放課後の悪魔と乙女の恋心

    作者:春風わかな

    「……それでは定例報告会を始めます。まず、睦月さんから」
    「はい、四条先生。今朝、登校時に他校の女子生徒がショウ様に挨拶をしたので厳重に注意しました」
    「私、昼休みにショウ様にお弁当の差し入れをしている人見つけました! もちろん会員規則に則って厳罰を与えてます!!」
    「は~い! 弥生はぁ、ショウ様宛のラブレターを見つけたので燃やしておきましたぁ♪」
    「如月さんも弥生さんも立派に活動していて非常に頼もしいわ」
     放課後の視聴覚室に集まっているのは1人の女教師と女子生徒4人の計5名。
     熱心に話しているその内容は学園のアイドル『ショウ様』に近づく不埒な女と彼女達に加えた制裁について。
    「ショウ様のことは私達『プリンス☆ショウ』のメンバーが一番理解しています。私達以外の人間がショウ様に近づくことなどあってはなりません」
     静かに、だが力強く語る四条の言葉に頷く4人。
     『プリンス☆ショウ』の会員はこの場にいる5人だけ。ちなみに教師の四条が会長である。
     彼女達の主な活動内容はショウの生活を見守ることと、会員以外の人間がショウに近づかないように見張ることの大きく2つ。
     ショウに近づけるのは会員の特典であり、会員以外が接近した場合は制裁という名のもと悪質な嫌がらせを加えているのだった。
     今日のショウの一日の言動を事細かに報告し合い、隠し撮りしたショウの写真を眺めしばしうっとりしている5人。しかし、突然はっと何かに気が付いたように黒髪の少女がおずおずと手を挙げ口を開いた。
     「先生……2年A組の穂積ハヅキですが再三の警告を無視しています」
     「それは困りましたね……」
     四条が頬に手を当て大げさに溜息をつく。
     ショウのクラスメートである穂積は『プリンス☆ショウ』のメンバーの度重なる制裁にもめげずにショウに接近する目の上のたんこぶ的な女だった。
     「そろそろ彼女には消えてもらいましょうか……今度はみなさんがやってくれますか?」
     「はい、もちろんです、先生」
     「それでこそ『プリンス☆ショウ』のメンバーです。……期待していますよ」
     四条の妖艶な笑みに女子生徒たちは誇らしげに頷くのだった。
     教室に集まった灼滅者達を見て久椚・來未(中学生エクスブレイン・dn0054)がゆっくりと抑揚のない声で告げた。
    「わたし、ソロモンの悪魔の配下が、事件を起こすのを、見た――」
     ごくりと唾を飲み込む灼滅者に淡々と概要を伝える來未。
     事件が起こるのは横浜のとある私立高校。
     その高校には絶大な人気を誇る一人の少年がいた。彼の名前は水無月・ショウ。
     高校のアイドル的存在であるショウには学内に大小様々な私設ファンクラブがあるのだが、その一つに『プリンス☆ショウ』と名乗る集団がいる。
     学校内でのショウの言動を全て把握しようとするだけに止まらず、ショウと親しい女子生徒に制裁という名目で悪質な嫌がらせを行っていた。
     そんな『プリンス☆ショウ』会長は国語教師の四条神奈。彼女はソロモンの悪魔に力を与えられ、ショウを慕う女子生徒達を仲間に引きずり込みその勢力を拡大せんと日夜活動に励んでいる。四条は『プリンス☆ショウ』と敵対する女子生徒数名を事故に見せかけ密かに殺害しており、救うことは厳しい状況だ。
    「ファンクラブっていうけど、要するに、ストーカー」
     ぽそりと付け加えられた言葉に一同は思わず苦笑い。
     『プリンス☆ショウ』では放課後は毎日ミーティングを行うことが日課となっている。ミーティングを行うのは新校舎3階の一番西の部屋、視聴覚室。時刻は4時頃から1時間程度。
     多くの一般生徒達がすでに下校しているので接触するならこの時がベストだろう。とはいえ、まだ残っている生徒がいる可能性があるので考慮が必要だ。
     ミーティングに参加するのは会長の四条以外に4人の女子生徒達。彼女達は強化された一般人であり、説得することで救える可能性がまだ残されている。
    「戦闘になったら、四条は魔法使いのサイキックによく似たもの、使うから」
     加えて契約の指輪によく似たサイキックも使用し、後衛から攻撃をしてくる。
     女子生徒達は解体ナイフのサイキックを使用し、それぞれ四条を援護するように戦う。
     続けて來未は水無月ショウについても語る。
     ショウ自身は明るい性格で友人も多い。ファンクラブの女子生徒のことを大切にしている。しかし『プリンス☆ショウ』のメンバー、――特に四条は苦手なようだ。確かに日々ストーキングされている、彼女達のせいで他の女子が嫌がらせを受ける、など好意ゆえの行動と言われても良い気分はしないだろう。
     もしも説得をするのであれば、どうすればもっとショウと仲良くできるかということを言ってあげると良いのではないか。きっと彼女達はもっとショウと仲良くなりたいと思っているだろうから。
    「わたし、見えたことは全部伝えたから」
     そう言って來未は静かに灼滅者達を見送るのだった。


    参加者
    駿河・香(アドリビトゥム・d00237)
    愛良・向日葵(元気200%・d01061)
    鏡水・織歌(エヴェイユの翅・d01662)
    篠原・朱梨(闇華・d01868)
    聖・ヤマメ(とおせんぼ・d02936)
    キース・アシュクロフト(氷華繚乱・d03557)
    式守・太郎(ニュートラル・d04726)

    ■リプレイ


     多くの学生達が下校してしまった放課後の校内は閑散としていた。
     西に向かって伸びる廊下の一番奥の部屋――視聴覚室の前に人影がないことを確認した聖・ヤマメ(とおせんぼ・d02936)が部屋の手前で足を止める。
    「あら? わたくし達が先に到着したようですの」
     8人全員で行動することで不用意に目立つことを避けるため彼らは二手に分かれて侵入することを選んだ。
     仲良し女子4人組を装い侵入したヤマメ達は難なくこの視聴覚室へと辿り着いたが、クラリス・ブランシュフォール(青騎士・d11726)だけは憮然としていた。
    「……不本意だったが、しかたない」
     慣れないスカートの裾を摘み大きくため息をつくが、誰にも呼び止められることなくここまで来ることが出来たのだから最良の判断だったといえよう。
     4人はそのまま後続の仲間達を待つことにする。
     駿河・香(アドリビトゥム・d00237)は壁にもたれかかり奥の部屋へ視線を向けた。視聴覚室の中でどのような会話がなされているのか離れた場所にいる香達には聞こえてこない。
    「自分の考えに周りを巻き込むのってハタ迷惑よね」
     ――だからソロモンなんて、……興味無い、わ。
     冷たく言い放つ香の隣で鏡水・織歌(エヴェイユの翅・d01662)がそっと視線を伏せた。
    「私ははっきり言うと、自分の目的の為に他の人に嫌がらせする人って苦手かな……」
     好きな人からライバルを遠ざけるためと言われても決して気持ち良いものではない。織歌自身、恋愛の経験はまだ無いが彼女達が間違った方向に進もうとしていることはわかる。織歌は耳に付けた黒いヘッドホンにそっと撫でた。
    「遅れている方々に問題が起きていなければ良いのですが……」
     後続の仲間達が来るであろう方向をヤマメが心配そうに見つめていた。

     さて、ここで時計の針を15分程前に戻してみよう。
    「それじゃ俺はここから姿を隠しますね」
     式守・太郎(ニュートラル・d04726)は校門の前で旅人の外套を使用する。これで太郎の姿は一般人の眼には映らなくなった。
    「みんな準備はいいかなー? じゃ、行こうー♪」
     元気よく歩き出した愛良・向日葵(元気200%・d01061)を先頭に篠原・朱梨(闇華・d01868)とキース・アシュクロフト(氷華繚乱・d03557)が後に続いた。4人は何食わぬ顔で昇降口を通り抜け廊下を歩く。
     久しぶりの依頼だと張り切る向日葵だったがその姿はどこから見ても小柄な小学生。しかし、本人は臆することなく堂々と歩いている。
    (「だって、本当にこーこーせーだしねー、えっへん♪」)
     すれ違った男子生徒が向日葵に一瞬視線を向けたがすぐにふぃっとその視線を逸らす。プラチナチケットの効果に最後尾を歩く太郎ほっと胸を撫で下ろした。
    「視聴覚室は新校舎3階だったな」
     キースが目的の部屋の位置を確認する。と、ふと視聴覚室にいる4人の女子生徒のことが彼の頭をよぎった。ストーカー紛いの行為で想い人の気持ちが自分の方に向くとでも本気で思っているのだろうか。
    「あの手の女性の気持ちは理解出来ん……」
    「そう? 朱梨はよくわかるよ。でも人に迷惑をかけるのは駄目だよね……」
     無意識のうちに漏れたキースの呟きに反応したのは隣を歩く朱梨。
    「朱梨も毎日欠かさず見守っているけど、ちゃんと周囲に迷惑をかけないようにしてるもん」
    「……」
     得意気に胸を張る朱梨と無言のキース。静寂が彼らを包む。
     沈黙を破ったのは太郎だった。
    「おや、俺達の方が後だったみたいですね」
     視聴覚室の手前で手を振る人影に気が付いた。
    「お待たせっ♪ 遅くなってごめんねー」
    「いいえ、わたくし達もさっき来たところですの」
     笑顔で見上げる向日葵ににこりとヤマメが微笑んだ。
    「さて、8人全員揃ったしそろそろ行きましょうか。――Ready Go!」
    「おいで、藍影!」
     二人の言葉に応えるように香と朱梨の黒い影がゆらりと動く。次々と解除コードを唱える灼滅者達、そして。
    「後悔するくらいなら今を全力で」
     太郎の手に武器が握られたことを確認して香は視聴覚室の扉を開けた。


     突然開かれた扉。
    「え……? 貴方達、誰……?」
     視聴覚室にいた4人の少女達はきょとんとした顔で突然の来訪者をただただ見つめるだけ。
    「ごめんなさい、現在この部屋は私達が使っています。部外者は退室していただけますか」
     最奥にいた女性が立ち上がりやんわりと灼滅者達を制する。これが教師の四条だろう。
    「ねぇ、私達も内緒話に入れてくれない?」
     四条の言葉を無視し愛想良く振る舞う香だがその視線を冷ややかなものだった。と、同時に彼女の身体から殺気が放たれ一転して重苦しい空気に包まれた。タイミングを合わせてクラリスがサウンドシャッターを発動させる。
    「我が身は絶対零度の氷華なり……恨みはないが、凍てついてもらう」
     ガンナイフの切っ先を四条へ突きつけキースが静かに告げるが、四条は視線を逸らさず真っ直ぐに灼滅者達を見つめていた。
    「――私達の邪魔をするのであれば、遠慮なく排除させていただきますわ」
     物憂げに髪を後ろにはらうと四条は女子生徒達に向かって指示を出す。
    「睦月さんと如月さんは最前に、その後ろに弥生さん。卯月さんは私の横へ」
    「はい、先生!」
     指示に従い、陣形を整える女子生徒達。その間に香と向日葵も後ろへ下がり、ヤマメの視線はまっすぐ四条へと向けられ、その動向を一瞬たりとも見逃すつもりはなかった。
     最初に動いたのは四条だった。後衛に向けてフリージングデスを放つ。香と向日葵は見えない攻撃によって急激に熱を奪われ身体が凍り付く感覚に襲われたが持ちこたえた。
     すぐさま灼滅者達も反撃を開始する。――だが出来ればこの女子生徒達は救いたい。
    「……好きな人の事は四六時中考えちゃうし、出来るならずっと見詰めていたいよね。その気持ち、朱梨もよくわかるよ」
     共感する姿勢を示しながら最初に切り出したのは朱梨だった。
    「でも、想像してみて。笑顔で言葉を交わしあったり、一緒に何気ない話をしたり。それってとっても幸せだと思わない?」
     沈黙して顔を見合わせる4人の女子。脳内でショウ様との楽しい時間の再生を試みたようだったが……。
    「え、ショウ様とお話……!? そ、そんなの無理……ダメ……!」
     卯月が頬を真っ赤に染め首を横に振る。難易度が高かったようだ。
    「……素直に疑問なんだが、そんなことばかり続けて満足なのか?」
     その反応を見たクラリスが真顔で睦月達に問いかけた。
    「菓子類等を作って贈ったり、おしゃべりをしたり……その、恋文を送ったり……とにかくそういったことのほうが楽しそうなものだがな」
     照れくさそうに『恋文』とクラリスは言ったが問われた方の許容量もオーバーしたらしい。
    「弥生、ショウ様への想いを綴るとか、考えるだけで息ができない……っ!」
     弥生だけでなく他の3人も妄想にふけっては撃沈している。ようするに無理らしい。
    「言えないって気持ちも解るけれど、黙ってたら伝わらない思いもあるよ」
     いつも明るい向日葵の表情がふっと陰る。彼女の頭をよぎるのは今は亡き父と兄のこと。言いたかったことはいっぱいあるが、二度と伝えられない哀しさを知っているからこそ彼女達にはこんな想いをしてほしくない。
    「皆さん、そんな戯言に耳を傾けてはいけません! ショウ様とプライベートな話をすることは規約違反――」
    「うるせぇ! 四条、テメェは黙ってろ!」
     四条の叱責は鋭い声で遮られた。一喝した声の主、それは織歌だった。先程までの雰囲気や口調とはがらりと変わった彼女の耳には黒いヘッドフォンが――ない。
    「何事も順番があるからな。まずはショウ様とやらに自分の事を知って貰えたら良いんじゃね?」
    「どうやって……?」
     恐る恐る問う如月だったが、その目には明らかにアドバイスを聞きたがっているのが見て取れた。
    「そうだな、自分から近くに行って、何気ないことでも良いから会話したら良いと思う」
     織歌の意見に如月は大きく頷いた。その横では睦月が何気ないこと……と反芻する。
    「例えば……?」
    「毎日おはようの挨拶をするだけでも十分に印象付けることが出来ると思いますよ」
     男性である太郎の意見に感嘆の声を漏らす睦月。よく見たら他の3人も何度も深く頷いていた。
    「ショウ様を知らない人間の言うことなど聞く必要はありません。私達はショウ様が安心して学校生活を送れるように余計なものを排除すべきなのです」
     四条の放った石化の呪いが仲間の回復をしていた向日葵を包み込む。
    「ひまわり様、すぐに回復しますの!」
     ヤマメが縛霊手の指先に霊力を集め向日葵に向かって祭霊光を撃ちその呪いを浄化する。
    (「わたくしは皆様が大好きですから回復を頑張れるのです」)
     言葉にせずとも伝えられる想いもある――そのことをヤマメは仲間の傷を癒すという行為で示す。
    「周りの物を傷つけ排除するより、彼の傍で話をする方が……嬉しいと思う、幸せだと思う」
     説得は得意ではないが彼女達の心へ問いかけるようキースは言葉を選ぶ。
    「人は皆そうだ……お前達も、本当はそうではないのか?」
    「私達……」
     睦月と如月が頼りなさげに視線を交わす。彼女達の心が揺らいでいると気づいた香と朱梨が畳み掛けるように言葉を紡ぐ。
    「彼が何を望んでいて何が嬉しいのかだって、よく知っているんじゃないの? 好きな人の望みなら叶えたいって、そう思わない?」
    「好きって気持ちは素敵なものだもの。だから少しでも報われたいじゃない? 皆もそうでしょ?」
     ――本当に、今のままでいいの?
    「ダメ……。私達、今のままじゃ、ダメ!」
     絞り出すように卯月が声を上げるのと同時にその身体がぐらりと揺れる。柔らかなヤマメの歌声に包まれ彼女は深い眠りに落ちた。
    「今だ……!」
     キースのガンナイフが如月を射抜き、クラリスが『屠竜剣アスカロン』を睦月に向かって振り下ろす。
    「少しの間眠っていて下さい」
     素早く動いた太郎が弥生の死角に回り込みその身にナイフを当て静かに滑らせると弥生は糸が切れたように静かに倒れ込んだ。


     4人の女子生徒達は皆KOされ立っているのは教師の四条のみ。
    「……っ」
     予想をしていなかった展開に四条は悔しそうに唇を噛んだ。そして向日葵に抜けて指輪を構え魔法の矢を放つ。
    「ぐっ……!」
     マジックミサイルが放たれた瞬間キースがその軌道を遮るように身体を滑り込ませた。魔法の矢は肩を貫き、キースは痛みに耐えきれず膝をついた。
    「待っててー、すぐに回復するからね~♪」
     庇われた向日葵が清めの風でキースの体力を回復する。一陣の風が前衛の間を吹き抜けると同時に彼らの身が浄化され傷が癒された。
     朱梨の『夜茨』が鋭い刃へ変わると四条を服ごと切り裂き、織歌の鋼糸が腕に巻き付いて動きを阻む。四条の白い肌に幾本もの細い赤色の線が浮かび上がった。
    「これ以上、貴様の欲望に誰も巻き込ませはしない」
     クラリスが剣を力任せに振り下ろし超弩級の一撃を与える。
     しかし、四条もソロモンの悪魔の『配下』を名乗るもの。息つく暇もなく攻撃を浴びせる灼滅者達を相手にまだ余裕の表情を浮かべていた。
     ――もしや。
     朱梨の頭に『逃走』という二文字が浮かぶ。素早く仲間達とアイコンタクトをとり逃走経路を塞ぐように位置を変えつつ休みなく攻撃をする。

     激しい応戦は続く。四条は執拗に回復役の向日葵とヤマメを狙うがディフェンダーのキースや織歌に庇われることもあり致命傷には至らない。
    「早く、倒れなさい……!」
     苛立ちを隠す素振りもない四条がヤマメを撃つが、向日葵のヒーリングライトですぐに回復する。治癒の力を宿した温かい光がヤマメを包みこむと同時にその回復技の威力が増した。
     序盤から灼滅者達が有利になるようなバッドステータスを意識していた点が後半効果を発揮したこともあり、徐々に四条は追い詰められていった。
    「ねえ死ぬかもっていうのはどんな気持ち?」
     リズムをとりながら軽やかにステップを踏む香の動きに合わせ、黒い影が刃となって四条に襲いかかる。
     だが、四条は不敵な笑みを浮かべるのみで香の問いには答えない。
     素早く視線を動かし最善の選択肢を探す。
     ――今だ。
    「逃がしませんよ。これまで殺した生徒達に地獄で詫びて下さい」
     四条が動こうと身体を浮かせるよりも一瞬早く、死角へ回り込んでいた太郎の足元の影が伸び四条の身体は黒い影に飲み込まれた。
     好機と判断した灼滅者達は畳み掛けるように一気に攻撃をしかける。
     長い黒髪をなびかせる朱梨の藍の影が血を思わせる紅いオーラを纏って四条に襲いかかった。――紅蓮斬。朱梨自身の体力が回復し身体が軽くなった気がする。
    「ごめんあそばせ♪」
     仲間の傷を癒すことに集中していたヤマメも連携して鬼神変で攻撃をする。艶やかな笑みを浮かべ、はためく着物の裾を気にしながらも渾身の一撃を繰り出した。
     四条が怯んだ隙を見逃さず、すかさず織歌が動く。目にも止まらぬ早さで死角に入り込むとティアーズリッパーでアキレス腱を切り裂いた。
    「そろそろ終わりだ。闇には一人で堕ちて逝け」
     クラリスが『魔杖剣ミョルグレス』で殴りつけると同時に流れ込んだ魔力が四条の体内で爆発する。
    「あんたが始末した人も、おんなじ事考えてたのかしらね」
    「……」
     再び香が問うがやはり四条は無言だった。
     同情など微塵も感じない眼差しを向け放たれたマジックミサイルは四条の左肩を射抜く。
    「チェックメイトだ」
     銃口を四条の顔に向け、キースが静かに引き金をひくとゆっくりと四条は倒れた。


     消えゆく四条の身体を無言で見つめキースは胸の前で十字を切り、静かに祈りを捧げる。
    「……ああ、終わった終わった」
     香は倒れている睦月達をちらりと一瞥した。どうやら彼女達は眠っているようだ。
    (「……実は、朱梨は好きな人に近づく子は許さないけどね」)
     睦月達を説得している時にちらりと思ったこと。もちろん彼女達のような陰険な妨害等はしない。だが他人事に思えなかった朱梨は眠る少女達を見て安堵の笑みを浮かべる。
    「これで彼女達も平和な青春を送れそうですね」
     愛用の白いマフラーを巻き直す太郎の言葉は中学1年生とは思い難い。
     再びヘッドホンをつけた織歌には戦闘時に見せた激しさは感じられない。
    「彼女達が、正しい方向に進んでくれるといいな……」
    「きっと大丈夫ですの」
     凛とした佇まいのヤマメが優しい笑みを浮かべ眠る睦月達を見つめる。
    「それじゃみんなで帰ろうー♪」
     向日葵に促されて廊下へ出る灼滅者達。最後に部屋を出たクラリスがぽつりと呟いた。
    「愛は寛容であり、情け深く、また人を妬まぬもの、か」
     ――また僕らが来るような羽目にはならないことを祈るぞ。
     そして音を立てぬようにそっと扉を閉めた。

    作者:春風わかな 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年1月21日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 10/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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