楔を喰らう炎獣～燃える山～

■リプレイ

●燃え盛る炎
　そこは山奥ということもあって、麓に比べれば標高が高く気温も低い。
　乾いた風が山の斜面を吹き抜けて、体感では肌を刺すような寒さになっていた。
　あまりの寒さに皮膚が裂けたって彼らのせいにされそうな場所に、５体の鎌鼬はいた。
　そこは登山道からも離れていて、滅多なことでは一般人が近づくこともない。
　野生動物も冬眠しているこの季節、縄張りに入った者を襲うこの鎌鼬は比較的無害な眷属と言えるだろう。
　鎌鼬達も外敵の存在など意識することなく、気ままに山を駆け回っていた。
　そこへ侵入者は、何の前触れもなく現れた。
　全高で２メートルはあるのではないかという巨大なイフリートが、肉食動物が草食動物の群れに襲いかかるような疾走で、斜面を駆け降りてくる。
　その巨体でありながら足音をほとんど立てることのない軽やかな疾走で、瞬く間にイフリートは獲物である５体の鎌鼬を捉えた。
　鎌鼬達は無遠慮な侵入者に敵意をあらわにし、キイキイと威嚇の叫びをあげながら臨戦態勢を取る。
　しかし鎌鼬が迎え撃つより早くイフリートの口から炎の奔流が放たれた。
　回避する間もなく炎に飲み込まれた３体の鎌鼬が一瞬で灰になって息絶える。
　炎はそのまま一直線に山を焼き、木々を薙ぎ払っていく。
　幸い射線上に隠れていた者はいなかったものの、その威力を目の当たりにした灼滅者達を戦慄させた。
「強いとは聞いてたけど、コイツはちとキツくね？」
　高宮・琥太郎（ロジカライズ・d01463）は思わず口からこぼれた弱音に反して、イフリートの背後に回り込むようにしながら、他の灼滅者達より最もイフリートの近くまで接近していた。
「これを怖がるな恐れるなと自分に言い聞かせても、難しいものですね。眷属といえどもやられるところを見過ごすというのは……その、少し胸が痛みます、ハイ」
　森村・侑二郎（無表情イエスマン・d08981）が木陰から覗き見ると、また１体の鎌鼬がイフリートの三条の炎の軌跡を描く爪に切り裂かれながら絶命している。
「作戦とはいえ、鎌鼬がやられるのをじっと見てるのも何かイヤな気分……まあ、このモヤモヤは後でしっかりぶつけてあげるけど」
　東雲・由宇（神の僕（自称）・d01218）は茂みに隠れながら引鉄に指をそえつつ、イフリートによる虐殺の様子を睨みつける。
　最後の１体になった鎌鼬は戦意を失い逃げ出すが、イフリートは背後から容赦なくその牙で鎌鼬を食い千切る。
　真っ二つになった死体の半分も牙の纏った炎に炙られて灰になり霧散した。
　最後の１体を狩り終えたイフリートは、次の獲物を探すようにゆっくりと頭を持ち上げる。
　その時イフリートの意識が戦場から逸れたことを、間近に隠れ潜んでいた灼滅者達は感じ取ることができた。
「さあ、気合い入れてこっか！」
　由宇の檄を飛ばすような声を合図に、灼滅者達は殲術道具を手にイフリートへ襲いかかる。

●一瞬の隙
「どこ見てるんだよ？　隙だらけだぜ！」
　イフリートの背後から現れた琥太郎が、真っ先に飛び出して妖の槍でイフリートの後肢を斬りつける。
「俺が戦いより素晴らしいものを教えてやる。俺の歌を聴きやがれっ！」
　続いてファルケ・リフライヤ（爆走する音痴な歌声銀河特急便・d03954）がバイオレンスギターを掻き鳴らしながらデイーヴァズメロディを放った。
「まず守りから崩させてもらう！」
　イフリートが琥太郎とファルケの連撃に怯んだところで、太治・陽己（人斬包丁・d09343）は日本刀を鞘から抜き放ち、鞘を投げ捨てながら低い姿勢で疾駆して、イフリートの厚い毛皮ごと肉を切り裂く。
「油断してすぐ灼滅されたりせずに、少しはわたしを楽しませてよね！」
　久遠寺・ほのか（赤い目のうさぎ・d06004）が飛び出すと同時にロケットハンマーをフルスウィングして、イフリートの脚の肉を黒死斬で抉り飛ばす。
「とし子さん、任せたぜ」
　藤堂・瞬一郎（高校生神薙使い・d12009）は最愛のビハンドであるとし子さんに攻撃指示を出すと、自分はイフリートの退路に回り込むようにしながら、琥太郎にシールドリングを使用する。
　とし子さんの霊障波がイフリートを蝕み苦悶の声をあげさせた。
「強力なイフリートだそうですが、負けませんよ、ハイ」
　侑二郎が足許から放った影業がイフリートに絡みつき、その頭を覆っていく。
　視界を奪われたイフリートは激しく暴れ回り、木々を薙ぎ倒した。
「斬魔刀よ、リアン！」
　フルール・ドゥリス（解語の花・d06006）の指示に従って霊犬のリアンがイフリートに飛び掛り、フルールはそれを援護するように導眠符をバラ撒いた。
「グオオォオオオォォオオオッ！！」
　灼滅者達の奇襲に怒ったイフリートが、再び炎の奔流を口から吐き出す。
　頭を覆っていた侑二郎の影業は焼き払われ、炎は後列の灼滅者達の中央に着弾、まるでナパーム弾のように炎は広がり、戦場を一瞬で火の海へと変えた。

●手負いの獣
「なんて頑丈なやつだ」
　陽己はイフリートに張りつきながら、黒死斬でイフリートの脚に攻撃する。
　奇襲が効果を成しているのか、イフリートの動きは鎌鼬を狩っている時ほどの俊敏さがないが、まだまだ体力を残しているようで、攻撃の手が鈍る様子はない。
　まるで固定砲台のように断続的にイフリートの口から放たれる炎の奔流が、灼滅者達の隊列に打撃を与え続ける。
「このままでは陣形が……！」
　フルールとリアンは炎に曝されながら、自分達に癒しのサイキックを使い続けることで何とか耐えていた。
　しかしイフリートの吐く火炎の破壊力は強大で、回復の手を上回っており、このままではジリ貧である。
「俺がいる限り、そう簡単にこいつらをやらせたりはしねぇよ！」
　瞬一郎は仲間達を鼓舞するように大きな声を出しながら、シールドリングで仲間の傷を癒すが、狙われ続けているのは体力の多くない後衛の灼滅者達だ。
　フルールが懸念したとおり、支え切れなくなっていつ誰かが倒れてしまってもおかしくない状況である。
「ヤバっ、完全に裏目ってるわ……」
　イフリートの炎にはエンチャントを破壊する効果があり、由宇が自身にかけているエンチャントや、瞬一郎が仲間の前に放ったシールドリングを破壊していってしまう。
　由宇も回復に参加せざるをえない状況のため、ジャッジメントレイで味方を回復している間にエンチャントをブレイクされてしまうという悪循環に陥っていた。
「こっちが先に灼滅しちまえば問題ないッスよ」
　一方で琥太郎達アタッカーがターゲットにされないことで自由になっているのも事実である。
　閃光百裂拳によるラッシュが、イフリートの硬い毛皮を抜いて肉を叩く感触を琥太郎の拳は確かに捉えていた。
　それでもイフリートは痛みを感じていないかのように殺戮欲に染まった瞳で灼滅者達を見続け、再び炎を吐き出そうと口を開く。
「そっちへは、攻撃させないわよ……！」
　その動きを狙い澄ましてほのかがロケットスマッシュでイフリートの顎を下から跳ね上げる。
　地面にぶつかって燃え広がるはずだった炎は、それによって上方に逸れて遥か後方に着弾した。
「この隙を見逃すわけにはいきませんね、ハイ」
　侑二郎の影業が再びイフリートの頭部に喰らいつき、覆い尽くす。
　イフリートもまた炎で引き剥がそうとして、放たれる寸前の炎が影業の隙間から漏れ出す。
「もらいっ！　二重ならどうかしら？」
　しかし侑二郎の影業の上から由宇の影喰らいが重なり、イフリートの炎を強引に影の中に押し込めた。
　炎が使えないと判断したイフリートは、即座に爪による攻撃に切り替えて、一番深手を負っている瞬一郎との間合いを詰める。
　足を止めて戦っていたイフリートが、急に飛び掛ってきたために、目が慣れていなかった灼滅者達は咄嗟に反応することができない。
「しまった！？」
　イフリートの爪が炎を纏い、死神の鎌めいて瞬一郎に襲い掛かる。
「……いつまでも俺のことを忘れたままにされては困るぞ？」
　イフリートの爪が瞬一郎を切り裂く寸前で、陽己が間に割って入る。
　イフリートに常に張りつくよう注意していた陽己だけが、イフリートの急な動きに反応できていたのだ。
　陽己はイフリートの爪を受けていた日本刀で、イフリートの前足を斬り裂きつつ飛び退く。
「陽己さん、今回復します！」
　フルールが防護符とリアンの浄霊眼で、すぐに陽己の傷を癒す。
　イフリートの爪撃を受けた陽己は、衝撃と炎で出血と火傷を負っていた。
「チャンス、このままキメさせてもらうぜ！」
　背後からイフリートの胴体に琥太郎の螺穿槍が突き刺さる。
「いい加減、倒れなさい！」
　更に追いついたほのかが、跳躍からイフリートの後頭部にロケットハンマーを打ち下ろしで叩きつけた。
　体勢を崩したイフリートは、突っ伏すように地面に崩れ落ちる。
「聴いてもわからないようなら、直接体に叩きこむだけよ」
　イフリートが瀕死であると見たファルケは、演奏を止めると足にガイアエナジーを集束させ始めた。
「俺の歌の魂を、この一撃に込める！　これが俺の魂の叫びだっ！！」
　イフリートに向かってダッシュから全体重を乗せたドロップキック、それはファルケの声に反応して振り返ったイフリートの眉間に吸い込まれるように直撃し、その巨体を木にぶつかるまで吹き飛ばす。
「グァアアアァァアアアアァッ！！」
　それがトドメとなって、断末魔の叫びをあげると、イフリートは自らの炎に焼かれたかのように、その身を灰と化して徐々に崩れ去っていった。
「お疲れ様、やっぱ超強かったぁ……」
「ええ、一時はどうなるかと思いましたが、なんとか灼滅することができましたね」
　イフリートの灰が風に流されていくのを眺めながら、疲労困憊という様子で由宇とフルールが座り込む。
　他の面々も程度の差こそあれ満身創痍といった感じで、灼滅されていくイフリートの姿に安堵して胸を撫で下ろす。
　戦場も山火事でもあったような惨憺たる状態ではあるが、滅多なことでは一般人が足を踏み入れない山奥だけに問題ないだろう。
　一先ず強敵ではあったものの灼滅者達の活躍によって、無事にイフリートを撃退することができたのであった。

作者：刀道信三	重傷：なし 死亡：なし 闇堕ち：なし
種類： 公開：2013年1月16日 難度：やや難 参加：8人 結果：成功！
得票：格好よかった 10／感動した 0／素敵だった 0／キャラが大事にされていた 0
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