楔を喰らう炎獣~山が、燃える

    作者:南七実

    ●大分県別府市・鶴見岳
     何体ものイフリート達が、続々と鶴見岳に集結している。
     イフリート達の体毛によって、燃えるように煌々と輝く鶴見岳。

     頂上には、一体のイフリートが存在した。
     他のイフリートを圧するほどに大きく、威厳に溢れたその姿。
     イフリートの首魁は、配下の前でゆっくりと力を練り、人間の姿へと変貌する……。

     ……人の形へと転じたイフリートの首魁。
     少女のようなその姿は、居並ぶ配下の幻獣達に向かい、唸り声の如き少女の声で命じる。

    「ガイオウガノメザメハチカイ。ケダカキゲンジュウシュヨ、コノクニノクサビヲクライクダキチカラタクワエタノチ、ソノチトニクヲ、ガイオウガニササゲヨ! サスレバ、ガイオウガハゼンナルイチノゲンジュウトナリテ、ナンジラトトモニクンリンスルデアロウ!」
     
    ●山、燃える
     それは、小鳥遊・優雨(優しい雨・d05156)によってもたらされた情報。

    「みんな、小鳥遊さんの話はもう聞いた?」
     そう言って教室に集った灼滅者をぐるりと見回してから、須藤・まりん(中学生エクスブレイン・dn0003)は詳しい説明を開始した。
    「別府温泉で多発していたイフリート事件を、みんなが次々と解決してきてくれたよね。そのおかげで強力な敵の復活は防げたようなんだけど……今回、この事件に新たな動きが確認されたんだよ」
     別府温泉の鶴見岳に蝟集し、少女の姿をした炎獣の命に従って全国に散っていったイフリート。彼等の牙が狙う標的は、各地に存在する都市伝説や眷属だ。
    「イフリートが眷属や都市伝説を襲撃して力を取り込もうとしているのは、鶴見岳に封じられた『強大な存在』を呼び起こす為だと推測されているの」
    『強大な存在』――それが一体どういうものなのかは未だ判らないが、大いなる脅威である事に間違いはあるまい。
     全国各地に向かったイフリート達は、これまでに確認された個体よりも数段強力で危険な存在だという。彼等を放置しておけば、状況は確実に悪化の一途を辿るだろう。
    「そういう訳で、お願い。このイフリートを倒してきて欲しいの!」
     そう言ってまりんは、灼滅者達に懇願するような瞳を向けた。
     
    「みんなに行ってもらいたいのは、とあるセメント工場の廃墟だよ」
     埼玉県某所。豊かな山を削って作られたその工場敷地には、多くの朽ちた建物が残されているという。手書きの見取り図と、廃墟マニアによって以前撮影されたという数枚の写真が灼滅者達に手渡された。
    「敷地はかな~り広いみたい。迷わないように、戦場となる場所に印をつけておいたよ」
     成る程、まりんが描いたらしい見取り図上に「ここ!」と矢印が書き込まれている。
    「ちゃんとした地図がなくてごめんね。サイキックアブソーバーからアウトプットした時に見えた映像を、思い出せる限り正確に描いたつもりなんだけど、建物について詳しい事はよくわからなくて」
     申し訳なさそうに恐縮しているまりんだが、別に廃墟探索をする訳でもないし、マニアックな知識は必要ないだろうと灼滅者達がなぐさめる。それに、かなり大雑把な見取り図だが、目的の場所にだけは迷わず向かう事ができそうだった。
    「この道を進むと、左側にすごく高い塔があるの」
     屹立する塔を通過して、巨大な建造物を抜けた先にある大きな倉庫。それが目的地だ。
    「倉庫は今、ネズミバルカンの巣窟になっているんだ。といっても個体数はそれほどでもなく、今いるのは10体程度かな。イフリートはネズミバルカンを狙って敷地内に来るから、みんなは建物のどこかに隠れて、待ち伏せして一気に討ち取ってくれるかな?」
     燃えさかる魔獣の繰り出す技は、ファイアブラッドと同等のもの。ただし、その威力は計り知れない。体力、攻撃力共に高く、複数の灼滅者が全力で挑んでも苦戦する相手だとまりんは言う。
    「くれぐれも気をつけて、油断しないでね」
     そこで話が終わるのかと思いきや、まりんは慌てて言葉を続けた。
    「ごめん、ここからが一番大事な話! 戦闘を仕掛けるタイミングなんだけど、イフリートがネズミバルカン達を倒した直後を狙ってね」
     それよりも前に攻撃するような作戦を計画したり、そのように行動してしまうと、バベルの鎖の力でイフリートに察知され、即座に逃走されてしまうだろう。いや、それどころか襲撃事件そのものが発生しなくなるかもしれないという。
    「待ち伏せする為に隠れる時は、ネズミバルカンにも発見されないよう注意して。イフリートに接触できなかったら意味がないから、手順を間違えないでね」
     指折り数えて、自分の説明に漏れがないか確認するまりん。
    「えーと……うん。よし、ちゃんと全部伝えた。まぁそんな訳で、年始早々ゆっくり休んでいるひまもなくて申し訳ないんだけど、引き受けてくれるかな」
     ここに来たのはその為だ、と力強く頷く灼滅者達。
     すっくと立ち上がり勇ましく戦場へ向かう彼等を、まりんは熱い眼差しで見送る。
    「ここで逃すと後々厄介な事になりそうだし、しっかりばっちり倒してきてね! みんなの活躍を期待しているよ」


    参加者
    羽嶋・草灯(グラナダ・d00483)
    紫空・暁(霄鴉の絵空事・d03770)
    流鏑馬・アオト(ロゼンジシューター・d04348)
    椿・時春(高校生・d06667)
    高城・璃乃(菫露・d08516)
    津森・与一(道化の鎮魂歌・d11249)
    山咎・大和(彼女のためならいかなる事も・d11688)
    月夜・玲(過去は投げ捨てるもの・d12030)

    ■リプレイ

     強い風が木々を揺らし、山の斜面を駆け下りてゆく。
     砂塵舞う廃工場の広大な敷地内。滞りなく件の倉庫に辿り着いた一行は、壊れた扉の隙間からそっと内部を窺った。
     何かがごそりと蠢く音。確かに、いる。エクスブレインの情報によれば、ここに潜んでいるネズミバルカンは10体程度だという事だった。
    (「さてと。イフリートに見つからないよう、どこかに隠れておかないとね」)
     目指す敵の姿はまだない。ざっと周囲を見渡した月夜・玲(過去は投げ捨てるもの・d12030)の視界に映るのは、くすんだ色の壁と太い配管の集合体。倉庫に隣接する建物の中を確認していた羽嶋・草灯(グラナダ・d00483)と高城・璃乃(菫露・d08516)が何か発見したらしく、壊れた窓から顔を出して仲間達を手招きした。
    「うわぁ……」
     冷え切った建物内に、役目を終えて久しい機械がところ狭しと並んでいる。壁際の足場へ上ってみると、壁面の亀裂から倉庫の中がよく見えた。こちら側に面している倉庫の壁はほとんど崩壊しているようだ。
     直ぐ近くに人間がいる事にも気づかず倉庫内をウロウロしている化物鼠の数をカウントしながら、紫空・暁(霄鴉の絵空事・d03770)が不敵に微笑む。
    「これは好都合ね」
     ここにいれば倉庫内を監視できるし、外から来るイフリートにも気取られずに済むだろう。またとない隠れ場所といえた。
     そっと頷き合った灼滅者達は、息を潜めて時を待つ。
    (「うう、いよいよっすね。緊張するっす」)
     イフリートはどこからやってくるのだろうと椿・時春(高校生・d06667)は思う。未だ見ぬ強敵に恐れを抱きながらも、彼は自分の身体が震えていない事を不思議に思っていた。
    (「怖いけど冷静になれるのは、きっと皆が居るからっすね」)
    『ヂヂッ!?』
     突如、ネズミバルカン達が一斉に顔を上げた。まさかこちらに気づいたのかと流鏑馬・アオト(ロゼンジシューター・d04348)が身を硬くしたが、どうやら鼠達は別の何かに反応したらしく――。
     次の瞬間。
     ドガアアアァン!
    「!?」
     轟音と同時に、倉庫全体を激しい火花が駆け巡った。何かの破片が吹き飛び、もうもうとたちこめる埃の向こうに見えたのは――燃えさかる炎を纏う神獣、イフリート!
    『グオオァァッ!』
     森に面した倉庫の壁を破壊して建物に突っ込んできた獣が口から炎を吐き、悲鳴を上げて右往左往する鼠めがけて突撃する! 濁流の如き火炎にまかれた鼠が、イフリートの爪によってバラバラに千切れ飛んだ。
     タタタタッ。バルカン砲の反撃などものともせず、炎の獣が次なる獲物に飛びかかる。鼠の喉笛に食らいつき引き裂くのは、炎を宿した鋭い牙。
    (「……想像以上に強大な敵のようですね」)
     壁越しにも判る、凄まじい熱波。山咎・大和(彼女のためならいかなる事も・d11688)は傍らに控える霊犬コロの背を撫でながら、静かに呼吸を整えた。油断すれば、やられる。気を引き締めてかからねばならないだろう。
     為す術もなく蹂躙されてゆく哀れな鼠の最期をしっかりと見届けながら、津森・与一(道化の鎮魂歌・d11249)もまた気圧されまいと奥歯を噛み締めていた。
    (「なんやデタラメな強さやなぁ。けど、見過ごす訳にもいかんし……ここは確実に灼滅させてもらうで」)
     ごうん! 最後の鼠を焼き尽くさんとイフリートが火炎を噴出する。
    「頃合いね。行くわよ!」
     早急に潰してしまいましょうと真っ先に駆け出した暁を先頭に、灼滅者達は正面から倉庫へ突入した。

    「熱い……!」
     倉庫の中は灼熱の地獄と化していた。煉獄というものが存在するとしたら、或いはこんなものなのかもしれない。破壊された壁の向こうには、燃え上がる木々。山を焼きながらここまで来たのか? イフリートは何もかもを焼き尽くす勢いで、燃えさかる鬣を奮わせている。
    「先手必勝!」
     鼠を全滅させた獣との距離を一気に縮めた草灯が、捻りを加えた槍の一撃を繰り出す。不意打ちとばかりに放たれた暁とアオトの弾丸に貫かれた獣へ、ライドキャリバーのスレイプニルが真っ向から突撃を仕掛けた。
    「皆さん、くれぐれも気をつけて。油断しないで下さい!」
     大和のバスタービームを食らったイフリートは、思いがけぬ襲撃者を威嚇するように咆哮を上げた。壊れかけた壁がビリビリと震動する。
    「さぁて、まずは防御まわりを強化していきましょか」
     クラッシャーを担う仲間へ防護符を飛ばす璃乃の横で、ナノナノのすあまが小さな羽根を健気にふりふり、ぷわんとしゃぼん玉を作り出した。
    『ゴアアアッ!』
     ディフェンダーとして前へ出た時春と与一の攻撃を避けた獣が炎の体毛を滾らせて、迫り来るしゃぼん玉をバチンと弾き消す。
    「うわわわ、マジ怖ぇ!」
     死ぬのは勿論怖い。だが、仲間が倒れるのを見るのはそれ以上に嫌だ。時春は恐怖心を胸の内に押し込めて、その場にぐっと踏み止まる。
    「みんなの盾、頑張んでー!」
     同じポジションの与一は拳を固めてヤル気満々。負けてはいられないと時春も武器を握る手に力を込めた。
    「よし、気合い入れて行くよ!」
     胸に湧き上がるこの気持ちは対抗心。玲はシールドを展開し、自らの守りを強固なものにする。
    「……ちょっと貴方!」
     対峙する相手は猛る野獣そのもの。人語など解するようには到底見えなかったが、やるだけやってみようと、草灯はイフリートに向かって問いかけてみる。
    「貴方達の目的は何かしら? 禊って眷属達の事?」
     意思疎通ができるか否かは確認しておきたいところだと考えていた暁も相手の出方を待ってみたが、イフリートは彼の言葉など意にも介さず自らの背を裂いて炎の翼を顕現させ、不死鳥の力を身に纏った。
    「あら、無視? 結局、理性を失った只の獣なのね。まぁ、期待してもいなかったけれど」
     最早問答は無用。暁とアオトが同時に放った漆黒の弾丸を事も無げに避けたイフリートが、傷口から炎を繰り出して灼滅者達を威圧する。あれはクリエイトファイア――どうやら炎獣はこちらの事を下等な動物と同様に見ているらしいと気づいた草灯が、緋色の逆十字で敵を攻め立てながら、先刻とはうって変わった男性口調で舌打ちをした。
    「その炎で僕達を脅かそうっていうのかい? ふん、ナメられたものだね」
    「皆さんの事は私とアオトさんで支えますよって、存分に暴れて下さい」
     前衛陣に淡々と防護符を投げている璃乃の傍らで、すあまとコロが、いつでも回復役として動けるようじっと待機している。
    「私達を見下した事、後悔させてあげますよ」
     大和の放った漆黒の弾丸が燃えさかる炎の体毛を貫き、獣の体内に毒素を埋め込む。
    「てめぇの相手はこの俺だ!」
     槍を回転させて敵に突撃する時春の狙いは、相手の怒りに火を付けて攻撃の矛先を自分に向けさせること。
    「イイね! イイねイイね! 燃えてきたよ!」
    「何もかもブチ抜いてやるで!」
     ゾクゾクと身を震わせた玲は、敵の注意を引きつけるべくシールドを装備した拳でイフリートに殴りかかってゆく。横合いから突っ込んできた与一の拳を避けた炎獣が、怒りの咆哮を上げながら玲に炎の牙を突き立てた。
    「うわああああっ!」
    「しっかり!」
     苛烈な火炎に包まれた玲へ向けられるのは、回復役を担う仲間による癒しの力。
    「そう簡単に仲間を倒させはしないよ。守る力は俺も持っているはずなんだから」
     戦場を駆け巡るスレイプニルの走行音を聞きながらアオトが脳裏に思い描くのは、姉の顔。
    (「ファイアブラッドである姉さんの宿敵を、俺が倒すんだ」)
     だが、矢継ぎ早に繰り出された灼滅者達の攻撃は悉く避けられてしまう。やはり強敵、一筋縄ではいかないようだ。
     ゴオオオッ。襲撃者を嘲笑うかのように赤々と燃え上がるイフリート。その脳天に、後方から放たれた大和のバスタービームが命中した。
    「「くらえ!」」
     炎獣に肉迫した時春が弧を描く回転殴打を繰り出す。直後、与一の鋼鉄拳が敵の躯に炸裂した。間を置かず玲が跳躍し、炎を纏ったWOKシールドをイフリートに思い切り叩きつける。
    「どう? 私の炎もアツいでしょう!」
    『グォアアアアッ!』
     炎獣の吐き出した業火が、玲の全身を激しく包み込む。
    「くううっ!」
     体幹を突き抜ける程の激痛を何とか耐え凌ぎ、玲は口の端をくっと上げた。力の差は歴然としているに、どうして私はこうまで楽しいと思えるのだろう?
    「……っ!」
     魂の奥底に眠るダークネスの力を玲に注ぎ込んだアオトは、ふわふわハートと浄霊眼が彼女の傷を癒すのを確認しつつひとりごちる。
    「まずいな、予想以上にダメージが大きい。早くケリをつけたいところだけど……」
     そんな彼の思いは仲間達にも伝わっていて。
    「本当に厄介な相手……でも、負けるものですか!」
     暁の指輪から繰り出された制約の弾丸が、狙い違わずイフリートを撃ち貫いた。四肢を踏み鳴らして床を粉砕する獣を、草灯の逆十字が深く切り裂いてゆく。
    「ふふっ、仲間を傷つけた分の報いは倍にして返させて貰うよ」
    「だああっ、吹っ飛べ!」
     防護符の恩恵を受けた時春がロケットハンマーを振りかざし、勢い良く炎獣を殴打した。
    「どうした、さっきよりも動きが鈍くなっとんなぁ!」
     死角を突いた与一の斬撃。急所を断たれたイフリートが激昂し、至近距離から魔法弾を撃ち込んできた玲にグワッと噛み付いた。
    「うあ……!」
     灼熱の牙を突き立てられた玲が遂に力尽き、地に沈む――。
    「……っ、よくもやってくれたわね」
     氷の如き凄絶な笑みを浮かべた暁の影業が刃の形を成し、イフリートの急所を穿つ。暗き想念で形成された闇色の弾丸を撃ち出しながら、アオトは仲間を守りきれなかったくやしさに唇を噛んだ。
     ドドドドッ! 特攻を仕掛けてきたスレイプニルの体当たりを避けた炎獣に、草灯の『望』が突き立った。ジグザグに変形した刃が、獣の肉を深々と抉ってゆく。
    「調子に乗らないでくれるかな」
     導眠符を飛ばしてイフリートに催眠の呪縛を与えながら、璃乃がすあまへと指示を出す。
    「これ以上、誰も傷つかないように……すぐに回復できるよう、しっかり様子を見といて下さいね」
    「ナノナノッ」
    『グオオアアアッ!』
     小賢しい人間共めとでも叫んでいるのだろうか。倉庫内を縦横無尽に暴れ回り、体内から噴出させた炎をあちこちに引火させるイフリートに追い縋った大和が、影を宿した縛霊手『天藍縛手・磨穿鉄硯』を勢い良く叩きつけた。
    「具現化したトラウマが貴方にどのような責め苦を与えるのか、見られないのが残念ですね」
     ロケットハンマーによって強かに頭部を殴りつけられたイフリートへ、急所を狙う日本刀の一閃!
    「もう、怖ぇとかビビッてる場合じゃねぇ!」
    「ホンマしぶといなぁ……って、うわああっ!?」
     ゴオオオオッ! 炎獣が爪で虚空を薙ぎ払ったのと同時に、大瀑布の如き炎の奔流がディフェンダーを担う灼滅者に襲いかかった。苛烈な火炎が時春と与一、スレイプニルの生命力をごそりと削り取ってゆく。
    「次から次へと、やってくれるね」
     倒れた玲の体を瓦礫の陰に移動させていたアオトが夜霧を展開して、傷ついた仲間を包み込んだ。スレイプニルはスロットルを全開にして傷を回復。すあまとコロも負傷者にせっせと癒しの力を飛ばしていった。
    「ふ……」
     前に立つとイフリートの姿がよく見える。だが、彼の者が発する禍々しい焔には微塵も怖さがないと暁は冷笑した。
    「そろそろ決着をつけてあげましょうか。自らの炎に溺れてしまいなさい」
    「僕としてはもっと戦いたいけど……そうも言ってられないか」
     くるりと槍を回した草灯が、暁と共にイフリートへ迫る。急所狙いの影刃と螺旋を描く槍に穿たれた獣は、後方から襲い来る漆黒の弾丸を爪で弾き防いだ。しかし、その動きはあきらかに先刻よりも鈍くなっている。これまでに蓄積されたバッドステータスが、ここへ来て獣の動きを愚鈍にしているのだ。それでいてまだ粘るのかと、大和が肩をすくめる。
    「まったく、往生際が悪い獣ですね」
    「同感や。いい加減に往生しぃや、イフリート!」
     闘気を漲らせ、姿勢を低くして敵に突っ込んでいった与一が、雷を宿した拳を勢い良くつき上げた。
     ガツッ! 見事なアッパーカット。よろけるイフリートにすかさず躍りかかった時春のロケットスマッシュが綺麗に決まって、炎獣が大きく仰け反った――直後。
    『グオオオオオッ!』
     反撃とばかりに突き出された炎の爪が時春を斜めに切り裂き、彼の体を焼き尽くすべく激しい火柱が立ち昇った。本能的な死の恐怖が時春を襲う。
    「うわぁ……っ!」
    「させないよ」
     アオトによる闇の契約が、時春の命を戦場に繋ぎ止める。刹那、暁の足元から伸びた影が拳の形を取り、イフリートを強打した。
    「――喰らいなさい。その炎、消える迄」
     見えないトラウマが獣を苛むまでもなく、漆黒の拳は敵の生命力を残らず食らい尽くし、その巨体を消滅させた。
     かくて、灼熱の炎獣はこの世から葬り去られたのである。

    「大丈夫ですか?」
     真っ先に駆け寄った大和が、深く傷ついた玲を抱き起こす。しばらくして意識を取り戻した少女は、戦いが終わった事を告げられて残念そうに息をついた。
    「ふう、やられちゃった。でも……楽しかった。うん、私としては少し悔しいけど、皆で倒せたんだから凄く嬉しいよ!」
     けれど、と彼女は心の中で自分に誓う。あんな強敵と、いつかは一人でやりあえるように強くなろう、と。
    「炎は大体消えたわね」
     元の口調に戻った草灯がぐるりと周囲を見渡した。壁や床はボロボロだし、山の延焼被害も大きい。余所の地域へ向かった学園の仲間の事も心配だった。彼等は無事に炎獣を倒す事ができただろうか。
     戦場をざっと調査してみたが、これといって目につくものもなく。
    「あら。あれだけ暴れまくって、何一つ手がかりなし?」
     なんて迷惑なダークネスだったのかしらと肩をすくめる暁。
    「まぁ……とにかくイフリートを倒せたんっすから、御の字っすよ」
     あれだけの近距離で恐怖と戦いながら無事に敵を討ち取れたという事実が、時春の心に大きな達成感をもたらしていた。この戦いを経て、守られるだけの自分から一歩脱却できたように思えたアオトもまた、満足げな笑顔を浮かべている。
    「無事に終わって何よりや」
     緊張感を解いた与一が、ポケットから取り出した棒付きキャンディーを口に銜える。それは疲れた体に染み渡るような心地良い甘さだった。
    「皆さん、お疲れさまやったね。えらい強敵やったけど、任務を達成できて安心しました。それでは、そろそろ帰還の途につきましょか」
     すあまを労いながら仲間を促す璃乃の頬を、冷たい冬の風が撫でてゆく。
     人から忘れられた場所での死闘は終わった。
     熱を帯びたこの地も、やがてもとの静寂を取り戻す事だろう。

    作者:南七実 重傷:月夜・玲(過去は投げ捨てるもの・d12030) 
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年1月16日
    難度:やや難
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 11/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 1
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