「あの、とある郊外の廃屋に、十頭のはぐれ眷属が住み着いているのを感知しました……。現在は廃屋内でじっとしているようですが、いつか人が迷い込んで、被害に遭われてしまうかもしれませんので、みなさんのお力で……灼滅をお願いします」
教室に灼滅者たちを集め、園川・槙奈(高校生エクスブレイン・dn0053)がゆっくりと説明を始める。
「種類は『むさぼり蜘蛛』……人間大にまで成長した、蜘蛛ですね。腹部に大きな口があって、そこから獲物を食べてしまうと……そういう怪物です。
十頭のうち九頭は、みなさんの使う殲術道具『鋼糸』と、よく似た方法で襲ってきます。……残る一頭、ボスと見られるむさぼり蜘蛛は、加えて『ダンピール』の使うサイキックに匹敵する効果を持つ牙で、攻撃してくるでしょう。むさぼり蜘蛛に知能はありませんが、もし集中した打撃を受けたなら、みなさんでも大きな怪我になりかねませんから……注意して下さい」
次いで槙奈は、真新しい地図帳を取り出した。その指先に示されたのは、森と平地との境目にあるような場所だ。
「……ここに、問題の廃屋があります。廃屋とは言いましても、この所のずっと降り続けている雪に耐えるほどには、まだ頑丈です……。かつては倉庫として使われていたのでしょう……みなさんが一斉に戦うのには、十分な広さがあるようです。また、ボスは一番後ろで『スナイパー』に当たる動きをしているのはわかりましたが……」
槙奈はここで言葉を一度切った。
「……残る九頭が、みなさんで言う所のどのポジションについているのか、それが不明なのです。おそらくボスを守るために周囲を固めているとは思うのですが……、これも推測に過ぎません。知性がありませんので、逆に私たちのセオリーを度外視した行動を取るかもしれなくて……」
己のふがいなさに、胸を締め抱くエクスブレインの少女。危険な場所に人を送り出すという行為に、槙奈の感じる不安とはどれほどのものなのか――。
それでも、槙奈はは視線を上げた。
「完全な情報を揃えることができなくて、すいません……。けれどみなさんなら、事前の準備と相談で、眷族を倒すことができると、そう信じています。
どうか、無事に帰ってきてくださいね……?」
参加者 | |
---|---|
結月・仁奈(華篝・d00171) |
椿・諒一郎(Zion・d01382) |
神夜・明日等(火撃のアスラ・d01914) |
エレナ・フラメル(ウィザード・d03233) |
漣・静佳(黒水晶・d10904) |
君津・シズク(積木崩し・d11222) |
エリアル・リッグデルム(ディスタンストレイカー・d11655) |
香佑守・伊近(イコン・d12266) |
●白銀に潜む黒
目も眩むような真冬の輝き――降り積もった淡い雪は、雲を透して届くわずかな日光に照らされて、雲上にあるという銀幕に似た光景を再現している。そんな平原の終わり、森との境界線が横たわる付近には、例えば夜はネオンサインが人の目を引くように、それとは逆の奥深い暗がりによって視線を誘っていた。
目指す廃墟があるのはその手前である。地図帳と風景とを見比べながら、神夜・明日等(火撃のアスラ・d01914)は、赤いマフラーに埋めた口元を引き出した。
「どうやら、あの建物が蜘蛛たちの巣窟のようね。昼のうちに到着できてよかったわ」
明日等の言葉も雪面に吸い込まれ、唇に白く見える吐息に似て、常と違う静かな響きを強いられる。同じく廃墟を見つけた結月・仁奈(華篝・d00171)は額に手をかざし、そのそう古城の建物を眺めた。
「あの中に、蜘蛛がいっぱい、か――そうそう、みんな、寒いの大丈夫だった?」
振り返る仁奈自身は、寒冷適応を発揮する防具を装着しているため、この寒さに堪えるところはない。その部分を忘れて、仲間たちとズレてしまうことを防ぐための、彼女なりの言葉だった。
「……え、と。心配しないで……ね。コートとブーツで、暖かい、から」
漣・静佳(黒水晶・d10904)は、どこか遠慮しつつ答える。コートのポケットに用意してきたペンライトをきゅっと握って、静佳はこれからの事に思いを馳せた。
あの廃墟の扉を開ければ、そこから先はおそらく、暗い中での激しい戦いが始まるのだ。手を頭の後ろに組んだ香佑守・伊近(イコン・d12266)は、仁奈の問いを受けて気楽そうに答えた。
「平気平気、俺も結月と同じで寒冷適応してるからね。ま、とっとと化け蜘蛛片付けて帰ろーな」
伊近は首から提げたライトを自分に向けて点けたり消したりして、動作を確認する。エレナ・フラメル(ウィザード・d03233)も同意するように微笑んで、手にしていた魔道書をパタンと閉じた。
「ええ、そうですね。光源の利益はできるだけ早くに受け取るべし……なんとなれば、日のある時間はきっと長くないのですから」
彼女は言いながら、上空の景色を眺める。雪は明るく、空に掛かる雲も薄く見られているが、楽観は可能な限り排除しておくのが、すなわち古くからの知恵である。
「手早くやるということで話は決まりだね。さて、このたちの悪い害虫駆除だけど、僕は最後尾だから違うとして、あの扉を開けるのは誰なんだい?」
言うとおりの位置に立つエリアル・リッグデルム(ディスタンストレイカー・d11655)が、無意識に腕を組みながら言う。その身に着けた手袋は薄手の皮製で、殲術道具を握る感触に違和感が出にくいものをと選んできたものだ。
「なら、俺が適役だ。前衛だからな。……さて」
椿・諒一郎(Zion・d01382)は廃墟の二枚扉の前に立ち、ふと思索する。見ればそれぞれ両脇にスライドする造りのようで、全員がスムーズに中に入るためには、両方とも全開にするのが懸命だとは思うが――。
と、君津・シズク(積木崩し・d11222)が片方の扉の取っ手を掴んだ。
「では、私がこちらを引きます。さ、害虫駆除の時間よ」
シズクも同じく前衛を努めている。ただ、役職としては攻撃重視のクラッシャーゆえに、先手を行くのは自分だと、諒一郎は思った。
二人が同時に扉を引き、まずできた僅かな隙間に諒一郎が爪先を踏み込む。次いでねじ込んだ肘から体を開いていくと、闇一色だった廃墟に光が差し込んでいった。
日光と、後方の仲間たちの光が扇状に差し込んでいく。シズクは諒一郎の背後で一歩を進んで、ヘッドライトで未だ闇のままの箇所を照らし出した。
「――はあ。大きな蜘蛛よね。何を食べたら、こんなにデカくなるのかしら……想像はつくけど」
その視線の先にあるのは、九の殺意。
●牙には殺意のみ
目の前にいる蜘蛛が、『九頭のクラッシャー』として動いていることは、一目でわかった。その全てが悪夢のような数の脚をわさわさと蠢かせ、それを合図としてさらに奥から一回り大きなボスが姿を現す。
シズクと諒一郎の二人も足を止めず、残る六人が入るスペースを拓いた。灼滅者たちとむさぼり蜘蛛との対峙は、こうして盤面整理のように行われる。
先に動いた灼滅者たちは、全てをなぎ払うべく一斉の全体掃射を試みた。怒涛の攻撃が蜘蛛たちの上下左右から襲い掛かり、その甲殻に傷を残す――だが。
「……威力が減衰されている。数が多すぎたか」
諒一郎は同じく前衛であるシズクをワイドガードで保護しつつ、呟く。対象となった蜘蛛が九体もいるため、思ったほどの効果を発揮しないのだ。
「sgrrrrr!」
それでも決して浅くはないダメージではあったはずだが、蜘蛛の群れはただ殺すことを至上として、がむしゃらに糸を吐きつけてきた。咄嗟に仲間をかばった諒一郎に、しかしエレナの防護符が飛び、窮地を救う。
「済まない、助かった」
「Vivere disce, cogita mori. 回復は請け負うわ。けど、これは……」
通常であれば、生存を果たすために攻守のバランスを整えておくのが、本能としても常態だろう。しかしこれは、ただ外敵を打ち滅ぼすためだけの、組めば致死だが瞬間破壊力の高い極端な構成である。
――手間取るか、という悪寒は一瞬のもの。そこにこそ、付け入る隙はあるはずだと、皆は思い直す。
「……前のめりが過ぎるよね。覚悟完了、『悪しき者より栄光を克ち取らん』!」
ダンピールの力を開封したエリアルの放つ逆十字が、一頭の蜘蛛にその形の裂傷を与える。シズクは間をおかず、体液があふれ出すその不気味な傷口に紫電の拳を叩き込み、致命の広さにまでその穴をこじ開けた。
「クラッシャーが九、なら相手の回復手段は極めて薄いわ! そこに逆手に取って!」
シズクの言葉を証明するかのように、後列に潜んでいたボスの蜘蛛が、牙を朱に染めてこちらに喰らい付こうとする。その突進を支える脚の一つに、狙い済ました静佳の石化光線が照射され、固まった。
「glyyyyyyyyy!?」
「他の蜘蛛が倒れるまで、抑える、の。……倒れて、いなさい」
バランスを失い仰向けになった蜘蛛の脚が、さらにもう一本、バシ、と音を立てて石となる。そこから瞬時で姿勢を直し、頭をこちらに向けたボス蜘蛛の意識は、しかし唐突に白く痺れはじめ、視線をふらふらとさせた。
「これで同士討ちに走ってくれればラッキーなんだがな。ま、厄介なのを食い止めるのは任されたぜ!」
機を見計らった伊近のディーヴァズメロディが、最大の効果を発揮したのだ。そのようにして二人がボスを抑えていてくれるうちにと、仁奈は契約の指輪を構え、狙いを定めた。
「確実に、確実に――打ち抜くよ」
想像上の射線を針のように絞り、万全のタイミングで魔法力を撃ちだす。意識ごと吸い込まれるような弾丸の流れには、気づけば二条の光が併走していた。
「狙いがアタシたちと一緒なんて、すこし嬉しいわね。さ、大人しく倒されなさい!」
突撃を敢行するライドキャリバーのヘッドライトと、踏み足を強く堪え、バスターライフルの反動を全身で抑え付けている明日等の一撃だ。ライドキャリバーの体当たりで怯んだところに、二つの光弾は僅かに角度を違え命中し、ねじれの貫通痕を持って蜘蛛を爆散させた。
●歩みを同じく
確かに、当初の作戦は敵の思いもよらぬ行動にその効力を削ぎ取られた。しかし、その程度で浮き足立ったりする灼滅者ではない。経験と勇気を土台にした冷静な判断が、彼ら自身を窮地の泥沼から救い出したのだ。
また、こちらも頭数を揃えて同時に開戦を迎えたのも巧を奏したのだろう。知性の無い蜘蛛たちは、目の前にいる灼滅者を手当たり次第に襲うことしかできずにいる。対してこちらは、有声無声を問わない不断のコミュニケーションを駆使して、確実に敵を倒していった。
――それ以上の理由を抱えて、彼らは誰かの隣で戦う。
「Plaudite, acta est fabula!! 踊りなさい、光輪!」
エレナは怪しく微笑んで、指先に遊ぶリングスラッシャーに目配せを一つ。指を抜くと、光輪は宙に浮いたまま剥離するように数を増やした。
指に余る十二の飛刃は、幾何学模様を描いて空を走る。その中央、飛ぶ刃の位置を耳横にすら許し、エリアルが同道を駆け上がっていた。
「次はそいつを攻撃ね。了解だよ、魔法使いさん」
エリアルは踏切の一瞬をブレーキにして、エレナの攻撃を先行させる。膝から上に跳ぶ天井への跳躍は、ここから得物を振り下ろすならば好都合だ。
「お前の十二の傷、もっと酷くしてあげるよ!」
吼えるモーターを装飾音に、エリアルは両断といわず滅多切りに蜘蛛を滅ぼす。
「――ワタシが自称してるのは、『ウィザード』なのよね。そう呼んでくれるかしら?」
戻った光輪をまた指先に飾り、エレナはそう言って蜘蛛の灼滅を確認した。
前衛、最も多く敵の攻撃を受けているのは、ディフェンダーとして動く諒一郎だ。自分を狙うものだけでなく、仲間たちに向かうものまでも、彼は率先して身代わりになった。
「こう弾けば、隙だらけだな」
のしかかる蜘蛛を足裁きでかわし、WOKシールドで弾き倒す。その一瞬で諒一郎は周囲状況を読むと、ここは攻撃のタイミングだ、と判断した。
「こいつを潰す。……それからは、こんどこそだ」
宣言の前半は、諒一郎の鉄拳で叶えられた。言葉を受けた仁奈は、何が『こんどこそ』なのかを確かめ、悟る。
「今ので、前衛は五体に減ったんだ、ね。了解です」
その敵数と、己の切り札に秘められた数が一致したのは偶然か。奇妙な運命を感じる仁奈が取り出したのは、『五星結界符』の為の防壁符。
「脚を止めます。……続いてね」
頭上に高く投げ上げられた符が、それぞれに光を放ち、力を顕現し始める。するとそこに半透明の防壁が展開し、五方の先にある蜘蛛に噛み付いて、その動きを阻害していった。
「ようやくね! あーもう、一匹ずつってのは面倒だったわ!」
手先に軽々と旋回するロケットハンマーを備え、シズクが一歩を前に踏む。と、静佳の放出する粛々と冷たい気配が、先んじて前方へと吹き荒んでいった。
「今は、これが最善手……。凍りなさい、見えなくなるまで」
それは冬すら氷のうちに閉じ込めるような、圧倒的な寒さの具現であった。静佳の指先に招かれる霧氷は渦を巻いて流れ、敵を己ごと氷結の停滞に沈ませる。
「……よかったのかしら、これで」
「すごい! 上出来よ! ありがとね、静佳さん!」
おそるおそる手を引っ込める静佳に、シズクは心からの感謝を告げて前に出た。眼前、行く道は澄み渡り、力はわずかな意思を加えるだけで、莫大な威力を生み出すだろう。
だからシズクはそのようにする。振り下ろす鉄塊を以って地を揺らし、その破壊にシズクの指向をさえ乗せてやれば、望むとおりに衝撃波は敵だけを叩きのめした。
多重の攻撃に吹き飛ばされた蜘蛛たちは、もはやひっくり返った身を戦闘速度で元に戻すことすらできずにいる。まさに虫の息といったそれらに、明日等はライフルを向けた。
「さ、後はボスまで道をつけてやるだけね……。一気に薙ぎ払うわ! 『リップルバスター』!」
明日等は叫び、銃口から輝く粒子が充填されつつある武装を腰だめに構える。溢れ出す限界点を肌で感じとり、そのタイミングにあわせて明日等は引き金を絞った。
「いっけえええぇぇぇっ!」
暴発寸前の力は円形の波動となって、中央から端まで順に敵の戦列を食い荒らし、崩し尽くした。最早遮るものなく、また自身も多くのバッドステータスに束縛されていたボス蜘蛛へ、伊近がマテリアルロッドを握り締めて歩いていく。
「へへっ、落ち着いてやりゃこんなもんなんだな! いい経験になったぜ、化け蜘蛛よ!」
最後の抵抗として振り上げられた牙を、伊近はロッドの先端で弾き砕いた。返す刀で殴りつけ、同時に魔力を増幅して、その場所に流し込む。
「俺の力はこんなもんじゃねーぜ……。ボリュームを上げてやる!」
息を止め、体内を循環する魔力の流れをさらに激しくすれば、攻撃の全音域に容赦の無いブーストが掛けられる。バイパスなく響く伊近の高音振動に、もはやなすすべも無いボス蜘蛛は一瞬リズムに同化し、しかし全身ごと共振の果てへと消えていった。
振り向けば、この倉庫のそこかしこで、全ての蜘蛛の灼滅が開始されている。――倉庫に巣食った十の蜘蛛は、こうして退治されたのであった。
●時に朱色を隠す
廃屋を出てみれば、入る前とまるで変わらない景色が一面に広がっている。横たわる静けさは、こんどこそそれだけのものとなり、しんしんと降り積もる雪はただ、季節を謳歌していた。
「やれやれ、ようやく終わったわね。こうして一息つくと、疲れたーって自覚するのよね……」
討伐終了後、明日等は未だ降り続ける雪の冷たさを心地よく思いながら、深呼吸で体を整えながら言う。エリアルは雪面に腰を下ろし、武器を膝に乗せてくつろいだ。
「うん、お疲れさま。……蜘蛛ごときが相手だったんだから、殺虫剤で済めば楽なのにね」
「殺虫剤、ほんとうに効かないんだよね……。ちょっと試してみたかったけど、しょうがない、よね」
仁奈はポーチの中の缶スプレーをすこし眺め、いそいそとしまいこむ。他にも休息を図る仲間たちに、必要ならヒールを掛けて回るエレナの姿があった。
「みんなお疲れ様。特に問題は無いかしら? ……雪が強くなってもいけないわ。できれば早めに帰りましょう」
「そうするべきだな。休むなら温かな部屋がいい」
答えたのは、今回最も多くの手傷を負ったというのに、立ち居振る舞いにほとんどかげりの見られない諒一郎だ。するとほぼ全員が、殲術道具を手早くスレイヤーカードに封じ、帰り支度を始める。
「あの時は園川さんが申し訳なさそうにしてたからね。大丈夫だよ、その位なら問題ないわ、って、早く帰って言ってあげたいわ」
説明のときの槙奈を思い出したシズクの言葉に、伊近は頷いて同意した。
「そうだなー。罠や地雷があるわけでもなし、ぱーっと任せてくれりゃそれでいいんだよ、ってな」
情報を出してくれるだけでもありがたいしな、と伊近は補足する。皆が帰り道を急ぐ中、ふと静佳は廃屋の裏に広がる森に目を向けた。
「(森から現れる、蜘蛛。以前も今回も、その点だけは同じでした)」
むさぼり蜘蛛の生息域と言えばそれまでだが、彼女はその共通点に何か引っ掛かるものを感じていた。遅れを問う仲間に静佳は足を速めるものの、心中にひっそり調査を決意した。
いずれ日は落ちるだろう。その時に見る朱色の夕焼けは、それでも安穏としたものであることを願って。
作者:君島世界 |
重傷:なし 死亡:なし 闇堕ち:なし |
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種類:
公開:2013年1月18日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 9/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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