座敷牢の屍姫

    作者:相原あきと

     わらわにとって世界は狭い。
     この部屋――座敷牢と言うらしい――が世界の全てで、その外に広がる世界はわらわにとっては不必要だった。
     灯り取りの格子窓からわずかに入る明かりと、食事を運んでくる黒子が扉を開けた時だけ、わらわの世界は外と繋がる。
     別に外に出たいわけじゃない。
     別に外が気になるわけじゃない。
     別に外の世界が羨ましくなどない。
     どうせ外に出ても今と変わらぬツマラナイ世界が待っているだけなのだから……。
     ふと、腕を見れば水晶のように透き通ってきていた。
     いつからわらわの腕はこんなにも透明になったのだろう。
     いつからわらわの腕はこんなにもカタクなったのだろう。
     もう、食事もいらないと思った。
     だから、もうわらわの世界に誰も近づけない。誰も必要無い。
     世界は……ここだけなのだから。

    「みんな、ノーライフキングについては勉強してある?」
     教室に集まった灼滅者達を見回しながら鈴懸・珠希(小学生エクスブレイン・dn0064)が皆に聞く。
    「今回、みんなにお願いしたいのは、ノーライフキングへと闇堕ちしかかっている一般人の救出なの。対象は大御神・緋女(おおみかみ・ひめ)、中学1年生の女の子。彼女はある山奥の村で生まれたが古くからの風習とやらで忌子と呼ばれ、生まれてすぐに屋敷から離れた山の上の小屋に幽閉されているみたい」
     小屋というか、つまりは離れの牢屋だ。
     村の者や家族達はそこを『座敷牢』と呼んでいるらしい。
    「今はまだ元の人間としての意識を残している状態だけど、このまま放置すれば彼女は確実に闇堕ちしちゃう。だから……もし彼女が灼滅者の素質を持つのであれば、闇堕ちから救出して欲しいの。だけど、間にあわないようなら……完全に屍王となる前に灼滅して欲しい」
     珠希はそう言うと灼滅者達の前に白い紙を取り出しスラスラとペンで地図を書き始める。
    「山の麓にある母屋、ここの裏手から細い山道が山の上に続いているわ、そこを辿って10分も進めば山小屋が見えてくる。そこが彼女が幽閉されている座敷牢よ」
     説明しつつも珠希は地図に何か四角い模様を描き加えて行く。
    「注意点を言っておくわ。私の全脳計算域(エクスマトリックス)が導きだした未来予測は、この道をまっすぐ上って行くルートのみよ。それ以外のルートで小屋に到達すれば……何が起こるか保障はできない。そして、この山道の脇にはいくつか墓地が点在しているの」
     さっきの四角い模様はお墓だったらしい。
    「彼女はノーライフキングの力を持ちつつあるわ。その墓地の死体を眷族たるゾンビと化して、小屋に向かってくる者を自動的に迎撃するようにしてあるみたい。これを回避するのは不可能よ」
     珠希は細い山道に1か所丸をつける。
     この場所でゾンビの襲撃が予想されるとの事だ。
    「それと大事な事を最後に……彼女が完全に闇堕ちするのは時間の問題よ。あなた達が山道に入ってから、約30分……それを過ぎたら完全に灼滅する事を考えて欲しいの」
     普通に上れば10分の道のりを、ゾンビを撃退しつつ彼女に接触してKOする。
    「もちろん、元の人格が残っているのなら説得すれば、その戦闘能力は激減する」
     説得できなかった場合は、かなりの難敵となるだろう。
     屍王は吸血鬼や六六六人衆と並ぶほどのダークネスの中では強敵なのだ。
    「彼女はエクソシストのサイキックに似た攻撃を全て横に並んだ全員に飛ばしてくる。攻撃は気にいらない人から狙うようだけど……」
     そこまで言うと珠希は一度言葉を区切り、改めて言う。
    「彼女は家族から……いや村という社会から必要とされていない。親や村人に何かを言うのは無駄に終わると思う。できればこの学園に……いいえ、それ以上は……」
     珠希は首を横に振り、くっと灼滅者達を見据えて言葉をしめる。
    「救出まで求めると、難しい依頼かもしれない……最低でも、彼女がダークネスになって大きな被害を出す前に灼滅する事、それが前提である事を忘れないで欲しい。お願いね」


    参加者
    伐龍院・黎嚇(ロストミーニング・d01695)
    橘名・九里(喪失の太刀花・d02006)
    秋夜・クレハ(暮れの紅・d03755)
    木島・御凛(ハイメガキャノン・d03917)
    アイネスト・オールドシール(アガートラーム・d10556)
    祁答院・哀歌(仇道にして求答の・d10632)
    森下・舞姫(雲心月性乃巫女・d12633)
    三味線屋・弦路(あゝ川の流れのように・d12834)

    ■リプレイ

    ●大御神家の座敷牢
     ゾンビ達との戦いは圧倒の一言だった。
     防御を捨てた大火力で一気に殲滅したのだから。
     今回の依頼で灼滅者達が選んだ作戦はゾンビ戦も説得も全員で行うというものだった。
     それは戦闘において最も生存率の高い作戦。また全員が一糸乱れず理想的に動く事ができれば、タイムリミット的にも問題は無い作戦だ。
     だが逆に、何か一つでも選択を間違えれば彼らにロスタイムは無く、その結果は……。
    「生憎と時間が押しとるんでな。さっさと行くで!」
     アイネスト・オールドシール(アガートラーム・d10556)の声に8人が無言で頷き、再び山道を駆け登り始める。
     ふと、麓の村の駐在にこの場所の事を聞いた時の事を思い出す。
    『大御神家の裏山? あそこに何の用だ、そこは立ち入り禁止だ』
     山の事を口にする駐在の顔は、明らかに口にもしたくないと言いたげだった。
     それだけで山の座敷牢にいる少女、大御神・緋女(おおみかみ・ひめ)のこれまでの扱いが理解できた。
    「やれやれ、古きを大事にするのは尊い事やが、人ひとり不幸にしてまで守らなあかん因習なんぞありはせんというのに……」
     走りながら呟くアイネストに「何がです?」と橘名・九里(喪失の太刀花・d02006)。
    「いや、早う助けてやらんと、ってな!」
     13分が過ぎる頃、山道の先にうっすらと小さな社のような建物が見えてきた。それが――。
     大御神家の座敷牢。
     社の前で一時足を止める灼滅者達だったが、1人、2人と扉へと向かって歩き出す。ただ一人、森下・舞姫(雲心月性乃巫女・d12633)を除いて。
    「緋女ちゃんの説得、よろしくお願いしますね」
     足を止めて言う舞姫。
     説得しないのか? との仲間の問いに舞姫は首を横に振る。
     舞姫は想う。彼女には本当に助かってもらいたい、仲間を得るということが何よりの救いになると知っているから。
    「私の境遇があの子と反対だからなのかな……伝えるべき言葉が、見つからなくて……」
     舞姫の言葉に仲間達が扉に向かって行く。
     舞姫の頭を両親の面影がよぎる。自分達を守って命を落とした大好きだった両親。これから助けようとしている少女に全く違う境遇の自分の言葉が通じるのだろうか。
     それでも『想い』は同じ。
     自然、仲間達の3歩後を舞姫もついて行くのだった。

    ●閉じた世界
     大仰な閂を破壊して鉄製の観音扉を開けば、薄暗い小さな部屋の真ん中でほっそりした手で部屋に差し込んだ光から顔を庇う少女がいた。
     古めかしい着物を着た少女――大御神・緋女。
     何が起こったのかと警戒する緋女に、最初に語りかけたのは木島・御凛(ハイメガキャノン・d03917)だ。
    「もう誰もあなたを閉じ込めたりしないし、何処にだって行ける。全てあなたの思い次第よ。だから、もうこんな所から出ましょう?」
     光の中から差し出される手に、緋女は座ったまま。
    「出たくなどない。わらわはわらわの世界さえあれば良いのじゃ。勝手に決めるでない!」
     敵意剥き出しで反論する緋女に御凛は決して怯まず言う。
    「本当に? こんなちっぽけな世界が全てで本当に満足なの? あなたの本気の本音を言ってみなさいよ!」
    「ま、満足に決まっておる! わらわはずっと、ずっとこの世界だけで生きてきたのじゃ! 扉の外の世界など興味無いに決まっておる!」
    「そう、でもそればかりを拒むのは本心の裏返しよ?」
     感情的な緋女に、秋夜・クレハ(暮れの紅・d03755)が冷静な声音で淡々と言う。
     キッ、と緋女がクレハを睨む。
    「ちがう!」
    「いいえ、その否定の強さは、あなたにとって図星だから」
    「ちがうちがうちがう! わらわは、わらわは……!」
     立ち上がる緋女。元は裸足だったのだろう、着物の裾から水晶化した素足が見えた。
    「今日、貴女を外の世界へ招きます。世界は開かれたわ。知らずにして否定はさせない」
     強い意志を宿した瞳がじっと緋女を見つめる。
     視線を逸らしたい、けれどなぜかクレハから目を逸らせないでいる自分。緋女ははたと気が付く、クレハの瞳の中に自分の中の想いと同じ部分……孤独のさ――ぶんぶん、頭を横に振る緋女。
     認めるわけにはいかない。
     自分の中の『声』も他人は誰も自分を必要としない、だから1人の世界を作ろうと言っていた。ずっと生きてきてその通りだった。間違ってなど……。
     ぴきぴきと音を立てて緋女の水晶化が進む。少女の髪の毛一本一本が根本から透き通っていく。
    「聞いて、ヒメ」
     緋女をできるだけ落ち着かせるよう静かに話し出したのは祁答院・哀歌(仇道にして求答の・d10632)だ。
     哀歌は語る。
     自分達の目的、ダークネスの事、そして緋女がそのままではダークネスとなってしまうという事を。
    「そうなってしまえば、あなたの人生はここで終わってしまう」
    「わ、わらわはこの世界があれば……べ、別に、だ、だーくねすとかになっても……」
    「良いとは言わせない」
     有無を言わせぬ一言。
    「私は力ずくでも、外の世界に放り出す。ここではない何処かへ行けるよう。まだ見ぬ誰かを望めるように」
     その言葉は確信。
     哀歌の本気が緋女にも痛い程伝わる。
    「わ、わらわは……」
     気が付けば水晶化が進む音が止み、その瞳は必死で何かを訴える。
     恐怖、興味、不安、絶望、そして……懇願。
    「俺もかつては狭い世界にいた……。お前の気持ちも少しは分かるつもりだ。だからこそ、お前には外の世界に触れて欲しい」
     少女に肯定しつつ言葉をかける三味線屋・弦路(あゝ川の流れのように・d12834)。
    「本当は外に出たいんだろう?」
    「わ、わらわは……」
    「お前の本当の思いを聞かせてくれ……恐れなくていい、俺たちが全て受け止めてやる」
     緋女が弦路を見つめ、全てを受け入れるとばかりに弦路は大きく頷く。
    「世界はここだけじゃない、外の世界はつまらなくなどない。価値を否定するのは、その目で見てからでも遅くないはずだ!」
    「わ、わらわは……わらわは……」
     ぐっと堪えていたものが溢れ出す。
    「本当は……外に、出たい!」

     座敷牢と呼ばれた社に鍵はもう無い。
     着物を着た少女は扉の敷居を越え外の世界へ立つ。
    「ご機嫌麗しゅう、お姫様」
    「聖なる騎士が迎えに来たで?」
     外に出た緋女の左右に、侍のように膝を付き礼を取る九里と、騎士のように頭を垂れるアイネストがいた。
     すっと立ち上がりつつ九里が言う。
    「貴女はこの世界を知らなかった……」
     緋女が九里を見て、九里は大きな眼鏡をずり上げつつ。
    「堕ちるなり嘆くなりするのは……その目で見てからでも遅くは無い」
    「せやで」
     反対側からの声に、緋女が立ち上がっていたアイネストを見上げる。
    「お前さんは今までずっと1人やった。けど、自分らがまず最初にお前さんの仲間になるわ」
    「そうよ緋女ちゃん! 貴女は一人なんかじゃないわ!」
     少し離れて見ていた舞姫が近づきながら叫ぶ。
     説得の言葉は思いつかなかった、けれど、自然と本心は出るのだ。
     8人の灼滅者が囲む中、伐龍院・黎嚇(ロストミーニング・d01695)が1歩出。
    「扉は開いた。後は君が飛び出せばいい。外に出る事が怖いのなら僕達が手を引いてやる」
     スッと緋女に手を差し出す。
    「傍にいる。君は独りじゃない。信じろ、嘘はつかない」
     8人を順に見つめ、コクリと頷くと緋女は黎嚇の差し出した手にその小さな手を――。

     ゴウッ!

     その瞬間、緋女の足下から黒い瘴気が吹き上がる。
    『邪魔ヲ……スルナ!』
     それは緋女を堕とそうと誘惑する声。闇そのもの。
     すなわち――ダークネス。

    ●世界ヲ拒否セヨ
     吹き上げた瘴気が夜闇より濃い黒を乗せて灼滅者達へと降り注ぐ。
     狙われたのは3人、九里とクレハと哀歌だ。
     体の内部で瘴気が暴れ、攻撃の意志を浸食していく。
    「私は……」
     ぐっと拳を握り込む哀歌。降り注ぐ瘴気を避けようともせず、捨て身で緋女へ突っ込み赤く輝く拳を叩き込む。
     拳を受けた反動か、緋女の放出する瘴気が止まり、舞姫はその隙を逃さずゾンビ戦の傷も含め、もっともダメージが多かった九里を回復する。
     扉の壊れた座敷牢の前で灼滅者達が戦い続ける。
     ……彼女は僕と似ている。
     黎嚇が夜霧を展開しつつ緋女の事を想う。
     自分も彼女も、古い風習や家に縛られている……だが決定的に違う点がある。
    「僕は……」
     そう、僕は望んでそうなった。だが、彼女はそうさせられた。彼女の意志とは関係なく、だ。
     瘴気纏う緋女の後ろに、ダークネスだけでなく、心ない村人や家族の影が見えた気がした。
    「……ふざけるな。そんなものが、許されていいものか」
     思わず口に出た言葉に、九里がニヤリと。
    「もっとクールな人だと思ってましたよ?」
     ドSな笑みを浮かべたまま言い、九里は血と髪で紡ぎ上げた鋼糸を手に緋女へと走り込んでいく。
    「確かに……クールじゃないな」
     黎嚇が自嘲気味にそう言うと、僅かに口角が上がる。
    「だがそれでもいい」

     もし緋女戦も捨て身作戦のままだったのなら、灼滅者達は初撃のサイキックで攻撃力を削がれ、長期戦となり時間切れになっていただろう。だが――。
     何度目かの瘴気のシャワーを受けつつ、それでも連携の取れた攻撃を灼滅者達は続けていた。
     深呼吸と共に呼吸を整え、同時に体中にオーラを巡らせ怪我を回復する御凛。
    「なにも知らないまま闇堕ちなんて私が許さない。絶対助けだして見せるわよ!」
    「ああ、必ず救い出す! お前さんに孤独しか与えん……この世界から!」
     気を充実させ目を開く御凛がその気を収束させ撃ち放ち、その気弾を緋女が水晶の細腕で弾こうと横にふるう。
     だが、ほぼ同時に接近していたアイネストが、その命狩る物の爪で死角から緋女を斬り裂く。
     ぐらりと倒れそうになる緋女。
     グッと踏みとどまるが、時すでに遅し、その首には漆黒の鋼糸が巻き付いていた。
     タイマーが鳴るまですでに1分を切っていた。
    「コ、コノ世界、ダケが……」
     漆黒の糸を持つ手に力を込め、九里が歪んだ笑みを浮かべる。
    「まだここに居たいなら、この糸で縛り付けて差し上げますよ……精々いい声で鳴いて下さいな」
     指一本、それだけの力を込めれば少女の首は落ちる。
     仲間の制止の声が響く。
     その時だ。
     白昼夢でも見るかのように九里の視界に過去の風景が重なる。
     一瞬のフラッシュバック。
     そして首を落とそうと鋼糸の巻き付いた人物は、緋女ではなく……過去の自分だった。
     手から糸が落ち、ゆるりと緋女の首に巻かれた鋼糸がはずれる。

     ――ピピピピピピピピッ……。

     タイマーが鳴ったのはその時だった。
     九里は顔を背けると仲間達に向かって言う。
    「……後はお任せ致します。残り1分もあれば、皆さんなら大丈夫でしょう」
     九里の言うとおりクレハがセットしたタイマーは29分。
     残り時間は1分。
     解放され再び瘴気を溜め撃ち放とうとする緋女の両手が、ぐっと固定される。
    「クレハ、今だ!」
     緋女の動きを封じたのは弦路の三味線の糸だ。
     ゴトリとバスターライフルを投げ捨てる音を残し、気が付けばクレハが緋女の目の前に――。
     一閃!
     チンッと鍔鳴りの音と共にクレハの日本刀が鞘へと収まる。
     どさりと倒れる緋女。
     あっと息を飲む仲間達に、クレハはクールに言い放った。
    「大丈夫、峰打ちよ」

    ●新しい世界へ
     真っ暗な世界で緋女の意識は漂っていた。
     ……暖かい。
     それは初めての感覚。
     ……安心する。
     初めて感じる心地よさ。
     そして緋女の意識は急速に覚醒した。

     最初に目に入ったのは、長い黒髪。
     やがてそれが自身を助けに来てくれた女性の物で、その女性が自分を抱きしめてくれているのだと理解した。
     目を覚ました緋女を抱きしめたまま、クレハが言う。
    「貴女は一人で居なくていいのよ」
    「わ、わらわは……」
     どこか惚けたように緋女。
     クレハは緋女を解放すると一人で立たせる。
     周囲にはあの8人が1人も欠けずに集まっていた。
    「おめでとう、お前さんは自らの意思で外に出ていけたんや。歓迎するで、お姫さま」
     笑顔で言うアイネストを緋女が見上げる。
    「……生きたいと思ったなら、それに従ってはどうです? 明日を閉ざす前に、自分に正直になるのも悪くは無いでしょう」
     素直になれと丸眼鏡をずり上げつつ九里が言う。
    「でも……わらわ……」
     自身の素直な気持ちに真っ正面から向き合えた今、緋女の中にはもう一つの感情があった。それは外の世界に対する――。
    「大丈夫、怖がらないで……私達みんなが貴女を守る!」
     ハッと心の中を言い当てられて緋女が舞姫を見る。
    「外に待っている明るい世界こそが緋女ちゃんを守ってくれるの」
    「そう……なのかぇ?」
     不安そうな緋女に笑顔で頷き。
    「私も、そうだったから……両親を失って、友達や知り合いも全部失って、でも学園がそんな私達を受容れてくれて……だから」
     大丈夫だ、と。
    「ま、これからどうするか考える為にも落ち着く場所は必要よね。武蔵坂学園ならあなたや私達の様な人達が大勢いるから安心できるわよ」
     御凛の言葉に「武蔵坂学園?」と緋女が首を傾げる。
     私達の行っている学校と補足する御凛。
    「私達は喜んで歓迎するわ。こんな出会い方になっちゃったけど、まずは友達から始めましょうよ。これからよろしくね」
     改めて手を差し伸べる御凛に、おずおずと緋女の手が重なる。
     どれだけ気絶していたか分からないが、ふと緋女の顔に光が差す。
     まぶしさに目を細める少女、それは初めての……世界を照らす朝日だった。
     うわぁ……と感動に瞳を輝かせる緋女を見ながら黎嚇は思う。
     彼女を閉じ込める檻など、自分が破壊してみせる。
     そして教えてあげよう。
     世界はこんなにも広く、鮮やかで美しいのだと。
     今、朝日を見て感激している少女は、この先、広く大きな世界を見てどう思うのだろうか。
    「腹、減ったろう?」
     緋女の前に突き出される手には、三角のおにぎりが乗っていた。
     弦路だった。
    「それとも『食事はいらない』か?」
     弦路の言葉に「食べる!」とおにぎりを手に取り、ぱくりと一口。
    「こんなに美味しいのは……初めてなのじゃ」
     緋女の笑顔に弦路も満足そうに頷く。
     そんな少女を見つつ、哀歌は自身の過去に想いを馳せる。
     哀歌もかつて座敷牢から出る事を許されずに育った時期がある。
     座敷牢に幽閉されるヒメは、昔の自分のように思えてならないのだ。
     だから自身の手でヒメを救い出せれば、少しだけ自分も救えるかも知れない……そう、想うのだ。
     故に哀歌は緋女にこの言葉を贈るのだ。
    「ようこそ、新しい世界へ。もはや君は、何処へでも足を運ぶことが出来る」
     それはかつて自身が贈られた言葉。
     助けた少女の笑顔が、新しい世界の光に照らされて輝く。
     光は解き放たれた。
     闇の淵で震えているな。
     もう扉は開かれた。
     飛び立て、新世界へ。

    作者:相原あきと 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年1月24日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 3/感動した 12/素敵だった 5/キャラが大事にされていた 3
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