楔を喰らう炎獣~駈ける焔

    ●大分県別府市・鶴見岳
     何体ものイフリート達が、続々と鶴見岳に集結している。
     イフリート達の体毛によって、燃えるように煌々と輝く鶴見岳。

     頂上には、一体のイフリートが存在した。
     他のイフリートを圧するほどに大きく、威厳に溢れたその姿。
     イフリートの首魁は、配下の前でゆっくりと力を練り、人間の姿へと変貌する……。

     ……人の形へと転じたイフリートの首魁。
     少女のようなその姿は、居並ぶ配下の幻獣達に向かい、唸り声の如き少女の声で命じる。

    「ガイオウガノメザメハチカイ。ケダカキゲンジュウシュヨ、コノクニノクサビヲクライクダキチカラタクワエタノチ、ソノチトニクヲ、ガイオウガニササゲヨ! サスレバ、ガイオウガハゼンナルイチノゲンジュウトナリテ、ナンジラトトモニクンリンスルデアロウ!」
     
    「お正月なのに申し訳ありません。ですが、小鳥遊・優雨(優しい雨・d05156)さんからお聞きした情報は、座視できないものなのです」
     五十嵐・姫子(高校生エクスブレイン・dn0001)の顔色は青かった。立て続けに視えたという未来予測の憂鬱さ、そして心労故かもしれない。
     別府市に出現したイフリートは灼滅者達によって倒され、鶴見岳に封じられたという強大な存在が呼び醒まされる危機はひとまず去っていた。
     しかし、『それ』の復活を企む者達は、宿願をなおも諦めていなかったのだ。
    「おそらく彼らは、短期的にサイキックエナジーをかき集めるための方策を求めたのでしょう。
     そしてその方策とは……日本各地に散らばるイフリート以外の眷属、都市伝説、そういった存在を殺して、強引にエナジーを奪うことらしいのです」
     故に、他の眷属や都市伝説を殺せるだけの強大な力を持ったイフリートが、各地に出現したのだという。
    「今回視えた未来予測では、広々とした青空を背景として、炎と風をまとった巨大な神馬がそそり立っていました。
     現場は名古屋市内の5階建て廃ビルの2階です。そこには、緑色のローブとフードをまとった5人の男達がいました。おそらく彼らはソロモンの悪魔の手下でしょう。
     また、彼らの前には1人の少女が天井から釣られていました」
     緑ローブ達は手にしたナイフで、少女を殺害しようとしていた。
     そこに神馬が現れて、緑ローブ達を倒してしまうという。
    「そこまでなら神馬も正義の味方でいられたのでしょうが……次に神馬は、その少女を殺します」
     ソロモンの悪魔への意趣など、神馬にはない。
     ただ目に付いたから他のダークネスの眷属を殺し、自らのサイキックエナジーを増す、それだけの話。
     神馬は炎と風をまとって、あるいはひづめを振るい、あるいは突進し、あるいは炎を吐き散らす。そんな力が、もしも無差別に振るわれたなら……。
    「――もちろん少女1人にはとどまらず、愛知県内で多数の犠牲者が出るでしょう」
     姫子の表情は暗い。
    「今回の神馬もダークネスであり、こちらの行動を予見する可能性があります。問題のビル以外の場で神馬を灼滅しようとしても、果たせないかもしれません。
     まあ、緑ローブ達もダークネスの手先ですから、囮になってもらっても良心も痛まないかと思います。ですが、罪のない少女まで囮にしたくはないものですね。
     神馬に限らず、今日各地に出現したイフリート達は、いずれも過去に例のないような強大な力を持っています。くれぐれも油断をなさらぬよう、全力で灼滅してください」
     そう締めて、姫子は頭を下げた。

     名古屋行きの準備中、灼滅者達はふと首をかしげる。
     姫子は確かに、場所が「5階建て廃ビルの2階」だと言っていたはず。
     ……何故、神馬の背景に青空が広がっている? ビルの3階から上はどうしたのだ?


    参加者
    穂邑・悠(火武人・d00038)
    衣幡・七(カメレオンレディ・d00989)
    レイン・ウォーカー(隻眼の復讐者・d03000)
    朧木・クロト(ヘリオライトセレネ・d03057)
    相羽・龍之介(中学生ファイアブラッド・d04195)
    鮎宮・夜鈴(宵街のお転婆小町・d04235)
    清浄院・謳歌(正義の中学生魔法使い・d07892)
    時宮・霧栖(キラーバッドエンド・d08756)

    ■リプレイ

    ●灼滅者のお正月
     2013年の幕開けと同時に日本全国に現れたイフリート。
     その灼滅を託された、正月の予定を全部ぶち壊しにされた灼滅者達の機嫌は、様々であった。
    「寝正月もいいかと思ったけど、日本の旅行もいいなと思って……京都の初詣・寺巡りだの、スイーツ食べ歩きだのしたかったっ!! 以上! くっそ……!」
    「新年早々どういう事なの、綺麗なイフリートでも許せないわ……免許取りたてのバイクの試乗予定だったわよ、もうっ」
     朧木・クロト(ヘリオライトセレネ・d03057)と衣幡・七(カメレオンレディ・d00989)の2人は、名古屋に向かう列車の車内でも不満を隠さずにいた。
    「せっかく着物とかも色々用意してたのに……まぁ、代わりに名古屋に行けるから神馬様々だね~。
     名古屋と言えばとんかつとお味噌~、衣の様にサクッと終わらせてさっさと食べに行きたいな~。ンフフ~♪」
     初詣に行けなかった時宮・霧栖(キラーバッドエンド・d08756)は、彼らよりもポジティブな思考で、名古屋を楽しむ気満々であるが。
     もっとも、ただ楽しむ訳にはいかなかった。
    「イフリートが何かやらかそうとしてるみたいだな。なら止めなきゃならんだろ。
     それだけじゃねぇ。生贄なんてのも見過ごすわけにもいかないぜ。
     何より虐殺。そんなの実現させるわけにはいかねぇよ」
     仲間に、そして自らに言い聞かせるように、1つ1つ数え、言葉を重ねる穂邑・悠(火武人・d00038)。
     灼滅者達が背負わされた物は、それほどまでに重かった。
    「たとえ神馬がどれほどの力を持っていたとしても、私達の行動に沢山の人の命がかかっている。絶対に負けるわけにはいかない。ここで神馬を必ず灼滅してみせる」
    「放置すればたくさんの人が犠牲になるし、生贄にされかけてる女の子も助けられないですよね。みんなを助けるために、絶対に勝たないと」
     レイン・ウォーカー(隻眼の復讐者・d03000)と相羽・龍之介(中学生ファイアブラッド・d04195)もうなづく。ちょっと遠出して写真撮りながら散策、の予定を龍之介も潰された口ではあるが、おくびにも出さない。
     やがて列車も止まり、灼滅者達は名古屋の地を踏む。そしてすぐに。
    「おい、あれじゃないか?」
     聞かされていた場所に、古ぼけたビルが遠目に見えた。
     そしてビルのすぐ隣には――未来予測で聞いた、巨大な神馬イフリートの姿も。
     もしもあのビルが話の通り5階建てであるなら……神馬の脚は地上に立っていながら、その頭はビルの4階あたりにあるように見えた。
    「でけぇ……」
     さしもの灼滅者達も一瞬言葉を失う。
     と、神馬は前脚を振り上げると、ビルの中腹へと叩きつけた。
     ずしん、と地響きが届く。1回、2回とコンクリートが、鉄骨がありえない悲鳴を上げる。
     みしっ……びきっ……ばきぃぃっん……!
     4回目のアタックで、ビルは半ばからへし折れ、3階より上の部分が崩れ落ちた。
     後に残ったのはビルの1階と2階。天井がなくなった2階からは、駅から見上げるのと同じ広々とした青空が見えているはずだった。
     清浄院・謳歌(正義の中学生魔法使い・d07892)が呆然とつぶやく。
    「これが……神馬の背後の空の意味、なの?」
    「御餅を焼くならまだしも、ビルの頂きを吹き飛ばすなど、火の用心にも程がありますのよ。
     愛知のお正月を台無しにするわけにはいかないのですわ。身命を賭して、じゃじゃ馬ならしと参りますの」
     鮎宮・夜鈴(宵街のお転婆小町・d04235)に促されて、一同はビルへと急いだ。
     未来予測によれば、そこにはソロモンの悪魔の手先の緑ローブ、そして生贄の少女がいるはずだった。

    ●サドンデス
     足音を立てないよう注意しながら古ぼけた階段を昇り、ビルの2階に向かう灼滅者達。
     神馬と緑ローブ達とが今、激戦を繰り広げているはず――そんな灼滅者達の予想は半分当たり、半分外れていた。
    「こ、これは……」
     彼らの目の前で、すでにローブごと黒焦げになった男達が倒れていた。漆黒の刃のナイフが、持ち主の手を離れてビルの床のあちらこちらに飛ばされている。
     それはまさに一方的な殺戮。神馬の口から放たれた荒れ狂う焔1つで、緑ローブ達は全滅していた。
    「い、命の……」
     否、ボスとおぼしき杖を持った男だけはかろうじて息があった。
     が、神馬はさらに、前脚のひづめを乗せて彼を踏みつける。男が持たなくなるのも時間の問題だろう。
    「貴方達に同情する気はゆめ、ありませんの。同胞の炎で煉獄へと堕ち逝きなさいな」
    「こんなつえーイフリート潜んでたんだな。気を引き締めていかないとな」
     緑ローブを突き放す夜鈴、そして神馬の力に感嘆するクロト。
     が、ダークネスに感心してばかりもいられない。
     今は神馬の注意が緑ローブに向いているが、連中が全滅すればその注意は生贄の少女に向けられる。つまり灼滅者としては、少女を救出するための時間は残り少なかった。悠が仲間に声をかける。
    「クロト、謳歌、気をつけてな!」
     生贄の少女が吊られている場所までは少し距離があった。かと言って走ったりしては、足音で神馬や緑ローブボスの注意を引いてしまう恐れがある。
     そこで灼滅者達が準備したのは、魔法使いの空飛ぶ箒だった。
     箒にまたがったクロトと謳歌が、一気に距離を詰める。謳歌の指先から魔法の弾丸が放たれた。
    「クロトさん! お願いっ!」
     弾丸は過たず、少女を吊すロープを灼き切った。
     すかさずクロトが、少女の身体をキャッチする。
    「任せろっ!」
     クロトはそのまま腰から箒を外すと、青空からビルの外へと身を躍らせた。
     少女の身を抱えたまま、地上まで一気に降り立ち、ダークネス達の危険地帯から遠ざかる。エアライドの力だ。
    「やりましたわ!」
     夜鈴が快哉を挙げた。地上ではクロトが、少女のロープや猿ぐつわを外して、安全な場所まで避難させているはず。
     そして粘った甲斐なく、緑ローブボスは神馬に踏み潰されていた。
    「来いよ、俺の炎!」
     後はクロトが合流するまで少しの間、7人で神馬を食い止めるのみ。
     悠を始め灼滅者達はスレイヤーカードを解放し、瞬時に戦闘態勢を整えた。
    「ほんとは守るより攻める方が性に合ってるのよ、あたし」
     神馬の胸元に素早く飛び込み、龍砕斧を回転させる七。
     その傷口は広く、そして浅い。ダメージではなく、必要以上の痛みを相手に与えるための傷。
    「それでも今日は、守るわ。どんな思いか察して貰える? 強い決意ってこと」
    「ダークネスは許さない……ダークネスに傷つけられる人を、一人でも救ってみせるわ」
     さらにレインも、痛みのためにWOKシールドを叩きつける。
     怒りの眼が自分達に向けられたことを確認して、七は挑発するようにあざ笑った。
    「いらっしゃいな、綺麗なお馬サン」
     七自身は意識していないが、実はこの行動は神馬の目論見を阻害する役割を果たしていた。
     神馬の目的はあくまでサイキックエナジーであり、他の眷属や都市伝説。灼滅者ではない。仮に怒りの付与がなければ場合によっては、緑ローブのエナジーを回収して用がなくなった戦場から、灼滅者を放置して離脱していたかもしれない。
     だが引き替えに、彼女は神馬の突撃をその身に受けた。
     普通の馬がトップスピードに乗れるようなスペースが、この不自由な戦場にあるはずがない。いわんや神馬の巨体をや。
     なのに、怒りの眼で頭からぶつかって来る衝撃は、まさにそのトップスピード。床を踏みしめたはずの靴底が、引きずられる。
    「……大丈夫、まだ立てるわ。任せて頂戴」
     土煙が収まると、七の立ち位置は1、2メートルほど後ろにずれていた。
    「赤赤と、まるで太陽のよう……初日の出と楽しむには、貴方の炎は禍々しすぎますわね」
     視線を注意深く神馬の方に注いだまま、夜鈴が回復の符を七に施す。
    「今度はこっちの番だな、行くぜ!」
     悠が無敵斬艦刀を手に、神馬に躍りかかった。
     たてがみに覆われた首筋を、したたかに斬りつける。
     苦悶の表情らしきものを浮かべるダークネス。あれほどの巨体に対しても、与えた打撃の手応えは確かだった。
    「おっと、お前にゃ自由に動かせねぇぜ」
     再び合流したクロトも、石化の呪いをかけて敵の動きを制約しようとする。
    「よーし、まだまだ行くぜ!」
     調子が出てきた、と判断した悠は、さらに斬艦刀を振り上げた。
     しかし、神馬はその前に動いていた。先程の七へのものよりも、さらに速度と勢いを増した突撃。
     大きな武器を頭上に振りかぶり、大きなダメージを与えようとした悠の胴体は、その分だけ自分の隙も大きくて。
    「危ない、悠!」
     警告の声は誰の物だったのか、いずれにせよ間に合わなくて。
    「かはっ……!?」
     ただの、一撃。
     斜め上に撃ち上げられた悠の身体は、次いでビルの外側を落下して行き……アスファルトの地面まで叩きつけられた。

    ●背水
    「悠!? ちっ、しっかりしやがれ!」
     クロトが慌ててもう一度箒に乗り、地上に降りる。
    「うう……」
     が、悠から返ってきたのは弱々しいうめき。戦線への復帰は厳しそうだ。
     ぎりっと夜鈴が奥歯を噛む。
    「……退けませんのよ。こたつに温州みかんの素敵なお正月の仇、ここで討たせて頂きますの!」
     仲間の誰一人欠けることなく――それが夜鈴の護るべき意地。
     故に彼女は、メディックとして回復に専念するつもりだった。しかしその意地も、一撃死のダメージには無力。噛み切った唇から流れる血は、自責の念か。
    「これ以上はさせない、止めてみせるよ!」
     謳歌が天星弓を構え、前脚の膝に向けて矢を撃ち込んだ。
     彗星のような太い矢が前進の勢いを削ぐ。恐るべき突進の力も、少し緩んだように見える。
     続けて龍之介も、バスターライフルからビームを放った。
    「その通りです! 傷つく人をこれ以上、出させません」
     緑ローブを、そして悠をも倒してしまった神馬。
     それは龍之介にとって、自らの過去の生き写しであった。
     イフリートに再び堕するのは恐ろしい。けれど、逃げる訳にはいかなかった。灼滅者として生きる術をひとたび掴み取った以上は。
    「来るわよ、龍之介さん!」
     その龍之介が、神馬の次のターゲットになった。燃えるひづめに踏みつけられようとする彼を、横からレインが突き飛ばす。
    「ぐうっ……」
     重量と圧迫感に、受け止めたシールドが悲鳴を上げる。
     邪なる炎に身を侵されるのを感じつつ、レインはしかし不敵に笑った。
    「……今よ、霧栖さん!」
     いつの間にか霧栖が、神馬の視線の陰から、天井の鉄骨に飛び乗っていた。
    「こんなめでたい日に張り切っちゃってまぁ……正月くらいおとなしく、炬燵で丸くなってなさいっての!」
     この位置からなら、神馬の頭にも武器が届く。
     イフリートにも負けないファイアブラッドの炎を縛霊手に、そして全身にまとわりつかせて霧栖は跳ねる。それはあたかも、炎でできた龍の翼で翔ぶがごとく。
     縛霊手は過たず神馬の眼を、そして脳をずぶずぶと貫いた。
     悠の斬艦刀で少なからぬダメージを受けていた神馬にとって、それは致命傷であり……苦悶し、地響きの音とともにのたうち回り……そして動かなくなった。

    ●予兆
     巨大なイフリートの死体が炎を吹き上げ始めたのを見て、一同はふうっと息をついた。
    「ね、かっこ良かった? ――って聞きたいとこなんだけど」
    「うん……他のところのみんなも、大丈夫だったかな?」
     ほろ苦い表情で仲間を見返す七。応えた謳歌もまた、ほろ苦さを噛み締めていた。
     この正月にイフリートが降臨した地はここだけではない。すべてを灼滅すべく、学園の同級生達が各地に飛んでいる。
     もっとも、他人の心配ばかりしてもいられない。灼滅者達は急ぎビルの階段を駆け降りた。他の地に出現したイフリートに関しては、今は仲間を信じるしかなかった。
     悠の容態を確認し、必要そうな応急手当もする。
    「大丈夫、悠さん?」
    「すまねぇ……まったく、ドジ踏んだもんだぜ……」
     悠の意識はしっかりしており、見た目の出血なども治まっている。が、骨や内臓のダメージまではわからない。一度帰京して精密検査を受ける必要がありそうだった。
    「つっ、疲れたぁ……あーあ、こりゃ名古屋観光って訳にはいかないな」
     霧栖は西の空に目をやった。
     緑ローブ達から奪ったサイキックエナジーが注ぎ込まれるはずだった地、鶴見岳。
     これだけ自分達を苦しめた強大なイフリートが、ドサ回りのようにサイキックエナジーをかき集め、そして自ら捨て石となろうとしていた存在が、その地にある。
    「このままでは終わらないですわね、おそらくは……大きな厄災の前触れ……」
     夜鈴もまた霧栖と並んで空を見上げつつ、激しい胸騒ぎを覚えるのであった。

    作者:まほりはじめ 重傷:穂邑・悠(火武人・d00038) 
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年1月16日
    難度:やや難
    参加:8人
    結果:成功!
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