楔を喰らう炎獣~烈火の幻獣が切り刻む

    作者:波多野志郎

    ●大分県別府市・鶴見岳
     何体ものイフリート達が、続々と鶴見岳に集結している。
     イフリート達の体毛によって、燃えるように煌々と輝く鶴見岳。

     頂上には、一体のイフリートが存在した。
     他のイフリートを圧するほどに大きく、威厳に溢れたその姿。
     イフリートの首魁は、配下の前でゆっくりと力を練り、人間の姿へと変貌する……。

     ……人の形へと転じたイフリートの首魁。
     少女のようなその姿は、居並ぶ配下の幻獣達に向かい、唸り声の如き少女の声で命じる。

    「ガイオウガノメザメハチカイ。ケダカキゲンジュウシュヨ、コノクニノクサビヲクライクダキチカラタクワエタノチ、ソノチトニクヲ、ガイオウガニササゲヨ! サスレバ、ガイオウガハゼンナルイチノゲンジュウトナリテ、ナンジラトトモニクンリンスルデアロウ !」

    「もう、小鳥遊・優雨(優しい雨・d05156)さんの話を聞いている人も多いと思うっすけど」
     湾野・翠織(小学生エクスブレイン・dn0039)はそう前置きしてから説明を開始した。
    「別府温泉のイフリート事件で新たな動きがあったっす。みんなのおかげで強力な敵の復活は防げたようなんすけどね? 敵はまた次の手を打ってきたっす」
     別府温泉の鶴見岳に出現した多数のイフリートが日本全国に散り、各地の眷属や都市伝説を標的に動き出したのだ。
     その目的は、おそらくは鶴見岳に封じられた強大な存在を呼び起こす事なのだろう――それだけではない、全国へと散ったイフリートはこれまでに現れたイフリートと比べても強力な個体ばかりだ。
    「放置は出来ないっす。どんな危険に繋がるかわからないんっすから。だからこそ、みんなにはイフリートの灼滅をお願いしたいんす」
     翠織は一枚の地図を広げると、その一点に丸をつけた。それは山の麓、幸い住宅地からは遠い森だ。
    「時間は昼間っす。イフリートはここにいる四体の鎌鼬を襲うっすよ。ま、圧倒的っす。一方的に鎌鼬を倒しちゃうっす。その直後に挑んで欲しいんすよ」
     問題はイフリートが鎌鼬達を倒す前に早く攻撃しようとすると、バベルの鎖の予知によりイフリートが襲撃目標を変更してしまう事だ。こうなってしまえばイフリートの足取りは追えなくなる――くれぐれもその事を忘れないで欲しいっす、と翠織は念を押した。
    「イフリートはイフリートのサイキックに加え、手裏剣甲のサイキックを使って来るっす。かなりの強敵っすよ。一人一人が考えて挑まないと届かない、そういう相手っす」
     イフリートに四体の鎌鼬が襲われるのは丁度伐採されて空き地になっている場所だ。足場は少し悪いが視界は通るだろう。
    「相手は強敵っす、新年早々っすけどみんな頑張ってくださいっす」
     翠織はそうペコリと頭を下げて締めくくった。


    参加者
    風雅・晶(陰陽交叉・d00066)
    リリー・スノウドロップ(ほわいとわふー・d00661)
    水月・鏡花(鏡写しの双月・d00750)
    鹿嵐・忍尽(現の闇霞・d01338)
    二階堂・冰雨(~ミゼリコルド~・d01671)
    小鳥遊・優雨(優しい雨・d05156)
    上坂・紫尾(中学生ファイアブラッド・d09734)
    玖継・彬(月喰の華・d12430)

    ■リプレイ


    「いたでござるな……」
     冷たい風が吹き降ろす山の麓。その森の中で鹿嵐・忍尽(現の闇霞・d01338)が静かに呟いた。
     その視線の先にいたのは四体のはぐれ眷属、鎌鼬だ。木々が伐採されて出来たその空き地へ、鎌鼬達を狙う一つの気配もまた、そこに迫っていた。
    「この前別府で出会ったイフリートと比べると感じるプレッシャーが違うわね」
     肉食獣の狩猟と同じだ、と水月・鏡花(鏡写しの双月・d00750)は思った。森の中を悠然と歩くイフリートの姿を目にした瞬間、鎌鼬達の動きが確かに変わる。
     狩る者と狩られる者、そこには明確な境があった。狼に似たフォルムに深紅の毛並み、水牛のように太い角を持つイフリートは悠然と鎌鼬達へと歩み寄り、鎌鼬達もその凶悪な鎌を構える。
    『オ――――ッ!』
     イフリートの周囲に炎の手裏剣が浮かび、空を走った。爆裂手裏剣が地に突き刺さった瞬間、鈍い爆発音を轟かせ爆炎を撒き散らす。
     鎌鼬達は爆炎に焼かれながらもイフリートへと襲い掛かった。その身に備わった鋭い鎌をイフリート繰り出す。勝算がある訳ではない。かと言って、逃げられる相手でもないのだ――その本能からの抵抗をイフリートは歯牙にもかけずあしらっていった。
    「弱肉強食とは言え、止められないと分かってるのは切ないのです……」
     リリー・スノウドロップ(ほわいとわふー・d00661)が唇を噛み、唸りを上げる霊犬のストレルカをなだめるようにその背を撫でた。戦いになど、なろうはずもない――もはや一方的な虐殺となった戦いは、リリーの目には痛ましい弱い者虐めに見えたのだ。
    「次から次へ、厄介事は尽きませんね。平和が一番と思いますけれど、そうも言っては居られません」
     戦いの女神に好かれているのが私達灼滅者の運命なのでしょうか? そう疑問を胸に抱きながら二階堂・冰雨(~ミゼリコルド~・d01671)は咎人の大鎌を手にする。
     イフリートの姿は生命の躍動に満ちた美しいものだった。単純に強い生命とは、それだけで美しいのだろう、玖継・彬(月喰の華・d12430)は木陰から鎌鼬達を蹂躙するイフリートの姿にそう思った。
     そして、だからこそ今からあの恐ろしい強敵と戦うのだ、という緊張を感じずにはいられなかった。
    (「あれがダークネス、イフリートか……」)
     それは上坂・紫尾(中学生ファイアブラッド・d09734)も同じだ。あのイフリートに人間の面影など残っていない――その事実が重く心へとのしかかる。
    (「僕も闇堕ちしたらああなって……」)
     空気に飲み込まれそうになったそんな二人を引き戻したのは、小鳥遊・優雨(優しい雨・d05156)の優しい声だった。
    「大丈夫ですよ」
     何が、とは敢えて優雨は語らなかった。しかし、紫尾も彬もその言葉と力強くうなずく仲間達に救われる。
    「わたくしを守ってくださいまし」
     親友の形見である右手のブレスレットに祈りを捧げ、彬は意識を研ぎ澄ました。
    『オオオオオオオオオオオオオオッ!』
     炎の牙が最後の鎌鼬を噛み砕く。イフリートが鎌鼬達を蹂躙し終えると、その身を震わせその場を後にしようとした。
     だが、そこへ立ちはだかる者がいた――風雅・晶(陰陽交叉・d00066)だ。
     右手に鎬に白い筋の通った黝い刀身の小太刀・肉喰を。
     左手に鎬に黒い筋の通った白い刀身の小太刀・魂結を。
     音もなく鞘から引き抜き、晶が言い放つ。
    「ここから帰しませんよ?」
     その言葉の意味が通じたとは思えない――だが、イフリートは自分の目の前に現れた灼滅者達に視線を滑らせるとその口からバニシングフレアの炎を吐き出し、叩き付けた。


     ゴウッ! と炎がうねりを上げる。口の端から炎をこぼしながらイフリートが低く身構えた瞬間、ボン! と炎が内側から爆ぜ氷柱がイフリートへと放たれた――優雨の妖冷弾だ。
     炎が消し飛び、艶然と笑みをもって彬が歌い上げる。そのディーヴァズメロディの響き渡る中、肉喰を逆手に握った晶が踏み込んだ。
    「――ッ!」
     鋭い裂帛の気合いと共に晶の拳がイフリートを捉える。雷の宿るその拳は鈍い打撃音と共に確かにイフリートを殴打するが――振り抜けない。
     晶は着地と同時に後方へ大きく跳び、入れ替わるように紫尾が死角へと回り込み踏み込んだ。
    「えぇと、こんにちは、今日はとても暑いね」
     刀を振り払い、紫尾の刃がイフリートの毛並みを切り裂く。舞い散る火の粉、そこへ鏡花が三日月の意匠が施された槍を振るった。
    「貫け、氷楔っ――Keil Eises!」
     ドンッ! と頭上に生み出された妖冷弾の氷柱が射出される。イフリートはその氷柱へと炎を宿す牙を振るい、文字通り噛み砕き相殺した。
     パキン! とすんだ破砕音と共に氷が零れ落ちるそこへ忍尽と霊犬の土筆袴が左右から挟むように回り込んだ。
    「如何に圧倒的な相手であろうとも、己が任務を遂行するのみ……その御命、頂く!」
     バババババ、とその指が素早く複雑な印を組んでいく。忍尽は雷を宿す拳を突き上げ、土筆袴は忍尽に合わせて斬魔刀の刃を振り上げた。
    「一緒に頑張るのです、ストレルカ」
     リリーの優しい癒しの光が、ストレルカの熱血気味の視線が仲間達の傷を癒していく。冰雨も自身の胸元を触れたその手からヒーリングライトの輝きをこぼした。
    「慌しいのは好みませんの……」
    「そうですね」
     冰雨の言葉に、優雨も静かにそう呟く。そして、言葉を続けた。
    「ですが、向こうはそうではないようです」
     ゴウッ! とイフリートの毛並みが逆立ち、炎が渦巻く。その炎が生み出す巨大な手裏剣――爆裂手裏剣が灼滅者達へと容赦なく投げ放たれた。


     ――無数の剣戟が、森の中へと響いていく。
    「オ――ッ!」
    『ガアアアアアアアアッ!!』
     晶の小太刀が、イフリートの炎が凌ぎを削る。火花が、火の粉が、散っては舞い、舞っては散っていく――その見惚れるほどの剣戟へ鏡花がその右手をかざした。
    「私の全力、見せてあげるわ。撃ち抜け、蒼雷っ! ――Blitz Urteils!」
     雷が帯電するかのように魔力を帯びたマジックミサイルがイフリートへと突き刺さっていく。イフリートはその場から大きく跳躍する――そして、自身の手裏剣に見立てるように回転、その牙を振るった。
     その牙の向かう先は、紫尾だ。紫尾は既にその身は深い傷を受けている。その致命的なスパイラルジェイドの一撃に忍尽が叫んだ。
    「土筆袴、あの御仁を御守り申し上げよ!」
     その言葉に、土筆袴は躊躇なく従った。その身を躍らせイフリートと紫尾の間へと身を踊らせ、土筆袴は深く食い千切られ地面へと転がった。
    「…………」
     その姿を忍尽は一瞥するのみだ。だが、その内面は違う――激しい怒りを燃やし、その鋭い視線をイフリートへと向けた。
    「獣、敢えてお前レベルに合わせてやろう。怒り、そして恐怖。感情を表現できないお前にも露にすることができる物だ」
     紫尾は死角へと転がり込むように回り込むと、イフリートの足を刀で切り上げる。その動きは鋭い――そのまま地面を蹴ると、高速で印を組んだ忍尽が真横からオーラキャノンを叩き付けた。
    『ガ、アアアアアアアアアアア!』
     だが、それですらイフリートは揺るがない。その脚でしっかと地面を踏み締めて立つイフリートへ冰雨がこぼし、彬が槍を構えた。
    「―――微力ですが、援護致します」
    「お願いしますわ」
     冰雨の鋭い裁きの光条がイフリートへと放たれる。同時にイフリートが炎の奔流を吐き出しそれを相殺した瞬間、彬の放った氷柱がイフリートへと突き刺さった。
     そして、そのイフリートの脚へと影の触手が絡み付いていく。優雨が影縛りを繰り出すのを見ながら、リリーが呼吸を整えた。
    (「……本当に、厳しい相手なのです」)
     ストレルカと分担しながら回復をこなしながら、リリーが唸る。一撃一撃が重いのはもちろん、複数を巻き込む一撃も並ではないのだ。
     高い攻撃力、耐久力、単純に強いというのは厄介だ。しかし、リリーと冰雨がうまくメディックとして回復を担当する事により、他の者が攻撃に専念出来たという点は大きい。
    (「こんなに歌ったのはいつ以来でしょうか?」)
     彬が笑みをこぼす。灼滅の為なら例え声枯れても構わず歌い上げよう――彬は威風堂々と歌声を紡ぎながら思った。
     イフリートとの激闘は続く。一歩間違えばそれだけで押し切られる一進一退の攻防――その拮抗した戦況を大きく動かしたのは、優雨だった。
    『ガアアアアアアアアアアアア!!』
     イフリートがその牙へ炎を宿し、駆ける。そのレーヴァテインの一撃を前に優雨が深呼吸を一つ、Brionacを構えた。
    「――ッ!」
     ギュオン! と優雨の足元から伸びた影がイフリートの顔へ絡みつく。影縛りによる相殺――己に届く寸前で影に絡め取られたイフリートの顔面へ優雨はBrionacを叩きつけた。
    「今です!」
    「ええ!」
     遅れてやって来た衝撃が、イフリートをのけぞらせる――優雨の声に鏡花が迸る魔力を雷のように帯びたマジックミサイルをイフリートへと撃ち込んだ。イフリートが地面を蹴る、そこへ右手のブレスレットに口付けた彬が歌い上げる。
    「あなたを倒させて、いただきます」
     その神秘的な歌声に、イフリートの動きが鈍った。ブンブン、と頭を振るうイフリートへ印を組み、鋭いその視線を向けて忍尽が言い放つ。
    「さぁ、覚悟はいいでござるか?」
     忍尽が渾身の力で振り上げた抗雷撃がイフリートの顎を捉え、振り抜かれた。ガキン! と火花を散らしてのけぞったイフリートへ大きく跳躍した紫尾が吐き捨てる。
    「俺の半身を傷付けた罪、怒りを用いて教えてやる。そして、恐怖に脅えろ――」
     肩に背負うように構えた刀を紫尾は裂帛の気合と共に振り下ろした。
    「――ッ!!」
     ザン! と雲耀剣の鋭い大上段の斬撃がイフリートを深々と切り裂く。そして、着地したと同時に紫尾は大きく横へと跳んだ。
     入れ替わり跳び込んで来たのはストレルカだ。その斬魔刀がイフリートの右前脚を切り裂き、そこへリリーがマテリアルロッドを振り上げる。
    「どっかーん、です」
     ドン! と一条の電光がイフリートを貫いた。一歩、二歩、とあの強大だったイフリートがよろける――そこへ冰雨がその右手をかざす。
    「光よ!」
     裁きの光がイフリートを打った。イフリートはそのまま地面を蹴って後方へ跳ぶと試みるが、それより半瞬早く晶が踏み込んでいた。
    「終わりだ――!」
     繰り出される肉喰の横一閃――その斬撃が大きくイフリートを切り刻むと、ゆっくりとその巨体が地面へと倒れ伏していった。


    「やった、でござるな」
     噛み締めるように忍尽がそうこぼせば、仲間達も緊張を解いた。戦闘の熱気は瞬く間に消えていく――白い吐息をこぼしながら鏡花が言う。
    「皆、怪我は……していない訳ないわね。あれほどの相手だったのだし」
     その鏡花の言葉に、全員が笑みをこぼした。一人一人が己の役目を果たし、全力を尽くしたからこその結果だ。それでも、一手及ばなければ倒されていたのはこちら側だっただろう――その自覚が、誰にもあった。
    「土筆袴には助けられたな、全員無事なのだから」
     自身も盾になったからこそ、晶はあの霊犬の勇敢な行動を心から賞賛し、忍尽も静かにうなずく。
    「数多くの都市伝説や眷属、ダークネスが倒され、どれだけのサイキックエナジーが解放されたのでしょうね」
     ……復活に足りるほどでは無いといいのですが、とこぼす優雨にリリーも小首を傾げた。
    「エナジーを集めるのを防止できたのは幸いなのです? これ程のを必要とする本体はどれだけ強大なのでしょうか……?」
     その疑問への答えを持つ者はいない。だが、一つだけ言える事はこうして確かな勝利が一つ得られた、その事だけだ。
     山から冷たい風が吹き抜けていく――その風の冷たさに背を押されるように、灼滅者達は一つの勝利を胸に帰還を果たした。

    作者:波多野志郎 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年1月16日
    難度:やや難
    参加:8人
    結果:成功!
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