楔を喰らう炎獣～魔光狼

■リプレイ

●
　太田区にある、とある廃ビルに、イフリートが襲撃をかけるという。
　そこは羅刹の息のかかった者達の拠点である。
　正直なところ、ダークネス達の小競り合いに、赤秀・空（アルファルド・d09729）は大した興味はない。
　けれど、その片方、イフリートに不穏な動きが見られるとなれば多少意味合いが変わってくる。
　先だっては、バベルの鎖によって、ダークネス達の暗躍するビジョンが予測された。
　その内の一つに、鶴見岳に集うイフリート達の群れの光景があった。
　なにかよからぬ事件が起きようとしている……。
　と、言われてもやっぱり空にとっては、周りの人間程重くはとらえていないのだけれど。
「……気になりますわね」
　閃光院・クリスティーナ（閃光淑女メイデンフラッシュ・d07122）にはかすかな懸念がある。
　担当するイフリートを倒すことで、より厄介な事態を引き起こすのではないかというものだ。
　もちろん論拠などはなく、ただの勘に過ぎないが、時として理屈などより一人の勘がなにより真実に近いこともあるのがこの灼滅者の世界でもある。
「とはいえ、目の前の危機を看過するわけにもいきませんわ。全力を尽くしましょう」
「……逃せば被害は更に拡大する。捨て置けねぇな」
　単独行動の多いイフリート達が集団で行動している。
　それは、イフリートによって家族を奪われた東堂・昂修（曳尾望郷・d07479）にとって激しい嫌悪を覚えるニュースだった。血の繋がらない自分を実の子のように育ててくれた父母。そして、姉。
　イフリートに関わる度、彼らのことを思い出し、胸の中に暗い炎が延々と燃え続けていることを自覚せずにはいられない。
　それがたとえ自分に直接関わったイフリートでないにしても。憎悪は種族全体に及ぶ。
　されど、感情のままに行動することは、自分にとっても周りにもよい結果をもたらさない。あくまで冷静に自分の役割を遂行しなければ。
　と、知らず口数の減る昴修のもとへ天外・飛鳥（囚われの蒼い鳥・d08035）が跳ねるようにやってきた。
　強敵を相手にするという緊張感も特にはなさそうで、
（「イフリートの壊れる音か……楽しみだな。どんな音するんだろ？　ふふっ♪」）
　と、心弾ませている。彼はサウンドソルジャーであるからか、音に、それも存在が壊れる音に強い興味を抱いている。そういう意味では、イフリート達の行動自体は彼には大した意味を持たない。ただ、昴修の宿敵であるという点を除いては。
「ねぇねぇ、依頼がんばったらさ、ご褒美ちょうだい」
　飛鳥は昴修にご褒美をねだった。
　同じ依頼を受けた対等の仲間で、ご褒美もないものだが、飛鳥と昴修は寮のルームメイトで、あどけない飛鳥の振る舞いに、昴修には多少心境の変化が生まれてきている。
「……無事に終わったら考えておいてやる。何がいいんだ？」
「なにがいいかなー？」
　とごまかすが、飛鳥の心は決まっていた。
　昴修に抱きしめてもらうこと。それだけでいい。
（「……恥ずかしくて言えないけど！」）

●
「……来たな」
　彩風・凪紗（不壊金剛・d10542）のつぶやきが消えぬ内に、真っ赤に燃え上がる毛皮の狼が現れた。
　距離があるため、こちらには気づいてはいない。羅刹のいるビルへと入っていく。
　凪紗が振り返ると、千凪・志命（生物兵器のなりそこない・d09306）と巴里・飴（舐めるな危険・d00471）はうなずき返した。先頭を行く凪紗の後について、前衛組が行く。凪紗は物音一つたてず、洗練した動きのように志命には思えた。それになんというか、水を得た魚のように生き生きとしている。気のせいかも知れないが。
　飴は音をたてるようなアクセサリの類はしまっておいてある。あくまで隠密行動。
（「油断して甘っちょろい気持ちで臨むと、殺されかねないし」）
　その考えは決してオーバーではないのだった。
（「宿敵との初対面か……」）
　日向・和志（中学生ファイアブラッド・d01496）はファイアブラッドの血がたぎるのを感じる。自分の宿敵だからといって思い入れがあるわけではない。けれど、ここで倒さない理由があるわけではない。
（「きっちり灼滅させてもらうぜ！」）

●
　血の臭いが凪紗の鼻に届いた。
　不良達の怒号や悲鳴、そして激しい戦闘音が絶え間なく聞こえてくる。
　不良達と接触したことは明らかだった。
　けれど、決着するまで干渉することは避けなければならない。エクスブレインの未来予測を違えないように。
（「ここが限界だな……」）
　凪紗の武術家としての勘とバベルの鎖が告げていた。これ以上接近すれば敵に気取られる。
　血の臭いを混ぜた、あぶられた空気が流れてきて不快さを覚える。
「……よし行こう」
　やがて、凪紗が合図して先に進み始めた。
　先程の騒ぎが嘘のように静まり返っているが、戦いの爪痕は生々しく残っている。
「おや」
　と、空が声を上げた。
　何事かと思うと、空が注意してくれる。
「そこ、踏まないようにね」
　そこにはおびだたしい血と誰かの手首。
「げ……！」
　うっかり踏みそうになって和志は慌てて足をどける。命のやりとりをする世界に身を置いているとはいえ、人間の手首を踏みたいわけがない。
「なんでお前平気なんだよ」
「え、踏んで転んだら危ないよね？」
「そういうわけじゃなくて！」
　なんでもないことのように言う空に、和志は軽いめまいを覚える。この表情は本気だろう。和志とて戦いを経験し、人型の都市伝説を灼滅したこともあるが……武蔵坂には、同じ灼滅者であっても多種多様な連中が揃っている。全然気にしないやつもいるが、クリスティーナの口元を抑えてわずかに眉をしかめる仕草はいかにも育ちの良さをうかがい知れた。
　すぐに、その手首の持ち主も見つけたが、すでに事切れているようだった。他にも出くわすのは死体ばかり。狼はきっちりと仕事をしていったようだ。
　やがて、狼のいるだろう、突き当たりの扉を開けた。
　部屋の中には、リーダー格らしき男が今まさに狼によって喰われているところだった。
　部屋は荒れて物は飛び散り、凄惨な戦いの跡を物語っている。
　狼も男の体も至る所に傷を負っていて、最期まで抵抗したのだろうことがわかった。
（「亞屡罵斗露栖……強敵にも臆することなく立ち向かったその根性、はっきり言って私そういうの好きです」）
　飴は散った敵に敬意を払う。
　だからこそ、その遺志を自分達が引き継ごう。
　飴達は部屋の中になだれ込み、まっすぐに狼へと跳んだ。身にまとう闘気を雷へと変換。殴打と共に狼へと流し込む。凪紗も同じように考えていたようで、ほぼ同時に抗雷撃が狼の体を突き上げた。
「響かせて」
　不意を打つことに成功した飛鳥の影が狼に絡みつき、志命の螺穿槍が狼の体に突きいれられた。
　狼は志命達に向き直り、威嚇するように唸り声を上げた。
　妖の槍ガニアン・ソヴァールを構えつつ、志命は狼の姿に嫌悪感を覚える。
　それは宿敵を前にしたからか、あるいは彼の魂の奥底に潜む闇が、自らとよく似たダークネスを見つけざわめくからかも知れない。
　狼が動く。
　そのことは少なからず和志達を緊張させた。空はそうでもないようだが。
　一体どんな攻撃をしてくるのか。
　狼は口を開くと、その瞬間、光の弾丸が放たれた。目にも留まらぬ早さ。
「な……っ！」
　気づけば、昴修に直撃していた。
「昴修っ！」
　飛鳥の口から悲鳴じみた叫びが漏れる。
　昴修の体は吹っ飛んで部屋の壁に激突し、彼を中心に陥没し、無数の亀裂が走る。肋骨が折れたか、内蔵が破裂したか。そんな危惧が脳裏を駆ける。昴修の体はゆらりと地面に落ちかけ、しかし、倒れることなくしっかりと両の足で立った。
「……まぁまぁだな」
　相当効いたはずだが、昴修がそううそぶく様は、まるきり平気そうに見えるからすごい。クリスティーナの集気法が昴修を癒す。
「よくも昴修をやったなぁ！」
　ひとまず昴修が無事だったことで安堵した飛鳥は、素早く狼の死角に回り込む。狼は野生の勘とでもいうべきものでそれを察知し回避しようとするが、その瞬間、ぐぐっと脚を引っ張られた。
「俺が無事な限り、絶対逃がさないよ」
　空の影が、文字通り狼の足を引っ張る。飛鳥はその隙を見逃さず狼の腱に深々とナイフを突き刺し、何度も出し入れして肉を破いた。
「このぉ！」
　志命が槍を回転させての突撃する。
　けれど、狼は跳躍を諦め、ごろごろとみっともなく転がってようやくその槍から逃れる。
　かと思えば、その動きを予測していた和志が放つレーヴァテインが起き上がりかけた狼の背を打つ。
「墜ちろ！」
　床に打ちつけられた狼めがけ、飴の抗雷撃が炸裂する。
「グルゥウウア！」
　狼は集まった敵をすべて焼き尽くさんと灼熱の業火を吐いた。和志と空はさっと跳びのくも、飴達の姿は炎の海に沈む。
「この程度の火じゃ甘いよ」
　と飴は炎の中から転がり出ると虚勢を張ってみた。実際は、かなり痛い。
　けれど、自分が攻撃されることで仲間が助かるなら。そして、勝利の暁には美味しいパフェが待っていることを思えば。我慢できない苦しさではない。
　すかさず、クリスティーナは念を込めて防護符を放ち、昴修は背に炎の翼を生やして癒しを与えた。
　持ってきたヒールサイキックに対して、敵の火力が強すぎるのは、誤算であったが、なにもかも計算し尽くせるようなら苦労はない。
　和志はシールドリングを飛ばしながら狼との間合いを測る。

●
「なんなんだよ、もー」
　飛鳥達は狼の高火力に対して、劣勢を強いられることになった。ディフェンダーが三人いるが、この狼は単発のドデカいやつを遠近構わず撃ってくる。もっとも、その怒りの矛先のほとんどは凪紗に向かった。
　狼が疾駆する。その俊敏さは風のごとく。避けるという言葉すら思いつかない。けれど、凪紗は卓越した足運びで移動しながら迎え打つ。
「舐めんじゃねえぞ畜生風情がアアアッ！」
　紫電迸る一撃が狼の顔面に決まる。まばゆい閃光。しかし、狼は口を開き、至近から光の弾丸を放った。
　避けられようもない光弾を浴び、凪紗は天井へと叩きつけられ、床へと落ちる。再度光弾を放とうとする狼の横っ腹に燃え盛る妖の槍が突き刺さった。槍の主、志命は狼と目を合わせると一層深く槍をねじ込ませる。標的を変えた光弾をひらりとかわすと、入れ替わるように飛鳥が狼の首筋にナイフを突き立てた。瞬間、花火でも咲いたように毛皮が弾ける。うめいた狼は爪を振るい、飛鳥を遠ざけるも、即座にその体を影が呑み込んだ。
「闇に飲まれよ……なんてね」
　しかし、狼は影を突き破り、呪いの視線を志命へと向けた。志命の腕がまたたくまに石像のようにこわばり、呼吸が苦しくなる。
　あれだけの攻撃を受けても、狼は衰えることなく強烈な一撃を放ってくる。
　強い。
　力不足を痛感する。
　これほどの差があるものなのか。
　飴は目元についたゴミを払う。
　けれど、格上の相手だということは百も承知している。自分の役割を果たすべく、飴は拳に雷撃を宿す。

●
　和志はクリスティーナ達と声を掛け合って、効率よく回復していく。正直なところ、火力を持つ和志は攻め手に加わりたいところだが、仲間が倒れては仕方ない。臨機応変に対応する。
　だが、それも遂に限界がきた。
　意識を飛ばしかけ、されど立ち上がり、クリスティーナの防護符と昴修のフェニックスドライブを受けた凪紗。視界の霞む彼女の胴体を狼の牙がとらえた。余程紅葦手でぶん殴ってやったのが腹に据えかねたのだろう。連続でしとめにきやがった。
　仲間達の目の前で、凪紗は牙が離れた瞬間光弾に撃たれ、すべるように地面を転がり、そのまま動かなくなった。
「これでも喰らえっ！」
　真上から降り下ろされた志命の槍が狼の首筋を貫いて反対側に抜けた。飛鳥が毛皮を斬り破いたところだ。傷口から、内側から、炎が噴き上がる。狼は身もすくむような叫び声を発しながら首に刺さった槍を振るい、志命を振り落とそうとするが、離れない。より一層炎は勢いを増し、志命自身すら焦がすかのように燃え上がる。だが、やたらめったら狼は壁に激突を繰り返しとうとう志命は弾き飛ばされ、すかさず放たれた光弾が石化しかけた志命の体を砕いた。
　二人が倒れ、尚一層攻め立てるも、魔狼の凶牙は鋭さを増し、強烈な光弾が骨を砕き、業火がクリスティーナ達を焼き焦がす。
「わたくしが、倒れるわけには」
　オーラを癒しに急速変換。無惨に傷ついた白魚のような手を回復させる。指先の痺れはすぐに消失するものの、体力の消耗が激しい。自分は最大の癒し手。落ちるわけにはいかない。
「正念場だぜ！　踏ん張れよ！」
　和志のシールドリングが飛び、昴修がフェニックスドライブを発動させる。
　けれど、狼は、喰らいつく飛鳥と飴を体当たりで弾き飛ばし、和志の服の裾に噛みついてぶんぶん振り回して放り投げる暴虐の限りを尽くし、やがて、放った光弾は目で追うことも許さず和志と空の間を通り抜け、クリスティーナを直撃した。傷ついた淑女はもはや心臓を動かすことが精一杯の、光の世界へ意識を飛ばした。
「どうやら、潮時みたいだね」
　空は終わりを悟った。
　壁を二人失い、回復の要であるクリスティーナも落ちた。これ以上はジリ貧であろうし、あらかじめ三人倒れたら撤退することは決めておいたことだ。
　そうとなれば、空の行動は早かった。空自身はまだまだ戦えたが、惜しむ様子もなく、凪紗を担ぎ上げる。和志達も意識のない仲間を助け、飴も仲間の背を守ろうと狼を牽制する。
「うう……負けですか」
　追いかけようとする狼の前に、クリスティーナのビハインド、グロウが立ちふさがった。

●
「昴修、大丈夫？」
　意識のないクリスティーナを背中に負ぶった昴修に飛鳥は声をかける。昴修は存外タフに頷き返すが、飛鳥はそれにほっとしたものの、ご褒美はお預けだろうなとがっかりする。
「案外簡単に逃がしてくれるんですね」
　飴は狼が追ってきていないことに気づいていた。残してきたグロウもとっくに倒されている頃だろう。
「まぁ、僕達なんて眼中にないのかな」
　空はあっさりそう言う。
　それは案外的を射ているのかも知れない。既に目的を達したという意味で。
「くそ、なめられてるってことか」
　和志は悔しさに震えつつも、志命を背負って走り続ける。
　三人倒れても、まだ戦う力は残っている。けれど、安全を優先したことは間違いではないと思う。
　人の命は尊い。危険に飛び込む灼滅者とてそれは同じ。いや、だからこそ、大事にせねばなるまい。
（「二ヶ月前ならここで死ぬのもアリかなと思ったかも知れないね」）
　空は、一人ででも戦い続けたかも知れない自分のことを思う。
（「でも、今はまだ死ねない……あの子を見つける日までは」）
　誰かの顔を思い浮かべながら、空達は学園へと走っていった。

作者：池田コント	重傷：閃光院・クリスティーナ（閃光淑女メイデンフラッシュ・d07122） 千凪・志命（灰に帰す紅焔・d09306） 彩風・凪紗（不壊金剛・d10542）  死亡：なし 闇堕ち：なし
種類： 公開：2013年1月16日 難度：やや難 参加：8人 結果：失敗…
得票：格好よかった 14／感動した 0／素敵だった 0／キャラが大事にされていた 2
あなたが購入した「複数ピンナップ（複数バトルピンナップ）」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。