楔を喰らう炎獣～闇夜の咆哮

■リプレイ

●襲撃
　敵に気取られぬよう工場跡地の外で潜伏していた灼滅者達は、緊張の色を濃くしていて。
「なんだか、警戒しているみたい？」
　不思議そうに首を傾げる皇・なのは（へっぽこ・d03947）に、風華・彼方（小学生エクソシスト・d02968）が暗くうつむく。
　日が明るい内に現場の様子を探ろうとした結果、危うく見つかりそうになったのだ。
「揃っているといっても、じっとしている保証はなかったね」
　２０時に襲撃が始まるというのがエクスブレインの予測、それよりも早い時間帯の様子は未知数に等しい。
　防寒対策は万全でも寒そうに軽く節を付ける彼方の肩を、因幡・雪之丞（バットラック・d00328）が軽く叩く。
　ワタル・ブレイド（小学生魔法使い・dn0008）に指示を仰いでいた玖珂・双葉（黒紅吸鬼・d00845）も、その横にそっと着いた。
「なんなのかは分からねーけど、放っておいていいわけないよな！」
「……まぁろくでもないことになる前に叩いておきたいよな」
　各地に散ったイフリート達が他のダークネスを襲う理由が分からないのは、今も同じ。
　と、その時。３人の間にひょいっと顔を出したワタルがローブで包むように丸くなった。
「さみぃ～、イフリートよりもさ、北海道に住んでる人達の方が凄いよなあ」
　彼方と共に寒がるワタル達に人払いを試みていた四月一日・いろはがカイロを握らせる。
　そんな光景に佐藤・司（高校生ファイアブラッド・d00597）も小さな笑みを洩らした。
「踵に力入れて転ばんようにな」
　念願の宿敵との戦いに心を弾ませながらも、年少者を危険に遭わせたくない司は、微かに緊張感を抱いていて。
　そんな懸念を吹き飛ばすが如く、海藤・俊輔（べひもす・d07111）が明るく返した。
「イフリートを灼滅して、仲間も守ってみせるぜー」
　けれど、その目は初めて足を踏み入れた北の大地に、魅入られているようにも見えて。
「どうしましたか狭霧……？　ああ、顔の傷は大丈夫、疼いてません」
　傍らに寄り添うビハインドの狭霧に、霞流・涼弥（濠濫炎舞・d04165）は紳士的な物腰しで穏やかに答える。
　疼くのは、イフリートへの憎悪。
　必ず倒す。と、狭霧へ視線を向けた涼弥の瞳に一瞬、哀愁がよぎる。
　──倒しても、あなたは蘇りはしない、と。
「ワタルの支援以外で動く人がいれば、戦闘不能者の避難を優先して欲しい」
　東雲・凪月（赤より紅き月光蝶・d00566）は、支援に集まった１８人を淡々と見回す。
　戦闘に人が多すぎると、イフリートが予想外の行動を取る恐れがあるからだ。
「こっちが４人以上倒れたら、すぐに撤退の準備に入ってねっ！」
　その時は殿を引き受けると告げるなのはに、俊輔が「その時は付き合う」と買って出る。
　天方・矜人が涼弥と共に「もう少し距離をとろう」と周囲に注意を促した、その時だった。
　工場跡地の中から破壊音と共に、業火が爆ぜたのは──！

●灼熱の巨躯
　遠くからでも感じる殺意を帯びた熱風に瞳を細めたのも一瞬、ゾンビ２体が灰と化す。
　辛うじて直撃を逃れた１体も、右半身に酷い火傷を負いながらも踵を返した時、巨躯が強く大きく地を蹴った。
　──速かった。
　その跳躍も、降り下ろした爪も、人型が……瞬時に粉塵と化した、全てが！
「なんだ……あれは！？」
「過去の比っていう、レベルじゃないぜ……！」
　イフリートと戦ったことがある者達の驚愕を帯びた声に、瞬時に空気も張り詰める。
　全身を灼熱の炎で覆った巨躯が悠々と顔を上げた瞬間、双葉が強く声をあげた。
「戦闘が終わったようだな、すぐに向かおう」
「すっごく強そう！　にはは、ちょっと楽しみ」
　双葉の合図に頷いたなのはは、心から楽しむように駆け出してゆく。
　圧倒的な破壊力と殺戮欲を前に、俊輔と司も臆することなく、むしろ嬉々と先陣を斬る風となった。
「格上なのは知ってるけど、こっちもそう簡単には倒れないし、仲間も倒させねー」
「何を企んでるかしらんが、燃やし尽くすさ」
　灼熱の巨躯を間近にした俊輔と司は一瞬、息を飲む。
　それは、余りにも巨大で力強く、神話の炎獣そのもので……。
　けれど、この瞳を爛々と輝かせる巨躯を惹き付けることが自分達の役目だと、２人は勢いを乗せて巨躯を殴打する、が。
『グオオオオオンッ！！』
　イフリートは怒りに駆られることなく激しい炎の奔流を放ち、攻め入る灼滅者達を一気に焼き払いに掛かる。
　凍てついた地面を舐め、焦し迫る猛火！
　けれど、相手が気魄系であることを計算に入れていた司は、即座に守備に転じた。
「鳴り響け、俺のハートッ！！」
　これが火種なら、今が灼滅のチャンスだともいえよう。
　かつてない程の激戦を肌で感じながら後方に着いた雪之丞も能力を開放すると、漆黒の弾丸を形成して撃ち放つ。
　身に刻まれた毒を気力で払ったイフリートも、再び業火を吐かんと口を開く。
「お前の相手は俺達だ……さあ、いくぜ」
「鬼さんこちらっと」
　先程までモノ憂いな感じだった凪月も、打って変わって好戦的になり、彼方も小柄な体格を生かして撹乱するように動き回る。
　勢い良く振われた爪撃を彼方はバックステップで避けると、すかさず強烈な威力を秘めた矢を撃ち込んだ。
「寒いけど、燃えるのは勘弁だからな」
　巨躯の狂気に満ちた瞳は火力が高い、クラッシャーの彼方と凪月に向けられている。
　横薙ぎの要領で巨大な鉄塊の如き刀を振う凪月に合わせるように、双葉も赤き逆十字の軌跡を撃ち出していく、が。
「っく、流石に強いな……！」
　──相手は各上！
　イフリートは催眠に掛かることなく、体内から噴出させた炎を凪月目掛けて叩き付ける。
　重く鈍い一撃に凪月の体が沈み、身を覆う業火が瞬く間に体力を奪った。
「盾が付与される前は、耐えることに重きを置いて挑んで下さい」
　攻撃を狭霧に任せ、涼弥は前衛全員の守りを固めることに集中していて。
　涼弥の癒しと守護の力は前線で戦う俊輔の防御を高め、遠くでも然りと感じる殺意に玄鳥・一浄も回復に徹する。
「深追いするとヤバいぜ！」
「わぉ、凄い火力だね。チリチリするよ」
　圧倒的な破壊力に雪之丞は眉を寄せ、戦況を見渡せる位置に着いたなのはは瞳を瞬いて。
　雪之丞の癒しの符が、なのはが嬉々と生み出した光輪が、凪月の守りを固める盾となり、傷を癒していく。
「ワタル、サイキックは命中精度の高いのを主力で使ってくれ」　
「りょーかい、魔法使いの神髄……見せてやるぜ」
　双葉達の指示は、実に的確だった。
　スナイパーに布陣したワタルの魔法の矢は、必中の精度でイフリートに命中する。
「どうか、ご武運を」
　強敵が相手なら、一撃でも致命傷に等しいと言えよう。
　音羽・紗和の治癒を宿した温かな光が、炎の奔流を浴びた雪之丞の傷を瞬時に癒す。
　紅月・リオンも守護を高める小光輪で彼方に癒しを施し、最も体力が低い涼弥には宗形・初心が温かな光を届けていく。
　凍結したガレキに足元をとられる者もなく、業火と剣戟は絶えず激しくぶつかり合う。

●猛炎、轟く
「お前の炎なんかに、俺の炎が掻き消されてたまっか！」
　激しい炎の奔流を縛霊手とシールドを交差させて耐え抜いた司は影を伸ばし、再び足止めを試みていて。
　治癒と守護が絶えず行き届いているのならば、己がなすべきことは、只１つ。
「俺は攻撃も回復もできっし仲間もいんだ、絶対倒れるものか！」
　イフリートの破壊力を見極めようとした司が更に攻撃を惹きつけようした、その時！
「無茶はすんなよ！」
　雪之丞の指先が腰のホルスターに触れると同時に、幾枚の符が戦場を切って飛んでくる。
　サイドスローの要領で鋭く届けられた符は疲労が蓄積していた司を癒し、早めの回復を心掛けていた漣・静佳も、重ねるように善なる者を救う光を解き放つ。
　皆が、待つ人の元へ無事に帰れますようにと祈り、願いながら──。
「後ろは、私達が守ります……」
「ありがとう、助かる！」
　絶えず届く涼弥となのはの癒しの力に背を押しされた凪月は、身を低くして一気に懐に潜り込むと、超弩級の一撃を振り降ろす。
　重く鈍い一撃に、イフリートも自らの背中を切り裂いて、炎の翼を顕現させた。
「皆さん、頑張って……！」
　全力で立ち向かう弟の背中を見守る東雲・日姫もまた、絶えず癒しを届けている１人。
　休む間もなく死角から繰り出した俊輔の斬撃で、イフリートの足元が揺らいだ瞬間を、双葉は見逃さなかった。
（「力を蓄えるために、他のダークネスを襲うねぇ……」）
　通常のイフリートの単体でさえ、苦労しているというのに、だ。
　それよりも強力な個体と刃を交えている現状に、双葉は小さく苦笑を洩らす。
「どれだけの効果があるかはしらないけど、できることをやるだけさ」
　催眠の誘発が困難ならば、確実に削る方法を試すだけ！
　双葉が撃ち出したのは、精神を損傷させる赤き逆十字の軌跡ではなく、爆炎の魔力を込めた弾丸の嵐。
　炎弾に貫かれ、身を焦す炎に、イフリートはたまらず苦悶の咆哮をあげた。
「ワタル、がんばってね」
　もしもの時は、なんとかするから。
　因幡・亜理栖が、己の魂の奥底に眠る力を、ワタルに注ぎ込んでいく。
「世の中はギブ・アンド・テイク、これ以上借りを増やす気はないぜ？」
　更にスウ・トーイの守護を受けたワタルは軽く背で礼を述べ、ガトリングガンを構えた。
　イフリートの意識を逸らすように飛び出した蓬莱・烏衣を追うように、高純度に圧縮された魔力が巨躯を貫く。
　怒り狂うイフリートの重く鋭い強撃を、俊輔は小柄な体格を生かし、間一髪かわして。
「そう簡単にあたってたまるもんか」
　対して、彼方は天星弓でイフリートの爪撃を反らせようと試みるが、力の差は明白。
　勢いを逸らすどころか、重く鈍い衝撃と骨が折れたような激痛に、片膝をついてしまう。
（「イフリートの思い通りにはさせません、絶対に」）
　涼弥が前列を護るように広げたシールドは、同時に状態異常への耐性も高めてゆく。
　最前線で癒しと守護に徹する涼弥、後列の雪之丞も傷が深い者へ即座に治癒を施してく。
「燃えるね！　血沸き肉躍るってやつだね！」
　相手が強ければ強いほど、なのはは嬉々と輝いていて。
　今は癒しに徹しているけれど、今直ぐ飛び出しそうな勢いで、激戦をみつめていた。

●反撃の狼煙
「身体は小っさいけど、舐めてもらっちゃ困るぜー」
　炎を纏った爪撃を身を逸らして避けた俊輔は、ややカッコつけながらも態勢を整えて。
　盾として倒れないように。
　けれど、攻撃がジリ貧にならないよう、積極的に敵の死角を狙っていく。
　息継ぐ間もない猛攻に疲労を濃くしながらも、イフリートは撤退する素振りを見せず。
　けれど、その動きが鈍くなったのは事実。治癒から一転、雪之丞が攻撃に転じた。
「三宝荒神の名の下、災いよ下がれ！」
　己の心深くに潜む暗き想念を、漆黒の弾に集約した雪之丞は、鋭く撃ち込んでゆく。
　毒に蝕まれたイフリートが苦悶をあげる中、灼滅者達は油断なく巨躯を取り囲んだ。
「最後まで、気を引き締めていこう！」
「攻撃もしっかり当てていこー」
　──強い。
　手負いでありながらも一瞬の隙が命取りになるのは、誰が見ても明らかで。
　なのはの癒しを背に受けながらも、凪月は念をいれて、鮮血の如き緋色のオーラを鉄塊に宿し、一気に振り回す。
　相手を翻弄する動きで狙い定めていた俊輔も、少しでも惹きつけようと、力強い技を繰り出した。
「みんな、無事に帰るぞ！」
　眼前に鎮座するは、己が宿敵とも言える存在。
　司は怒りで双眸を爛々と輝かせる巨躯を鋭く見据え、飾り気のない縛霊手を振う。
「俺は炎だけじゃねーかんな！」
　繰り出したのは炎──ではなく、激しく渦巻く風の刃。
　前衛が気魄寄りに若干偏ってると判断した司は、気魄の連携に神秘の刃をいれたのだ。
『グオオオオオンッ！！』
　疲労困憊ながらもイフリートが噴出させた激しい炎の奔流が、涼弥ら中列を飲み込む。
　焼け付く炎に咳き込みながらも治癒に専念しようとした２人を、後方の仲間が制した。
「背中は俺達に任せて、本丸に集中しろ」
　攻撃に専念するように促した万事・錠は、立ち上がる力をもたらす響きを轟かせる。
　天月・一葉は鷲宮・密と共に逃走経路になりうる位置を抑え、那賀・津比呂、小谷・リンも負傷者の保護に備えていて。
「絶対にここで食い止めましょうね！」
　後方から届く癒しと一葉の声援に応えるように、ワタルは２つ返事でトリガーを引いた。
「……死なないでくれよな」
　イフリートの動きは徐々に鈍っているものの、特にディフェンダー陣の消耗が激しい。
　回復はなのは達に委ね、双葉もワタルと共に前衛の攻撃に、神秘を積極的に織り交ぜてゆく。
「僕は大丈夫、ほかの人の回復を優先してあげて」
　バベルの鎖を瞳に集中させた彼方は爪に炎を灯したイフリートを鋭く見据える。
　振われた爪撃を横に跳躍して避けた彼方は、そのまま天星弓の弦を強く引き絞った。
「回復だけしてる訳じゃ、ないんだよっ！」
　小柄な体に見合わない剛胆さで、なのはも勢いよくハンマーを振う。
　生み出したのは小光輪ではなく、敵を喰らう影だ！
「イフリートの動きが止まりました、もう少しです」
　──なんとしても倒したい！
　踏み留まってでも倒さんと攻撃に転じた涼弥に、狭霧も霊障波で応えてみせて。
　雪之丞の心を惑わせる符を、イフリートは深手を負いながらも、辛うじて避けてみせた、
　──その刹那！
「此れで最期だ……この刃で、お前を灼滅する……！」
　絶対、勝って皆で帰ろう！
　双葉の炎弾が巨躯の上空に弾ける中、凪月は俊輔と声を掛け合いながら、一気に距離を狭めて行く。
　己に絶対不敗の暗示をかけて備えていた凪月の超弩級の一撃が、イフリートの脳天を捉え、打ち砕いた。

●静かなる予兆
「俺は強くなりたいから戦う」
　消えてゆく巨躯を、司は静かに見つめていて。
　自分の欲しい強さは破壊ではなく、守る力だということを確かめるように。
「このイフリートは１体だけじゃなくって、全国に散っているんだよね」
「観光している暇がないのも確かだねー」
　彼方は自身に刻まれた傷跡に眉を寄せ、俊輔は皆の無事を確認しようと周囲を見回す。
　倒れた者はいなかったけれど、誰もが少なからず傷を負っている。
「人を襲ってないだけ、良いのかなぁ？」
　なのはの呟きに、残った傷を癒して貰っていた雪之丞と双葉は沈黙を返すだけで。

　刺すような寒さを取り戻した跡地に残された者を包むのは、静かなる安堵。
　これから起こる激戦を予感した誰もが、遠い南の地に視線を向けたのだった。

作者：御剣鋼	重傷：なし 死亡：なし 闇堕ち：なし
種類： 公開：2013年1月16日 難度：やや難 参加：8人 結果：成功！
得票：格好よかった 12／感動した 0／素敵だった 0／キャラが大事にされていた 2
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