超・百人一首~小倉山みゆきVS薄紫死生舞~

    作者:日暮ひかり

    ●scene
     かの国民的知的遊戯が生まれたとされる、京都府嵯峨野。
     とある寺院にて事件は起こった。

    「『いとをかし、この程度なの? 人間の……百人一首王者とやらは!』……みたいな?」
     ――ザシュッ!
    「ありおりはべりィ!!」

     斬られた男が悲鳴を上げて事切れる。更に、その首めがけ再度凶刃が振り下ろされた。
     日本刀を手にぬらりと立つ、紅葉柄の着物の女。顔には大和絵風の能面を被っており、その表情を伺い知ることはできない。
     血濡れの床板に散らばるのは、総数200枚に達するという読み札と取り札だ。
     まさしく――百人一首。

    「あ、あ、あわわわ……」
    「嘘だろ……地元の百人一首大会で30年間無敗を誇った無原さんが、百人一首で負けるなんて……!」
    「きゃはは! 約束通り、コイツの首はこの小倉山みゆきが貰ひゆくわよ。『92番、無原有平(なしわらのありひら)』と。……あ。いとヤバし! 辞世の句聞いとくの忘りたりき!」
     見てくれや言動だけでもだいぶキていたが、生首に下手くそな油性マジックの字で何か書きこみつつ、ルンルンとスキップしている様子はどう見ても正気の沙汰ではない。
    「フフ……『小倉山みゆきのリアル☆百人一首』完成まで残り8首ね。『まちわぶよ、まだ見ぬ夢の大舞台。ジャスティス様と百人一首』……みたいなー!」
     こんな変態はだいたいダークネスに決まっている。それもご当地怪人に、だ。
     
    ●warning?――ゴゴゴゴゴ ゴゴゴゴゴゴゴ ゴゴゴゴゴ
    「………………くっ」
     その日の鷹神・豊(中学生エクスブレイン・dn0052)は、悔しさと哀しみと怒りが入り乱れし、いと形容し難き複雑なかんばせで唇震ぞせて有りき。みたいな状態だった。
    「何という……無念だとても、これ程に、闘志の滾る相手はいない……」
     なんか詠みだした。
    「俺は終業式や始業式こそすっぽかしても、校内百人一首大会だけは毎年欠かさず出席していたのに……!」
     どうでもいい個人情報が判明したところで説明をお聞きください。
     
    「京都の街に、地元が生んだいと雅なるお遊戯・百人一首を愛してやまぬ女がいた。常勝無敗を掲げた彼女の苛烈な闘いぶりは次第に度を超し始め、遂には誰も相手をする者はいなくなった。失意の女は、百人一首成立の地とされる京都府嵯峨野は小倉山に姿をくらまし、二度と戻っては来なかった。ご当地怪人『小倉山みゆき』は……女のなれの果てだ」
     ちなみに、能面のモデルは小野小町さんらしい。蛇足である。
    「百人一首の力で世界征服を目指す彼女は、百人一首の達人に挑戦状を送って勝負をふっかけ、負けた者の首を刈りとって、額に辞世の句を刻んだリアル百人一首を作り、それを生贄に歌人達の怨霊を呼び出そうと企んでいる。……あえて言おう。アホか!」
     アホで片付けられたが、無駄に怖い。
    「92人目の犠牲者、無原有平殿は残念ながらもう……許されざる悪行だ。だが、俺は予知した。93人目――薄紫死生舞は風邪で勝負をドタキャンすると」
     何者だよウスムラサキシキブ。
     だいぶ気になるが、蛇足を長引かせないためにも皆は頑張って耐えた。
    「丁度、君達の人数分でリアル百人一首は完成する。死生舞と愉快な仲間たちでも騙って、小倉山との待ち合わせ場所に乗りこめば、敵の予知を回避できるだろう。さあ、百人一首勝負で怪人を灼滅せよ!」
     どーん。
    「……『出来るか、バカ神!』という顔をしているな君達。すまんがやむをえまい、奴は百人一首をするために来るのだ……普通に戦おうとすれば逃げるに決まってる。無論、今から超特訓して大真面目にかるた勝負を挑めとは言わん。むしろムチャクチャなキャラ設定や戦法で小倉山のペースを乱してしまえばいい」
     そうすれば、いずれ敵がキレて戦闘に持ち込めるだろうという。
     なんとセコい作戦なのだろうか。
     
    「百人一首とはなんぞ? という方も当然居るだろう。俺も君達の手を煩わせたくないから、この作戦を考えたのだ……覚えずとも問題ない。要は勢いだ。腕に覚えのある方はあえてガチ勝負を挑んでもいいし、それでも練習したいとあらば喜んでご協力しよう。俺に出来るのはそれくらいだからな!」
     鷹神くんが非常に生き生きとしている。
     武蔵坂学園に、百人一首大会がなくて良かった――灼滅者たちは、心の底からそう思ったという。


    参加者
    リズリット・モルゲンシュタイン(シスター・ザ・リッパー・d00401)
    アプリコーゼ・トルテ(中学生魔法使い・d00684)
    仙道・司(オウルバロン・d00813)
    九重・透(目蓋のうら・d03764)
    狗神・伏姫(GAU-8【アヴェンジャー】・d03782)
    久志木・夏穂(純情メランコリー・d06715)
    東堂・秋五(高校生エクソシスト・d10836)
    琴葉・いろは(とかなくて・d11000)

    ■リプレイ

    ●1
     京都某所、あるほったて小屋。
     かの薄紫死生舞が百人一首する為だけに作った別荘に、ご当地怪人・小倉山みゆきはいた。
    「なんて粗し苫の目かしら。死生舞、有らざるの? 出できたりたまへ!」
     多分『死生舞いる? さっさと出てこい!』と言ってるっぽい。リズリット・モルゲンシュタイン(シスター・ザ・リッパー・d00401)が、皆に囁く。
    「準備はいい? さあ、狩りにいくわよ。怪人じゃない、先人の歌に込めた想いをよ!」
    「「おー!」」
     灼滅者たちは突撃した。
     ……苫の屋根を突き破って(初期配置:屋根の上)。

     ――ずぼぼぼぼっ!!

    「曲者!」
     みゆきが刀を構えた。
    「うわわわっ! あ、怪しい者じゃないよーっ!」
     運悪く目の前に落ちた久志木・夏穂(純情メランコリー・d06715)は、みゆきの曲者っぷりにビビり狗神・伏姫(GAU-8【アヴェンジャー】・d03782)の影に隠れる。
    「なら問おう。そなたらは誰ぞ?」
    「ふっふっふ……よくぞ聞いてくれました!」
     仙道・司(オウルバロン・d00813)が、待ってましたとずずいとセンターを取る。九重・透(目蓋のうら・d03764)がぽつりと囁いた。
    「ほ、本当にやるのか?」
    「はいっ。行きますよ……せーのっ!」
     司の掛け声と共に7人は扇状に並び立ち、各々が考えた素敵ポーズを取る!
    「我等、死生舞衆七詩舞(しきぶ~ずななしまい)!」
     ドドーン。
     どんなポーズだったか気になるよい子は、お姉さん達のスレカ等を見よう。
    「七詩舞……ですって!?」
    「我らは7人で薄紫死生舞! まさか怖気づいたわけでもあるまい。いざ尋常に、勝負!」
     司のテンションに合わすべく、真面目っ娘透ちゃんは超頑張った。
     が、びしっと突き付けた指先がぷるぷる震えている。よく見たら耳も真っ赤だ。
    「ふ、望むところよ。『死体遺棄、七人目だよ竜田川。からくれなゐに首くくるから』みたいな!」
    「リズリットさん、どういう意味っすか?」
    「『貴様らの首なし死体で竜田川が紅に染まるぜぇ!』かしら。元ネタは在原業平ね」
     リズリットはそっと手を合わせる。アプリコーゼ・トルテ(中学生魔法使い・d00684)も何となくそれに倣った。
    「……そ、そろそろいいか?」
     普通に入口から入ってきてたもののスルーされていた、詠み手技能をもった通りすがりの一般人こと東堂・秋五(高校生エクソシスト・d10836)が若干引き気味に声をかける。
    (「てか、いや、怖いって小倉山怪人……。リアル百人一首とか、普通に歌人の皆さんが泣くだろ。万が一そんな血腥い生贄で蘇っちゃったら、俺の雅な和歌に対するイメージが180度変わるな……」)
     そういえば武蔵坂ギャルズはこの電波設定普通に受け入れてた。
     まだツッコめている秋五もいずれああなるのだろうか。
    「百人一首は人を思う心を綴ったもの……人を疎かになさるあなたにその札を取る資格はございません。お相手いたしましょう」
     あ、まともそうな人もいた。
     琴葉・いろは(とかなくて・d11000)を見て、秋五は安堵したという。

    ●2
     残念なお知らせがある。
     仮にも専門家である怪人に、読み札すり替えのイカサマは通じなかった。
     秋五は何かの陰謀と言い逃れようとしたが、その態度が怪しいと怒りを買い超謝った。
     試合放棄は免れたが、罰として彼は縄で縛られた。
    「みゆきいとご立腹。50枚取った時点でこいつ打ち首みたいな!」
    「えぇ!?」
     百人一首、始まる。

    「――たか」
    「はいッ!!」

     札に跳びかかるみゆきとアプリコーゼを眺め、秋五はもがいていた。ズルしないよう腕を固定され、手首から先しか動かす事が出来ない。
    「わ、わうぅ……あっし如き三下をのした位でいい気になるなっすよ!」
    「末っ子がやられましたね。ふふ……でも彼女は死生舞衆最弱……!」
    「十行と持たずに取られるとは死生舞の面汚しよ……」
     が、カルタマスターシキブと化した司やリズリットを見て、何かそうピンチでもない気もしてきてた。
     今読まれたのは『高砂の をのへのさくら さきにけり』だが、『たか』まで読まれれば続く下の句は『とやまのかすみ たたずもあらなむ』しかない。
     7人が分担して覚えてきたこの『決まり字』を、みゆきは全て覚えている。札を読む前に秋五が各々に出す筈だった合図を封じられ、実際死生舞衆はピンチだった。だが屈するには早い。
    「お姉様、やっちゃって欲しいっす」
    「ええ。細かいことはどうでもいいの、私は和歌が好きなのよ。見てなさい。死生舞衆最強と謳われる私の戦いぶりを!」
     長女リズリットが畳に両腕を叩きつける!
    「百人一首とは、歌に身を委ね、その想いを感じ取ること……」
     秋五が『あ』を読み上げた。
    (「ただ、歌の情景を思い浮かべればいい!」)
     続いて『ま』が読まれた瞬間。
     三笠の美しい月夜を舞う天女がリズリットの眼に浮かぶ。『みかさ』と『をとめ』、二つに向け彼女とみゆきの腕が襲いくる。
     『つ』が読まれた時、リズリットはまさに雲海を舞う天つ風と化し、目にも止まらぬ早業でをとめを攫い――もとい『をとめ』の札を弾き飛ばした。この間、わずか0.5秒。
    「ふ……ハイデルベルクの空より舞い降り、地上にとどまる天女。それは私の事かもしれないわ」
     取った札を掲げ、勝利宣言。次に早くも『おぐ』が読まれた。
     当然『小倉山 峰のもみぢ葉 心あらば』と思ったみゆきは『いまひとたびのみゆきまたなむ』を取る。
     が。
    「――らやま、今ひとたびの」
    「なっ……百人一首にそんな歌ないわ!」
    「仰る通りです。今のはひそかに忍ばせた私の自作の上の句……」
     雅な和装の次女、いろはがすっと立ち上がった。
    「真に百人一首を制する者は、札の心がわかるもの……これはあなたを試したのですわ。失格行為とは心得ております。私のお手付きといたしましょう」
    「ぐぬぬ……!」
     清楚に笑い、礼をする彼女に怪人はぐうの音も出ない。
    「お姉ちゃん達、かっこいいーっ!」
     年長組の超次元パフォーマンスが六女夏穂のツボに入った。とにかく勝負を楽しむ心構えの彼女は無邪気に拍手し、ふふんと胸を張る。
    「えっへへー、これが薄紫死生舞の実力ってやつだよっ!」
    「死生舞、侮りがたし……」
    (「みんな、すごい百人一首の知識、それに愛だ……俺も知識ないなりに頑張らないと」)
     秋五は敬意をもって皆を見つめ、さりげなく咳払いをする。
    「あ、蝉丸の霊がスッパで!」
     五女・司の衝撃発言に思わずみゆきは指差された方を見た。
    「そのお面の下どうなってるんすかー?」
    「ヤ、ヤメロォ!」
     しかし居たのはアプリコーゼだ。能面を巡る攻防の隙に札が読まれた。
    「――いにしへの」
    「はい!」
    「しまった!」
     縛られた状態で唯一出せる合図が、四女・透への『咳払い』だ。『けふ九重に』の札を透はしっかりと握る。
    「ぐぬぬ……卑怯なり死生舞衆」
    「おやおや、負け犬ほどよく吼えるものだ」
     台詞はだいぶ悪役っぽかったが、透は心の中で卑怯な行いへの罪悪感と戦っていた。良い子や。
    「――よのなかよ」
    「ええい、御免!」
     そんな透が目を瞑って放ったパチンコ球はしっかりみゆきのお面にヒットした。その隙に司が『山の奥にも』を奪い取る。が、みゆきも負けてばかりではない。
    「――せ」
    「はいっ!」
    (「は……疾風いっ!」)
     夏穂が驚くのも無理はない。
     『一字決まり』と呼ばれる最初の一文字で取れる札、こればかりはみゆきの反応速度に妨害が間に合わなかった。次々奪われる札。だがこれぞ好機と夏穂の目が光る。
    「きゃーっ、止まれなーいっ!」
    「さらなりィ!」
     思いっきりみゆきに突っこんで頭突きを喰らわせた。
    「ごめんね、頭がすべっちゃったーっ!」
     頭をコツンして可愛らしくテヘペロするも、正直ドジっ娘では済まされぬ見事なダイヴだった。
     だがその上を行く者が現れる。三女・伏姫だ。
     倒れたみゆきにまさかのダイレクトアタック! ギロチンドロップだァーッ!
    「死ねぇぇっ!」
    「はべりしにっ!」
     バベルの鎖がなかったらLPが減る勢いだ。LPとは六歌仙パワーの略で他意はない。
     だがその上を(略)
    「フクロウ式ぼでぃぷれす!」
    「はるはあけぼの!」
     あはれ、怪人は司の下敷きに。
    「今こそ、封印されしあの業を使うとき……これはお姉ちゃんの分っ!」
    「なつはよるーッ!」
     更に馬乗りになってビンタのコンボを決め、司はフッと笑う。
    「百人一首とは『首狩り』を旨とする一子相伝の格闘芸術なり……アイドルレスラー路線もありかもしれません」
     司プロデューサーが手応えを感じ始める中、死生舞衆はちまちま札を取る。
    「わっふー」
     わんこと化したアプリコーゼが飛び込みから口での札キャッチを見せ。
    「神の! まにまにーーー!!」
     お気に入りの句を見事に取った夏穂がVサイン。
     そして、運命の札が来た。

    「――め」
     
     めぐり逢ひて見しやそれとも分かぬ間に、雲隠れにし夜半の月影。
     紫式部だ。死生舞的にこれは死守したい。迫るみゆきの手が札を掠める寸前、いろはの放った矢が怪人を牽制する。
    「かかったな。トラップカード『恵慶法師』発動!」
     伏姫が手を翻すと、式部の句のシールが札から剥がれ、下から『八重むぐら』の札が現れる。
    「死ねぇぇっ!」
    「あ痛ッ」
     伏姫が流れるように叩きつけたカードがみゆきの手に刺さった。
    「……予告状? 『今宵、紫式部の札をいただきます 薄紫死生舞』」
    「世紀末百人一首かるたの使い手……それが我ら、かるた帝・薄紫死生舞。女房三十六華閃の流れを組む、かるた怪盗よ!」
    「あっ、いいなその設定!」
     夏穂は伏姫の発言を咄嗟にメモる。
     みゆきは気付く。恵慶法師の札も――本物の『雲隠れ』へ変わっている!
    「わっふー!」
     アプリコーゼがじゃれつく。目のくらむ閃光がみゆきの視界を阻む。決めるのは――彼女しかいない。
     光にも負けず、リズリットは腕を伸ばした。
     札の位置は既に把握している。
    「掴んだわ……雲の間に隠れた月を!」
     高々と札を掲げる彼女の後ろから、眩い光がさしている。
    「い、一般人キサマーッ!」
    「俺が光ってる? いやいや、通りすがりの一般人がそんなこと出来るわけないでしょう。あはは……」
     改心の光もよもやこのように使われるとは驚きだろう。
     俺以外みんな女子ってやりづらいなと思ってた純情少年秋五君は帰ってこれるのか?
     彼の今後はさておき、夏穂が司に呟く。
    「世紀末かるたの闇は深いみたいだね、お姉ちゃん」
     早速使った。
    「ですね、妹よ。百人一首は日本の誇れる文化、でも愛でる方向間違えるとこうなっちゃうと……悲劇を食い止める為にも、死生舞衆の戦いは続きます!」
     戦闘、まだかな。
     透は流石にちょっと疲れ始めてた。

     結局、最後までやりきる前にみゆきはキレたという。

    ●戦いの時は来たれりいざ往かん、怪人覚悟だなうざたいむ!(by司)
    「さあ、紅蓮の炎で思いきり焼かれていってねっ!」
     夏穂と司の解除コードと共に戦いの幕が上がる。
     百人一首で色々使い果たした感があるが、皆はバステや自己強化など用いつつ異様な連帯感で強敵に立ち向かった。
     そして今、小倉山みゆきは。

    「キ、キサマ、死生舞じゃなかったというの!」
     全国ご当地ヒーロートレカNo.000『伏姫THEアヴェンジャー』を手にぶるぶる震えていた。今更感。というかそのトレカ気になるので送ってほしい。
    「それは名刺代わりのSレアカードだ。ご当地ヒーローに同じ技は2度通用せん……とくと喰らえっベイサイド馬車道キィックっ!」
     守りを固めた伏姫は盾で朝ぼらけビームを受けると、ハマっ子の魂込めたキックでみゆきの能面にひびを入れ、霊犬の八房の刀がそれを砕いた。
    「GJっす!」
     逃走防止のため背後に回っていたアプリコーゼがそわそわしだす。ついに皆こっそり気になってた彼女の素顔が明らかに!
    「和歌は先人の思いが籠められた神聖なもの。心を、想いを、血で汚すんじゃねえ! てめえから死ね!」
     ……なるかと思ったら、リズリット姉貴が顔をこれでもかと言うほど殴った。すごい破壊力を持ったその攻撃でみゆきの顔面が崩壊する。すまん。これもお約束だ。
    「はー、スカッとした」
    「ああ、リズリットさん何するっすか! わふー……」
     アプリコーゼは少々がっかりしつつ、活性化されていた鬼神変でみゆきの後頭部を殴った。
    「くう、卑怯なり!」
    「卑怯とは勝者にだけ言う権利があるんす! 負けてる奴がなにを言っても負け犬の遠吠えというんすよ」
    「あなうらめし、死生舞衆……!」
     みゆきは渾身の恨みを込め、有明の月の如くに耀く刃を振るった。前衛を深く切り刻むその威力は、怒りで我を忘れているとはいえダークネスという所。
    「薄紫死生舞衆に、諦めの歌はございませんわ」
     いろはと秋五が癒しの光で夏穂とリズリットの傷を塞ぐ。傷が塞がるのを待つ前に夏穂は駆け出し、八月の熱の炎を宿した剣をぐおんと振るった。
    「小倉山のもみじよ、紅に染まっちゃえ!」
    「然様なるはづはなし! みゆきの野望が……!」
     夏穂の一撃で着物に点いた火をはたき、狼狽えるみゆきを見て透と司は視線を交わす。
    「ようやく終わるのだな、この戦いも」
    「うーん、ボクはまだやり足りない位ですけどね。死生舞衆」
    「凄いな……さて、仕上げといこう」
     この時計は、今日の記憶も針に刻んだだろうか。少し苦笑しながら、透は中に仕込んだ糸を手繰る。二人の放った糸は致命的なまでにみゆきを切り裂き、地に伏せさせた。
     燻る炎が、ゆっくりと燃え広がっていく。後は止めを刺すのみ、だ。
    「待ってください。あなたに、手向けを」
     いろはが取り出したのは、先程勝負でもちらりと詠まれた自作の和歌だ。

     ――小倉山今ひとたびの命あらば 友たらんやとみ雪の散るらむ
     読み上げられたそれを聞き、みゆきがはっとする。
     ああ、どうして小倉山のみ雪は散ってしまうのだろう。
     また一たびの命があるなら、きっと友として逢いましょう。
     恐らく、そんな意味だ。

    「キサマ……どうしてみゆきに、そんな事を」
    「音は絶えても名こそ流れ。やったことは許せないけど、君のお陰で百人一首が好きになったよ」
     透は暖かい眼差しを向けた。今日の為作戦を考え歌を覚え、皆で頑張った事はけして悪い思い出にはならないだろう。司も頷き、最後に紳士の顔で脱帽する。
    「怪人になる程に、深き百人一首愛に敬意を表します。……辞世の句を」
     秋五は、自分が助けられた時の事を思いだし苦笑した。
    (「はは……どこまでお人よしなんだ、灼滅者は」)
     だが、それがいい。

    「……死生舞のバカ! 『悔し有れ かたきに情けかかるとも 涙ふりゆく我が衣手は』みたいな!」

     敵に情けをかけられていると分かっている。
     なのに、私の袖を濡らすものが悔し涙でない事が口惜しい。
     そう言い残し――ご当地怪人、小倉山みゆきは灼滅された。

    作者:日暮ひかり 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年1月20日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 10/感動した 5/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 1
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