楔を喰らう炎獣~荒れ狂う力

    作者:緋翊

    ●大分県別府市・鶴見岳
     何体ものイフリート達が、続々と鶴見岳に集結している。
     イフリート達の体毛によって、燃えるように煌々と輝く鶴見岳。

     頂上には、一体のイフリートが存在した。
     他のイフリートを圧するほどに大きく、威厳に溢れたその姿。
     イフリートの首魁は、配下の前でゆっくりと力を練り、人間の姿へと変貌する……。

     ……人の形へと転じたイフリートの首魁。
     少女のようなその姿は、居並ぶ配下の幻獣達に向かい、唸り声の如き少女の声で命じる。

    「ガイオウガノメザメハチカイ。ケダカキゲンジュウシュヨ、コノクニノクサビヲクライクダキチカラタクワエタノチ、ソノチトニクヲ、ガイオウガニササゲヨ! サスレバ、ガイオウガハゼンナルイチノゲンジュウトナリテ、ナンジラトトモニクンリンスルデアロウ !」


    「……すまないね、新年早々」
     教室に集められた灼滅者達を見て、久遠・レイ(高校生エクスブレイン・dn0047)は軽く手を上げた。
     灼滅者達は軽き、思い思いに座る。
    「さて。既に小鳥遊嬢から聞いているかもしれないが――」
     別府温泉のイフリート事件で新たな事件があったんだ、とレイは言う。
     既に情報に敏感な者は、その話題を掴んでいるのだろう。
     或いは、小鳥遊・優雨(優しい雨・d05156)から直接話を聞いたのかもしれない。
     なんにせよ灼滅者達は、大きな驚愕に囚われることは無かった。
    「……灼滅者の皆がイフリートを灼滅してくれた御蔭で、強力な敵の復活は防げたようだが。敵は新たな一手を打ってきた。別府の鶴見岳に出現した多数のイフリートが、全国に散り――各地の眷属、都市伝説をその牙に掛けようとしている。これが、新たな展開だ」
     さらりと言ったレイの台詞に、灼滅者達の目が細まる。
     他の眷属を、殺す。
     言葉にしてしまえば簡単だが、中々想像の難しい出来事だ。
    「厄介なことに、このイフリート達は今までのイフリートに比べて強力な力を持っている。倒すのは難しいが……このまま放置することはできない。困難な任務をお願いしてしまって申し訳ないが、どうかこのイフリートの灼滅を頼めないだろうか」
     灼滅者達に、否定の言葉は無い。
     この教室に来るまでに、覚悟は固めてきている。
     レイは頼もしそうに灼滅者達を見て、ああそういえば、と言葉を続ける。
    「……あけましておめでとう。その、ええと……今年も、宜しく」
     挨拶だった。
     しかも新年の挨拶だった。
     どうやら、言うタイミングを逃していたらしい。
     無表情を少しだけ恥ずかしそうな色に染め、小声で言うレイであった……。
     灼滅者達は温かい視線を送ったり黙殺したりと、それぞれ優しい反応で迎え撃つ。


    「えー、あー、すまない。次にイフリートについてだが」
     そう、重要なのは敵の能力だ!
     ぱたぱたと手を振りながらレイが、黒板に敵に関する情報を書いていく。
    「君達が戦うイフリートは、神奈川のこの辺りにある、廃工場で出会える」
     そこにはどうやら、ソロモンの悪魔配下の強化一般人がいたらしい。
     それを殺すために、イフリートが現れた……というワケだ。
    「保有スキルに関しては、一般的なイフリートと大差ない。僕達の仲間にも大勢いる、ファイアブラッドのスキルに相当するものを持っている。ただ――これは恐ろしい事なんだが――単純に、能力が高い」
     レイのシンプルな言葉に、一同は任務の難しさを認識した。
     単純に強い、というのは非常に厄介だ。
     敵の攻撃は強烈で、かつこちらの攻撃を満足に当てるのは難しい事になる。
     しかも、ファイアブラッド相当の技能を持つなら、遠距離にも対応している筈だ。
    「……こちらの攻撃の威力や命中率。敵の攻撃。殺傷ダメージの累積。遠距離攻撃による揺さぶり。おそらく、最悪の攻撃が重なれば、灼滅者一人の体力はそう多くない時間で削られるだろう。作戦は良く練ってくれ」
     そこまで、一息に言う。
     レイは時間をおいて、次の言葉に移った。
    「……戦場となる廃工場は、狭くは無い。多少薄暗いかもしれないが視認は出来るだろう。室内戦闘なので何もない平地とは勝手が違うかもしれないが、頑張ってくれ」
     とにかく、敵は強い。
     レイは繰り返し口にした。
     その瞳は、灼滅者達の身を、案じている。
    「それと……戦闘は、イフリートが廃工場の中にいるソロモンの悪魔の配下を倒した直後から行ってくれ。それより前に襲撃を掛けると、バベルの鎖で察知されてしまい――襲撃自体が発生しなくなる恐れがあるから、ね」
     レイは机の上に置いておいた資料を、灼滅者達に手渡す。
    「この獣を、廃工場の外へ出してはいけない……どうか、宜しく頼むよ」
     灼滅者達は互いに頷き合い、教室を出る。
     強敵との激闘。
     勝利を掴むために、彼らは、学園を発つ……。


    参加者
    花凪・颯音(幻燈花譚・d02106)
    各務・樹(百群氷晶・d02313)
    杜羽子・殊(偽色・d03083)
    洲宮・静流(流縷穿穴・d03096)
    夕永・ちとせ(巡る宵闇紡ぎ唄・d04369)
    蒼間・舜(脱力系殺人鬼・d04381)
    禪杜・フュルヒテゴット(ハウンドアッシュ・d08961)
    桐淵・荒蓮(高校生殺人鬼・d10261)

    ■リプレイ

    ●静寂
     そうして――暫しの時が経過して。
     灼滅者達はその身を、神奈川郊外の廃工場前へと移していた。
    「……これは一雨、来るかも知れないわね」
     見上げれば、そこは曇天。
     誰に言うでもなく、ぽつりと各務・樹(百群氷晶・d02313)が呟いた。
    「しかし、封じられた存在っすか。 古来から山と神秘的存在が関連した伝承は多いですが……」
    「まあ……放っておいたら、騒がしい事になりそうなのは間違い無いね?」
     その後ろを歩きつつ、緩やかに会話するのは二人。
     花凪・颯音(幻燈花譚・d02106)と夕永・ちとせ(巡る宵闇紡ぎ唄・d04369)だ。
     藍の瞳と青の瞳が、一瞬交錯する。
     抱く懸念は同じだろう。
    「――失敗したら、良い結果にはならないだろう。意地でも倒すしかないな」
     意識して工場を見据えつつ、洲宮・静流(流縷穿穴・d03096)が頷く。
     そう。
     この依頼は、今までと違う動きに連なる重要なものだ。
     失敗すれば、大局がどう動くのか、分からない。
    (「何ぞ変なの起こされて、現状をぶち壊すとか……やめて欲しいもんだが、ね」)
     皆の言葉に、蒼間・舜(脱力系殺人鬼・d04381)の独白が、重なった。
     自分にとって学園生活は悪くないものだ。
     ならば……それを脅かすような存在は、贔屓目に見ても、許容できそうにない。
    「なんにせよ、できることをやるまでさ。どの道、それ以外に方策もない」
    「ん、用心しつつ、頑張ろうな。それで……そろそろ、かと思うんやけど……?」
     あっさりと告げる桐淵・荒蓮(高校生殺人鬼・d10261)に、禪杜・フュルヒテゴット(ハウンドアッシュ・d08961)が微笑を向ける。
     言葉に含ませた意味を荒蓮は正しく理解したようで、彼は静流と同じく工場を見た。
     つまりは、そろそろ――近づいてきた工場内で生じる音が聞こえてもいい頃だ。

    「う、うわああああああああああ!?」

     果たして彼等が察知したのは、大音量の叫びだった。
     強く、盛大に感情を込めた声。悲鳴だ。
    「(……見殺し、か。やっぱり、気分のいいものじゃないね)」
     おそらくそれは、イフリートに襲われた者、ソロモンの悪魔の配下が発した慟哭だろう。
     無意識の内に目を細めていた己を自覚して、杜羽子・殊(偽色・d03083)が呟く。
     心は割り切れず、そして重い。
     それでもこれは、自分達にとって大切なものを護るための戦いなのだ。
     静かに頷き合い、灼滅者達はいよいよ、廃工場へ侵入する……。

    ●暴威ノ発露
    「た、助け、助けて……あああああああああ!?」
    (「――近い!」)
     極力音を立てずに侵入した先。
     響くのは雑多な、何かを破壊する音と、それに付随する魂の叫び。
     どうやら、探す手間は不要らしい。
    「これだけの騒音だ。多少の物音は問題ない、と思うけど……」
    「……同意見。足元には注意して……進もう」
     常人であれば恐怖しそうな破壊音に顔を顰めて、舜とちとせが頷き合った。
     速やかに進む。
     すると――居た。
    「あ、ああああああ……」
    「……オ、オ」
     圧倒的な巨体で。
     血の海の上に君臨する、炎獣が。
    「……ウゥ?」
    「流石にこれ以上は易々と進めないか――貴方が敵ね?」
     全ての強化一般人を殺したイフリートが鋭くこちらを見た!
     樹がその視線を受け止め、微笑む。
     だが――既に灼滅者としての直感が彼女に告げていた。
     目前の獣は、おそらく、今まで確認された敵の中でも上位の脅威だと!
    (「流石にこれは、わざと血ぃ見る余裕はあらへんかな……?」)
     歓喜と不安が、等分に己の心に注がれていく感覚に微笑しつつ、フュルヒテゴットが懐からスレイヤーカードを取り出した。他の面々もそれにならう。
    「――ボクがボクであるために」
    「――遠祖神 恵み給め 祓ひ給へ 清め給へ」
     刃持つ手を額に当てて、殊が。
     静かに祝詞を奏でて、静流が――意識を切り替える。
    「強力らしいが、言葉は通じるかな。お前達の企みはうちの学園が総力を挙げて叩き潰す」
    「……」
     そのつもりでいろ、と、イフリートに言葉を叩き付けるのは荒蓮だ。
     敵がそれを理解したかどうかは分からない。
    「オ、」
     だが、殺意は間違いなく増幅していた。
     距離を詰めてくるイフリートに、灼滅者達も構える。

    「さぁ――幻獣狩りのお時間だ」

     先程とは打って変わった静かな声で、颯音が言葉を紡ぐ。
     戦闘が、始まった。

    ●炎嵐
     敵の接近を迎え撃つように灼滅者達は陣形を組む。
    「……行くぞ!」
     前衛は三名。中衛二名。後衛三名とバランスの良い布陣だ。
     移動、自己強化を行いつつ、殺意に目を向ける。
    「――先手は頂くよっ!」
    「――奪い尽くすは、死色の紅」
     初手はフュルヒテゴットと殊。
     抗雷撃と影喰らい、二重の攻撃が重なるように炎獣へ走る!
    「オオッ!」
     イフリートは一撃を受け流し、一撃を許容する。
    (「これは……!」)
     殊は目を細めた。この敵は、速い。
     隣のフュルヒテゴットが苦笑する。この獣は、堅い。
    「――まだまだ、終わらないよっ!」
    「――悪いが。思う存分嫌がらせしてやろう」
     攻撃を途切れさせるつもりは、無論無かった。
     中衛、ジャマーの効能を生かしちとせが影縛りを、静流がペトロカースを発動。
     轟く咆哮でイフリートが怒りを示す。
    (「元気ね。正直この戦闘、不安要素は、一つも欲しくないわ」)
     手が空くよう、光源を頭部や胸部に備える自分達の用意に樹は人知れず思った。
     今日の天気では、何も無ければ少々立ち回りに不利が生じていたかもしれない……。
     そして――灯りに照らされる中、獣の攻撃が、来る。
    「オアアアアア!」
    「っ、来るぞ!」
     紅蓮を纏った拳が、前衛に肉薄する。
     咄嗟に舜が叫ぶ。拳の行く先は、フュルヒテゴットだ。
    「アアッ!!」
    「――!」
     ごっ、と、硬質の音が響いた。
    (「冗談やろ……一瞬、これで沈むかと思ったわ!?」)
     炎とも鮮血ともつかぬ紅が乱れ舞う。
     フュルヒテゴットは歯噛みした。ここまで重い一撃は初めてかもしれない。
     しかも、前中衛の攻撃で多少なりとも動きが鈍るのが期待できた状況で、これだ。
    「俺が行きます!」
    「すまんなぁ……!」
     飛び出すようにして距離を詰めるのは颯音だ。
     ソーサルガーターの淡い光が……。
    「……導くはカランコエ、齎すは幸福の来訪」
     フュルヒテゴットの体力を回復する。
     この討伐戦、回復役は、重要な戦闘の要だ。
    「やらせない……残念かもしれないけれど、貴方は、ここで消える」
     敵に主導権を握らせまいと、ここで遠距離攻撃を見舞ったのは樹だ。
     スナイパーの効能を乗せたマジックミサイルが直撃。
     イフリートが一瞬、驚くようにして止まる!
    「次はどう来る……!」
     敵は予想以上に強力だ。
     荒蓮は回復と攻撃、有効手を勘案。瞬間、思いもかけぬアクシデントに舌打ちした。
     自分がこの戦闘で使用可能なサイキックの中に、他者回復技能を入れていない。自己回復と攻撃技能だけだ。回復役が事実上、一人欠けてしまうが――。
    「それでも……何もしないという選択は、無い!」
    「グッ!」
     黒死斬が敵の大腿部を薙いだ。
    「――合わせる!」
    「「ッ!」」
     そして敵が攻撃モーションに入る数瞬前を、舜が捉える。
     殊、フュルヒテゴットの攻撃に併せて――シールドバッシュの一撃を、叩きつけた!
    「さぁ、お前の相手は俺だよ。かかってきな」
    「グアアアアア!!」
     瞬が告げて浮かべるのは、面倒そうな苦笑では断じてない。
     相手の存在を否定する、凍えるような乾いた嗤いだ。
    「ア、ア、ア……!」
    「「ち、ぃ……!?」」
     反撃は前衛を巻き込む、炎の奔流だった。
     前衛は己の生命力と、ディフェンダーの加護で乗り切る。他のポジションの者が対象であれば、この攻撃は破格のダメージを与えていただろう。舜の仕掛けた攻撃に怒ったイフリートは手番を浪費したとも言える。尤も、それでも攻撃は重いが。
    「強い……」
    「ええ……予想通りですね、これは」
     重々しく言う荒蓮に、颯音が同意する。
     覚悟はしていたが――これ程までに強力とは。
    「それでも、予想以上じゃ、ないさ……」
     ちとせが、噛み締めるように呟く。
     攻撃は当たっている。ならば敵は、いつか倒れる。
    (「ボクの役割は、盾だ。皆を、護り切る――それが、仕事」)
     問題は、それが自分達の敗北よりも前でなければならないことだ。
     殊は息を吐いて敵を見る。倒れるわけには、行かない。
    「オ、オ、ア、アアア……」
    「黙れよ。俺はソロモンの悪魔も嫌いだが――イフリートは、大嫌いなんだ」
     荒く息を吐き、更なる暴力を行使せんとする敵に、静流が吐き捨てる。
     戦闘は、終わらない……。

    ●荒レ狂ウ力
     戦闘はその後、暫し拮抗した。
     ディフェンダーが前線を支え、確実にダメージを与える灼滅者と。
     圧倒的攻撃力で体力を削り取るイフリート。
     最初に不利が訪れたのは――灼滅者側だった。
    「オ、アアッ!」
    「くっ……!?」
     炎の一撃が、殊に直撃。
     ぐらりと揺れるその体には力が戻らない。
     この土壇場で、イフリートが彼女の急所を突いた。
    「殊ちゃん!」
    「拙い……!」
     樹の叫びが、薄闇に響く。
     続くちとせの舌打ちは一体何人に意識されただろう。
     手数で押し切らねば勝利できない灼滅者達にとって、前線者の離脱は手痛い。

     だが。
     イフリートの幸運は、殊の意志に――相殺される。

    「まだ……っ!」
     叫びは意志を纏う。
     殊の強靭な意志が、肉体を凌駕する!
    「これくらいで、ボクは倒れない……!」
     シャウトで体力を取り戻し、再び敵を見る彼女に、隙は無い。
    「やらせませんすよ、俺が護ります……!」
    「……ありがとう」
     瞬時に颯音が回復で殊を癒す。
     危険を顧みず接近する彼の回復には大きな意味がある。
    「みんな、もう少しよ! 敵のダメージも相当な筈だから……!」
     樹の祈るような声に、皆が頷きを返す。
    「アアアアアアアアアアアアア!!」
    「「ッ」」
     だがここに来て、敵の攻撃は勢いを増した。
     炎で複数の者を焼く攻撃に、前衛が苦痛に顔を歪める!
    「あかんなぁ、血ぃみて楽しんでる場合ちゃうやんなぁ……」
     クリエイトファイアで赤光を纏うフュルヒテゴットが苦笑する。
     けれど想いとは裏腹に、淡い光は――だからこそ――美しい。
    「回復が必要な人は後方へ!」
     焦りを含んだ静流の叫びが響き渡る。
     最早前線は崩壊寸前だ。
     颯音の回復だけでは危険と判断し、メディックに位置を変えた静流の判断は正しかった。実際、彼ら二人の働きで、今まで前線は崩壊を免れていたのだ。
     だが……もう限界だ。
    「まだ、終わらせない……!」
    「夕永先輩、無茶は禁物……!」
    「……大丈夫。これぐらい、平気だって!」
     ダイヤのスートをその身に宿らせ、中衛から攻撃を続けるちとせもまた、その焦燥感を共有していた。回復に限界が来た。舜の声に、半ば叫びを返しつつ攻撃を続行する。
    「ここで退いたら――本当に負ける!」
    「グッ!?」
    「さあ、来い……ボクはまだ戦える!」
     斬弦糸が、敵を引き裂く。
     ジャマーとして彼女が叩き出す幾多のバッドステータスは、戦闘が長引けば長引くほど敵の戦闘能力を下げていく。今回、前線は防御力を重視している為、相対的に彼女の火力は重要だ。また実際、敵の中後衛への攻撃は散発的である。
    「流石に……これは、拙い……?」
    「いいや、まだだ! 諦めちゃ――いけない!」
     樹の小さな呟きに、舜が頭を振る。
     実際、戦闘不能者はすぐにでも続出しそうで。
     状況を変える為に――闇に堕ちねばならない可能性が、ある。
     けれど、だからこそ舜は勝利を諦めない。
     出来ることなら、この激戦を戦う全員で、無事に帰りたい。
    「アアアアアアアアアアア!!!」
     その夢を嘲笑うような咆哮はイフリートのものだ。
     彼は、怒りと共に攻撃を繰り出し――。
    「!」
     外す。
     殊の回避が成功した。
    (「動きが、鈍い!」)
     荒蓮が看破した。
     やはり敵の消耗は大きかったのだ。
    「……もう敵もジリ貧だ。一気に畳み掛けるぞ!」
     叫び、裂帛の気合と共に、荒蓮が居合い切りで攻撃を先導する。
    「意地でも倒す……! うち初めて本気になるかも、なんて」
    「オ、」
    「――去ねや」
     前線に舞い戻るフュルヒテゴットが、渾身の一撃で続く。
     牙の名はレーヴァテイン。
     ファイアブラッドの矜持が、イフリートの身体に、喰い込んだ。
    「――ここが勝負の分かれ目だ……!」
    「――頼りにしてますよ、皆!」
    「――了解です。終わりだァァ!」
     最後まで回復で前線を支える静流と颯音、二人の功労者に、舜が誓う。
     トラウナックルが直撃。最早回避は不可能に近いらしい。
     イフリートは回復せず、炎で前衛を苦しめるが――遅い。
     極大の被害にも、いける、と、颯音が確信の言葉を放つ。
     ならば。
    「これで……!」
    「……終わり!」
     幕引きの時間だ。
     殊と樹が視線を交わし、完璧な連携で敵を圧倒する。
     紅蓮斬と神薙刃、鋭い閃きが同時にイフリートに奔り――。
    「ア、アアアアアアアアアアアアアア!!?」
     その行動を、完全に停止させる。
    「……やっと、終わった……」
     ちとせの言葉に、全員が、やっと、その場に膝を付く。
     凄まじい脅威を誇るイフリートの討伐が、完了した。

    ●夕刻の帰路に
    「……なんとか、なったわね」
    「ん……みんな、一緒に帰れる。良かった……」
     炎が失せた後の、どこか寒々しささえ感じられる工場内。
     長く息を吐き、振り絞るように呟いた樹に、殊が笑った。
     勝てた。
     全員、負傷はしていても、兎に角帰れる。
     闇に堕ちる覚悟さえ備えた、決死の戦闘の後――感じる歓喜は大きい。
    「疲れた、な」
    「……正直、精神的な疲れも大きいんだけど」
    「全面的に同意する」
     その場に座ったまま目を瞑るちとせの言葉に、静流が微笑する。
     戦闘中は、気が気でなかったというのがお互いの本音だ。
     率直に言って、負ける可能性も、少なくなかった戦闘である。
     だが――勝利を、引き寄せた。
    「……とりあえず、帰って寝たいな」
    「賛成。もう帰ろか。こんなとこ、長居したくもないやろ」
     くい、と首を傾けて舜が言えば、フュルヒテゴット――彼は疲労の蓄積した肩を揉んでいた――が即座に反応する。緊張のあった行き道と違い、帰りは、気楽だ。
    (「何かあるか……と思ったんだが」)
     イフリートの倒れた辺りを検分していた荒蓮は、暫しの捜索の後、何もないと判断。
     特殊な情報でもあればと思ったのだが、この場所で行った捜索は、空振りに終わった。
    「さ、それじゃ帰還するっす。この時間なら、そう遅くならずに済みそうっすよ」
     立ち上がり、のんびりとした笑顔で言う颯音に、皆が続く。
     次の電車は何分後だろうか。
     いや、或いは一本くらいは、見逃しても良いかも知れない。
     こうして――。
     熱気と緊張に満ちていた廃工場を、灼滅者達は後にする。

     強力な存在を倒し切った、輝かしい功績を――それぞれの胸に抱いて。

    作者:緋翊 重傷:杜羽子・殊(嘘つき造花・d03083) 蒼間・舜(脱力系殺人鬼・d04381) 
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年1月16日
    難度:やや難
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 13/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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