楔を喰らう炎獣～女喰らいを食む羊

■リプレイ

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　京都府宇治市、塔の島。
　宇治川に楚々と浮かぶこの小島を挟むように、観光客で賑わう平等院と茶屋通り、しなびた時止りの1000年宇治神社が配されている。
　観光客の通り道……だけではなく、春先には島中に見事な桜が咲き誇り、この島自体も立派な観光地。
　今は冬で時刻もはやいこともあり、人の声は殆どすることなか……。
「徹夜明けやけど、よぉ集まった！　あんたらの気概が伝わってくるわ～」
　金色に輝く前髪で片眼を隠した男のはんなり京都弁が響き渡る。
「参拝客のコ、入れ食いやしなぁ」
「俺、着付けばっちりやし！　みんな呼んでやぁ」
　周りに集まったのも同類項、どことなくキラキラしてるのは新年明けたからではなくてホストという、女を釣る生業の方達だからだろう。
　ひとしきり楽しんだ後で淫魔に献上、着付けばっちりという事は着物姿の女性達がざらりと召し上げられる訳か。
　そんな気合が入ってるんだか脳天気なんだかわからない会合を、大きな桜の影に潜み見つめているのは８人の灼滅者と２匹の霊犬である。
　桜の木のふり、きりっ。
　ゆるり編んだ三つ編みを胸にたらした茂木・筑波（中学生神薙使い・d04159）は、葉っぱがちょろっとついた枝を左右の手で掲げじっと待機。
　目がマジだ。
　真っ黒濡れ耳霊犬の源さんは主を見上げ、すぐまたホストへ視線を戻す。
　ところで、筑波は木の真後ろで隠れているので木の振りとか意味ないし、腕がだるいだけではなかろうか？　つっこんだ方がいいのかしらと悩むのは、サリィ・ラッシュ（ブルホーン・d04053）。
　……そんなことを考えてると格上相手という緊張感が解けてくる、不思議。くすりと笑い隣にしゃがむと「銀杏」と金糸揺らす。
　すりっ。
　黒条・灯音（高校生殺人鬼・d08722）は寒空で冷える手の甲に触れる柔らかさに相好を崩した。
「いいこ」
　頭を撫で撫で、応えるようにパタパタ揺れる尻尾に灯音は瞳を細め須臾を梳るように更に撫でた。
「早く帰ってご飯にしようね」
　北海道に飛んだ恋人共々、無事帰ると心新たに誓う。
（背後が取れればいいのだが）
　炎羊にもホスト達にも気取られてはならない、だから炎羊が来る方角に潜む事は出来なかった。そういう意味では、打って出るタイミングが重要かもしれないと、アウレール・フィードラー（Arcadiaholic・d01927）はチョーカーをなぞり瞳を細める。
「みんな、人目のない場所は頭入ってるかぁ？」
「うーい」
　やる気のない返事だが掲げられた拳はヤル気に満ち満ちているぞ！

　――その掲げられた拳が、焦げた。
　橋を壊す勢いで塔の島に突入してきた巨大な羊の吐いた炎により、もれなく焦げた――。

「？！　どないなっとんの」
「いややぁ、死にとーないー」
　圧倒的な力。
　そんな阿鼻叫喚を前に神妙な顔つきの小学生女子・響・澪（小学生魔法使い・d00501）は、腕を組み桜に凭れる。
「リア充嫌いな人には、喜ばれる絵だよねぇ……」
　しみじみと頷く面差しは茶化すような台詞と不似合いな真剣。澪は攻めに移るタイミングをじっと伺っている。
　初手で不意打ち、そうでなくても先手は取りたい……できれば背後から。そうでなくても格上相手の正面対決には不安が胸に満ちているわけで。
　灼滅者達の目の前では、角で突き上げられて追撃お手玉で命を手放すホストが一人地面に投げ出される。
「イフリートたちが何を企んでるのかは分からねえが、奴らの思い通りにはさせたくねえ」
「然様でございますね。武蔵野学園ある限り、ダークネスの好きにはさせません」
　奥歯を噛みしめる村雨・嘉市（村時雨・d03146）と、丁重なる淑女神楽・慧瑠（戦迅の藍晶石・d02616）の眼差しは真っ直ぐに、果てていく彼らへと注がれる。
　救える命、救えぬ命……現時点では選別せねばならない。臍をかもうが苦さ飲まされようが、それが武蔵坂学園の立ち位置。ここに居る面々はそんな理不尽は飲み干しきった者達だ。
　ひらり。
　様々な思惑が巡る前で、最後のホストが焔にまかれ錐もみしながら宙を舞う。
「……」
　刹那、眼鏡の奥、青柳・百合亞（電波妖精・d02507）の瞳が炎羊がこちらを背にするのを、捕らえた。
　ひらり。
　百合亞の艶やかな袖が翻る、ほぼ同時にじっとタイミングを計っていた灼滅者達は力を招き葉もなき桜から爆ぜ出た。

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「京都まではるばるご苦労なこったが」
　嘉市の腕に縛られた霊が破砕音と共に解放された。
「メ？」
　紅蓮をかすられた羊は、霊の放つ燐光糸が歯がゆいと身を揺すり落とす。
「てめえらの企みはここで止めさせてもらうぜ」
　一度で効く程に甘いお話じゃないのは理解している。
「全力で――」
　お相手させて頂きます、と口元で呟き、憧憬絡ませた眼差しで追う嘉市に続いて、袴にブーツに肩切り髪の大正娘が影を伸ばし羊を縛りに掛かるが……やはり難しい、か。
　苦笑する百合亞とほぼ同時に動いたのは、怖れに飲まれそうな下町育ちのメリケン娘。
「前座は終わり、さぁ、本番はこれからだ！」
　闊達なる歌声にて舞台は開くのだ。そしたらもう演るしかない。
　歌詞カードに記したコード進行は揺らがぬ心たれとの御守り。だから謳えばいい、いつも通りに。
「なァ」
　歌声に踵を１回ならすと、アウレールは不敵な笑い……の気配だけを残し、その身は既に最前線へと踏み出していた。
「遊ぼうぜ！」
　髪と同じ眩い雷光を纏わせて、アウレールは煌々と燃えさかる炎にも躊躇わずに拳を押し込んだ。
「メッ、メメェ！」
　パジ！　ジジッ！！
　かゆい、とでも言いたげに口の部分がさくりと割れて弧を描いた。
「参ります」
　続けて攻撃を畳みかけようとした慧瑠だが、それは炎羊の雄叫びで遮られた。
「メメメメェェェェェ！」
　空へ空へと昇る炎の渦、上を向けば紅橙しか映らぬほどに膨れた、刹那。
　ドン。
「……ッ」
「うくぅ」
　中衛へ落下、爆ぜる。
「さすが……今までとは威圧感が違うように感じます」
　開いた扇子で躰を庇うようにしていた慧瑠は「サリィ様？」と直撃の隣を気遣った。
「負けるわけには参りません！」
　仲間の「大丈夫だ」の笑顔、ならばわたくしも笑って参りましょうかと、慧瑠は片手で扇子を閉じた。
　くるり、くる。
　そうして嘉市の糸を補強するように、威力よりも戒めを狙い練った糸は羊の巨体へまわされる。
「ちょっと本気でいくよ！」
　あどけない声の澪だが非常に怜悧に戦況を分析している――それは灼滅者としての経験か武術に触れ育ったからか。
　……決死とはいえ、攻め手の自分が落ちるようなことはあってはならぬ。であれば初手は、此。
　サイドポニーを揺らし駆ける華奢な腕が渾身の力で取り回す槍の先、雷光が蓄えられる。臨界まで達した所で獣の腹に、刺した。
「須臾、お願いね」
「わうっ」
　サリィに注がれる浄化の眼差しに満足げに頷くと、灯音は紅を靡かせ前に出た。
　一度きりの腱絶ち、どうか当たって――。
　願うような斬撃は掠めるように、だが僅かだが手ごたえはあったと灯音は須臾の隣に戻る。
「源さん、気張ってやぁ」
　ぱたぱたと尻尾を揺らしていた霊犬は、元気よく吼えた後で果敢に羊犬へと向かって行った。筑波は護り手として斃れぬようにと自分に盾を招く。
（初めての依頼やし、皆の足ひっぱらんようがんばらんといかんな）
　胸に下がる三つ編みをぽいっと背にまわし燃えさかる羊を見据え、筑波は改めての誓いを胸に抱いた。

●
　不意を突かれたがここから本番とでも言いたげに、蹄で土を蹴りつつ炎羊はぎょろりと周りを見回した。
　ナニがイヤ？
　ドレがジャマ？
　コッ！
　再び奴が選んだのは炎を練り上げて戒め狙いの中衛に見舞うことだった。
「すぐに回復するわ」
「こ、こらえてくださいっ」
　ゴ、ゴ、ゴゴゴゴ……。
　炎が吹き上がる轟音の中、灯音と筑波の祈るような声が辛うじて届く。だから二人は奥歯を噛みしめ炎の暴力に、耐えた。

　――遥かに格上の相手。

　普段の敵ですらそうなのにこの羊がそれを上回るというのは、きちんと心に刻んでおいたつもりだった。
　しかし耳にするのと実際に目にするのとでは印象はやはり格段の違いを放つ。
　たった二度、力を向けられただけ。
　だが向こうの攻撃は嘲笑うように仲間の肉を焦し、此方側は手数としては１０あるものの当たったのは幾ばくか……これが力の差というものである。
「……丁寧に重ねるしかないか」
「じっとしてても怖い相手って厄介ですね」
　嘉市と百合亞が再び糸を放つのを横目に、アウレールは両腕に気を練り込み組み合わせた拳で羊の脳天を狙い打った。
「逃がさねェよ！」
　……短期決戦でなければジリ貧。
　…………だが、当たらねば長期戦も余儀なくされる。
　そういう意味では糸で縛り眠りに導いてもらいながら、当たりやすい攻撃を喰らわせていく今の戦法が悪手ではないと判断できる。
（私は私の仕事をするだけ）
　腕焦す炎に顔を顰めながらも、サリィは踵から伸びる影で羊の炎をこそげようと試みる。
　先程はありがとうございましたと後方に笑み、慧瑠は改めて向き直る。
「我が家は長くダークネスにより幾多の血を流して参りました」
　痛みの記憶が、これぐらいの状況で怯むなと鞭を打ち、主の気概に応えるように影が炎羊を捕らえた。
「……格上相手に策を使わないって」
　力で押しきる方法は余りに危うい、現に早速押されていると澪は唇を噛んだ。
　さりとて此処まで往退入れ替わる戦場で一歩引けば惹きつけられるかというと……下がるに行動を裂くのが無為というのも是だと体感する。
「重傷覚悟だよねぇ」
　体を揺らし炎羊の斜め前を維持、攻撃が来た時に少しでも避けやすくとの生存本能がそうさせる。その上で、
「いくよ！」
　ずぐり。
　一撃。
　肉に入ったらもう後は無我夢中で、突いて突いて突いて突いて！
「筑波さんは慧瑠さんをお願い」
「わかりましたっ。源さん……」
（あんな熱いのに向うの怖いかもしれないけれど……）
　そんな憂い構うなと、源さんは果敢に飛びかかる。角で軽くあしらわれても挫けず地に着きうなり声、気持ちは負けない、筑波が立っているのだから負けてられるか！
「頑張って」
　灯音は肩口に漂う光を集積すると左腕を伝わせてサリィへと放つ。とにかく後は護りに専念する。それだけだ。
「須臾も、ね？」
　傍らの仔を指先で撫でれば、獣の眼差しは仲間の炎を溶かすように消した。
「えっと……」
　初めての実戦、源さんを頼もしく思いながら筑波は自分の持つ力を一旦頭で整理する。
（集気法が届くのは灯音さんだけやし……）
　一人だけだが強い癒しを施せるのは同じくシールドリング。その判断が下されると同時に仲間の元に光が降っていた。
「ありがとうございます」
　お礼の声にひとつ自信が積み上がった。

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　灼滅者達は互いを支え合いながら、前のめりへ攻撃を繰り出す。
　一方で、糸だの影だのが絡み眠りに誘われる羊は、その躰が一瞬オーラで膨らんだかのように見えたかと思うと、その幾ばくかを払った。
　だが無に帰したわけでは、ない。
　それでも羊は行こう厭わずに攻撃に専念してくる。獣の闘争本能が御せると踏んだのか。

「メメメメメ！」
　雄叫びをあげる炎羊に、火傷だらけの腕を撫でサリィは口元を不敵につりあげた。
「羊が一匹、羊が二匹、羊が三匹…………眠くならない？」
　しかし惑わず羊は駆ける。
「くっ、抜かせるかよ」
　アウレールの腕で止めようにも、羊の目的地は余りに至近。故に辿り着き角で跳ね上げられるサリィ。彼女は地面に叩きつけられたきり身動きしなくなった。
「……ッ」
　追うように振り返る嘉市に焦りが広がるが、すぐに口元を切り結ぶと集積した霊で縛り付ける。
「後で、寒さも吹き飛ぶくらいの炎をお見舞いしてやるよ」
　積み重ねた阻害は無ではないはずだ。
「もう……」
　アウレールが悔しくて噛みしめた唇から血が垂れる。握りこんだ拳に落ちる血は、今まで喰らった炎より遥かに熱い……それ程に、仲間が斃れたのが、悔しい。
「絶対にっ、抜かせねェよ！」
　誓いを叫ぶと護り手達の姿すら見せぬと回り込み、拳にて連撃を見舞う見舞う。
「ええ、もうさせませんとも」
　鎌之助と名付けた獲物ではないけれど、今日はこのロケットハンマーが友であり共だ。友で苛烈に打ち抜く脳天。
（やっぱり斃れる人がでちゃったか）
　百合亞が奏でる爆ぜ音を聞きながら、澪は斃れた仲間の胸の動きを見て取りほっと一息。すると何度か避けはしたものの、前の攻撃で喰らった角傷が想い出すようにうずき出す。
　攻めか自己の回復か……一瞬惑った所に筑波の符が張りつき、須臾の癒しが注がれる。
（須臾……そうね）
　庇う暇もなく回復専任で必死、それは友として主としてなんと誇らしいことか。
「わかったよ」
　灯音にふさがれた傷に応えるように、澪は槍で眼前を薙ぎ払う。
「とにかく動きを止めさえすれば……」
　あいた脇が薄ら寒い、けれどそれだけ敵は阻害を怖れいてるということ。そう判断した慧瑠は影を伸ばし縛り上げる。

　――後は押し切れると舐めてかかったか、ここで羊が回復を選ばなかったのが勝敗を決す。
　灼滅者達が重ねた戒めにより、避けられぬ羊は少しずつ傷を深めていく、周回遅れで気を纏おうと判断した時には既に遅し――。

「メメッ！」
　やはり一人ずつ剥いでいくと焦り突き出された角は疵だらけの嘉市へ、そこへ百合亞がすかさず身を割り込ませた！
「もうあなたの動きは見切りましたよ」
　ぐいぐいぐいとロケットハンマーで押し返すようにする百合亞の頬が避け血が散る。
「ありがとよ、無駄にはしねェよ！」
　嘉市の全身から炎が吹き上がる。
「その前にもう一丁……」
　タッと地を蹴るとアウレールの躰が流星の弧を描き羊の胸元に突き刺さる。宙に躍る反対の手がまた拳を作った。
「お代わりはどうだい？」
　鈍い音でくりぬくような拳を受け唸る炎羊を、更なる炎が包む。
「これで終わりだ！」
「メェェェエエエエエエエエエエエ！」
　嘉市の炎にのたうつと巨体は終幕を嘆く声を響かせて力尽きた。

　魂沈めの舞いを踊る筑波を前に灼滅者達は肩の力を抜く。
「なんとか、勝てたね」
　澪の声に、意識を取り戻し橋の階段に凭れるサリィは大丈夫と言いたげに手をあげた。
　――こうして古都での企みは灼滅者の手により無事潰えたのであった。

作者：一縷野望	重傷：サリィ・ラッシュ（ロケットクィーン・d04053）  死亡：なし 闇堕ち：なし
種類： 公開：2013年1月16日 難度：やや難 参加：8人 結果：成功！
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