楔を喰らう炎獣～月夜に吠えろ

■リプレイ

●破壊の獣
　深夜、暗闇に包まれた山奥から怪しい呪詛が漏れてくる。
『――神よ』
『宇宙よ――』
　自分たちよりも高位な存在を崇め奉る言葉の数々。
　それらを発しているソロモンの悪魔の配下の一般人たちは手をつないで輪になった状態で空を見上げる。
　月明かりが僅かに一般人たちのフードの奥にある顔を照らしだす。
　しかしそれらはか細い蝋燭の火のように風にかき消される。
『――月が……ゴフッ！』
　突如、一般人に降り注ぐ鮮血の雨。
　誰一人として今起きたことに反応ができない。
　目の前には炎を宿した巨大な獣。
『そいつが！』
　やったんだ！　そう認識する間に懐に飛び込んだ獣が巨大なかぎ爪で一般人を八つ裂きにする。
『な、なんだ！　あれは』
　背後の一般人は獣の振り返り際に尾で体を引きちぎられて吹き飛ばされる。
　ここまで来て、人々はようやく恐怖を認識した。
　手を合わせ祈る者。
　背を向けて一目散に走る者。
　果敢にも立ち向かおうとする者。
　それらすべてを焼き払う強大な熱線が残りの一般人を薙ぎ払う。
　それから少し遅れて巨大な爆発音とともに大地が灼かれる。
　後に残ったのは、タンパク質の焦げた臭いと巨大なイフリートだけだった。

　その様子を遠くから眺めている存在があった。灼滅者たちだ。
「圧倒的……だな」
　望遠鏡から目を離した天城・迅（高校生ダンピール・d06326） はぽつりと呟いた。
　圧倒的と言える力の嵐でソロモンの悪魔の配下は引きちぎられてしまった姿に風野・さゆみ（自称魔女っ娘・d00974）は目を伏せる。イフリートに屠られたのはソロモンの悪魔に魅入られてしまった者たちはもともと一般人だった。その彼らを救うことができないことに、さゆみは悔しさを感じていた。
（「相手は強敵……今までのようにはいかないよね……やっぱりこれを使うしかないか」）
　辰峯・飛鳥（高校生ファイアブラッド・d04715）は勝利の雄叫びをあげるイフリートを見据える。その圧倒的な威圧感は今まで対峙してきたダークネス達とは比べ物にはならない。
　飛鳥は手の中にあるスレイヤーズカードを見つめる。真紅の装甲を纏った異形の戦士が描かれたそれは積極的に纏うことのなかったもの。
　少しの逡巡の後、飛鳥はカードを前に掲げた。
「着装！」
　力強い声と共に飛鳥が光に包まれた。光は吸い込まれていき、強化装甲服を纏った飛鳥は襲撃の合図を待つ。
「はわ、合図お願いしますね、天羽先輩」
　接触テレパスを用いて綾瀬・一美（蒼翼の歌い手・d04463）は天羽・朱（高校生ファイアブラッド・d11541）にお願いする。
　朱はイフリートを睨みつけ、一呼吸おいて駆け出した。
「行きます！」
　凛とした様子で朱は足元の影をイフリートへと伸ばす。朱のライドキャリバーも弾丸を撒き散らしながらイフリートへと突撃していく。
『グオオオオオオ！』
　勝利の雄叫びをあげるイフリートは悦に入っている所を邪魔されたのが気に喰わなかったのか、ギロリと朱を睨みつける。
「……参りますっ！」
　大きく深呼吸をして東風庵・夕香（黄昏トラグージ・d03092）は弾丸のように飛び出して、イフリートのレーヴァテインを大鎌で受け止める。
「く、重い！」
　攻撃をなんとか受け止めた夕香だが、その重さは想像以上だ。片膝をつきながらもイフリートの前肢を跳ね返す。その様子にイフリートはニヤリと血に濡れた牙をむき出す。まるで、自分を満足させてくれる存在に出会ったといわんばかりに。
「Burn　and　exhaust」
　解除コードと共に戦闘態勢に移る十朱・薇羽（舞い散る雪と積もらぬ刹那・d11021）はビハインドの実羽とイフリートに立ち向かう。
　『あの日』を境に自分の世界を奪ったはずの炎は今では自分を守るものとなり、実羽は自分を庇ってビハインドへと姿を変えた。
「もう二度と俺の世界を失いたくない、だから嫌いなこの炎も炎を纏う獣への憎悪も力に変えて……」
　すべては大切な友のために……
　薇羽はそんな想いを胸に前を行く実羽の背中を見るのだった。
「いっきに勝負をつけてあげますよ、僕達灼滅者の力を見せてあげます！」
　ポジションについた花咲・マヤ（癒し系少年・d02530）は心の深淵にある暗き想念を弾丸へと一気に変換する。
　放たれた弾丸はイフリートへと直撃し、その体内に澱んだ想念が広がっていく。
　イフリートが灼滅者たちを上から睨みつける。だが、灼滅者たちも負けじと睨み返す。
　いつの間にか月は雲に隠れている。
　しかし、光はいらない。目の前で轟々と音を立てて燃える化身がいるのだから。
　戦いの火蓋はいま落とされた。

●灼熱の獣
「相手が何であろうと変わらん、ただ斬り裂くのみだ」
　巨大な刃渡りの刀に手をかけるのは迅だ。武器の大きさに加えて、迅の膂力も手伝っての斬撃はイフリートにも引けをとらない攻撃の重さを宿していた。しかし、イフリートは迅の上をいっていた。刃を受け止め、無理な攻撃はその巨体に似合わぬ速さでかわしていく。そして、一瞬の隙をついて迅の服をボロボロにしてしまう。荒々しさが前面に押し出されながらも、その実は非常に繊細で冷静な立ち回りをしている。
　しかし灼滅者は一人ではない。
「はわわ、天城先輩！」
　一美の癒しの矢が迅の体に突き刺さり、癒しと敵を逃がさない力を与える。
「強い……っ！　でも、負けませんから！！」
「援護、しますよ！」
　夕香はひらりとイフリートの前に出る。イフリートはその動きに対応しようとするが、死角から放たれるマヤのマジックミサイルがイフリートの胴体を穿つ。続けて夕香が影の先端を刃にして、イフリートの前肢を切り裂く。痛手というにはあまりに弱々しいが、それでもダメージを与えたのは確かだ。
　仲間達と協力しての行動。
　それが、イフリートとの違いだ。
「堅い――！」
「それなら連続でいけば！」
　灼滅者たちのかけ声が次々と連なっていき、イフリートへ次々と傷を与えていく。その様子に間合いをとろうとしたイフリートの前に迅が立つ。
「全国を飛び回られるのは迷惑なのでな、灼滅させてもらおう」
　迅の剣が炎に照り返されてギラリと光沢を放つ。
「攻撃はわたしたちに任せて！　一美ちゃん、さゆみちゃん、回復当てにしてるよ！」
「はい～」
　と間延びしたさゆみの言葉を背に飛鳥は日本刀を手にイフリートへと向かう。飛鳥の腕は焔に包まれそれは刀へと収束される。
　焔を宿した剣はイフリートの皮膚を突き破る。
　イフリートの胸が大きく膨らむ。
「来ます！」
　夕香の注意喚起とほぼ同時にイフリートの口から蛇行する炎が吐き出される。
　一瞬でマヤをはじめとする後列組が炎に包み込まれる。
「みんなに届いて私の歌～BLUE・WING～」
　歌いながら一美の背中から青白い光の翼が現れ、一美の体を包み込む。そして一拍おいてその翼は大きく羽を広げる。舞い上がった羽根は炎に包まれる仲間達を包み込んで、傷を癒す。
「何とも恐ろしい怪物が現れたものですねー」
　マヤは自分の傷を抑えながら苦笑する。一美のメディックの力を持ってしても傷が目立つことを考えるとイフリートの力の大きさを感じざるをえない。
「実羽、俺は守られるのが嫌いなんだ」
　薇羽はペトロカースをイフリートに向けながら実羽に言う。しかし、実羽はそれを聞く様子はなく黙ってイフリートに霊障波を放つ。
「あなたたちの目的は何なのですか！」
　夕香の足元にある影が鋭い刃となってイフリートにつきつける。
　だが、イフリートはその言葉の意味を理解していないのか、咆哮で返す。
「――無駄なようですね」
　ならば、と夕香は影を操ってイフリートを切り刻む。
「――行きます」
　斬艦刀を脇に構えてイフリートに向かう朱とそれに追従するライドキャリバーが機銃で牽制しながらイフリートの間合いへと入り込む。
　スナイパーとしての力も発揮して分厚い鉄塊をイフリートに叩きつける。反撃の爪牙もバックステップでかわして、距離をとる朱。
　間合いをとった朱だが、一瞬目の前にいるはずのイフリートの姿を見失った。
「上だ！」
　誰かが叫ぶのが耳に入ると同時に体が熱く灼熱する。対応を、と朱は意識を働かせようとするが、それは叶わず二度目の衝撃で朱は糸の切れた人形のように倒れた。
　まずは一つと、イフリートは雄たけびをあげる。
　戦いはまだ続く。

●炎に包む
　圧倒的な破壊力をもつイフリートを灼滅者たちは手数でなんとか対応していた。
　それでも灼滅者を一撃で戦闘不能に追い込む破壊力は形勢を逆転する要素として灼滅者たちの頭の中にあった。
「それ、この攻撃が避けられますか？」
　マヤはガンナイフで縦に空間を切る。そこから現れるのは高純度の魔力に満ちた矢。その矢はイフリートに狙いを定めると、音速でイフリートへと迫る。その速さに反応できなかったイフリートの体に深々と矢が突き刺さる。だが、攻撃はそれでは終わらない。深々と突き刺さった矢はそこから爆散して、イフリートの肉を引きちぎった。
　苦痛の声をあげる、イフリート。
　そこに夕香の制約の弾丸と薇羽のペトロカースが更に追いうちをかける。弾丸に合わせて間合いに入った迅はイフリートの首元をザックリと斬り払った。
　だが、イフリートの闘志は衰えない。まるで魂が燃えているかのように、イフリートの全身を包む炎は更に大きくなって、今までの傷が癒えていく。
「はわ、回復っていうことは……気をつけて！」
　一美は清めの風で仲間達を癒やして攻撃に備える。続けてさゆみも歌声で夕香の傷を癒やしていく。
「攻撃される前に！」
「行け！」
　マヤと薇羽の息の合ったコンビネーションによる攻撃の嵐がイフリートを襲う。より獰猛になったイフリートが口内に炎をため込み始める。だが、飛鳥は一気にイフリートの懐へと潜り込む。
「パワーアップはさせないよ！」
　イフリートが咆吼をあげると同時に飛鳥の鋼鉄の拳がイフリートの胴体を打ち抜いた。
　手応えは――いまいち。
　すぐさま、抜刀してイフリートと距離をとった飛鳥だが、背後からさゆみと一美の悲鳴が聞こえる。
「リップルフレイム、来るのですぅ」
「回復が、間に合わない」
　さゆみと一美、メディックたちの力は戦線維持に多大な貢献をもたらしたが、それでも全体を無傷で守り通すのには無理があった。特に庇って戦線維持するディフェンダーたちのいる前列にはどうしても回復の手がいきがちであった。イフリートはその一番脆い所を突いた。
　放たれた炎は薇羽と実羽を一気に戦闘不能に陥らせる。
「強い……っ！　でも、負けませんから！！」
「そのエンチャント、破壊させてもらう」
　腕の一部が異形化した夕香がイフリートと肉弾戦を繰り広げるなか、迅の鋼鉄の如き拳がイフリートの肉体を打ち抜いた。
　手応えは――あり！
　体を包む炎の勢いが弱まるイフリートにマヤの魔法の矢が深々と突き刺さる。
　それでも依然、イフリートの勢いは衰えることを知らない。
　前列を跳び越えて後列にいる一美に巨大な爪を振り下ろす。
「くっ！」
　影業と大鎌でイフリートを迎撃しようとするが、一美が得物を振り切るよりも早く後ろに跳び退く。そして、振り切った隙をついて鋭い爪が一美の服を切り裂く。
「は、はわっ！　ふぇぇ～ん、なんてことしてくれるんですか～」
　一美の服は大きく破れ、胸元が露わになりそうになるが、必死に抑えてなんとか露出は抑える。だが、ダメージ自体は大きい。すぐさま、さゆみが天使の如き歌声でその傷を癒す。
　戦況が拮抗していた時は終わり、戦局は次第に終わりに向かいつつある。

●紅の戦場
　前列の灼滅者たちが果敢に攻め、スナイパーであるマヤが適切な援護を行いながら、次第にイフリートを追い詰めていく。長引きつつある戦闘だが、長引くほどに倒れる前に朱や薇羽と実羽が与えてきたバッドステータスがイフリートを苦しる。朱のライドキャリバーも何度も突撃してその役目を果たしていたが、最後に一美を庇って力尽きてしまった。そんな犠牲の上に灼滅者たちは有利な状況を作り上げていく。
『ゴォォォ！』
　イフリートも限界が近いのがわかってきているのか、初めのような繊細さは欠けて力づくで攻める。
　そして今、その攻勢にさゆみが捉えられる。
　自身が傷つきながらも、前列を支えたさゆみには耐えられない攻撃が迫った瞬間、さゆみの視界を金髪が覆う。
「一体でも危険なほど強力な個体が、敵の力を吸収し更に力をつけようとしているなんて……封印されている敵はどれほど強い存在なんでしょうか……」
　さゆみへの攻撃を庇った夕香は片膝をつく。すぐさま一美が回復している間に、気合いに満ちた発声が空気を震わせた。
「ヤッ！」
　イフリートの体の動きを捉えた飛鳥が後肢に手を回して大きく持ち上げると、イフリートは脳天から地面へと落ちた。
　立っているのが難しいくらいに地面が揺れたところを見るとイフリートの体も無事ではないだろう。
　その隙を逃さぬと他の灼滅者たちの攻撃が雨となって降り注ぐ。
　よろよろと立ち上がりながらも、イフリートの瞳から闘志は消えない。
　体中から流れ出る血液は体の熱であっという間に蒸発して赤い霧を生み出す。
　その赤い霧を突き破って、イフリートは飛鳥のもとまで一気に間合いを詰めると、炎に包まれた爪牙で飛鳥を薙ぎ払う。
　イフリートの攻撃で力尽きた飛鳥がゆっくりと地面に倒れる。
「その溢れんばかりの生命力、吸わせてもらうぞ」
　鋭い嵐の中へと果敢に攻め込む迅の刀が緋色に色づく。
『ゴォォォォ！』
　吼えるイフリートは前肢で迅を切り裂こうと鋭い攻撃を繰り出す。だが迅も負けじと気合いを込めて振り下ろされる爪を打ち返す。
　それをまた振り下ろすイフリート。
　それをまた打ち返す迅。
　両者は互いに譲ることなく、ただ力と力をぶつけ合う。
　互いに死力を尽くして得物をふるう。
「援護です！」
「ここからなら！」
　イフリートが迅に執着している隙を他の灼滅者は逃さない。夕香とマヤは体側から攻撃を放ち、一美とさゆみも攻撃に転じてイフリートへ仕掛けていく。
　すでにこの場には三つのものしかない。
　力、死、そして生。
　三つが混沌とする戦場には血しぶきと火炎が舞い踊る。
　死と隣り合わせの戦場で灼滅者たちは己の限界の力を引き出す。
　そして。
「おまえの灼滅を以てこの闘争の終焉だ」
　イフリートの胸に深々と迅の斬艦刀が突き刺さる。
　一拍遅れて影が、矢が、弾丸が、歌声が、斬艦刀の周りに突き刺さる。
『――ッ！』
　イフリートの動きは次第に緩慢になり、そしてゆっくりと地面に倒れていく。
　最後まで立ち続けた灼滅者たちは深い息をついて、戦いが終わったことを実感するのだった。
　空を見上げると、月の光が煌々と灼滅者たちを照らし出す、まるでその勝利をたたえるかのように。

作者：星乃彼方	重傷：辰峯・飛鳥（紅の剣士・d04715） 十朱・薇羽（舞い散る雪と積もらぬ刹那・d11021） 天羽・朱（魂燃やす内燃機関・d11541）  死亡：なし 闇堕ち：なし
種類： 公開：2013年1月16日 難度：やや難 参加：8人 結果：成功！
得票：格好よかった 10／感動した 0／素敵だった 0／キャラが大事にされていた 1
あなたが購入した「複数ピンナップ（複数バトルピンナップ）」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。