雪の下より出でしは

    作者:宮橋輝


     河川敷に厚く積もった雪の下から、黒い影が這い出してくる。
     一つ、また一つ。目を凝らせば、それは人の形をしたものだと分かるだろう。いや、かつて『人だったもの』と言い換えるべきだろうか。
     濁った瞳に、もはや光はなく。土気色に変じた肌は、ところどころ腐り落ちていた。
     生ける屍――ゾンビが、全部で十体。

     彼らは周囲を見回した後、足並みを揃えて歩き出した。
     深夜のことで、目撃者がいなかったのが幸いだったかもしれない。
     仮に誰かが遭遇していたとしたら、おそらく命はなかっただろうから――。 
     

    「いきなりなんだけど、北海道に行ってきてもらえるかな」
     灼滅者たちに挨拶を済ませた後、伊縫・功紀(小学生エクスブレイン・dn0051)はそう言って話を切り出した。
     どこからやって来たのか、北海道の札幌市にはぐれ眷属のゾンビが現れたのだという。
    「ゾンビたちは、河川敷にある雪捨て場に住み着いて、そこから出てこないみたい。だから、今はまだ犠牲者とかは出ていないんだけど……このまま放っておくわけにもいかないから」
     拠点に攻め入り、ゾンビたちを全滅させるのが今回の目的になる。
    「数は、全部で十体。ガンナイフ使いのボスが一体と、解体ナイフを持った配下が九体だね」
     彼らは拠点から出てこようとしないため、十体を分断するのは不可能に近い。
     つまり、この全てを一度に相手しなければいけないということだ。
    「そこまで頭が良いわけじゃないけど、敵は陣形を組んで戦ってくる。油断してると痛い目に遭うかもだから、充分に注意してね」
     現場は雪が深く、当然ながら足場が悪い。寒さに対する備えも必要だろう。
    「皆が現場にいる間は一般人は通らないから、戦いに集中してもらって大丈夫だと思う。――どうか、気をつけてね」
     功紀は説明を終えると、飴色の瞳で灼滅者たちを見た。


    参加者
    花楯・亜介(花鯱・d00802)
    伐龍院・黎嚇(ロストミーニング・d01695)
    雲母・凪(魂の后・d04320)
    有馬・臣(ディスカバリー・d10326)
    ワルゼー・マシュヴァンテ(システマ教開祖・d11167)
    高倉・光(羅刹の申し子・d11205)
    白鷹・瑞鳳(悪を絶つ剣・d12104)
    リアノン・ドリームズ(きりんぐましん・d12407)

    ■リプレイ


     河川敷の雪捨て場と聞いていたそこは、予想よりもずっと広かった。
     まだ少し距離があるものの、一面が雪に覆われているのが遠目でも分かる。
     これだけの広さがあれば川に落ちる心配はなさそうだが、眺めているだけで雪に埋もれそうだ。冬用の装備に身を固めた花楯・亜介(花鯱・d00802)が、気怠げに眉を寄せる。
    「まさか年明け早々、北海道まで行ってゾンビ退治とは……」
     指で眼鏡の位置を直す伐龍院・黎嚇(ロストミーニング・d01695)の傍らで、ワルゼー・マシュヴァンテ(システマ教開祖・d11167)が身を震わせた。
    「寒いのは苦手なんだが……」
     この時期、札幌の気温は日中でも氷点下になる。防寒具を纏っていても、慣れない者にとって夜の冷え込みは厳しい。
     周囲の人通りが完全に絶えたのを確認し、ワルゼーは一足先にスレイヤーカードの封印を解除する。己の身を寒冷地に適応させるESPを発動させ、ようやく落ち着くことができた。
    「何かあってからでは遅いですし、寒いだのなんだの言ってられませんね」
     カイロで暖を取りつつ、有馬・臣(ディスカバリー・d10326)が口を開く。どこからか現れ、雪捨て場に住み着いた十体のゾンビ。今のところ彼らによる犠牲者は出ていないものの、放っておけばそれも時間の問題だろう。
    「ちょっとした小旅行だとでも思おうか」
     相槌を打った後、黎嚇は靴の底で路面の感触を確かめる。慣れない雪上での戦い――足場には、充分に気を配る必要があった。
    「……」
     やや後方に位置するリアノン・ドリームズ(きりんぐましん・d12407)が、黙々と歩を進める。丸々と着膨れした彼女はよほど寒いのか、ここに来るまで殆ど口をきいていなかった。
    「…………」
     まるで大きな雪だるまが歩いているようだと言ったら、叱られるだろうか。

     やがて、灼滅者たちは件の雪捨て場に到着した。
     目を凝らすと、ゾンビたちが雪を掘って築いたと思われる拠点が中ほどに見つかる。
    「近くに一般人は居ない、と……」
     突入の前に、白鷹・瑞鳳(悪を絶つ剣・d12104)が改めて周りを確認した。
    「全力で潰すには良い環境だぜ!」
     初めての依頼に意気込む瑞鳳の隣で、亜介がごき、と首を鳴らす。
    「ゾンビしかいないとかだりーな」
     普段ならとっくに寝ている時間だが、今日ばかりはそういう訳にもいくまい。こういった地味な仕事も、誰かが引き受けなければならないのだ。
     さっさと終わらせて帰ろうぜ、と言う亜介に頷きを返し、雲母・凪(魂の后・d04320)がスレイヤーカードを手に取る。
     今回は顔馴染みである臣も同行していることだし、いつもより『ヤル気』が出るというものだ。
    「――What's beyond your life?」
     解除コードを口にした彼女の両手に、二振りの刃が現れる。肩に羽織ったモダン柄の着物が、ふわりと風に舞った。

     事前の打ち合わせ通り、灼滅者たちは隊列を整えて突入を開始する。
     拠点から這い出してきたゾンビの群れを眺めやり、高倉・光(羅刹の申し子・d11205)が赤茶の目を細めた。
    「この寒い中、死後の活動お疲れ様です」
     そのまま過労死してしまえ、という本音は喉元で押し止め、彼は束ねた護符から一枚を抜き取る。
    「まぁ、既に死んでますけどね。彼ら」
     手に武器を構え、呪いの声にも似た呻きを口々に漏らすゾンビたち。
     ――厳寒の河川敷で、戦いが始まった。


     いち早く反応したのは、群れのボス格と思われるガンナイフ装備のゾンビだった。
     中列から灼滅者の前衛を射程に収め、足元を狙い撃って出鼻を挫こうとする。
     脛を弾丸に抉られながらも、凪は敵陣に向かって駆けた。前列のゾンビたちを鮮やかにすり抜け、軽く身を沈めて刃を振るう。死角から繰り出された斬撃が、足首の腱を鋭く断ち切った。
    「花楯亜介いきまーす。あーちゃんって呼んでもいいよ」
     後に続いた亜介が、マテリアルロッドを棍の如く構えて名乗る。
    「……ってコイツ等喋れねーか?」
     彼が素早くロッドを回転させると、強烈な打撃がゾンビの側頭部へと叩き込まれた。同時に注がれた魔力が、敵の体内で炸裂する。光が、そこに惑わしの符を投じた。
    「死者は冥土に下るが道理というものです。大人しく黄泉の国へとお帰り願いましょうか」
     催眠状態に陥った一体が、低い唸り声を上げて隣の一体に切りかかる。いきなり牙を剥いた同胞に構うことなく、残りのゾンビたちが攻勢に出た。
     前列に立つ五体のクラッシャーが大振りの一撃で傷を穿ち、中列のジャマーたちがジグザグに変形させた刃で肉を不規則に抉る。
    「――ここは俺様が引き受ける!」
     WOKシールドのエネルギー障壁を全開にした瑞鳳が、敵の前に立ち塞がった。霊犬と肩を並べ、己の身を盾にして仲間への攻撃を防ぐ。
     ゾンビたちの陣形と動きをつぶさに観察しながら、ワルゼーが呟いた。
    「やはり敵の前衛が多いな」
     撃破目標として優先すべきはジャマーの四体だが、その間ずっと前衛のクラッシャーたちを放っておくのでは味方の損害が大きくなる。最低限、状態異常による抑えは必要だろう。
     ワルゼーの背中で、六枚の機械羽が白色の光を放つ。『黄金蟲』の名を冠する円環から放たれた魔力の弾丸が、クラッシャーの一体を貫いた。
     すかさず、瑞鳳がWOKシールドの一撃で別の一体を怒りに誘う。メディックとして後衛に立つ二人が、仲間達のダメージを認めて回復に動いた。
     雪に足を取られぬよう地面を強く踏みしめながら、黎嚇が自身の魂に眠るダークネスの力を呼び起こす。闇の活力を瑞鳳に注ぐ彼に続き、リアノンが優しき風を招いて前衛たちの状態異常を払った。

     敵味方の位置を慎重に測って突出を防ぎつつ、灼滅者たちはジャマーに火力を集中させていく。
     駄洒落というわけではないが、確実にプレッシャーを重ねてくるジャマーを終盤まで残すと、思わぬところで邪魔をされかねないからだ。
    「冬眠から目覚めるには、まだ少し早いのではありませんか?」
     敵に対しても丁寧な口調を崩すことなく、臣が護符揃えから一枚を手に取る。風にのって放たれた符が、既に傷ついていたジャマーを永遠の眠りへと誘った。
    「まずは一体」
     眼前の敵が力尽きたのを見て、亜介が撃破数をカウントする。彼は青緑の瞳を不敵に輝かせると、次なる標的に向かって笑みを浮かべた。
    「――こいよ」
     雪上を駆ける仲間達の背中を押すように、リアノンがギターの弦を爪弾いて治癒の旋律を奏でる。生まれながらの魔法使いたる彼女にとって、ダークネスやその眷属と戦うのはごく当たり前のこと。運命と言い換えても良い。
     悪しきを滅ぼし善なるを救う、裁きの光を自在に操って仲間の回復に専念する黎嚇が、蠢くゾンビたちを眼鏡のレンズ越しに見据えた。
     唐突に湧いて出た彼らがどこからやって来たのかは、謎のヴェールに包まれている。
    (「如何なる理由でこんな場所にいるのか、それは疑問に思うところだが……」)
     相手が知性に乏しいゾンビでは、問い質したところでさしたる情報は得られまい。
     あるいは、彼の宿敵たるノーライフキングが水面下で何かを企んでいるのかもしれないが、それはここで考えても仕方がないことだ。
     ともあれ、今は与えられた任務を遂行するのが先だと、黎嚇は表情を引き締める。
    「龍殺しの伐龍院、ゾンビ程度片手間に倒してくれる」
     一族の誇りを胸に、彼は堂々たる声音で言い放った。


     少しばかり数を減らされたところで、ゾンビたちの戦意は一向に衰えない。
     あるいは、戦況を理解するだけの知能が無いだけかもしれないが、恐れを知らずに向かってくる敵というのはそれだけで脅威だ。
    「俺様を倒すには気合が足りん!」
     次々に襲い来る敵の攻撃をWOKシールドで受け流しつつ、瑞鳳が叫ぶ。防御に優れたディフェンダーとはいえ、自らのポテンシャルをサーヴァントに注いだ彼の体力は決して高くはない。ダメージは次第に蓄積しつつあったが、それでも退くつもりはなかった。
     可能な限り敵の攻撃を引きつけ、仲間達の盾となるのが自分達の役目。なおも前に出る瑞鳳の隣で、霊犬が吠える。
     ほぼ同時、ジグザグの刃に脇腹を抉られた亜介が僅かに表情を歪めた。
    「いてえな」
     全身を覆うオーラを拳に集中し、荒れ狂う波の如く反撃に転じる。凄まじい勢いで繰り出された打撃の嵐が、相対するジャマーを瞬く間に沈めた。
    「二体目。こんなもんか」
     口の端を持ち上げ、亜介が拳を打ち鳴らす。ワルゼーが、その手に金の円環を輝かせて高らかに言った。
    「前衛の足止めは我に任せるが良い!」
     制約により身を縛る魔法弾が、クラッシャーたちを順番に撃ち抜いていく。龍の翼を思わせる動きで踏み込んだ瑞鳳が、横薙ぎの一撃で敵の前列を蹴散らした。

     どうせ数ばかりで頭の足りない連中が相手、少しは雑に扱っても構わないか。
     少女にも見紛う面の裏に羅刹の粗暴さを隠して、光は立ちはだかるゾンビに縛霊手の一撃を浴びせる。直後、解き放たれた霊力の網がゾンビの全身に絡みついた。

     腐肉はとっとと処分しないと、存在自体が迷惑だ――。

     ゾンビたちの刃をかい潜り、灼滅者は着実に敵の数を減らしていく。肩口を掠める斬撃に怯むことなく、凪が大きく踏み込んだ。
    「殺す事以外に何も考えなくて良いなんて、単純明快で素敵ですね」
     鮮血の如きオーラを宿した双刃が、瞬時に閃く。
     肉を切らせて骨を断つ――その言葉を体現するかのように両断されたゾンビが、雪の中に崩れ落ちた。
    「今のが最後のジャマーですね」
     臣の言葉に、これまで倒した敵を数えていた亜介が頷きを返す。灼滅者たちは勢いに乗り、前列のクラッシャーを叩きにかかった。
     不可視の魔力で敵を凍てつかせるリアノンが、小さく首を傾げる。
    「こんな状況でこんな場所にいる敵に、氷って効くんでしょうかねぇ……」
     見る限り、状態異常そのものは効果を発揮しているようだが。全身を氷に覆われても意に介さず戦い続けるゾンビを見て、臣が微かに嘆息した。
    「ゾンビ達は寒さも気にならないようですから、そこだけは羨ましいですよ」
     暗き想念を固めた漆黒の弾丸を放った後、自らの顔をそっと撫でる。寒風に晒される頬は、もはや冷たいという感覚を通り越してひりつくように痛かった。
    「早めに片付けるとしようぞ!」
     メンバーで唯一寒さの影響を受けないワルゼーが、詠唱圧縮した魔法の矢で一体の頭部を射抜く。天から降り積もる粉雪が、地に伏したゾンビの背中に白い模様を描いた。

     互いに連携し、灼滅者たちは一体、また一体とゾンビを撃破していく。
    「――あと二体」
     四体目のクラッシャーが倒れたのを見て、亜介が声を上げた。こちらはディフェンダーを担当する瑞鳳と霊犬の傷が深いが、黎嚇とリアノンの回復に支えられて何とか持ち堪えている。流れは、完全に灼滅者の側に傾いていた。
    「ア゛ア゛ア゛……ッ!!」
     失われた活力を取り戻そうと叫ぶゾンビを、マテリアルロッドの一撃が捉える。体内に流し込まれたエネルギーが、その肉体を完膚なきまでに破壊し尽くした。
    「顔洗って出直しな」
     腐った体液を撒き散らすゾンビから素早く飛びのき、亜介は最後に残ったボス格のゾンビを睨む。
     ガンナイフを握り、零距離で前衛たちを迎え撃つゾンビの濁った瞳を、凪は真っ直ぐに覗き込んだ。そこには、『生』に対する執着も、避けられぬ滅びを前にした諦めも、何も浮かんでいない。
     彼女が残念そうに微笑ったのは、ほんの一瞬のことだった。
     静かな呼吸とともに振るわれた凪の刃が、ゾンビの急所を的確に斬り裂く。攻撃に転じた黎嚇が石化の呪いを解き放った直後、臣が魔法の矢を放って追撃を浴びせた。
     大きくよろめいたゾンビを前に、光が己の腕を異形化させる。雪の中、暗赤色の着物がやけに不吉に見えた。
    「……意思無き死体はただの肉ってな」
     思わず口をついた呟きは、風に紛れて仲間達の耳には届かない。
     羅刹の膂力をのせた超重の打撃が、ゾンビを真正面から叩き潰した。


     戦いが決着したのを見届けて、瑞鳳が大きく息を吐いて武器を収める。
     周囲に散乱するゾンビたちの骸を見やった黎嚇が、彼らを弔ってやろう、と言った。
    「こんな冷たい中で眠るのは、嫌だろうしな」
     お手伝いしますと頷いた臣が、微かに身震いする。戦いが終わってみると、やはり寒い。
     戻ったら、贔屓の駄菓子屋で温かいものでも――。
     そう口にしかけて、はたと気付く。
    「……はは、温かい駄菓子はありませんでしたね」
     臣の言葉に、凪がふわりと笑みを返した。

     手早く後始末を終えて、灼滅者たちは現場を後にする。
     歩きながら、亜介が大きな欠伸をした。早寝早起きの習慣が染み付いているため、この時間はどうしても眠気が襲ってくる。
    「夜は眠いぜ……」
     お疲れ様でした、と光が礼儀正しく一礼した時、彼らの後方で気の抜けた悲鳴が上がった。
     振り向くと、雪の山に突っ込んでしまったリアノンが仲間に助け起こされている。着膨れしていたのが災いしたのか、凍った地面に足を取られて転んだらしい。
     一騒動が落ち着いた後、ワルゼーが拳を握って高らかに叫んだ。
    「せっかく札幌に来たのだ……。毛ガニだ! 毛ガニを食べにいくぞー!」
     わざわざ寒い思いをしてゾンビたちを倒したのだ、このくらいの役得はあって然るべきだろう。
     眠たげな亜介も、ワルゼーの提案に賛成の意を示した。
    「どっかに可愛い子いたらいいなー」
     そんな、健康な高校生男子らしい一言を交えつつ。

     市街地に向かって歩を進める仲間達の後方で、臣がふと口を開いた。
    「また別の形で、北海道へは是非とも来たいところですね」
     彼に頷きを返した後、凪はそっと暗い空を見上げる。
     戦いの最中に雪がちらついていた空は、いつの間にか晴れていた。

     ――朝には、皆さんで素敵な日の出が見られますように。

     心の中で囁いた後、凪は地上へと視線を戻す。
     長い睫毛が、そっと風に揺れた。

    作者:宮橋輝 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年1月10日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 4/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 7
     あなたが購入した「複数ピンナップ(複数バトルピンナップ)」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
     シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。
    ページトップへ