楔を喰らう炎獣～花ぞ散るらむ

■リプレイ

●咲きし紅
　攻防と呼ぶのもおこがましい、刹那の殺戮だった。
「このあたりはどう？」
「うぅん、これ１本しか咲いてないんじゃ寂しいじゃないか」
「それじゃもうちょっと歩いて……っ！？」
　ぽつりぽつりと色づき始めた枝の下を歩いていた一団が目を見開く。
　冬の空気にそぐわぬ熱。眼前に現れた紅蓮が何を意味するのか。悲鳴を上げる暇もあればこそ、燃え盛る爪が彼らの半数を一薙ぎに引き裂いた。
　次いで踏み出した反対の前足でもう一振り。
　たったそれだけの行動で８つの命は地面を濡らす赤となり果てた。一般人とはいえ、ダークネスから力を与えられた存在がだ。
　わかったのはただ圧倒的だということ。イフリートの戦力を量ろうと目を凝らしていた鷲宮・ひより（ひよこ好きな・d06624）は息を呑んだ。
　蕾の膨らんだ枝の傍らで咲く焔の花に、十七夜・狭霧（ロルフフィーダー・d00576）は双眸を細める。
「折角梅が綺麗に咲きそうなのに、こんな場所で戦闘なんて粋じゃないなー」
「こいつが今回の……！」
「眷属でも、都市伝説でもない真性のダークネス……必ず討ち果たしましょう」
　中島・陽（ハートフルメカニック・d03774）と六連・光（リヴォルヴァー・d04322）の拳に力が篭る。スレイヤーカードに伸びる指。
　目の前にいる存在よりなお強力なダークネスの復活など、させるわけにはいかない。その先にあるのはきっと不幸だ。陽は頬をこわばらせた。
　すぅ、と息を吸い込む音は誰のものか。
「星界に煌めく星々よ……リリース！」
　左手に収まった天星弓に口づけひとつ、杉本・沙紀（闇を貫く幾千の星・d00600）の瞳が強い意志の光を宿す。
　フィルギア・アストレド（少年型少女・d08246）が口角をつりあげた。
「ようやく出番だな。『フィーア様のお通りだ！』」
「神気発勝～！！」
　カードから開封されたＷＯＫシールドを構える日輪・かなめ（第三代 水鏡流巫式継承者・d02441）。
　身を潜めていた物陰から一気に飛び出す。
「たのもー！　あなたの企みはまるっときりっとお見通しなのですよ！　……というわけで勝負なのです！！」
「武蔵坂学園一年、六連・光……御相手仕る」
　いずこかへ去ろうとしていたイフリートの前に力を解き放った灼滅者が立ちはだかる。
　行く手を遮られ、足を止めた幻獣が炎を揺らした。膨れ上がった灼熱の前に赤威・緋世子（赤の拳・d03316）が身を躍らせる。立ちのぼるオーラと炎がぶつかった。
「熱いのは好きだが悪ぃことはさせるわけにいかねぇな。ぶっ倒してやるぜ！」
『グオオオオオォッ！！！』
　爪の一振りでは足りぬと気付いたか。火の粉を散らす獣の咆哮が梅の枝を震わせた。

●匂いたつ紅
　輝きを増した炎が前に出た灼滅者達に襲いかかる。視界が一瞬白く灼きついた。目を眇め、光は漆黒の槍を強く握り直す。
　一拍遅れて広がった夜霧が前衛に躍り出た灼滅者の体を包み、イフリートから見える姿を虚ろにする。狭霧が唇の端を持ち上げた。逆手に握りしめた黒い柄の解体ナイフにつけられた銘は白刃散華。
「さぁて、いくっすよー！」
「ああ。バッチリ回復してやるから思い切り殴ってくれ！」
　フィルギアが仲間の背中に向けて叫んだ。
　応じる声。獣の咆哮。戦場の空気が場を支配する。静けさなどもはやどこにもない。距離を測り、位置を変え、攻撃を叩きこむ隙をうかがう。
　イフリートの視線が外れた瞬間に飛び込んだひよりが腕を振りかぶった。
「今度はわたしたちの相手をしてねっ！」
　しかし細腕から繰り出された一撃が届く寸前、炎の体躯が遠ざかる。大きな瞳をさらに見開いて、ひよりは空ぶったシールドを構え直した。
　やはり容易い相手ではない。
「だからって思い通りになんかさせない！」
　陽がスペードを記した右の手甲から漆黒を撃ち出し、光は鴉の槍をまっすぐに繰り出した。炎をかすめる黒。浅い。
　穂先を引きながら光は唇に歓喜の色を乗せる。
「強い……こうでなくては」
「電光一閃、逆竜門ッ……なのです！！」
　小さく息を吸い込み、かなめが反対側から足を踏み出した。拳に込めた闘気を雷に変えながらまっすぐに腕を突き出す。手ごたえあり。
『ヴゥ……ッ』
　触れた雷が不快な音を立て、低く唸るイフリート。前脚に力がこもる。爪が地面をえぐったかと思うと体をひねって尾を振るう。
　鞭のようにしなる炎が緋世子らの体を焼き、かろうじて飛び退いた光の足元を叩いた。
　すかさずフィルギアの指が動いた。バイオレンスギターから奏でられる力強いメロディは誰も倒れさせるものかという意思を乗せて仲間の痛みを和らげる。
「まだまだ。ここからが本番だぜ！」
「ああ！　行くぜぇえ！！　燃え上がれ！！」
　足を開いて腰を落とし、緋世子は炎を纏わせた龍砕斧を振り下ろした。
　二分咲きの梅の裏から飛び込む沙紀。火の粉を散らす軌跡を割り、呪力によって強化されたアーチェリーストリングは炎に焼き切れることなく丸太のような前脚を絡め取った。
「少しは大人しくしてもらえるかしら……っ」
　ストリングを引き絞りながらバックステップ。
　入れ替わりに滑り込んだのは狭霧だ。白刃散華の刃が変形し、イフリートの肉をえぐる。花弁のように散る炎。足に絡む糸が食い込んだ。
　陽が手甲をはめた右手を掲げる。ひらめくスペード。
　灼熱が渦巻く。蕾をつけた枝が震えた。総毛立つほど鋭い眼光を引きつけたのはひよりのシールドだ。
「こっちだよっ！」
『グゥウウゥ……ッ』
　仲間へのダメージは最小限に抑えてみせる。ひよりは細い眉をつりあげてイフリートの視線を受け止めた。

●散りゆく紅
　荒く吐き出す息が白い。
　乾いた空気に奔った赤は地面を濡らすなり色を濁らせる。
　未だ衰える気配のない幻獣の炎を前に、狭霧は汗ばむ手で白刃散華を握り直した。足元から伸びた影が花開く。
　大きく咲いた影の花の向こうから噴き上がる炎。空と同じ色の瞳が細められた。
「元気なワンちゃんっすねー」
　口調とは裏腹に、双眸は鋭利に輝く。どう動けば最も効率がいい。
　見切られぬよう頻繁に技を入れ替え、軌道を変えているにもかかわらず、幾度も武器は空を切る。
　どれほど威力を上げようと当たらなければ倒すことはできない。光が視線を鋭くし、かなめは奥歯を噛みしめた。降り積もる焦りを構え直すことで追い払う。緋世子もオーラを拳に固め、ひよりは胸の前でシールドを展開した。
　どうにか敵の動きを阻害できれば。沙紀の手でアーチェリーストリングが、狭霧の手で白刃散華が炎を映してきらめいた。
　自身の呼吸さえうるさい。とにかく足を止めることなく、時に牽制の攻撃を織り交ぜ、イフリートに有効打を与えるための隙を窺う。頬に当たる風が冬だと言うのに生ぬるい。
　繰り返される攻防に押し負けぬよう、陽とフィルギアの回復が仲間の背を押した。ギターの音が響き渡る。
『ウオォ！！』
　紅蓮を通り越し、輝く炎が迸る。熱風を感じたときにはすでに遅く、衝撃が距離を詰めていた４人を吹き飛ばした。
「つぅっ」
「まだ……まだァ！」
「持ちこたえるよっ！」
　短くはない戦闘の中、イフリートの怒りを煽り、ほとんど全ての攻撃を自らに向けていたひよりの体は傷だらけだ。大きく肩を上下させ、それでも顔を持ち上げる。
　崩れおちそうになる体を支えるのは、後方から響くふたつの声。
「やらせないッ！　フィルギアは全員の回復頼んだよ！」
「悪い、回復遅れた！　大丈夫か？」
　陽が左手を突き出した。生まれた小さな光が手甲に描かれたダイヤを照らして飛んでいく。
　同時にフィルギアがバイオレンスギターを奏でる。繰り返し弦をかき鳴らしていたのに追いつかない。癒しきれない。イフリートの一撃のなんと重いことか。眉間にしわを寄せ、それでもただ自らの役割を果たすべくフィルギアはギターを鳴らした。
「わたしも援護するわ！」
　ポニーテールを跳ねさせながら沙紀が一条の矢に癒しの力を込める。
　１人で届かなければ２人、２人で足りなければ３人で。そのために８人で戦っているのだ。全員の力で活路を開いてみせる。
　小さな光の盾が、放たれた矢が、活力にあふれた旋律が前衛に立つ者に膝をつかせぬ力を湧きあがらせた。
「行くのです！」
　かなめが足を前後に開く。指をそろえた左手を前へ。ゆるく右の肘を後ろへ。師の言葉を思い出すまでもなく、受け継いだ構えは体にしみついている。ひとつ息を吸って、一気に距離を詰めた。……届く！
「ほぁーたたたたたたぁ！！　……ほぅあたぁ！！」
　すさまじい連打から思い切り引いた右の拳を、最後に全力で突き出した。幻獣を包む炎が揺れる。
　柳の如きしなやかな動きで背を反らしながら身を反転。千切れた炎をかわしてかなめの髪が風に踊った。
「きいているのです！」
　いかな強力なダークネスといえ、ここまでの攻撃で無傷なわけではない。ナイフにえぐられた傷がいっそう動きを鈍らせる。
　わずか傾いだ炎の体躯をねめつけ、緋世子は拳に力を入れた。赤い瞳を燃え上がらせて正面から連打を繰り出す。
「うらぁああああ！！　肉弾戦はやっぱ一番だな！」
「よそ見する暇なんてあげないわよ」
　沙紀が天星弓、シューティングスターの弦を引き絞った。余裕なんてない。だからこそ呼吸を落ち着け、背筋を伸ばしす。ギリギリまで狙いを定めて指を離れた矢は吸い込まれるようにイフリートの体へと。傷口から真紅の炎が零れる。響き渡る咆哮から苛立ちの声音を感じるのはきっと気のせいではない。
「このまま一気に……！？」
『グオオオオォォッ！！』
　一際大きな咆哮。開き始めた梅の花弁がビリビリと震えた。幻獣の咥内で渦巻く烈火は直視に耐えない程の熱を孕む。
　狭霧の目が見開かれた。
「気をつけて……ッ」
「わたしが居る限り、他の人へのダメージは最小限に抑えるよ！」
　すっかり怒りに身を委ねた獣の視線を間近に受け、ひよりは傷だらけの足を左右に広げた。靴の裏から血を吸って湿った土の感触が伝わってくる。膨れ上がる炎につばを飲み込んだ。かわせない。せめてもとシールドをかざす。と。
「まだだぜ！　倒れるにはまだ早え！！」
　小柄な彼女よりなお小さな影が、ひよりと炎の間に割って入った。オーラを纏わせた両腕を交差させ、緋世子が灼熱の炎をその身で受け止める。
　焦げ付く臭い。
　ずっとイフリートの攻撃を引き受けてくれていたのだ。あと少しと言うところで倒れさせてなるものか。すすけた頬で振り向いて、緋世子は勝気に唇をつりあげた。
　ひよりが大きく頷く。
「ありがとう。イフリート、絶対に此処で食い止めるよっ！」
「ああ、誰も倒れさせたりするもんかッ！」
「支え切ってやるぜ！」
　陽が左手を伸ばし、フィルギアが護符を飛ばした。イフリートの炎とは違う、やわらかなぬくもりが傷を癒す。
　狭霧が地を蹴った。
「これ以上、時間かけるのは厳しいっすねー」
「なら終わらせるまでなのです！」
「当ててみせるわ」
　かなめが拳を握り、沙紀が糸を宙に踊らせる。
　飛び退こうとしたイフリートの足が痙攣して動きを止める。今。
　次々と繰り出される攻撃をその身に受けて幻獣の体躯から花弁のように炎が散った。
　光が大きく一歩を踏みこむ。
「穿ちます…！」
　幾度も繰り出し、威力を底上げした烏羽色の穂先が唸りを上げた。膝と肘、全身のばねを使って捻り、抉る。確かな手ごたえ。
『ウ、グオオオオォ……ォ』
　激しく炎が噴き上がったのは一瞬。
　次の瞬間には千切れ、火の粉となり、地に着く前に熱を失い消えうせた。

●色は過ぎ去り
「貴方のような強者との相対……誇らせて頂く」
　先ほどまで恐るべき獣がいた場所に視線を落とし、光は目を伏せた。
　おぼろげな花の匂いを乗せた風が火照った体を冷やしていく。熱は過ぎ去った。乾いた空気に髪がなびく。
　立ち止まったらもう動けなくて、ひよりはその場に座り込んだ。気が緩んだら途端に痛みを自覚する。
「終わった……」
「大丈夫か？」
　駆け寄ったフィルギアが手当てする。声音は怪我を案ずるものだが、足取りは勝利の実感に軽くなる。
「ま、俺たちにかかればこんなもんってことだな！」
　腕組みした緋世子が仁王立ちで笑った。体はあちこち痛いけれど、それより何より気分がいい。
「なんとか勝ったわね」
　沙紀の肩から力が抜けた。額に張り付いた髪を払ってゆっくりと息を吐く。
「ほかの所に行ったみんなも無事だと良いんだけど……」
「そうだね……」
　まだ少しこわばった表情で頷く陽。全国に発生したイフリートがどうなったのか。今は知る術がないとわかってはいても気にかかる。
　眉間にしわを寄せる２人にからりと狭霧が笑いかけた。
「大丈夫っすよー」
　自分達が勝てたのだ。学園の仲間達だってきっと。ポケットに伸ばした指に金属が触れる。ベルト通しにつなげた鎖を引けば、銀の懐中時計が顔をのぞかせた。ああ、なんだかずいぶん長い時間戦っていた気がする。
「折角の早咲き梅さんは散ったりしてないですか？」
　かなめが首を左右に巡らせた。
　灰褐色の枝にぽつりぽつりと紅の花が咲いていた。紅梅は可憐な見た目でありながら、花弁を散らすことなく寒空に色を添える。どこか甘いその香りに、頬が緩んだ。
　静かに早春の風が吹き抜ける。
　勝利を労うかのような、爽やかな風だった。

作者：柚井しい奈	重傷：なし 死亡：なし 闇堕ち：なし
種類： 公開：2013年1月16日 難度：やや難 参加：8人 結果：成功！
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