楔を喰らう炎獣～燃ゆる忍城～

■リプレイ

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　御三階櫓を望む物陰に、瓜生・コウ（森の魔女・d05210）は身を潜ませていた。ライドキャリバーのブラックゴートは、彼女の傍らで自らの出番を待っている。
「石田三成の水攻めに耐え、秀吉の小田原征伐を戦い抜いた名城か…」
　歴史に詳しいコウは、物陰から周囲を眺め見つつ呟く。
「…まあ石田方の轍は踏むまいよ」
　まさか自分が、その忍城に攻め込むことになるとは思ってもいなかった。忍城御三階櫓に併設されている郷土資料館をのんびりと見学したところなのだが、それはこの戦いに勝利するまではお預けだ。
「あれが、ゼリーフライ女…ですかね」
　すぐ近くの土塁の陰にいた佐藤・角（高校生殺人鬼・d10165）が、一方を差し示した。彼の相棒であるライドキャリバーのスーパーカブ改が、するすると隣へ移動してくる。
「ゼリー…なんだって？　聞いたことねぇなぁ…」
　食いもんなのかそれ、とコウは応じた。名前から素直に想像すれば、ゼリーを揚げた食べ物のようにも思えるが、味が想像できない。
「でも、美味しそう…です」
　真後ろで息を潜めていた神宮時・蒼（幻想綺想曲・d03337）が、怪人の姿を見て、ポツリと呟いた。
　コロッケを思わせる小判型が小麦色に染まっている様は、確かに美味しそうに見える。
　因みに、そのコロッケ状の部分がゼリーフライ女の頭である。体の方は至ってシンプルで、飾りっ気のない全身タイツ姿だ。色はコロッケ状の頭部と同じ小麦色だ。杖を手にしており、その杖の先端部分にもコロッケがくっついている。
「何してるのかしら…」
　ゼリーフライ女の挙動を一瞥すると、葛城・百花（花浜匙・d02633）は小首を傾げた。
　見るからに怪しい動きをしている。
「ご当地怪人の考えることは分かりません」
　ビハインドのレムと共に、どこかの物陰に隠れている花厳・李（純真無垢なラプンツェル・d09976）の声が聞こえた。上手く身を潜ませているらしく、百花の位置からでは彼女の姿を確認することができない。
　だしぬけに状況が一変した。
　全員が、迫りくる異様な気配を感じ取り、思わず身を強張らせた。
　これまでに感じたことない程の強烈な気配だ。
「…まさか、これが……！？」
　自分達が戦わねばならない相手なのかと、薫凪・燐音（涼影・d00343）は息を飲んだ。思わず、双眼鏡を落としそうになる。
「コペル、落ち着いて。大丈夫。私が守ってあげるから」
　怯えた様子を見せる霊犬のコペルの首筋を、柊・志帆（浮世の霊犬・d03776）は優しく撫でてやる。双眼鏡で様子を伺っていたのだが、コペルの異変を感じ取って、監視を中断したのだ。
「…来た、か」
　ブルーシートに身を隠していた蒼月・杏（蒼い月の下、気高き獣は跳躍す・d00820）が、気配を感じて薄く笑った。どんな強敵だろうと、臆する気持ちはない。自分はやつと戦う為にこの場に来たのだから。
　全身を激しい炎で包んだ幻獣――イフリートが、忍城に姿を現した。

●
『ぐるるるる…』
　地の底から響いてくるような唸り声が響いた。
「へ！？」
　鐘楼の屋根によじ登ろうとしていたゼリーフライ女が、素っ頓狂な声を上げる。
「何でイフリートがこんなところにいるのよ？」
　降りてきたゼリーフライ女は、炎の幻獣の元につかつかと歩み寄り、腰に両手を添えて胸を反らす。
「ここはあたしの縄張りなの。あっち行きなさい。しっしっ」
　追い払うように、手をひらひらさせた。
『ぐおおお！！』
　イフリートは天に向かって、咆哮を上げた。
「ちょ！？　待っ…！！」
　灼熱の炎を宿した牙が、ゼリーフライ女の左肩に食い込んだ。異変を感じて身を翻そうとしたのだが、逃げ切れずに喰い付かれてしまった。
「げ、げふっ。ちょっとあんた、何考えて…」
　全身を炎上しながらも、ゼリーフライ女は黄金色のゼリーフライ爆弾を投げて応戦する。しかし、イフリートは意に介さない。
「！？」
　今度は頭から噛み付かれた。その状態のまま、しばらくジタバタと悶えていたが、直ぐに動かなくなってしまった。
　イフリートは絶命したゼリーフライ女を無造作に吐き出すと、その体を強靭な前足で踏み付けた。べちゃりという嫌な音が響いて、ゼリーフライ女は無残にも潰されてしまった。

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「なっ…！」
　あまりの光景に一瞬息を飲む者もいたが、それも束の間。
　ブルーシートが大きく翻り、杏が真っ先に駆け出す。
「次の相手は俺達だ！」
　声を張り上げ、自分達の存在を示した。
　イフリートの頭がゆらりと動き、燃えるような瞳が杏の姿を捉えた。
　魔法弾の光が、杏の直ぐ横をすり抜けていく。志帆の威嚇だ。
「お前らの背後に何があるのか、きっちり見させてもらおうか」
　杏は駆けながら、愛用の武器を構えた。
「火は早い内に消すが吉、って事で、広がらない様さっさと倒しておかないとね」
　燐音はイフリートの位置を確認し、自分の立ち位置を決める。不意打ちが可能な場所に身を潜めていたので、素早く位置取りが出来る形となった。
　ブラックゴートに跨がったコウとスーパーカブ改に跨がった角が、土煙を上げながら爆走する。
　ブロロロロロ…！！
　並走したまま、一直線にイフリートに向かって突き進む。
　燐音と百花の放った影を嫌い、イフリートが身を捩った。その横っ腹に、2体のライドキャリバーが突っ込んだ。
　激突する直前で、コウと角はひらりと飛び降りる。
『ごお…！！』
　イフリートが怒りの咆哮を上げた。
（「ほっとくと大変な事が起こるらしいけど、何が起こるか答え出せないし…」）
　自分の背後のコペルを見やる志帆。
「んー？　灼滅しとこっか」
　当然だと言わんばかりに、コペルは軽く喉を鳴らした。
「これ以上は見過ごせません、ここで必ず灼滅します」
　レムを前へと向かわせ、李は叫んだ。日本各地で、学園の仲間達も頑張っているはずだ。自分達も負けるわけにはいかない。
（「イフリートさんが、何を目的としているのかはわかりませんが…。危険は早々に、駆逐しなくては…です…」）
　後方に位置取りした蒼が顔を上げると、霊撃を見舞うレムの姿が見えた。
　新年早々に不穏な動きを見せたイフリート達。その目的を調査することも大事だろうが、今は目の前の事態を収めなければならない。
「レム、皆様の手助けしていきますよ」
　李がレムを鼓舞しつつ、最前線にいる2体のライドキャリバーに順にシールドリングを施す。これでしばらくは、盾として持ち堪えてくれるだろう。
（「危険は早々に、駆逐しなくては…です…」）
　蒼は愛用の2つの武器「星を彩る金木犀」と「雨に薫る銀木犀」を構えた。
「枷だらけにしてあげるわ…！」
　百花が指輪から、魔法弾を放つ。
「水の城と呼ばれた忍城にイフリートねぇ…」
　何の因果かと、コウは小さく鼻を鳴らす。糸の結界を張り巡らし、イフリートの動きを抑え込もうとする。
　しかし、イフリートも黙ってはいない。ガバリと大口を開けると、凄まじい炎のを吐き出す。炎の奔流は、唸りを上げながら、やや下がり目に位置していた者達に襲い掛かった。
　目の前にいる2体のライドキャリバーを無視したというよりは、より多くの敵を攻撃することを優先したのだろう。
「ブラックゴート、突っ込め！　少しの間、やつをお前に引きつけてくれ」
　体を包む炎を振り払うように叫ぶと、コウは指先に集めた霊力で自身の傷を癒す。
　後方にいたのは、コペルを含めて6名。威力は僅かに分散はしたが、とはいえ何度も食らうわけにはいかない。早々に身を包む炎も排除しなければ、炎によって徐々に体力も削られてしまう。
　作戦上致し方ないとはいえ、ここは2体のライドキャリバーに身を削って時間を稼いでもらわねばならない。
「包みこめ、清浄なる風よ…」
　蒼が呼んだ清めの風が炎を掻き消し、仲間達の傷を癒していく。炎は消え失せたが、受けたダメージは回復しきれていない。
　今の攻撃を、連続して食らいたくはない。
「少し、読みが甘かったですね」
　角は軽く舌打ちする。ゼリーフライ女との戦闘で、イフリートが消耗してくれていると予想していたのだが、結果は違った。ゼリーフライ女は、僅か2分足らずで敗北してしまったのだ。イフリートは、殆ど消耗していないと言って良い状態だったのだ。
『ぐおおお！！』
　イフリートが再び大口を開けた。狙いはやはり、後方にいる者達のようだ。
　そうはさせじと、燐音が影を向かわせるが、炎の幻獣は影に飲み込まれる前にひらりと躱す。
「もらった！」
　杏は大きく踏み込むと、イフリートの横っ腹にオーラを収束させた拳を叩き込む。
　ズゴゴゴゴ…！！
　拳の連打を受けたイフリートの表情が歪む。怒りの形相を杏に向けたその時――。
　ブォン！！
　ブラックゴートとスーパーカブ改が、逆側の横っ腹に突っ込んだ。
「お前ら…！」
　2体のライドキャリバーは、杏に向けられたイフリートの注意を、強引に自分達に引き戻した。
『ごあっ！』
　短く吠え、イフリートはブラックゴートにガブリと噛み付く。バキバキという凄まじい音が響く。スロットルを全開にして自身の回復を図ろうとしたが、残念ながら追い付かなかった。噛み砕かれ、無残な姿となったブラックゴートは、痙攣するかのような身震いの後、消滅していく。

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　炎を纏った爪の一撃をまともに食らい、スーパーカブ改は爆発炎上する。それでも尚、自分の役目を全うしようと、炎に包まれたままイフリートの下顎目掛けて体当たりを敢行した。
　そのまま力尽きるスーパーカブ改。
「あなたの想い、無駄にはしません！」
　角がWOKシールドを構えたまま、イフリートの前面に立つ。盾役としては、他の者達と比べると心許ないかもしれない。しかし、その想いは誰にも負けるつもりはない。
　犠牲になったスーパーカブ改の為にも、例え自分が倒れてでも盾役としての任務を全うするつもりだった。
「レム！　フォローに回ってください！　少しでも攻撃を引き付けて！」
「コペル、お願い！」
　李と志帆が、お互いのパートナーを最前線へと送り出す。消滅した2体のライドキャリバーの穴を埋める為だ。
　角と、そしてレムとコペルの2体のサーヴァントが盾として奮闘する中、杏は縦横無尽に駆け巡り、その強烈な火力でイフリートを攻撃していく。
　だが、なかなかイフリートは倒れない。
　李の援護も虚しく、灼熱の爪によりレムの体は引き裂かれ、タキシードが激しく燃え上がる。
「…レム！！」
　身を焼かれ消滅していくレムは、その声に振り向く。李に向けられた仮面の奥の瞳は、役目を全うしたからか、心なしか誇らしげに見えた。
　壁の一枚が崩れた。イフリートの興味が、再び後衛陣へ向けられた。
「いけない！　炎が来る！」
　燐音が気付いたが、僅かに遅かった。
　押し寄せる攻撃をものともせず、イフリートは爆発的な炎を吐き出す。
　志帆が、燐音が、李と蒼が、全身を焼かれて悲鳴を上げた。
「流石に…楽に勝たせてはくれないわよね…！」
　苦しい息を吐く百花。自身のシャウトだけでは回復が追い付かないが、後方のメディック達の損害も大きい。
「さて…柄じゃないけど、頑張りましょ」
　コペルが倒れるまではこの位置で頑張ろうかと思っていた百花だったが、レムが倒れた今、そうも言っていられない。壁を厚くし、イフリートの注意を再度引きつけなければならない。
　百花が前衛に飛び出そうとするよりも僅かに早く、コペルが口に銜えた斬魔刀でイフリートの喉元を切り裂く。
　逆襲の炎が、コペルを飲み込む。
「コペルぅ！！」
「待て、柊！」
「柊さん！？」
　杏の制止も、百花の声も耳には入っていた。しかし、全ての思考より優先して、体の方が先に動いてしまった。
　炎上し、ぐったりしているコペルを踏み潰そうとイフリートが前足を振り上げた瞬間、志帆は咄嗟に駆け出し、コペルを守るようにその体の上に覆い被さったのだ。
　幾ら作戦だとはいえ、やはり目の前でコペルが消滅していく光景など、冷静に見られるはずもない。
「くっ。間に合わな…！」
　割って入ろうと、杏が疾走するが間に合いそうにない。だが――。
　一瞬、ほんの一瞬だけ、イフリートが躊躇した。その僅かな一瞬が、杏を間に合わせた。目覚めよと呼ぶ声が聞こえ、螺穿槍が振り上げたままのイフリートの右前足を穿った。
「やああ…！！」
　角がバトルオーラで体を包み、気合いと共にWOKシールドを構えたまま突撃した。そのまま体重を預けるように左前足に激突すると、肉を抉った。
『ぐ、ぐおおおおお…！！』
　イフリートが苦悶の声を上げる。
「神の……刃……！」
　チャンスとみた蒼が、渦巻く風の刃を放つ。
　一気に前線まで駆け上がってきたコウが、縛霊撃が叩き込んだ。
　同じく、駆け上がってきた燐音が鬼神変で追撃する。
　イフリートがたたらを踏み、バランスを崩した。
　ようやく、志帆が顔を上げた。コペルの顔を覗き込むと、甘えるような声を上げてくる。
「大丈夫です、私が守ります」
　李がコペルの傷を癒してくれた。志帆の顔を見詰め、李は小さく肯く。
　志帆の影が伸び、先端が刃の如くイフリートの腹を割いた。
『おおお…！』
　苦し紛れに、イフリートは炎の爪を振り回す。
「むん！」
　妖の槍を突き出し、杏がその爪を受け止めた。
　その隙に、志帆の前に百花が立ちはだかり壁となる。
「私の全力で…アナタを滅ぼすわ」
　ゆっくりとした口調で、百花は宣言した。自分にも守りたいものができた。
「アナタを倒す事は、きっとそれに繋がると思ってるの」
　それに、ダークネスへの憎しみは、今も変わることはない。……だから、倒す。
　一瞬のうちに死角へ回り込み、急所への一撃を見舞う。
『ごおおおっ』
　イフリートが吠えた。
「消えろ」
　小さく息を吐き、杏は伊達眼鏡の位置を直す。
　その霧の先に真実はある。
　杏のトドメの一撃が、ついにイフリートを粉砕した。

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「お怪我は、ありません…ですか？」
「うん。ありがとう」
　トコトコと駆け寄ってきた蒼に、燐音は柔らかい笑みを向けた。蒼は仲間の一人一人に、尋ねて回っていた。その姿が可愛らしくて、つい笑みが零れる。
「えっ。忍者関係なかったのっ！？」
　忍城の歴史をコウから教わっていた志帆が、驚いたような声を上げている横で、コウ本人は売店で調達してきたゼリーフライを頬張る。
「む、意外と美味いな…。イフリートの大量発生には理由があるはずだが…楔？」
「今回の件で終わればいいのですけど…まだ何かありそうですね」
　李が肯きながら応じた。
「……がいおうが、一体、何者なのでしょうか…」
　蒼が呟く。出掛ける前に、そんな噂を耳にしたのだ。
「カイロありがとう。助かったわ」
　百花が杏に礼を言う。待機中に冷えないようにと、彼が用意してくれたのだ。
「イフリート…」
　伊達眼鏡に触れつつ、杏は既に次なる戦いを見据えて、決意を新たにしていた。

作者：日向環	重傷：なし 死亡：なし 闇堕ち：なし
種類： 公開：2013年1月16日 難度：やや難 参加：8人 結果：成功！
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