楔を喰らう炎獣～Blazing Barrel

■リプレイ

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「ぬぅ、何故こんな所にイフリートが」
「グルルルッ」
　東京都の西端、三頭山周辺の山間部で対峙する、イフリートとじゃがいも怪人。闇に堕ちた人外の者同士の戦いが勃発しようとしていた。
「まぁ良い。檜原村の急斜面で鍛えた脚力でお前を倒し、そのまま世界征服だ！」
　先に動いたのはじゃがいも怪人。
「うごっ！？」
　しかし必殺のじゃがいもキックはイフリートの放った爆炎の弾丸に阻まれ届かず、続いた炎を纏った爪の一撃で地面に叩きつけられる。
「ま、待て……がっ！」
　ヨロヨロと起き上りかけたじゃがいも怪人の口に突っ込まれたイフリートの角。炎を纏う角がその状態のまま赤く輝き、至近距離から発射された真紅の光線が、じゃがいも怪人の頭部を容赦なく貫いた。頭部を内側から破壊され、残った体も爆散する。
「グルルルァァァッ！」
　じゃがいも怪人が消滅していく中、イフリートがまるで勝どきのように大きな咆哮を上げる。
　その時だった。

●
「王者の鼓動、今此処に列を成す！」
　潦・ともの（スカーレッドノヴァ・d02430）の声が響いた。
　それと同時に、封印を解除した灼滅者達がイフリートの周囲へ一斉に飛び出してそれぞれの配置につく。
　２チームに分かれそれぞれ木々の陰に隠れ、予知を変えぬように今の今まで飛び出すタイミングを伺っていた灼滅者達。じゃがいも怪人が倒されたこの瞬間が、イフリートのバベルの鎖の予知を掻い潜るベストタイミング。
　まずは灼滅者達の作戦通り。しかし、彼らは見た。つい今しがた目の前で繰り広げられた一方的な戦いを。じゃがいも怪人が弱い事を考えても、イフリートは強い。
「ダークネスの野望は、成させない」
　それでも、雪乃夜・詩月（夢誘う月響の歌・d07659）が落ち着いた物腰で告げる。
「そして、わたしの仲間も罪なき人々も、誰一人殺させないわ」
　強敵を前にしても、彼女の矜持は揺らがない。

「せんて、ひっしょー！」
　灼滅者の中でも群を抜く攻撃力を持つ赤星・緋色（朱に交わる赤・d05996）が先陣を切った。木目のような模様を持つ巨大な刃を小さな体で軽々と高く掲げ、イフリートに叩き付ける。刃がイフリートの体にめり込み、噴き出した炎が彼女の赤い髪と緑のリボンを揺らした。
「統制のとれたイフリートたちの蠢動……なにかの前兆かも、なの」
　古室・智以子（小学生殺人鬼・d01029）は、今回のイフリートの動きが前兆、意味のある行為だと考えた。確かに、これまで組織的な活動は確認されていなかったイフリートが、日本全国と言える規模で動くのは異例と言える。
　疑問を口にしつつも、動きは的確。彼女の手の甲から広がるシールドが仲間に届く程の大きさに展開し、イフリートの攻撃に備える。
「獣が何を企んでるのか知らないけど、思い通りにはさせないわ」
　智以子の疑問を引き継ぐように告げられた黒咬・昴（叢雲・d02294）の言葉は、実にシンプルで的確だ。要は、その為にこの場に来たのだから。
「気ぃ入れてくわよっ！！」
　早々に口調を荒くして、仄紅い焔のようなオーラを纏った腕を振るう。描いた奇跡が赤い逆十字のオーラとなりイフリートの体を切り裂く。
「なんとしても『強大な存在』の覚醒を妨害しなければなりませんね……エア！」
　リヒト・シュテルンヒンメル（星空のミンストレル・d07590）が影の触手をイフリートの体に巻きつけ締め上げ、同時に指示を受けた霊犬のエアが加えた斬魔の刀でイフリートの体を斬り裂く。エアに与えた役目は庇い手であるが、戦闘開始直後の今は攻撃のチャンスである。
　それは、仲間の癒し手となる詩月にも言えることだった。
「全力で、いくよ」
　先に見た敵の攻撃力を考えれば、彼女が攻撃に移れる機会はこの先何度もないだろう。その少ない機会を活かすべく、魔力の矢を放ちぶつける。
「そうだね。この先に何か目的があるなら、黙って見過ごせないよね……」
　美泉・文乃（幻想の一頁・d01260）の取った行動は詩月とは逆。今後の回復の効果を上げる為に、まだ無傷のとものに暖かな癒しの光を当てる。
「ありがとう、鳥さん！　ローラ、行こう！」
「判りましたわ、とものさん」
　文乃に礼を言って、とものは敵に向かって駆ける。その後を、ローラ・カルンスタイン（薔薇の淑女・d10031）がシスター服の裾を翻し優雅に追随する。
　一直線にかけるとものの手には赤いサイキックソード。太刀に似た形に伸びた光の刃に、炎の赤を纏わせて。光と炎の刃をイフリートに叩きつければ、仕込まれたギミックがアニメ的な音を立てた。
　とものを追い越して、別の方向に回り込んだローラの手にはガトリングガン。至近から放たれた弾丸が、イフリートの体を薙いだ。ガトリングガンのような大型銃器は一般的には接近戦には不向きとされるが、そんな常識には捕らわれず、敵の近距離でさえも優雅に操ってみせる小さな淑女の魅せる殺人技巧。
　順調だった。エクスブレインの予知を最大限に活かした事で、先手を取って攻撃を叩き込み、体勢も整えられた。順調すぎる程だった。優位がいつまでも続く筈はない。炎の獣の破壊力と殺戮欲が、灼滅者達に向けられ始める。
　イフリートの纏う炎が揺れ、灼熱の銃身の内に熱が生まれる。
　戦いは、まだまだ始まったばかりだった。

●
「させない、の」
　イフリートの角から連続で撃ち出される爆炎の弾丸。その射線上に智以子が割り込んだ。ダークネスに抱く強い憎しみを仲間を守る決意に変えて。愛用の刀は抜かずにシールドを構える。
　飛来する爆炎全てを防ぎきることは不可能だ。しかし防御に専念する事で全弾命中を回避し、ダメージを軽減することは可能である。
「古室さん、大丈夫ですか？」
「大丈夫なの。体力には、少しは自信があるの」
　文乃が飛ばした癒しのオーラが、智以子に残っていた炎を消して傷を癒す。文乃に向かって頷き返した智以子は仲間にシールドの一部を飛ばし守りを与える。
　少し離れた別チームの詩月も小さく分裂させた光輪を放ち、智以子を癒し防御を助ける。庇う行為によりイフリートの攻撃がほぼ１人に集中、仲間の半数以上は無傷である。結果、２人がかりで癒す余裕が生まれた。尤も、そうしていなければ智以子は既に倒れていたであろう。
　そして攻撃が集中した結果の恩恵がもう１つ。一時的にせよ、敵の攻撃を気にせずに攻撃に数名が専念出来るという状況だ。単体攻撃の多いイフリートを相手に２チームに別れた事も手伝った。開けた戦場故、２チームでは包囲には足りないが意味は充分にあったと言えるだろう。
「いけー影さん！」
　緋色の影が広がりイフリートを包み込む。その影は包み込んだ者に過去のトラウマを与える。
「全弾撃ち尽くす！　根競べと行こうか……！」
　昴が自ら魔改造を施したガトリングガンを構える。戦闘機につくものにも似た巨大な銃身からばら蒔かれた無数の弾丸は、イフリートの体を確かに抉る。
「わずかなダメージこそ、あとで効いてくるんです……！」
　リヒトの放つ七色の光輪が舞う。神秘の音階が奏でるは希望の旋律。射出され複雑な軌道を描いて襲う光輪を避ける事は難しい。
　灼滅者達は誰一人欠けることなく戦いを進めていた。しかし、回復を続けても癒しきれないダメージは蓄積する。庇い手とて、絶対に庇い切れるわけではない。誰かが倒れてしまえば、戦況は一変する。
　そして、その時はそう遠くなく訪れた。
　イフリートが前足を叩き付けると、そこから生まれる炎の奔流が一気に広がって、イフリートの周囲に立っていた灼滅者達を容赦なく包み込む。既に一度仲間を庇って攻撃を受けていた霊犬は、その攻撃で限界を迎えた。
「エア！」
　消えゆく心の片割れの名をリヒトが叫ぶ。サーヴァントの体力は、灼滅者の半分程度。防御を重視させていなければ、一撃で消滅に追い込まれてもおかしくなかった。それを考えればここまで良く戦線を支えたと言うべきだろう。
　リヒトの上げた叫びに、同じく庇い手として戦線を支える智以子が一瞬気を取られる。僅かに表情を歪ませるも、すぐに無表情に戻り、意識を切り替え戦いに全神経を集中する。
「ごめんね、ありがとう」
　詩月の口を付いて出たのは支えきれなかった謝罪と今までの礼。爪弾くギターが炎に飲まれた仲間を鼓舞する音色を奏でる。
「ほんっと、根比べになりそうね！」
　昴は不敗の暗示を自らに掛けて構えなおす。彼女達の前に立ってくれた霊犬はもういない。
「ローラ、皆も。私が、向こうのディフェンダーにつくのだ」
　２チームそれぞれに庇い手と癒し手を置き、戦線を支える灼滅者達の作戦。しかし、サーヴァントは、灼滅者のように限界を超えて立ち上がる事は出来ない。庇い手の一角が崩れ１人になった時に、空いたポジションを埋める決意をしていたのはともの一人。
「頼んだよ」
　文乃が頷き、再び癒しの光を当てる。
「こっちは任せて！　フルパワー！」
　攻撃役が減る分を補うべく、不敗の暗示をかけながら緋色も頷く。
「……判りました。援護しますわ」
　とものが倒れたら。うろたえてしまいそうな考えを浮かべた微笑で押し込め頷いて、ローラが駆けた。一瞬でイフリートの死角に潜り込み、そのまま至近距離でガトリングガン斉射。撃った反動を利用してすぐに間合いを取る間に、とものが別チームに合流した。
「炎は私の色だ！」
　イフリートの前に立ち、赤い光の刃を構え言い放つ。
　とものにとってイフリートは「炎で私よりめだとーというふてぇやろう」である。そんな相手に負けてたまるか。実に個人的な動機ではあるが、故にか敵を恐れることもない。
　崩れかけた戦線を立て直し、灼滅者達の戦いは続く。

●
　イフリートは苛立っていた。目的を果たしたと思ったら邪魔が入った。しかも、ひどくしぶとい。
　後ろにいる者が他の者のダメージを癒しているのは判るが、そいつらを狙い撃っても邪魔される。
　邪魔する片方の、白い小さな獣を倒したと思ったら、別の者が同じ動きをするようになった。忌々しい。
　だったら。どうせ他を狙っても邪魔されるなら。白い小さな獣と同じように、倒してしまおう。
　そしてイフリートは狙いを定めた。庇い手で最もダメージが蓄積していた、智以子を。
「来るなら来い、なの」
　肩で息して、手の甲からシールドを広げる。既に２度失いかけた意識をつなぎ止めて立っている状態だ。それでも後ろに仲間がいる以上、避ける選択肢はない。
　苛立ち故か、撃ち出された真紅の光線はこれまでよりも力強く、シールドを打ち砕いてなお彼女を貫いた。さすがに限界だった。意識が途切れ、膝が崩れて倒れる。
　イフリートの視点からすれば、最も邪魔だった者がやっと倒れた。さぁ、一気に片を付けよう。
「グゥ……グルルァ！」
　吼えたイフリートの背に現れたのは、炎の翼。天を衝くかの様に高く立ち上り、降り注ぐ不死鳥の力。それは、イフリートに近い灼滅者を癒し、力を与えた。
「あぁ、鈍かった。やっと効いてきたのね」
　その光景を見て、呆れ半分安堵半分で笑みを浮かべる昴。彼女が放つ赤い逆十字は、敵の頭脳を蝕み敵味方の区別を狂わせる。一撃ではその効果は見られなかったが、二撃三撃と重ねれば別だ。
　イフリートは眷属を癒すつもりで灼滅者達を癒していた。眷属など連れてもいないのに。
「チャンスだよ、一気に畳み掛けよう！」
　イフリートが次の攻撃の時も正気を失うとは限らない。１人倒れた以上、次の攻撃までのこの隙に攻めない手はない。文乃がこの戦いで初めて、癒しではなく攻撃に移った。放たれた裁きの光が、イフリートを撃つ。
　野望は成させない。自ら口にした決意を嘘にしないためにも、詩月も攻める。放った光輪は２度イフリートの体を裂いた。
「智以子ちゃんの分のおかえしだよ！　ひっさーつ！」
　緋色が巨大刀を振り回し、勢い良く叩きつける。衝撃音が響き、苦悶する様に唸るイフリート。
「エアのお返しです。大きなダメージだけが勝敗を決するとは限りませんよ？」
　一度倒れ、意思の力で立つリヒトが呼ぶ雷がイフリートの背を撃ち深く穿つ。
「ガァァァッ！」
　連続攻撃を浴びせられて、イフリートは吼えた。追い込まれも火力は落ちない。炎が猛り燃え上がる。
「まだ倒れないぞ。キングだからだ！」
　庇い手として立ち続けるとものも倒れかけるが、彼女もまた意思の力で限界を超えて立ち上がり、光の刃を振るう。
「アンタの大筒とこっちの火砲！　勝負！！」
　昴とイフリートの間で弾丸が空中ぶつかり合った。空に咲いた爆炎の花が作り出した死角へとローラが駆ける。緋色に包まれた弾丸が貫く。
「エア……」
　後衛から確実に攻撃を当ててきたリヒトも、ついに力尽き倒れる。決めた撤退ラインが近づく。
「皆を無事に帰すのが、わたしの役目。もう誰も倒れさせないわよ」
　詩月が癒しをもたらす穏やかな歌声を響かせ、仲間を支え続ける。
「敵も弱ってます。皆様、あと少しですわ」
　ローラが微笑を絶やさずに告げて、駆けて死角に潜り込む。油断なく至近距離からの連射でイフリートの足を止める。
　単純なダメージのみならず、灼滅者がぶつけ続け蓄積させたサイキックの効果が敵の体を蝕んでいる。敵の炎に異常を払う力はない。押し切れる、とローラは判断し仲間達も続いた。
「これはじゃがいも怪人の分だよ！」
　フルパワーの緋色の渾身の一撃。これまで以上の勢いでイフリートの横面に叩き込まれ、折れた牙が飛ぶ。
「……死んで後悔しやがれ……！」
　イフリートの口に突っ込まれた昴の持つ銃口。口内という０距離から放たれた弾丸が爆ぜた。
　自身が手にかけたご当地怪人の止めを再現するかのような一撃が、灼熱の銃身を持つイフリートの止めとなった。

　イフリートが倒れ、辺りに静寂が戻り始める。
「みんな本当にお疲れ様……」
　文乃が小さく息を吐いて、ねぎらう言葉をかける。
「折角だから、ご当地のじゃがいも料理楽しんで帰ろうか。じゃがバターとか」
「じゃがバターいいね！　私も食べたい！」
　リボンをひょこりと揺らして、緋色が賛成した。が、周りを見回せば負傷しボロボロになっている仲間達。尤も２人も似たようなものだ。戦いの疲れもある。何か食べに行くとしても、しばらく休むのが先だろう。
「安らかに眠ってください……」
　目を醒ましたリヒトが祈りを捧げたのは、倒したばかりイフリートかそれに倒されたじゃがいも怪人か。
「頑張ったな、ローラ！　帰ったら一緒にほめてもらおうー！」
「ふふ。判りましたわ」
　ローラに支えられてやっと立っている状態のとものだったが、２人は互いの頑張りを称え合う。
　未だに意識の戻らない智以子は、昴と詩月の２人が看ていた。
「平和がいいよね」
　訪れた平穏な時を噛み締めるかのように、ぽつりと文乃が呟いた。

作者：泰月	重傷：古室・智以子（花笑う・d01029） リヒト・シュテルンヒンメル（星空のミンストレル・d07590）  死亡：なし 闇堕ち：なし
種類： 公開：2013年1月16日 難度：やや難 参加：8人 結果：成功！
得票：格好よかった 9／感動した 0／素敵だった 0／キャラが大事にされていた 2
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