楔を喰らう炎獣～一角の豹

■リプレイ

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　――咆哮が、地を揺るがせた。

　全身から炎を噴き上げて、一角の豹が駆ける。突進の勢いを乗せて叩き付けられた一撃が、廃屋の軒先に巣を張っていたむさぼり蜘蛛の一体を瞬く間に葬り去った。
「すっげぇ……！」
　物陰から様子を窺っていた神羽・悠（天鎖天誠・d00756）が、思わず感嘆の声を漏らす。その傍らでは、夜鷹・治胡（カオティックフレア・d02486）が宿敵に鋭い視線を送っていた。
　指示された襲撃タイミングは、イフリートがむさぼり蜘蛛を全滅させた直後。機を誤れば、灼滅はおろか戦うことすらままならない。
「あはぁ、わたしイフリートと闘うのは初めてですぅ」
　二体目に襲いかかる煉獄の魔獣を眺め、天神・ウルル（ヒュポクリシス・d08820）が目を輝かせる。エクスブレインが『今までとは違う』と念を押すイフリート――果たしてどれだけ強いのかと楽しみにしていたのだが、これは予想以上だ。
「別府で挫いたのにしぶとい奴らですわね」
　朧木・フィン（ヘリオスバレット・d02922）が、品良く整えられた眉を僅かに顰める。
　灼滅者の興味は、イフリートたちが復活を願う『より強大な存在』へと向けられていた。
「一体どんな幻獣なんだろーな」
　頭の中であれこれ想像をめぐらせつつ、悠が呟く。
　これほどのイフリートを従える存在となれば、やはり桁違いに強いのだろうが……。
　敵の戦術を分析すべく冷静に観察を続けるメルフェス・シンジリム（魔の王を名乗る者・d09004）の脳裏に、一抹の不安がよぎった。
　一角の豹がむさぼり蜘蛛を倒した時点で、『それ』は力を蓄えるのではないか？
　そして、自分達が豹を灼滅した瞬間に復活の条件を満たすとしたら――？
　沈黙する主の思考を察したかのように、四津辺・捨六（灼滅者・d05578）が口を開いた。
「……何にせよ、まずはこの珍獣をハントするのが先ですね」
　獣たちの『馬鹿騒ぎ』について思うところはあれど、現状ではまだ憶測に過ぎない。
　今は、ここで出来ることを全力で遂行するまでだ。
「そうね、シャーロック」
　忠実なる『執事』の言葉に、メルフェスも頷きを返す。その瞬間、一角の豹が三体目のむさぼり蜘蛛を跡形もなく焼き尽くした。
「ま、今は目の前の宿敵に集中っ！　負けねーぜ！」
　煌めく炎を纏う斬艦刀を構え、悠が不敵に笑う。
「――みなさま、全力でまいりましょう！」
　フィンの声を合図に、灼滅者たちは一斉に飛び出した。

　鮮やかな赤のツーテールを揺らし、東堂・汐（あだ名はうっしー・d04000）が走る。その面に、恐れの色は無い。強敵を前に、彼女の胸は期待に高鳴っていた。
「あなたは力に自信を持っているようだけど、本当に強いのかしら？」
　豹の真正面に立ち塞がった阿剛・桜花（重装魔法少女系お嬢様・d07132）が、挑発するように声を投げかける。治胡が、イフリートさんよ――と言葉を重ねた。
「何を企んでるか知らねぇが、やらせるワケにゃいかねぇのさ」
　このまま見過ごせば、多くの人々が傷つき、苦しむだろう。彼女は、断じてそれを許さない。
「オオオオオッ……！！」
　返答の代わりに、一角の豹が吼える。
　炎の色を映す治胡の瞳が、彼女の決意を宿していっそう赤く輝いた。
　――勝って帰る。必ず。

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　戦いの火蓋が切られた直後、イフリートが桜花に突撃した。
「――！」
　咄嗟にシールドを展開するも、その瞬間に凄まじい衝撃が襲う。注ぎ込まれたエネルギーが体内で弾け、彼女の全身を揺さぶった。
　自分専用にあつらえた灼滅鎧の回避性能と防御力をもってしても、この威力。流石に、神話の存在というだけのことはあるか。
「その程度……全然平気ですわ！　もっと撃ってきても構わなくてよ！？」
　すんでのところで踏み止まり、精一杯の強がりを込めて叫ぶ。仲間を守るディフェンダーとして、ここは退けない。
　黒き野望のオーラに身を包んだメルフェスが、魔の槍から冷気の氷柱を生じさせた。
「幼女もいないし、あんな大きな獣は好みではないのだけど」
　いまいち気乗りしなさそうな台詞とは裏腹に、研ぎ澄まされた鋭い一撃がイフリートの胴を貫く。主と呼吸を合わせた捨六がギターの弦を激しくかき鳴らした時、体勢を立て直した桜花が防御シールドで自らの守りを固めた。
　仲間達のこなれた動きを見て、治胡は幾許かの安堵を覚える。この顔ぶれなら、強大な敵とも充分に渡り合えるだろう。
「……だが、万一って事態はどんな時でも想定しておかなけりゃ、な」
　己の闘気を雷に変え、大胆に一歩踏み込む。繰り出された拳が、イフリートの顎をかち上げた。
「行くぜ、汐！」
　斬艦刀を上段に構え、悠が汐に連携を促す。
　獣に見せ付けるが如く噴き上がった炎が灼熱の刃となって振り下ろされた刹那、汐がイフリートに肉迫した。
「とにかく攻撃だ！」
　身を沈めて懐に入り、雷撃の拳を顔面に見舞う。底知れぬ殺気を秘めた炎の熱が、こちらに押し寄せてくるようだった。
「怖くなんかないぜ。全然」
　敵の強さを肌で感じつつも、汐は口元に笑みを浮かべる。軽装に身を包んだウルルが、一角の豹の背後へと回り込んだ。
「わたしぃ、負けませんよぉ？」
　赤と黒が螺旋を描く剣――『インセイン・ポートセイバー』の切先を向け、騎兵槍を思わせる円錐状の刀身を撃ち出す。炎のヴェールごと毛皮を貫かれ、イフリートが低く唸り声を漏らした。
「グルルルルルッ……！」
　煩げに頭を振り、両の前脚から煉獄の炎を放って前衛たちを薙ぎ払う。
　高めた力すらも焼き尽くさんとする炎の中で、治胡は豪胆にも笑ってみせた。
「心地良いねぇ。そんな熱じゃァ俺は殺せねーよ」
　ファイアブラッドたる自分が、同じ炎の前に屈するわけにはいかない。ガトリングガンを構え、一角の豹を真っ向から見据える。
「その炎ごと焼き尽くしてやる……！」
　燃え盛る炎を纏う無数の弾丸が、至近距離からイフリートの全身に喰らいついた。
「――フフ、勢いのあるチームで心強いですわ」　
　後衛で捨六とともにメディックを担当するフィンが、仲間の戦いぶりを眺めて微笑む。
　恐るべき破壊力を秘めた炎の魔獣と相対しても、臆している者は一人も居ない。
「回復はわたくしたちに任せて、みなさまガンガンいくといいですわ！」
　癒しの力を矢に込めて放ちながら、フィンは前衛たちを鼓舞する。
　強敵との戦いは望むところだが、決して気は抜かない。勝利のため、考えられる全ての手を尽くす。
　先の炎で状態異常への耐性を打ち消された汐が、素早く地を蹴った。
　作戦を考えるのは、あまり得意じゃない。友人たちはそんな自分を『脳筋』と呼ぶが、それがどういう意味なのかは知らなかった。
　――考えることは一つ、ひたすら攻撃あるのみ。
　握った拳に雷を宿し、イフリートの顎を打つ。畳み掛けるようにして、ウルルが死角から鋭い一撃を浴びせた。
　手応えは充分。決して効いていない筈はないが、一角の豹は動じることなく間合いを測り、灼滅者たちへと向き直る。
　獣が自らの背を切り裂き、不死鳥の翼を顕現した時。一瞬の隙を見抜いた捨六が、主に叫んだ。
「メルフェス様。今です！」
　その声を聞き、メルフェスが魔の槍を繰り出す。螺旋の刺突がイフリートを穿つと同時に、循環するエネルギーが彼女の攻撃力をさらに高めた。
　鉄塊の如き斬艦刀を自在に操る悠が、自らの体内から烈火を呼び起こす。魂すらも焼き尽くす一撃が、宿敵を殲滅せんと一角の豹に襲いかかった。
「喰らえ！　蝕め！　俺の炎っ！」
　イフリートの全身を覆う炎に、悠の炎が叩き付けられる。桜花がすかさず、愛用の『コロッサスハンマー』を大きく振り被った。
「行っけぇぇぇ！」
　ロケット噴射の勢いを乗せた超重の一打が、イフリートの首筋を捉える。
　爛々と輝く魔獣の瞳が、桜花を睨んだ。

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　イフリートの凄まじい火力にも怯むことなく、灼滅者たちは果敢に攻撃を加えていく。
　治胡と連携して踏み込んだ汐が、目にも留まらぬ速さで『超最強の槍』を真っ直ぐ繰り出した。自分より強い者がいると薄々悟ってはいても、彼女はなお『天才にして最強』を名乗り、生来の負けん気で前を見据え続ける。
　槍の穂先がイフリートの毛皮を深々と貫いた直後、捨六が硝子に似た素材の透明なギターを爪弾いた。澄み渡った山の空気を思わせる清浄な音色が、前衛たちに絡みつく炎を払う。
　目元を覆い隠す前髪の下で、彼は至極冷静に敵の戦力を測っていた。確かに強いが――用いてくる能力は全て、教室でエクスブレインに聞いていたものと相違ない。
「情報が揃ってさえいれば、後は最適解を叩きつければいい」
　――そのために、自分は自分の役割を果たす。
「すてろくちゃん、ありがとなのですよぉ」
　互いに親近感を抱く捨六の支援を受けて、ウルルがイフリートの側面へと駆けた。後衛に立つ回復役は、何があっても守り抜かねばならない。
　絶えず死角を突くことで、彼らから少しでも注意を逸らすことができれば。
　鍛え抜かれた拳が、魔獣の全身に満ちた破魔の力を打ち砕く。一角の豹がウルルに視線を向けた時、桜花が高らかに叫んだ。
「あなたの相手はこの私ですわ！　全力でかかってきなさい！」
　襲い来るイフリートから目を逸らすことなく、シールドの中心に力を集中する。絶妙のタイミングで展開されたエネルギー障壁が、超威力の一撃をギリギリのところで受け流した。
「油断なんてしませんわよ」
　癒しの一矢で桜花の傷を塞ぎつつ、フィンが勝気に笑う。メディックとして回復に徹する彼女もまた、ファイアブラッドの一人。強大な力を持つ宿敵の出現に、高揚する心を隠せなかった。

　イフリートと灼滅者、両者の戦いは次第に激化の一途を辿る。
　灼滅者側は前衛を多めに振り分けた陣形と厚い回復で戦線を支えていたが、それでも癒しきれない傷が積み重なりつつあった。
　汐が、ポケットに収めたお守りにそっと触れる。
　それは、正月に神社で購入したもの。全員で無事に戻れるようにと、願いを込めて持ってきたのだ。
「手ごわい相手だが、負けられないぜ！」
　己に喝を入れ、固く拳を握り締める。格上の敵でも、これなら確実に捉えられる筈。
　超硬度の一撃が、炎の魔獣に打ち込まれる。

　まだまだ行ける――！

　汐が次の攻撃に移ろうとした瞬間、イフリートが雄叫びを上げて突進した。
　ディフェンダー達が庇いに動くも、タッチの差で間に合わない。
　紅蓮の炎を宿した角が汐を貫き、彼女の全身を炎に包む。地に崩れ落ちた汐に、もはや戦う力は残されていなかった。
　目の前で仲間が倒されたのを見て、治胡が悔しげに唇を噛む。
　彼女は一角の豹に向き直ると、低い声で問いかけた。
「炎の獣よ、テメェは何を思うんだ」
　この身体に流れる血も、炎も。あるいは、イフリートと同じものかもしれないけれど。
　たとえ、そうだとしても。自分は『壊す』のではなく、『守る』ために戦う。
　――こればかりは、譲れない。
「オマエにも、守りたいものってあるのかよ……！」
　厳然たる決意を秘めた炎が、灼熱の拳となって一角の豹に叩き込まれた。
　もう誰も倒させまいと、フィンが天星弓につがえた矢に治癒のエネルギーを注ぐ。彼女の回復で危機を脱した悠が、肩越しに振り返って礼を言った。
「わりぃ、助かったぜ！」
　魂を闇に傾けて自らの傷を塞いだメルフェスが、『クレア・ブランシュ』と名付けられた白き杖をくるりと回転させる。
「さぁ、終幕間近ね」
　ダメージが重なってきているのは、イフリートも同じこと。魔王を名乗るメルフェスの金色の瞳は、獣の動きが僅かに鈍りつつあるのを見逃さなかった。
　あとは、どちらが先に倒れるか――。
　斬艦刀の代わりに『天鎖一閃』を抜いた悠が、上段の構えから重く鋭い斬撃を振り下ろす。攻撃の手を封じられたことを悟ってか、一角の豹が裂帛の叫びを響かせた。
「煩いぞ、そのまま黙って静かに朽ちろ！」
　最前線に躍り出た捨六が、ギターでイフリートを打ち据える。回復が妨げられている今が好機と判断し、フィンも攻勢に転じた。
「ここでジ・エンドにしてあげますわ！」
　バスターライフルから発射された魔法光線が、煉獄の獣を射抜く。猛り狂って突撃しようとするイフリートの前に、桜花が割って入った。
　凄まじい炎の一撃が、少女の全身を焦がす。ともすれば崩れそうな膝を気力で支えながら、桜花はライバルに視線を送った。
「……ウルルさん、私に構わず攻撃をお願いしますわ！」
　彼女の覚悟を無駄にすまいと、ウルルは黒きオーラを両の拳に集中させる。
　かつて憧れた英雄の力には、まだ届かないのだとしても――。

　――勝つ、勝ちたい、負けたくない。だから勝つ。

　凄まじいスピードで繰り出された連撃が、イフリートの脇腹を抉り、砕く。苦痛に身を捩る獣に、灼滅者たちは残る力を叩き付けていった。
「グ、オオオオオオオッ！！」
　天を衝く咆哮とともに、イフリートが雷を呼ぶ。狙われたメルフェスの盾となり、治胡がその一撃を受け止めた。
「――アンタの一撃、叩き込んでやれッ！」
　その声に応えたメルフェスが、『白を創造する』杖を鮮やかに振るう。体内に流し込まれた魔力が炸裂し、獣の巨体を衝撃で浮かせた。
　刀を鞘に納めた悠が、鮮やかにそれを抜き放つ。
「これで終わりだっ！」
　全てのしがらみを断ち切る美しき剣閃が、煉獄の魔獣をとうとう討ち果たした。

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「へへっ、俺達の勝利だぜっ！」
　イフリートの消滅を見届け、悠が会心の笑みを浮かべる。武器を収めたメルフェスが、注意深く周囲を眺めやった。現状で、特に異変は感じられない。
「とりあえず、この場は何とかなったかしらね」
　後のことは気になるが、今は素直に勝利を喜ぶべきだろう。倒れた汐も、フィンが診たところ命に別状はなさそうだ。
　目を覚ました汐に、捨六が手を貸してやる。よろめきながらも立ち上がった彼女の肩を、治胡が軽く叩いた。
　自分を気遣う仲間達に、汐が笑みを返す。最後まで立っていられなかったことは悔しいが、共に力を合わせて戦った者同士の一体感があった。
「強敵を倒して得た勝利は、代えがたいものですからねぇ」
　にへ、と笑うウルルに、桜花が力強く頷いた。

　学園に勝利の報告をもたらすべく、八人の灼滅者は廃村を後にする。
　この戦いの先に何が待ち受けているのか――まだ誰も知らない。

作者：宮橋輝	重傷：東堂・汐（あだ名はうっしー・d04000）  死亡：なし 闇堕ち：なし
種類： 公開：2013年1月16日 難度：やや難 参加：8人 結果：成功！
得票：格好よかった 7／感動した 0／素敵だった 0／キャラが大事にされていた 3
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