行くも惨劇、帰るも惨劇

    作者:君島世界

     目を限界まで開けば、僅かな月夜が射し込むだけの部屋は、彼にはまるで昼のように明るく感じられ――そこには、大事な妹が眠っている。その寝息に上下する体を危うく刃でなぞり、しかし、彼は一瞬の正気を、力いっぱいに握り締めた。
     悲鳴を上げそうな口を両手でふさいで、文字通り転がるようにしてアパートを飛び出す。靴も財布も携帯電話すら持たず、ただ一つ、まるで肌着のように体に馴染んだナイフを懐に隠して。
    「遠くへ……、もっと、遠く……!」
     彼は駅へと駆け逃げていく。その一歩ごとに彼は妹のことを思い出して、その一歩ごとに彼は妹を殺すことを考えていた。
     あれでいいじゃないか、と彼が考え付くまで、あと何歩だろうか。

    「こんにちは、灼滅者の皆さん。早速ですが、サイキックアブソーバーの情報から私がアウトプットした事件のあらましを説明させていただきます」
     教室に集まった灼滅者たちを前に、五十嵐・姫子(高校生エクスブレイン・dn0001)は丁寧に礼をした。
    「さて、一般人が闇落ちしてダークネスになる、という事件が発生しようとしています。無論、ダークネスになった後は、確実に被害者の出る事件を引き起こすことでしょう」
     ただ、今回はちょっと様子が違いまして、と姫子は続ける。
    「通常、闇落ちしたダークネスは即座にその活動を始め、宿主である人間の意識は消えてしまうのですが、今回はまだ、人間としての意識が残っています。
     闇落ちは完了し、振るう力はダークネスの物。しかしまだ、完全なダークネスそのものではない、という状況ですね」
     と、姫子は灼滅者たちそれぞれの目を、じっと見つめた。
    「判断は皆さんにお任せいたしますが、もし彼が灼滅者の素質を持つのでしたら、ダークネスとなる前に、助けてあげてくれないでしょうか。
     そうでなければ……完全にダークネスとなるようでしたら、その前に、灼滅をお願いいたします」

     さて、と前置きを重ね、姫子は雰囲気を変える様に明るい笑顔を振りまいて、黒板下部のレールにあった短いチョークを手に取り、人名を書き出していく。
    「その人の名前は剣持・功(けんもち・いさお)さん。中学2年生で、5歳年下の妹さんの世話をしながら、アパートで二人暮らし同然の生活をしています。普段は優等生でいいお兄さんなのですが……」
     言いながらも、姫子はパーソナルデータの書き出しを続けていた。時折赤いチョークに持ち替えては、重要と思われる箇所に罫線を引いていく。
    「彼の近辺では最近、動物の虐待死が問題とされていましたが、その全てが彼の仕業です。最初は鋭利な刃物で弱点を一突きにすることが多かったのですが、慣れていくにつれ、手口はエスカレートの一途を辿っていました」
     妹の世話と動物の虐殺。そんな二重生活の果てに、彼はついに殺人衝動を抑えきれなくなってしまったのだ。
    「日付も変わった深夜1時、その場では辛うじて妹を手に掛けずにすんだ彼は、アパートから飛び出して、繁華街のある駅前にまっすぐ向かおうとします。しかし、その道の途中で彼は道を引き返し、兄が居なくなったことに気づき泣いていた妹さんを――」
     姫子は目を伏せた。
    「――彼が家に引き返し始めるのは、家と駅の中間地点より駅に近い所、間にある川をまたぐ大きな橋を渡りきってしばらくしてからです。これは距離ではなく時間の問題、とお考えください」
     この橋こそが、彼との接触や戦闘に最適な場所であると、姫子は補足を入れる。ここ以外では、事前情報にない何らかの不都合が起きるかもしれない。
    「皆さんと出会って戦闘になった場合、彼は解体ナイフで攻撃をしてきます。まだ一員というわけではありませんが、六六六人衆の序列六百番台に匹敵する能力を発揮します」
     その恐るべき身体能力は、闇落ちした者の特徴。故に、彼を救うには、戦って倒すしかない。
    「ですが、彼にはまだ人間としての意識が残っています。皆さんの説得が彼の心に届けば、ダークネスの力も大きく弱まることでしょう。
     そして、彼もまた、バベルの鎖を身に纏う者です。そこを忘れずに、確実な対処をお願いします」
     バベルの鎖、と姫子は書き出して、その下に赤い二重線を引く。

    「被害を未然に防ぐためにも、彼ら兄妹を無事に救うためにも、皆さんの活躍が必要となります。どうか全力を尽くして、この事件を解決してください」
     最後に姫子は灼滅者たちにもう一度深々と礼をした。


    参加者
    藤堂・悠二郎(闇隠の朔月・d00377)
    葉隠・政道(愛憎併存・d00781)
    近藤・優哉(黒を纏いし天狼・d02783)
    八握脛・篠介(スパイダライン・d02820)
    夜之森・鵜源(怠惰慕情・d03022)
    ヘカテー・ガルゴノータス(深更のアラバスター・d05022)
    宗・駆(峠クィーン・d06861)

    ■リプレイ

    ●停止回廊
     深夜の街路を、裸足の足音が駆け抜けていく。その化け物じみた速度と間隔のストライドは、形なき黒い旋風として誰の目にも見咎められず、そして幸運にも、人に対する殺意は未だ内に秘められたままで、数人の被害者候補達とは遠巻きにすれ違うだけであった。
     ――だが、いつまで、抑えられるか。
     妄想の内から、身内の体内の真紅を消せなくなり始めた頃、ふと、走り続けていた剣持・功は、橋上に三名のシルエットを見初める。街路灯の下、欄干に腰掛けている者と、その近くで歩道を塞いでいる二名。どれも、彼にとっては見知らぬ者達であった。
     立っていた人影の一人、ヘカテー・ガルゴノータス(深更のアラバスター・d05022)もまた、来客の到来に気づき、告げる。
    「君が剣持・功か。私達は武蔵坂学園の者だ。……さて、ちょっとお喋りでもしないか?」
     その言葉に功が足を止めると同時に、背後からも五名の気配が、橋上で退路を断つように現れた。その中の一人、夜之森・鵜源(怠惰慕情・d03022)は、気だるく功へ宣告した。
    「ちょっと、大人しくこの橋にいてくれるかな、剣持。駅にも家にも、お前を行かせる訳には行かなくてな」
    「僕にはそうする理由がありません。通していただけますか。それとも……」
     ぎろ、と功の視線が剣呑になる。四方八方、殺意めいて背後にすら明確に放たれるそれを正面から受けて、しかし葉隠・政道(愛憎併存・d00781)は事も無げに返した。
    「あんたをこのまま放っておくわけにはいかないんでな。ここで止めさせてもらうぜ?」
    「私のように腕試しのつもりで来た者もおりますが……。ともあれ剣持様、貴方の衝動を諌めるため、少々痛い目を見ていただきますよ」
     駅側に立つ近藤・優哉(黒を纏いし天狼・d02783)の丁寧な挑発に、家側でライドキャリバーに跨る宗・駆(峠クィーン・d06861)が、ほら、と言葉を重ねる。
    「動物、殺しちゃってるんですよねー? それもまあ悪いことだけど、あなたは放っておくと、もーっと悪いことしちゃいます」
     もっと悪いこと。その正体を、黒い上着のフードに視線を隠した八握脛・篠介(スパイダライン・d02820)が暴いた。
    「この、アホタレめ。妹さんは、おぬしの血の繋がった唯一無二じゃろう」
    「な……! あなた方、何故僕の妹のことを!」
     妹の事を言われ、功の様子が変化する。功は血走った目で頭を抱え、心中で2つの欲望が相反しながらせめぎ合うのを、痛みに似た動悸として感じていた。
     剣呑さを増した視線に怯まず、藤堂・悠二郎(闇隠の朔月・d00377)は諭すように言う。
    「それが闇堕ちだ、剣持。……お前は存在のほぼ全てをダークネスに食われ、怪物となっている。その本来ありえない欲に対する葛藤が、証拠だ」
    「しかし君は、葛藤がするが故にまだ、人の域にあります。功が真の化け物になる前に、そしてまた、ならぬように――ここで潰します」
     ハルトヴィヒ・バウムガルテン(聖征の鎗・d04843)は冷たく言い放った。と同時に、八名の灼滅者たちはスレイヤーカードを構え、台詞と共に解除する。
     一瞬のうちに、殲術道具がそれぞれの手の中に現れた。眼前のダークネスを救うため、あるいは灼滅する為に、彼らはその重さを確かめ、橋上にいる功に視線を向けた。
     ――功は、いつの間にか街路灯の上に立っていた。その表情に、先ほどまでの焦燥は見られない。
    「武蔵坂学園、でしたか。どこで僕のことを知ったのかわかりませんけど」
     逆手に持った解体ナイフを口元に寄せ、くっくっと功は笑った。
    「人数で横取りにするつもりですか。させませんよ……あれは、僕が!」
     踏み脚の衝撃に電球を砕きつつ、手練の殺人鬼は深夜の空から跳ね降りる。

    ●殺意空間
     蜘蛛のようだ、と優哉はその瞬間を評した。散り散りのガラスが星影にきらめくよりも速く、功はアスファルトに滑り落ちる。
     着地から爪先一つの体さばきで、功はまっすぐに優哉の懐へ飛び込んできた。迎え撃とうと優哉は刀を八相に構えるも、先手の取り合いにおいて、速度の差は歴然としていた。
    「シィィ……シャアアアァァァ!」
     功の構えたナイフの刀身がジグザグに曲がる。その凶器は優哉の右腹をかすめたように見え、実際はけして浅くない裂傷をそこに残していた。
     優哉の端正な顔が、見る間に歪んでいく。だが、それは痛みをこらえるの為はなく、ただ怒りを前面に押し出す為のものだ。
    「どうしたよ殺人鬼……! その程度で人を殺そうってのは、笑えねぇジョークだなあ!」
     傷をまるで介さないかのように、優哉は刀を振り下ろした。受ける功をナイフごと両断せんと渾身の力を込めるが、しかし斬撃は功の技術に殺され、鉄塊を叩きつけた以上のダメージを与えられない。
    「あなたこそ、今のは結構威力がありましたが、その程度では僕は死にませんよ! 常識でしょう?」
     対峙する二人の間に、色の付いた殺気が霧のように流れ込んできた。それは功の襟元や袖から内部に入り込み、触れた端から体を侵食していく。
     微々たる痛みであるが、己の業に似た恐ろしさをそこに感じた功は、距離を取り霧を払おうとするも、まとわり付くそれは容易にははがれない。見ればその殺気は、離れた所に居る政道が放っているものだった。
    「妹は僕が、だと? バカやろう! いい加減目を、覚ましやがれ……!」
     殺気の源である政道の叫声に、功は涼しい顔で答えた。
    「あれは妹ですよ、身内ですよ? 僕のほかに誰がふさわしいと――そらっ!」
     言って、功は全身を勢いよく回転させる。その円運動の端で、丸鋸のようにナイフの刃が振り回され、奇襲のように飛来した弾丸をことごとく食いちぎった。
     回転を止め、刃を前に半身となった功の頭上に、時ならぬ物陰が掛かる。押し潰しかと見上げた功は、その思い付きが誤答であるとの考えへ即座に至った。
     駆は掃射を放ち終えたライドキャリバーを欄干で跳ね上げ、スロットルを緩めないままに功の上空、死角を取ったのだ。咄嗟に身をかがめた功の肩を浅く裂きながら、駆と刀は銀の弧を描いて落ちる。
     ライドキャリバーに乗ったまま着地した駆は、繊細なハンドル操作で勢いを殺し、功と向き合うように停止した。自分最良の攻撃からおそらく勘だけで致命傷を避けたことに対し、駆は笑顔で小さな拍手を送った。
    「すごーい、よく避けられたねー。……でもでもその力はー、本当はここで使うべきのものじゃ、ないですよねー?」
    「それこそ僕の勝手です! この力は、僕が望む事を望むままに成すための、そのための物のはずだ……ッ!」
    「功さん。それが本心であるならば、私達は貴方を完膚なきまでに灼滅しなければなりません。ですが、先ほども言いましたように――」
     功の眼前に、槍を振りかぶったハルトヴィヒが無造作に現れた。柄を短く持ち、刃先で斬り下ろすように振るが、途中でフェイントとして握りを緩め、石突きで地面を叩く。
     反動で跳ね上がる槍を、ハルトヴィヒは巧みに手の内で制御した。穂先を後ろ足に沿うように下げ、上体を前に回し、功の足元を下段から横に払う。
     功はその攻撃をかわし切れず、脛に作られた鋭い刃傷から、血をにじませ始めた。
    「――なんて言ってましたっけ。僕がまだ、怪物じゃないとか、なんとかって」
     ここに来てついに、功の動きに鈍りが見えてくる。払われた脛が痛むのか、あるいは灼滅者たちの言葉が、なんらかの影響を与えたか。
    「こんなものになんて……、なりたくて、なったわけじゃ」
     功が握り締める解体ナイフに、禍々しい毒の風がまとわりつき始めた。

    ●心的闘争
    「く、この風は……! 全員! この攻撃は危険です! 防御姿勢を!」
     隊列の最前、その風の全容を最も間近で見ることのできた優哉が叫ぶ。しかし時すでに遅く、その風はうねり、絡み合い、荒れ狂う竜巻となり、功の周囲を駆け巡っていた。
     激音が橋の舗装を噛み砕く。その圧倒的な暴力を前に、功の近くに立っていた前衛の4名――駆、ハルトヴィヒ、悠二郎、そして優哉は、毒風の牙の直撃を受けてしまった。
     優哉には以前に負った傷があり、この4名の中では最も危険か……様子を注意深く観察していた篠介はそう判断し、喉を開いて深呼吸をする。
    「でも、なりたいと思ったからなったんですよねえ僕は! 命を弄び、気まぐれに奪い、それが何より楽しいって!
     あなたがたもそうなんでしょう? 8人もこうやって人数揃えて、僕の妹を――」
     半狂乱の功の演説は、一節の歌声に遮られた。橋上の修羅場を洗うように、篠介の喉奥からメロディが響き渡り、優哉の傷を癒していく。
     数小節の歌唱を終え、篠介は功に向き直った。
    「剣持よ。……なんもかんも失った、人でなしになんぞなるなよ。
     お前がそのナイフを手にする前に、どんな思いで暮らしていたのか、しっかり思い出すんじゃ。なあ、『お兄ちゃん』よお!」
     ドクン、と、功の心臓が高鳴った。功の体はバランスを保ったまま崩れ落ち、しかしその手はナイフを握ったまま離そうとしない。
    「ぼ、僕は……。ころ、し、助けて……ずっと守ると……。でも、この手で、何回も……そんな夢が……」
     食いしばる歯茎から血が、緩む目尻から涙が、功からこぼれ落ちた。絶叫する。
    「うあああぁぁぁっ!」
     功は力の抜けた足首で地を踏み、肩から転がるようにして走り出した。向かう先は駅側の出口。だがそちらには灼滅者たちが壁のように立ち塞がっており、功がまたしても足を止めたところで、ヘカテーの鋼糸が彼の左腕を胴体ごときつく縛り上げた。
    「剣持、もう一人で抱え込むな。ここで全部、吐き出してしまえ。私たちはそのために来たんだから……!」
     ヘカテーに体の自由を奪われ、制御されながらも、功はじたばたと暴れて攻撃を試みる。無事に動く右腕とナイフとで、己を戒める鋼糸を切断しようと振りかぶったが、その右肩を鵜源の射撃が撃ち抜いた。
     二発、三発と、続けざまに鵜源は功の腕を打撃していく。構造が歪み、あらぬ方向に曲がり始めたその腕だったが、それでも未だにナイフを取り落とそうとはしなかった。
    「辛いのは分かる、剣持。俺もみんなも、似たようなのとずっとつきあってる。大事なもののために。
     お前もちょっと、ここで踏ん張ってみろ、妹のために……だから負けんな、自分に」
    「あ、あ、あ……ああ……」
     鵜源の言葉に、功は力ずくで己の動きを抑えていく。膝を付き、自分を抱き締めるようにした功の前に、日本刀を構えた悠二郎が歩み寄った。
    「本当の意味で、俺達とお前は同じだ。お前の中にいるダークネスの衝動を、押さえ込む方法だって心得ている。
     俺たちと一緒に来い、剣持! まとめて救ってみせるから。お前も、妹も!」
     見上げる功の右腕が横にまっすぐ伸び、同時にその唇は、弱いながらもこう呟いた。
    「たす、け」
     悠二郎は刃を返し、その峰の打撃をもって功の意識を裁ち落とした。

    ●由来呼吸
     戦いはひとまずの終幕を迎えた。ダークネスと化していた剣持は、灼滅者たちの攻撃で戦闘不能となり、しかし灼滅を迎えることなく、人間として、また新たな灼滅者として生き残った。
    「終わりましたか……。それでは、私はお先に失礼いたします。剣持様の事は、皆様に一任いたしますので」
     その様子を確かめ、優哉は早々とその場を立ち去る。その足取りこそ軽いが、前衛とはいえ最も深い傷を負ったのは彼だ。六六六人衆に復讐を誓い、またその末番相当の実力者ではあった功と刃を交えた今回の経験から、何か思うところでもあったのだろうか――表情は、深い夜の闇に溶けて、見えない。
     去り行く優哉の後方で、悠二郎が功の体を背に担いで歩いていた。寝息のような規則正しい息吹に安心しながら、人目につかない河川敷に功を移動させる。
    「よかったな、みんな。守るべき人を手に掛けるような、そんな経験をこいつにさせないで済んだ」
    「うん。剣持も、今回はよくがんばった。……おつかれさん、だ」
     運ばれる功に並行して歩くヘカテーが、その気絶して反応のない頭を撫でる。こうして見れば年相応の、僅かに幼さの残る真面目そうな少年なのだ。
    「さて、こっからはワシの子守唄の出番じゃな……あふ……っと。しっかしもう夜中の1時過ぎじゃ、いい加減ワシも眠くてかなわん」
     草むらに寝転がされた功の傷を、篠介が歌声で癒していった。時折その旋律の中に、明らかにあくびをかみ殺した音程外れの調子が混ざるが、そこは彼なりの技術で問題なくカバーしていく。
    「眠いといえばー、んで1時といえばー、ヘカテーさんのそのカッコ、上着の下は学園の水着ですよねー。この時間でも寒くないようにしてるんですかー?」
     戦いの緊張も解け、どことなくだらけた空気となった中で、駆が思ったことを口にした。耳ざとく気づいた政道が、その話題を次いで話を広げていく。
    「ああ、ヘカテーのスクール水着はちょっと驚いたけど、別にいいんじゃね? 動きやすそうだし、泳ぎたいときに泳げるし、なにより良く似合ってて眼福だし、な!」
     な、の一文字で笑顔を向ける政道を前にして、またついでに無邪気な納得の表情を見せる駆も前にして、ヘカテーは反応に困り肩を落とした。一応、彼女なりの理由はあるのだが、それをここで説明してもしょうがないだろう。
    「しかし、帰る場所も守る人もいる方を、みすみす宿敵にするような事が起きなくて、幸運でした……。私達は、非情さを決して失ってはなりませんが、だからといって情をないがしろにしては、それはもう人間としての生ではありませんからね」
     ため息と共にハルトヴィヒが呟く言葉に、その場に居た全員が確かに頷いた。
    「そうだな。俺達はとどのつまり功と同じ殺人鬼だが、それでも人としてあることを、必死に続けていかないといけない。
     皆、ちょっとこれを見てくれ。功がなぜずっとナイフを握り締めていたのか、これがそのヒントになるだろうさ」
     功の横でその様子をずっと眺めていた鵜源が、彼が握り締めていた手の中から、ナイフと共に現れた物品を皆に示した。手汗と血に汚れ、くしゃくしゃになったその紙片は、おもちゃのインスタントカメラで撮影された写真であり、その中心には、太陽のように笑う年幼い少女が写されていた。裏面には、けんもちゆうか、とサインが書き付けられている。
     その二品を左右の手に分けて捧げ持ち、篠介は言う。
    「――ああ、いい写真じゃなあ。一生ものじゃ。大事にせえよ剣持。けどコイツは、このナイフは、おぬしにはもう要らんよな」
     篠介は写真を剣持の手にそっと握らせ、ナイフは無造作に川へ向けて投げ捨てた。水面にその銀の光が一瞬輝き、しかし水の流れと川底の砂に呑みこまれ、刃の中に澱んだ怨念ごとゆっくりと埋葬されていくのであった。

    作者:君島世界 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2012年9月8日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 23/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 1
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