楔を喰らう炎獣～海風に揺らぐ炎

■リプレイ

●楔を喰らう炎獣
　深夜の海沿いの道はとても冷える。風が冷たく、頼みもしないのに凍えるほどに指先やら頬やらを撫でていく。
「流石に冷えるな。後で嫌になるほど熱くなるのだろうがね」
　ぽつり、安曇野・乃亜（ノアールネージュ・d02186）がその寒さに思わず呟いた。
　灼滅者達は問題の道路の片側、今は使われていない店舗や倉庫の影に身を潜めていた。連携を取りやすいようできるだけ数人で固まって、全員で固まれずとも合図が聞き取れる範囲に待機している。闇に溶けこむように気を使った服装、装飾品で臨んだがゆえに、その姿はじっと目を凝らさねば闇に溶け込んで見て取れない。
　ふと道路に視線を移せば、間隔を開けて設置された街灯がおぼろげに海を照らし出している。その明かりの下の道を歩く男性ばかりの一団、恐らくあれが淫魔の手下だろう。明かりにチラチラ照らしだされる横顔は、どれもイケメンばかりだ。
（「『イフリート』……理性を失った赤熱の幻想種ですか。今回ばかりは目的の下に一致団結しているようですね」）
　念の為に目を保護するゴーグルを掛けた音羽・彼方（笑わない殺人鬼・d05188）は望遠鏡を使って手下達の様子を伺っていた。だが考えるのはこの後に現れるはずのイフリートのこと。
（「サイキックエナジーは捕食でも得ることができるのでしょうか？　イフリートの特殊能力？　……本当に興味深い。情報を得るためにも、淫魔の配下には頑張って欲しいものです」）
　想像は尽きない。真実はわからぬがイフリートは目的があってここにいる手下達を襲おうとしているのは確かだ。手下達は自分達の運命を知らず、談笑しながら歩いているようだった。
　シユッ！
　と、望遠鏡の端を光が掠めた。彼方は急いで望遠鏡を動かしてその光を視界に収める。近くにいる仲間達が息を呑んだのがわかった。
　突如道路に飛び出してきたのは大きな獣。光の出処は、その紅蓮に輝く体毛だった。手下の一人が突如後方に出現した光に振り返る。声を上げるように口を開けた。だが言葉は発せられる前に炎を宿した牙がその手下の喉笛に噛み付いた。
　うわぁぁぁぁぁ！　驚いて声を上げた他の手下二人を炎の奔流で燃やしにかかる。喉笛に噛み付かれた手下が少しでも反撃をとばかりにメロディを紡いだがそれがイフリートに届いた様子はない。他の手下達も状況を察知して反撃を行うが、イフリートは堂々と体毛を海風に揺らしながらそれを受け止めている。
　遠目からでも分かる、圧倒的な力量差だ。それもそうだろう、力を与えられているといっても淫魔の手下達はそれほど強くはない。業火に飲み込まれ、爪や牙に蹂躙されて一人、また一人と倒れていくしか無い。とはいえ手下達は灼滅者数人がかりで戦う相手。それがこんな一方的に倒されていくしか無いなんて、このイフリートはどれだけ強いのか。
「っ……」
　遠目からでも分かる一方的な蹂躙の光景。姫条・セカイ（黎明の響き・d03014）はあまりの光景に血が滲むほどに唇を噛み締め、ぐっと堪える。向坂・ユリア（中学生サウンドソルジャー・dn0041）も口元を抑えながらセカイの腕にそっと触れた。
　一方的な殺戮は手下をすべて倒しきるまで終わらない。その場に広がる『赤』は炎の色なのか手下達の血の色なのか、遠目からでは全く区別がつかない。
　ズシャッ、ドッ……鋭い爪で切り裂かれ、手下の最後の一人が血の海に倒れ伏す。
「今です！」
　彼方の合図と同時に隠れていた灼滅者達は解除コードを唱え、道路へと飛び出した。
「イッツ・ショータァーーイムッ！」
　カードを指挟んで叫んだ桜吹雪・月夜（花天月地の歌詠み鳥・d06758）が出現したギターをキャッチする。始まりだ。

●海風に揺らぐ炎
　ぎょろり、イフリートの瞳が灼滅者達を捉えた。その瞳からイフリートの感情を感じ取ることはできないが、灼滅者達に敵意を向けているというよりは邪魔だと思っているように見えた。撤退経路を探るような視線の動き。
　退路を断つという意味で廃店舗や倉庫を背にして布陣した灼滅者達ではあるが、場所は行き止まりではない道路だ。海側を捨てたとしてもすべての道路脇を固められるはずはなく。灼滅者達が飛び出したのがイフリートの後方からだとして、イフリートは全力で前進して灼滅者達が陣取っていない廃店舗側から逃げ出すことは不可能ではないのだ。現にイフリートが出現したのは、灼滅者達が隠れていた場所とは違う廃店舗側からだったのだから。
　けれども灼滅者達にはアドバンテージがあった。しっかりとイフリートの行動を観察し、タイミングを図っていた。そして淫魔の配下が倒された直後を狙って息を合わせて飛び出したのだ。イフリートが撤退しようとしたら囲んで逃走防止する意志もあったため、撤退は失敗する可能性も高かった。
　先手を取った彼方のカードから溢れだす漆黒のオーラが彼の身体を覆う。雰囲気が一変した彼は鋭い眼光でイフリートを射抜き、次の瞬間死角からの一撃を喰らわせる。
「相手にとって不足はなし。さあ、殺し合おう」
　乃亜は魂を一時闇に傾ける。そうして自身の攻撃威力を上げるのだ。次に飛び出したのは風水・黒虎（黒金の焔虎・d01977）。『Tiger forehead』を振り上げ、イフリートに迫る。
「何企んでるかは知らんが、コイツらだけにゃ負けられねぇ！　さぁ、テメェの炎と俺の魂の焔、どっちが熱いか勝負だぜ！」
　ファイアブラッドの黒虎としては絶対に逃せない相手だ。ガッと鈍い音を立てて盾を打ち付けるが、手に響いてくる衝撃もそれなりのものだ。続けて白ロリを着込んだ東雲・夜好（ホワイトエンジェル・d00152）が指輪から魔法弾をはじき出す。
「ダークネス同士潰し合うのは構わないけれど、そう易々と企ては成させないわ！」
　夜好の声に合わせて彼のナノナノがイフリートへと攻撃を仕掛ける。セカイは眠っている超感覚を呼び起こす目的で癒しの力を込めた矢を彼方に放つ。
（「あの人なら」）
　ポンパドール・ガレット（休まない翼・d00268）の思考の方向性は、目標としている、常に冷静沈着なあの人。あの人ならどう行動してこの難局を乗り切るだろう、そう考えつつたどたどしくも動きを決める。盾を広げてまずは前衛を守る。月夜の歌声がイフリートを刺激していく。
「あなたの邪魔をしにきたよ」
　告げる椿森・郁（カメリア・d00466）。自身の役割を敵の攻撃をできるだけ引き受けることと決め、蔓の姿をとる影業を伸ばしてイフリートを絡め取る。
「援護は任せて自分の役目に集中するんだ」
「はい！」
　ユリアは助力に駆けつけた冬舞の言葉に頷き、先ほどセカイがしたのと同じ狙いで矢を乃亜へと放った。
「……あいつを頼むぞ」
「そらがんばんな、他の連中も頑張ってるぜ」
　ニコや雛、玖耀がユリアにアドバイスと力を授ける。戦い慣れない彼女を補助すれば、それだけ彼女が足を引っ張る可能性は下がり、中心となって戦っている者達の役にも立つ。
　グァアアア！
　牽制するかのようにイフリートが吠えた。そして放たれたのは激しい炎の奔流。前衛を焼き払うように包み込んだその炎の合間から、飛び出したのは彼方。さすがに傷は軽いとはいえない。けれどもその程度で済んだのはポンパドールの広げた盾のおかげか。彼方は体捌きで油断を誘い、投擲した断罪の刃でイフリートの背中を狙う。追うようにして乃亜は剣から光の刃を放出し、背後からの攻撃を受けて、軽く背中を気にする素振りを見せたイフリートの隙を突く。
「お前の焔はこの程度か、獣野郎！？」
　黒虎は状況を見定めて、盾を広げて前衛の仲間を癒しつつ守る。夜好は再び魔法弾を放ち、ナノナノは乃亜の傷を癒す。セカイは超感覚を呼び起こすのを主な目的に矢を放ち続ける。矢は郁へと飛んでいく。
「よし、大丈夫だな！」
　極力誰一人倒れないことを個人的に目標にしているポンパドールは仲間達の傷の様子を確認し、歌を紡ぐ。それに合わせるようにして月夜が巧みなギターテクニックを披露てイフリートを殴りつけた。
「あなたを帰してしまったら、よくないことが起こるんだろう。だったらここで倒れてる暇はない」
　セカイからの癒しを受けた郁の赤い瞳が煌めく。蔦状の影がイフリートの体毛を切り裂いた。
「ユリア先輩……」
「はい、一緒に頑張りましょう」
　背に隠れてしまいそうなアリシア、燐花らがユリアを手伝って回復を傷を追っている前衛に施していく。ユリアがポンパドールに放った矢は彼の超感覚を刺激する。
　念の為に殺界形成が使用された深夜の道路。近寄ってくる車の音も人の姿もない。あるのは血だまりを踏みしだきながらこちらに飛びかかってくる炎獣と灼滅者達の姿。
　漸く目の前の灼滅者達を厄介だと感じ始めたのか、イフリートは睨み据えるようにして前足の鋭い爪を振るう。その爪が狙う先は月夜だ。
「させるか！」
　と、ポンパドールが飛び出して月夜へ向かった攻撃を肩代わりする。炎を纏った鋭い爪が袈裟懸けに彼を切り裂いていく。その死角へと周り、彼方は研ぎ澄ませた『殺陣』を纏った手刀でイフリートを横薙ぎにした。続いて乃亜も死角に回る。突き出した剣がイフリートの身体に食い込む。だが相手は呻き声ひとつあげない。
「誰も倒れさせたりしねぇ、鉄壁の護りを見せてやる！」
　黒虎のシールドはポンパドールを癒して守りを固め、夜好の魔法弾は乃亜がつけた傷痕を抉るように食い込んでいく。ナノナノは必死にポンパドールを癒している。
「今、癒しますっ！」
　セカイの天使のような歌声がポンパドールの傷を癒していく。ふらついていた彼は皆の癒しによりしっかりと地に足をつけて。
「もしここであきらめたら、おれ、一生後悔する……！」
　イフリートの攻撃は鋭く、傷は深かった。蓄積しているダメージもある。けれども仲間を守って負った傷だ。膝を突いてなんていられない。ポンパドールは立ち上がり、自身でも傷を癒す。
「ポンパドールくん、ありがとう！　守ってもらった分もわたし、頑張るよ！」
　おかげで無傷で済んだ月夜は礼を述べ、再び歌声を響かせる。そのメロディを追うように郁も歌を紡いでいく。
「ここに居る誰ひとり欠けずに帰るために、私は今、立っている。壊すより護る方がずっと難しくて、弱いからこそあがくんだ」
　歌を止めた時、イフリートと目が合った気がした。ユリアは月夜の超感覚を呼び覚ますために矢を放つ。
　ぶるり、イフリートが震わせた身体から血のような液体が飛び散った。それは返り血なのかそれともイフリート自身のものなのか。イフリートは炎をまとわせた牙で郁を狙った。

●そして炎は
　ユリアの手伝いに赴いていた初心や蓮二の手も加わり、用意していた手厚い回復手段が更に手厚くなっていたのも功を奏して、無傷の者はいないものの未だに誰も倒れた者はいなかった。だが回復に手を回すということそれだけ攻撃手が少なくなるということ。相手が強力であることも手伝って、一体相手であってもだいぶ戦いは長引いていた。
　灼滅者達の身体に蓄積されたダメージも大きい。だがそれはイフリートとて同じはず。深い傷を与えても与えても立ち上がってくる灼滅者達はイフリートの瞳にはどんな風に写っているだろうか。
「……っ」
　振り上げられた、炎を纏う爪で深く傷つけられた彼方の口の端から、小さな呻き声が漏れた。だが彼は血を流しながらもオーラを集中させた拳で一点を何度も何度も打ち付ける。乃亜の漆黒の弾丸はイフリートの身体に貯まる毒素を濃くした。黒虎が盾を彼方に飛ばし、傷を癒す。
「流石に、他種に送り込まれるだけあって……強い……ッ！」
　夜好の赤き逆十字がイフリートを切り裂く。これでも倒れはしないのか――。ナノナノが健気に彼方を回復するのを見て、セカイがユリアに目配せする。
「倒れるまで戦おうとする勇気も、仲間の為に闇堕ちも辞さない覚悟も素晴らしいと思います……でもそれでも！　そんな人達だからこそ、この皆で、誰も欠ける事無く笑顔で帰りたい！」
　セカイの言葉にユリアも同意の頷きを返す。そっとセカイが差し出した手をユリアはとった。
「この歌が皆を癒すのならば、喉が潰れても謡い抜いてみせます！」
「皆さんを守るために……！」
　奏でられる歌声。血を流しながらも前を向いて瞳を逸らさない、彼方を始めとした仲間達へと届いていく。
「これだけの仲間が協力しているだ。勝てないはずはないぜ……！」
　ポンパドールが仲間を鼓舞しながら何度目となるか、前衛に盾を広げる。
「ショータイムはまた終わらないよ！」
　月夜は気合をこめて叫び、己の傷を癒す。じり、とイフリートが後退したように見えた。
「あなたを帰してしまったら、よくないことが起こるんだろう。だったらここで倒れてる暇はない」
　郁がすばやく後方へと回りこみ、そして押し返すように影業のかたちどる葉を刃としてイフリートを切り裂く。グルル……呻くようなその声には疲れの色が滲んでいるように聞こえた。
　イフリートが炎を発そうとする。だがその炎は狙っただろう方向から逸れた。その隙に彼方が『殺神』を引き抜くようにして、イフリートの炎を抉るような一撃を繰り出す。
　始めから全力だった。けれども今まさに勢力戦ともいうべき状態で皆が畳み掛けるように攻撃を加えていく。光の刃を放つ乃亜、盾を振るう黒虎。魔法弾を放つ夜好。音を紡ぐポンパドールと月夜。ナノナノとセカイ、ユリアは癒しを絶やさない。
　癒し続けてくれる仲間がいる灼滅者たちと違い、一体しかいないイフリートの巨体がふらりと揺れた。
「あなたは帰さない」
　郁の影業が鋭い刃をもってイフリートの喉のあたりを切りつける。溜まりに溜まったダメージのせいか上手く動けぬその巨体に彼方が何度も拳を叩きこむ。ふらりと倒れかけたイフリートの額に、乃亜の放った漆黒の弾丸がめり込んだ。
　……どすっ。地面を揺らすようにして倒れ伏したイフリートの巨体は、灰のようにさらさらさら、と海風に乗って散っていった。
「なんとか勝てた、か。良い仲間に恵まれたおかげだな、ありがとう」
「何とか、なったわね……疲れた」
　お疲れさまと交わしながら、傷は負っているが誰一人倒れなかったことを喜び合う。そんななか黒虎はユリアの目の前でフラッとふらついて見せて。
「くっ、さっきのダメージが……！」
「大丈夫ですか！？」
　看病してもらおうという魂胆だったらしいが傷を負っているのは確かなので、彼女は素直に歌声で黒虎だけでなく、皆を順に癒していく。
「まだそんな元気があるなら大丈夫だね！」
　月夜の言葉に、普通に治療されてしまった黒虎は残念だ、と呟いて。その光景を見ていた者は緊張を解いてほっと肩を撫で下ろしたのだった。
　彼方だけが、灰の流れていく先をじっと見つめていた。

作者：篁みゆ	重傷：なし 死亡：なし 闇堕ち：なし
種類： 公開：2013年1月16日 難度：やや難 参加：8人 結果：成功！
得票：格好よかった 12／感動した 0／素敵だった 0／キャラが大事にされていた 5
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