楔を喰らう炎獣～雪原に舞う炎

■リプレイ

●炎立つ
　かつてスキー場であった山の一角。
　リフト降車場からゲレンデに向かうまでの、階段で言うならば踊り場のような空間にバスターピッグがうろついている。
　二手に分かれて身を潜めている灼滅者達は、イフリートの出現を待って注意深くバスターピッグを観察していた。
「倒されるのを待つなんて、ちょっと可哀想な気がしないでもないけど……。今は我慢時ね」
　Ａ班として林の中に隠れながら抑えた声で呟くのは岸本・麻美（いつも心に聖剣を・d09489）。
　その隣には、目立たぬように白い犬に変化した一條・華丸（琴富伎屋・d02101）の姿がある。
　警戒しつつ地面に蹲る姿は、白い布を被り地に低く伏せた風嶺・龍夜（闇守の影・d00517）と同じく、数メートルも離れれば木から落ちてきた雪塊のようにしか見えない。
（「ダークネス達に横の関係は無かった筈ですが……。イフリートが眷属や都市伝説を倒すことが、直接どう関わってくるのでしょう」）
　共に林に身を隠していた水無月・礼（影人・d00994）は、イフリート達の今回の行動に不可解と警戒を抱いていた。
「寒いです。イフリート、はよきやがれです……」
「何考えてんのか知んねぇが、キナ臭ぇなぁ」
　寒さに震える九十九・緒々子（回山倒海の見習いヒーロー・d06988）の隣で、Ｂ班としてリフト制御室の陰に身を潜める橘・清十郎（不鳴蛍・d04169）もまた、一連の事件そのものに警戒を抱く一人である。
　前例のないイフリートの動きと、今回相手にすべきイフリートの登場。
　どちらも警戒すべきものだが、彼らが予測や予想を立てるよりも前に――凄まじい重圧感が、その場を支配した。
「……！」
　炎を纏った巨大な獣が真っ白な雪原に降り立つ。
　地面が揺れ、雪飛沫が飛び、獣の足下の雪が見る間に融けていくのが見てとれた。
　現れたイフリートは捻れた角を突き上げるようにして吠えると、足下で逃げ惑うバスターピッグの群へ向けて、炎の鬣から無数の炎弾を放つ。
　一匹ならばともかく、群れを成す眷属は灼滅者達の手を煩わせることも多い。
　数は少なめとはいえ、それが一瞬で焼かれてのたうち回る様は、見守る灼滅者達に息を飲ませた。
「……やはり只の獣では無いという事か」
　初めて間近く目にする人の形をとらぬダークネスを前に、石英・ユウマ（衆生護持・d10040）が戦慄を覚えたのも無理もない。
　一撃で五体を瀕死に追い込んだイフリートは、僅かな抵抗を示すバスターピッグ達を、次々と炎に包まれた前肢で無造作に地面に叩き付け、踏みつぶしていった。
　その様は、まさに蹂躙というべき光景。
　赤子の手を捻るように屠っていく様子と炎獣が纏う威圧感は、気が弱い者ならば身が竦んで動けなくなったかもしれない。
　だが灼滅者達は恐怖に飲まれることなく、息を殺してじっと時を待つ。
　そして瞬く間にイフリートに潰されていく哀れなバスターピッグの最後の一匹が断末魔の悲鳴をあげ、消え失せたその瞬間――身を潜めていた二カ所からそれぞれ躍り出た。
「任務、開始だ！」

●雪原に舞う炎
　戦闘態勢へと入った灼滅者達は、最後の獲物を爪にかけた態勢のイフリートに襲いかかる。
「悪夢よ、来たれ！」
　龍夜から放たれた殺気が周囲を包み込み、催眠効果を持った符をユウマが投げれば、緒々子の抱えるミカンモチーフのガトリングガン『ガガ美ちゃん』から炎を纏った弾丸が連続で放たれた。
　思わぬ敵の乱入に態勢を崩されていたイフリートだったが、空気が震える程の雄叫びを上げながら地面を蹴り、灼滅者達へと眼を向ける。
　異形の獣は喉で恐ろしげな唸り声と共に、バスターピッグにしたように炎の鬣から無数の炎弾を撃ち出してきた。
　前衛全員を巻き込む程の広範囲にばらまかれた炎弾の嵐の中へと、自ら飛び込むようにして更に前へ出たのは麻美である。
「ココからがあたし達のターンっ！」
　味方への攻撃を防ぐべく、愛用のチェーンソー剣を己の前にかざして身を守りつつ自らを盾としたのだ。
　全員を庇えるわけではないが、その行動は仲間の中で最も高い攻撃力を持つ礼を無傷で敵前へと送りだす。
「ありがとうございます。……その分まで、僕は役目を果たします」
　小さく呟いた礼は麻美の背後から飛び出すと、炎弾の残りをくぐりぬけるように疾走して燃えさかる炎を湛えた獣へと肉薄する。
　振り払おうと襲いかかるイフリートの前肢を躱し、己から伸びる影を操って逆にその脚を絡め取り、縛り付けた。
「新年早々死闘になりそうですが、手の打てる内に滅ぼさなくては」
　礼の影に脚をとられた隙をついて、今度は礼の背後から麻美が飛び出し斬りかかる。
「あなたとあたし、どっちが燃えてるのか勝負ね！」
　宿敵との相対に備えて強化した相棒、チェーンソー剣の『真紅電光スカーレット・チェイン・ヴァーミリオン』が、麻美の闘志に応えるように炎を纏う無数の刃でイフリートを斬りつけ燃やしていく。
　庇い傷つきながらも果敢に攻め入る麻美をはじめとした前衛陣の傷を癒すのは、後方に控えた仲間達の役目だ。
「よっしゃ、後ろは任せな！」
　清十郎が傷を負った華丸へシールドリングを投げれば、そのサーヴァントである鯖味噌は住之江に癒やしの力を送る。
　浅居・律（グランドトライン・d00757）もまた手にしたバイオレンスギターと歌声で最も傷の深い麻美を癒していった。
　それでも一度では回復しきれない傷に、律の目が瞠られる。
「流石に強いねぇ……」
　目の当たりにした威力に言葉が零れるが、そのゆるめの表情に気負いはない。
　敵の攻撃が重いことは予想済みで、だからこそ長期戦を覚悟して回復と防護を手厚く揃えることを選んだ。
　いざという時の為に回復手段を用意している仲間も多く、回復の効率を損ねないよう意思疎通をしていくことも確認している。
「焦らないで、いつもどおりでいこうよ」
　敵は強大だが、過ぎた緊張や焦りは体を硬くしてミスを生む。
　厳しい戦いだからこそ、冷静さを失わないよう、いつも通りに。
　それが一番大事なことではないかと感じて、律はいつも通りの笑みを浮かべて仲間達に声をかけていった。
　そうした手数と質を適宜使い分ける回復に支えられて、前衛陣も存分に力を奮うことができるわけだが、彼らを支えるのは回復だけではない。
　常に間合いとイフリートの死角を意識してこまめに立ち位置を変えながら、冷静に複数のサイキックを使い分けている龍夜もまた、この戦闘の要だ。
「捕縛業の弐、搦糸」
　礼と華丸に向けて炎を撒き散らす隙をついて近づいた龍夜の鋼糸がイフリートを捕らえ、その動きを阻害する。
　攻撃態勢に入っていたところを崩された炎は二人を掠めながらも外れ、雪を融かすだけに終わった。
　思うように動けなかった苛立ちにか、唸りをあげた炎獣が邪魔な糸を振り払おうとした時には既に、龍夜は次の攻撃地点へと動き出している。
「奥義裏の弐、闇刃」
　めまぐるしく動く戦場と攻防の中にあって、龍夜は中盤を迎えても無傷で淡々とその武器とサイキックを振るうことが出来ていた。

●炎に抗う者
　雪原に、縦横無尽に炎が舞う。
　イフリートはその前肢で叩き付け、纏う炎を迸らせて焼き払い、炎弾の雨を降らせて灼滅者達を翻弄し、苦しめていた。
　厚い回復、敵の動きを妨げる補助役、そうした後衛を護る壁役――戦闘におけるセオリーを押さえた作戦は効果を発揮し灼滅者達は善戦していたが、安全を重視した為に手薄になってしまったものもある。
　敵を圧する攻撃力だ。
　長期戦は覚悟されていたが、いまだ激しく動き回り鋭い攻撃を浴びせてくる炎獣を見ていると、この獣を倒すことが果てないように思えてくる。
　イフリートの攻撃を凌ぎ、癒し、よく耐えてはいたが、サイキックでは癒しきれない深い傷も増えていた。
「気ぃ引き締めていこうぜ、先は長ぇぞ！」
　うっすらと不安と焦りが見え始める中で彼らが落ち着きを保っていられたのは、その重要性を理解していた律と、タイミング良く頼もしい声をかけてくれる清十郎のお陰だろう。
　炎に巻かれそうになりながらも霊犬の鯖味噌と共に戦場を走り、回復してまわっているのだから、疲れていない筈はなく、無傷でもない。
　それどころか体力を鯖味噌と分け合う彼は、比率でいうと既にかなりの体力を削られている。
　だが彼らのお陰で、灼滅者達を敵の炎が長く焼くことはなく、回復できる傷が長く放置されることもなかった。
　後衛を守ろうとして動く前方の灼滅者達もまた、後衛に支えられている。
　今まで相対したどのイフリートよりも強大な敵を前に、華丸はそれを痛感していた。
　初舞台以上に緊張して臨んだ戦場は、予想以上にきついけれど不安はない。
　後方には護らなければならない仲間がおり、隣には初陣からずっと戦いを共にした相棒と、前線を支える仲間がいる。
　盾となって仲間を護りながら、前で戦う者達はその背中を、後ろに立つ仲間に支えられているのだ。
　だからこそ、果てのないように思える消耗戦の中でも心を奮い立たせ、立ち向かっていける。
「お前の攻撃なんてなぁ、誰よりも知ってんぜ！」
　己の中にも眠るサイキックの源――イフリートの力を用いるファイアブラッドの華丸には、その特性がよく分かっている。
　龍夜を始めとしてユウマや礼が重ねてくれたいくつもの枷がある今ならば、確実に当てられる。
　そう確信して、華丸はオーラを纏う拳の連打を獣の炎の中に打ち込んだ。
「――！」
　拳の勢いと痛みに押され、咆吼をあげながらよろめいたイフリートを先回りしたように、その下で待ち構えるのは日本刀『摩利支天刀』を構えたユウマ。
　一度は闇に堕ちながら仲間達のお陰で学園へ戻ってくることが叶った彼もまた、仲間の存在の重さを知っている。
　二度と過ちを繰り返さぬため、護り、脅威を払う一助となるべく全力を尽くすと誓ったユウマの剣に、迷いはない。
　常に死角から繰り出される剣は、強大な力を持つイフリートの攻撃力を徐々に削りとっている。
「この身は刀。護る為に脅威と災厄を斬るもの。……ならば、異形の炎とて斬れぬものではない」
「――ッ！！」
　刀が一閃し、炎獣の爪がひとつ、かけて落ちた。
　雪原に響くのは炎獣の雄叫び。
　放たれる声と荒い呼吸、当初に比べればいくらか精彩を欠いた脚の動きを見れば敵にも相応のダメージを与えているのだと知れて、灼滅者達の顔にも希望が浮かんでくる。
　だが、まだ倒れるには至らない。
　逆上したように天へ向けて吠え猛った炎獣は、一面を焼き払おうとでもいうのか、全てを飲み込み尽くすような炎を鬣から放った。
　灼熱の炎が向かうのは、いま攻撃を加えた者ではなく、後衛の三人と一匹。
「……！」
　清十郎と鯖味噌がその攻撃をくらえば立っていられないだろうし、律と緒々子も大きな傷を負うだろう。
　その攻撃は、全て命中すれば灼滅者達にとって致命的になりかねないものだった。
「危ない……っ」
「……！」
　二つの影が、迸る炎を少しでも防ごうとその身をもって立ち塞がる。
　それはＷＯＫシールドを構えた華丸と、彼のサーヴァントである住之江の二人だった。
　炎は二人を飲み込むが勢いを止められ、左右へ散り流れていく。
　分かれた炎は緒々子と鯖味噌を襲ったが、華丸と住之江と重なる位置にいた清十郎と律は事なきを得た。
「くそ……っ」
　庇われた清十郎の表情が悔しげに歪んだのは、彼らを護った華丸と住之江、そして鯖味噌の三人が炎の跡に倒れ、また姿を消すことになったからだろう。
　常に笑みを浮かべていた律の表情も、流石に曇る。
　だがまだ戦闘は続いており、定めた撤退条件も満たしてはいない。
　イフリートの力もだいぶ落ちている今は、手と足を止めるわけにはいかなかった。
　護られた律と清十郎は互いに決意を込めて頷き合うと、傷ついた仲間達の回復にかかった。
「先輩らもきばっちょんねっ。ガガ美ちゃん、いくがね！」
　彼らと同じく緒々子もまた奮起して、倒れた仲間の分まで頑張らねばとガトリングガンとバスターライフルを小さな体でひょいと両肩に担ぐ。
　あのイフリートを倒すのだ。
　その思いが熱く強く、緒々子の中にはあった。
（「これを放置したら私の守るべき宮崎が……ううん、九州全土がイフリートの餌食になるです。そんなの絶対に許さないです！）」
　灼滅者としての使命以上に、ご当地ヒーローとしての郷土愛が緒々子の闘志とサイキックを高めていく。
　照準の先には、数多の傷を負いながらも暴れているイフリートの姿。
　同じかそれ以上に傷を負いながらも、麻美が、礼が、ユウマが、龍夜が、残る力を振り絞って異形の炎獣を追い詰め削っている。
　それまで清十郎達と共に後方から射撃を行っていた緒々子は、照準から目を離さぬまま全速力で憎き敵を目指して疾走した。
「いけ、九十九」
　その道行きを援護するように、逆方向から攻撃を放ってイフリートの注意を引きつけてくれた龍夜に深く頷いてみせた緒々子は、イフリートの下に潜り込みガトリングガンとバスターライフルを上向ける。
　そして小さな体いっぱいに息を吸い込むと、ご当地パワーの全てをこめて引き金を引き、腹の底から叫んだ。
「も、ホンットしんきなっちゃけんど！　くらえ、おみかんモナムーダイナミックーッ！！」
　下方から放たれたご当地パワーでその巨体を空中に浮かされたイフリートは、しばしの滞空の後に地面へと落ちてくる。
「――ッ！！」
　落下地点から距離を開けていた灼滅者達の間に叩き付けられたイフリートは、緒々子の放ったご当地パワーの大爆発によって、その炎ごと爆散した。

●灼けた雪原の果て
「ガイオウガ……どうのような存在なのだろうか」
　雪が消え焦土のようになった戦闘跡を見つめ、出来るならその存在を知らぬままでいられればいい、と祈りながら呟くのはユウマ。
「私……ちゃんとヒーローらしくやれた？　皆さんのこと、助けられました？」
　不安そうに問いかける緒々子の頭を撫でて頷いてみせるのは律で、礼も同意するように頷いている。
　麻美は倒れた華丸に肩を貸しながら皆のところへ戻ってくるところ。
「さ。帰ろっかね、遅くなると心配させちまうしな」
　その傍らに住之江が戻ってきているのを確認して笑みを浮かべた清十郎は、再び姿をとれるようになった己の霊犬に語りかけるように言って、立ち上がる。
「任務完了。帰還する」
　最後に改めて全員の無事を確認した龍夜が生真面目に宣言した後、灼滅者達は激戦を繰り広げた戦場からゆっくりと離れていった。
　日本各地で繰り広げられているイフリートとの戦い。
　その一角を担う戦いは、こうして終了した。

作者：江戸川壱号	重傷：なし 死亡：なし 闇堕ち：なし
種類： 公開：2013年1月16日 難度：やや難 参加：8人 結果：成功！
得票：格好よかった 12／感動した 1／素敵だった 0／キャラが大事にされていた 0
あなたが購入した「複数ピンナップ（複数バトルピンナップ）」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。