大きく左右に振り、弥影を弾き飛ばす。決して大柄ではない少女の身体は宙に舞った。受け身を取り、数メートル地面を滑ってようやく止まる。すぐに立ち上がったものの、たてがみから燃え移った炎が身体にまとわりついて離れない。
　後衛から見ていたしずくがすかさず指示を飛ばす。
「ジン、回復を！」
　駆け寄った霊犬の澄んだ瞳が弥影の顔を覗き込んだ。瞳を合わせると身体の内部の熱と痛みが和らぎ、炎が消えた。
「ありがとう。――流石強敵、攻撃が重いわね」
「強敵だが、やるしかない。落ち着いて作戦通りに行こう」
　再度射撃を繰り出しながらベルが言った。弾丸を追いかけるように、シールドを展開したリュシールが体当たりを喰らわせる。
　息もつかせず、つぎつぎにサイキックが撃ち込まれていく。

●フルスロットル
「『レーヴァテイン』だ、頼む！」
　ディフェンダーのリュシールと弥影がイフリートの怒りを誘い、攻撃を受け止め続けている。それをフォローするのはメディックのオデットとジン、そして中衛の守とベルだ。
「了解、すぐに消してやる」
　クラッシャーの奈津姫を含めた前衛を炎が舐めていったのを、手分けしてすばやく癒していく。
「そら、次はこっちを喰らえ、や！」
「攻撃続行、手は緩めない」
　オーラで固めた悟の拳と、黒い気配を染み込ませた奈津姫のナイフが立て続けに決まる。
『グアアァ！』
　イフリートが、初めて怒りや威嚇ではなく、苦痛から出る声を上げた。
　効いている。このまま攻撃を続ければ勝機が見えると、灼滅者たちが思ったとき、それは起こった。
『グゥ……グルルルゥ……』
　牙の隙間から、唸り声とともにオレンジ色の光が漏れている。口腔内に灼熱を練り上げているのだ。
『ガアアアアアアァァァ！！！』
　そして一気に吐き出した。前衛の三人が一瞬にして炎に呑まれる。
「―――――！！」
　中・後衛陣の耳に、少女たちの悲鳴が聞こえた。予想以上の威力に、灼滅者の身でも耐えきれず声を上げてしまうほどの苦痛が襲っているのだ。血の気が引いた。
　炎の中にかろうじて見える前衛三人のシルエット。その中のひとつが崩れ落ちる。他の二人と違い、防御よりも攻撃に力点を置いている奈津姫だった。
「奈津姫！　くっ」
　恋人の倒れた姿にベルは一瞬だけ動揺を見せた。しかし次の瞬間には振り切るように引き金を引く。
「この……！」
　さらに、しずくのガトリングから無数のエナジーの弾がぶち込まれる。
　が、火を吐き終わってもイフリートはまだ止まらない。わずかに後退して一度前足で地面をひっかき勢いをつけた。全身から炎を噴き出させ、突進してくる。
　灼熱の巨体が飛び込んでくる。残りふたりの前衛が倒れれば総崩れになりかねない。
　撤退？　敗北？
　それとも……？　灼滅者の幾人かの脳裏をかすめるのは――昏い誘惑。
　心の奥深くから誘いかける。冷たい闇の手が、濁った影が、底なしの貪欲が、果てない暴力衝動が、どす黒い炎が――――。
「止めるわ。――リュシールさん」
「は、はいっ！」
　落ち着いた弥影の声が、全員を現実に引き戻す。盾から力場を展開した。同じディフェンダーのリュシールもそれに倣う。
　自らイフリートの前に飛び出すふたりに炎の塊が突っ込んだ。巨体を真正面から受けとめて、踏みとどまる。
「う、ぐっ……」
　ぶつかった瞬間、吹き上がった炎に弥影とリュシールは包まれる。半端でなく熱い。
「こ、のぉおおおおっ！」
　ふたりは呼吸を合わせ、同時にシールドの力場で巨体を押し返した。反動で弾き飛ばされ、もつれて転がっていく。
「ようやってくれた！　貫き通すで！」
　中衛から悟が飛び出す。イフリートが体勢を立てなおす時間を与えず高くジャンプした。
（「撤退はせん、最後まで戦って倒す！」）
　落下する勢いに任せ、黒い背中に刃先をねじり込む。
『グア……ガ……アアアァァァ！！』
　イフリートが苦悶に身をよじり、悟は振り落とされる。地面を一回転して素早く立ち上がった。
　――そしてもうひとつ、跳躍する姿がある。
「……生きて帰るために行動する」
　冷静につぶやきながら解体ナイフの刃をひらめかせるのは、奈津姫だった。
　勝利と生存への強い意志が肉体の限界を凌駕し、起き上がっていたのだ。イフリートの皮膚を破き、燃える返り血を散らしながら着地する。その姿に、オデットが思わずほっとしたように息をついた。
「よかった……」
「こっちも平気ですっ……！」
　転がされていたディフェンダーふたりも、ぼろぼろの身をそれでも起こそうとしていた。リュシールが叫ぶ。
「まだまだ行けます、攻撃しましょう！」
「わかった、行くよ、ジン！」
　リュシールの声に、ここは押すべきとみてガトリングガンを振りかぶりながらしずくが突進する。
　その間に弥影とリュシールは起き上がった。再びイフリートの前に立ちふさがるふたりを追いかけるように、オデットが癒しの旋律をかき鳴らす。傷は完全にはふさがらないが、今は畳み掛けるときだ。もうひとりのメディックである霊犬ジンはしずくに続いて前進する。
「キミを放っておくと後が面倒だから、倒れて！」
　まとわりつかせた影を思い切り打ちつけると、イフリートが獣の悲鳴を上げた。続いて、ジンの刃も斬りつけた。
「こっちに来なさい、ワンちゃん！」
　リュシールによって怒りを与えられているイフリートは挑発に乗せられる。燃える前足が振り回された。ぶつかってくる質量に再度弾き飛ばされるも、膝は付かず、踏みとどまってリュシールは相手を睨みつける。
「っ、自慢の攻撃力はこの程度？！　全然痛くないわよ、へなちょこワンワンっ……！」
「オデット、引き続き回復を頼む。一気に行くぞ」
「わかったわ」
　ベルと素早く言葉を交わしながらオデットは自らの力を符に変え、そのままリュシールに放ち、癒していく。
「ありがとう、オデットさん！」
「イフリートの煉獄に負けないで！　このまま畳み掛けて」
「合点承知や！　ジリ貧になる前に押し切るで！」
　威勢よく応え、悟が斬り込んでいく。その横を、ベルのガンナイフから射出された光弾がかすめて飛んで行った。足元に着弾したその瞬間悟が胸元に飛び込んだ。
「ワイの炎で――炎に還れ！」
『ギャイン！』
　灼熱の刃で切り裂かれてイフリートは犬のような悲鳴を上げた。
「かげろう……食い破るのよ」
　弥影がかげろうと名付けた黒い影が、獣のように疾駆した。イフリートの足元からまとわりつき、その肉体を苛む。
『グア……グァ、ガア……』
「次はこれだ……」
　守の声に応えるように、周囲に浮かぶリングスラッシャーが燃えあがった。
「お前も焼かれろ、イフリート」
　守が高々と上げた手を振り下ろすと同時に、たくさんの炎の輪が叩き込まれる。
『ギャアァ！』
「そろそろ――決める」
　絶叫するイフリートの懐に、滑るように奈津姫が入り込む。獣の胸元を横薙ぎに切り裂いた。燃える血液が飛び散り、悲鳴がひときわ甲高く響く。
『ギャイン！　グア、ギャ……ァ』
　ズン、と地響きを立てて巨体は倒れた。奈津姫は素早く飛び退く。
　地面に倒れ伏すと同時にイフリートの身体は燃え尽き始めた。
　灼滅者たちが見守るうちに、炎はどんどん小さくなっていった。火が消えると、イフリートの肉体は跡形もなく消滅し、地面の焦げ跡だけが残った。

●クールダウン
「奈津姫、無事か」
　戦闘中は冷静に抑えていたベルが心配をあらわにする。奈津姫ははにかみながら微笑みを返した。
「皆、大丈夫？」
「平気です。オデットさんたちがしっかり治してくれていましたから」
　互いの無事を確かめ合う。特に前衛の三人はボロボロもいいところだったが、立てないほどの者はいなかった。
「あー、さすがにキツかったなあ」
　飴を口に放り込みながら悟が口にした。甘みをしみじみと味わう。平穏の味だ。
「一時はどうなることかと思ったけど……立て直せたからね」
　しずくの言うとおりだった。一同はほっと息をつく。
　工事現場の外へ出ると、街は白く薄化粧していた。
「そういえば、雪が降っていたんだったな」
　守が薄く笑った。気づかないうちに降雪は止み、積もっていた雪もイフリートの熱で跡形もなく消えてしまったので、戦っているうちに雪のことを忘れていたのだ。
　他の灼滅者たちも、肩の力を抜いた。
　それぞれに笑みを交わすと少年少女たちは歩き出した。朝には消えてしまうだろう足跡が、その後ろに続いていた。

作者：夏河まなせ	重傷：なし 死亡：なし 闇堕ち：なし
種類： 公開：2013年1月16日 難度：やや難 参加：8人 結果：成功！
得票：格好よかった 13／感動した 0／素敵だった 0／キャラが大事にされていた 1
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