●大分県別府市・鶴見岳
何体ものイフリート達が、続々と鶴見岳に集結している。
イフリート達の体毛によって、燃えるように煌々と輝く鶴見岳。
頂上には、一体のイフリートが存在した。
他のイフリートを圧するほどに大きく、威厳に溢れたその姿。
イフリートの首魁は、配下の前でゆっくりと力を練り、人間の姿へと変貌する……。
……人の形へと転じたイフリートの首魁。
少女のようなその姿は、居並ぶ配下の幻獣達に向かい、唸り声の如き少女の声で命じる。
「ガイオウガノメザメハチカイ。ケダカキゲンジュウシュヨ、コノクニノクサビヲクライクダキチカラタクワエタノチ、ソノチトニクヲ、ガイオウガニササゲヨ! サスレバ、ガイオウガハゼンナルイチノゲンジュウトナリテ、ナンジラトトモニクンリンスルデアロウ !」
「小鳥遊・優雨(優しい雨・d05156)さんからお話はもう聞いてるかもしれないけど、別府温泉で起きていたイフリート事件に新しい動きがあるの!」
須藤・まりん(中学生エクスブレイン・dn0003)が言うには、別府温泉でイフリートを灼滅していた甲斐もあって強力な敵の復活を防げたようだが、どうやら敵は新たな一手を打ってきたらしい。
「別府温泉、鶴見岳に現れたイフリート達が全国に散らばって各地の眷属や都市伝説を襲おうとしているの。目的はきっと、鶴見岳に封じられた強大な存在を呼び起こす事」
全国に散らばったイフリート達は今までに現れたイフリートよりも強い力を持つ危険な存在ばかり。だが、これを放置しては更に危険な状況を招いてしまうだろう。
「イフリートに狙われたのは、ご当地怪人『函館くじら汁怪人』。年末年始にしか振舞われないくじら汁に不満を感じて、市民に年中くじら汁を強制しようとしていた矢先にイフリートに襲われてしまうの」
灼滅者ならば苦戦が必至のご当地怪人を、瞬く間に食い殺してしまうような強力な敵。
ほかのイフリートと同様に巨体と自在に操る炎を武器にするほか、どうやら特に炎を操る能力に長けているらしく、灼滅者で言えばWOKシールドに近いサイキックも用いる。
「先回りして函館くじら汁怪人を灼滅する事もできるけど……そうなると多分、バベルの鎖によって察知されてしまうと思うの」
未来予知と異なる行動をすれば「バベルの鎖による予知を回避できる」というメリットを失う可能性がある。できる限り、函館くじら汁怪人が襲撃されるのを待つ必要がある。
「新年早々大変な思いをさせてごめんね。でも、あなた達ならきっと大丈夫!」
参加者 | |
---|---|
峰崎・スタニスラヴァ(エウカリス・d00290) |
斎賀・なを(オブセッション・d00890) |
由井・京夜(道化の笑顔・d01650) |
禄此土・貫(ストレンジ・d02062) |
嵯神・松庵(染めずの黒・d03055) |
三日尻・ローランド(王剣の鞘・d04391) |
新妻・譲(高校生主婦・d07817) |
サフィ・パール(ホーリーテラー・d10067) |
●火に油
「ニンジャ……これがニンジャ。ドキドキです」
サフィ・パール(ホーリーテラー・d10067)がやや興奮気味に息を弾ませる。
砂の中に潜み、延々と準備運動を繰り返す函館くじら汁怪人を見続けるという苦行。サフィはそんな中にも楽しみを見出すことに成功していた。
「怪人と語りたい所もあったが……今日はイフリートの撃退にのみ集中しよう」
斎賀・なを(オブセッション・d00890)から白い吐息が漏れた。幸いというべきか、灼滅者達の白い呼気は地吹雪に紛れて消えてゆく。波打ち際に描かれる雪と砂のグラデーション。気温と水温の差によって海から蒸気が立ち、星明りに照らされている。
「――グオォォォォ!!」
静寂を咆哮が突き破る。
「何奴!?」
ぐりんと振り返った怪人の視線は灼滅者を通り過ぎ、そのはるか後方へと向かう。
灼滅者達は後ろを振り返ることはできなかったが、咆哮の主を既に知っている。暴虐の炎獣、イフリートが函館くじら怪人を襲撃に現れたのだ。
「我が覇道を邪魔するというのならば、容赦はせぬぞ!」
函館くじら汁怪人の掲げた手にぬとぬとぎとぎとした液体が集い、巨大な球体へと変貌してゆく。
「腹を下して死ねい! グリス・ウォッシャー!」
雪を舞い上げ、吹き飛ばす油脂の香り。というかスメル。
灼滅者達の頭上を油の球を過ぎていった直後だった。
「グルルルルウォォォ!」
突如、朝焼けの如く真っ赤に燃え上がる空。凍てついた空気が溶け、砂を焦がす。
「……ば、馬鹿な、我輩の必殺技が鼻息で……」
函館くじら怪人の膝がぼすっ、と音を立てて砂に埋もれた。
宙を舞う熱砂。灼滅者達の視界が炎で溢れる。広がる炎の中心で、函館くじら汁怪人の下半分が崩れ落ちた。
嵯神・松庵(染めずの黒・d03055)がそっと呟く。
「さらばくじら汁怪人、くじら汁を食べるたびに思い出してやろう……」
「オレサマ、オマエ、マルカジ……いやいや、違う違う」
由井・京夜(道化の笑顔・d01650)が自身の漏らした言葉に首を横に振る。
「――グルルルル……」
満足気に月を見上げる炎の獣。その喉元に、暗闇からなをの刃が突き立てられた。
強靭な前足がなをを蹴り上げ、刃を退ける。だが、致命的とは行かずとも確実になをのナイフはイフリートに傷を刻み付けた。
「グォォォ!!」
イフリートが吼え、砂の上に転がったなをを見下ろして怒りをあらわにする。一歩前へ踏み出したイフリートが突如バランスを崩し、砂に足をとられた。
何が起こったのかわからぬ様子で途惑うイフリート。
炎の獣の前足からわずかだが一部。炎が消え、白く凍り付いていた。
●燃ゆる海
「さて、努めていつも通りだけど……」
禄此土・貫(ストレンジ・d02062)がかつて戦った強敵、六六六人衆を思い描く。あの時は、ただでは済まなかった。それと同等か、あるいはそれ以上の力を持つこのイフリート相手に、果たして無事に済むだろうかと。
「マジもんのイフリートは初めてだぞ……ちょっと引くけど、ビビッてたら笑われるよな!」
新妻・譲(高校生主婦・d07817)が自身に喝を入れ、殺気を搾り出す。黒い霧と化した殺気が周囲の風景を塗り替えてゆく。
「わ、私も一人前の魔法使い、なりたいですから。おっきなわんこさんだって、怖くないです……」
サフィがガトリングガンの照準を定め、引き金に指をかける。
「グオォォォ!!」
「こ、こ、こわ……あっ」
思わず怯んでしまい、炎の弾丸ははるか水平線へと飛んでゆく。
「えくすかりばー、美しい敵だけど油断できない強力な相手だよ。がんばろうね」
「ナノッ!!」
三日尻・ローランド(王剣の鞘・d04391)とナノナノ、えくすかりばーが怯えて尻餅をついてしまったサフィの前と文字通り踊り出る。
イフリートの視界を覆うしゃぼん玉の群れ。その隙間から流れるメロディ。振り払おうと振るった前足が虚しく空を切り、巻き上げた砂の陰から伸びた2本の影に、イフリートは四肢を縛り上げられる。
「このまま、大人しくしてて」
「……まあ、そううまくはいかないだろうな」
峰崎・スタニスラヴァ(エウカリス・d00290)と松庵、2人の影縛りが徐々に徐々に、イフリートの肉へと食い込んでゆく。凍りついた表皮がミシミシと軋み、傷口から炎が僅かに漏れる。
「――ォォォォォオオ!!」
天を穿つ咆哮。そして、共に吐き出された炎の柱がスタン達を飲み込んでゆく。
「みんな!」
京夜が呼びかけたその時、イフリートの吐き出した炎、その中から新たに炎の翼が姿を現した。
「漢を、あげるぜ!」
「そうかんたんには、たおれないんだから」
両手を大きく広げたスタンから伸びた影がなをを覆い、松庵の前には不死鳥の如き翼が眩しく燃え盛っている。
「ワンッ!」
「ああっ、エル、吠えちゃ駄目です……狙われます」
前に出たがる霊犬の後ろで、サフィが手をわたわたとさせた。
「僕達は、くじら汁怪人のようにはいかないよ!」
鬼神と化した京夜の腕が、イフリートの頭を波の中へと叩き付ける。
凍てついた海がほどけ、潮の香りが辺りに弾けた。
●漢、あげるぜ!
戦いのうちに雪は溶け、彼方で凝固し直した空気が朝日に照らされ白く煌いていた。
だが、それと同様に戦いの様相も大きく変化している。
「ボクの癒しじゃ足りないっていうのかい……?」
幾度となく繰り返した歌声に息が切れ、ローランドが大きく肩を上下させる。
そしてそれ以上にスタンと譲、2人の消耗は激しい。スタンの胸にはハートの文様が刻まれ、複数回に及ぶシャドウフォームにより全身に影のヒビが走っている。
「へっ……くすぐってぇ……」
譲が俯いたまま小さく呟く。そして大きく息を吸い込み、天高く吼えた。
「新妻譲は……譲らねえ!!」
ありったけの叫びが譲を蝕んでいた炎を吹き飛ばす。
「……あ?」
だが、譲はぽすん、とその場で力無く尻餅をついてしまう。
幾度と無く炎に包まれた譲の体は、既に満身創痍と呼ぶにふさわしい状態になっていた。
斬艦刀を砂に突き立ててやっとの思いで立ち上がるもその足は頼りなく、もう一撃を受けきれないのが見て取れる。
そしてもちろん、それをイフリートが見逃す道理は無い。
「グォォォオオ!!」
猛る炎が砂を走る。影を引きずり、凍り、傷ついた体を自らの炎でさらに焦がして。
「どれだけ効果があるかはわからないけど……!」
貫の手から小さく分裂した盾が譲の体を覆い、守りを固める。
「オレの心は……まだ折れてねぇ!!」
激突する炎と炎。大気が弾けて震え、砂にクレーターの如く波紋が描かれた。
舞い上がった砂の中から、巨大な刀身が身を乗り出した。
「うぉぉぉぉ!!!」
あまりにも膨大な炎の前に頼りなかった小さな盾が密集し、イフリートの爪を食い止め、そして受け流す。イフリートの前肢が空を切って砂を裂いた。
イフリートが身を切り返し、見上げたそこにあるのは、高く跳んだ譲の姿。
「グルルルオォォ……オオ!!?」
譲に向けて振り上げた爪が、影に捕らえられ、迎え撃たんとするイフリートの動きがほんの一瞬遅れた。
その一瞬に、無数の影、鋼糸がイフリートの四肢へと絡みつき、地面へと押さえつける。
「これだけ縛り上げれば……!」
「さあ、行け!」
イフリートの脳天目掛け、振り下ろされる無敵斬艦刀。砂が水柱の如く高く舞い上がり、イフリートを覆い隠す。
肩を大きく上下させ、呼吸も落ち着かぬまま呟く。
「漢を……あげたぜ……」
小さく笑ったその時、眼前には炎を湛えた紅蓮の牙があった。
●負けられない理由
「新妻……せんぱい……?」
イフリートの顎の中で振り回され、宙へと高く放り投げられた譲はまるで身動きできぬ人形のように、スタンの目の前、砂の中へと落ちた。
「何故お前達はこんな事をする! 一体、何が目的だ!」
「グルルルォォオオ!!!」
なをの問いかけには咆哮しか返ってはこない。無論それはわかりきっていた。だが、それでも問わずにはいられない。お前達は何者なのだと。
ジグザグに変化したナイフが弱りきったイフリートの傷口を、さらに深くえぐり、残った僅かな炎を搾り出してゆく。
「怖くない……皆さんと一緒、私だって、灼滅者なんです……!」
エルの斬魔刀がイフリートの右側面を切り裂くのに合わせ、正反対、死角からマジックミサイルがイフリートの体を襲う。
「お世話になってるママさん達にも、お土産買わないといけないねえ」
「ナノナノ!」
ふらりと跳んだローランドが、イフリートの背中に乗った。ゆっくりとバイオレンスなギターを振り上げ、高らかに叫ぶ。
「だから……負けられないねえ!」
「ナノー!」
ゴィン! とギターの弦が弾けて音を立てる。イフリートの体がずしりと重みを増したように砂の中へと沈んでゆく。
「おっと」
ローランドがぴょんと飛び退いたその瞬間、イフリートは激しく燃え上がり、内側から消し炭へと化してゆき、砂浜の一部となって消えた。
「やれやれ……みんな無事……とはいかなかったな」
松庵が譲を抱き起こす。譲は「う……」と眉間を歪ませ、眩しそうに目をゆっくりと開いた。
「……へへ、くじら汁怪人の仇は取れた……みたいだな」
「まあ、一応はな」
「完璧に出オチだし、ちょっと不憫だね」
「食材を自力で確保しよう、っていう所からしてもうね」
灼滅者達の顔が僅かにほころんだ。
「……さむい、体が冷えてるよ。どこかで休んでから、暖かいものでも食べに行かない?」
スタンが自身のおなかをそっと撫でた。
「となると……ここはやはりくじら汁か」
「……どこで食べられるのかな……?」
サフィがぼそりと呟いた一言。数秒の間、その場の時間がぴたりと止まった。
「……定職屋さん……とか?」
ローランドを除き、その場にいる全員が首をかしげた。
ローランドはなんか踊っていた。
――その後、灼滅者達は親切なおばちゃんに巡り合うまで半日ほど函館の街を彷徨った。
作者:Nantetu |
重傷:なし 死亡:なし 闇堕ち:なし |
|
種類:
公開:2013年1月16日
難度:やや難
参加:8人
結果:成功!
|
||
得票:格好よかった 10/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 2
|
||
あなたが購入した「複数ピンナップ(複数バトルピンナップ)」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
|
||
シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。
|