楔を喰らう炎獣～クリムゾンの蹂躙

■リプレイ

　とある日の午後。灼滅者一行は雪を踏みしめ山を行く。
「今回の敵は、イフリートだけじゃなくて自然もね」
　福沢・チユキ（黄金の旋律・d00303）はそう述べた。
　何せ冬。そして雪山。
　彼女のスーパーGPSを活用し、地図を見ながらの進行だ。
　真っ白な雪をざくざくと踏みしめ、彼らはひたすらに進む。
　寒さと、厳しい環境にチユキはこんな事を考えた。
「もし自然をも操れるダークネスがいたのなら……考えただけで恐ろしいわね」
　全員防寒着や登山靴などを装備。さらにそれぞれ寒さ対策もしている。それでも不慣れな場所を行くには神経を使う。
　彼女の言葉に他のメンバーも思う所があったらしい。
　――ダークネス。
　今回の目的は、ダークネスの一種族、イフリートの1体を倒す事だ。
「イフリートがここまで統率の取れた動きを……首魁の力量が測れませんね」
　ぽつりと零すは寺見・嘉月（自然派高校生・d01013）。
　少なくとも今までは組織的な活動は確認されていないと言われている。
「ガイオウガ、つまりはイフリートのさらなる強大化……その企みは潰さねばなるまい」
　ヘカテー・ガルゴノータス（深更のひと・d05022）が告げた時。
「何もこんな寒いところにでなくてもいいのじゃがのう」
　先行していた紅月・瞳（戦闘狂いの白兎・d09522）が戻ってきた。彼女は箒からひょいっと降りる。
「もうじき現地じゃ。皆頑張るようにの」
　野営しやすい平地も見つけた。少し行った開けた所が、眷属鎌鼬が襲撃される予定の場所だ。
「しかし、敵の襲撃先が眷属なのはまだ幸いだった……一般人を見殺しにしてから戦え、などと言われてはたまらないからな」
　ふう、とため息を吐くヘカテー。
「まだ」幸いだった、という言い方をするあたりに彼女の思いが潜んでいる。いくら眷属とはいえ、むざむざやられる所を見すごすのはあまり気分の良いものではない。
　それでも、そうしなければ件のイフリートと戦う事すら出来ないかもしれない。エクスブレインの予知から外れるわけにはいかないと、彼女とてそのあたりは割り切れている。
　そうこうしているうちに、漸く瞳の見つけてきた野営予定地にたどり着いた。
　夜間の山中は危険。だから前日昼の内に現地近くに到着し時間まで身を潜める。テントも張った。
　火之迦具・真澄（火群之血・d04303）は周囲を見渡し、翌朝即座に戦場近くに迎えるよう目印となりそうな木々や岩などを覚えようとしている所だ。
　そして。
「嘉月、巣作りを頼む」
「わかりまし…………」
　ヘカテーの言葉に答えかけ、嘉月はちょっぴり固まった。事前の予定では、巣を張りそこに皆で入る事により消耗を抑えるのが目的だったのだが。
「どうした？」
　更に重ねて告げられ彼はちょっぴり焦った。巣作りを忘れたのは秘密である。
　とはいえテントは持ってきた。ちょっと寒かったり消耗したりするかもしれないけれど大丈夫！
　寒さに震える仲間達の中、瞳は平然とした様子。
　というのも彼女は寒冷適応しているからだったり。更に。
「さっきから何食べてるの？」
　最上川・耕平（若き昇竜・d00987）に問われて瞳が差し出した保存食は、何やらカラーリングが赤い。
「激辛保存食じゃ。食べるか？」
　身体が温まるでの、と勧められたものの、迂闊に口にして色々大変な事になってもいけない。各自ノーマルな保存食や飴などを口にし空腹を凌ぐ。
　その合間も一同は口数少な。
　仕方の無い話かもしれない。明日戦わなければならない相手はあまりに強力だと知らされているのだから。
　だがそんな皆の心を少しでも解そうとするかのように、月原・煌介（月暈の焔・d07908）が持ってきたお菓子の袋を開ける。
「甘いお菓子、みんな食べよう……」
　配りつつ、彼はこう告げる。
「平常心、っすよね」
　少しだけ、皆の緊張が緩んだ。それぞれの口に会話が戻る。
　緊張しきったままでは全力を尽くす事だって難しかったかもしれない。
　それぞれに小声で話をしたり、夜を明かすこと暫く。
　次第に遠くの空が明るくなりつつある頃、一同は戦場となる予定の場所へと向かう。
　その近辺にある木々や雪の中へと身を隠し一時間程度。
「そろそろ日の出だが……」
　ヘカテーは靴紐を結わえ直し、手袋の加減も確かめる――大丈夫。戦いの邪魔にはならない。
　その時、ざくざくと雪を踏み、灰色っぽい何かが現れた。
　４体の鎌鼬。それらがどこかへと移動を開始しようとした瞬間。
「ガァァァァァァァァァ！」
　山頂の方がやにわに明るくなり、光源が――炎を纏った獣が駆け下りてくる。
　獅子のような姿。明るく輝く鬣。ねじくれた角のようなものがはえた、決して自然には存在しえない姿。
　鎌鼬へと、それは牙を剥く。
　火の粉を散らしながら吼え猛り、鎌鼬を屠っていく。イフリートが前脚を振るうだけで、鎌鼬が断末魔をあげ、牙をむき喉元を食いちぎるだけでその命が消える。
　しかしそれに心脅かされる事なく、耕平は静かに目を閉じスレイヤーカードを胸に当てた。
「雲外蒼天、昇竜よ空へ……！」
　彼の手には雲蒸竜変と名付けられた龍砕斧が握られている。
　――戦いの準備は出来た。
「火之迦具の名にかけて……穢れし獣を禊ぐが我が定め」
　朱紅い刀を手に真澄が敵の前へと立ちはだかる。勿論彼女だけではない。
「どれほど強いか試させてもらおうかの」
　瞳が敵の前へと躍り出る。そして。
「斬り潰せ！　鬼姫！」
　彼女の手に鉄塊の如き刃が現れ、冷え切った空気を切り裂く。
　灼滅者達の姿に気付いたイフリートは威嚇するかのように吼える。
　体内から噴出させた炎を纏い敵は牙を剥いた。
　あの、鎌鼬をあっという間に惨殺していった牙を！
　がちん、と凄まじい音。仲間の前へと飛び出したチユキが、右手甲に装備された硬貨から山吹色の障壁を展開し、押し寄せる炎を止めていたのだ。
　イフリートの凄まじい力に、圧されながらも彼女は力強く笑む。
「ディフェンダーとして最後まで倒れないのが仕事よ」
　しかしながら全身が痛む。その上炎が腕を伝いチユキの身体に燃え移る。
　そんな彼女に高坂・由良（プティムーランルージュ・d01969）は慌てる事なく仲間を守護する符を放つ。符が触れると同時にチユキに移った炎も鎮火。そこに嘉月も小さな光輪を放ち、仲間を守る盾とした。
「どんな手強い敵だろうと、わたくしは、絶対に皆を支えきってみせますのっ……！」
「誰一人、落とさせはしません！」
　由良と嘉月の、メディックとしての決意を込めた言葉。
　その姿に煌介も思う所があったのだろう。
（「炎も闇も俺自身……仲間と一緒なら、怖れない」）
　由良の懸命な姿に煌介もまた決意を決める。
　妖の槍を手に敵へと接近。
「チユキ、たのむっす」
「任せて！」
　彼の声にチユキが応える。
　そして煌介が槍を回転させ、チユキもシールドを展開し突撃。
　2人の攻撃がイフリートの身を抉り、僅かに敵の巨体が浮いたところを目指し、耕平が続く。
　彼の闘気が雷となり、その拳にまとわりつく。
「昇竜の雷撃、受けてみろ！」
　敵の胴へと繰り出されるアッパーカット。たたみかけるようにヘカテーは素早く鋼糸を放ち展開。糸は敵の四肢に巻き付きその身を絡め取る。
「ぬしごときに負けてられぬのじゃよ」
　瞳が呟き、高純度に詠唱圧縮された魔法の矢を放った。
　矢はイフリートへと文字通り矢継ぎ早に降り注ぎ、そして敵の身を穿つ。
（「誰1人……欠けさせなどさせぬ」）
　真澄は己に絶対不敗の暗示をかける。
　自らの内、魂の燃え上がる感覚。それに従うように肉体も活性化する。
　負けるわけにはいかない。そんな彼女の想いを全身が告げていた。

　そんな想いを燃やしつくさんとばかりに、イフリートの炎が灼滅者達を容赦なく灼く。
　炎の奔流が仲間を飲み込み、時には炎を宿した爪や牙での強烈な攻撃が飛んでくる。
　それでも嘉月や由良は挫けることなく仲間達を癒し続けた。霊犬・アレクも共に浄霊眼を使い懸命に働いている。
　防護符の効果や、メディック達の素早い対処があっても、それでも削られる体力量は半端なものではない。回復が間に合わない時は真澄も集気法を使いそれを手伝う。
　最早炎の熱さも痛みも慢性化し感覚が麻痺する程の戦いだった。
　イフリートが吼え猛り、そして炎を纏った前脚を振るう。
　叩きつけられた一撃に煌介の身が傾ぎ、あまつさえ炎が燃え移った。
　衝撃の大きさに、視界がぼやける。彼の思考に「それ」がちらつく。
　他のメンバーを、由良を護る為ならどんな手でも構わない。
　そんな彼の考えを見透かしたかのように後衛の由良が睨んだ。
（「自分ではない『誰か』に自分を引き渡して得る勝利なんて……きっと本当の勝利じゃありませんわ……！」）
　そんな彼女の内心が、視線の厳しさからでも伝わるというもの。
「犠牲なんて……出させませんわ……！」
　由良自身も痛みを堪えながらに、もはや何枚目かもわからない防護符を煌介へと飛ばす。
「なら、やっぱり負けるわけにはいかないっすね」
　彼女を護りたい。同時に、彼女の「想い」も護らなければならない。
　真珠色の波打つ刃を更にジグザグに変形させイフリートへと斬りかかる。
　手に伝わる敵の身を切り裂く感触。それを愉悦として身を任せる事になったなら、彼は彼でなくなってしまうかもしれない。
「可能性、の炎には、感謝してる……」
　刃を更に進め深い創傷を与えて。
「……けど、眠れ」
　複雑なおもいの籠もった視線を投げる。だが苦痛に悶える……いや、そもそも知性を持ち合わせていない敵はそれには気付かない。耕平も素早く拳を叩きつける。
「一撃必殺！」
　スピード、威力共にある彼の硬拳が、ドン、と鈍い音と共に敵の外皮を貫き、チユキが己の身に降ろしたカミの力を放出。
　渦巻く風の刃がイフリートを着実に切り刻む。
　暴れ狂う敵。そこにヘカテーは鋼糸と縛霊手を器用に操り、素早く死角へと入り込む。
　回避出来ない完璧なタイミングで繰り出された一撃がやすやすと敵の背を切り裂いた。
　激痛に苛まれているらしきイフリートが吼える。恐らく敵を倒すまであと少し。
　だが灼滅者達もかなりの傷だ。
「静けき風を！」
　嘉月が声を張り上げる。
　この寒空からは想いも寄らない程、優しい風が吹き、仲間達を燃やしていた炎を消し止め傷を癒した。
　誰も倒させない。倒れさせない。そんな意志を込めて。
「猛れ！　鬼姫！」
　瞳は斬艦刀「鬼姫」を手に全力で跳躍。落下の重力も生かしつつ振るう。ごう、と風を斬る轟音を立てて振り下ろされた超弩級の攻撃が、イフリートへと叩きつけられその身を潰す。
　そして止めの一撃は――。
　真澄が接敵し抜刀。素早く繰り出した斬撃が敵を両断する。
「浅ましき　獣を縊る　修羅の剣」
　一句詠み鞘へと納めた直後、彼女の背後でイフリートは真っ二つに割れ、そして火の粉を散らしながら消滅していった。

「ふう、なんとかなったー」
　ぱたり、とその場に耕平が倒れ込む。他のメンバーも気が抜けたように座り込んでいる状態。
　戦闘で熱せられた身体を雪は優しく包んで迎えてくれた。
　が、暫くすると身体は冷えてくる。それどころか歯の音が合わないくらいがちがち言い出す。
「へっくしゅん！」
　雪に埋もれた耕平がくしゃみをしはじめ、他のメンバーもどうも頭があつくてぼんやりする状況。
「風邪かもしれませんね」
　仲間達と肩を貸しあい立ち上がった嘉月はそう述べたものの、なんだか自身の調子もおかしい。
　早く帰ろう、と一同は荷物を回収し山を下る。
　それから暫く――寒冷適応している瞳は平気だったものの、他のメンバーはちょっぴり風邪を引いた。
　流石になれない冬の山岳地帯で一晩過ごすのは完全防備といえど厳しかったらしい。
　風邪は引いたものの、イフリートは倒せた。
　ある意味でこの風邪は、名誉の負傷のようなものだったのかもしれない。

作者：高橋一希	重傷：なし 死亡：なし 闇堕ち：なし
種類： 公開：2013年1月16日 難度：やや難 参加：8人 結果：成功！
得票：格好よかった 14／感動した 0／素敵だった 2／キャラが大事にされていた 0
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