楔を喰らう炎獣 ~煉獄への召喚状~

    作者:矢野梓

    ●大分県別府市・鶴見岳
     何体ものイフリート達が、続々と鶴見岳に集結している。
     イフリート達の体毛によって、燃えるように煌々と輝く鶴見岳。

     頂上には、一体のイフリートが存在した。
     他のイフリートを圧するほどに大きく、威厳に溢れたその姿。
     イフリートの首魁は、配下の前でゆっくりと力を練り、人間の姿へと変貌する……。

     ……人の形へと転じたイフリートの首魁。
     少女のようなその姿は、居並ぶ配下の幻獣達に向かい、唸り声の如き少女の声で命じる。

    「ガイオウガノメザメハチカイ。ケダカキゲンジュウシュヨ、コノクニノクサビヲクライクダキチカラタクワエタノチ、ソノチトニクヲ、ガイオウガニササゲヨ! サスレバ、ガイオウガハゼンナルイチノゲンジュウトナリテ、ナンジラトトモニクンリンスルデアロウ!」
    「さて、新年早々ですがお仕事です」
     五十嵐・姫子(高校生エクスブレイン・dn0001)は集まった面々を見渡すと、はっきりと告げた。聞けば先の別府温泉のイフリート事件が新たな展開を迎えようとしているとのこと。灼滅者達の間にぴんと緊張の糸の張る音が聞こえたような気がした。
    「皆さんの協力で、強力な敵の復活は防がれたようなのですが……」
     だが敵もさるもの、どうやら素早く作戦を切り替えてきたらしい。場所は鶴見岳と姫子は言う。常ならば優美な姿を見せるはずのそれが、今はイフリート達の火焔で夜空をくっきりと切り取ったように見えるのだとか――。
    「位置的には別府温泉の西部ですね」
     姫子の示す地図を見れば場所は一目瞭然。問題は彼らがここで何をしているのかということなのだが。
    「恐らく、この地に封じられた何かがあるのでしょう」
     それを呼び起こすために多くのイフリート達が全国に散らばっているという。そのための供犠となるのは十中八九各地の眷属や都市伝説。
    「事態をこのまま放置すれば、イフリート達の思うつぼ……」
     さらなる危険を招かないためにもここはすぐに行動を起こしてもらいたい――姫子の依頼は、そう結ばれた。
    「皆さんに退治していただくイフリートは……」
     姫子は先程の地図で房総半島の突端に近い部分を指差した。冬でも割と暖かい地域で、恐らくは当日も穏やかな天候になるとか。そろそろ露地物の花も咲き始めるという時期にイフリートとバスターピッグが対峙するとあっては、花もなにもあったものではない。
    「バスターピッグもそれなりに迷惑な敵ではありますから……」
     倒されること自体は歓迎すべきところなのかもしれない。だが状況が状況である。
    「バスターピッグの方はまあどこにでも湧くレベルとお考えくださって結構なのですが……」
     姫子の表情が僅かに曇る。バスターピッグは全部で10体、対するイフリートは3体。この数の差がありながら、イフリート達はあっという間にバスターピッグを葬り去ってしまう……
    「今回のイフリート……今までのものよりも格段に強いようですよ」
     攻撃方法などはこれまでのイフリートと同じだと考えていいと姫子はいう。ただその強さ、精度が段違いというだけで。
    「イフリートの数は3体と言いましたけど……」
     どれも見た目の違いは判らない。その上、攻撃の本能というか、殲滅志向というか、妙に連携めいた行動も見せるという。
    「理性と呼べるようなものは確かにないのですけれどね……」
     血の匂いでも嗅ぎつけるのか、はたまた弱った者の気に敏感なのか、とかく攻撃を集中してくる傾向があるようだ。
    「元が強い上に連携となると……難しい戦いになると思いますよ」
     くれぐれも油断をしないでほしい――姫子の言葉は灼滅者達に重くのしかかる。
    「この襲撃がどんな魔物を呼ぶか判りませんから……」
     できればバスターピッグもイフリートには倒させたくないところなのですけれど――姫子は軽く息をついた。だがバスターピッグへの襲撃を阻止するようなことを画策すれば、イフリート達は此の地に姿を見せなくなってしまうかもしれない。
    「ですから、皆さんは必ずイフリートの殲滅直後に襲うようにしてください」
     現場は前方に海に臨む崖を持つ、平坦な野原である。周辺は花畑で新春のこの時期ならばちょうど農作業の合間をつくことができる。隠れるような岩陰などは殆どないが、小さな農具小屋や肥料置き場などは点在しているから、その辺りを利用してもらえればいいだろう。
    「イフリートはあっという間に敵を屠ってしまいますから……」
     攻撃のタイミングはしっかりと計ってくださいね――姫子はそう告げると、灼滅者達を見渡した。
    「新年早々、大変なお仕事をお願いしてしまいますが……」
     頑張って来てください――姫子は真摯な瞳でそう告げて、灼滅者達を送り出しす……。


    参加者
    風宮・壱(ブザービーター・d00909)
    不動・祐一(揺るぎ無き守護者・d00978)
    鹿島・狭霧(漆黒の鋭刃・d01181)
    榛原・一哉(箱庭少年・d01239)
    祀火・大輔(迦具土神・d02337)
    千条・サイ(戦花火と京の空・d02467)
    敷島・雷歌(炎熱の護剣・d04073)
    渡橋・縁(かごめかごめ・d04576)

    ■リプレイ

    ●花に炎
     房総半島は黒潮の街。暖かな南の風が吹く岬の突端は、この時期でありながらもう春の様相を呈し始めていた。露地物の金魚草をゆする潮風は雪の匂いとはまるで無縁。微かな温もりさえ帯びて来たるべき時の到来を一足もふた足もはやく告げてくる。だが今、その花と海風の街は穏やかな春どころか灼熱の夏さえも通り越して煉獄に飲みこまれようとしていた。
    「イフリート……」
     祀火・大輔(迦具土神・d02337)の呟きに、灼滅者達は悪寒めいた何かを自らの背に覚える。
    「そして『凱王牙』……。何でしょうね、このザラつく感じ」
     先日エクスブレインから聞いたその言葉は、どう聞いても平穏とは程遠い響きを持っている。鶴見岳に現れたというイフリートの首魁。この地のイフリートも無論無関係ではない。
    「何としても集結を阻止しないとね。どーせロクでもないコトなのは確かでしょうし……」
     鹿島・狭霧(漆黒の鋭刃・d01181)はそう突き放す。
    「何が封じられているのかはわからない。でも……」
     渡橋・縁(かごめかごめ・d04576)も頷いた。現状、敵の正体はつかめていないも同様だが、陰謀が完遂されれば、どれ程の人が大切なものを失うことになるのだろう。そんな酷い状況は想像するだにおぞましい。であればこそ、こうして息を潜めてその出現を待っているのだ。
    「これ以上荒らさせはしません……」
     祀火家十六代目当主として、あの地に眠る火神を鎮める義務がありますからね――そんな大輔の呟きに、榛原・一哉(箱庭少年・d01239)はそっと目を閉じた。岬の突端からの風は相変わらず穏やかに優しい。この隙間風だらけの農具小屋に身を潜めていても凍えるような寒さは感じない。壁のすぐ外には金色の蒲公英さえ可憐に揺れている。
    「イフリートと戦うのは2度目だけど……」
     一哉もまた一人ごちた。だが今回のそれはこの間のイフリートと同列にはとても置けないと聞く。強く、より残忍であることは想像に難くない。でも……と一哉の唇が引き締まる。
    (「僕だってあの時と同じじゃない――覚悟もね」)
     刹那、茶色の瞳が紅蓮の灯影をとらえた。来た――そんな呟きは到底他の小屋に伝わった筈もなかろうに、岬の野原は灼滅者達の一種言いようのない緊張に満たされた。

    「……うっわぁ、何か共食いみたい」
     抑え込める限り気配を絶っていた風宮・壱(ブザービーター・d00909)が思わず漏らした声に、千条・サイ(戦花火と京の空・d02467)も文句なく同意する。背に大きな銃身を背負った豚――バスターピッグの姿は彼らにも見慣れたものであったが、それに一気に襲いかかる獣の姿はある種、神々しくさえサイの目に映った。
    「こんなおもろそうな戦、油断して楽しめん方がもったいないわ」
     対照的にサイの瞳には油断のない光がきらきらと――。その眼は正しく戦う敵をとらえる目。壱は息を飲み、自らも来たるべき時を見据えて燃え上がる紅蓮の禍つ神に向き合った。
     ほぼ同じ時刻、同じ場所。わずかに十数メートルだけ突端に近いその木陰で、敷島・雷歌(炎熱の護剣・d04073)達もその時を待っていた。地獄の業火を目の当たりにしながら、ただ待つだけの時間はとてつもなく長い。
    「コレ無事に終わったらさ、どっか遊びに……」
     不動・祐一(揺るぎ無き守護者・d00978)のそんな誘いも、張りつめすぎる精神を支えるための方策だったのかもしれない。だが、縁の顔は僅かな歪みすら浮かべない。
    「縁起の悪いフラグ立てるのやめてください、不動先輩」
    「お、おう」
     僅かな怯みは決してイフリートに向けられたものではない。傍らに寄り添う霊犬・迦楼羅の背に置く手にはどんな震えも緊張もない。微かに笑みを返した縁の髪が、毛先から唐紅に染まり出す。『行くよかみさま――神芝居を、始めよう』――言い聞かせるような縁の言葉に、雷歌もそのビハインドを傍らに呼びよせて。
    「……行くぜ、オヤジ!」
     楔だか何だか知らんがそう上手く事が運ぶなんて思うなよ――呟きが、最後のバスターピッグの断末魔に重なった。崖の上の炎が勝ち誇ったようにいっそう赤く燃え上がる。

    ●煉獄へ、火焔経由
    (「油断したら一気に消し炭にされそう。――っし。集中しろ、俺!」)
     壱はオレンジのオーラに身を包み、狭霧は両の手にナイフを閃かせる。3体のイフリートは既に完全な戦闘態勢。
    「さすがに強い、侮れない」
     狭霧は小さく舌を打つ。奇襲――先手を取れるならばそれに越したことはないと思っていたが、やはりそう甘くはないらしい。攻撃はイフリート達に一日の長があった――炎の奔流が真っ先に駆けつけた祐一と雷歌を包み込む。その灼熱は無論祐一にも覚えのあるもの。
    「イフリート……何をしてぇのか知らねぇけど、宿敵としては血が踊るぜ」
     迦楼羅の浄めがまとわりつく炎を鎮めてくれるのを確かめて、祐一は最も身近な敵を殴りつける。
    「鬼さん、こちら!!」
     からかうようなその一言を理解した訳ではなかろうに、イフリートの炎はますます赤く燃え上がる。それが怒りによるものだと知るのはあと数瞬先のこと。
    「人間甘く見てると火傷すんぜ?」
     殆ど同時に今度は雷歌の斬艦刀『富嶽』がもう1体のイフリートを粉砕にかかる。叩きつけるようなその衝撃に敵が未だ身を震わせているその間にもビハインドが毒を巡らせて。
    「標的はこっちね」
     叫び声だけを残して狭霧は風になる。死角を襲うとなれば殺人鬼のその技にかなうものはない。毒に侵された敵に新たな傷が生まれるその瞬間は、中衛のサイの位置からでもはっきりと見て取れた。満月の如く張りつめられた弓から飛び出す矢は彗星の如く。射抜かれた赤い体の向こうに、青い海の切れ端が見える。
    「全部攻撃役やな。ゆうてみれば、クラッシャー的な――」
     潜んで観察していた時も、そして今もイフリート達の動きは判り易い。確かに連携めいたものは伺えるけれど、どれもが極めて好戦的だ。
    「なら力押し、だな」
     壱は素早く応じ、縛霊手の指先に霊力を集めた。神秘の光に輝くかのような指先が向くのは前線で戦う雷歌。リン――と一鳴り。鈴の音も涼やかに打ち出された弾丸は雷歌の炎をかき消した。相手が攻撃一辺倒ならこちらも応じねばならない。そのために必要なのはまず火力、そして回復……縁もその辺りは十分に承知していた。後方から仲間の様子を見渡すと、同じ敵に風神の力を置き放つ。風は一陣の刃と化し、右に左にイフリートを切り裂くと、大輔も得意の槍に捻じりを加え――。
    「結構気に入ってるんだよね、魔法の矢」
     一哉の手の内には1本の矢。弓がなくとも空をゆくそれはまさしく魔法。傷だらけのイフリートにまた新たな傷が増える。

    ●逆襲、炎の獣
     先手こそ取られたものの、灼滅者達の火力は順調に集中砲火を見せると思われた。だがやがて無尽蔵かとも錯覚してしまうその体力に灼滅者達は次第に辟易を感じ始め――。
    「!!!」
     真紅に熱を発する爪が大輔に振り下ろされる。燃え上がる爪に切り裂かれた傷口からはこの世のものならぬ炎が吹き上がり。そうなれば残る1体も何かに導かれるように彼に同じ技を繰り出して。武器に宿る炎というものはこうまでも手痛いものだったのか、と大輔は唇をかんだ。だが自分が苦しいならば、恐らく敵も苦しい筈。痛みに開ききらぬ目に映るのは雷歌の斬艦刀と祐一の明るいオーラ。自身も指先の距離にいるそれに凄まじい連打を浴びせた。だが一向に倒れる気配を感じられないというのはどうなのだろう。
    「ほんなら、こっちや」
     気魄対気魄では分が悪いというのであれば、せめて足止めを……敵の懐に飛び込んだサイが操るのは黒死斬。続けて一哉の再びのミサイル。
    「それでもやっぱり……」
     一筋縄ではいかないか――壱は後半の言葉を飲みこんだ。さすがに今回のイフリート達は強い。まっすぐに飛ぶ魔法の矢を追いかけて、縁の風が吹く。
     だが折角の回復も束の間、敵の火焔はますます激しく前衛陣を痛めつける。ディフェンダーの恩恵があってさえ、傷が塞がる暇がない程であるのに、そうでない者の強いられた忍耐は想像を絶した。灼滅者達は深淵の細い端で地獄の業火に煽られているに等しい。
    「迦楼羅……」
     自身には霊犬の浄霊の力を、そして危機にある大輔にはオーラの癒しを――後から思えばこの時が勝負の分かれ目だったように思う。縁や壱が見る限り、後一手、回復が減っていれば前線はかなりの確率で崩壊していたに違いない。全身全霊の祈りを込めて、縁は浄化を呼ぶ風を生み、一哉は体を癒し、そして護る『夜霧』を呼んだ。
    「吹き祓えっ」
     その凛とした一声にどれだけのものが救われただろう。壱も縛霊手を一振りする。涼やかに響く鈴の音を何かの合図とするように大輔は大勢を立て直す。その武器が炎の色に染まった。そのまま敵の燃える体に叩きつければ火焔が一層大きくなる。
    「「よしっ」」
     狭霧とサイの声がぴたりと揃った。のたうつイフリートの炎の影に一瞬2人の姿が消えた。刹那仲間達に聞こえたのは2筋の空を斬る音。固い鱗も鎧でさえもものともせずに打ち砕くというその斬撃に、敵の体が大きくのけぞった。咆哮とも絶叫ともいえない叫びがほとばしる。逝ったか――皆の頭にそんな言葉が閃いたのは当然の帰結だったかもしれない。だが満身創痍でありながら、それはまだ戦いへの意思を捨ててはいない。恨みにも似たぎらつきが灼滅者達を睥睨する。
    「なるほど、これは確かに……」
     狭霧は数歩の距離を取りながら傷だらけのイフリートを見やった。これだけの攻撃を浴びせてもなお、立っていられるその体力、その気迫。敵ながら天晴とはこういう時に使う言葉だろうか。だが、なればこそ益々もって彼らを生かしておく訳にはいかない。

    ●煉獄を打ち砕け
     戦いは長くながく続いていった。灼滅者達は回復と攻撃を巧みなバランスで使いわけ、見事に戦線を保ってはいた。だが同時に決定打を欠き気味であったことも紛れもない事実。だがどんなに長い戦いも終わらないということはない。攻撃が続き、ダメージが蓄積してゆく限り――。
    「…………」
     攻撃を終えて飛びのいた大輔の目に、明々と美しい火の翼が映った。
    「フェニックスドライブ……」
     雷歌も数瞬の間呆然とそれを見上げた。今まで攻撃一辺倒だったイフリート達。ここで回復を持ち出されては……。
    「そこまで追い詰めた……ていうんやで、こういう時は」
     ならば今度こそ、その回復が追いつかぬ間に――サイの想いは瞬時に皆の共有する所となる。
    「ごめんなさい、今回だけ回復は……」
     縁の手に生まれ出るのは一振りの刃。決して定まった形を持たぬ風が作り出すそれの名は神の薙ぎ。喉元近くを掻き切られたイフリートが地団太が岬を揺るがす。だがその草地を縫って、祐一は大きく黒い影を走らせた。半瞬で夜の如くに広がったそれが紅蓮の火焔を覆い尽くす様に雷歌は息を飲んだ。だがそれも一瞬のこと、彼の拳に集まったオーラが連打の時を待っていたのだ。忠実な影、ビハインドの霊撃がそれに続く。敵は今度こそ真の死を迎えようとしつつあった。
    「…………」
     無言のうちにきりきりとサイの天星弓がしなった。解き放たれる矢は彗星、それは確かにまっすぐに長いながい光の尾を引いて――。イフリートの体がこの戦いで初めて大地を打った。ゆっくりとその死へと向かって。

     敵を1体屠ったのと仲間を1体失ったのと、どちらがどれだけ勢いをつけるものなのか、それは誰にも判らない。だが双方の攻撃がより激しさを増したことは事実である。
    「さあ……」
     今は壱の背にも紅蓮の翼。前衛陣に寄せられる焔の攻撃は一層激しくなっていた。一哉の漆黒のトラウマを負わされたイフリートから放たれる炎の奔流。時を重ねていくごとに前衛陣の傷は深くなり、各々が負った炎の数など最早誰も数えることができない。
    (「力を解放しろ、闇を解き放て……ですって」)
     狭霧は心の内にもう1人の自分の声を聴き、大輔は自身の鼓動がますます大きくなってゆくのを聞いた。縁が送ってくれる風も今は僅かな慰めになるばかり。
    『!!!』
     イフリートの咆哮が海の穏やかさを突き破る。2条の炎が長い軌跡を描いて飛んだ。大輔と狭霧が膝を折る。
    「……どうせなら、道連れだ」
     限界を悟った大輔は残ったオーラの全てをその拳に集中した。一瞬の永遠――そんな言葉を彷彿とさせる程の連打。かろうじて起き上がった狭霧の目の前で2体目のイフリートが静かに崩れ去っていく。
    「……行……け」
     大輔の微かな声に彼女はしっかりと頷いた。
    (「誰がアンタの言うコトなんざ聞くかっての。すっこんでろ『私』」)
     怪物を倒すために怪物になるなど冗談じゃな――2つのナイフがきらりと輝く。気がつけばすぐ傍に仲間達も立っている。2体目を葬るならば今のこの時……灼滅者達の心は今、ただ1つのことに集中し――。
     残る1体に関しては多くの紙幅を割く必要はない。灼滅者達が数の上での有利を得たのに加え、最後の1体はいわゆる『足止め』がじわじわとイフリートの首を絞めつつあったのである。
    「もう……いいな」
     確認するような壱の響き。回復役からスナイパーへ、転身の時である。手に集まるオーラの感触は癒しのそれとはまるで異なる波長。百も重なろうかという連打が最後のイフリートに打ち込まれると、一哉もその槍の柄を深く握った。螺旋の如き捻じりに抉られるのは炎を纏う獣の体。相性悪くかすり傷にとどまりはしても、それは敵に休む暇を与えなかった。獣の火焔が再び大きな翼を生みだそうとしたその刹那、戦艦をも断とうかという祐一の刃が唸りをあげた。
    「その焔、俺が斬るさ」
     大きく穿たれた傷口は火焔の赤と対照的に黒かった。噴き出す体液が草地を染め、断末魔の叫びが海を穢す。
    「『護り刀』、なめんじゃねえぞ!」
     もうお前には叫ぶ権利さえない――そう言いたげな雷歌の一撃にサイは緩やかな笑みを浮かべた。
    「行き……これでやれる筈や」
     狭霧に向けて放たれたのは癒しの矢。眠っていた力さえも呼び起こすというその一矢、見切られかけていた彼女の斬撃に力を与えてくれる筈だ。思いを乗せてナイフは閃く。そして痛みに振り回されているばかりの巨大な前足を叩き切り。崩れ落ちた獣に縁は静かに近づいた。その彼女を一哉は魔法の矢をもって援護する。縁の耳元を矢風が過ぎる。ゆっくりと杖を構え、振りかぶり――叩き付けられたその瞬間、甚大な魔力がイフリートの体内を駆け巡ることを灼滅者達は知っている。一哉は静かに瞑目した。この戦いの終焉に――。
    「終わったな」
     僅かにほころんだ彼の笑みに壱もそっと頷きを返した。

     長い長い戦いは終わった。さっきまで紅蓮に彩られていた岬に、本来の早春の色が戻って来ている――。

    作者:矢野梓 重傷:祀火・大輔(迦具土神・d02337) 
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年1月16日
    難度:やや難
    参加:8人
    結果:成功!
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