楔を喰らう炎獣 ~黒き炎の蹂躙~

    作者:空白革命

    ●大分県別府市・鶴見岳
     何体ものイフリート達が、続々と鶴見岳に集結している。
     イフリート達の体毛によって、燃えるように煌々と輝く鶴見岳。

     頂上には、一体のイフリートが存在した。
     他のイフリートを圧するほどに大きく、威厳に溢れたその姿。
     イフリートの首魁は、配下の前でゆっくりと力を練り、人間の姿へと変貌する……。

     ……人の形へと転じたイフリートの首魁。
     少女のようなその姿は、居並ぶ配下の幻獣達に向かい、唸り声の如き少女の声で命じる。

    「ガイオウガノメザメハチカイ。ケダカキゲンジュウシュヨ、コノクニノクサビヲクライクダキチカラタクワエタノチ、ソノチトニクヲ、ガイオウガニササゲヨ! サスレバ、ガイオウガハゼンナルイチノゲンジュウトナリテ、ナンジラトトモニクンリンスルデアロウ !」
     
    ●黒き炎の蹂躙
    「温泉街での卓球勝負、楽しかったよなあ……まあ、そうも言ってらんなくなるのが武蔵坂学園のつらいところだぜ、ってな!」
     教卓の上に腰掛けていた大爆寺・ニトロ(高校生エクスブレイン・dn0028)は、すとんと地面に降り立った。
    「以前別府の温泉街でイフリート事件が頻発したのを覚えてるか? どっかからくる別のパワーが邪魔して予知がうまくできなかった事件だ。あれはまあ、出現したイフリートを片っ端から倒したおかげで強力な敵の復活は防げたんだが……どうもな、新しい手を打ってきたみたいだ。こりゃあ、小鳥遊優雨の呼びかけで知ってるかもしれないが……」
     別府温泉街から出現したイフリート。
     彼らは全国へ散り、眷属や都市伝説などを牙にかけ、鶴見岳に封じられた強力な存在の復活を狙っているというのだ。
     しかも全国に放たれたイフリートたちはこれまでのものよりも強力な力を持ち、非常に危険だという。
    「というわけで、今回担当して貰うのは千葉地区に乗り込んできたイフリートだ。弱小ご当地怪人千葉ピーナッツ男とその眷属たちなんだが……多分瞬殺だろうな。俺達の出番はこの襲撃が済んだ直後からスタートになる」
     というのも、先に殲滅対象である怪人たちを倒してしまうと、イフリートの『バベルの鎖』が働いてどこかへ行ってしまうからだ。
    「勿論、戦闘直後だからって奇襲をかけられるようなヤワな相手じゃない。と言うより……これまでのバトルを上回る過酷さになるかもしれん。担当するイフリートの名前は『真ブラックテトラ』。四肢を影技のような黒い炎で覆ったイフリートだ。巨体から繰り出す変幻自在の技が特徴だな」
     最後に資料を一束渡すと、ニトロは小さく頷いた。
    「厳しい戦いになるかもしれないが……なに、俺達なら大丈夫だ。だろ?」


    参加者
    露木・菖蒲(戦巫覡・d00439)
    加奈氏・さりあ(さりさりぼんばー・d00826)
    ナイト・リッター(ナイトナイトナイト・d00899)
    卯道・楼沙(脱兎之勢・d01194)
    天王寺・楓子(祈りの一矢・d02193)
    一之瀬・祇鶴(リードオアダイ・d02609)
    メフィア・レインジア(ガールビハインドユー・d03433)
    羅刹・幻霧斎(闇斬り抜刀斎・d05889)

    ■リプレイ

    ●イフリート・ブラックテトラ
     千葉県某市。
     日課のピーナッツ栽培に勤しんでいた弱小怪人ピーナッツ男は聞きなれぬ振動を感じた。
    「やや、これはいつもの菜ノ花仮面……ではないな? 面妖な気配だ。ピーナッツ戦闘員たちよ、様子を見てくるがいい!」
    「「ピーッ!」」
     五人くらいのピーナッツ型戦闘員が敬礼して鍬を置き、音のする方へ向かおうと振り返った、まさにその時である。
    「ピッ!?」
     空が茜色に染まった……と言っておけばきっと当たり障りがなかったのだろう。
     だが空の色は今、赤茶色だった。
     赤と黒が複雑に入り混じり、見たこともないくらいえげつない色合いになっていた。
     局地的な天候変化? そうではない。
     今まさに、空を『黒い炎』が渦巻いているのだ。
    「ま、まずい! 逃げ――」
    「「ピィィィィィィ!?」」
     慌てて指示を飛ばそうとするピーナッツ男だが時既に遅し。戦闘員たちは一匹残らず消し炭となってしまったのだった! それも、たったの30秒足らずでだ!
    「なんという威力! て、撤退を!」
    「ハーハァ……」
     たん、と目の前に少女が降り立った。獣の毛皮飾りで身体を覆ったかのような、不可思議な様相。四肢には黒い炎が纏わりついている。しかしピーナッツ男には『これ』がなんだかわかっていた。
    「イフリートだと!? 何故、何故私が……!」
     必死にピーナッツ弾を乱射するが、一発たりとも命中しない。ジグザグに高速走行したイフリートが、素早く至近距離へと到達。腕に炎を纏わせ、鋭い貫手を繰り出した。
    「ぐ、ぐあああああああああああ!!」
     腕が、ピーナッツ男の身体をいともたやすく貫通する。炎をあげて爆発四散するピーナッツ男。
    「ハハーハ」
     シニカルな調子で笑うイフリート。
     もはやそれは笑い声ではない。獣が鳴く時の、それだ。

    「あれが『ブラックテトラ』、ですか……よくて消し炭、と思ってたけれど、まさか灰燼と化すなんてねぇ」
     茂みの奥から様子を伺っていた天王寺・楓子(祈りの一矢・d02193)はあまりに圧倒的な戦闘に(ほんの僅かではあるが)身震いしていた。
     身震いというならば、隣でマナーモード振動している卯道・楼沙(脱兎之勢・d01194)の方が目立っていた。
    「ほ、ほぉう。ま、まあ、思ったより強そうなのだ。べ、べべべ別に怖いなんて思ってないのだ。本当だぞ!?」
    「あ、はい。そうなんですか」
    「お、おう……」
     ある意味空気を読まずにスルーする楓子である。
     別に珍しいことではない。灼滅者の役三割は空気を読まないとされている。
     メフィア・レインジア(ガールビハインドユー・d03433)もその一人だ。
    「ピーナッツ食べたかったのかな? お店で買えばよかったのにね」
    「千葉にはああいうの、売っているんですか」
    「わかんないけど」
    「おお……光の速さでスルーされていくのだ……これはこれで寂しいのだ……」
     すっかり震えを忘れた楼沙。とそこで、イフリート・ブラックテトラはゆっくりと『こちら』を向いた。
    「……! 気付かれた!」
    「なら、先手必勝なのですよ!」
     茂みを突き破るように飛び出す露木・菖蒲(戦巫覡・d00439)。
     自らの影へ向け、カード越しに手をつく。
    「神意顕現! ミュージックスタート、なのです!」
     途端、彼女の影が質量をもち、まるで彼女がもう一人いるかのように浮きあがった。羽織袴のシルエット。端的に述べるならば巫女装束に近い。そんな影が、菖蒲のモーションに連動し、拳を突き出した。
     ヘッドホンから僅かながら音が漏れ出してくる。
    「いきなりノッてきたのです!」
     指輪からペトロカースを連射。
     ブラックテトラは呪弾を側転で回避。途中でスピンジャンプを加え、脚についた黒炎を刃のようにして飛ばしてきた。
     咄嗟に横へ飛んで回避する菖蒲。彼女の脚をばっさりと切り裂き、血を噴出させた。
    「大丈夫!?」
     素早く解除を終えた加奈氏・さりあ(さりさりぼんばー・d00826)が、サイキックソードを逆手に持ち替えた。刀で言う柄頭の部分をマイクに見立て、エンジェリックボイスを発動。菖蒲の傷口を素早く塞いだ。
    「今の歌……オリジナル?」
     ゆっくりとした足取りでさりあの前に立つ一之瀬・祇鶴(リードオアダイ・d02609)。
    「えっと、そうだけど……」
    「あとでちゃんと聞かせてね。一分ちょっとじゃ満足に歌えないでしょ」
     祇鶴はそう言うと、本を開いてスレイヤーカードを抜き取った。
     カードを持った手で、眼鏡を外す。
    「さぁ、始めましょう。忌々しい殺し合いを」
     眼鏡とカードを纏めて頭上へ放り投げる。するとどうしたことか、ひとまきの鋼糸と重厚なバスターライフルが手元へ降りてきた。
     安全装置解除。重々しい金属音と共に弾倉が回転。祇鶴はライフルを腰の辺りで構えたまま、横走りしながらバスタービームを発射した。
     ビーム状の弾頭をキャッチし、握り潰すブラックテトラ。
     ライフルは自動的に空薬莢を排出。弾倉を再び回転させ次弾セット。威力を最大に設定し、タイミングを見切って祇鶴はトリガーを引いた。
     弾をキャッチしたばかりのブラックテトラの顔面に着弾。後ろ向きにひっくり返る。
     威力の激しさゆえか祇鶴自身も仰向けにひっくり返った。
    「まだもつわよね富嶽、ここで出し惜しみはナシよ!」
     熱を放つライフルを抱えて起き上がる祇鶴。
     が、ブラックテトラが態勢を直す方が数秒速かった。
     腕の炎を触手状に伸ばし、祇鶴めがけて放ってくる。
    「影縛りっ」
    「……させん!」
     膝立ち態勢の祇鶴の前へ高速で移動してくる力場障壁。触手の先端が弾かれたその隙を狙い、羅刹・幻霧斎(闇斬り抜刀斎・d05889)が転がり込んできた。
     彼の腕に巻きつく触手。
    「仇敵を灼滅するためとあらば……全てをかけて戦うでござる!」
     片手で触手を巻き取り、しっかりと握る。お互い引き合う状態になったが、それも数秒のこと。反動をつけて互いに駆け出し、ぶつかった。
    「羅刹ッ、斬月斬!」
    「ハッハァ!」
     ブレード型に変形した炎と幻霧斎の剣が衝突。細かく連鎖した刃が振動を開始。炎と相殺し、赤黒い火花を散らした。
    「おおっと出番を逃がす所だったのだ! 『Open Card』!」
     ごてごてと幾つもの武器を展開する楼沙。幻霧斎と鍔是り合っているブラックテトラへ飛び掛り、封縛糸を展開。その場から飛び退くブラックテトラ。しかし楼沙は逃がさない。相手の脚に絡みついた糸を引っ張ると、自らの身体で糸を巻き取るようにして雲耀剣を繰り出した。
     炎の刃で糸を断ち切るブラックテトラ。
     くるくると回りながら着地する間に数本の矢が飛んでくる。手足を振り回して跳ね除ける。
     すたんと着地したと同時に、制約の弾丸が額へヒット。後ろ向きに転がった。
    「あら、案外当たるものね」
     涼しい顔で呟く楓子。
     弓を握った手に、指輪がきらりと光った。
    「お話合いで解決、できないよねえ? だったらシンプルなことするしかないのかなあ、ボクも君もさ」
     彼女の横に並ぶメフィア。頭上に指を翳すと、くるりとひとつ輪を描く。そして一気に、振り下ろすモーションと共に指をパチンと鳴らした。放たれる魔法弾。若干仰け反っていたブラックテトラはそれをくらって今度こそ転倒。コンパクトに身体を丸め、後ろ向きに一回転。揺り返しの勢いを利用して一気に飛び込んできた。
    「フ、ついに来たようだなこのタイミング!」
     無駄に頭上から登場するナイト・リッター(ナイトナイトナイト・d00899)。
     楓子たちとブラックテトラ。その中間地点に着地するとシールドを展開。剣をブラックテトラへと向けた。
    「いくぞイフリート、騎士の誇りにかけて、俺が受けて立つ!」
     『受けて立つ!』の辺りでちょっとだけ女性陣を振り返って爽やかに笑うナイト。
     顔の周りを飛ぶ星。吹き抜ける風。斜めに通り過ぎる白いハト。
     そしてもう一度ブラックテトラへと顔を向けたその瞬間、顔面を炎の拳でぶん殴られた。
    「はもっ!」
     もんどりうって転倒するナイト。
     楓子とメフィアは顔を見合わせた。
    「騎士というのは皆ああいう風なの?」
    「さあ。違うと思うけど?」
     首を傾げあう二人。
     ナイトは口の端を拭いながら立ち上がり、盾を翳したファイティングポーズをとった。
     でもって振り返る。爽やかに以下略。星が中略白いハト。
    「まだまだいるぜ。大丈夫だったかいプリンセス、今日は俺が全力で守って見せらもっ!?」
     そして再び顔面にパンチをくらい、もんどりうって倒れた。

    ●黒き炎の獣、その躍動。
     土を蹴る脚。
     宙に浮きあがる身体。
     風を掻い潜り、漲る四肢。
     振り上げた腕から迸る、炎。
    「アハッ……ハハハハハッ!」
     両腕から同時に繰り出されるダブルパンチが、爆発と呼んで差し支えないレベルの炎と共に叩き込まれた。
    「温い!」
     シールドを纏わせた拳を叩き込むナイト。
     威力相殺……ではない。ナイトを中心に炎が吹き荒れ、まるで暴風雨に晒されるかのように身体が押される。
    「ま……だまだあ!」
     歯を食いしばって拳を固めると、剣を大きく振りかざした。
    「今日の俺は、いつも以上に本気だ、ぜっ!」
     剣を叩き込む。
     ブラックテトラの拳を僅かにかすり、肩へと命中。はじけた衝撃により、二人はそれこそ爆発したように吹き飛ばされた。
     ナイトは樹幹に激突し、跳ね返って地面を転がる。
     すぐに立ち上がろうとして、膝から力が抜けた。どしゃりと頭から地面に倒れる。
    「俺としたことが、不覚……あとを頼む」
    「心配無用!」
     大地を滑るように走る幻霧斎。
    「羅刹……!」
     刀を握り腰を捻り、目いっぱい反動をつける。
    「紅月斬!」
     着地直前のブラックテトラが、身体を翻してバランスをとろうとした所へ直撃。地面に脚がつくことなく再び撥ね飛ばされ、樹幹に背中を叩きつける。
    「ハッ……!」
     振り抜き態勢の幻霧斎は、ブレーキをかけることなく一回転。一気に踏み込んで跳躍し、ブラックテトラへと更なる斬撃を加えた。
    「崩、月、斬ッ!」
     樹幹が斜めに切断される。
     脇腹を斬られたブラックテトラがよたよたとその場を逃れる。こちらの優勢か……そう思えたのはほんの数秒間だけだった。
     ブラックテトラは唸りをあげると、四肢に巻きついた黒炎を柱の様に噴き上がらせ、天に渦巻かせる。そう、怪人たちを葬ったあの炎だ。
    「まずいっ!」
     ハッとして振り返る幻霧斎。
     間髪入れず、菖蒲とメフィアは指輪を嵌めた手を薙ぐように閃かせた。
     菖蒲の影が高速で飛び、ブラックテトラへと斬りかかる。
     同時にメフィアの影が泡のように無数に分裂し、肩の高さまで浮きあがったかと思うと円盤状に変形、高速回転しながらしてブラックテトラへと殺到した。
     対するブラックテトラは防御を……全くしない。繰り出された斬撃に身を任せ、身体を好き放題に斬らせた挙句、天に向かって吼えたのだった。
     咆哮である。
     そう言ってしまえば単純だが……今回の場合、『天が吼えた』と形容した方が、もしかしたら適切だったかもしれない。
     頭上高くに展開した黒炎の渦が、まるで世界の終わりの如く降り注いできたのだ。
     メフィアや菖蒲は勿論のこと、その場にいたメンバーの殆どが激しい炎の雨に晒された。
     そんな中で、さりあは胸を張って立っていた。
     降り注ぐ炎のひとつをサイキックソードで切り払うと、素早く反転。逆手に握る。
     一度目を瞑り、しっかりと見開いた。
     彼女の瞳に炎が宿ったのは、天の炎を見つめていたからというだけではあるまい。
     そんな彼女に、ぴったりと背をつけて立つ楼沙。
    「手伝うのだ。我は敵に、さりあ殿は味方に!」
    「んっ……!」
     小さく頷き、さりあは胸に手を当てる。
     そして開幕、見事な高音域を響かせてみせたのだった。

     音楽が人類史と共にあったのは何故か。
     その理由など、これまで何億人という人々が語って来たことだ。
     だが今この時だけを切り取って述べるならば。
    「なんだか、ノッて来たわね」
    「負ける気がしないわ」
     弓に矢を番える楓子。
     ライフルをどっしりと構える祇鶴。
     二人はブラックテトラを中心に左右へ回り込むように走りながら矢と弾を乱射。
     途中無数の炎の晒されるが、焼けたそばから傷口が癒えていった。一方のブラックテトラはどこか身こなしが覚束ない。目の焦点がぼやけ、思わずたたらを踏んだ。
    「今よ!」
     ライフルを手放し、クイックターンで接近する祇鶴。長い髪を振り乱し、鋼糸を展開。ブラックテトラに巻きつける。
     腕と首を括られ、もがくブラックテトラ。その反対側では、楓子が弓の弦を目いっぱいに満たしていた。
     指輪から矢へ、呪いのエネルギーを注入。片目を瞑り、しっかり狙って、満を持しての一矢投射。
     風を穿って飛んだ矢は、ブラックテトラの喉を貫通した。
    「ハッ……ハ……ハハ……!」
     目を見開き、天を仰ぐブラックテトラ。
     そしてゆっくりと仰向けに、倒れたのだった。

     倒れたブラックテトラは、黒い灰となって消えた。
     何も残さず、この世から消えたのだ。
     だがイフリートの脅威が消えたわけではない。
     更なる戦いの予感を胸に留めながらも、灼滅者たちは戦場をあとにするのだった。

    作者:空白革命 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年1月16日
    難度:やや難
    参加:8人
    結果:成功!
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