楔を喰らう炎獣～炎獣の陰謀を余市（北海道）で阻止！

■リプレイ

「おおお！　雪だ、雪降ってるぞ！　しかもなんかしんしんって感じじゃなくて、横向きに降ってないか！？」
　笑屋・勘九郎（一寸法師スパニエル・d00562）のはしゃぎ声の通り、道央地方は今日も雪。
　雪で染まる（そして除雪で飛行機が遅れる）新千歳空港から、300円で取れる快適な指定席を使って電車で小樽へ。そしてバスの中でトランプなんかしながら、二つの駅を経由し余市駅へ。
「みんなで北海道って、ぷち修学旅行みたいだねー」
　真純・千明（トットテルリ・d07439）が目をキラキラさせて、駅の横のお土産屋さんで売られているアップルパイに目を取られて慌てて戻す。外に出ても、ぽかぽかダウンコートに手袋にマフラーで防寒も完璧。
「何気にハイヤーって初めてだよ、ドキドキするなぁ」
　遊城・律（炎の大和魂・d03218）がどきどきしながら、余市駅前でハイヤーを拾う。二台に分乗した灼滅者達が、運上家へと言えばすぐに通じた。
「移動経費は学園に請求ですよ」
　きっちり聖江・利亜（星帳・d06760）が領収書を頼む。ちなみにこの地には土地勘があり、彼女の先導のおかげで一同迷うことはない。
「でもねー冬だから閉まってますよ。外で見るだけならタダですけど」
　そう言ってくれたハイヤーの運転手のおじさんに、「そうみたいですね、ありがとうございます」と頭を下げて。
「……観光目的なら、怪人の話を聞いてあげるのも悪くないんですけど、ね」
　運上家への被害を防ぐ。それが彼らへの弔いです。
　余市唯一現存運上家怪人。彼の他にも、イフリートの犠牲になるご当地怪人とかその他もろもろにも少しだけ思いを馳せてから、小塙・檀（テオナナカトル・d06897）はしかと顔を上げる。
　もう一台のハイヤーでは、それより先に待つ戦いに思いを馳せて。
「まさか、こんな大事な依頼に参加することになるとはな……」
　佐津・仁貴（小学生殺人鬼・d06044）がゆっくりと深呼吸し、呟くように。
　早鞍・清純（全力少年・d01135）がその様子に深く頷く。重大な任務に共に赴く仲間を、励ますように口を開き――、
「正直イフリートたんは可愛かった！　しかし胸がちょっと」
　いやいやいやいや。
「足りな……じゃない、ダークネスである以上灼滅せねばならん！」
　あ、ちゃんと本題に戻った。
「全国で暗躍するイフリートたんの尖兵、がんばって倒そうな！」
　今度はちゃんと先輩らしく、ぽんぽんと仁貴の肩を叩く。
　と、ハイヤーが止まり扉が開いたのは、その時であった。
「はい、つきましたよー」
　ちゃんと領収書を発行してくれた運転手のおじさんに礼を言って外に出れば、雲の向こうから太陽の光が覗いていた。
　雪は、幾分緩やかな降り方になっていて。
　そしてそこには運上家の建物。さらに、頭がそれとそっくりな形のご当地怪人がせっせとママさんダンプを押していた。
「余市唯一現存運上家怪人さん……」
「ナノ……」
　切なげに、マリーゴールド・スクラロース（小学生ファイアブラッド・d04680）が呟いてナノナノの菜々花を抱き締める。こそこそっとみんなで建物の影に入って、その最後の勇姿をせめて目に刻もうと瞳を凝らす。
　もちろんご当地怪人である以上、もし正面から相対しても、灼滅せざるを得ないのだけれど。
「さあ、一緒にがんばろ」
　ボーダーコリーの姿をした霊犬、タオを両手で抱えてぎゅっとして。
　檀が配ったカイロに礼を言って、灼滅者達は戦いに備えて手や体を温める。檀自身は年少の仁貴やマリーゴールド、女性である利亜を気遣い、風上に立って少しでも雪から守ろうと優しさを見せる。
　利亜が檀にありがとうと笑顔を浮かべ、そっと首に下げていた、林檎の花咲く余市の寺の祈祷を受けた御守を手に取り口づけて、懐に仕舞い込む。
「――む！？」
　突如振り向いた余市唯一現存運上家怪人に、気付かれたかと一同が思わず息を呑む。けれど彼が見たのは、そして灼滅者達の目に入ったのは、ゆっくりと歩いてくる炎のヒグマであった。
「初めての宿敵との対峙だ、気合いを入れないと！」
　律がぐっと拳を握る。隣で、利亜がいよいよですね、と頷いてから。
「ヒグマだから火熊という事でしょうか……やかましいです」
　セルフボケツッコミに思わずみんなずっこけそうになった。
「おおう！　木造建築にイフリートだなんて勘弁してくれや！　燃えちまうべさ！」
　燃える前に、というのか、慌ててご当地怪人が走り出し――！
「余市の運上家をこよなく愛し、唯一現存の誇りを胸に、余市唯一現存運上家怪人只今さん……」
　べき。
「ノォウ！」
　ぼか。ぼす。どか。ごおおおおおお。
「あーれー！」
　余市唯一運上家怪人は燃え尽きた！
「弱っ！」
　思わず誰かが言ったけれど――違う、と仁貴は唇を引き締め、首を振る。
「イフリートが、強い――」
　灼滅者達の間の空気が、一気に緊張感に引き締まる。
　けれど、退けない。
　退く気もない！
「菜々花、行くよ、可愛そうな余市唯一現存運上家怪人さんの敵討ち！」
「ナノナノ！」
　己と菜々花を鼓舞するように叫んで、マリーゴールドが飛び出す。そして彼女を守るように、清純が、利亜が、タオが。そのやや後方では千明がタオに頷き、檀が「俺に勇気を下さい」とカードに祈りを捧げてその力を開放する。最前線で仇を討つように、律が刀を抜き、仁貴が胸にスートマークを浮かべて。さらに後方を、勘九郎が固める。初めての宿敵との戦いに、心の中で渦巻く畏怖、憎悪、様々な感情が胸の中で燃え上がる。
（「一人じゃない、みんないる。怖くない、怖くない……」）　
　息を吸う。吐く。そして、仲間達に癒しの矢を放つべく弓を引く。
　建物を壊さないようにと、灼滅者達はイフリートが運上家を背にするよう位置を取る。――吐き出す闇の炎で、燃えぬように。
　轟、と焔の獣が口を開けば、一気に炎が舞い踊る。前衛の全てを巻き込む拡散した炎、なのに威力も衰えぬ。必死に灼滅者達を庇おうとするタオも、急ぎ己に癒しを向ける。
　それと由来を同じくする炎を、律は薄桜の浮かぶ刀身に伝える。燃え上がる刀は獣を穿ち、桜の如く炎が散った。
　仁貴が殺気を一気に解き放ち、己の力を高めると同時に深くイフリートを包み込む。利亜が勢いよくＷＯＫシールドの厚みを増加させて突っ込み、炎の獣の怒りを煽る。
　オーラを一気に輝かせ、清純が拳を握りしめた。腰の辺りまで一気に引き、オーラと共に連打、連打、連打。檀が毒に毒を重ねたデッドブラスターを解き放ち、少しずつでも削らんと試みる。千明が炎ごと凍らせるかのように、その体温を奪い取る。前を守る相棒へ信頼のまなざしを送れば、振り向いて尻尾を振ったタオは炎も恐れず刀を振るう。
　勘九郎が傷の深い律に素早く癒しの矢を撃てば、マリーゴールドがギターを可憐に掻き鳴らし、復活のメロディを呼び起こす。菜々花がきゅっと上体で勢いをつけて、ふわふわハートマークを飛ばして。
「みんな頑張って、天国で余市唯一現存運上家怪人さんが見守ってくれてます！」
「ナノ～！」
　……たぶん。
　見捨てるようで痛んだ律の心がそれを励みに燃え上がる。その心を映すように焔が刀身を伝う。
　焔色の桜花弁、燃えて燃えて燃え上がれ。
　踏み込んだ仁貴の、両手のナイフが閃いた。分厚き毛皮の守りを、引き裂いていく。その傷口に、炎の幻獣イフリートすら苛んでいた炎が燃え移り、燃え上がる。
　主に向かった炎を受け止めたタオに、頑張れと笑って清純がもう一発の焔の爪を受け止めた。そのまま背中に回していた戦艦刀を、引き抜くと同時に頭蓋を割るようにぶち下ろす。その傷を癒し守りを高める為、利亜が素早くシールドを清純に授けて。
「ヒグマは道民の恐怖対象で集団登校メーカーですからね」
　油断は出来ぬと頷いて。いや本当マジで怖いんだって。人里まで降りてきて部活が中止になるんだって。
　くるりと檀の手によって回転した大鎌が、すらりと死の一撃を刻む。咎人の、と銘を冠する其れが放つ一撃は、断罪。さらには千明の解き放った弾丸が、制約を強制する。ぴこんと耳を動かして、タオは己の癒しに努める。足りぬ分は、勘九郎の縛霊手への祈りと共に放たれた癒しがもたらされ、傷を消していく。
「この、お前なんて熊カレーにしてやるんだから！」
「ナ、ナノ？」
　思わず振り向いた菜々花の瞳は、好奇心と戸惑いとどっちに染まっていたのだろう。
　ともあれふんわりと舞った導眠符は、貼りつくまでとは裏腹に凶悪な威力でイフリートの意識を侵食する。菜々花のハートマークはふわんと飛んで、清純の背中に貼りついた。
「ええ、冬眠しないとカレーに入れちゃいますよ」
　今度は律へとシールドを授けながら、ささっと捌きたそうに利亜がヒグマなイフリートを見やる。燃えるように辛いのでござろうな、と、内容とは裏腹に真剣な瞳と声で頷いた律が、ご当地の力をビームに込める。
　その光と重なるように、仁貴の殺気がどす黒い闇となって炎を包む。抗うように放たれた炎を、利亜が庇いばしんと打ち落とした。二人の動きにイフリートが気を取られたところで、石化の呪いを宿した指輪に千明が祈りを捧げる。ぴょんと跳ねたタオが、鋭く刀を横に薙ぐ。
　炎を吐こうと大きく開けた口は、制約と呪いに疎外され。その口に檀が放った弾丸が飛びこみ、侵食する毒にイフリートは悶絶する。炎が弾け、雪を溶かす。
　マリーゴールドの癒しの符と菜々花のハートマークが、その間に利亜の体勢を立て直し。苦しむかのように吐かれた炎は一気に後衛へと届き、即座に勘九郎は輝かしき炎の翼で仲間達に癒しを送る。
　源を同じとする炎にして、全く反対の願いに基づく炎。
「……これ以上、誰も、何もやらせないからな！」
　その意志が、強く強く勘九郎の瞳へと宿る。
　敵の強大さよりも、仲間が斃れる方が怖くて。けれどそれは、メディックたる自分の力で阻む事が出来る。
　清純が仲間を守るべく、そして運上家を守るべく、立ち位置を変えて再びオーラを纏った拳を突き込んだ。
　それを炎を固めて相殺し、律の焔も火力を上げて押し返す。次が来る、と感じ取った利亜が、すぐさま仁貴と小さなタオへとシールドを宿した。これで、前衛全員。
　次の瞬間上がった轟炎に、さっと掲げられるいくつものシールド。炎を弾き、受け止め、勢いを殺す。即座にマリーゴールドのギターが、菜々花のハートが、勘九郎の癒しの矢が、タオの浄霊眼が戦線を建て直し、再び立ち向かう力を与える。
　どことなく利亜が楽しげに、影の刃を鋭く鋭く剃刀の如く尖らせて。
「ヒグマの毛刈り開始です！」
　バリバリと音を立てながら、炎獣の毛を……いや、守りを剥いでいく。檀がさっとガトリングガンを構え躊躇なく引き金を引く。
　ふっと近づいてきた獣の目を覗き込み、千明は影を展開しながら尋ねてみる。
「集まって、いっこになって、あそこへ向かうの？」
　吠えた言葉は、肯定か否定かただの気勢か。ただ僅かに、その唸りがツルミダケ、と聞こえた気がして。
　何があるのかはわからないが、そこに確かに『何か』は存在する。
　タオが大きく吠えて、飛んでくる炎を受け止める。必死に回復をしながら、ひたすらに耐え続ける。千明がそれを助けるように、制約の弾丸を解き放ち炎獣の動きを鈍らせた。
　生き抜くための応援歌を、力強き復活のメロディを、マリーゴールドはギターに乗せて。
「熊なら熊らしく……冬眠してるべきなんだぞ！」　
　勘九郎が大きく叫び、そのまま高らかに歌声を張り上げる。ディーヴァの喉から響くが如きメロディは、イフリートの精神を揺らし力を奪っていく。
　そして炎の獣すら燃やし尽くすが如き炎。それを刀に乗せて、一気に律は斬り込んでいく。続いて仁貴が、犠牲者の呪いの中にイフリートを放り込む。
「よし、律！　イケメンフォーメーションオメガ！」
「了解イケメンビィィィィィム！」
　清純と律が熱く熱く雪も溶かさんとイケメンフォーメーション――清純がジャンプしたその下を、ビームが一気に駆け抜ける。そのまま清純が、思いっきり戦艦斬りを決める。
　檀が素早く引き金を引き、ガトリングガンの連射を浴びせかける。吐き出された炎を利亜が厚みを増したシールドで受け止め、そのままさらに出力を上げる。
　千明の影が伸び、イフリートを飲み込んだ。知性なくともトラウマは恐怖の対象なのか、ぶんとその顔が振られる。
　勘九郎が祭壇に祈りを捧げれば、続けてマリーゴールドが防護の符を、菜々花も続けて可愛らしい癒しを。
「あのご当地怪人の仇だ……生きて帰れると思うなっ！」
　熱く叫び、熱く胸の闇をたぎらせ、仁貴が一気に距離を詰める。そのまま、殺気を強く強く解き放つ。
「歴史ある飲料会社の蒸留所ビーム」
　利亜がどこからか瓶を取り出し、反対の手に持ったサイキックソードから光刃を飛ばしつつぶん殴る。
「これは、余市唯一現存運上家怪人さんの分！」　
　オーラの閃光を纏った清純の拳が、一撃を見舞う！
「これも、寂しかった余市現存運上家怪人さんの分！」
　もう一撃が、イフリートの顔へと見事に決まる！
「これだって、どこまでが正式名称か良くわからない余市唯一現存運上家怪人さんの分！」
　ちょっと待って清純さん、段々余市唯一現存運上家怪人に追い打ちをかけている気がするんだけどな。
　――ともあれ、その一撃でイフリートは、悔しげに吠え――そして、消える。
「今回は明らかな目的があっての行動なのだろうが、こういう現場に出くわすと、ダークネスは俺達よりも、他勢力のダークネスの方を気にしているというのを実感するな……」
　仁貴が呟くが、それもむべなる事だろう。ダークネスは、灼滅者よりずっと、強い。
　今回だって、大金星なのだから。
　戦いの終わりを見届けて、檀がそっと、運上家やその周辺が壊されていないか確かめる。慎重に戦った甲斐もあって、見える範囲に損傷はなく、ほっと安堵の息を吐く。
　雪が厚すぎて土汚れは無かったけれど、それでも踏み荒らしてしまった場所を、「ちょっとキレイにして帰ろうかー」と軽く千明が掃除する。
「除雪お疲れ様です。余市唯一現存運上家怪人（マイナー）さん」
　そっと、利亜が目を閉じ手を合わせる。
「生まれ変わる時はもっと短い名前のヒーローになれますように」
　……そうか、論点はそこなのか。
「今度ゆっくり見に来るからね」
　余市唯一現存運上家怪人の勇姿を想い出し、ちょっとほろりとしながら千明も手を合わせて。タオが尻尾を振って、きゅんと鼻を鳴らす。
「せっかくだから、さっきのお土産屋さんとか……あと寄れそうなところ、観光してみよっか」
　お土産買えたらいいな、と律は笑う。運上家は冬季休業中だから、また夏に、だけど。
　今はこの勝利を噛み締めて――少しばかり、遊んで帰っても悪くはないに、違いない。

作者：旅望かなた	重傷：なし 死亡：なし 闇堕ち：なし
種類： 公開：2013年1月16日 難度：やや難 参加：8人 結果：成功！
得票：格好よかった 10／感動した 0／素敵だった 1／キャラが大事にされていた 6
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