楔を喰らう炎獣～災禍焔舞

■リプレイ

●暴焔
「……ゾンビさん、居ましたです」
　人の気配の無い家屋の影から顔をちょこんと覗かせた天羽・蘭世（虹蘭の謳姫・d02277）が、背後で控えている仲間達に報告をする。
　エクスブレインの未来予測通りにゾンビ達を広場で発見した灼滅者達は、そのまま家屋の影に身を潜めた。今回の相手はこの偽りの生で動く死体では無いのだ。
「新潟は思った通り寒いけど、フライトジャケットはなかなかの防寒性能だぜ」
　つってもやっぱり寒いけどなと、軽口を叩くレイシー・アーベントロート（宵闇鴉・d05861）はぶるりと身体を震わせて、屍王の配下に目を細める。
（「ゾンビか……ああなっちまったら、走馬灯使いも役立たずだ」）
　そう心の中で呟いたその瞬間、灼滅者達は空気が変わったのを感じて反射的に身構えた。
　広場を見下ろすような丘の上。
　身に秘める暴虐を表すような焔を纏い、自らの存在を隠そうともしない炎の獣が積もった雪を蒸発させ、大地を踏みしめていた。
「……イフリート……！」
　弐之瀬・秋夜（スタイリッシュ馬鹿・d04609）が姿を見せた宿敵に向けた表情を、普段彼を知っている者が見れば驚きを隠せないだろう。
　しかし、視線の先の炎獣はその燃え盛るような敵意に気付くこと無く、己が獲物に向けて咆哮を放った。
　百獣の王が他の獣を従わせんと吼えるかの如き大気の震えは、灼滅者達に。
　そして、もしかすれば思考を失った屍にすら悟らせたのかもしれない。
　これから始まるのは、一方的な『狩り』なのだと。
　炎の獣が紅蓮の矢と化して、ゾンビの一体に襲い掛かった。
　炎を纏った爪を一閃。それだけで屍は胴体を二つに分かれ、炎に包まれながら地に伏せる。
「……一撃かよ」
　その光景を目の当たりにした科戸・日方（高校生自転車乗り・d00353）の声に、冷たいものが混じる。
（「怖くないなんて言ったら嘘になる」）
　怖気づきそうになる自分の心を捻じ伏せ、残る二体からの反撃をあざ笑うように避ける炎獣の姿に目を凝らす。
（「でも、足手纏いにはなりたくない」）
　自分は灼滅者なのだからと。
「……雪の降る日にイフリート、か。ま、寒さが消えて丁度ええわ」
　二体目のゾンビの首を噛み千切った炎の獣を見る八十神・シジマ（黒蛇・d04228）の視線は、口にする内容とは裏腹に隙の無いものだ。
（「敵が敵、この寒い時期にはおあつらえ向きかも知れへんけど。……まぁ、油断せずに行こう」）
　内心の思い通り、相手の行動や癖を観察して、少しでも有利に戦おうとする戦士の姿がそこにはあった。
　砕けたマネキンの様に崩れるゾンビの姿に、天堂・鋼（シュガーナイトメア・d03424）の瞳が悲しげに揺れる。
（「何時かはこの人達も何らかの形で元いた場所へ帰ってもらいたい、かな」）
　最初にこの偽りの生に突き動かされている屍を見て思った事。それは死者に対する冥福だった。それが今、炎を纏った災禍に尊厳を踏みにじられ、蹂躙されているのだ。
　だが、今あの場に自分が立つことは許されない。それはエクスブレインの示した未来予測を妨げるかも知れないのだ。
　最後の一体が、ドアが壊れてしまっていた廃屋へと逃げ込もうとするが、イフリートはそれを許さず、咆哮と共に口から炎の渦を吐いて巨大なたいまつが生まれた。
「……さて、いくか。嘗てはここにも人の営みがあった。灰塵とするわけにもいくまい」
　条件は満たしたと、土方・士騎（隠斬り・d03473）が瞳を引火した家屋に一瞬だけ向け、すぐさまダークネスへと強い視線を送る。
「生きて帰る。約束だ」
　神護・朝陽（ドリームクラッシャー・d05560）が誓うように、宣言するように皆に告げた。
　短い時間だったが、敵の強さは窺い知れた。あのダークネスは間違いなく、自分がこれまで戦った敵よりも強いと誰もが感じていた。
　だが、恐れて退く事は決してしない。
　炎に包まれた屍が動きを止めると同時。
　この地に残った想いを守る為に、灼滅者達は物陰から飛び出した。

●奇襲
「戦闘開始だ」
　積もった雪を蹴散らすように飛び出したレイシーが、漆黒の日本刀を抜き放ち、間合いを詰める。
「火事は……すぐ倒して、すぐ消してやる！！」
　背後から迫る敵意に気がついたイフリートが、反射的に横に飛ぶ。しかしサイキックを発動して更に加速したレイシーはその動きに合わせて跳び、死角から身に纏う炎ごと背中を斬り付けた。
「虹蘭、天の羽とともに」
　振り向き様の鋭い爪の一撃が振るわれる前に、蘭世の解除コードが戦場に響く。
「イフリートさん。やらせないのですよ」
　分裂させた小光輪を仲間の目前に展開させ、ダメージを軽減させた蘭世が柔らかな声が告げ。傷を負いながらも飛び離れていく敵に更に追撃をかけようと、身を屈めたその巨体に、別な声がかけられた。
「年も明けてそう経っていない内に盛大にやらかしてくれたもんやな」
　どこか飄々と語りかけるシジマのその手には、幾重にも練り込まれた呪詛により強化された糸が握られており、
「……ほな、行くで！」
　いつのまにか絡めとられていた自分にイフリートが気付くより早く、シジマは糸を引いて一気に締め付けた。
　怒りに任せて束縛から逃れようとする敵から目を逸らさずに、日方が影へと意識を集中する。
「大丈夫、戦える」
　その声に応える様に影に波紋が広がり、現れた無数の触手がダークネスを絡めとり、更に締め付けた。
「真っ直ぐ前見て、泥にまみれたって立ち続け攻撃し続けてみせる」
　日方の誓うような言葉がイフリートの耳朶を振るわせる中、鋼が腰にぶら下げてるカエルのぬいぐるみに声を掛ける。
「行くよ、ジョニー」
　長大な砲身を構える彼女は脳の演算能力を高速化、最適化を開始。時の動きが遅くなるような感覚の中、炎の獣と仲間以外余分な情報が視界から消えていく中。
「外してなんか、あげないんだから、ね」
　スコープ越しにあがく敵にへと、静かに告げた。
（「気合いれっぞ。抜けたら死ぬくらいの覚悟で」）
　心の中で自分に言い聞かせ、朝陽の影が意志を持つように鎌首をもたげる。
（「死ぬ気はないし、負ける気も無いからな」）
　影が広がり、炎ごとイフリートを飲み込んだ影は一旦収縮するように小さくなり、中から飲み込んだものを開放した。
　度重なる襲撃にイフリートが怒りを爆発させ、自らを縛る幾つもの戒めを引きちぎる。だが、そこに新たな人影が割り込んだ。
「想いも何も焼き尽くす幻獣か」
　士騎が幻想を具現化したような獣を間近で見つめ、巨大な腕型の祭壇兼武器を振り翳す。
「ここに集った我らが楔となろう
　これ以上の暴虐は許さないと殴りつけ、同時に網状の霊力を放射した士騎は新たな捕縛として絡め取った。
「イフリート！！」
　網を一息で破り、己が身に傷をつけた者達を視認しようとした炎獣は、しかし更なる敵意に身構える暇なくその横面を叩き込むような斬撃で斬り付けられた。
（「なんつーか、今回だけは馬鹿やる余裕ねえ」）
　文字通り炎を宿したような憤怒の瞳を真正面から受け止めながら、秋夜は先程生み出した炎を纏わせた無敵斬艦刀、インフェルノを肩に担ぎ構え直す。
（「宿敵前にしてんだ……燃やしてやる」）
　敵を認識した、神話の存在である巨大生物『幻獣種』の咆哮に負けじと秋夜は全身に力を込めて対する。
（「俺が動かなくなっても、この炎で徹底抗戦してやるよ」）
　強い決意に呼応するような紅蓮の炎を、その身に纏わせながら。

●うたわれし獣
　しかし、灼滅者達が一方的に押していたのはここまでだった。
　炎の化身のような獣は広場を縦横に駆け、灼滅者達を翻弄しながらその絶大な攻撃で着実にダメージを重ねていた。
「来るでっ！」
　シジマの警告と共に、炎の獣が大きく口を開く。
「くそっ！　止まらんかい！」
　首に絡めた糸を全力で引き、狙いを逸らそうとするも逆に首の一振りでシジマが宙を舞い、雪の中へと放り投げられ、溢れた灼熱の渦が後衛へと迫る。
「させるかっての！」　
　一瞬早く斜線に割り込んだ朝陽が、両腕を交差させて炎の渦に飲み込まれる。　離れた者にさえ溶鉱炉を感じさせるほどの熱波が灼滅者達を襲い、その中心に立っていた仲間が炎へと包まれた。
　そこに更に襲い掛かろうとする炎獣を数々の攻撃が気を逸らし、その隙に裂帛の叫びが炎をかき消し、自力で炎を打ち消した仲間へと蘭世が慈愛の満ちた声で伝える。
「秋夜くん、今治しますね」
　天使を思わせるような伸びやかな歌声が、焼き焦げた皮膚を癒していく。それでも全快にはほど遠い事が、この並外れた破壊力を示している。
「そっちに行ったぞ！」
　脇を駆け抜けようとする際に死角から腱を狙うも、傷が浅く足止めできなかった事を悔やみながら士騎が声を張り上げる。
「当てる、よ」
　味方に猛烈な勢いで迫る敵に、確実に当てようと鋼はオーラを両手に集め、一気に解き放つ。放たれたオーラをイフリートは獣の反射神経で避けるが、オーラは使用者の意志を宿したようにその斜線を曲げ、顔面に直撃させた。
　怯んだのは一瞬。それでも頭を一振りして再び走る間にその標的とされた日方は避けることが出来ないことを悟り、覚悟を決める。
（「こいつ倒せなけりゃ、もっとヤバイ奴出て来んだろ。ンな事させねぇ」）
　大きく息を吸って、迫るイフリートに叫ぶ。
「こっちだ炎獣！」
　声を張り上げて注意を更に向け、一際強い炎を纏った巨体が自分の首めがけて襲い掛かった。
「ぐっ！」
　咄嗟に盾にした左腕に焼きゴテを当てられたような灼熱感と、肉を食い千切らんと食い込む牙の感覚に一瞬意識が跳びそうになるが、これこそが狙っていた瞬間。
「俺は一番実力が低いから、倒す為にできる事は何でもやる。弱くたって逃げない」
　歯を食いしばり、サイキックを発動させる。この一撃で自分は戦線を離脱するだろう。だが、その代償に。
「まだ終わってねーぜ。てめえの機動力、削がさせてもらう！」
　完全に死角となった右腕を動かし、後ろ足の腱を断ち切った。
　たまらず悲鳴を上げて日方を離す炎獣に、倒れた仲間との間に立った朝陽が絶対なる意志を込めた瞳を閃かせ、影で作った触手で絡め取る。
「これ以上はさせねえ」
「以下同文ってな」
　後衛をガードしていて咄嗟に守れなかった苦渋を軽い声の裏に隠しながら、レイシーが高純度に圧縮した魔法の矢を次々と浮かべ、一斉に放つ。
「てめぇはとっととぶっ倒れろ！」
　全身を穿つ無数の魔法の矢の中を突き進んだ、秋夜の大気と共に両断するような豪剣がイフリートの顔面を深く斬りつける。
「おっと。そのまま離れてもらおか」
　高速で鋼糸を手繰り、仲間との間に無数の糸を張り巡らしたシジマが、そのままイフリートに向けて蜘蛛の巣を被せるように襲い掛からせる。
「そら、俺の糸まで燃やせるもんなら、燃やしてみぃ！」
　無数の刃と化した糸が炎の下の毛皮をズタズタに切り裂き、たまらず一旦離れた敵に向けて鋼がスコープ越しに呟く。
「狙い通り。確実に当てるよ」
　最初からそこに来るのが解っていたかのように、スコープの中心に自分から飛び込んできた敵を狙い打つ。
　銃身から放たれた一条の魔法光線が左前足の爪を砕き散らせ、怒り狂ったかのような突進を、突きつけられた巨大な腕と漆黒の日本刀が食い止める。
「来いや……握りつぶしたる」
　己の片腕を、異形巨大化させた朝陽の拳が右前足を砕き。
「そろそろ十分暖まったんでな。火事の元にはご退場願うぜ」
　中段に構えたレイシーの重い斬撃が、イフリートの牙を切り飛ばす。
「獣に人の研鑽した『武』と『勇』で勝る。痛快だと思わんか」
　仲間の示した意志に、士騎は静かな笑みを浮かべて闇を食らうと言われる刀を無防備な姿を晒して構える。
　目の前の少女にこの苦痛をぶつけようとイフリートが大きく口を開いた瞬間、その姿は掻き消え、背に回った少女の長い黒髪が踊る。
「逃げる素振りもなしか、潔い。――仕留めるぞ」
　幻獣種の纏う炎が剣閃によって切り裂かれ、その角を斬り砕く。
　怒りに身を任せたイフリートが、炎の渦を吐く。その一直線上に立つ蘭世の間に、ディフェンダーである二人と、ゆらりと立つ人影が遮った。
「イフリートさん。終りですのよ」
　護符を飛ばし、仲間を炎から防いだ蘭世の声が響く中、炎の残滓を振り払った秋夜がインフェルノを構える。
「イフリート」
　最後のあがきとばかりに大きく炎を纏って走り出したイフリートの口に、インフェルノが叩き込まれ。
「……てめぇだけは……ぜってぇ燃やす！」
　噴き出した炎を纏った刃は、そのまま炎獣を両断し。
　暴虐とは異なる炎の中。
　炎の獣は塵も残さず灼滅された。

●いつか、また
　ダークネスを倒し、延焼し始めていた家屋の火の消火に当たった灼滅者達は、ようやく安堵の息を吐き、シジマが少し真面目な口調で呟く。
「……ただ焼き、壊すだけの炎に負けてなどやれぬな」
　その声を聞きながら、家屋を消すと共にゾンビの火も消した鋼は、冥福を祈るように目を閉じる。
（「物陰に安置したゾンビは、表向き「変死体」っていう扱いにはなるだろうけど、このままよりは、ね」）
　幸いだったのは、財布がまだ焼けずにいたことだろうか。あれがあれば身元の証明になるだろう。
「後は初詣、だね。その後に、ぜんざいとか温かい物でも食べに行こうよ」
　笑顔を浮かべ、丘の上にある神社に目を向けて皆に告げた。
「いいな。温かいもの食べたいし」
　すっかり普段の調子を取り戻した秋夜が、女の子と一緒なら大歓迎といつもの笑みを浮かべ、
（「……そうだな」）
　士騎もまた、戦いの際には見せなかった柔らかな表情で頷く。
（「せめて祈るとしよう。いつの日か想い繋ぐ様に」）
　傷を抑えながら、日方も自分達の守り通した村を見下ろし、微笑んだ。
（「俺も祈ろうか。いつかここに人が戻って来る様に」）
　カランカランと鈴を鳴らし、蘭世が手を合わせる。
「神様が見守ってくださったから、この村を救えたのですよ。ありがとうございます♪」
　今もこの村を見守っている神様に労いの言葉をかけ、
「この村が本来の人住む村に戻るよーに」
　悩んだ挙句、朝陽がこの村の未来に想いを馳せて願いを告げる。
　そしてイフリート騒動が無事解決するように祈ったレイシーが、活発な笑みと共に雪に覆われた静かな村を見下ろして思う。
（「せっかく新潟に来たんだし、笹団子でも買って帰りたいな」）
　そんな彼女達に感謝を告げるように、雲の切れ間から差し込んだ陽光は村をきらきらと煌かせ。
　人知れずこの村を救った者達を静かに見送ったのだった。

作者：月形士狼	重傷：科戸・日方（暁風・d00353）  死亡：なし 闇堕ち：なし
種類： 公開：2013年1月16日 難度：やや難 参加：8人 結果：成功！
得票：格好よかった 12／感動した 1／素敵だった 0／キャラが大事にされていた 1
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