お母さん、ごきげんいかが?

    作者:篁みゆ

    ●忘却の望み
     お父さんは今日も出張だ。たまに出張のない休みも、接待だといって出かけてしまう。そうなるとお母さんの機嫌は急に悪くなるんだ。
    「砌(みぎり)、この間の塾のテスト、返ってきているわよね。出しなさい」
    「……はい」
     ああ、もっと早く出しておけばよかった。でもテストが返ってきた日もお父さんは出張だったし……。僕はできるだけゆっくりと自分の部屋へと戻り、そしてできるだけゆっくりとお母さんの待つリビングへと降りた。
    「テストを取ってくるだけにどれだけ時間がかかっているの!」
    「……ごめんなさい」
     そう言われるのはわかっていたけれど。この後のお説教を考えたら憂鬱になったんだ。
     そっとテストの答案用紙と、偏差値や平均点などの載った結果表を差し出す。お母さんはそれをひったくるようにして、目を通し始めた。ぴくり、その頬が引きつるのが見える。
    「……なんなの、この点数は。どうしてこんな簡単な問題も解けないの?」
    「……ごめんなさい」
     答案用紙に書かれた点数はすべて80点台だ。 ケアレスミスは多かったけど、自分では頑張ったと思っている。でもこれではお母さんは納得しない。ううん……きっと100点(かんぺき)じゃないとどんな点を取ったってダメなんだ。
    「お父さんの子なんだから、出来るはずなのよ! お父さんは頭が良くて、仕事もできて……うぅ……」
    「おかあさん……」
     お母さんはお父さんのことを話すとこうしてよく泣く。お父さんがいると、とても嬉しそうな笑顔なのに。
     バシンッ!
     心配で伸ばした手を叩かれた。今まで同じようなことが何度もあったとはいえ、やはりショックである。僕はリビングを出て階段を駆け上がった。バタンと扉を閉めてその扉に寄りかかるようにしてずるずると座り込む。真っ暗な部屋で、僕は考えた。
    「お母さんはテストの点や成績ばかり気にして怒る……忘れちゃえばいいのに」
     自分の口にした言葉に、僕はなんだか不思議な感覚を抱いた。
    「そうだよ……『忘れちゃえばいい』んだよ……お父さんのことも」
     そうすればお母さんは機嫌が悪くなることもなくなる。僕が頑張っても怒られることはなくなる。
     部屋の中は真っ暗だ。けれども僕の身体の中で何かが瞳を光らせた気がした。

    「みなさん、あけましておめでとうございます」
     丁寧に頭を下げたのは五十嵐・姫子(高校生エクスブレイン・dn0001)。彼女が新年早々呼び出しをかけるということは……殲滅者達はよくわかっている。だから彼女の言葉の続きを待った。
    「シャドウへの闇堕ちを察知しました」
     通常ならば闇堕ちしたダークネスからはすぐさま人間の意識は掻き消える。しかし今回のケースは元の人間としての意識を残したままで、ダークネスの力を持ちながらダークネスには成りきっていないのだ。
    「彼が灼滅者の素質を持つのならば、闇堕ちから救い出してください。けれども完全なダークネスになってしまうようであれば……その前に灼滅をお願いします」
     灼滅者の素質を持つものならばKOすることで闇堕ちから救い出すことができるのだ。
    「ターゲットは千葉県幕張市に住む綿貫・砌(わたぬき・みぎり)さん、小学校4年生の男の子です。彼はテストの点や成績を母親に怒られ続けていて、ある日母親のソウルボードに侵入して、母親からテストや成績の記憶を消してしまおうとします」
     そうすることで怒られなくなると思っているのだろう。砌がそんな行動に出る切欠はそれだけではない。彼の父親は出張や接待の多い人で家を空けがちだ。母親はそれに不満を抱いているらしく、父親が家に帰らなかったり帰りが遅い日は機嫌が悪い。その不機嫌の影響を一身に受けてしまうのが一人息子の砌というわけだ。
    「それに加えて彼は、父親の記憶を母親から消してしまおうと考えています。そうすれば母親の機嫌が悪くなることも、自分が当たられることもないと考えたのでしょう」
     短絡的な考え方だが、追い詰められた子供ならばあり得ることだ。
     その日も砌は夕食後に決して悪いとはいえないテストの点を母親に怒られて、自室に閉じこもった。そして深夜、父母の寝室を覗いて母親がいるか確かめてから一階のリビングへと向かう。
    「母親はリビングのテーブルに突っ伏すようにして眠ってしまっています。そこで砌さんはリビングでソウルアクセスします。皆さんが接触する丁度いいタイミングは、砌さんがソウルアクセスした直後、ソウルボード内です」
     母親は後で締めるつもりだったのだろう、リビングと続いているキッチンにある勝手口の鍵を閉めるのを忘れてしまっている。侵入するならそこからがいいだろうと姫子はいう。
    「ただし、外からでは砌さんがソウルアクセスするタイミングがわかりません。ですから、上手くタイミングを図る必要があります」
     おあつらえ向きにキッチンとリビングを隔てるのはコンロや調理台、流し台。対面型キッチンなのだ。勝手口の扉から這うようにして入れば、覗きこまない限り向こうから見られることはない。
    「砌さんの行いがどんな悲劇をもたらすのか、彼はあまりわかっていないと思います。わかっていないままソウルボードをいじってしまえば、待っているのは悲劇だけです」
     だから、と姫子は続ける。
    「皆さんの力が必要です」
     力強く、訴えた。


    参加者
    四季咲・白虎(蓐収のポルモーネ・d02942)
    藤倉・大樹(中学生シャドウハンター・d03818)
    保戸島・まぐろ(無敵艦隊・d06091)
    弓塚・紫信(煌々星の魔法使い・d10845)
    白波瀬・雅(あだ名マスター・d11197)
    アイスバーン・サマータイム(精神世界警備員・d11770)
    柾・菊乃(同胞殺しの巫女・d12039)

    ■リプレイ

    ●少年の
     勝手口の側の窓からは薄く灯りが漏れていた。恐らく母親は、出張で今日は帰ってこないとわかっていつつも父親を待っているのだろう。待ちながら眠ってしまった為にリビングには灯りが付いているようだった。
     アルベルティーヌ・ジュエキュベヴェル(ガブがぶ・d08003)とアイスバーン・サマータイム(精神世界警備員・d11770)は細く勝手口の扉を開けて、順番にすっと身体を滑りこませる。勿論、屈んだ状態でだ。
     キッチン部分は灯りがついていなかったので暗く。持って来た懐中電灯をつけて少しばかりキッチンとリビングの境目を目指して進む。懐中電灯をつけたのは動く物音がしなかったから。砌はまだ二階にいるのだろう。そっとリビング部分を覗きこむ。テーブルと椅子の足に紛れて、スリッパを履いたスラリとした脚が見えた。眠っている母親のものだ。
     と、静かな家に響いたのはトン……トン……という階段を降りるらしき足音。精一杯忍ばせているようだが、完全に音を消すことはできていなかった。アルベルティーヌとアイスバーンの二人は急いで勝手口側へと寄り、息を潜めた。
     ぺた、ぺた、ぺた。素足でフローリングを歩く寒そうな音が聞こえる。足音はリビングの入り口で一度止まる。眠る母親の姿を確認したのだろうか、すぐにぺたぺたと動き出し、そしてまた止まった。
    「……お母さん」
     絞り出したような小さな呟きが隠れている二人の元まで響いてきた。二人は身体を固くして、その時を待つ。
     ――。
     衣擦れの音が止んでから暫く経った。アルベルティーヌはそっと下の方から顔を出して状況を確認する。振り返ったアルベルティーヌが頷いたのを見て、アイスバーンは勝手口の扉を開けた。その前で待っていた6人の仲間達を招き入れる。急ぎ、砌を追ってソウルアクセスだ。

    ●精神世界で
     砌の母親のソウルボードは薄暗く、今の彼女の精神状態を表しているようだった。けれども辺りに散った写真のような映像のピースは笑顔の物が多い。男性の笑顔や優しい表情の物が特に大きく、次いで赤子や幼児の物も目立った。
    「やっぱりこっちの方が落ち着きますねー」
     現実世界ではキョドキョドしてどこか落ち着きのなかったアイスバーンが片手に『上手な説得の仕方』という本を持って伸びをする。彼女にとってはソウルボードのほうが慣れた世界なのだ。
    「すごいっすね!」
     物珍しそうにあたりを見回すのは白波瀬・雅(あだ名マスター・d11197)。初めて精神世界に入ったものだから、思わず感心の声が漏れた。
    「あちらに砌がいるわ」
     素早く周囲を見回したアルベルティーヌは仲間達に声をかける。彼女が指した方向に人影があった。薄暗い中で悲しげに佇んでいるその姿。彼に近づこうと駆け寄る灼滅者達は彼に近づくごとに周囲に散っているピースに映る砌の姿が大きくなっていくことに気がついた。そして現在砌が立っているのはテストらしいプリントと怒られて肩を竦めている砌が映ったピースの前。何故かそのピースは歪んでいる。
    「お母さんはやっぱり、僕が嫌いなのかな……」
     ポツリ、砌が零した。灼滅者達の存在には気がついていないのかただ気にしていないだけか、じっとピースを眺めたまま。
    「そんなこと無いと思うぜ」
    「……」
     声を掛けた藤倉・大樹(中学生シャドウハンター・d03818)をゆるりと振り返った砌。大樹は自分を見る砌の瞳がうつろなことな気がついた。その瞳に光を取り戻すため、続けて声をかける。
    「お母さんはお父さんの事も君の事も大好きだから、いなければ不機嫌になるし怒ったりするんだろう? どうでもいい奴の事で怒ったりするか?」
    「……」
    「きっと、お母さんは君に当たったあと後悔しているはずだ。後悔の現れ、なかったことにしたいからこれなんじゃないか?」
     大樹が指したのは先ほど砌が見つめていたピース。再び彼がそれを見つめたのを見て、四季咲・白虎(蓐収のポルモーネ・d02942)が仲間達の間からするり、前へと出た。
    「親だからって、理不尽に当たられるのは、たしかに辛いよね。でも、嫌な思い出ばかりじゃないよね? 楽しかった思い出だって、あるはずだよ」
     同年代の白虎の言葉に砌はぴくりと肩を動かした。弓塚・紫信(煌々星の魔法使い・d10845)がそっと優しく言葉を添える。
    「好きな人の記憶が消えてしまうのは、悲しいことです。忘れさせてしまうのは簡単です。けど、それは誰かを不幸にしませんか?」
     よく考えてみてください、柔らかい声。
    「忘れてしまったら、何もかもが無くなってしまうんだよ? 今のあなたの気持ちを伝えたいのならこんな方法はダメです」
    「砌さん、あなたは、辛く当たるお母さんにも手を差し伸べようとする、とても優しい子……。あなたがすべきなのは忘れさせる事なんかじゃない。あなただって、大好きなお母さんを忘れたくなどないでしょう?」
     アルベルティーヌに続いて柾・菊乃(同胞殺しの巫女・d12039)が訴えかけると砌の口の端から「お母さん……」と小さく漏れる。
    「記憶を消してしまったら、本当に居場所が無くなってしまうっすよ!」
    「あんたがやろうとしていることがどんなことかわかってるの? 身勝手な理由で記憶を操作することは悪いことよ!」
     雅に続いて保戸島・まぐろ(無敵艦隊・d06091)も訴えかける。お母さんのケアが必要な気はするけれど、今はとにかくこの子の暴走を止めなくてはならない、まぐろはじっと砌の挙動に注視している。
    「居場所がなくなる? ……悪いこと? 僕のしようとしていることは悪いこと……」
    「そうよ! 記憶がなくなれば混乱するのよ? 想像できる?」
    「それに、記憶を変えて、君の理想通りのお母さんになったとしても、それは本当に砌君のお母さんって言えるの……?」
     彼のしようとしていることは悪いことだ、そしてそれが実行されればどういう悲劇が訪れるのか、まぐろと白虎が語る。砌が他の者に意見を求めるようにチラと視線を動かしたから、大樹も思う所を伝える。
    「お母さんからお父さんの事を忘れさせてしまえば、支えを失ったお母さんは取り返しの付かないことになる。また、君にとっても取り返しの付かない事態を招くだろう」
    「えっと……綿貫くんは十分凄いですよ。だから……よく考えればどうなるか、わかると思います」
     アイスバーンはゆっくり噛み締めるように自分の思いを言葉にしていく。
    「お母さんは今、ちょっと余裕がないだけだと思います。……もう少し待ってあげれないでしょうか? その……それまでの間ならお姉ちゃんが綿貫くんの味方になってあげれます」
    「でも、お母さんは……」
     言葉を零した後、砌は唇を噛み締めるようにして。虚ろだった瞳は少しばかり光を取り戻していた。灼滅者達の声かけで、現実と向かい合っているのだろうか。その姿を見て、大樹は彼に近寄って肩に手を置いた。
    「君は男なんだから、お父さんがいない時は代わりに自分がお母さんを支えてやるってくらいの気概を持たなくてどうする?」
    「そういえば、お父さん、僕に『お母さんのことを頼むな』って言ってた……」
    「だったらこんな事をしていいのか?」
    「お母さんだって話せばわかってくれるはずよ。衝動的にあんたを怒ってしまったってこともあるだろうし」
     後でお母さんも説得してあげるから、まぐろの言葉に砌は顔を上げて。
    (「砌さんの気持ちはよくわかります」)
    「お父さんとお母さん、そして砌さん、皆さんが幸せになれる方法を考えてみませんか?」
     自分も厳しく育てられているから気持ちはわかる、紫信は自分も一緒に考えるという気持ちを乗せながら呟く。
    「みんなが幸せになれる方法なんてあるの? ――あるわけ、ない」
     突然、救いを見つけたような色をしていた砌の瞳が昏く堕ちた。眼光鋭く、口の端は釣り上がり、形相が変わっている。砌に近づいていた大樹はさっと距離をとって。
    「リバレイトソウル!」
    「Hope the Twinkle Stars」
    「海の荒波から現れた、天下無双のクロマグロ! 人呼んで『無敵艦隊』、保戸島まぐろ! ただいま参上!!」
     砌の瞳に説得の効果を感じたのは気のせいではないと信じながら、灼滅者達は解除コードを唱え上げた。

    ●浄化に
     戦闘開始と共に砌と同年代くらいの男女の手下が現れた。砌はその後ろに隠れるようにして灼滅者達の様子をうかがっている。
    「邪魔をしないでいただけませんか? あなたたちに用はないのです」
     アルベルティーヌは少年手下の死角に回りこみ、『ディヴィニティオブソウル』で素早く斬り裂く。理不尽な怒られ方をしたら確かに憎みたくもなるけれど、それでも精神世界を弄って大切な家族の絆を忘れさせるなど、絶対に許すわけにはいかない。大樹は漆黒の弾丸を作り出し、少年手下の胸へと撃ちこむ。
    「自分が誰と誰の間に生まれてきたのか再確認しなさい!」
     砌に訴えかけつつ、まぐろは己に絶対不敗の暗示をかけて力を増していく。
    「砌さん達が幸せになれる方法は、僕も一緒に考えます」
     紫信が両手に収束させたオーラを放出するのを追うようにして白虎が漆黒の弾丸を放った。手下に命中したのを確認して白虎は砌に声をかける。
    「一時的な感情に、負けないで」
     砌がぐっと瞳を閉じて唇を噛んだ。本物の砌がダークネスに抵抗しているのかもしれない。それでも押し切ったダークネスが漆黒の弾丸を雅に放った。だが予想していたほど傷が深くならなかったのは、やはり説得が効いているからだろうか?
    「仕方ないっすね……その曲がった根性、叩きなおしてやるっす!」
     チラと傷に視線をやったあと、まずは、と雅は少年手下に駆け寄り、変換させた闘気を宿した拳を突き上げる。その勢いに耐えられずに少年手下は宙を飛び、そして周囲に吸い込まれるように消え去った。
    「思い出させてあげるんです。あなた自身を心から想う母としての気持ちを。そして伝えてあげて。あなたがお母さんを心から想う気持ちを、あなた自身の言葉で」
     砌に真っ直ぐ訴えながら、菊乃は自分の魂の奥底に眠るダークネスの力を雅に注ぎ込み、傷を回復させる。アイスバーンの発したどす黒い殺気は少女手下を包み込み、アイスバーン自身には力を与える。
    「綿貫くん……もう少しだけ頑張って」
     と、言葉を投げかけて。少女手下がそれを邪魔するかのように黒い弾丸をアイスバーンへと放つ。
    (「彼自身が悪いわけではないと思います。ただ、選んだ手段があまり宜しくないですね」)
     必ず阻止するとしいう強い意志で、アルベルティーヌは少女手下に石化をもたらす呪いをかけていく。大樹の紅蓮のオーラを宿した日本刀の刃が、少女手下の身体に食い込む。合わせるようにしてマグロが超弩級の一撃を繰り出す!
    「ギガ・マグロ・ブレイカー!!」
     紫信がオーラを放つ。白虎の指輪から魔法弾が放たれる。少女手下がふらついたのを見て砌が動いた。再び漆黒の弾丸を放ち、今度は白虎を穿った。
    「今の行動はただ逃げてるだけっす! お互い本音をぶつけ合って行かないといつまでもお互い苦しむだけっすよ!」
     雅が捻りを加えた槍の一撃で少女手下の腹部をえぐった。菊乃は白虎の治療にまわり、アイスバーンが少女手下を影で包み込む。すると少女手下はその影に紛れるようにして消えていく。
    「スナイプ!」
     手下の消滅を確認したアルベルティーヌは狙い定めて砌を斬る。記憶のない自分のいえることは限られているけれど、気持ちは伝わると信じながら。
    「痛いかもしれないが我慢しろよ?」
     大樹が一度鞘に収めた日本刀を一瞬にして抜刀し、砌を切り捨てる。まぐろの放つ炎が砌を焼く。紫信のオーラが飛ぶ。
    「正当防衛だね」
     記憶の改竄による一家崩壊の悲劇を阻止したい、白虎は弾丸に思いを乗せて。
    「僕は……僕は」
     砌は頭を振りながらも弾丸を繰り出して。だがまぐろを狙ったそれは、見事に逸れた。
    「もっと自分を強く持つっす!」
     雅の超硬度の拳が飛ぶ。
    「今まで、一人きりでよく頑張りましたね。これからは、私たちが一緒に力になります。だからお願い!戻ってきてください……!」
     母が自分にしてくれたように、絶対に彼をこちら側に引き戻す――願いを込めた菊乃の手加減した攻撃。アイスバーンの影が砌を包み込み、そこにアルベルティーヌと大樹が突っ込んでいく。
    「目を覚ましなさい!」
     まぐろの強烈な一撃が、砌の意識を刈り取った。

    ●これからは
     現実世界に戻った灼滅者達はソファに寝かせた砌が目覚めるのを待っていた。しばらくして、男の子にしては長い睫毛がふる、と震えてその瞳が開かれた。最初はぼんやりとしていた彼だが、誰からともなく「おかえり」と声を掛けられると事態を把握したようで、ゆっくりと起き上がって。
    「目が覚めてよかったわ」
     母親を気にかけていたまぐろはソファの上にあったプランケットを眠る母親の肩にかけてやっていた。
    「僕は……悪い事を」
    「あなたは悪いことはしていない。だからあまり気にしすぎないでね?」
    「そうだよ、砌君は勝ったんだよ、自分に」
    「勝った……」
     アルベルティーヌと白虎の優しい言葉に、彼の表情から暗さが消えていく。
    「お帰りなさい。よく頑張ったね。あなたは、すごい子です」
     菊乃はそっと、自分なりに精一杯の愛情を込めて砌を抱きしめる。最初は身体を固くした砌だったがその温もりに安心したのか、徐々に体の力を抜いて抱きしめられるに任せて。
    「うん……」
    「あんたはダークネスに負けない強い心を忘れなかった。灼滅者の仲間として武蔵坂学園に来るのを待ってるぞ」
    「灼滅者……? 学園?」
     大樹の歓迎。砌はなんの事かわからずに不思議そうにしている。アイスバーンと雅が学園と灼滅者について簡単に説明をして。
    「綿貫くんの味方になってあげるっていうのは……本当ですよ」
     恥ずかしそうにアイスバーンは告げる。その直後に「説得恥ずかしかった」と延々と呟いてしまったものだから、ちょっとかっこ良くきまらなかった。
    「僕が一緒に考えると言ったのも本当です。いつでも待ってます」
     紫信が優しい笑顔を浮かべて手を差し出すと、砌は菊乃に抱きしめられたまま手を伸ばしてその手をとった。
    「僕、お母さんと話してみる。お父さんにも話してみる。お母さんを守りたいけど、今のままじゃどうしたら良いかわからないって」
    「それがいいと思うっす」
     灼滅者達は少年の決意に笑顔を向けて。近いうちに彼が仲間となってくれることを願うのだった。
     どうか少年も母親も、心安らかに暮らせるように。

    作者:篁みゆ 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年1月14日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 2/感動した 2/素敵だった 5/キャラが大事にされていた 11
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