楔を喰らう炎獣～Ashes to Ashes

■リプレイ

●Encounter
　廃寺の屋根を細かな雨粒が叩いている。
　夜になれば闇だけが濃いその廃屋も、今は襲撃者が纏う炎に照らし出されている。
　招かれざる客。廃寺の主人である五体の鎌鼬は、突然の襲撃者であるイフリートに敵意をみなぎらせた。
　イフリート――楔を喰らう炎獣もまた燃えるような眼光で五体を睨み付ける。
　廃寺の中で対峙する鎌鼬の群れと炎獣。
　一触即発の状態は長く続かない。
　無礼な侵入者に向け、怒れる五体の鎌鼬が一斉に飛びかかって行く。
　しかし、残念ながら、その五体は襲撃者の実力を完全に見誤っていた。
　炎獣は最も早く接近してきた鎌鼬を、その攻撃が届く前に殴りつけ、迎撃。
　炎に包まれながら吹き飛ぶ仲間を無視して、残りの四体が炎獣の体躯に刃を走らせる。相手が単なる獣の類であれば、一瞬にして両断されるべき攻撃だ。
　だが、この強大なイフリートの前に、そんな攻撃は手傷というも愚かである。
　獲物を屠殺する歓びに、炎獣が咆哮を挙げた。幻獣種と呼ばれる雄々しき獣は、全身の炎を更に燃え上がらせる。
　思わず目を見開いた鎌鼬の群れに向け、炎獣は灼熱の炎を解き放った。
　――同時刻。
　強大な炎獣を倒すべく集結した灼滅者達は、廃寺の周囲を取り囲む草木に身を隠しながら、戦闘の成り行きを見守っていた。廃寺の正面と、背後に回る組に別れて、である。
　集まった八名のうち、正面組は全部で五名。
「下手を打てば俺達がああなるのだな」
　呟いたのは、レインコートを纏った西田・葛西（迷い足掻く者・d00434）だ。彼はシャッター付きランタンを用意しているが、そのように光源を準備した者は多かった。
　廃寺の戦闘音に耳を澄ませていた蛙石・徹太（キベルネテス・d02052）は腿にベルトで懐中電灯を固定している。
　川口・かれん（めらめらピンク・d02237）も腰にＬＥＤライトを固定して準備万全。但し、敵に気付かれないよう突入まで点灯はさせない。
「初仕事なんだよねこれ。流石にちょっと怖いな……」
　森山・楓（高校生魔法使い・d10862）も電池式ランタンを腰に提げている。彼女の纏うジャケットはバイク用の防水仕様。
「確かに相手は強敵だ。だが、冷静さを失わなければきっと倒せる」
　葛西の小声に、楓が小さく頷きを返す。
　結城・桐人（静かなる律動・d03367）は廃寺内の戦闘に耳をそばだてながら、建物の入り口を眼光鋭く睨んでいた。いつでも突入できるよう、その指は懐中電灯のスイッチにかかっている。
　――一方、廃寺の裏手に潜む三名の灼滅者は。
「この時期の雨は冷てえな」
　降りしきる小雨の中、言ったのは古関・源氏星（オリオンの輝ける足・d01905）だ。
　彼女を始めとした裏手組の三名もまた、大きな音や光を出さないようにしつつ、廃寺内の様子に耳を澄ませている。
「一方的だな……。戦いになったとさえ思えない」
　廃寺からの音に注意していた英・蓮次（デュアルブレイズ・d06922）が緊張を含んだ声で呟いた。悲鳴のような叫び声と、咆哮。聞こえていたのは、さながら肉食獣に襲われた小動物を想起させる、凄惨な物音だった。それも、もう止んでいる。
「……全滅、したようですね」
　用意したＬＥＤランタンを手に、黒縁眼鏡の奥から廃寺を見据えて楠・一郎太（高校生エクソシスト・d11903）が言う。
　緊張感を漂わせていた他の二名も、一郎太の言葉に頷きを見せた。
　廃寺が舞台だとすれば、役者が登場するタイミングは今しかない。
　緊張を笑い飛ばすように、源氏星は不敵な笑みを見せて、
「俺達の出番ってヤツだ。行こうぜ！」
　言い終えるや否、廃寺へ走り出す源氏星。
　蓮次は腰に括りつけたＬＥＤランタンに一瞬手をやり、彼女に続く。
　一郎太もまたランタンを手に、廃寺めがけ駆け出して行った。

●Fierce battle
　鎌鼬が倒された後、廃寺には、新たな王者が君臨していた。
　言うまでもなく、イフリート――楔を喰らう炎獣である。
　その威風堂々たる姿に真っ先に対面したのは、正面から入ってきた灼滅者達だった。
「したいことはあるかも、だけど……だめ、だよ……」
　炎獣にも目的があるのだろうが、放っておけば大きな被害が出る。街に出ようとする猛獣を止むなく始末する――そんな気持ちに近いのか、かれんは炎獣に話しかけたのだ。
　しかし状況が状況である。彼女も勿論、説得しようという気持ちではいない。
「西田葛西、推して参る」
　炎獣と対峙する葛西が、掛けていた伊達眼鏡を胸ポケットに仕舞い、能力を解放。
　呼応して、正面組の灼滅者達が一斉に力を解き放つ。
　強大な幻獣種を前に、冷静を装っていた桐人は内心、緊張を覚えていた。
　それはこれが初仕事である楓も同じこと。いち早く、彼女は預言者の瞳を発動させる。
　口から炎を吐きながら、今にも飛びかかろうとする炎獣。
　その時である。
「だりゃぁぁぁぁっ！」
　突如として廃寺の壁を蹴り破り、源氏星がサーヴァントの黒麒麟と共に戦場に到来。
　蓮次と一郎太も能力を解放して、炎獣の背後を取った。
　一郎太が光源として、明かりを灯したランタンをさり気なく床に置く。彼のビハインドである楠源一郎もまた姿を現し、皆と共に背後から炎獣を囲んだ。
　灼滅者達の意図していた包囲陣形がここに完成する。
　正面に攻撃を仕掛けようとしていた炎獣が、ちらと後ろを振り向いた。
「長引くほど致命的なのは見えてる、一気にやるぞ」
　炎獣を前に、徹太は「鎌鼬五体相手に手間取った」という話を聞いたのを思い出す。
　同数の鎌鼬をあっさりと撃破した炎獣。対峙しながら、徹太は思う。
「こいつをヤれれば、それだけ俺達が強ぇってことだな」
　徹太が呟いた直後、炎獣が吼え、動きを見せた。突如、背後に向けて剛腕を振るったのだ。
　攻撃の対象は、炎獣の背後で除霊結界を展開しようとしていた源氏星。
　炎を纏い、裏拳のように振るわれた一撃は、源氏星の体を軽々と吹き飛ばす。
「くっ、そ……重てェ……」
　何とか受け身を取った源氏星は、衝撃に、強がるような笑みを見せる。その間にも彼女は、除霊結界を炎獣に向け放っていた。
　間髪入れずに一郎太がリバイブメロディで源氏星を癒し、かれんのナノナノであるチビも続けて回復を掛ける。
　同時、葛西とかれんがそれぞれチェーンソー剣を構えて炎獣の懐に飛び込んで行く。
　響き鳴る二つのチェーンソー。炎獣は迎撃しようとするが、その剛腕を二人は巧みに翻弄、ズタズタラッシュで傷つける。
「……浅いな」
　炎獣の背後に着地した葛西が、斬った手応えからそう零した。
「やれ、黒麒麟……！」
　源氏星に命じられて、ライドキャリバーが機銃掃射。
　炎獣はその巨体に似つかわしくない身のこなしでその射線から抜けだしたが、
「こっちは避けられないよな！」
　機を見計らって放たれた蓮次の轟雷が炎獣を撃つ。
　そして一郎太のビハインド、楠源一郎が霊撃を放って炎獣の攻撃力に僅かに干渉。
「たとえ強大であっても……！」
　無敵でない以上は、倒せる筈。桐人が大鎌を振るって生じさせたブラックウェイブが炎獣を襲う。腕を構えて防御の態勢を見せた炎獣だが、波動に寄る力の減衰は避けられない。
「足さえ止めれば、何とか」
　ガンナイフからの射撃を炎獣に撃ち込んで、着実に援護射撃を成功させる楓。
　続いて徹太がバスターライフル――ファイナルディファイからデッドブラスターを放つ。
　しかしその一撃を、炎獣は苛立つような咆哮を挙げながら腕一本で掻き消した。
　怒れる炎獣は全身の炎を燃え上がらせ、攻撃態勢に移る。
「来るぞ！」
　葛西の言葉通り、炎の壁とも言えそうなバニシングフレアが灼滅者達の前衛を襲った。
　回避しようにも、防御の構えを取ろうとも――それはどうしようもない攻撃に見えた。
「……いっ、たー……」
「少しも弱まっていない、のか……？」
　かれんと蓮次がそれぞれの言葉を口にする。ディフェンダーの彼等でさえ、受けたダメージは痛手だ。
　バッドステータスによる炎獣の弱体化。
　灼滅者達の作戦は、そこに重点が置かれていたと言って良い。確かに、圧倒的な力を持つ炎獣を打破するのに、それは常道とも言える戦い方だった。
　しかし、敵が圧倒的な分、勝負の天秤を自分達に傾けるためには、多くの痛みと辛苦を伴う。それはさながら、暴れる獣を無理やり押さえ、仕留めることにも似ている。
　一郎太と桐人――メディックの二人が即座に傷付いた前衛を癒す中。
　幻獣種たる強大な炎獣は、自らが残した余力を証明するかのように咆哮を挙げた。

●Roaring flames
　戦いは、時間が経つにつれその激しさを増して行った。
　灼滅者達は可能な限り炎獣に攻撃を仕掛け、その力や行動を束縛。
　対する炎獣は、多少の阻害要因など物ともせずに激しい攻撃を続けた。その苛烈な炎が届く範囲は、勿論、前衛だけではない。威力の高さもあり、灼滅者の側は、一郎太と桐人というメディック二人だけでは既に回復が追いつかなくなっている。
　攻撃を取るか、回復を取るか。
　戦いは、その微妙な駆け引きが命運を左右する展開となった。
　幾度も攻撃を受け続けている炎獣が、身に宿る不具合を吹き飛ばすように怒号を放つ。
　それだけで、灼滅者達が苦労して掛けたバッドステータスの幾つかが無効化されてしまう。
「嫌がるのは効いてる証拠だぜ……！」
　尚も味方が攻撃を仕掛ける中、源氏星も何度目かになる除霊結界で炎獣を縛る。
「動かない、でっ」
　かれんが影業から影を伸ばし、それを炎獣の後ろ足に絡みつかせた。
　即座に葛西が紅蓮の気を刃に纏わせ、炎獣を斬りつける。与えたダメージの分だけ、自らの傷を癒すという葛西の紅蓮斬は、回復の負担を減らすものだ。
　しかし炎獣とて黙ってはいない。灼滅者達の連続攻撃を掻い潜りながら、的確な攻撃を繰り出す。即ち、サーヴァント持ちのかれんに渾身のレーヴァテインを繰り出したのだ。
「……やば」
　かれんが息を呑んだ瞬間。
　紅蓮の炎が人型の影を包み、炎獣は必殺の手応えを感じる。
　ところが炎獣が目にしたのは、消滅する人型の奥で尚も生存するかれんの姿。
　炎獣が手に掛けたのは、割って入った一郎太のビハインドだったのだ。
「織り込み済みです」
　勝利のため、冷徹とさえ言えるほど冷ややかに、一郎太が告げて前衛を回復する。
　その一郎太の振る舞いに、灼滅者達は乱れず自らの役割を果たすべきだと思い至る。
「被害が零とは行かない、か。だが……！」
　桐人もまたメディックとしての努めを忠実にこなし、ナノナノのチビもそれに続く。
　蓮次は炎獣が放つ炎に何度もブレイクされながら、叫び、螺穿槍で突いて行く。
　その切っ先が炎獣の皮膚を貫くと、蓮次は剛腕の反撃を避けて離脱。
　絶妙なタイミングで徹太がブレイジングバーストを放つ中、
「ボクがスナイパーとして出来ること――そこだッ！」
　楓が放った光の刃が、狙いを過たず炎獣の足を切り裂いた。
　獅子のような唸り声を挙げながらも、ぐらつく炎獣。
「ブッ飛ばせ、黒麒麟！」
　ディフェンダーとして幾多の攻撃を受けてきた黒麒麟が、エンジン音を轟かせて、炎獣に突撃を仕掛ける。
　楓の攻撃でバランスを崩した炎獣は、直撃を受けるほかなかった。
　その衝撃に、たたらを踏む炎獣。しかしその巨体を立て直すと、仕返しとばかりに黒麒麟に炎を纏った拳を見舞った。耐え切れず消滅する黒麒麟。
「ッ！　こいつ、体力底なしかよ！」
　源氏星の叫びは、灼滅者達に共通の想いでもあった。
　確かに、炎獣は数多の攻撃に満身創痍。
　だがその瞳は、未だに爛々と燃えている。いや、寧ろその戦意は高まっていた。
　圧倒的な体力と、攻撃力。灼滅者達の攻撃を受けて徐々に弱体化が進んでいるが、炎獣が地力の高さから、力で押し切ることもまだ有り得る。
　灼滅者達にとってこれは、体力はおろか精神力さえ削る激戦である。
　倒れろという気合は、倒れてくれという願望に変わる。
　灼滅者達の猛攻をしのいで、彼等の前衛を再び炎に巻き込む炎獣。
　倒し切るか、倒されるか。勝敗を分ける境界に、灼滅者達と炎獣は立っていた。
　――最悪、堕ちるしかねぇかな……。
　源氏星が口元を歪めながら、脳裏に闇堕ちという選択肢を描く。
「……このままじゃ、撤退……でも……」
　これが初仕事であること、強すぎる敵への恐怖、そして撤退を考えてしまうことへの自責――楓の心に暗い闇がぐるりと渦を巻き、
「必要ねえよ」
　短く強く、言葉を放ったのは徹太だ。
「全国に使われる程度の下っ端なんだ。こんなの相手にぶっ倒れてる暇はねェんだよ」
　彼がデッドブラスターを放ったのを切っ掛けに、葛西とかれんがまたも連携攻撃を仕掛ける。薄闇に舞う二対のチェーンソー。
「……手負いの獣、ということか」
　炎獣の挙動、迎撃してくる速度などから、葛西は敵が確実に弱っていることを知る。
「行ける、よ……」
　かれんの言葉を受け、灼滅者達が戦闘の最終局面に飛び込んで行った。
　
●Ashes to Ashes
「雨が降り、炎は消える。……奴の炎も、今宵の炎で消える運命、だ」
　桐人が虚空より無数の刃を生み出し、炎獣に向けて放った。
　一郎太とナノナノは回復に徹し、戦闘を支援する。
「そうだ、ボクはこんなところじゃ……！」
　持ち直した楓が援護射撃。
　――こんな化け物が俺の中にもいるんだな。
　戦いを通して、幻獣種という存在がどれほど強大なのか、蓮次は知った。
　それでも彼は、果敢に炎獣の懐に飛び込んでフォースブレイクを見舞う。
　炎獣の叫びが、ここに来てはっきりと悲鳴に変わった。
「尚も動こうとするその意気は買う。……だが」
　葛西が炎獣が振り回す剛腕を避けながら距離を詰め、巨体の胴に横一閃の深手を負わせる。
　灼滅者達が重ねてきたバッドステータスは、最早、炎獣の身体をどうしようもないほどに縛り、蝕んでいた。麻痺が炎獣の全身を包み、決定的な隙が生まれる。
「終わり、だよ……」
　かれんが天星弓の弦を引き絞り、放たれた矢が、炎獣の喉元をぐさと貫く。
　絶好の機会を捉えたのは、その手にオーラを収束させていた源氏星だった。
　限界を振り切るような力の集中に鼻血を流しながらも、彼女は限界までオーラを溜め、
「燃えカスになって消えちまいな！」
　正に渾身の力で放たれたオーラキャノンが、炎獣の胸を直撃する。
　スローモーションのように、巨体が仰向けに倒れ、重く音をたてた。
　光の粒子と化して消えて行く炎獣。
　静寂が辺りに戻り、小雨のぱらつく音が再び廃寺を満たし始める。
　廃寺を襲った炎獣は潰え、いまこの場に残るのは、激戦を制した八つの炎。
　それは赤々と燃え続ける、灼滅者達の生命の炎だ。

作者：飛角龍馬	重傷：なし 死亡：なし 闇堕ち：なし
種類： 公開：2013年1月16日 難度：やや難 参加：8人 結果：成功！
得票：格好よかった 16／感動した 0／素敵だった 0／キャラが大事にされていた 0
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