楔を喰らう炎獣~悪徳か暴力か

    作者:君島世界

    ●大分県別府市・鶴見岳
     何体ものイフリート達が、続々と鶴見岳に集結している。
     イフリート達の体毛によって、燃えるように煌々と輝く鶴見岳。

     頂上には、一体のイフリートが存在した。
     他のイフリートを圧するほどに大きく、威厳に溢れたその姿。
     イフリートの首魁は、配下の前でゆっくりと力を練り、人間の姿へと変貌する……。

     ……人の形へと転じたイフリートの首魁。
     少女のようなその姿は、居並ぶ配下の幻獣達に向かい、唸り声の如き少女の声で命じる。

    「ガイオウガノメザメハチカイ。ケダカキゲンジュウシュヨ、コノクニノクサビヲクライクダキチカラタクワエタノチ、ソノチトニクヲ、ガイオウガニササゲヨ! サスレバ、ガイオウガハゼンナルイチノゲンジュウトナリテ、ナンジラトトモニクンリンスルデアロウ !」
     
    ●通告
    「良い報せ(グッドニュース)と悪い報せ(バッドニュース)があるぜ。……一度は言ってみたかった台詞だが、今回はあまり愉快じゃないな。どちらも別府温泉のイフリート事件関連のことだ」
     神崎・ヤマト(中学生エクスブレイン・dn0002)の言葉に、集まった灼滅たちは興味深く耳を傾ける。
    「まずは良い報せ、お前らが頑張ってくれたお陰で、どうやら強力な敵の復活は防げたようだ。そして悪い報せなんだが――小鳥遊・優雨(優しい雨・d05156)から話を聞いている者もいるかもしれないが、別府温泉のイフリート事件に、進展があったようだぜ。
     鶴見岳に集まったイフリートたちが日本全土に散り、各地の眷属や都市伝説などを生贄にしようと企んでるんだ。目的を察するに、鶴見岳に封じられた強大な存在を呼び起こす為だろうな」
     ヤマトが見せた日本地図には、北から南まで、あらゆる場所に赤いシールが張られていた。この一つ一つが、全てイフリートの出現地点であるという。
    「今回各地に現れるイフリートは、別府温泉事件で見られた物よりも強大な力を持ち、単騎だけを見ても危険度は跳ね上がっているぜ。目的は潰しあいに見えるかもしれないが、放置しておけば本当に強大な敵が現れることになるかもしれないから、こいつらの灼滅を依頼するぜ」
     
    ●情報
    「さて、お前らが担当するイフリートは、深夜一人で歩いている『ソロモンの悪魔の配下』が、ビルから出て帰ろうとしているところを倒す。――ここまでは確定事項としてくれ。この事に俺たちは手を出しちゃならねえからな。
     というのも、イフリートがこの戦闘を終わらせる前に攻撃をしようとすると、バベルの鎖の予知を使うイフリートが襲う相手を変えるかもしれないからだ。まあ、漁夫の理だとでも考えとけばいいだろうぜ。
     敵となるイフリートは、攻撃方法こそこれまでのものと変わらないが、威力はかなり増している。KOさえすれば灼滅されるのはいつも通りだが、そうするまでにてこずるだろうから、注意してくれ」
     と、同席する柿崎・泰若(中学生殺人鬼・dn0056)が手を挙げた。
    「一つ確認しておくけど、今回の『ソロモンの悪魔の配下』が、イフリートを返り討ちにする、なんてことはありえるのかしら?」
    「断言しておくが、その可能性は無いな。俺たちエクスブレインが予知した状況全てで、イフリートがまず相手にする眷属やら都市伝説やらには勝利している。実力差もあるが、相手を選んでその牙に掛けているんだろうぜ」
     
    ●送出
    「イフリートと戦闘を始めるタイミングは、『ソロモンの悪魔の配下』を倒した直後から、だぜ。それより前に接触しようとすると、襲撃自体が起こらないかもしれないからな。
     それを守っていても、今回は厳しい戦いになるだろう。事前準備はいろいろあるだろうが、怠らずにやっておけよ? ――頼むぜ」


    参加者
    九条・風(紅風・d00691)
    十七夜・奏(吊るし人・d00869)
    影道・惡人(シャドウアクト・d00898)
    久瑠瀬・撫子(華蝶封月・d01168)
    風見・遥(眠り狼・d02698)
    忍長・玉緒(しのぶる衝動・d02774)
    高柳・綾沙(湖望落月・d04281)

    ■リプレイ

    ●遭遇
     星の見えない夜、壊れかけた街路灯が、羽虫の鳴くような音を立てて明滅した。
     騒がしさといったものは、ふと忘れそうになるほど遠くに押しやられ、ここでは夜本来の不吉な静けさが漂っている。この暗い街の中には、あるソロモンの悪魔を頂点とする組織の支部が一つあった。
    「ッたく、ウチの支部のガキどもを絞るか堕とすかしないと、これじゃ上からドヤされるハメにならァな……」
     歪む唇にくわえた太い煙草を噛み破りながら、その支部唯一の所属者である女が、とあるビルからハイヒールの足音を立てて降りてくる。子飼いの児童たちに『先生』と慕われる彼女は、しかしその面影すら見せぬ凶相で、本来は垢抜けた淑女にさえ見えるだろうそのスーツを、目に見えるほどの悪意に浸している。
    「にしてもあのババア……『パチ玉拾い程度のオイタなんて、新参のお前にはお似合いね』だと!? ……クソッ」
     千切れた吸殻が道に落ちる。それは吸い口に向けてゆっくりと体を灰に変え――ある瞬間、踏み潰されるように焼失した。
    「つッたって今イワせば良い子ちゃん逃げるし、ほっとけば『日常サマ』に帰っちまうしで……あン?」
     背中が暖かい、否、熱い。信号を無視して歩こうと思っていた十字路の直前、それでも彼女に足を止めることを選択させるほど、それは唐突で、驚異的な存在感の発現だった。
    「イフリー、ト……?」
     振り返ると、言うとおりの存在が遠く街路灯の下に見える。知識にある炎獣よりもそれは頭二つ分は大きく、在るだけで世界を圧迫できると、そういう暴虐の態度をまとっていた。
    「(ドコから――動物園から逃げ出して――なにを考えてるんだアタシは――応援を、いや、逃げ――マズい、こいつの目……!)」
     女は悟る。
    「アタシだけを見てやがる!?」
    「ボオオオオオオアアアアアアアァァァァァァァッ!」
    「ンだッ、コんヤラぁ!」
     イフリートが地を揺らす雄叫びをあげると同時、背丈をさらに膨らませるその獣に向けて、ソロモンの悪魔の手下は魔法弾を立て続けに連射した。赤熱する体毛がいくらか吹き飛ばされ、サイズ違いの線香花火のようになったそいつから、その隙にバックステップでさらに間合いを取る。
     着地する位置は見晴らしの良い十字路の中心、彼我の間隔はこれでおそらく五十メートルは下らないだろう。接近される前に、こちらも体制を整えなければならない、と。
     そう思っていた。
    「てめェ、この赤犬! 誰に弓引いてるかわかってるンだろうなぁ!」
     叫びながらも、女はその瞳にバベルの鎖の力を集中させていく。先を読み、最適な行動を選択させるその悪魔の力は、だが。
    「――――クソ」
     豪と燃えあがるイフリートのブレスが、激流のように放たれる。道路を走る炎塊は、その熱量にもかかわらず一切の痕跡を残さず、さながら地を走る小太陽として女に着弾した。
     女の運命は一つ。抵抗しなければ、苦しまずに消滅できる。
     逆上がる炎柱の根元には、もはやシルエットとしか判別できない彼女のなれの果てがあった。その残骸に向け、イフリートは止めとばかりに大跳躍――。
     踏み潰された跡には何も残らず、この不吉な夜が空隙を埋めるように流れ込むだけである。

    ●炎上
    「ふふ……、暖を取らせてくれるだけなら、イフリートも悪くないけれど」
     予定の捕食を終え、その場にたたずむイフリートの上方から、冷たい目線のリンデンバウム・ツィトイェーガー(飛ぶ星・d01602)が、月光を供に降りてくる。予知にあった『戦闘終了後』のタイミングにあわせ、他の灼滅者たちも続々とその場に集合した。
     爪先から地に降りたリンデンバウムの後ろから、眼鏡のブリッジを押し上げながら九条・風(紅風・d00691)が現れる。その丁寧な仕種とは真逆に、あの光景を見てもなお獰猛さを失わない微笑があった。
    「随分と燃えてやがる。良い的だぜ」
    「やーどーもッ、イフリート。お食事終わってご満悦のトコ悪いケド、……ここで潰れて貰うッ!」
     指差す高柳・綾沙(湖望落月・d04281)の周囲に、音を立てて四重の殲術道具が開放される。同じく手に武器を持ち、イフリートを囲む灼滅者たち、その数は九人。
    「では、行きましょうか」
     妖の槍を小脇に手挟み合図を出したのは、久瑠瀬・撫子(華蝶封月・d01168)だ。それぞれの姿勢で突撃する灼滅者たちに、イフリートは迎撃するかのように高らかに吼えた。
    「グルオアアアアアァァァァァ……ッ!」
     その体毛は棘のように突き出され、相対するだけで目を焼きかねない光がさらに強くなる。構わず見据え、忍長・玉緒(しのぶる衝動・d02774)は己とその殺気を開放していった。
    「あなたが何を企んでいようと、――私たちで叩き潰すのみよ、イフリート」
     玉緒は構えた鋼糸から容赦を払い、嫌悪に似た衝動を編みこんでいく。捕らえたら放さないと、そう雄弁に表現する玉緒の無言がイフリートに叩きつけられた。
    「前座さんとは、残念だけど錬度が違うのよね、私たち。――数えの表六番『鳥月』」
     最後尾から機を窺っていた柿崎・泰若(中学生殺人鬼・dn0056)が、初手をこそ絶好と思い、地を滑るように肉薄する。泰若は逆手に握られたガンナイフの刃で、切り裂くでも突き刺すでもなく、イフリートの肌に押し当て、破った。
     血炎を奔流させるイフリートを目指し、次いで日本刀を構えた風見・遥(眠り狼・d02698)が素早く踏み込む。間合いに入る直前、切られた鯉口のきらめきを残し、遥はその場から居なくなった。
    「俺の剣は凪にして嵐、だぜ。受けてみなよ」
     その僅かに横、受けるイフリートとしては視線を鈍角に動かさなければならないほど遠くに、遥の斬撃が現れ敵を弾く。そんな仲間たちの戦果を心底の当てにはせず、影道・惡人(シャドウアクト・d00898)は己の意思と判断を掛けて猛攻を引き継いだ。
    「後の事ぁどーでもいい、俺は殺し続けるッ! ヤローども、やっちまいなッ!」
     ライドキャリバー『アームド・ザウエル』の放つ弾丸にあわせ、惡人は導眠符を四方にばら撒いていく。空を裂く剃刀のように、惡人の放つ符は鋭くとめどなく打ち付けていった。
    「……数の優位。……九人に囲まれ、苛まれる気分は如何ですか、イフリート」
     戦いの閃光をその瞳に吸い込んで、十七夜・奏(吊るし人・d00869)が静かに疾走する。手中の凶器は傷を開くためのもの、奏はその歪な刀身を感慨なくイフリートに沈めた。
    「――――グ」
     予期していなかった敵の襲撃を受けたイフリートは、燃える血を滴らせながらも多くを考えない。……命令は果たし、だがさらに獲物が現れている、それだけだ。
     本能はただ暴れろと囁く。今度のは前の小物より潰しがいがあると、そう肌で直に感じている。この懸命な小蝿どもを、ご褒美に燃やしてやる時だとも。
    「オオオオオォォォォォ!」
     次の瞬間、空間が灰と化した。

    ●狼煙
     イフリートはソロモンの悪魔の配下に見せたあの炎塊を、自分の足元に炸裂させたのだ。この時、最前列でイフリートの炎を受けた者は、五名。その全てが例外なく炎の壁に包まれた。
     五方に叩きつけられた火影は長く揺らぎ、追い抜いた火炎がそれを消していく。
    「――ッ!」
     その煉獄を透かし覗いたリンデンバウムは、どうにか中に立つ灼滅者たちの姿を見通した。
    「りゅーじんまる! 皆の回復を!」
     リンデンバウムが叫ぶまでもなく、彼女の霊犬は浄化の瞳を見開いている。己も魂の奥底から力を引き出して、あの地獄から抜け出した仲間に急いで注ぎ込んだ。
     その力を、片手を挙げて受ける者がいる――奏だ。彼の一歩後ろには、先の攻撃を免れた遥がいた。
    「お……、助かったぜ、奏!」
    「……これが私の義務ですから、お気になさらず。……ああ、治療は必要でしょうが、みな無事のようですよ」
     その言葉を証明するように、単身炎を切り抜けていた撫子が槍を構えなおす。
    「敵の火力は見た通りです。最後まで気を抜かずに行きましょう」
    「撫子、大丈夫だったか! ……さすがは炎獣と呼ばれるだけはあるな。油断は禁物だ」
     綾沙が撫子に駆け寄り、念の為にその様子を改めた。誰もが無傷とはいかないが、それでも問題なく戦闘を続行できると、彼らにとってはその程度のダメージなのだ。
    「あらあら、みなさんお元気なのね……。では、魔女の面目にかけても、これからも支援を司りますわ」
     一息をついたリンデンバウムは、りゅーじんまるの頭を撫でながら、一瞬とはいえ不安に焦っていた心を落ち着けていく。戦える者たちを、自分が支えていく――その役割を、改めて噛み締めながら。
    「さ、行くわよ。さっきの戦いと今回の炎と……体験したのだから、もう私たちに恐れる理由はないわね」
     言うが早いか、玉緒は月光に光る鋼糸をたなびかせて敵に歩み寄る。さりげなく外に振った指先から、一閃、鋼糸は命を得たように、陽炎に揺らぐ大気ごとイフリートを縛り上げた。
    「雁字搦めにしてやるわ。あなたの暴虐も、あの一撃で終わりと知りなさい」
     玉緒の腕を引く動きにあわせ、ぎち、と音を立てイフリートの肉が絞られる。そこから抜け出そうとする敵に、さらに戒めが掛けられた。
    「躾のなってねェ獣ってのは、これだから嫌いだぜ。首にも縄が必要だな、野良犬よォ!」
     九条が繰り出す封縛糸だ。その側へ戻っていたライドキャリバー 『サラマンダー』に、九条は叫びつける。
    「今だぜサラマンダー、走れ! 蜂の巣にしてやんなァ!」
     ヘッドライトを煌々と灯すサラマンダーは、主の命令を即座に遂行した。空転するタイヤのスキール音はグリップと同時の爆走を導き、そのスピードすら越える鋼弾は横殴りの雨となってイフリートの四肢を貫く。
     灼滅者たちの連携の前に、地に繋がれた格好となったイフリートは、それでも口の端に炎を垂らし、威嚇の牙をむき出しにしていた。糸と糸との隙間からねじ出された炎熱の爪を縛霊手でいなしながら、綾沙は足元の影を立ち上げていく。
    「まだてこずらせるか、イフリート……。だがお前も、復活する何かも、私たちは止めてみせる!」
     更に、更にと。意思を反映させる彼女の影業は、絡む腕となって三重の封を閉じた。束ねられたその姿はまるで動かぬ大型の的のようにも見えるが、先の己の言葉通り、撫子は油断なく十文字鎌槍を中段に提げ、レーヴァテインの火を呼び出す。
    「けどこの戦い、勝てないわけではないわ。その荒い呼吸も、開いたままの傷口も、隠しきれるものではないのですよ、イフリート!」
    「そうだ、撫子ォ! 警戒と傍観は別物だ――見るな、貫け!」
     思いがけない惡人の声援を背に、撫子は桜色の火片を散らせる槍を体ごと突き出した。イフリートの炎すらさらに焼くファイアブラッドの灯が、一直線を疾走する。

    ●『奇遇』
     一方、戦場である十字路から数ブロック離れた地点。今回の作戦では、泰若ら実働隊をサポートするために、さらに十人を越える灼滅者が投入されている。
     現在の彼らは、敵イフリートの退路として予想される道のうちの三箇所を、手分けして塞ぐことを目的として動いていた。戦う彼らによけいな負担を与えぬよう、近くを通りすがる一般人を遠ざけるのも、こちらの仕事である。
     また、それぞれの場所からでは戦闘の内容を一切知ることはできないため、戦っている仲間たちについては信じて待つことしかできなかった。
    「寒なってきはりましたなあ。むこうの大っきなイフリートはん、はよ退治できればええどすなあ」
     玄鳥・一浄(風戯ゑ・d00882)が、あちらの空を見やって言った。おそらくその下で仲間たちが戦っているのだろう。
    「――心配ですね。こちらは私の『殺界形成』で万全の警戒をご用意しておりますから、戦いに専念していただけているものとは思いますが……あら?」
     言いながらも、紅月・燐花(妖花は羊の夢を見る・d12647)は直立不動で気を張り続けている……と、彼女はその視線の先、道の奥に、何者かの姿が現れたことに気づいた。
     椿原・八尋(篋底・d08141)は、その銀色の学生服に身を包んだ男に声をかける。
    「人影? 燐花の殺界を抜けてくるって――そこの学生服君! この奥は危険だから、帰った方がいいと思うよ?」
     しかし学生服の男は歩みを止めず、こちらの数メートル先にまで接近してきた。この場の灼滅者たち全ての注目を集めながら、そこでようやく学生服の男が口を開く。
    「その奥のイフリートに、用があるのですよ」
     一瞬にして警戒の空気が満ちた。学生服の男は、その細い目の微笑を一切変えず、そんなことを言ってのけたのだ。
    「……あなた、何故ここにイフリートがいると、……ご存じなのですか?」
     反射的な質問を、漣・静佳(黒水晶・d10904)が口にする。
    「ここは、我らのテリトリーの一つ。そこに、これだけの人数で足を踏み入れたのですから、察知されるのは当然でしょう。つまりは――」
     バベルの鎖ですよ、と学生服の男が答えた。
    「さて、今度はこちらが問いましょう。――君たちは何故、ここにイフリートがいることを知っている?」
     強い圧力を感じさせる口調で、学生服の男が逆質問を飛ばしてきた。問われて脳裏に浮かぶのは、サイキックアブソーバーとエクスブレインの力だ、が。
    「え? なぜかってそりゃあ――えっと、その、あれッスよね?」
    「さあてな。実の所私たちにはよくわからん。嘘は言ってないぞ?」
     言っていいものかと迷う渡・ガザ美(ギャルキャンサー・d02764)の代わりに、中屋敷・鉄子(私が中の人だッ・d03777)が答えを濁す。数瞬の沈黙の後、学生服の男は納得しないとばかりに両手を横に広げた。
    「……そうですか。それなら、体に聞かせてもらいましょうか」
     そう言い切った、直後。学生服の男の上衣がはだけられ、背中から蝙蝠の翼が起き上がった。
    「な!?」
     さらに左腕の袖は内側から破られ、そこに鉄骨がより合わさって左腕の形を成した何かと、それに付随する三日月状の鋭利な刃物が現れる。薄く開いた瞼の裏からは、赤い赤い、血の色を思わせる瞳が覗く。
    「これは、変異……!?」
     目を見開く灼滅者たちの前で、学生服の男は変異を完了させた。左腕から垂れ伸ばされ、前身と爪先を回って右腕まで伸びる鎖剣状の何かが、音を立てず学生服の男の周囲を回る。
     シャツの襟元から覗く肌は病的に白く、赤の瞳は傷口のように鮮烈に、呼吸に見え隠れする犬歯は人ならぬ牙として、それらの特徴は見るもの全てに決定的な答えを連想させた。
    「ヴァンパイア、ですのね」
     至近でその様を見ていた燐花に、学生服のヴァンパイアの攻撃が迫る。

    ●『流血』
     退路遮断のために戦力を分散させていたことが、結果的に仇となった。最初の地点の灼滅者たちを戦闘不能に追い込んだ学生服のヴァンパイアは、各個撃破の形でサポートメンバー達を倒していく。
     連絡こそ全体に通じてはいたものの、イフリートの逃亡阻止も重要な任務であったため、他の拠点から逢見・莉子(珈琲アロマ・d10150)たちのいる場所では、即座の援軍はほとんど期待できない。故に、学生服のヴァンパイアに対する戦線防衛を、他の四人とともに用意もなく課せられることとなったのだ。
    「けど、降りかかる火の粉なら払うわ!」
     学生服のヴァンパイアに当たった莉子の横払いの槍は、その左腕の刃に止められた。開いた敵の顔面を、山崎・余市(拳炎一如・d05135)が燃え上がるWOKシールドで殴りかかる。
    「ほらっ、こっちも食らっときなよ!」
     しかし無表情のままに、学生服のヴァンパイアは右掌を圧し当て、一撃を留めた。その状態から手首のスナップで強引に余市を押し剥がし、開いた空間から赤の逆十字を奔らせる。
    「青褪めろ」
     さらに学生服のヴァンパイアは槍に触れる左刃を滑らせ、爪を浅く莉子に突き立てた。見る間に莉子は生命力を奪い取られ、眠るようにその場へとくずおれる。
    「莉子さんっ! ……く、あなた、莉子さんをよくも!」
     ミルミ・エリンブルグ(焔狐の盾・d04227)は叫びながらサイキックソードの光刃を放出するが、学生服のヴァンパイアの振るう鎖剣状の部分に砕かれ、消えた。
    「先ほどの一撃は『イフリート』の――いや、『ファイアブラッド』の、と言ったほうが正解か」
    「なにをゴチャゴチャ言ってやがる!」
     思案する学生服のヴァンパイアに、一・葉(デッドロック・d02409)が変形した解体ナイフを斜に振り下ろす。葉にして改心の、塵も遠慮のない斬撃であったが、これすらも学生服のヴァンパイアはかわしてのけた。
     屈み、高速で学生服のヴァンパイアは刃の下を潜り抜ける。肩掛けの上衣を螺旋の立ち上がりに翻して、繊細な指先からは想像もできぬほどの威力の裏拳を葉に叩き込んだ。
    「ガ……」
    「こちらの殺気には、『六六六人衆』に近しいものを感じる。……なるほど、身体は雄弁だ」
     この場の最後の一人、志賀野・友衛(中学生神薙使い・d03990)の足元に、意識を失った葉が倒れ落ちてくる。息こそあるものの、すぐには起き上がることもできないだろう。
    「『体に聞く』、ね……。君はずいぶんと余裕のようだがな、例え私を越えたとしてもまだ、仲間はいるのだぞ」
     友衛の言葉とともに、学生服のヴァンパイアの額から小鳥の舌のように小さく血がこぼれ出した。葉の攻撃は、わずかながら届いていたのだ。
    「確認の機会が増えるまでのことだ」
     弓を番え、正中を狙う友衛へ、学生服のヴァンパイアは歩き寄り、――押し通った。

    ●『因縁』
    「これほどルーツが異なる者たちが、一堂に会して共闘までするとは、な」
     最奥の陣にて、鷲宮・密(散花・d00292)が降ろした『カミ』の風をその身で受け止めた学生服のヴァンパイアは、そう呟いた。
    「なるほど、君達、灼滅者が『学園をテリトリーとする組織』なわけか。意外といえば意外、納得できると言えば、これ以上納得できる組織も無い訳だが」
    「あら、私たちのことを探っておりましたのかしら?」
    「当初の目的はイフリートだ。だがそれも――」
     と、学生服のヴァンパイアは何かに気づいたように顎を上げる。実はそれと全く同時刻に、例の強大なイフリートは灼滅されていたのだが、その僅かな変化をこの男は敏感に感じ取ったのだ。
    「――果たせなかったようだね。が、それ以上の収穫はあった。今日は、このあたりで退散させて頂こう」
     背を向け、宵闇に消えていこうとするその姿へ、緑風・砂那(ねじれ者・d01757)が声を荒げ怒鳴りつける。
    「待てやコラァ! テメェ一体ドコの何モンだ! それに、こんなに仲間を傷つけやがって、何のつもりなんだよ!」
     砂那の言葉に、学生服のヴァンパイアは肩越しにちらりと視線を送り、答えた。
    「今は、まだ、名乗るべきかどうか判断できないけれど、運命がクロスするならば、また近いうちに会う事もあるだろう」
     変異を収め、元通りの人型となった学生服のヴァンパイアは、上衣を羽織り直しこの場を立ち去る。程なくして、イフリートの灼滅を遂行した実働隊が、この場へと駆けつけた。
    「話はワカってる! 逃がすかよ!」
     来るときの勢いを殺さず、惡人はアームド・ザウエルに跨ったまま、止める間も無く学生服のヴァンパイアの後を追っていった。
    「手ひどくやられてる子が多いわね。みんな、手を貸してあげて頂戴」
     リンデンバウムの言葉に応え、余裕のあるメンバーが傷ついた者たちに回復を施していく。イフリートとの戦いで前線に居続けていた奏も、傷の痛覚を誤魔化して治療を担当した。
    「……痛みは、私が膝を付く理由では、ありませんので」
    「あら、もう肩を支えなくてもいい――ってわけじゃないわよね。過剰な無理は厳禁よ、奏さん」
     その意を汲んで、泰若も治癒のサイキックを負傷者に発動する。
    「とにかく、全員の安否を確認するためにも、一箇所に集まりましょう。情報交換はそれからです」
     撫子はサポートメンバーから詳細な封鎖地点の場所を聞き、今回の作戦に参加した二十五マイナス一名を集合させた。負傷の度合いが比較的低い両角・式夜たち(黒猫ラプソディ・d00319)に、綾沙は質問を投げかける。
    「んー。そんでさ? 襲ってきたのがヴァンパイアってのは、ホント?」
    「ああ、間違いないね。肌も牙も、目の色だってヴァンパイアそのもの。いまいましいが、実力もな」
    「それに、ここを『テリトリーの一つ』とも言っていたな。一体どういうつもりで、そんな言葉を……?」
     黒沢・焦(ゴースト・d08129)の自問に、玉緒も同じく考え込む。
    「……もしかしたら、あちらも集団で動いているのかもしれませんね」
     その仮説に乗る形で、風水・黒虎(黒金の焔虎・d01977)が唐突に声を上げた。
    「あー! そうそう、話を聞いてる限りだけど、あいつ『我々』って言い方してたんだよな?」
    「らしいな。それに捨て台詞が『また近いうちに会う事もあるだろう』か……」
     という九条の言と合わせると、一つの可能性が見えてくる。それを確定とするのは尚早だが、何らかの行動を起こす理由にはなるだろう。
    「――さて、どうなるのでしょうね、……これから」
     イフリート討伐に突如として現れたヴァンパイア。その影響は、一体どんな形で現れるのだろうか――。

    作者:君島世界 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年1月16日
    難度:やや難
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 54/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 0
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