「サイキックアブソーバーが俺を呼ぶ! 時が、来たようだな……!」
神崎・ヤマト(中学生エクスブレイン・dn0002)が、お決まりのフレーズと共に教室へと現れた。
騒がしく響いたその声に、お、はじまったか、と灼滅者たちが視線を向けると、その注目に満足してか、ヤマトは声高らかに概要を語り始める。
「俺の全能計算域(エクスマトリックス)が導き出した絶対予測が、お前達を勝利へと導く……!」
ヤマトの長い予測説明の概要をかいつまんで言うとこうだ。
ある古い小学校の校舎で、夜、人体模型が動くという噂が広まった。怪談話を面白がった小学生達が面白おかしく立てた噂か、真実にそれを目撃してのことなのか。
真相は定かではないが、いずれ噂が噂を呼び、ちょっとおかしな形で都市伝説として現実化しようとしている。
―――人体模型との、鬼ごっことして。
「俺の指定する時間に、人体模型の居る理科室の扉を開ける。それがスタートだ。人体模型は逃げる。とにかく逃げる。お前達はそれを追いかけ、倒す。それが、この依頼の全てだ」
何だ、随分と簡単な依頼だと安堵した灼滅者達へ、ヤマトは「だが!」と目に突き刺さる程眼前近くまで人差し指を突き出し、声を上げた。
「人体模型は戦えば反撃くらいはするが、基本的に敵意がないからそこそこの所で逃げ出してしまう。一度に長い時間は戦えないから、小分けに戦うイメージで考えてくれ。加えて、人体模型は逃げる道すがら、追いつけないこちらをからかってくる。そう、まるで小学生男子の様にな」
仕方ない奴だ……と笑うヤマトは楽しそうだが、追いかける灼滅者の身になればたまったものではない。
ちなみに……と、ヤマトへ問うたその答えに、灼滅者達はさらにげんなりすることになる。
「……ん? 人体模型の速度? 50メートル5秒フラットだな」
かくして、夜の校舎で灼滅者対都市伝説の、至高の鬼ごっこが幕を開ける。
参加者 | |
---|---|
我妻・七都(全力変化球・d00973) |
葛木・一(適応概念・d01791) |
流鏑馬・アカネ(霊犬ブリーダー・d04328) |
南条・忍(パープルフリンジ・d06321) |
天王寺・司(龍装闘士ドラグレイカー・d08234) |
八木・猪子(中学生ストリートファイター・d10999) |
狗崎・誠(高校生ファイアブラッド・d12271) |
亜麻宮・花火(もみじ饅頭・d12462) |
●嵐の前の静けさ
深夜に程近い夜の小学校。何故昇降口の一角の鍵が空いていたかは定かでは無いが――そこに、8人の灼滅者が立っていた。
これから発生するイベントに連絡ツールは不可欠と、暗がりに目を凝らし、携帯電話の番号交換が行われている。
遠目に見れば、画面のバックライトに照らされる仲間達の顔はチョコっと浮き上がって見えるかもしれない――そう思い至って、八木・猪子(中学生ストリートファイター・d10999)は楽しそうに笑った。
校舎内で繰り広げられるは、都市伝説との鬼ごっこだ。今、時間はエクスブレインの予知よりやや早い。
事前準備にと昼間一度学校を訪れた灼滅者達は、その時昇降口にあった校舎見取り図を撮影済み。校内の立地事情も、ある程度把握できている。
「夜の校舎に忍び込むなんて悪いコトしてるみたいでわくわくするねー」
「……なんで新年早々、人体模型と鬼ごっこしなけりゃいけねえんだ……」
暗がりの校舎を楽しそうに見回す我妻・七都(全力変化球・d00973) に反し、天王寺・司(龍装闘士ドラグレイカー・d08234)は溜息を落とし、額の代わりに中折れ帽を押さえる。
もう一度顔を上げれば、視線の先に『理科室』と書かれた白いプレートを発見した。
「人体模型に追い回される怪談はよく聞くけど、逆なんだ」
「追われるんじゃなくて、追いかけるって新鮮だねっ」
流鏑馬・アカネ(霊犬ブリーダー・d04328)の何気ない感想には、同じ思いを猪子も抱いていた様で。
「むむ、学校の怪談はどうして人体模型なのでござろう……夜の校舎に忍者現る! とかカッコいいのに……」
南条・忍(パープルフリンジ・d06321)に至っては、頭上にもやもやと想像の雲を浮かべている。何か、瞳がきらきらしてきた。
そんな感じに和やかに会話しながら進む灼滅者達の中で、初依頼への緊張を浮かべているのは亜麻宮・花火(もみじ饅頭・d12462)。
(「初依頼だから緊張するなぁ……だけどがんばるよっ!」)
自然入る気合をぐっと握りこぶしに乗せると、花火はポケットを探った。
取り出した携帯電話の時計は、予定時刻5分前。理科室前待機、万全である。
猪子が最後の仕上げにESP『殺界形成』を敷き、一般人対応もこれにて完成。
(「害を為すというより、構って欲しい子供のようだ」)
ジャージを纏い、男性と見紛う精悍な表情を緩め、狗崎・誠(高校生ファイアブラッド・d12271)は扉の先の存在を思う。
(「鬼ごっこくらいなら……都市伝説が満足するまで付き合ってやりたいな」)
いずれ灼滅はしなければならないが、少しくらいなら……まるでやんちゃな弟を思う兄の様な心境で、誠は柔らかな微笑みを浮かべたのだが。
その穏やかな余裕は、この後、ものの見事に粉砕されることになる。
●予期せぬ邂逅
「たのもー!」
すぱーん! と小気味良い音を立て理科室の扉を開いた葛木・一(適応概念・d01791)は、その先を見てえ、と目を丸くした。
「……いない?」
扉の先に広がる理科室に、件の人体模型が影も形も見当たらなかったのだ。アカネが装着したヘッドライトの灯りで部屋を照らし、忍も懐中電灯を動かすが、人影はどこにも無い。
「何で?」
ふと、部屋の奥から吹く風を感じアカネがそちらを見遣ると、理科室の窓が1つ開いているのに気がついた。
「まさか既に逃げた?」
ここは2階。最寄の七都が窓に半身を乗り出し、階下を眺めた、その時。
「痛ッ!」
どすん。突如背に負った重さに七都が声を上げた。
まるで、子供1人くらいが予告なくおぶさった様な――過った直後ふっと背は軽くなり、身を起こしながら何事かと振り向くと。
目前に、筋肉剥き出しの顔。
「――!?」
思わずずざっと半身を引いた。突然数センチの距離に人体模型の顔は、流石に心臓に悪い。
「なっ、なっ……」
飛び跳ねた心臓に真っ白になった思考を落ち着かせながら、七都は自分の背に今何が起こったのか考える。
「天井から降って来た人体模型が、我妻の背中に着地した」
「そんくらい解る!」
冷静な誠の解説に思わず大声で突っ込みつつ、ずきずきと痛む背中にその事実を実感し、七都の怒りのボルテージがじわじわと上がって行く。
「予知とは違う感じだけど、出たね!」
一方で、ざっと身を引き左手をもみじの様に広げ突き出したのは花火だ。
「最初の一撃が肝心なんだよ!」
カッ! と放たれたのはご当地ビーム。理科室が爆煙に包まれた。
眩い閃光は確かに人体模型を捉えた。まさかの一撃K.Oか?灼滅者達は、武器を構え煙の向こうの動きを窺った。
やがて煙はけると……。
開いた窓のサッシの上にしゃがみ、ばいばーい、と左手を振る人体模型の姿。
「て、てめえこのクソガキ!」
無言無表情なのに何か馬鹿にされたのだけは解った。逃すまいと咄嗟に司が伸ばした手は空を切る。
人体模型はそのままころりと後方へ転がり、体操選手ばりの美しい空中姿勢から、中庭へ着地――
――したと同時、反動でパズル式に腹部へ収まっていた内蔵もばらばらと落下した。
「……」
わたわたと内臓を拾う人体模型の背を見守る、灼滅者達の空気は何だか重い。
「……チャンスじゃねぇ?」
「うん、そうかも。行こうか」
司とアカネが何と無く顔を合わせ頷き、昇降口へ行こうと仲間達を促した。
「でも、何で予知と違ったでござるか?」
仲間達の足音が廊下へと向かうのを耳にしながら、忍はその疑問を口にした。
エクスブレインの予知では、扉を開けた瞬間がスタートという話だった筈。しかし、扉開いた時既に、人体模型は動いていた。
それには、猪子が答える。
「考えられるとすれば昼間の事前探索かなぁ。昼間のことは予知情報にはなかったしね」
予知以外の行動は全てバベルの鎖にかかってしまう。その結果起こるのは、想定もしていなかった事態だ。
「でも、チョコっと動いた程度で済んだなら、まぁ良かったよねっ」
そう、救いは、今日の敵に関してはどうやら大きな影響も無さそうだということ。それは素直に喜んで良いことだ。
……七都の背中は犠牲になったが。
「行こうぜ! 鬼ごっことか得意だからな、現役小学生舐めんなよ?」
傍で2人の遣り取りを見届けた一が、不敵にニッと笑む。促すように駆け出す姿に、忍と猪子も、笑顔と共に駆け出した。
●迷走レース
「『体育倉庫には鍵がかかっていたが、体育館には入れる。予定の罠は入り口に設置するので、予定通り体育館に誘導してくれ』」
人体模型を追い込む予定の体育倉庫へと1人先行した誠。その連絡に応えるべく、灼滅者達は必死の追走を見せていた。
2階からの華麗なる跳躍後、昇降口から再び校舎へ入りぐるりと3階まで一周、再び昇降口前の玄関ホールへ。
人体模型は、息も乱さず縦横無尽に走り回る。
「こらー! 廊下を走るなー!!」
姿を現した人体模型へ向け、アカネの活発な声が響いた。追走班がひたすら追い続ける人体模型を、アカネ、司、七都がサーヴァントと共にホールで待ち伏せていたのだ。
「わっふがる、行くよ!」
「がる!」
特徴的な鳴き声から名付けたアカネの霊犬・わっふがるが、爆走する人体模型を足止めすべく司のライドキャリバー・フェンリルとは逆方向から走り込む。
アカネが、駆け出しと同時に放ったリングスラッシャーを『わっふがるとのフリスビー遊びみたい』なんて思ってしまうのは、戦いだというのにイマイチ緊張感に欠けるからだろう。
何しろ人体模型の動きはユニークだ。今は、挑発のつもりなのか頭部を左右に開き、右脳と左脳をパカパカやりながら走っている。
小さく舌打ちし、ぐん、と前へ飛び出したのは、司。
「馬鹿にしやがって……クソガキが!」
人体模型の足を止め戦闘に持ち込まなければ、鬼ごっこは終わらない。進路に上手く回り込み、柱の影からタイミング合わせ出した足。
しかし、その足をひょいと軽やかに飛び越え、人体模型は手をひらひら~と司へ振った。司がわなわな、と握りこぶしを震わせる。
そのままくるりと身を翻した人体模型。自分へと向かってくるピンクの髪の少女を、やはり挑発的なよくわからない動きで迎え撃った。
「逃がすかゴラァァァァァァ!!」
可愛らしい風貌で存分に『ロメオ』と呼ぶバスターライフルをぶっ放す七都は、人体模型の割とレベル低めの挑発にも完全に怒り心頭である。
ちなみにこの怒りはエフェクトでは無いのだが、彼女のナノナノ・ベイブは必死にふわふわハートでの癒しを試みている。
もっとも、仮にエフェクトだとしても、標的が人体模型のみである以上回復しなかったところでさしたる問題はなかった。
「まぁて待てーっ!」
ばたばたと遅れて響いた足音は、猪子と一、忍、そして花火だ。50メートル5秒フラットで走る模型を追って1階から3階までを激走してきただけあって、その息は幾分荒げている。
「きみが! 灼滅されるまで! 追いかけるのをやめないっ!」
荒ぶる呼吸の合間に言葉を並べ、汗だくの花火が愛用する青マフラーをばさりと背へ払った。拳へオーラを集束させ、走る勢いを拳に乗せる。
「鉄! どどーんと行けっ!!」
びし! と人体模型を指差して霊犬・鉄へと指示出す一もまた、結構怒っていた。
「こんなに走らせやがって! これでもくらえ、ずがーんっ!!!」
敢えて声に出す擬音と共に放たれたバスタービームと同時、鉄もまた六文銭を放ち、主人を援護する。
大粒の汗が飛び散っているが、子供は風邪の子とは言ったもの。怒りや追いつけない悔しさも手伝ってか、一の元気はまだまだ留まるところを知らない。発射と同時、再び飛び上がる様に駆け出し、人体模型を追う。
戦いは、何もドンパチが全てではない。
「『臓器は丸洗いできるものではありません!だから、食生活で綺麗に保ちましょう!』」
忍は、所属クラブの部室から持ち出してきた本の『おいしい物を食べて臓器を綺麗にする秘訣!』を読み人体模型の意識を引こうとした。
しかし、彼がその文面を大声で読み上げると。
――きゅっ。
人体模型は、ずぼっと1つ腹部から内臓器を取り出し、どこから取り出したか布できゅっきゅと臓器を『丸洗いできるよ』と言わんばかりに磨いて見せた。
「くっそぉぉぉおおお捕まえてやるぅぅぅううう!!」
「だぁあああああの野郎、内臓抉り出してジグソーパズルみたいにバラバラにしてやる!!」
挑発された忍以上に燃え上がる一と七都。もはや2人の怒りは自分が挑発されてるわけでなくても怒れるレベルに達したようだ。
その頃―――体育館にはトリモチシートとワイヤートラップの設置を終えた誠が1人、持参したココアを飲みながら人体模型と仲間の訪れを待っていた。
足元には捕縛用ネットも用意されているが――人体模型の恐るべきラックがそれら全ての罠を掻い潜る未来を、彼女は未だ知らない。
廊下の向こうから近付いてくる喧騒は、校内中を駆け巡り逃走追走劇を繰り広げてきた都市伝説・人体模型と灼滅者達。間もなく、此処も賑やかになる筈だ。
喧騒の終焉。その時は、意外と呆気なく訪れた。
●遊びの終わり
体育館。罠からの華麗なる回避を見せた人体模型は、ついにその足を止めた。
息を切らす7人と、落ち着いた呼吸が1人、併せて8人。灼滅者達に壁を背に半円に囲まれるように立つ人体模型は、追い込まれたためか、逃走劇を繰り広げていた先程とはどこか漂う雰囲気が違う。
『戦意は無い』エクスブレインはそう言っていたけれど、もしかして、予知外行動の影響がここにも――灼滅者達に不安が過った、その時。
ぺち、ぺち。
くるり、と身を翻し、突き出したお尻をぺちりと叩く人体模型。
最初から最後まで、彼はどうやらこのスタイルを貫くらしい。
「成る程な……これは確かに仕置きが必要か……」
「やるでござるか……拙者ももちろん加わるでござるよ!」
「んーっ、チョコチョコ小学生みたいに挑発してくれたねぇーっ」
ゴゴゴゴゴ……笑顔の誠と忍、猪子の背に炎が見える。
見事に前衛陣に齎された怒りは、今度こそエフェクト。サーヴァント達が回復へと動く中。
「百裂ペンペン! 行くよっ」
その猪子の声を合図に、囲む様に布陣した灼滅者達の一斉砲火は、人体模型をめちゃくちゃに巻き込んでいく。
或る者は挑発に対する仕返しとばかりに。或る者は鬼ごっこの勝利を噛み締めて。或る者は燃え上がる怒りそのままに。また或る者は、やんちゃ坊主を見守るような眼差しで。
誰の一撃が最後だったのかわからない。ただ一つ、確かだったのは無表情の人体模型が何と無く満足げに見えたことと、灼滅者達が楽しそうに笑っていたこと。
鬼ごっこは、これでおしまい―――生じた閃光や煙が全て消えた時、人体模型もまた、灼滅の熱の中に消えていた。
「な、なんて虚しい戦いだったんだ……」
大きな溜息と共、脱力した様に司が体育館の床へ座り込んだ。
何人かも同様に座り込むのを見て、すかさず花火が今日の労をねぎらいながら自身のご当地をアピールすべくもみじ饅頭を配り歩く。
「でも、何か楽しかったような」
わっふがるを撫でながら、アカネは振り返る。めちゃめちゃ走って、めちゃくちゃ疲れた。でも、この疲労感は決して嫌いではない。
「……まぁな」
苦笑交じりに司も呟く。視線を送れば、七都や誠、花火、猪子にも笑みが見えた。
ダークネスとの戦いの日々。しかし時折、こんな敵も居るものと。
騒がしい夜の校舎が沈黙に沈んで、灼滅者達へお帰りと促す。
「……さ!校内、ちゃんと片付けて帰らないと!」
「牛丼でも食って帰ろう……誰か一緒に行くか?」
「熱々のシャワー浴びたいなっ」
「ところで我妻……ナノナノからバッカルコーンは出るのか?」
思い思いの声響く無音の夜ももう更けたから、暖房などなく漂う冷気は容赦なく汗に濡れた灼滅者達の熱を奪う。早めに帰宅した方が良さそうだ。
遊びの終わりをちょっぴり残念に思いつつ、一と忍は帰る前にともう一度人体模型の消えた場所へと立った。
理科室の黒板に『人体模型、忍者に敗れたり!』とでも書いてから帰ろうかな、なんてぼんやり考えながら。忍は鬼ごっこの鬼のお決まりの台詞を言っていなかったと、体育館中に響く様大きく息を吸う。
灼滅者としても、鬼としても、それは勝利宣言だ。
「捕まえたっ!」
隣に立つ一は、二度と会えぬ好敵手に遊びは終わりと引導を渡してやるつもりだった。
忍のあげた勝どきの声に、思い叶ったとそっと床に触れ、ニカッと笑う。
「さ、これで遊びははおしまい。楽しかったか?」
そう言った一の表情こそが、遊びを存分に楽しんだ子供の最高の笑顔だった。
作者:萩 |
重傷:なし 死亡:なし 闇堕ち:なし |
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種類:
公開:2013年1月9日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 1/感動した 1/素敵だった 5/キャラが大事にされていた 9
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