劫火の咆哮と共に

    作者:波多野志郎

    『グル……』
     喉を鳴らし、その獣は視線を巡らせた。
     ――巨大な獣だ。その深紅の毛並みは闇の中に浮かぶ炎を思わせ。大型の肉食獣を思わせるその独特のフォルムには有無も言わせぬ美しさがあった。
     イフリート――幻想種と呼ばれる、神話に語り継がれる存在だ。
     その巨大な獣が悠然と歩を進めていく。この獣に目的があるのかどうか? それさえ定かではない。ただ、その向かう先こそが問題なのだ。
    「この時期でも雪がないのはありがたいな」
    「そうよねぇ、よほど慣れた人でもないと雪山はねぇ」
     年の頃なら六十をいくつか越えたぐらいか? 定年退職を迎え、夫婦で仲良く昇ろうと決めた山――本来なら、その人も踏み入らないような奥深くこそ獣の領域なのだ。
     本来なら出会わないはずの者達が出会ってしまう――この出会いの結末は、文字通り火を見るよりも明らかだった……。

    「本当、些細な事で起こる悲劇っす」
     湾野・翠織(小学生エクスブレイン・dn0039)は溜め息交じりにそう告げた。
     今回、翠織が察知したのはダークネス、イフリートの行動だ。
     このイフリートは本来なら人が踏み入らないような奥地を縄張りにしていたのだが、ひょんな拍子にその縄張りから外れてしまうのだ。
     結果、とある登山客の夫婦が登山道へと迷い出たイフリートによって命を奪われてしまう。
    「このご夫婦だけじゃないっす。イフリートはここまで縄張りを拡大してしまうっす……そうなると、どこまで被害が拡大するのか、わかったもんじゃないっす」
     そうなってしまう前にイフリートを倒して欲しい。そう翠織は真剣な表情で続けた。
    「イフリートは自分の縄張りに入った対象には過敏に反応するっす。だから、普通に山奥へ分け入って縄張りに踏み込めば相手の方から襲い掛かってくるっすよ」
     幸か不幸かこのイフリートに奇襲と言う概念はない。お互いに真正面からのぶつかり合いになるだろう。
    「奥地っすからね、木はあるし足場も決してよくはないっす。その点をきちんと対策しておくかどうかで変わると思うっすよ」
     イフリートはイフリートのサイキックに加え、サイキックソードのサイキックも使って来る。相手はダークネスだ、単騎と侮ってはいけない。こちらと同等以上の戦力を持っている、そう思っていいだろう。
    「こっちの有利な点は数と多彩さっすね。力を合わせて、挑んで欲しいっす」
     翠織はそこまで告げると一つ溜め息をこぼし、真剣な表情で締めくくった。
    「犠牲が出るか否かの瀬戸際っす。犠牲を出さずにすむように、どうかよろしくお願いするっす」


    参加者
    日渡・千歳(踏青・d00057)
    冴木・朽葉(ライア・d00709)
    水無月・弥咲(アウトサイダー・d01010)
    二夕月・海月(くらげ娘・d01805)
    相良・太一(土下座王・d01936)
    文野・湖(滲み陽・d08000)
    鴨打・祝人(皆のお兄さん・d08479)
    経津主・屍姫(無常の刹鬼・d10025)

    ■リプレイ


     冬の青空がどこまでも広がり。その下には連なる山々の光景がある。
    「山だと「ヤッホー!」と叫びたくなるな! 叫んでしまおうか!!」
     鴨打・祝人(皆のお兄さん・d08479)が爽やかな笑顔でヤッホー! と叫んだ。木霊は律儀にその声に答えてくれる――それに祝人は満足顔でうなずいた。
    「うん、いい山だな! こんな場所の山登り中にイフリートに、とは……これは若者たちの未来が心配だ! 絶対に倒そう!」
    「……元気だな、祝人」
     山道に若干げんなりした表情の文野・湖(滲み陽・d08000)がどこか羨ましそうに言った。ちなみに、祝人にとっては定年過ぎてご夫婦も若者だと言う。それはそれはいい笑顔でそう断言してくれた。
    「イフリートの企みは阻止したが、やることはまだ沢山あるんだな」
     二夕月・海月(くらげ娘・d01805)が白い吐息と共にこぼす。その後ろにしっかりとついていくのは経津主・屍姫(無常の刹鬼・d10025)だ。
    「最近はイフリートを中心に、ダークネスに変な動きが多いし、油断せずに行くよ」
     悲劇は絶対に起こさせない、そう決意を込めて言う屍姫に海月もしっかりとうなずく。
    (「ほんの少しのキッカケで日常は変化する、それは仕方のないのかもしれないけれど」)
     だが、これは違うはずだ、と冴木・朽葉(ライア・d00709)は胸中で呟いた。災害でもなければ、避けられない人災でもない――防げる結末なのだ。
    「全力で、止めるないとな……っと。こっちの方が傾斜は楽そうだぞ?」
     登山靴で斜面を踏み締めながら朽葉が言う。文字通り道無き道を進む行程なのだ、先頭を行く海月の隠された森の小路は大いにその助けとなった。
    「――来たかッ!」
     不意に水無月・弥咲(アウトサイダー・d01010)がそう叫んだ。自分に集中した視線に、弥咲が一言斜面の上に視線を向けて答える。
    「耳をすませば聞こえるぞ?」
     その言葉に、仲間達も耳をすまし――その言葉の意味を知った。
     最初は違和感程度だ。しかし、その音は確実に自分達へと真っ直ぐに近付いている!
    「地響きか、これは!」
     低くリズムカルに響くその重い音が足音なのだと気付いて相良・太一(土下座王・d01936)が地面を蹴る。跳躍し、地面につくよりも早くダブルジャンプで加速――その頃にはもう、ドドドドドドドドドドドドッ! と地面を踏み締めてこちらに駆け込んでくる巨体が確認出来た。
    『オオオオオオオオオオオ――ッ!』
     ゴウ! とその口から吐き出された炎の奔流が容赦なく灼滅者達へと叩き付けられた。自分の前で炸裂したそのバニシングフレアに、日渡・千歳(踏青・d00057)が呟く。
    「……冬の日にまみえるには絶好の相手ね」
     千歳が清めの風を吹かせる――その風に炎を消し飛ばされながら太一が叫んだ。
    「イフリートと戦うのは初めてだ! 楽しませて貰うぜ!」
     ラフィングフェイスが奇妙な笑い顔を描く。その笑みを拳に、紅蓮の炎をまとわせて太一が振り抜いた。
     だが、その太一のレーヴァテインがイフリートの放った炎のように揺らぐ赤い光刃と激突し、相殺される!
     太一は空中を蹴って真横に移動する。半瞬遅れでそこをイフリートの巨体が駆け抜けた。
     そのイフリートの体を木々の掻い潜り、無数の鋼糸が忍び寄り四肢を締め上げる――湖の封縛糸だ。
    「――ッ!?」
     だが、そのイフリートの突進を完全には止められない。鋼糸越しに伝わるその荒々しい力強さに湖が息を飲んだ。
    「行こうかクー。大丈夫、油断はしないさ」
     海月の呼びかけに影のクラゲがその触手を繰り出し、その太く大きな胴へと絡みつく。鋼糸と影――その二つに縛られ、ようやくイフリートがその足を止めたのだ。
     今も手に残るその感触に湖はこぼす。
    「これがイフリート……」
     神話存在である巨大生物、幻獣種――間近で見れば、それが誇張でも何でもない事を思い知らされた。
     しかし、その事に逆に闘志に火がつく者もいる。
    「大自然の中、燃える獣との死合い! 滾るなぁ!?」
     弥咲が歯を剥いて笑い、吼えた。豪放磊落、戦う事に楽しみを見出す彼女にとって強い敵こそ心躍る存在だった。
    「天魔外道、降臨! いざ、闘争を!」
     ゴウ! と漆黒の殺気がイフリートへと放たれる。屍姫もその胸元にブラックフォームのマークを浮かべながら、言い捨てた。
    「うん、切った張ったしようじゃない?」


     イフリートのその足が深く地面を抉り、巨体が動く。木々の邪魔がなければ、その加速はおそらくはもっと激しいものになっていただろう――それは好機だ、と朽葉は駆けた。
     イフリートは木と木の間を縫うように駆ける。だからこそ、朽葉はそれを利用したのだ。
    「デカけりゃそれだけ死角も多いんじゃねぇの? ――山道なら尚更な」
     斜面を滑るように低く構え、死角へと回り込み朽葉は逆手で解体ナイフを振り払う。ザン! とイフリートの太い足が切り裂かれ、着地が乱れる――そこへ祝人が魔法弾を叩き込んだ。
    「ふわまる!」
    「ああ、助かる。ありがとう」
     ナノナノのふわまるにふわふわハートで回復してもらい、朽葉は斜面を駆けながらそう礼を告げる。祝人はそれに親指を立て、ふわまるも大きくはばたいて応えた。
    「うち砕く一撃! ふきとべぇ!」
     バスターライフルを振りかぶり、弥咲が横一閃に振り抜いた。ザン! と大きく深紅の毛並みが打撃に抉られる――弥咲にとってはバスターライフルとはビームの撃てる鈍器なのだ。
     そして、そこへ木を盾に屍姫がガトリングガンを構え燃え盛る弾丸の雨を叩き込んだ。そのまま、イフリートの胴へ横から着弾していく。
    『ガアッ!!』
     煩わしい、そう言いたげにイフリートが屍姫の方へと向き直るが、既にそこに屍姫の姿は無かった。
    (「敵前で棒立ちになんてならないよ」)
     常に動き回る、屍姫は登山靴で斜面を駆け上がりながら回り込む。
    「おっしゃー!」
     そのイフリートへ太一が跳び込む。そのまま雷を宿すその拳でイフリートの顎を全力でぶち抜いた。
     イフリートの巨体がのけぞる。だが、その瞳にはより鮮やかな闘志が燃え上がった。
    『――ガアアアアアアアアアアアア!』
     その体勢から押し潰すように太一へ燃え盛る爪が振り下ろされる。太一も受け止めようと頭上で両手を組みシールドを構えるが、強引にそのまま振り抜かれた。
    「熱!? ……本物の炎はやっぱ熱いな! だがこんなもんじゃ俺を焼き尽くせないぜ!」
     大きく胸元が切り裂かれ、その傷口から炎が広がる。それでも怯まない太一へ湖と千歳が天星弓を構えた。
    「大丈夫か、今すぐ……」
     湖と千歳の癒しの矢が太一へと突き刺さり、その身を包もうとしていた炎を散らす。それを見ながら、海月がクーの触手を鋭い刃と化し繰り出した。
    『ガアアアアアアアア!!』
     イフリートの眼前で爆炎が轟く――いや、正確には炎に見える赤い光だ。そのサイキックフラッシュが海月のクーの斬影刃と相殺、受け流した。
    (「この炎の猛り、神話にうたわれるのも頷けるけれど、暴虐を尽くす儘にしておくのも却って無礼だもの」)
     千歳は千鳥を持つ手に力を込める。目の前のイフリートは強大だ。一瞬でも気を抜けばそのままに戦況を持っていかれる――だからこそ、回復役である自分の役目を重く感じられた。
    「通じるものか、お手合せ願うわ」
     この敵を越える事が出来れば自分は、自分達は強くなれる――そう確信を込めて千歳は囁いた。


     獣の姿をした災害――それが、誰もが抱いたイフリートへの感想だった。
     その巨体でありながら鈍重さとは無縁であり、その一撃一撃は激しくひたすら重い――まさに、台風や雪崩の前に立たされたような気分だ。
    「っははッはっ! 良い一撃だ! なかなかに効くじゃないか」
     だからこそ、弥咲は笑う。背筋に駆け抜ける戦慄に弥咲は高揚していく自分が抑えられない。後一歩前へ、近くへ――目と鼻の先にイフリートの暴威を感じながら、そう思わずにはいられなかった。
     この場に無傷な者など一人もいない。敵も味方も、死力を振り絞り相手を倒すために全力を尽くした。
     そして――だからこそ、その一瞬を掴めたのだ。
    『ガアアアアアアアアアアアアアア!!』
    「こっち来いよ! お前の全部をぶつけて来い!」
     怒りに吼えたイフリートが炎の翼を広げ太一へとその赤い光刃を繰り出した。そこへ太一は真正面から跳び込み、シールドを展開した裏拳で光刃を殴り壊し、相殺する!
    「雪解けには少し、貴方の炎は苛烈すぎるのじゃなくて? 私の力では吹き消すには易くない、そうわかってはいるけれど……」
     優しく歌うように囁きかけ、千歳は千鳥の弦を引き絞る。そして、イフリートへと狙いを定めた。
    「ねえ、こちらには彩り数多の攻め手があってよ、焔を穿つ一矢、受けてご覧なさいな」
     彗星のごとき軌跡を描く千歳の一矢が放たれ、イフリートを射抜いた。音もなく炎の翼が四散する――その舞い散る火の粉の中を祝人が駆け込んだ。
     それに合わせ、太一も跳躍、ダブルジャンプで加速する!
    「みんな、一緒に――ヤッホー!」
    「ヤッホー!」
     バトルオーラを炎で燃やし、祝人と太一のレーヴァテインの拳がイフリートを強打した。その深紅の毛並みに自分の炎が点るのを見て、太一が言い捨てる。
    「どうだ俺の炎を食らった感想は!? 自分のと違った味だろ!」
    『ガ、アアアアアアアアアアアアッ!!』
     ふわまるのしゃぼん玉を口から吐き出したバニシングフレアの炎で掻き消し、イフリートが地面を蹴った。その動きは鈍っていない、だが、朽葉はそれ以上の加速を見せて解体ナイフを構える。
    「さて、アンタはどこまで耐えれるんだろうね」
     木を足場に死角へと忍び込み、朽葉はその解体ナイフを横一閃振り抜いた。ザン! と深紅の毛並みが大きく切り裂かれ火の粉が舞う。
    「さあ、巻き返そうか」
     そして、湖が言い放ち激しく渦巻く風の刃を生み出しイフリートを切り刻んだ。
    『ガア――!!』
     イフリートが吼える。その声には確かな苦痛の色がある――そこへバスターライフルの銃口を突きつけ、弥咲が吼えた。
    「撃ち抜けええええええッ!!」
     ドン! とバスタービームの魔法光線がイフリートを撃ち抜いた。その一撃にイフリートの巨体が大きく揺らぐ。
    「先の一撃分返させてもらう」
    「チェックメイト……これで終わりだよ!」
     血を拭い海月が言い捨て、高所を取った屍姫がイフリートへガトリングガンの銃口を向けた。
     ガガガガガガガガガガガガッ! と屍姫のガトリングガンから連射された銃弾の雨がイフリートを穿っていく。そこへクーをその腕へと絡ませた海月が駆け込んだ。
    「ついでにもう一撃だ」
     そのトラウナックルの一撃がイフリートの眉間を強打する。ゴウ! と激しい打撃音を響かせ、イフリートの巨体が地面へと倒れ伏した。
    「楽しかったよ」
     倒れ燃え尽きるイフリートへ海月は獣にだけ届く声で囁いた……。


    「これで爺ちゃん婆ちゃんの老後を守れたな!」
     満面の笑顔で言った太一の言葉に、仲間達も笑みをこぼした。
     戦いが終われば、その身を切り裂くような冷たさを思い出す。まるで、あの激しい戦いが夢か幻だったかのように、大気は戦いの熱気を奪っていった。
    「うん、何事もなくてよかったね」
     屍姫も安堵と共にそうこぼす。不測の事態を想定してはいたが、それもなくて一安心と言ったところだ。不安は杞憂に終わるに限る。
    「あぁ、思い切り暴れられたんだ。私も満足だ」
    「そうだな」
     笑って言う弥咲に、海月も笑みを漏らした。強敵――そう言っても過言ではなかったろう。八人と一体が全力を尽くし切った、だからこそ得られた勝利と言う結果だ。
    「……巡り合わせね」
     千歳の囁きは風に掻き消される。もしも何かが一つ違ったのなら、あのイフリートも山奥でこれからも暮らしていけたのだろう――だが、そうはならず結果としてこうなったのならば……運が悪かった、そうとしか言えないだろう。
     凶と出る前に食い止められた、その事を喜ぶべきなのだろう――少なくとも、イフリートを倒した事により老夫婦はもちろん、多くの人々が救われたのだから。
    「……そろそろ帰るとしよう。下りは登りよりも足元に気をつけてな?」
    「あぁ、下山もあったね……」
     朽葉の言葉に湖がげんなりとした表情で溜め息まじりにぼやく。
    「山登りは安全第一、お兄さんとの約束だぞ!」
     祝人がそう爽やかに締めくくり、灼滅者達は笑い合いながら歩き出した……。

    作者:波多野志郎 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年1月26日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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