楔を喰らう炎獣～焔の嘶き

■リプレイ

●能登の雪国
　降り積もる雪が白く染めた道を歩く。ざくざくと滑り止めのついた靴が雪に食い込む。
　まだ日は出ているのに、冷気は防寒着を刺す様に貫く。
「寒いのは……苦手……」
　厚着した服の中、カイロで暖をとる闇勝・きらめ（耀う狼星（シリウス）・d00156）が寒そうに口を開く。
「戦闘まで体を冷やさないようにしないと、特に手足が動かないと大変だわ」
　雪と同じ色の防寒具を着た秋津・千穂（カリン・d02870）が、カイロで体温を落とさぬようにしながら言った。
「だらしないな、この程度の寒さ大したことはない」
　神無月・晶（3015個の飴玉・d03015）は重装備せずに、寒さなど何ほどのものかと歩く。だが実は、その服の中は保温効果の高いインナーに、貼り付けるカイロを大量に装備していた。
「冷えるぜ、犬に変身したくなるな……」
　冷たい風が頬を叩き、全身を毛で覆いたくなった天雲・戒（紅の守護者・d04253）は呟く。だがこれから始まる宿敵との戦いを思うと、心が熱く燃えて寒さを忘れられる。
「今日の相手はイフリートだろ？　戦ったら温かくなりそうだな」
　舞い落ちる雪を見ていた黒沢・焦（ゴースト・d08129）は、振り向くと不敵な表情で笑った。
「暖を取るには、イフリートの炎では些か熱すぎる気もするね」
　初めての依頼なのに、いつもと変わらぬ落ち着いた様子の水無瀬・旭（晨風・d12324）が、穏やかに笑みを浮べて答えた。
「しっ……音が聞こえます。戦いの音……こっち！」
　耳を澄まし、音の方角に風花・蓬（上天の花・d04821）が向かう。その後に続く灼滅者達。音に近づくと、静かに隠れながら様子を伺う。
「どうやら始まってるようですね」
　木の陰に身を隠し、櫓木・悠太郎（半壊パズル・d05893）が覗くと、イフリートと羅刹の配下との戦いが繰り広げられていた。

●焔馬の蹂躙
「オレたちのシマに入ってきて、無事に帰れると思うなよ！」
「死ねや！　馬ヤロウ！」
　羅刹配下の男たちは武器を手に、強化されたその肉体でもってイフリートに迫る。
『ブルルッヒヒーーン！』
　イフリートは嘶くと、足を蹴り出した。正面に居た男の腹に蹄が食い込み、男は口から血反吐を撒き散らして倒れた。焼ける臭い。見れば腹が黒く炭化していた。
「こいつ！」
　刀を持った男が馬の背に斬り付ける。だがその刃が届くことは無かった。炎の盾。炎が翼のように噴出し、盾となって刀を防いだのだ。翼は大きく羽ばたき、男を吹き飛ばした。
「げふっ」
　男は全身に火が点き、熱さに転げ回る。馬は足を下ろす。男は胸を踏み潰され絶命した。
　二方向から風の刃がイフリートを襲う。挟撃による必殺の一撃。風に雪が舞い散り、視界を奪う。
「どうだコラァ！」
　男が散った雪の中、目を凝らしてイフリートの姿を探す。その時ふと、大きな影が自分の周囲に出来ていることに気付いた。見上げれば、そこには跳躍した馬が。蹄が顔を陥没させ、そのまま地面へめり込ませる。
「ひっ」
　最後に残った男は逃げ出す。だがその足は数メートルも進まずに止まってしまう。何故ならば男の全身は焼け焦げ、既に絶命していた。周囲の木々も薙ぎ倒され、雪は解け大地が顔を覗かせていた。
『ヒヒィーーーーーーン！』
　イフリートの高らかな嘶きが、勝利宣言のように木霊した。

●焔の天馬
　息を潜め、灼滅者達は戦闘を観察していた。
「それにしても、なんて強い炎なのかしら……」
　離れた場所に居るのに伝わる熱気に、思わず千穂が声を洩らす。
「はぁ……じっとしていると冷えるな……本当、お願いですからとっととやられてください羅刹の皆さん」
「頑張れー、いいとこまでいってサクッと負けろー」
　悠太郎は白い息を吐きながら愚痴り、晶は小声で羅刹の側に声援を送る。
「蹄の近接攻撃と、炎の翼によるガードと、炎の範囲攻撃か」
　晶は少しでも戦闘が有利になるよう、相手の手の内を記憶する。
　まるで神話のペガサスだと、きらめはそう一人呟く。敵の企みが成功すれば、あれ以上の獣が放たれるかもしれない、そう考えると恐ろしい、けど。
「……灼滅してみせましょう。あたし達なら勝てるはず」
　きらめは決意を込めて、鋭い眼光を炎の天馬に向ける。
「羅刹の側が全滅しそうです」
　蓬は戦闘に備え、手に持っていた刀袋の紐を口で引き解くと、刀を取り出す。
「終わった、行くぞ！」
　戒の声に全員が動き出す。最初に飛び出したのは戒、焦、晶の三人。馬の不意を突き全力で駆ける。
　焔馬がその気配に振り向く瞬間、放たれる一撃は蒼銀色の光。宙を駆け、光の刃がイフリートの身体を斬り裂く。
　それと同時に漆黒の弾丸がその傷口に吸い込まれるように撃ち込まれた。弾丸が溶けて傷口から黒く侵食する。
『ブルルゥ』
　イフリートは足を傷つけられ、向かってくる敵の迎撃に一瞬の間ができる。
「今です！」
　弾丸を放った千穂の呼びかけに、全速で接近する仲間達は勢いを止めずに突っ込む。
「炎の天馬と言うところか？　のりこなしてみたいが、今はそれより、悪として灼滅させてもらうぜ！」
　戒が刀を大上段に構える。裂帛。真っ直ぐに振り下ろされた刃は、炎の翼を斬り、その背に食い込む。
「さて、普通より強いと聞いたけど、まずは小手調べ」
　走り込む勢いのまま、焦は構えた槍を突く。螺旋に捻じれた勢いで切っ先は固い皮膚を貫き、深き黒の刃に血を吸わす。
「さぁ、雪を朱に染めようか。お前と僕が流す血でッ！」
　朱く輝く瞳で晶はイフリートを睨む。全身に血が漲る。ヴァンパイアの血が肉体を強靭のものへと変質させる。拳を放つ。炎の盾など気にもせず、次から次へと叩き込む。炎の翼が羽ばたき弾き飛ばされ、漸く攻撃の手が止まる。
　炎の翼が、晶を吹き飛ばす為に大きく動いたその瞬間。低く速く駆ける人影。
「参る！」
　高い金属音。蓬は鯉口を切ると抜く手も見せず刀を振るう。刃はイフリートの前足を斬りつけた。そのまま走り抜け、イフリートの背後に回る。
「いくよ、相棒」
　旭は槍を手に、飛び出す。頭上で槍を回転させ、馬と対峙する。その体躯で対峙する姿は巨大な馬に引けを取らない。放たれるのは漆黒の殺気。周囲を覆い尽くすように殺意が飲み込む。
　灼滅者達はイフリートを包囲するように展開した。
『ブルルルルゥッヒヒィィ―ーーン！』
　イフリートが猛る。背に炎が集まり、翼が大きく形成され、周囲を薙ぎ払う。炎は近くに居た晶、戒、焦を襲う。
　晶は咄嗟に近いにいた戒の前に立ち、オーラの力を全開にして受け止める。肉が焼け、炎が身を焦がす。
　焦は影の鎖を伸ばし木に巻き付け、中空に避けようとするが、広範囲を薙ぎ払う炎を避け切れずに足を焼かれる。だがそれほどの痛みは無い。見れば炎と身体の間にエネルギー障壁が展開していた。炎を受け障壁は砕け散ったが、緩衝され傷は浅くすんだ。
「サポートは任せて。はやくそいつを張り倒しちゃってください」
　敵の動きを見て悠太郎がシールドを展開していたのだ。右手に装着するは武者鎧の如き、巨大な紅の縛霊手。その指先に霊力が集う。その気を晶に放ち、傷を癒す。
　前衛を援護するように、千穂と旭は攻撃を加える。
「弾幕を張ります」
「足を止めるのが僕の仕事……！」
　千穂はガトリングガンから炎の弾丸を撃ち続け、旭は死角から槍を手に接近し足を狙う、螺旋の力で刺突力を上げた突きを放つ。だが、それらの攻撃は身を守るように身体を覆う炎の翼に遮られ、勢いを減衰してしまう。
『ヒヒィーンッ！』
　イフリートの跳躍。まるで本当に天馬の如く炎の翼を羽ばたかせ、跳ぶ。その先に居たのは悠太郎だった。先程の仲間を回復している行動を見られていたのだ。回復手から潰そうと襲い掛かる。避ける間も無く、蹄が頭上から襲い掛かる。衝撃。
　悠太郎は地に伏せていた。踏まれたのではない、横から押されたのだ。見れば立っていた場所に晶の姿が。
「僕がいる限り、後ろに攻撃は通さないよ」
　腕を交差して蹄の一撃を受け止めている。だがそれも一瞬、勢いに押し切られ吹き飛ばされる。木に背中から当たり前のめりに倒れた。めきめきと乾いた響きと共に木が倒れる。
　きらめと蓬が敵の注意を惹こうと左右から攻撃を仕掛ける。その間に悠太郎が晶の回復に当たる。
「御機嫌よう、炎獣さん。素敵な炎ですね……消火するのが惜しいくらいだ」
「疾ッ」
　光剣に影を纏わせ、きらめは斬り付ける。蓬もその動きに合わせて死角に周り、刀で後ろ足を斬りに掛かる。炎の翼が壁のように広がる。先程と同じようにまた攻撃が防がれる。そう思った瞬間、素早く飛び込んだ小さな影、その刃が炎を斬り裂く。それは霊犬の塩豆だった。口に咥えた刀が炎を絶ち切る。
　炎の守りが消え、きらめと蓬の攻撃はイフリートを直撃する。刃がその身に食い込む。更にそこにライドキャリバーの雷轟が突撃して傷口を広げる。イフリートは身を翻すようにして周りに居た者を突き弾き飛ばす。
『ブルルルルォォ！』
　イフリートは怒りに目を血走らせる。口からも焔の息が漏れ、傷口から炎が噴出し、治癒されていく。
「どうやら、ここからが本番みたいだね」
　傷の治療を終えた晶が前に立つ。皆もその言葉に頷き、武器を構えた。炎が奔る。

●最後の嘶き
　戒がイフリートの背後から襲い掛かる。だがイフリートは振り返りもせずに後ろ足を蹴り出した。咄嗟に左腕でガードするも、吹き飛ばされる戒。剥き出しの岩にぶつかる直前、大きな腕が受け止め、勢いを受け流し、雪の上に転がる。
「雷轟、援護を頼みます！」
　雷轟は機銃を撃ちまくり、敵の動きを封じようとする。その間に悠太郎が戒の傷を癒す。折れた腕がみるみるうちに繋がった。
「助かるぜ。……へへっやるじゃねぇか。だがな、俺の炎の方がずっとアツイんだよ！」
　起き上がった戒は刀に炎を宿し、先程よりも勢い良く駆け出す。
　蹴り足で動きの止まった敵に焦が接近する。目にも留まらぬ速度で側面に潜り込み、槍を振るう。だがその一撃は炎の翼に阻まれる。
「不味いね……強いや」
　カウンターで翼が横薙ぎに放たれる。槍を手放し、何とか地に伏せるように攻撃を避ける。だがそこは敵の殺傷領域。イフリートは足を大きく振り上げた。
「させない、動きを止める！」
「承知！」
　そうはさせじと旭と蓬が仕掛ける。旭の槍は胴を突き、蓬の刀は足を斬る。だがイフリートは動きを止めない。その足を焦に振り下ろした。
「言っただろ、僕がいる限り、仲間は傷つけさせない！」
　重い炎の蹄の一撃に対して、晶は拳を放つ、一発二発……次から次へと打ち続ける。拳から血が流れようと、肉が焼けようと、骨が砕けようとも放ち続ける。やがて固いものが割れる音。見れば蹄が砕けていた。イフリートは振り上げていた足を戻す。
『ヒヒィーーン！』
　イフリートは開けた口から炎を放った。咄嗟に腕で顔を覆うが晶は全身を炎で巻かれて吹き飛ばされる。
「これは、拙いですね」
　悠太郎が僅かに焦燥の表情を浮かべ、晶の炎を消し治療を施す。
「……ちょっと怒ったぜ？　遠雷を聞け」
　起き上がった焦はいつもと違う、真剣な表情をして全身に雷の如きオーラを纏う。閃光の如き動き。接近されたイフリートは反応も出来ない。拳を放ち横を通り過ぎる。鈍い音と共にイフリートは口から血反吐と炎を吐いた。その一撃は一撃にあらず、同じ場所に連続で打撃を加えていたのだ。
「雷ってのは光が先に届くもんだ」
「おい、テメェ好き勝手やってんじゃねぇぞ！」
　声は上空から。戒が木を蹴り、跳躍して全体重を乗せ襲い掛かる。イフリートは避けようとしたが、雷轟が突撃を仕掛け足を止める。戒は落下しながら炎を纏った刀を振り下ろす。重く鋭い一撃は肉を裂き、骨を断つ。確かな手応え、背骨を断った。
『グゥブルゥォォッ！』
　炎の翼で戒を吹き飛ばす。そして、すぐさま傷を癒す。だがこの機を黙って見ている者はこの場には居ない。
「我は闇に打ち勝ち、煌く者。その名を知れ！」
　きらめの手に炎の翼にも負けぬ輝きが集まる。煌く剣、その一撃はまさに流星。纏う炎を消し去り、イフリートの片目を斬る。溢れる血と炎。苦悶の声が漏れる。
「その炎は危険の予兆。だから必ず、その火を消してみせるの」
　千穂のガトリングガンから怒涛の勢いで弾が発射される。イフリートは炎の翼を盾に防ごうとするが、塩豆が炎を斬り、イフリートはその身を蜂の巣の様に穴だらけにしていく。
『ヒヒィーーン！！』
　邪魔だとばかりに炎の翼が周囲を薙ぐ。左右の翼が旋回するように放たれた。
　きらめ、塩豆、雷轟が巻き込まれる。爆発するような炎の勢いに身を伏せるが、それでも吹き飛ばされる。
「経験が浅かろうと、やれることは幾らでもあるんだ！」
　旭の影が足元から伸びる。それは不意を突き、イフリートの足元から現れ、影の刃が足を貫く。
「ヒーローは必ず勝つんだぜ！」
　戒の一撃が動きの止まったイフリートに放たれる。先程背骨を断ち切った場所、そこにもう一撃が入る。胴から体が真っ二つになった。
『グブォォォォ！』
　それでも、イフリートの生命力は尽きない。炎を益々猛らせる。
「しぶといな、でも、それはこちらも同じだ」
　ゆっくりと歩いてイフリートの傍にやって来たのは、悠太郎の肩を借りた晶だった。その顔は焦燥の色が濃い。
「無茶はしないでくださいよ……頼みますよ、雷轟！！」
　悠太郎は晶を放すと、巨大な右腕でイフリートを殴りつける。そこに雷轟が突撃し、轢き倒す。
「不退転、てね。その鼻っ柱に一撃くれてやらないと気がすまないのさ」
　倒れたイフリートに向かいギターを振り下ろした。肉が拉げ、骨を砕く音。それと同時に晶も力尽き倒れた。
　首をもたげたイフリートに、焦が槍を振るう、血を撒き散らしながら首を刎ね飛ばした。
「バイバイ。楽しかったよ」
　首を刎ねられたイフリートはそれでもまだ意識があった。口を開け、最後の炎を放つ。
「天ツ風は万物全てを断つ鋼なり」
　刀を大上段に構えた蓬が、疾風の如くイフリートの前に現れると、一閃。炎と共にその顔を両断した。
『ィーン』
　力なく嘶くとイフリートはそのまま炎となって消え去った。蓬は白い懐紙で刃を拭うと放り投げる。紙が雪のように舞い散る中。鞘に刃をそっと納めた。

「あー冷たくて気持ちいい……ちょっと、寝る」
　倒れたまま動けない晶はそのまま意識を失った。
「……暫く動けそうにないですね、無茶しすぎです」
　近づいて介抱する悠太郎は少し呆れたように嘆息した。
　周囲を見れば積もった雪は高熱に溶け、この一帯だけ大地が覗いていた。
「帰ろうか」
　誰からとも無く出た言葉。灼滅者は帰途につく。戦いの熱気をそこに残し、静かな雪の街へと歩き始める。戦いの後も少しすれば雪が全てを覆いつくすのだろう。寒風の吹き抜ける音が、まるで嘶きのように聞こえた。

作者：天木一	重傷：神無月・晶（鳳仙花・d03015）  死亡：なし 闇堕ち：なし
種類： 公開：2013年1月16日 難度：やや難 参加：8人 結果：成功！
得票：格好よかった 12／感動した 0／素敵だった 0／キャラが大事にされていた 0
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