町はずれのカフェには謎めいた少女がやってくる――まるで都市伝説か何かのような、そんな噂が聞かれるようになったのはここ最近のこと。少女ではなく妙齢の女性であるとか、女子高生くらいだとか聞く度に女性の年齢が変わっているような感じもあるけれど、おおむね一致しているのは彼女の瞳には逆らい難い意思のようなものが宿っていること、そして、彼女共にカフェを後にした者は2度とその店に姿を見せないということ……。
「よくある怪談話のようなものだろ」
話を聞いたとき、青年は笑い飛ばしたものだった。こんな地方都市――軽井沢をモデルにおしゃれに作れらた町とはいえど、しょせんは田舎にすぎないこんな町で、そんな小説のようなことが起こるわけがない、と。だがそれならば今彼が目の前にしている状況は一体何なのだろう――。
「遠い未来……街は戦争で焼けてしまうの」
私はそんな街を見たくはなかった。だから逃げてきたの、平和そのものだった過去に――目の前の女は漆黒に潤んだ目を伏せがちに、青年を見つめた。
「未来からきたとかそんな荒唐無稽な……」
「信じなくてもいいわ。ううん、信じてもらおうとは思わない」
女の目に透明な水が盛り上がる。貧血でも起こしたかのような白い顔に微かな笑みが浮かんだ。
「時を超えることは体にとても負担なの……」
でもいい。未来に戻っても何一つ美しいものは手に入らない――女はそういうと、人々の行き交う通りを見つめ、それから青年の瞳をじっとのぞきこんだ。
「綺麗ね。この町は……落葉松の枝につもる雪も笑い声も、そしてあなたも」
女の白く細い手が彼の頬を包んだ。かと思うとひんやりと冷たい掌はそのまま首の後ろまですべってゆき。うなじのところで組まれたらしい指に僅かな力が加わる。
「…………あの」
女のほうに引き寄せられることに、覚えた微かなためらい。だがそんな躊躇はすぐに振り払われてしまった。首筋に巻きつく冷たい指。緩やかに締められれば甘い毒が全身をしびれさせるようなそんな感覚。だが、気がつけば青年の頭は女の胸の中。柔らかな感触の中に彼の思考は止まったまま。
「さあ、行きましょう……」
そして思う存分楽しませて。今この時を――。青年の首を抱いたまま、女は静かに立ち上がる。店の裏手へ消えるその姿を見ていた者はだれもいない。
「あ~……、悪りぃんだけど、事件……です」
水戸・慎也(小学生エクスブレイン・dn0076)は懸命に丁寧さを保ちつつ――いや、保とうとしつつ、システム手帳に目を落とす。金色の栞の挟まったページには今日の依頼内容が書いてあるのだろう。ミズナラか何かの葉を模したそれを机の上に置き、ようやく少年は灼滅者達を真正面から見据えた。だが、今日は何となく、その視線が彷徨い続けているような……。
「灼滅してほしいのは……1人の淫魔、です」
それもなんだかかなり艶やかな大人の女性らしい――と続ける慎也少年の耳は僅かに赤い。
「なるほど、淫魔、ね」
灼滅者の1人が繰り返すと、少年はそっぽを向いて顔を歪めた。懸命に大人ぶろうとはしているけれど、その辺りの潔癖さはまだまだ純朴な少年のもの。淫魔という響きにも抵抗があるのかもしれない。
「ソイツがやってくんのぁ、町はずれのカフェ……」
そこをハンティングスポットにしている淫魔がいるのだと、彼は告げる。そこで釣り上げた美男美女を日々の糧に、それは人の世の生活を大いに楽しんでいるらしい。
「ソイツの好みぁさっきも言ったけど、美男美女……です」
だがただ綺麗なだけ、格好いいだけでは彼女は満足しない。彼女の求めるものはすなわち人間模様――要するにドラマだ。
「ドラマ? なんつーかテレビの連続物みたいな?」
聞き返してくる灼滅者に慎也少年はそっと肩をすくめる。それとか文学作品みたいなノリとかな――付け加えられた一言はまるで吐き捨てるかのような。
「ある時不治の病を抱えた女性だったり、ある時ゃ生き別れの弟を探している姉貴だったりとか……」
そういう設定を演じること自体を彼女は心から楽しんでいるし、自分の描いたシナリオに巻き込まれる人間達が思う通りに踊ってくれることに無類の喜びを感じているらしい。餌食とされた人間達は最終的には勿論、骨も残さない程に生気をむさぼられてしまうわけだけれども、そこまでの過程も淫魔にとっては重要な要素なのだろう。
「だから、まずは淫魔に接触を図ってくれ……下さい」
淫魔が好みそうなシナリオに演出、そんなものを揃えて件のカフェで展開すれば、淫魔は恐らく乗ってくる。こちらが何かきっかけを与えれば、即座にそれに応じたシナリオを作り出すことくらい、彼女には朝飯前だ。問題は彼女が好みそうな状況をいかにして作り出すことができるかだが――それはまあ、話し合い次第ということで。
「誰かうまく誘われることができりゃあ、ソイツはカフェの裏手へ引っ込むはず……です」
裏手は広い庭になっており、それはそのまま緩やかな丘への道につながっている。見晴らしは大して良いとは言えないが、逆を言えばここでなら派手な戦闘も見咎められる心配はない。
そのカフェは既に店ごと淫魔の支配下に置かれており、店長及び3人の従業員も完全に彼女の手下と化している。こちらの目的が見破られれば彼らは淫魔を護るように戦闘態勢にはいるし、淫魔も本来の姿を現して、灼滅者達の全滅を試みることだろう。
「淫魔の腕は5メートルくらいにもなる蛇だし……」
髪も無数の毒蛇となる。腕の蛇はぎりぎりと締め上げにかかってくるし、髪の蛇はまるで生きているかのように宙を飛び、噛みついてくる。
「遠近両用、か」
灼滅者の呟きに慎也少年は再び肩をすくめ、手帳をめくる。几帳面に並んだ文字列に目を落とすと、ページを1枚、そっと外した。
「配下にいる人間達の得意技は回復系……」
格闘能力という意味ではかなり見劣りするとのことだが、淫魔を補佐することにかけては右に出るものがいないとか。
「歌声は天上の讃美歌……軽井沢かどっかの教会風だってぇんだから……じゃない、だというから驚きですが」
これもまた淫魔の好むシチュエーションというものなのだろう。たぶん、昭和の初めごろのサナトリウム文学辺りの設定をパクっているのかもしれない。慎也少年は気まずそうに首筋を掻くと、灼滅者達に向き直る。その眼は真剣になんとかしてくれと訴えているかのようであった。
「ま、うまく釣れりゃ、なんとかなるかとは思うんで……」
せいぜい気合を入れて取り組んでくれ――下さいと慎也少年は言葉を結ぶ。先程からあらぬ方向に泳ぎ続けていた目をようやく、灼滅者達に戻しながら。
「方法は……まかす……てぇか、俺には思いつかねぇ」
ぽつりと呟かれたその一言は恐らく彼の偽らざる感情に違いない。灼滅者達はそんな困り果てたような少年の肩にポンと手を置くと、元気よく教室から飛び立ってゆく。
参加者 | |
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朝山・千巻(啼かない自鳴琴・d00396) |
玄鳥・一浄(風戯ゑ・d00882) |
千景・七緒(揺らぐ影炎・d07209) |
レオナルド・ブランシャール(サウンドレボリューション・d07604) |
凨之・蘇芳(忍びと信仰の融合・d08851) |
マリナ・ガーラント(兵器少女・d11401) |
村瀬・ひより(小学生ストリートファイター・d11636) |
ゼト・フォルゼ(氷雨に唄を灯す者・d11877) |
●冬の舞台
その町は軽井沢によく似ていると言われていた。秋には落葉松の金色が美しい山々、遅れてくる春には桃と桜がいちどきに咲き――。そんな町も今は静かな冬景色の中にひっそりと眠っているかのよう。無論ごく一部のダークネスの暗躍を例外とすれば、の話ではあるが。
「わぁ! 素敵なカフェだねっ!」
ちらちらと踊る雪もどこか妖精めいて、村瀬・ひより(小学生ストリートファイター・d11636)の目には映る。だが見かけがどんなに可愛らしくとも、今日そこへやってくるのは人を貪る淫魔なのである。
「ちょっとだけ……憧れちゃうけどね」
ひよりはそういうとちょいと首をすくめた。確かにドラマチックな出会いやシナリオを描くのが好きというのはいかにも女の子という気がしないでもない。可愛いと言えないこともないのだろうが。
「薄幸の美女? 大和撫子?」
さらさらと柔らかな雪を踏みしめつつ、朝山・千巻(啼かない自鳴琴・d00396)は少し困ったように小首をかしげた。
「憧れる気持ちは分かるケド……」
何しろ相手は名にしおう淫魔。ただ無邪気に存在するものでは決してないのだ。
「演出を楽しむのはいいけどさぁ」
凨之・蘇芳(忍びと信仰の融合・d08851)も息を吐く。真っ白な雲が灼滅者達の間にも一斉に生まれた。淫魔のシナリオに散々踊らされた人間の末路は例外なく決まっている。彼らに課せられた任務はその根源となる存在を灼滅すること。
「じゃ、最終確認だね」
店から見えないぎりぎりの位置でレオナルド・ブランシャール(サウンドレボリューション・d07604)が口を切る。灼滅者達が用意したストーリーは『余命いくばくもない青年と死に別れた恋人』。もう盛り込めるだけ盛り込みましたといった脚本の主役はゼト・フォルゼ(氷雨に唄を灯す者・d11877)。すらりとした長身に色白の肌は、戦前の華族文学青年のような役どころにはよく似合う。死を前にして想い出を辿ろうという青年を支える親戚役は、これまた雅を地で行く玄鳥・一浄(風戯ゑ・d00882)といわくありげに灰色の髪をフードに隠した美少年、千景・七緒(揺らぐ影炎・d07209)。
「……兄さん」
設定上の呼びかけは跳ねる鼓動を抑えつつ。ふわりとゼトが微笑むと七緒の頬が耳まで染まった。いきなりの演技にはやはり照れがあるらしく、あたふたとフードを提げた弟役に一浄も微笑ましげな笑みをかわしあう。
「中々いい感じだね」
レオナルドが頷く。彼の役はマリナ・ガーラント(兵器少女・d11401)、ひよりと共に居合わせた客。淫魔が演じようという物語の見届け役であり、そのバッドエンドを跡形もなく消す役でもある。
「先に行くよ……」
レオナルドは仲間達に笑いかけるとくるりと向きを変えた。今日ばかりは拘りの服装も控えめに、カフェの景色になりきる覚悟である。
「またあとで」
マリナとひよりも時間をおいて入店し、千巻と蘇芳は戦闘場所になるであろう、店の裏手へ潜む手筈になっている。
「今日の演目は神さんの悪戯ちゅう出会い……」
散ってゆく仲間の背中を見送りつつ、一浄は呟く。果してこの餌に淫魔は喰らいついてくるものか。罠と呼ぶにはあまりに綺麗で儚い物語。
「物語に浸るならずっと浸っていたほうが幸せだったかもしれません」
あなたも俺も――誰へともつかない言葉はゼトの唇から。終わりなく果てのない物語の中で永遠が約束されるなら確かにそれは不幸ではあるまい。だが一浄はゼトに気づかれぬよう微かに首を横に振った。『俺も』の一言に見え隠れする何かはさしあたって聞こえないふりをしたけれども――。
●神の待ち伏せ
ゼトがふらふらと店内に足を踏み入れると、そこには意外に多くの客がいた。ひよりはパフェに夢中になっているふりをし、マリナは一心にカメラを弄っている。
「大丈夫かい?」
コーヒーカップを置いて、レオナルドが立ち上がろうとする。
「……いえ」
ゼトが答えるよりも早く、一浄が彼を支えた。ダメじゃないか安静にしていないと――とかなんとか、呟いたのは無論この店のマスターに聞かせるためだ。
「とにかく席へ……一浄」
おろおろと何をしていいか判らない風を装った七緒が振り仰ぐと、一浄は心得たようにゼトを支えた。店中が興味の視線を送ってきたけれど、それこそ望むところだ。
「なぜ美咲が……逝くなら俺のほうなのに」
遠慮がちに置かれたグラスをゼトは両手で握りしめた。最期の言葉も聞いてやれなかったと肩震わせ、弱々しげに咳き込む。
「美咲は……迎えに来てくれるだろうか」
「兄さん!」
美咲さんは兄さんのこんな姿望んでないはずだよ……兄の紫の目に異様な光が宿るのをたしなめる弟と気遣う白皙の青年――それはまるで戦前の華族世界がそこに広がっているかのような光景。病と苦悩に打ちひしがれた青年がグラスを叩きつけるように置く。何とも切なげに響いたその音は、だが開いたドアの音にかき消された。店内を吹き抜ける雪の匂い。入ってきた女の黒髪から粉雪が落ち……。
「……み、さき?」
ゼトの驚きに顔をあげた一浄に驚愕が走る。まさかと呟く七緒の後ろで椅子が音と立てて倒れた。
「美咲、生きてたの……ですね?」
病の青年が一歩前へ出るのと対照的に、白皙の青年は驚愕を隠しもせずに後ずさる。信じ難い思いでいるだろうことは、表情どころか体全体から一目瞭然。
「兄さん、美咲さんはもう……」
袖口を捕らえようとする弟の手が宙を泳いだ。病の青年はさらに数歩。女は手首を取れる位置まで来て、目に涙を浮かべた。
「……僕だ。見忘れたなんて言わないでくれよ」
『……あなた』
細い鈴の音のような声だった。本気で灼滅者達の背に悪寒が走る。
「きゃっ。なあに、あれって! 生き別れの恋人ってこと?」
それまでパフェだけしか見ていなかったかのようなひよりは、通路を隔てた隣でスマホ撮影に入っていたマリナの腕を取った。
「え、撮影じゃなく、本当の、お話?」
ミーハーな野次馬を演じさせたらマリナはアカデミー賞ものだったかもしれない。女の瞳に一瞬何とも幸せそうな色が光った。
「美咲……」
差し伸べられた手に重なる白魚の指。唖然とする青年達を前に女はゼトの頬にふれた。冷たい感触にゼトは一瞬瞳を閉じる。だが何かを振り切るように瞳を開くと彼女の両肩に手を置いた。引き寄せるようなそぶりを見せれば、何の抵抗もなく……。
「きゃっ。おっとなー!」
ひよりの囁きに淫魔の心にも火がついたのだろう。女の腕は徐々に激しくなっていき、ゼトもそれに応え始め――パシャリとカメラのシャッター音が響いた。
「あ、ご、ごめ……なさい」
慌てて謝るマリナにゼトは興ざめたような視線を向けた。
「美咲……場所を――」
変えようというよりも早く、女の腕が首筋に巻き付いてきた。奥の部屋へ――耳元に甘い囁き。それは仲間達全員が渇望していた展開。
●風、騒ぎ
「うー……さぶいっ。早くみんな来ないかなぁ」
店の内側で見えないかけひきが展開されているとき、裏庭では千巻と蘇芳が丘から吹き下ろす風に晒されていた。雪はやんでいたけれど代わりに舞い上がってくる雪粒が妙に頬に痛い。
「大丈夫かな」
「あいつらならうまくやってくれる……」
短く答える蘇芳がすっと下がる。除けた雪の山に完全に身を隠すと庭に見知らぬ女とゼトが姿を見せた。こつんと小さく2人の拳が打ち合わされる。
蘇芳は日本刀【覇王】の柄に手をかけた。目をあげれば、獲物と頬を合わせて微笑む淫魔の美しい顔が映る。鞘走るのは銀の新月。空気さえも両断されそうな居抜きに、鋭い風が生まれ――剣風を悟るや、淫魔はゼトに巻きつけていた腕を飛びのくと当時にふりほどく。
「髪一筋……か」
真っ白な雪の上に数本散った黒い髪。目の前で起こった事態が飲みこめないとでもいように淫魔はゼトに向き直る。
『…………あなた?』
「あなたの鎮魂歌を謡いましょう」
それまでとは打って変わって張りのある涼やかな声に、女の眉がきりりと上がった。背後からは店の客達、前には日本刀の男に白いワンピースの女。非友好的な挟み撃ち状態であることは明白だ。
「おイタはいけないなぁ。独り善がりのドラマで楽しいの、アンタだけだから」
千巻にぴしりと指差された時の表情はいっそう見ものだった。
『……お前達、物語の邪魔をするのね』
それを合図としたかのように飛び出してくる4つの人影。刹那、淫魔の腕が地を這うものの姿に変わった。金色の目、赤い舌。むき出しにされた牙が狙うのは無論、さっきまでの恋人役。だが蛇の双頭がとらえたのは千巻。にっと笑みを返された淫魔の瞳が恨みの光を底暗く宿す。千巻が庇った隙をついて一浄も2人の間に割り込んだ。巧みに捻りを加えられた槍には螺旋の力。従業員の1人にザクリと刺さったその感触に彼はふっと眉をあげた。ディフェンダーか――そんな呟きが仲間達の耳に届く。
「……さて第二幕やね」
今度は正真正銘、演技なしの真剣勝負。まず狙うのは回復の要だという店長その人。
「他人に迷惑かけるのはやめろよな」
蘇芳の足元から伸びるのは漆黒の影。みるみるうちに先端が刃と化したかと思うと店長の脇腹をかすめた。間髪を入れず霊犬の天津の射線がその胸を射抜く。攻撃を主とする者の技は見事の一言に尽きるけれども、ゼトの魔法弾も負けてはいない。続けざまに千巻が盾をもって殴りつけ、七緒は身に帯びたオーラを手の内で無敵のキャノンに変え。
「悪いけどコレさぁ、闇を灼く僕らが主役の冒険譚なんだよね!」
先程までの健気少年の面影は欠片もなく、淫魔がぎりぎりと唇を噛んだ。
『一体どこまで馬鹿にすれば……』
気が済むのか――そんな問いかけに七緒の笑みは絶対零度。それがますます淫魔の感情を逆なでしていく。店長は早くも自らに癒しに回る他はなかった。その間に3人の従業員達は歌声を雪の上に響かせる。声は三者三様なれど、どれも痛みと催眠とを伴うことは同じである。
「♪♪♪~」
それに対抗しようと思った訳ではなかろうが、レオナルドも澄んだ歌声を高々と。こちらの攻撃はすこぶるうまく運んでいるが、同時に千巻もそれなりのダメージを重ねてしまっている。負債ならば消す、異常ならば早めに解除――レオナルドの判断はまさに正鵠を射ていた。
「キーってなる、やられ役がお似合いだおっ」
敵にも有能な回復使いがいることを知った店長の目が吊り上るのに、マリナの元気な嘲弄が飛ぶ。っくすりと笑ってひよりも拳に稲妻を呼び起こす。
「クラッシャーはお前よね?」
なら盛大に庇ってもらえ――そんなことでも言いたげに、唸る拳には電撃のオーラ。まっすぐに天を衝く拳に合わせるかのように、従業員の1人が大きくのけぞった。
「お姉サマっ。好みじゃないかも知れないケド、ワタクシとも遊んでくださるぅ?」
まっすぐに見据えるその先には両腕の蛇と共に、すさまじい形相を見せる女の顔。
●風、やみぬ
ぎりぎりと一浄の腕を2匹の蛇が締め付ける。シュウシュウと耳障りな音に骨の軋む音が混じった。だが一浄は迷うことなく紅の逆十字を店長へ。ひらりと振り下ろされた右腕は戦いとは思えぬ程に優美を極め。引き裂かれる痛みに沸き起こる断末魔。七緒とゼト、2つの影が刃と化して店長の傷を更に手の施しようのないものへと変えていく。
「天津」
影を刃へと変える蘇芳の沈着な声に霊犬はこの上ない忠誠で応えた。六文銭は三途の川の渡し賃。主の影業が店長を斬りつけるのと時を同じくして、その終焉を告げる射撃が火を噴いた。どさりと倒れたその音は淫魔たちにとってさぞや不吉この上なく響いたことだろう。
これで1人――順調な推移に千巻の盾捌きも一段と冴え。怒りに燃えた従業員の目が今の彼女には何とも心地いい。
「憎まれ役はなれっこでぃ」
千巻に向けられた店員の攻撃も彼女のディフェンスの前には威力半減。ゼトに向けられた2つの破滅の歌声はひよりがその身を以って肩代わり。利敵行為に走りかねない危険はレオナルドの天使の声が吹き払い、マリナの守護の符が守ってくれる。
「回復は、マリナに任せるおっ」
こうなれば勢いは完全に灼滅者達のもの。ひよりも静かに一息つくとシールドを音もなく広げていった。それは最前で戦う仲間に贈る目に見えぬガード。捕縛も石化もこれで少しは楽になることだろうか。
『お前達……よくもこんな物語に』
メデューサの視線もかくや、淫魔は今や美しさなどかなぐり捨てたかのように醜悪な表情を晒していた。自らを護るべきである人の盾も1人減り、2人減り、最後の1人さえも最早頼みにならぬ状況である。レオナルドのギターの音色が更に仲間を力づけるのを見れば、その表情はこれ以上にないくらい険しさを増す。
「今度はどんな役になるの? 灼滅される悪い淫魔の役なんて、お似合いだと思うケドぉ」
守り手の最後の1人が紅蓮の炎にまかれて無力化したのを確かめて、千巻は淫魔に向き直る。余裕たっぷりに髪をかきあげて見せれば、一浄は小さく笑った。誰も彼も無傷でここまで来たわけではない。痛みも苦しみも十分以上に味わっている。だが一浄も他の者も誰一人それを表に出すことはない。
「revolution――革命と行こうじゃないか」
激烈な最後の攻めはレオナルドのその一言から始まった。情けも容赦も慈悲も手心も何一つ介在する余地もなく――。
まるで舞をみるような一浄の槍捌き。手元での僅かな捻りは淫魔の喉元で強大な力へと変わり、地獄の業火がその傷跡ごと焼き尽くす。七緒の会心の笑みを横目に、蘇芳はその刀を大上段に構えた。防具をも切り裂く千巻の攻撃に淫魔の叫びは甲高く、レオナルドが打ち出す弾丸は暗き想念の具現。撃ち抜かれた傷を抑える淫魔に、マリナは休息の時を与えない。両の手に集中するオーラは無限。放出された2つの流れに雪は音を立てて舞い上がる。ささやかなその音に耳を寄せつつ、ひよりも己がオーラを雷に。一瞬低めたその体はバネのように、大地を蹴るのと雷撃の拳が淫魔の顎を捕らえるのはほぼ同時。雪の大地に大きな人型が穿たれた。
「物語の最後というのは……必ずしもハッピーエンドでは御座いませんよ」
ゼトの魔法の弾丸、一浄の逆十字。かろうじて起き上がった淫魔が受けた衝撃は敵ながら同乗すら呼び起こしかねない程。だが灼滅者達は誰一人手を抜かなかった。この淫魔がこれまで貪った命のために――泣きたい程に美しい紅蓮の火焔によって、偽りの物語は幕を閉じる。
かの淫魔が物語を紡ぐことはもう2度とない。荒れた大地はやがて雪が全てを覆い隠してくれるだろう。灼滅者達は帰路についた。マリナ撮影の動画など話のタネにしつつ。この地にはもう何も恐れるものはない。雪の香のする風に穏やかな笑い声がとけていった――。
作者:矢野梓 |
重傷:なし 死亡:なし 闇堕ち:なし |
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種類:
公開:2013年1月27日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 3/感動した 0/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 7
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