雪中より蠢き出でたる……

    作者:階アトリ

    ●雪中より蠢き出(い)でたる……
     たくさんの雪があった。
     ここは街中の公園。明らかに、自然に降り積もったものではない。
     トラックや重機を使ってそこに集められた、大量の雪だ。
     雪まつりの雪像にするための雪だろうか?
     汚れていないきれいな、真っ白い雪が街灯に照らされている。
     その雪が、蠢いた。
     もぞ、もぞ、と音もなく。
     そして、雪の中からボコリと出て来たのは、人の手。
     生き埋め!?
     否、自然に集まった雪ならともかく、これは人為的に集められた雪。生きている人間がもし雪に埋もれていたら、誰も気付かないはずがない。事故として大騒ぎになっているはずだ。
     手、腕。そして顔。這い出てきたのは人間の形をしているが、既に命のないもの――ゾンビだった。
    「ウゥ……」
     1体、また1体。
     寒いお陰かあまり腐敗はしていない、老若男女さまざまなゾンビが、次々と現われ、ゆらゆらと、夜の町を歩き始める……。
       
    「ゾンビが現れたんです」
     龍海・柊夜(牙ヲ折ル者・d01176)が、集まった灼滅者たちに、まずそう口火を切った。
    「この季節、札幌では雪像用に雪を集めたりしますから、その雪から大量に現れたりしたら大変だと思っていたんですけど……」
     嫌な予感が当たってしまった、と柊夜は物腰柔らかながら、困ったように苦笑している。
     現れたのは街中である。
     灼滅に向かわねばなるまい。
    「ゾンビたちは現れた現場からは離れましたが、バラバラに散ることなく、集団で行動しています」
     祝乃・袖丸(小学生エクスブレイン・dn0066)が、柊夜から説明を引き継いだ。
    「それはある程度の統制が取れていることを意味するので、100%歓迎できる状況ではないのですが、現れた場所が街中であることを考えると、バラバラにならないでいてくれるのは有難いです。
     ゾンビたちの数は10体。
     市街地でも少し寂れたところにある駐車場に居座っています。駐車場は、あまり便利な場所にあるわけではないので、雪の季節である今は閉鎖されていて、誰も来ません。
     ゾンビたちにその場を動くつもりはないようなので、今のところ被害は出ていないのですが、もしも誰かが駐車場にやってきたら、排除しようとするでしょう」
    「わらわら居るので少々大変そうですが、今の内に灼滅しておきたいですよね」
     袖丸は柊夜に頷き、説明を続けた。
    「老若男女入り混じったゾンビの集団で、ほとんどが解体ナイフを装備しているのですが、2体だけ護符揃えを装備しています。
     1体1体がそれなりに強いですので、ゾンビ映画のように蹴散らして進める感じではありません。
     開けた場所である駐車場で、10体を一度に相手にすることになるので、少しでも有利になるような作戦を考えて下さいね」
     袖丸は説明を終えると、灼滅者たちの顔を見回した。
    「味方を回復する程度の連携は取ってくる相手のようです。
     ですが、連携という点では確実に皆様のほうが何段も上手のはずですから。
     きっと、勝利なさることと思います。御武運を!」


    参加者
    シャルロット・ノースグリム(十字架を背負わせる者・d00476)
    杞楊・蓮璽(東雲の笹竜胆・d00687)
    神凪・朔夜(月読・d02935)
    辻村・崇(真実の物語を探求する者・d04362)
    西院鬼・織久(西院鬼一門・d08504)
    杉崎・莉生(白夜の月・d09116)
    焔ヶ原・女雪(手負いの獣・d12471)
    紅月・リオン(灰の中より生まれいずるもの・d12654)

    ■リプレイ

    ●蠢くゾンビたち
     黄昏には少し早い時間帯だというのに、ビルの陰になった現場は薄暗かった。
     灼滅者たちは物陰から駐車場内を覗う。封鎖され自動車の停められていない駐車場は楽に見渡せる。
     その上、雪の白さの中、駐車場内を巡回するようにうろうろしているゾンビたちの姿が浮かび上がって見えたので観察が容易だった。
    「(ゾンビ、初めて見ます)」
     杉崎・莉生(白夜の月・d09116)、が、緊張した面持ちで皆から少し離れたすみっこから駐車場を覗き込む。
     ゾンビの数はエクスブレインの言っていた通り10。1体も逃がさないよう灼滅者たちはそれを確認した。
    「(夏にホラーはわかるけど、冬にゾンビってどうなのかしら? 腐りにくそうではあるけど)」
     シャルロット・ノースグリム(十字架を背負わせる者・d00476)は唸りつつ、10体の中に混じっている2体の、装備品の違うゾンビを皆と一緒に探している。
     まずは、回復役である護符揃えを装備したゾンビたちを奇襲で倒す作戦なのだ。
    「(しかし本当にこんな市街地に現れるとは……」)」
     杞楊・蓮璽(東雲の笹竜胆・d00687)はゾンビたちを観察しながら、囁き声で言う。
    「(不気味極まりないですね)」
     紅月・リオン(灰の中より生まれいずるもの・d12654)も囁く。
     確かに、市街地に、雪の中から、というのがなんとも気味が悪い。
    「(このゾンビ達はどこから湧き出してきたんだろう?)」
     辻村・崇(真実の物語を探求する者・d04362)がふと疑問を覚えて、首を傾げる。探偵のように推理をするのが大好きな崇だから、当然気になる部分がそこだった。
     不思議だけれど、今はまず、目の前のゾンビたちを倒さねばならない。
    「(いるね、2体)」
    「(……いけそうですわ)」
     神凪・朔夜(月読・d02935)が目配せし、シャルロットが頷く。
     ゾンビたちは良く見ると、まるで見回りでもしているように、駐車場の中を一定のコースに沿ってうろうろと歩いていた。しかもある程度の連携を取るくらいの知能はあるというせいか、護符揃えゾンビは2体一緒に並んで歩いている。
     これなら、護符揃えゾンビたちが攻撃が届く位置にさしかかったのを見計らって攻撃を開始できるだろう。
    「(死して尚眠ることもできずさまようなんて、可哀想です)」
    「(それに、折角きれいな雪が集まっているのに、ゾンビ共の腐肉に犠牲者の血肉まで混ざっては台無しだ)」
     雪明りにモノクルのレンズを光らせて焔ヶ原・女雪(手負いの獣・d12471)が呟き、西院鬼・織久(西院鬼一門・d08504)が頷く。
     皆手にはカードを持ち、その時を待った。
    「さて、仕事の時間……素早く片付けるぞ」
     崇は呟き瞳を閉じた。イメージするのは自身の心。扉を開け「目覚めよ」と、その奥に眠るものに呼びかける。呼び覚まされるのは悪魔。瞼を上げた時、冷徹な表情で崇は瞳の虹彩を光らせる。
     さく……さく……。
     不気味で哀れなゾンビたちが雪の中を歩く覇気のない足音。一度遠ざかったそれが再び近づいてきて――。
     灼滅者たちは一気に、物陰から飛び出した。
      
    ●雪明かりの中で
    「咲け、竜胆――!!」
     蓮璽の叫びと共に現出した銀槍が、ほの青い雪明りに煌めく。狙うは近接攻撃の届く位置にいる、護符揃えゾンビ。
    「雷光……招来っ!」
     蓮璽の抗雷撃が炸裂した。
    「先手必勝だよ! 汝の体は凍りつく!」
     間髪入れず、崇のフリージングデスが護符揃えゾンビたちを凍て付かせる。
    「……おぉ……」
     土気色をした肌が氷を纏い、バキバキと音を立てた。ますます動きがぎこちなくなり気味悪さが増したゾンビたち。
    「うう、やだなあ……きもちわるいよう……」
     莉生がちょっと泣きそうな顔になりつつも、バイオレンスギターをかき鳴らした。ソニックビートの衝撃に、2体がのけぞる。
     蓮璽の初撃を喰らった1体はあと少しで倒れそうだ。とどめを刺したのは影の刃。
     うめき声ひとつ漏らして、護符揃えゾンビの1体が雪に伏す。 
     斬影刃を放ったのは織久だった。
    「……ク、クク……ヒハハハ!」
     織久は赤い瞳を爛々と輝かせながら笑い、血色の炎を纏う黒い大鎌をゆらりと掲げた。正気の時でも、戦いとなると狂気を帯びているように見えてしまうのが織久だった。
    「全ての罪は我にあり。されどその罪を乗り越える力は己が内にあり」
     リオンがWOKシールドを展開し、前衛たちをワイドガードの中へと包み込む。
     物陰からの奇襲が成功し、ここまでゾンビからの反撃はない。ゾンビたちは襲撃に反応して、わらわらと陣形らしきものを形作ったが、ダメージの嵩んだ護符揃えゾンビがナイフを装備したゾンビたちによって庇われるよりも先に。
    「ゾンビに毒が効くとは思えないけど、受けなさい」
     シャルロットのkris nagaが蓄積された呪いを毒の風として放っていた。ヴェノムゲイルが雪を巻き上げて吹き荒び、護符揃えゾンビの残った片方を屠る。
    「上出来だね。……そろそろ来る、皆、気をつけて!」
     朔夜は後衛から戦場全体の様子を観察し、ゾンビたちの動きに警戒を呼びかけながら、護符揃えから抜き取った導眠符をリオンへと投げた。
    「う……おぉ……」
    「うおう……」
     握った解体ナイフを手に手に光らせて、残ったゾンビたちが向かってくる。
    「この身に変えても、うちが護ります」
     仲間を守る。その決意に表情を引き締めて、女雪は龍砕斧を掲げた。内臓する竜因子宝珠(ドラゴンジェム)から、竜因子が解放され女雪の身の守りを固める。
    「うがあ……!」
    「お……!」
     ゾンビたちが次々に、ヴェノムゲイルを放つ。巻き上がる毒の風が、前衛を襲った。毒が嵩むと厄介だ――しかし、前衛たちにはBS耐性が施されている。
    「……舐めんなよ……この、程度……っ!」
     一度は喰らった毒を、耐性によって浄化し、蓮璽は青い房飾りで弧を描き灼滅槍・煌竜胆を構えた。切っ先を定め、螺穿槍を放つ。
    「おらぁっ貫けぇ!」
     槍はゾンビの柔らかい腕を貫き通した。ゾンビは呻き、千切れかけの腕から逆の手にナイフを持ち替える。しかしもう1撃を放つことは、そのゾンビには叶わなかった。
     各個撃破することを相談して決めていた灼滅者たちは、ダメージを受けた1体に攻撃を集中させる。
     攻撃を避けて跳びビルの窓の窪みに足をかけていた織久が、飛び降りてきた。百の妖の血肉を打ち込んだと言われる赤黒い槍で、脳天から突き入れるのは螺穿槍 。
    「ウオ……!」
     頭をほぼ潰されて、それでも尚ゾンビは動く。
    「ゾンビの腐った血肉は今一つだがタフな所は気に入っている。……長く多く切刻める」
     織久は笑い、足元からゆらりと立ち昇った【影面】が撫でて来るのに頬すりをした。
    「私の力の糧となっていただけますか?」
     物腰柔らかく、リオンはそう言って、シールドに緋色のオーラを纏わせた。紅蓮斬。力を奪い、先ほどのヴェノムゲイルで受けたダメージは回復する。しかし。
    「残念でございます。貴方の力はとても美味しくない」
     叩き入れて後、小さくリオンは呟いた。
     その足元に、ゾンビは倒れる。
     エクスブレインの言っていた通り、1体1体はそれなりの強さだ。既に回復役は倒したとはいえ、残り7体。数はまだ多い。
    「汝の体は石なり」
     崇はジャマーの特性を生かすべく、契約の指輪を煌めかせながら、ペトロカースの石化によってゾンビたちの手数を減らすよう試みている。
    「う……」
    「ああ……」
     それでも、ゾンビたちのヴェノムゲイルが前衛、後衛を次々に襲った。
     毒とダメージ。しかし灼滅者たちがそれに苦しめられることはない。
     呪わしい毒の風に対抗するように、裁きの光条がきらめき、立ち上がる力をもたらすメロディが響く。
    「落ち着いて各個撃破を続けましょう!」
     耐性で回復できなかった女雪の毒を癒したのは、朔夜のジャッジメントレイだ。
    「め、メディックの、私たちが、ヒールとキュア、がんばりますから……!」
     莉生が爪弾くリバイブメロディは、自分と朔夜のダメージを癒し毒を浄化した。
    「あおお!」
     ジグザグスラッシュで斬り込んできたゾンビの前に女雪が立ちふさがった。ドラゴンパワーのおかげで、受けるダメージは少なく済み、毒からは先ほど早々に解放されているので、ジグザグにされても毒は重ならない。
    「うちが、うちたちが、救うてあげますから……!」
     女雪は縛霊撃で反撃し、縛ったゾンビに向けて言う。捕縛された不自由さにもがくばかりで、優しい言葉にも何の反応も示さないゾンビは、醜くも哀れに見えた。
    「纏めて荼毘に伏したいけれど、残念ながら炎のサイキックはないから、代わりに弾丸をあげるわ」
     シャルロットが鎮魂旋律ノ銃「requiem」の銃口をもがくゾンビに向けた。少女の唇が動く。
    「その銃火は葬送の歌を奏でる」
     放たれたマジックミサイルが、しなびた身体を撃ち抜き、斃す。
     残るは6体。
     数の上では灼滅者たちが圧倒的な有利となったわけではなかったが、既に勝敗は決し始めていた。敵にはバッドステータス、味方にはエンチャント。勝利の天秤は灼滅者たちに傾いている。
    「どこまで抗う事が出来ますでしょうか」
     リオンのガトリングガンの銃口に、揺らめく爆炎の魔力。次の瞬間には、それの篭った弾丸が連続して大量に、次のターゲットとなるゾンビに撃ち込まれている。
    「炎に焼かれ、滅んでくださいませ」
     リオンの柔らかな呟きと同時、ゾンビはブレイジングバーストによる炎に包まれた。
     炎に包まれながら解体ナイフを掲げ、ヴェノムゲイルを巻き起こそうとするが、ゾンビのその行動は失敗に終わる。
    「言ったよね? 汝の体は石なり、って」
     ゾンビに感性があったとしたら、冷たく告げる崇の瞳が、悪魔の瞳だと思えたことだろう。
    「僕の魔法の矢からは逃れられない!」
     崇の放ったマジックミサイルが、炎に包まれたゾンビの喉を貫く。
     そして、残りは5体になった。
    「……そのまま、眠れ!」
     蓮璽の閃光百裂拳が、破壊力を増した連撃となって叩き入れられ。
    「ヒハハハ!」
     織久の大鎌が、レーヴァテインの炎を纏い禍々しくも美しい弧を描き。
    「え、えい……っ!」
     数が減ってきて回復役に余裕がでてくれば、莉生もデッドブラスターの漆黒の弾丸を撃ち出す。
    「てめえらの存在自体を跡形もなく消してやるよ!! 覚悟しな!」
     朔夜のジャッジメントレイも、味方の回復よりも攻撃に使われるようになり。
     残り、1体。
    「うう……お……」
    「もう武器なんかふるわなくて、いいんですよ……」
     燃えくすぶりながらナイフを振り上げようとする最後のゾンビ。
     女雪は龍砕斧に、レーヴァテインの炎を纏わせて振り下ろす。
     そして、雪に包まれた風景に、静寂が訪れた。
     
    ●雪は全てを覆い隠す
    「終わったな」
     織久は呟き、大鎌の柄をそっと撫でた。
    「ゾンビの道行きを、ここでおしまいにできたね」
     朔夜も殲術道具を収め、一息吐いた。その息が、寒さで真っ白い。
    「えと、いちおう手とか合わせといた方が良いのかな……ゾンビになっちゃった人たちが、浮かばれますように」
    「私も冥福を祈っておくわ。アーメン」
     手を合わせた莉生の隣で、シャルロットが十字を切った。
    「彼らも、元は普通に生活していた普通の人達だったのでしょうね……皆、誰かの大事な人だったのかな……」
     蓮璽は呟き、そっと指に嵌めたペアリングを撫でる。
    「……」
     女雪は手編みのマフラーに顎を埋めながら、さっきまでゾンビたちの動き回っていた駐車場を眺めていた。
    「温かい物でも食べたいね」
     明るい普段の自分に戻った崇が、黒い瞳を細めてにっこりと笑う。
     戦いを始めた時よりも寒くなった気がすると思ったら、雪が降り始めていた。
     くしゅん。タイミングよく、誰かがくしゃみをする。
    「寒い場所に長時間は体に負担がかかります。速やかに温かい場所へ」
     リオンが執事然と、自分の用意してきた防寒道具を寒そうにしている仲間に渡した。
     場所は札幌だ。温かい美味しいものを食べて帰れるだろうし、お土産だってより取り見取りだ。
    (「お父さんとお母さんと龍ちゃんに、お土産買って帰らなきゃ……なにがいいかな……」)
     莉生は初めての遠出を無事に終わらせられたことに安心して、心なしか笑顔になっていた。
     ゾンビたちがどこから現れたものか、謎は残るが、一般人に被害が出る前に灼滅することができた。
     灼滅者たちが立ち去った後も、雪は降り続き、戦いの痕跡を消していったのだった。

    作者:階アトリ 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年1月22日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 1/感動した 0/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 8
     あなたが購入した「複数ピンナップ(複数バトルピンナップ)」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
     シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。
    ページトップへ