楔を喰らう炎獣～吹雪を掻き消す灼熱の嵐

■リプレイ

●吹雪の終わり
　ある雪山の裾野で、既に戦端は切り開かれていた。
　周囲の空模様は穏やかなのに、その一帯だけが吹雪いている。
　ごく局所的な現象を引き起こしているのは、その中心に立つ存在だった。
　――都市伝説・雪女。
　幽霊然とした、着物の美しい女性の身を引き裂かんと、炎を纏った鋭い爪で襲い掛かるのは、象程もある大きな体躯のイフリートだ。
（「楔、ですか……」）
　どんどん押されていく雪女の姿に、春原・雪花（中学生神薙使い・d06010）は胸の前に重ねた手に思わず力を込めてしまう。
　普段はほんわかした雰囲気を纏う彼女も、今ばかりは緊迫の只中。
　封印されたモノの正体は計り知れないが、その目覚めに関わる事件は阻止しなければと決意を強めた。
　二つの力がぶつかり合う様を、雪の積もった茂みの奥から固唾を呑んで見守る灼滅者達は皆、雪の積もった場所でも動き易いよう雪上を歩くのに適した長靴やブーツ、藁で編んだ靴などで足元を固めている。
　吐く息は白いが、幸い距離と位置的にターゲットからは見えないようだ。
（「また大変なことになりましたね」）
　柳・真夜（自覚なき逸般人・d00798）は微かに嘆息した。
　これと同様の事件が全国で起きていて、放置すればもっと大事になると言われれば、今どうにかするしかないのは明白だ。
　唇を引き結び、そっと祖母に作り方を教えて貰ったという藁靴の具合を確かめる。
　自称一般人の彼女としては荷が重い任ではあるが、立ち向かわなければならない。
　坂守・珠緒（紅燐の桜守・d01979）は炎獣の雄姿を通して、朧な影に思いを馳せていた。
　自らのバベルの鎖が感じ取ったかのような、あの感覚。
　けれど今は目前の強敵に集中しなければ、と軽く頭を振った。
　緊迫する仲間達を見回し、エステル・アスピヴァーラ（紅雪舞のピエニアールヴ・d00821）はほんわりと首を傾げる。
（「むいー、イフリートはなんで山奥にばかりでるのかなぁ？　わんこみたいだからやまでかけまわるのかな？」）
　体躯の大きなイフリートが駆け回るには、ごみごみとした都会は狭いのかも知れない……と納得し掛けたところで、よろめく雪女の胴に大きく口を開いた獣の鋭い牙が食い込んだ。
　血飛沫は飛ばないが、動物の捕食シーンを見ているようで、思わず目を瞑ってしまう者もいた。
（「早い……」）
　天塚・箕角（天上の剣・d00091）は大きな金の瞳を揺らす。
（「多少ダメージ与えてくれるくらいは期待しても……と思ったのに」）
　雪女を喰らい尽くすように止めを刺すと、炎獣は無傷も同然の体でゆっくりと上体を起こした。
（「あんなのと戦うんだ……」）
　肩を強張らせた源野・晶子（うっかりライダー・d00352）は、知らないうちに強く歯を食い縛っていた。
　初めての宿敵との戦いを思い、ここに来るまでの間も口数は極端に減っていたけれど、その戦いぶりを目の当たりにして緊張感はいや増すばかり。
　そんな彼女の肩に、そっと触れる感触。
　見遣ればその手の主、川西・楽多（リトルウォッチドッグ・d03773）が目を細める。
（「楽くん……」）
　視線を交わした少女の目が、ちょっとうるっとした。
　少年のもう一方の手には、晶子がくれたお守りが握り締められていた。
　これがあれば絶対大丈夫、心の奥から湧き上がってくる想いが彼を奮い立たせてくれる。
「（必ず、皆で無事に帰りましょう）」
　少年の囁きに、晶子も皆も、小さく頷き合って腰を上げる。
（「うーん、別府で灼滅したイフリートはこれでもかってくらい弱っちかったですけど、今回も同じつもりでいると返り討ちにされちゃいますよね」）
　双眼鏡をしまう代わりにスレイヤーカードをポケットから出しながら、華宮・紅緋（クリムゾンハートビート・d01389）は紅い瞳を軽く伏して思索を巡らすが、すぐに仲間達ににこっと笑い掛けた。
「（気合いを入れていきましょー！）」
　さあ、時は来た。
　あの獣が立ち去る前に仕掛け、仕留める為に。
　灼滅者達は雪の上を駆け出した。

●雪上の戦い
　茂みから飛び出してきた少年少女の姿は、すぐに炎獣も気付いたようだった。
　一斉に深雪に足跡を刻んでいく灼滅者達に、イフリートは向き直る。
「――これより『灼滅』を開始します」
　走りながら紅緋がすっと目の前にカードを翳すと、殲術道具が解放される。
「柳真夜、いざ参ります」
　忍者のような無駄のない身のこなしで、真夜はカードを掲げた。
「暁に熾きろ」
　珠緒も凛とした声を響かせ、武具を纏う。
　殲術道具に身を固めた灼滅者達が向かい来るのを見て、イフリートは低く唸り声を上げた。
　上体を低くしたかと思うと、その背から火柱の如き翼が生える。
　晶子のライドキャリバー・ゲンゾーさんが雪の飛沫を上げて唸りを上げ、それに並ぶようにクラッシャーの真夜とエステル、紅緋、そしてディフェンダーの珠緒と楽多が走った。
　炎獣との距離を詰める前衛陣の背を眺めつつ、晶子は契約指輪の魔力を解放する。
　石と化す呪いがイフリートに降り掛かり、後ろ足の一部が灰色にくすんだ。
（「感情が澄んでいく。雑念が消える……」）
　突撃していくゲンゾーさんを前に、アイゼンを巻いたスノーブーツで雪を踏み締め、紅緋は自らのシンボルであるスートを胸元に浮き上がらせた。
「さあ、覚悟して下さい。『存在する』という罪に相応しい罰を与えます」
　何処か不敵な笑みを湛えた少女の脇を固め、踏み出した珠緒が【熾神楽】の緋色の刀身に炎を宿し、イフリートに斬り掛かった。
　斬撃を受けた片腕から広がる炎。
　炎獣と呼ばれるダークネスにも、炎の苛烈さは容赦ない。
　後衛の者達を守るように意識したエステルの小さな身体が、雪の上を踊るようにターンした。
「むい、いっしょにあそぼっ♪」
　無邪気な笑みを浮かべると、魔力の宿る霧が彼女と前衛陣を包む。
「援護はお任せ下さい！」
　天星弓に番えた癒しの矢で、雪花は前衛陣ひとりひとりに感覚を研ぎ澄ますエンチャントを与えていく構え。
　スパイクを取り付けたロングブーツはしっかりと踏み締めた雪を捉え、大きな動きの際も足を取られずにいられそうだ。
「どっちの炎が強いか、試してみますか……！」
　語尾に篭った力強さのままに、楽多の細身の身体が翻る。
　その身を覆うオーラが炎で包まれ、そのままイフリート目掛けて迸った。
『グオオォ！！』
　怒気を孕んだ声を上げる炎獣の脇を掠めるように、銃弾が注ぐ。
「待ってる間は寒かったけど、これから思いっきり熱くなりそうね！」
　箕角が構えたガンナイフからの援護射撃、その直後に破壊力を増した真夜の鍛え抜かれた拳が大きく振り抜かれる。
　鋼鉄拳は炎獣の前足の肘にぶち当たり、フェニックスドライブの効果をすぐさま打ち消した。
　最初の衝突、手応えは上々。
　しかし、それは厳しい戦いの幕開けでもあった。

　巨体に伸びた影の触手を軽く跳ね除けたイフリートは、爛々と輝く瞳で紅緋をねめつける。
「お気遣いなく。私はあなたなんか『こわくありません』よ」
　雪山に適した服装に身を包んだ少女は、臆することなく漆黒の弾丸を心の深淵から生み出し、撃ち放つ。
　バッドステータスは少しずつ、炎獣の身に降り積もっていくが、相手にも回復手段はある。
　一手、攻撃の手を緩められる分灼滅者達にも若干余裕は出来るが、同時に折角与えたダメージを打ち消されてしまうのはジレンマでもあった。
「むにゅ、おとなしく斬られるのー」
　チェーンソー剣の唸りと共に飛び掛るエステル。
　しかし、ジグザクに描かれた回転刃の軌道は、辛うじて燃え盛る炎のようなたてがみを跳ねるに留まった。
　炎獣の放ったバニシングフレアが容赦なく前衛を襲う。
　メンバーを厚く置いたお陰か幾分その効力は分散したものの、即座に追い討ちの一撃が襲い掛かる。
　メディックの雪花だけでなく、後衛や他者への回復手段を持つ者達も傷の治癒に追われた。
　純粋に、単純に、力量の差か。
　あれだけの巨体から繰り出される動作が、時々捉えられない。
　灼滅者達とイフリートにより、踏み締められた雪の原。
　静かに流れる冷たい空気を焦がしながら、戦いは次第にその範囲を広げていく。

●灼熱の嵐
　炎を纏った大きな爪が、バトルコスチュームを突き抜け肩口に突き刺さった。
「ん～、おもったよりいたいの……でもまだいけるの」
　傷口から流れる血を見てもあどけない調子のエステルだが、その頬には張り詰めた意識が表れている。
「はらいたまいきよめたまう」
　厳かに囁き、雪花は天星弓の弦をぴん、と弾く。
　巻き起こった清々しい風が、前衛陣の痛みを和らげ身を苛んでいた炎を吹き消していった。
　良きも悪きも、双方に掛かった効果を打ち消し合う戦いは一進一退。
　多くが受けたダメージを回復ついでに楽多がワイドガードで持たせた耐性も、根付かせ続けるのはなかなか難しい。
　手数の上で勝る灼滅者達でさえ、今はどちらが優勢なのか計り知ることは出来ない状態だ。
　危険な場面は何度もあった。
　未だ誰も倒れていないのは、早めの回復を心掛けた者の働き、そしてゲンゾーさんが思いの外灼滅者達を庇いながら耐え続けていたことが大きい。
　このイフリートの攻撃に対して、相性のいい防具を着けている者が多かったのも地味に効いているだろう。
　しかしそれも、やがて限界を迎える。
「ゲンゾーさん……！」
　後衛目掛けて飛んだ結界のような攻撃に身を晒し、消滅するライドキャリバーの姿。
　目の当たりにした晶子の声が震えた。
　燃え盛る腕を翻し、間髪入れずイフリートの掌から迸った激しい炎が再び後衛の少女達を舐める。
「晶子さんっ」
　雪を蹴った楽多と珠緒が跳び、彼女達が受ける筈だった炎を肩代わりした。
「すみません、ありがとうございますっ」
　仲間を守るというディフェンダー達のもうひとつの戦いに、晶子は感謝の言葉を投げ掛けた。
　振り向いている場合ではない彼らも、戦意を漲らせた背中で応える。
　攻撃を受けてしまった箕角とディフェンダー達に、仲間から癒しを齎すサイキックが降り注いだ。
　箕角も天星弓に矢を番え、まだダメージの残っている紅緋を回復させると共に眠っていた感覚を呼び起こす。
「あなた達は攻撃に専念して！」
　彼女の口振りは真剣そのもので、いつもの高飛車な雰囲気は掻き消えていた。
　攻撃は激しいが、回復に手を取られるばかりになるのも避けたい。
　後衛に攻撃が行かないようにとエステルが更に間合いを詰める中、珠緒がレーヴァテインを叩き込む。
　その反対側から、片腕を巨大な異形と化した紅緋が、最大限の膂力を込めて振り被った。
　が、延焼を残像のように棚引かせ、炎獣は上体を反らした。
　研ぎ澄まされた感覚に狙いを付け易くなっていた筈のその一撃が、空を切る。
「骨が……ありすぎですね」
　別府で戦ったイフリートとは、格が違いすぎる。
　絶え間なく動き続ける少女の額に、汗が浮かんでいた。
　間合いが近すぎたか。
　エステルの身体は、思わぬタイミングと角度から激しい衝撃を受けた。
　ある意味狙い通りではあったものの、鋭く冴えた一撃をまともに食らうことは不運としか言いようがない。
　バトルコスチュームを貫通して深々と突き刺さった爪が抜き払われると、少女はがくりとその場に倒れ込んだ。
　白い髪が広がって、緋色に染まった雪を覆い隠す。
　鋭い牙と爪の乱舞は、留まることを知らないようだ。
　猛攻の矛先は、紅緋にも向かう。
　獣の腕に宿った炎が、冷えた空気を食らって燃え盛る。
　珠緒はなんとか紅緋の前まで飛ぼうとしたが、間に合わない。
　ザンッ、と恐ろしいまでの衝撃を表すような音が、耳に焼きつく。
「くっ……！」
　雪の上に崩れ落ちる少女の姿に、珠緒は奥歯を噛み締めた。
　もう二度と、仲間を倒れさせはしないと決めていたのに。
　込み上げる気持ちを堪え、彼女は目の前の敵を見据えて【熾神楽】の切っ先を向けた。
「これ以上は、許さないから……！」
　その声に応えるかのように、イフリートは牙を剥く。
　炎のように逆立つたてがみ。
　地の底から吹き上がるような唸り声が、ビリビリと鼓膜や肌を震わせた。
（「押されてる……っ！？」）
　バスターライフルから放つビームでプレッシャーを掛けながらも、晶子の胸には自分の方こそ気圧されているのではと不安が過ぎる。
　その気配を察したかのように、楽多の肩に力が篭った。
（「……しっかりしろ僕、好きな人に背中を預けてるんだ。意地を見せる所だろう！」）
　戦いが長引いてきて、精神的な消耗も嵩んでいた己の心を叱咤して、一足先に仕掛けた珠緒の動きを確かめる。
　接敵から半歩引いた珠緒の翳した手は、炎獣の胸に緋色の逆十字を浮かび上がらせた。
　切り裂かれた獣に、催眠が降り掛かる。
「もう、皆さんをやらせたりはしません……！」
　真っ直ぐな黒曜石のような瞳に光を宿し、雪花が箕角と一緒に癒しの矢を射て回復を齎す中、楽多も何度も踏み締められて固まった雪の上を舞った。
　高くから飛び掛った彼の身を包むオーラが、拳に集中し、閃光の如き凄まじい連打を繰り出す。
　思わぬ痛手に、楽多を睨み上げる炎獣。
（「今だ！」）
　少年が流した視線を受け取り、真夜は駆けていた。
　小さな手が、わしっと炎獣の太い幹のような後ろ足を掴む。
「いっっっきまぁーーーーーす！！」
　渾身の掛け声と共に、巨体が宙を舞った。

●残り火
　ドオオォン、という音が雪化粧の山の間で木霊していく。
　遠くの森から慌てて飛び出した鳥達が、空へと逃げていった。
　やがて、雪山の麓には何事もなかったかのように静けさが戻ってくる。
　都市伝説や灼滅者達相手に猛威を奮ったイフリートはもう影も形もなく、真夜の地獄投げで投げ落とされた雪面に大きな窪みが残っているだけ。
　――灼滅、完了。
「と、トドメ刺しちゃいましたね。私一般人なのに……って、皆さん？」
　忘れられない手応えに、両の掌を眺めて目を瞬かせた彼女は、やれやれと肩を竦める仲間達をきょろきょろ見回す。
　珠緒は溜息をついた後、倒れたエステルと紅緋を介抱する雪花の横に膝を突いた。
「……悔しいな」
　そんな彼女に、雪花はでも、と柔らかく微笑み掛ける。
「珠緒さん達が頑張って下さったお陰で、どなたも欠けずに済みました」
　2人とも、直に意識を取り戻すだろう。
　そして、全員揃って学園へ帰ることが出来るのだ。
「わたし、あれが宿敵なんですよね……」
　酷く不安そうに俯いた晶子には、楽多が静かに寄り添っている。
「これで事態が収束してくれればいいけど……」
　呟きながら、箕角は薄曇りの空を見上げる。
　各地に散った灼滅者達の働きでこの先何が起こるかは、まだ分からない。
　きっと、どう転んでもこのままでは済まないだろうという思いは、彼女だけでなく他の面々の脳裏にも過ぎっていった。

作者：雪月花	重傷：エステル・アスピヴァーラ（おふとんつむり・d00821） 華宮・紅緋（クリムゾンハートビート・d01389）  死亡：なし 闇堕ち：なし
種類： 公開：2013年1月16日 難度：やや難 参加：8人 結果：成功！
得票：格好よかった 13／感動した 0／素敵だった 0／キャラが大事にされていた 0
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