楔を喰らう炎獣~炎の牙

    作者:西灰三

    ●大分県別府市・鶴見岳
     何体ものイフリート達が、続々と鶴見岳に集結している。
     イフリート達の体毛によって、燃えるように煌々と輝く鶴見岳。

     頂上には、一体のイフリートが存在した。
     他のイフリートを圧するほどに大きく、威厳に溢れたその姿。
     イフリートの首魁は、配下の前でゆっくりと力を練り、人間の姿へと変貌する……。

     ……人の形へと転じたイフリートの首魁。
     少女のようなその姿は、居並ぶ配下の幻獣達に向かい、唸り声の如き少女の声で命じる。

    「ガイオウガノメザメハチカイ。ケダカキゲンジュウシュヨ、コノクニノクサビヲクライクダキチカラタクワエタノチ、ソノチトニクヲ、ガイオウガニササゲヨ! サスレバ、ガイオウガハゼンナルイチノゲンジュウトナリテ、ナンジラトトモニクンリンスルデアロウ!」
     
    「みんな、別府のイフリートの話って聞いてるかな?」
     有明・クロエ(中学生エクスブレイン・dn0027)が口を開く。
    「みんなのおかげで強い敵の復活はなんとかなったんだけど、性懲りもなく別の手を打ってきたんだ」
     小鳥遊・優雨(優しい雨・d05156)からの連絡で次のイフリート達の動きがつかめたようだ。
    「イフリート達は別府温泉の鶴見岳から日本全国に散らばって、それぞれの場所の巻属とか都市伝説を襲っているんだ。たぶん目的は鶴見岳の強い敵を起こすこと」
     別府温泉の事件で阻止されたために別の手段で、ということかもしれない。
    「しかもこのイフリート達は今までのと違って強さが段違いなんだ。だけどそのままにしておくのもダメだよね。ということでみんなにはこのイフリートの灼滅をお願いしたいんだ」
     それでこのイフリートなんだけど。とクロエは状況を説明する。
    「地方のとある町のとあるご当地怪人と戦うみたい。あ、このご当地怪人は気にしなくてもいいよ。どマイナーだし、すぐ倒されるし」
     で、大切なのはここからと彼女は続ける。
    「みんなにはイフリートがご当地怪人を倒した直後に戦いを仕掛けてほしいんだ。でないとイフリートはバベルの鎖の予知能力を使ってしまうから、そこは気をつけてね。……戦闘力はさっきも言った通りすごく強いイフリートで、常に攻撃に専念してくるの。攻撃力がすごいことになってるから気をつけてね」
     彼女は説明を言い終えると灼滅者達を送り出す。
    「さっきも言ったけどイフリートがご当地怪人を倒してから襲撃してね。でないとイフリートそのものが出ないかもしれないから。……せっかくの冬休みなのに空気読まないイフリートなんてぶっ飛ばしてきてね! それじゃあ行ってらっしゃい!」


    参加者
    睦月・恵理(北の魔女・d00531)
    ミハイル・オルダノフ(純粋系不器用人間・d00534)
    石動・火燐(焔狐・d00767)
    秋森・心彩(煌月ニ捧グ・d01674)
    神虎・闇沙耶(善悪の全て喰らう悪食の虎・d01766)
    上尾・正四郎(確固不抜・d06164)
    パメラ・ウィーラー(シルキー・d06196)
    高峯・いずみ(ジャッジメントガンナー・d11659)

    ■リプレイ


    「!」
     イフリートの炎を帯びた一撃が振り下ろされる。膨大な熱量と恐ろしいほどの勢いを持ったそれは、その場にいた怪人の断末魔さえ上げさせずに焼失させる。
     奇妙な振る舞いをすることで忘れがちだが、ご当地怪人とてダークネスなのだ。灼滅者が一対一で勝てるような相手ではなく、複数でかからなければ倒せないほどの敵なのである。それをいとも容易く倒したこのイフリートはかなり強力な個体であるといえる。
    「……GO!」
     確かに怪人が燃え尽きたのを確認したイフリートがその場を去ろうとしたその時、合図と共に取り囲むもの達が現れる。合図を出したのは睦月・恵理(北の魔女・d00531)。彼女を始め8人の乱入者達にイフリートは微かな呻きを上げて威嚇する。
    「………」
     ミハイル・オルダノフ(純粋系不器用人間・d00534)は黙って十字を切る。今さっき焼き尽くされた怪人に対して。もっとも彼はそれ以上何も言わすにすぐさまに武器を構える。その先はイフリート。現れた小さな存在らが自分に戦いを挑もうとする様子を察知したイフリートは大きく咆哮を上げ、改めて地面を踏みしめて蹴散らそうとする態勢を整える。
    「むむ、強敵相手! 血湧き! 肉踊る! 強敵相手!」
    「相手が強ければ強いほど燃えるわね♪」
     石動・火燐(焔狐・d00767)と高峯・いずみ(ジャッジメントガンナー・d11659)が戦意を見せた相手に臆せずに笑みを浮かべる。一分の疑いも無い強敵相手に彼らの心も高揚する。吹きつけられた業炎をかき分けて彼女らも対するように駆けながら応戦する。
    「ひゃっほー! バトるぞー!」
    「消し炭にしてあげるわ!」
     彼女らの攻撃を援護するように神虎・闇沙耶(善悪の全て喰らう悪食の虎・d01766)は影を伸ばしてイフリートの足元へと伸ばす。
    「お前達は赦してはならない……俺の焔で灰塵となれ……」
     そう言う彼もまたかつて無い強敵相手に心を震わせている。彼もまた強き者との戦いを望んでいるものの一人だった。
    「……むう」
    「どうしたんですか~?」
     そんな彼らの状況を見ながら動いていた秋森・心彩(煌月ニ捧グ・d01674)の疑問の声を聞きとめたパメラ・ウィーラー(シルキー・d06196)がその意味を問う。
    「いや、なんでもない。それよりも戦いに専念せよ」
    「はい~」
     空気に乗るように自分の戦いを始めるパメラの背を見て心彩は思う。
    (「高揚が隙を産んでおらねば良いが」)
     今までにない事件、そして強敵。それらが自分達の心を高ぶらせているのは間違いがない。気合も充分、だが詰めは果たして。場を見極める動きをしつつ心彩は戦況の変化に意識を集中する。
    「まったく、この寒いのにご苦労な連中だ」
     叩きつけるような無敵斬艦刀の一撃を振り下ろして上尾・正四郎(確固不抜・d06164)はごちる。だがそんな攻撃も敵には大した痛手にはなっていないらしい、この手の武器は苦手と言いながら彼は即座に間合いをとる。簡単にこちらの攻撃を防ぐレベルの相手が各地にいるとするのならそれはどんな意味を持つのだろうか。
    「グオオオォォッ!」
    「多少は暖を取らせてくれるんだろうな?」
     正四郎はイフリートのバニシングフレアを前に軽口を叩く。もっともその炎はそんな優しいものではなく全てを焼き尽くさんとする荒々しいものであったが。


     イフリートの吐き散らす炎は凄まじい。単独の攻撃とは思えないほどの攻撃力を持ち、灼滅者達の体力を大きく奪い取っていく。
    「薄暗がりで境界があいまいです~?」
     パメラの夜霧隠れが焼けた灼滅者達の体を癒す、だがそれだけではやや足りずミハイルがリバイブメロディで援護をする。もっともその分だけ攻撃の手が緩んでしまうのは致し方ないところではあったが。
    (「じゃが、知性はないか……」)
     心彩は相手の様子を見て得心する。目の前の相手は強力で、かつご当地怪人を狙ったのも何らかの意図があるのだろう。だがこれまでの攻撃の振る舞いを見る限り効率的な戦いと言うよりは、目についたものを焼き払っているだけに見える。
    「……強きに盲従しているだけやもしれん」
     そういう考えの帰結に至る。もっともそれでいてこちらを追い詰めるだけの戦闘力を持つ辺り油断ならない相手には違いない。
    「影の精霊よ! 捉え苛め!」
     恵理がカードを掲げるとともに影がイフリートの体を縛らんと襲いかかる。すでにいくつかの影がイフリートの体に張り付いているもののその動きは未だ荒々しい。生半可な縛めでは動きを多少留めた所で大して変わりはない。そしてイフリートの猛攻はじわりと灼滅者達を追い詰めていく。
    「……!」
     正四郎の相棒の天地上下が度重なる炎に巻かれて燃え尽きる。回復が足りなかったのではない、単純に相手の攻撃力がその機械の体の奥にまで届いていたのだ。あるいは明確に防御に専念する指示さえあれば一角が崩れることもなかっただろうが。だが数が減っても戦い抜かなければ目の前の強大な相手を打ち崩すことは出来ないだろう。
    「喰らい尽くしてやる……!」
     闇沙耶の刃が振り下ろされる、ようやく刃が相手の皮膚に食い込みそれらしい痛手となる。
    「グオォォッ!?」
    「おっと悪いね、もう一つ行かせてもらうよ!」
     地面の砂を巻き上げるように、火燐の両腕で構えたレーヴァテインがイフリートの体よりもより熱く燃え盛り叩きつけられる。
    「あは♪ さっさと潰してあげるわ!」
     銃弾の嵐で攻撃に怯むイフリートに追い打ちをかけていずみが笑みを浮かべる。ここに来てやっと優勢の機運が高まってきたところである。
    「グガァァッ!」
     イフリートが吠える。痛みか、それとも煩わしさか。両腕を振り回し自らの近くに群がる灼滅者達を振り払おうと、その場で暴れだす。
    「ほら、そっちにばかり構ってると……こうよっ!」
     そんなイフリートの後ろから恵理が導眠符を投げつける、その効果は発せられイフリートの動きが鈍くなる。それを確認した恵理が自分達の優位を確信する、だが。
    「危ないっ!」
     心彩が声を上げて駆け出す、間に合わない。イフリートの腕に炎が纏わる、そして振り下ろされる。
    「……ッ!?」
     恵理の体が吹き飛ばされる。彼女は痛みを感じる前に気絶していた、もし感じていたとするのならそれは想像を絶する苦痛であっただろう。攻撃を散らすためと言えその身を不用意に相手に近づけすぎた。いくら守り手が多くともそう何度も敵の攻撃を阻む事は難しい。
    「グゥゥ……!」
     そしてイフリートの動きが変わる。その両腕に炎を携えた敵はまとめて灼滅者を相手取ることをやめ、確実に倒そうと動き始めた。


    「化物知っておけ……人は化物を超える怪物になる事を……」
     イフリートの炎が闇沙耶を捉える。先程まで放たれていた炎がまるで温く思えるほどに強烈な熱が体の奥まで焼きつくす。あまりの熱量に彼もまた膝を付きその場に崩れ落ちていく。もともと炎に炙られており、今の一撃が残る体力を奪い去っていった。それだけの話である。
    「……残るは俺と」
    「わしだけじゃな、前を守るのは」
     正四郎と心彩は火傷だらけの体を支えて呟く。攻撃に徹していた恵理と闇沙耶は確かに大きな痛手をイフリートに与えていた、だがそれと引き換えに途中で戦線を脱落しなければならない状況に陥ってしまっていた。バニシングフレアの威力もそうだがレーヴァテインの攻撃力が想像の遥か上を行っていた。このまま戦えば程なくして二人も倒れてしまうだろう。
    「♪~~~」
     パメラのエンジェリックボイスとミハイルの癒しの矢が二人を癒す、もっともこれが気休め程度の効果に留まるのは相手の攻撃力を見て明らかだ。十全の時であればまだその効果は大きく感じられただろうが。
    「楽しいことになってきたわね」
    「できればこのまま殴られたくない気持ちです!」
     雄々しく迫ってくるイフリートの巨躯を見据えて火燐といずみが武器を手に距離を取る。今はまだ正四郎と心彩が最終防衛ラインとなっているが、ここが崩されたらそれまでだろう。
    「大丈夫ですよ~」
     炎を伴った絶望が迫り来る中、パメラがいつもののほほんとした口調で歌に乗せて言う。
    「イフリートも傷だらけですから~」
     ボロボロなのは灼滅者達だけではない、イフリートもまた。影や氷、毒などに侵され、数多の傷を付けられた敵もまた追い詰められているのだ。だからこそ確実に一体一体を潰すように動き始めたのだろう。ならばやるべきことは一つ。
    「……いくぞ」
     ミハイルが言うより早いか。イフリートの一撃が正四郎を捉える。正四郎はその攻撃を全力で防ぐが半身を倒された彼がそれに耐えることは出来ずに地に伏せる。だがその視線は仲間達を見ていた。
    「もういい加減目障り♪ 失せなさい」
     視線を受けたいずみがガトリング連射をイフリートの横っ腹にむけて放つ。いくつかの銃弾は傷の中にめり込み、えぐるようにして傷を広げていく。
    「グガァァ!!!」
     イフリートは叫びながら四肢を震わせてそれに耐えようとする。無論その間も視線を灼滅者達からそらさない。そして腕を振り上げて。
    「でもこれで終わり。楽しかったよ、バイバイ」
     ……火燐のレーヴァテインの方が早い。イフリートの胴体を一薙ぎすると、衝撃に負けたイフリートの体はどうと地面に倒れ消え去っていった。


    「……ようも奮闘したものよ」
     イフリートの倒れた所を見て心彩は呟いた。振り返れば、こちらも傷ついた者が多い。
    「命に別状はない。良かった、無事でいてくれて」
     戦闘中殆ど口を開かなかったミハイルがほっとした様子で呟いた。
    「計画の妨害ができた代償なら、これくらいは仕方ないかな」
     恵理が傷ついた体を撫でて呟く。とにかく、ここでの戦いの勝利を彼らは手に入れたのだ。
    「奴らの大将もいずれ葬らねばな」
     闇沙耶は彼方を見据える。このままでは終わらないだろうと考えながらも灼滅者達はその場を去るのであった。

    作者:西灰三 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年1月16日
    難度:やや難
    参加:8人
    結果:成功!
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