楔を喰らう炎獣～倹約家を剣と牙で切り裂いて

■リプレイ

●ネギを育てる女の最期
　廃ビルの、階段の踊り場で。
　巨大な獣と、小太りの中年女がにらみ合っていた。
　獣は体に炎を纏い、口に蒼く輝く剣を持っている。
「ごめんな。おばちゃんとこ、どーぶつ飼われへんねん。とっとと、どっか行ってまい」
　女が声をかけても、獣は下がろうとしない。
「行かんねやったら、しゃあない。
　――『台所でネギぃ育ててきた大阪のおばちゃんの人生の重み・キック！』」
　女は高く跳び上がる。相手の胴体めがけて落ち、己の全体重で踏みつける！
　だが、女の必殺技を受けてなお、獣――イフリートは微動だにしなかった。
　己の背中に乗った女を払い落し、そして、首を振る。
　ザシュッ！
　獣が咥えた剣の刃が、女の腹を一文字に切り裂いた。
「な、なんやて……？！　剣の動き、みえへんか……た……」
　その言葉を最後に女は倒れ、消えた。
　その頃。一階の一室では、八人の灼滅者が立っていた。
　その一人、五十里・香（魔弾幕の射手・d04239）が耳に手を当て、聴覚に意識を集中していた。
　闘いの音と声、そして一人が倒れる音が、香たちの耳に届く。
「……ＮＳＳ委員がやられたようだな。作戦通りに頼む」
　香が言うと、居島・和己（は逃げだした・d03358）はびしっと親指を立てる。任せておけ、と。
　七輪を用意し、ネギをあぶり出す。出てきた煙をうちわであおぎ、部屋の外へ。
「焼きネギ食う時も、ネギの尻尾はとっておくべーし」
　調理する和己に、三園・小次郎（愛のみぞ知る・d08390）が吠えるように言う。
「わかってるじゃねぇか。皆、ネギの根っこは捨てンじゃねェぞ！」
　錫崎・流（ただしもんじゃは口から出る・d01416）は真剣な表情で、熱く語りだす。
「捨てやしねぇ！　白いねぎの部分はうまく育てれば、後から緑の部分が生えてくる！　エコロジー！　生活の助けになる！　もんじゃの具にもなるかもしれないっ！」
　灼滅者がここに集まったのは、ネギパーティーのため。
　ではない。
　自分達を、先ほど倒れた女、ＮＳＳ委員の仲間に見せかけ、イフリートの注意を惹く作戦なのだ。
　残りの四人、水心子・真夜（剣の舞姫・d03711）、斉藤・歩（炎の輝光子・d08996）、乾・舞夢（煮っ転がし・d01269）、高橋・雛子（今日一日白いムカツク契約者・d03374）。
　四人は部屋の入り口付近にいた。
　イフリートが来なかった場合、部屋を出てイフリートを誘導しに行くためだ。
「ヒャッハーッ　焼きねぎっす」
「ね～ぎ♪　香ばしい～♪」
　ＮＳＳと書かれた帽子をつけた歩が常より高い声をだせば、長い髪の少女、舞夢は普段通りのあどけない声で歌いだす。
　雛子は、皆が焼いたネギを一つ摘んでいた。ぽいっと口の中へ。
「ネギは根元も美味しい……やんかー」
　ＮＳＳ委員の大阪弁を真似する雛子。
　はたして、部屋の外から足音が聞こえた。階段を此方に向かって降りてきている。
　真夜は、仲間に目で合図をしてから、
「ここで落ちあう筈だった我らが同士、ＮＳＳ委員はどこにいった！」
　外の敵に聞こえるように声を出した。
　足音は近づきつづける。
　そして――部屋の入口に、獣――イフリートが現れた。バチ、体の炎が爆ぜる。
「グルル……？」
　イフリートは金の瞳を灼滅者に向け、室内に入ってくる。口に咥えた剣の輝きが増し、室内を照らした。

●剣を咥えた獣
　歩は帽子を地面に投げ捨てる。
「よぅ。ネギの代わりに、物騒な剣なんぞ持ってどうした、カモ？」
　挑発的に言うと、駆けだした。
　彼の隣を、雛子が並走する。
「歩君、あわせっぞ！」
　雛子がかけた声に、歩は力強く頷いた。
　歩はイフリートの正面に立つ。そして、拳を突き出した。
「お前の武器が刃と爪なら、俺の武器は剣と拳だ！　受けろ、レーヴァンテイン！」
　拳がイフリートの顎に当たった瞬間、イフリートの顔が炎上した！
　雛子は蒼いオーラを纏わせた足で地面を蹴る。跳躍。イフリートの背に飛び乗った。
　雛子は縛霊手から糸を出し、獣の首に巻きつける！
　だが、
「グウオオオ！！」
　イフリートは身を震わせ、雛子を振り落とす。そして、口に咥えた剣から光を歩へ飛ばす。歩の防具と肌が、光に切り裂かれた。
　香は後方から声をかけた。
「大丈夫だ。すぐにカバーする」
　小さく、青白い光輪が歩の周りに集う。それは香のシールドリング。傷を癒し、守りを固める。
「だが、決して無理はするな。危ないと判断すれば、自己回復を挟め」
　仲間達に呼びかけながら、香は、白金貨が生み出す盾を油断なく構えた。
　小次郎は、敵の技の威力に、顔をこわばらせていた。だが、息を吸い込み、拳を握りしめる。
「きしめん……相手は強敵だ。それでも、やってやろうぜ」
　小次郎は霊犬きしめんと共に、敵の隙をついて踊りかかる。
　きしめんが斬魔刀で敵の後ろ足を切り裂いて注意をひき、小次郎は閃光百裂拳を叩きこむ。
「ガァ……ッ」
　イフリートの口から洩れる声には、苦悶の色。効いている。
　灼滅者はさらに攻め続けた。
　幾度かの攻撃を受け、イフリートは瞳に怒りを浮かべた。口に咥えた剣が輝き――爆発を引き起こす！
　爆発を受け、前列の灼滅者たちの動きが鈍る。
　舞夢は箒に腰掛けて飛び、爆発があたらない位置にいた。
　攻撃を放ったばかりの敵へ、舞夢は急接近。
「隙だらけだよ～っ！」
　とんがり帽子から出た長い髪をゆらしながら、
「どっかーん」
　杖で、イフリートの頭を激しく殴打！
　イフリートの首が、舞夢に向いた。
　和己はイフリートを見ながら、顔を青ざめさせていた。
「うう……さっきの攻撃、すごい威力だった……帰りたい～～。でも、みんなはがんばってくれーっ」
　泣きそうな声で言いながら、けれど和己の指は素早く動き、ギターから勇壮な音を紡ぎだす。
　和己の力で、流と真夜は体勢を立て直していた。
「なかなかやるようだが、このオレ、鉄板戦士ムーンモンジャーがお前の企み、止めて見せる！　覚悟しろ、イフリート！」
「そう。どんなに強い相手でも――私達は負けない」
　二振りの無敵斬艦刀を軽々と振り回しながら、ポーズを決める流。真夜は、ステップを刻むように足を動かしながら、刀を上段に構える。
「もんじゃビーム！」
「この刀で――斬る！」
　流はもんじゃへの想いを高め――体からビームを噴出させる。
　真夜は踊るように体を回転させながら、イフリートの胴へ斬撃をみまう。彼女を援護するのは中衛に陣取るライドキャリバーの機銃掃射。
　二人と一体の攻撃はすべて命中。
　流と真夜は視線を交わしあい、さらに攻撃するために動く。

●一進一退の末に
　灼滅者の中には、魔法力を防ぐための防具を用意してきたものも多かった。回復を担当する者も最善を尽くす。
　だからこそ、灼滅者は敵の猛攻に耐えきれ、そして反撃を加える事ができていた。
　だが、防御も回復も万能ではない。時間が経過するに従い、灼滅者たちは消耗していく。
　流もダメージの蓄積に、呼吸を荒くしている。
　だが流の闘志は、ほんの少しも減っていない。
「いくぜっ、鉄板ダイナミック！」
　姿勢を低くし、イフリートの体の下に潜り込む。相手を強引に持ち上げ、ジャンプ。
　天井近くまで跳び上がり、敵を投げ落す！　敵の体は床に激突！　部屋全体が震えた。
　イフリートは打撲の痛みにふらつきながら、体勢を立て直す。体を捻り、着地した流を剣で狙う。
　刃が、流の胴を切り裂いた。その傷は深い。流は地面に両膝を突き、うつ伏せに倒れた。戦闘不能になったのだ。
　イフリートは一人を倒した事で勢いに乗る。傷を増やす灼滅者。
　今もまた、真夜が、放たれた光の刃に切り裂かれた。脂汗が真夜の顔に浮かぶ。
　歩が真夜にかけよる。癒しの気を真夜に注ぎ込む。
「俺達は死なない。死なせない……！」
　イフリートに向かって宣言する歩。
「ありがとう、助かったわ！」
　真夜は一言だけ礼を言うと、再びイフリートに接近していく。
　舞うようなしぐさで相手の目を翻弄し、相手の脇腹へ魔法弾を撃ち込んだ。同時にライドキャリバーも突進。
「そんな攻撃したって……勝てっこない……もういやだ～～」
　和己は今にも泣きそうな声をあげると、敵に背中を向けた。入口に向けて走り出す。
「と見せかけてっ！」
　急停止。再び、体の向きを変えた。ガトリングガンの銃口をイフリートへ。
　そして、炎の弾丸を撃つ。撃つ。撃ちまくる！
　真夜の魔法弾、ライドキャリバーの体当たり、和己の炎、それらがもたらした痛みに、イフリートは首をそらす。
　次の瞬間、イフリートは瞳に、灼滅者への憎しみを浮かべた。姿勢を整えた全身からは、殺気が漂う。
　イフリートは、がむしゃらに攻めたててくる。剣が肌を裂き、炎が体を覆う。だが、灼滅者もやられっぱなしではない。
　一進一退の攻防が続く中――雛子は笑った。八重歯をのぞかせながら、雛子はからかうような口調で言う。
「ほらっ、わたしはこっちだぞ？」
　はたしてイフリートは雛子へ首を向けた。此方を向いた瞬間を狙い、雛子は突撃する。
　呼吸を止め、相手の体をひたすらに殴りつける。
　五発殴ったところで、仲間に呼びかけた。
「いまだ――頼む！」
　彼女の声に、
「まかせろ、畳み掛ける」
「わぁう」
　小次郎ときしめんが応えた。
　きしめんが刃をふるう。イフリートはその刃はよけるが、それは小次郎にとって予測済みの動き。
　小次郎は、回避でバランスのくずれた敵の体を、がしりと掴んだ。ご当地ダイナミックで投げつける！
「イフリート、これで終わりじゃないんだぜ。――そうだろ、乾？」
「うん！　わたしもがんばるよっ！」
　舞夢は小次郎の言葉に元気良く返事。
　投げられた敵が地面に落ちる瞬間を見計らい、舞夢は指で箒の柄をつついた。
　舞夢の影がうごめき、イフリートの体に喰らいつく！
　イフリートはもがいた。全身に傷をつくりながら、影からかろうじて抜け出す。
　香はこれまでの戦いの中で、回復に尽力していた。だが、今は、眼鏡越しに敵を見ている。その目は鋭い。
「メディックの役どころは分かっているけどな、攻撃したくなるときもある」
　青白い光輪が七つ、現れた。
「例えば、敵が大きく消耗しているときに、だ。――行くぞ、これで終わらせる！」
　光輪は香の意のままに飛び、敵の巨体に迫る。
「……ッ！？」
　イフリートは剣を振り回し、それを弾こうとするが――光輪の全てが、イフリートに突き刺さった。
「ギャアアアアァァ……」
　イフリートは横転した。床でのたうちまわり、よだれを零しながら喚き――そして、息絶えた。

●獣に勝った後に
　イフリートの体は消滅していく。
　歩は肩を上下させながら、呟く。
「……勝った、のか？」
「勝ったんだよっ！」
　舞夢が歩に答えた。そして掌を上に。歩とハイタッチ。
　小次郎は身をかがめ、
「きしめん、良く頑張った」
　きしめんの頭をそっとなでる。
　しばらくして灼滅者は廃ビルをでて、ビルの裏手に回り込んだ。
　ビルとビルの間。足元は舗装されておらず、土がむき出し。
　和己は土をほり、ネギの根っこを植えた。
「ネギの尻尾を……こうやって地面に刺して……これでよしっと」
　和己が作ったのは、ネギの根っこを育てる事を愛した、怪人のための墓。
　流は先ほどは戦闘不能になったが、深い傷は負っていなかった。今は立って、墓をみおろしている。
「……怪人とはいえ、女性がやられるのをただ待ってるってのは、辛かったな。やってることも、悪の怪人っぽくなかったしよ」
　溜息をつきながら、そう言った。
　香は顎に指を当てて、思案顔。
「ＮＳＳ委員……ネギか……ねぎまが食べたくなったな……」
　真夜と雛子は香の独り言をきいて、くすりと笑う。
「なら、どこかでご飯でも食べてから、帰る？」
「わたしも賛成だー！」
　真夜の提案に、雛子が親指を立て同意する。八人は、それぞれに勝利を喜びながら、あるいは怪人に想いをはせながら、その場を立ち去る。
　ひゅう、と風が吹く。植えられたネギが八人に手を振るかのように、小さく揺れた。

作者：雪神あゆた	重傷：なし 死亡：なし 闇堕ち：なし
種類： 公開：2013年1月16日 難度：やや難 参加：8人 結果：成功！
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